● 張り詰めた糸の色が何色であったのか分からない。 蜘蛛の様に透明の――光の加減では白く反射するものであったかもしれないし、小指に繋がるという運命の赤い糸であったかもしれない。 少女は夢見がちな侭では居られなかった。赤い糸だとか乙女チックなことを口にできなかった。 指先に絡んだ糸をじ、と見詰め『人ならざるもの』になった事を自覚してしまったのだろう。 「どうして……?」 ぼんやりと見詰めていた糸が水分を含んでいる。糸を色付ける鮮やかな紅色を見詰めて、少女は俯いた。 「お嬢ちゃん、こんな遅くにどうしたんだい?」 「……――の」 俯く少女の背へと不思議そうに声を掛けた男を振り仰いだ少女の眼は紅色。 鮮やかな色は暗闇の中で茫、と光りを持っている。 「わたし、帰る場所がなくなったの」 歪めた唇の向こう、尖る牙が幾つか存在している。身体に侵食する存在が、自分を人間と――大好きだった両親や友達と違う『モノ』にして言っている事が分かった。 世界に境界線があったとしたら、私はどこら辺に今、居るんだろうか。 ● 「蜘蛛のアザーバイド。寄生された一般人。此処から導き出されるのが死で有れば良かったのに。 少女は自我を持ったままアザーバイドと同調した。でも、彼女は『人』であって『人』でない異形のモノになってしまったの」 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はお願いしたい事があるわとゆるりと微笑んだ。 蜘蛛のアザーバイドは一人の少女の体内に寄生したのだという。 相性か、はたまた気まぐれな運命か少女の体はアザーバイドと同調した――それも『奇跡』的な確率で、だ。これを奇跡と呼んでいいのかは分からないのだが。 幸か不幸か少女は寄生されたにも関わらず自我を持っていた。 『何事も』なく、普通の生活を送れていたそうだ。日中、アザーバイドは彼女の体の中に潜んでしまう。 「……発見が遅れたの。彼女の体からアザーバイド『のみ』を取り出す手立ては無い。 自我のある彼女は夜になると赤い瞳を持ち、糸を操り、人を喰らう異形になるわ。昼間は普通の女の子なんだけれども……」 昼間にコンタクトを取るのは友人が居る為に難しいのではないかと世恋は告げた。 「彼女、塞ぎ込んでるらしいけれど、それでも親や友人と過ごす日常が『かけがえのないもの』だと感じて居るそう」 彼女は自分が異形になり果てて居る事に気付いている。その為、『人を殺し食べた』事も自覚しているのだろう。気が狂ってしまいそうな現実の中で、それでも日常を捨てたくないという鬩ぎ合い。いつ、友人を喰らうか――日中も『蜘蛛』に乗っ取られるか分からないという不信感から人間不信にも陥っているそうだ。 「日中の『かけがえのない日常』にお邪魔することは無粋じゃないかしら。 それに、無用な犠牲――友人たちを巻き込まない事も重要になってくるわ。 本日の夜、彼女が公園で一人の男を獲物とし狙っている現場へと急行して欲しいの。そして、狙われている男性の救出をお願いしたいわ。彼は罪なき善良な市民だから。 ……もし、あれなら彼女の身辺データは用意してるので、必要なら目を通してね?」 家出を仄めかして居た、と友人達が噂していた事もあるそうだと世恋は告げて小さく苦笑を浮かべる。 「私からお願いしたいのは、『彼女』の討伐――いえ、『蜘蛛』の、かしら。 彼女の『世界』を壊す前に――大切な人を傷つける事がない今のうちに、倒して欲しい」 どうぞ、よろしくねと世恋は小さく頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月15日(火)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 暗がりの公園は何時もより静かである様に感じる。