●そらとぶくらげ 飛びたい訳ではなかったのだ。 飛びたい訳ではなかったのだが、気付くと既に飛んでいたのだ。 否、飛んでいるという言葉は間違っているかもしれない。 浮かんでいる。まさにその通りだ。 身体の下には町並みが広がり、すぐ傍らを小鳥が興味深げに旋回しては、ちゃっかり頭の上を止まり木代わりに飛び乗ったりする。 それだけで済めばまだ良いが、中には図々しく突付いてくるものまでいる。 そうなっては堪らない、思わず全身をぶるぶるっと震わせると、驚いた小鳥達が舞い上がり、けたたましく鳴いて周囲を旋回してから、自由に飛び立っていった。 そう、自由だ。 同じように浮かび上がっているのに、それだけが彼と大きく違う。 ただぷかぷかと浮かんでいるだけの彼とは違い、小鳥達は小さな翼と小さな足で、好きなところに飛んでいけるのだ。地面を跳ねて進めるのだ。 飛び立っていく何対もの茶色い小さな翼を見送って、真っ赤なクラゲはそっと切なく溜息を吐いた。 遠く眼下には街並みと、漂う先には青とも緑とも黒ともつかない、不思議な色が遥か広く広がっていたけれど。 空を行く赤いクラゲはその複雑な煌きの名前さえも知らないままで、静かに風に流されていく。 ●そらとうみ 「空に巨大な赤いクラゲが浮かんでるの」 それを回収してD・ホールから送還するか、騒ぎが大きくなる前に討伐してほしい。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はいつものように、いとも簡単にそう言ってのけた。 「クラゲの大きさは、傘の直径が二メートル程度。ある程度なら動けるには動けるようだけど、自力で移動することは出来ないみたい。今はただ、風に吹かれるまま海に向かって流されていってるだけ」 モニターに映し出されたのは、さながらクラゲ型の風船のように、青空をバックにした真っ赤なクラゲだ。 見るからに瑞々しくぷるぷるとした、まるで茸の笠のような形の下から、足と触手が揃ってオンベのように伸び、風に靡いている。 「今は街の上空を、風に乗って海の方に流されてるみたいだね。段々高度は下がってきているようだから、放っておいたら地上まで落ちてくると思う。風次第だけど」 ただしそれだと、地表に到達するまでに多くの人目に触れて、騒ぎにならないとも限らない。 今でさえ一般人の目に留まっているのだ。 とはいえそれでも高度があるだけに、今のところ地上からは赤い風船か何かが空に浮いているようにしか見えず、だからこそこれといった騒ぎにはなっていない。 仮に視力の良い者が疑問を感じたとしても、まさか巨大なクラゲだとは思いもしないという訳だ。 「それと」 不意に言葉を切ったイヴが、緩やかに瞬いて赤いクラゲに目をやった。 「このクラゲ、海に落ちると潮で溶けるみたいだから。送還や討伐が面倒なら、風で変なところに流されないようにだけ気を付けておけば大丈夫だよ」 事も無げにそう言って、白いフォーチュナはやはりいつもの無表情で、リベリスタ達へとよろしくとだけ告げたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月27日(日)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 浮かんだ海月はまるでやるせなさそうに傘を広げ、透き通った身体の上に雀を数羽乗せていた。 「ふぅ……ため息がでるほど、素敵で可愛いのだ」 今日の世界は優しくここに存在している。 そっと呟いた『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、海月の頭上で翼を羽ばたかせ舞い降りた。 空を舞う鳥に挨拶を交わし、雀達に微笑みかけると、ハイテレパスとタワー・オブ・バベルを併用して紅い海月へと言葉をかける。 「こんにちは、迷子の海月さん」 途端、驚いたように海月が震えた。 「このまま浮遊していたら、少々危険なのだ。ボク達は助けにきたんだ、よかったらホールまで送るがどうだろう?」 もう一度ぶるりと震えた海月だったが、今度は疑問を抱いてのことらしい。 テレパスを介して読み取った海月の怪訝な反応に、雷音は小さく笑った。 