足を踏み入れ、不安げに周囲を見回した『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)の視線は薄ぼんやりとした街灯を見詰めている。 日常と非日常の混ざりあった空間。彼女にとっての『日常』が誰かにとっての『非日常』である事を彼女は良く理解して居た。背のあひるの翼は隠してしまった。 「……不幸なものだね」 小さく囁いた『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は突如として己の中に流れ込んできた記憶を思い出す。導かれるままに力を得た瑞樹が自分自身(アイデンティティ)を確保できたのはその体に運命の加護を得たからだろう。その加護すら得れない少女がこの先に、いる。 感じる熱に、目を凝らし歩く瑞樹の後ろを『山紫水明』絢藤 紫仙(BNE004738)はゆっくりと歩いていく。 頭の上の耳がぴこりと揺れ、少女の息遣いを感じとった様に立ち上がる。 (これが悲劇であっても、結末は美しくあって欲しい――) 喜劇と悲劇は何時だって表裏一体。この悲劇を喜劇に変えられるならば。煙管を掴む指先。凛とした立ち姿の紫仙が一歩進んだ所へミカエル・ベルトラム(BNE001459)が小さく息を漏らしながら強結界を広めていく。 ――世界が、日常から非日常に変わっていく。 「こんばんは、あなたが志津加ね? あひる達と少し、お話しでもしましょうか」 おさげ髪を揺らし、志津加の往く手を阻む様に現れたあひるが緩やかに微笑んだ。少女の姿は未だ人の形をしている。 明るい茶髪、笑顔が似合いそうな素朴な顔にセーラー服を纏った少女の姿。突然の乱入者――年齢もあまり変わらないと思わしきあひるの姿に身体を固くする志津加の元へと続いて顔を出した『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は色違いの瞳を向けて銃を構える。 「お前が日高志津加か。自ら日常を壊すのは本意ではあるまい?」 月の女神の加護を受けながらナイトホークとクリムゾンイーグルと名付けた二丁の銃を手にする櫻霞の姿に少女が怯えた様に一歩、後退する。 そんな少女の様子に無理もないかと肩を竦め、手にした数珠を握りしめた『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)がゆっくりと歩み寄っていく。あひるの前に立ち、志津加の体を縛り付けた呪言。僧の格好をしたフツだ。悪しきものが身体に宿っている事を理解してる志津加の心の寄る瀬になることも出来るだろう。 「オレは、お前を助けるつもりはない」 「――……え?」 ぴた、と少女が手を止める。その声を聞きながら瞳を伏せる『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は常の通りの沈黙考察を続けて居た。 寄生型の蜘蛛。寄生された時点で人ならざる者と化した志津加を結唯は『心のみ生きた人』だと判断したのだろう。 人間に戻る事はできない。現実の残酷さを喰らい尽くしてやろうとFaust Rohrを構えた結唯は後衛位置より蜘蛛を狙い、引き金を引いた。 「おいおい……何もかも完全に乗っ取られてりゃ簡単な話だったってのによぉ……。 なあ、おっさん! さっさと逃げろよ、足止めんな。いいな?」 始まった攻撃に『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)が足元を這う子蜘蛛目掛けて銃を撃ち出した。長いジャケットの袖から滑り出す妖狢。弾丸が飛び交い、志津加の標的であった男の怯える声が瑞樹の耳を差す。 「大丈夫、助けに来たから。ここで死なせる訳には出来ないから、立って!」 