「うむ、地上にも仲間達がいるのだ」 海月の下に回り込み、笠と同じ赤く透き通った触手を取る。 手を繋ぐようにして上方へと引き上げ、風に乗るアザーバイドを灯台の方へと導く。 「あの青い煌きは海というのだ。君には少し危険な場所なのだ」 再び小さくぶるりと震えた海月に、笠の上に居座ったままの雀達が小さく囀った。 ● 「クラゲと間違えてウミガメが食べて死ぬから、風船飛ばすのってやんなくなったって聞いたことあるー」 空に浮かぶ紅色を見て、『ハルバードマスター』小崎・岬(BNE002119)が呟いた。 「やっぱりクラゲって風船と見間違いやすいんだねー、飛んでれば。海に落ちる前に送り返さねーとー」 ノートパソコンで周辺の地形を確かめ、物陰で幻想纏いから自転車を取り出す。 塗料の缶の荷台の上に倒して設置すれば、走り出した勢いで偶然にも塗料が撒き散らされるという計画だ。 無論、ただそんなことをしても目立って目立って仕方がない。ゆえにこの場にはもう一人、作戦の要たる人物がいた。 「それじゃあ、よろしくお願いします!」 「キンバレイちゃんも頑張って欲しいんだぞー」 これでもかと肌を露出した格好の『健全ロリ』キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)に疑問も差し挟まずに、岬が言葉を返す。 「どんどん歌って魅了しちゃうぞー!」 これまであまり活用の機会がなかった自慢の美声を披露出来る場とあってか、意気込んで駆けていくキンバレイを見送って、岬も自転車の上に跨った。 ヒールが地面を音高く叩き、結わえられた銀色の髪が跳ねる。 コスプレ衣装が華々しく映える中、キンバレイはマイクを掴んで大きく息を吸い込んだ。 「みんなこんにちはー!」 マイクによって拡大された声が、突如路上に響き渡る。 注目を浴びたキンバレイはにこやかな笑顔で声を張り上げた。 「マイナーって自分で言っちゃうのも悲しいけど、コスプレアイドルのきんばれいゲリラライブです! いろんな曲を歌っちゃうので皆さん最後まで聞いて下さいね!」 ワールドイズマインで視線を捉え、更にテンプテーションで異性の心を鷲掴み。 あざとい戦略で周囲の注目を独り占めにして、持ち前の美声を存分に生かすべく笑顔を振り撒く。 「大体の曲は歌えるので、リクエストとかあればどんどん言っちゃって下さい!」 アニソンなら、と父親の教育の賜物でもってリクエストを受け付けるキンバレイが注目を集めるのを待って、岬が塗料の缶を傾けた自転車を縦横無尽に走らせていく。 アスファルトを色鮮やかに染め変えていく惨状にも、架空アイドルに引き寄せられた人々は特に気付いていないらしい。 大音量でアニメソングが流れ出し、マイクの繋がった拡声機が真昼の空を占拠する。 「私の歌を聴けー!」 アニメにありそうな台詞を何となく言ってみたかっただけなのだが、何故か盛り上がった周囲がわっ、と歓声を上げる。 高らかな歌声とダンスのステップに合わせて、容姿の幼さに反比例して育ち切った胸が揺れる。その度に大きなお友達が大興奮だ。 そんなカオスなライブ会場を余所に、岬は人々の集中をキンバレイに任せ、駄目押しの結界を展開しながら廃倉庫へと続く路上に塗料をぶちまけていく。 「足元注意な状況だと上を見てる余裕とかねーからなー。上を向いて歩こうして、地雷を踏んだらさようならー」 これで当分は誰もが下を注視しながら歩くことになるだろうと、岬は空を見上げて赤い風船もどきの流れる先に目をこらした。 「こうしてみると本当に風船みたいだよなー……あ、もしもし?」 回線を繋いだままのアクセス・ファンタズムから聞こえた声に応じて、空の海月から視線を外す。 「それならこっちもそろそろ切り上げるよー」 幻想纏いの向こうに頷いた岬が、曲終わりのタイミングを見計らってキンバレイに合図を出す。 それを確認して、キンバレイが架空アイドルの俄かファンを振り返って腕を上げた。 「みんなー! きんばれいのゲリラライブ付き合ってくれてありがとー! 今度CDとか出すからよろしくねー!」 CDどころかデビューもしていない架空コスプレアイドルが、ファン達の大喝采に手を振りながら素早く退場する。 その頃には塗料をぶちまけ終えた岬も早々に現場から退散して、幻想纏いに缶ごと自転車を収納して証拠は隠滅済みだ。 「あー楽しかった! 本物のアイドルになったみたいで気持ちよかったです!」 「そりゃあ良かったー」 穏やかな会話には後の騒ぎの予兆もなく、少女達はただ楽しげに笑いあったのだった。 ● バイクに二ケツのアフロ組に宗教勧誘と押し売りをされた場合、一般的な人々であれば空を見るどころではなくなるものだ。 「あー、ナムナム。ワタシ、坊主。こちらのレディは、ベンテン様。ヨロシクネー!」 「ハァイ、ベンテンでぇっす♪ アナタは神を信じますかァ?」 アフロにグラサンの自称坊主に紹介されて、後ろに座った極彩色のアフロにグラサンの水着娘が、吹き戻しをぴゅるるーっと吹く。 「それはさておき、右や左のおニイさんおネエさーん、お花買ってー!」 弁天に扮した『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)が花を取り出して笑ったものの、突如現れた画期的な組み合わせに、うっかり空を見上げてしまっただけの一般人の顔色は悪い。 「持ってると電波が受信出来る、霊験あらたかな有難いお花だよ~! 怪しいものじゃないよ~☆」 「け、結構です!」 「堕落を誘う甘き禁断の果実の結晶もあるよ?」 「要りませんから!」 「ねえ、なんで逃げるの~? ヒャッハー☆ まてまてー」 異様過ぎる風貌に逃げ出した罪なき一般人の後を、花と禁断の果実の結晶(という名のパイ)を手にとらが追い縋る。 対してアフロ坊主、もとい『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の方も、熱心に宗教勧誘の最中だった。 「By the way、アナタは、ホトケ様、信じますか?」 「は?」 聞き返した一般市民にフツが頷く。 「ワタシにはわかりまス。アナタは今、空を見ていましたよネ。それは、救いを求めていた……そうですよネ」 「い、いえ……」 今にも逃げ出したそうな人々を前に、フツが大きく腕を広げた。 「今日、地面に得体のMysteriousなペイントが広がってるのが、話題になってると思いまス。色が乱れてる、ということは、世界が乱れてる証なのでス! 色即是空って言うでショ! Q.E.D!」 無茶苦茶な証明終了であろうとも、堂々と言われると否定しがたいものらしく、誰も口を挟まない。……単に怯んでいるだけかもしれないが。 「世界が乱れてたらアナタも不安でショ? ノンノンノン! みなまで言わずともわかりまス!」 勧誘対象に口を挟ませないまま、異装の坊主が手を掴み取る。 「そんなアナタには、仏教、コレね。コレ、オススメです。ホトケを信じれば、皆ハッピーね!」 ずずいっと顔を近付けて、 「さあ、今なら体験修行も受け付けてるヨ! さあ、サアサアサア!」 「だ、大丈夫ですから!」 怪しい勧誘から逃げ出す人々へと、サングラスの下でフツがやり遂げた顔で笑う。 「まぁ、こんなうさんくさかったら、大抵の一般人は逃げるだろ」 元からそれが目的なのだから、結果としてはオーライである。が、 「俺……感動しました!」 「え?」 妙なカリスマ性でも見出したのか、予定外に目を輝かせた若者に詰め寄られてフツがきょとんとした。 「君、ホトケに興味あるの?」 「はい!」 思わず素の口調で尋ねたものの、返って来たのははっきりとした肯定だ。 度を超えた異様は妙なファンを獲得するものらしい。 「え、えーと、そんなキミにお勧めするのは、コレね。焦燥院」 男ばかりでベンテン様はいないけどな! との突っ込みは内心に収めて、己の修行した寺の名前を紹介してみる。 その一方、適当なところで追い回しを止めたとらはどや顔で、空を見上げる市民がいないかどうかを確認していた。 「これだけ変人オーラを発散していれば、マトモな感覚の持ち主だったら、蜘蛛の子を散らすように逃げるだろう!」 フツと同じことを言いながら辺りを見回せば、案の定人々は異様な二人組を警戒している所為で、空を見る余裕もないらしい。 「ていうか、自分でも逃げるわ! 