手を引いて、瑞樹は男を志津加や蜘蛛から庇うように進んでいく。その背を見詰め日高志津加は『まるでアニメの世界だ』等とぼんやりと考えて居た。 花魁煙管-真紅-からふわりと揺れる煙は何処か幻想的だ。まるでアニメや漫画の世界だ。銃を向けられて、弾丸が身体に食い込んでも居たくない。 不思議な人達だ。みんな、不思議な『格好』をしてる。ああ、これが、夢、だったらなあ……。 ● 日高志津加という少女が普通の人間であった事を隆明は資料を読んで知っていた。身体の中に何かが巣食う恐怖を高校生の少女は一人で抱え続けて居たのだろうか。 「よぉ、嬢ちゃん。俺らはあんたに寄生する存在を殺しに来たんだが……嬢ちゃんはまさか死にたいとか言わねぇよな?」 「それは……」 当たり前だと彼女は返せなかった。自分の体の中に居る存在が、大きくて禍々しくて――傷つけるものだと知っていたのだから。 それでも隆明は彼女を救うことに拘った。僅かな可能性でも良い。隅から隅まで探って、助けられる可能性を見つけ出せばいい。手を伸ばすのは悪い事じゃない筈なのだから。 「私だって、生きてたいよ……!」 その声は痛みを孕んでいた。『人食い蜘蛛』を――アザーバイドその身に宿した少女は涙を浮かべ、首を振り続ける。しかし、殺される恐怖から得た力を振るわずには居られなかった。子蜘蛛達はリベリスタを餌だと認識する様に真っ直ぐに飛び込んでいく。 「大人しくしてくれると助かるな、そう簡単には聞き分けて等くれんだろうが」 モノクルの向こう側、鮮やかな金の瞳が見通したのは悲痛の表情を浮かべる少女だ。だが、手加減など櫻霞は知らない。望んで踏み外した訳ではないとしても日高志津加は『普通』ではないのだから。 「やだ、何、これ……? 怖いっ……怖いよぉっ……!」 下手に自我が残った事が『憐れ』だと思うしかない。狩人として、獲物を殺すのは当たり前だ。怯えを浮かべる少女にあひるが絵本をぎゅ、と抱き締めた。 「志津加……」 身も心も、志津加の大切な日常も食い荒らした蜘蛛。人を食うことで志津加の心をも蝕んだ痛みをあひるは共感する事はできない。けれど、救い出す事はできる筈だから。両親、友達、大切な人に手出しはさせない。 自身の前に立っている大切な人の背中を見詰めながらあひるはゆっくりと地面を蹴った。 「これ以上好きにさせない……! これ以上、志津加の世界を壊させないよ……!」 あひるの言葉が救いだったのだろうか。その声を聞きながら、遠く、戦闘場所から離れる様に一生懸命に駆ける瑞樹は男へとこのまま街に戻って下さいと声をかけて居た。 日常と非日常の境界線。もう一度、非日常の中に足を踏み入れた瑞樹は確かに何かの熱を感じとっていた。 「燃やし凍らせ潰す、邪魔な敵は排除させてもらう」 番傘-桜-を開き噛みつかんとする子蜘蛛を避けた紫仙が一歩下がる、傘を振り上げて覗かせる煙管。硬く作られたソレが炎を纏い振り翳される。 数を増やせ続ける子蜘蛛を見詰めながら羽を揺らし、眼鏡をくい、と指先で揚げたミカエルは虚ろな瞳でじ、と蜘蛛少女を見詰めている。 「『普通』と『普通』でない……が混在している矛盾か……」 薄汚れた白衣に、伸びきった前髪を指先で弄りながら――照れ屋の人見知りを拗らせたミカエルが口にしたのは『人情』からくる言葉ではなく、その状況の分析であろう。 暗がりを見る為の瞳を持たない彼は虚ろにも見える蒼でぼんやりと少女の周囲を見据えている。小さな繭を狙った炎。魔力杖を地面につき、喉を鳴らした。 「……いや、実に……涙ぐましい努力だ。美しさすら、感じるね……」 その言葉に彼へ向けて蜘蛛の糸が伸ばされる。腕に絡みつく糸を、ぐ、と引き足を一歩滑らせるミカエルの元へと降り注いだのは炎だ。フツの生み出す朱雀が舞い散らす炎。 美しいそれが糸を途切れさせ、己にも伸ばされた糸を其の侭に反射する。