勝負に勝って人としての大事なものを捨てている気がするけど――あ、まずい」 警笛の音が街路に響いて、紺色の制服が道の先から駆けてくるのを目視したとらが、慌ててフツの元へと戻る。 「フツ君、お巡りさん!」 「お、やり過ぎたか」 素早くバイクに跨ったフツの後ろに飛び乗るなり走り出した機械の上で、自称弁天様が駆け寄ってくる警官相手に片手を上げた。 「あばよ、とっつぁん☆」 ● 「空を揺蕩うは紅い海月か。絵本の一節にありそうな情景じゃあるよな」 いつものように紫煙をたなびかせ、『足らずの』晦 烏(BNE002858)が被り物の下から空に浮かぶ紅色を見上げる。 「人気さえなければのんびり詩情ある風景を眺めるのも乙なんだが……さて、仕事と参りますか」 煙草の火を揉み消して、烏がハンドルを握った。 Fiat500。軽ナンバーを有した車を路上に走らせ、頭上の紅色やビルの位置を確かめる。 先々に結界を展開して神秘秘匿を優先しながら、集音装置で人々の会話を拾い上げ、PCで情報を集めていく。 目的は無論、空に浮かぶ紅色の風船――めいたアザーバイドに関する騒ぎだ。 「しかし簡単に情報が共有されちまう時世ってのも、こういう時には困ったもんだな……」 空を見上げて海月の位置を随時確認しながら、廃倉庫に至るまでのルートを推測する。 厄介なのは障害の乏しい上空と違い、地上は建物や道路で道が入り組んでいることだ。 思わず煙草に伸ばしかけた手を引っ込めて溜息を吐くと、結界の範囲を計算しながら展開させていき、目撃者や目撃情報といった露出を出来る限り減らしていく。 「持久戦か……――ん?」 頭上では仲間達がアザーバイドを誘導している筈だ。 呟いたところへ回線を通したままの幻想纏いから賑やかな声が聞こえてきて、烏はそちらへと目を向けた。 「焦燥院君と月杜君、ハンパねぇな」 警察から逃げ回っているらしい騒々しさに、一時の息抜きを得て笑う。 と、不意に響いたノックの音に顔を上げれば、紺色の制服を着た男が一人、集音の為に開いた窓の外に立っていた。 「この辺りに不審者が出ていると通報があってね。済まないが、身分証を出して貰えるかな」 ふと見回せば三角のフードが余程異様だったのか、警官の後ろからちらちらと通行人の視線が向けられては逸らされていく。人通りの多い街路だけに視線を重要視していなかったのが仇となったらしい。 「…………」 被り物の下で暫し思案に陥った末、烏はおもむろに車のエンジンを噴かせた。 ぽかんとしている警官に向けた良い笑顔も、被り物に邪魔をされて見えやしない。 「あばよ、とっつぁん☆」 幻想纏い越しのとらの言葉を拝借しつつ、勢い良く、ただし安全面には気を配ってアクセルを踏み込んだ。 背後で警官が怒鳴っていたものの、そこは都合良く聞こえない振りをして、烏はごくのんびりと呟く。 「いやはや、己の姿を忘れるなってことだわな」 以上、現場から通信が混線しつつお送り致しました。 ● 同じ頃。 海月の浮遊する道筋の一角にある交番の前に到着した『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)が、そっと警官の肩を叩いた。 「どうかしましたか?」 お決まりの台詞で振り返った警官へと、にっこりと笑い掛けながら万年筆を滑らせる。 『話せなくてごめんなさい。其処の道は判るのですが、その先が……』 そう文章で綴って申し訳なさそうに少しだけ眉を下げた沙希へと、警官が笑顔で頷いた。 「ああ、道案内ですね」 『この場所に行きたいのですが、どう行ったら良いのか判らなくて』 頷き返して適当な場所を示し、丁寧に説明される道順を右から左に聞き流しながら、沙希の視線は少し離れた場所に立つ『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)へと向かう。 沙希が筆談で警官の注目を引き、その隙にシエルが一般人へと声をかけて注意を空から逸らす。自然と割り振られた役割分担だった。 「フツ様がありがたいお説法をされるとの由……折角ですし、私もお手伝いなのです」 実際に有難い説法なのかどうか、その辺りは人によって感想は違うだろうが、それはさておき。 周囲を見回せば丁度空を見上げようとしたサラリーマンを見付けて、シエルがすすっと近付いていく。 「あの……すみません……あなたさまの為に「お祈り」をさせて下さいませんか?」 「いや、悪いけど宗教は……」 淑やかに掌を組み合わせて小首を傾げるシエルに、サラリーマンが戸惑って拒絶する。 「そんな……酷い……」 「え!?」 途端、目を潤ませたシエルがそっと口元を覆った。さも傷付いたと言わんばかりの様子を見せ付けられて動揺するサラリーマンへと有利を見出し、シエルが目を潤ませたままで男を見上げる。 「お祈り、してもよろしいですか?」 「だ、だが……」 「よろしいですか?」 「いや、」 「よろしいですか?」 再三言葉を奪って畳み掛けるシエルにとうとう根負けした様子で、サラリーマンが渋々頷いた。 めげず微笑んだシエルが手を合わせるようにして、軽く首を垂れる。 「あなたさまが恙無く……過ごすことが出来ますように」 さりげなく紡いだ聖神の息吹が、涼やかな微風のようにそよぐ。 「そ、それじゃ……!」 祈りが終わるなり慌ただしく立ち去るサラリーマンに、シエルが微笑と共にその背を見送った。 「これで少しは体が軽くなると……」 にこやかに、声の届かない位置へと遠ざかったスーツ姿に向かって。 「……良いですね」 とても静かに、そう呟いた。 「……? あら、雷音さんですか?」 呼び出し音に気付いて幻想纏いを取り出したシエルが、空の赤い風船めいた姿を確認して頷いた。 「海月様は……今、街の外に出るところですね……」 ● 街を抜け、眼下には海原を敷くようにして海月は空を漂う。 『私は沙希、他の仲間と一緒に助けに来たわ』 翼の加護で海月に寄り添った沙希が、つるんとした海月の傘に触れながら、ハイテレパスで言葉を飛ばす。 『大丈夫? 怖くなかった?』 海月にも同じ加護を与えて落下速度を調整しながら、穏やかに目を瞬かせた。 その様子を視覚しているのかどうか、そもそもどこでものを見ているのかは判然としないものの、海月が答えるようにふるりと震える。 『本当、人生色々あるものよね』 沙希が頷く傍らで、海月の上に腰を下ろしたとらが、ルビー色の上でぽよんぽよんと独特な弾力を楽しみながら笑う。 「気ままな空の旅ってのも、悪くないと思うよ~」 とらが時折翼を羽ばたかせて風を送り、目的の灯台の上に降りるように方向と落下速度を整えながら。 風に漂う海月は数羽の鳥のようなリベリスタ達に導かれ、空の世界から陸へと移っていった。 地上からの誘導に従い、廃倉庫の傍らへと舞い降りるまでに然程時間は要しなかった。 「自由に飛べるのがうらやましいか……ボクはたくさん届きそうな、きみの手がうらやましいぞ」 D・ホールのすぐ傍らで、アザーバイドの上に身体を沈み込ませるようにして雷音が笑う。 人であれば首を振るところだろうか、首を持たない海月のアザーバイドはやはり、小さく身体を震わせた。 『もしかして鳥って良いなって思った?』 雷音との会話を聞いて、沙希が海月に問いかける。 頷く代わりにぷるる、と震えた紅い海月が、声を持たない声で切に訴える。 『そう……。確かに、自分の翼で沢山の景色を見られるものね』 それはきっと、風に流されるだけでは満足出来ない好奇心なのだろうと、テレパスを介して沙希が微笑んだ。 『ちょっとした贈り物』 唇の両端を引き上げ、沙希は優しくアザーバイドを撫でる。 グランドキャニオン、富士山、ナイアガラの滝。 沙希自身がその場で、その眼で眺め記憶した様々な景色を、光景を、テレパスでアザーバイドに贈れば。 「わっ」 上に乗っかった雷音が驚いて声を上げるほどに、紅い海月はぷるぷると全身を震わせた。 見知らぬ世界の姿を真実どのように受け取ったのか分からないが、しかし、それでも。 『喜んでくれて良かった』 穏やかに微笑む沙希に撫でられながら、異なるチャンネルの住人は至極満足そうに、もう一度小さく震えたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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