フツにとっては神仏など関係ない。ただ、世界が良くあれば恩返しにもなるだろう。 蜘蛛の糸は極楽への近道だというならば、悪しき行いをする『蜘蛛』を昇らせる訳には行かぬだろう。 「良いか? 緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀――」 彼の言葉に呼応する様に少女がけたたましく笑い続ける。魔槍は持ち主の言葉に可笑しそうに微笑み続けたのだろう。 撃ち出す弾丸が蜘蛛を狙うが数を増やす子蜘蛛達は後衛にも及ぶ攻撃を続けている。沈黙し考え続ける結唯が殺してしまおうと銃弾を向けた所へと蜘蛛が張りついた。 「志津加……! 苦しくて、現実に押し潰される様な日々だよね? ねえ、キラキラした世界を、何気なくても本当に大切なかけがえのない日常をめちゃくちゃにした蜘蛛と……あひるも、かな。本当に、本当に嫌いで、辛くて、仕方ないよね」 ぎゅ、と握りしめる絵本。飛び出す絵本はまるで魔法使いの様だ。癒しを与えるあひるは志津加にとって同年代の心安らぐ存在であったのだろう。 彼女の『大切な人』が彼女の傍に居る。志津加にとってはそれが何よりも羨ましい事だったのだろう。 ● 彼女が何も悪くなくて、『運』が悪かっただけだという事を瑞樹は知っていた。 驚くほどに『悪い』事ばかりで――二度ある事は三度あるか、三度目の正直か。幸せを彼女に与えられたらいいのにと瑞樹は探り続ける。 (助かったとしたら、人を殺して食べた記憶が残り続けるの? 残酷な行いなのかな……。 それでも、それを知った上で私は言うんだ。彼女が戻りたいなら、日常に、帰ろう、って) ぎゅ、と握りしめる白妖。後衛に至る攻撃を見詰めながら赤く揺らめく月をバックに瑞樹は黒い髪を揺らした。 同年代の少女は、蛇の――龍の瞳を揺らめかせ、己の体の中にある記憶を辿る。握りしめた刃が少女の体を突き刺すが先か、それとも―― 祈る様に、擬似的な赤い月が瑞樹の背後で揺らめいた。 「……ねえ、帰ろっか?」 幸せな場所は、いつだって、誰にだって平等である筈なのだから。 そんな事は知っていた。それでも、『最悪』が起こる前に芽を摘み取らねばと考えるのが狩人である櫻霞だろう。脅迫に等しい言い方になることを彼は分かりながらも銃を降ろさず的確に子蜘蛛を潰していく。 「これ以上、他者の命を狩りたくなければ、今ここで死んでくれ」 その言葉に悟ったと言っても仕方ないだろう。振るえる指先は傷つき、血を流す身体を触り、『銃で撃たれても』失神しない、『炎が燃やしても』まだ力が入る指先に怯える様に揺れ動かされる。 フツを攻撃した衝撃が少女を襲い、ふらつく足元を見据える様に紫仙は子蜘蛛を倒しながら少女へと視線を送っていく。 隆明の体が志津加の放つ攻撃で吹き飛ばされる。入れ替わるように滑り込んだフツが『念仏』を唱える様に朱雀を召喚し、目を細める。 「オレはお前に何の恨みもねぇ。仲間はお前を助けるつもりらしいがオレはお前を助けるつもりはない」 極楽浄土は何処にもない。あるのは地獄だけだ。天変地異が起こって少女の体から蜘蛛を取り出せればと祈るあひるの事を知っている。 心優しい『君』だから、愛情を以って接してきた子が怨まれる事は避けたい。自分は、二者を選ばなければならないのだ。 運命を得て居ないアザーバイドを此処で殺すか、崩界を促し大切な人を殺すか。 「お前が死ぬのはオレの責任だ。オレを恨めよ」 怨むことで、その気持ちがまだ幸せに満ち溢れるならば――心の寄る瀬となるならば。 救いたいと攻撃を受け続ける隆明の体が耐えきれないという様に血をにじませる。癒すあひるの手を持っても、後衛にも及ぶ攻撃全てを前線でカヴァー仕切る事ができない状況では、ミカエルや結唯の体も傷を受け続けて居た。 「矛盾を抱えた人よ……『普通』でなくなりながら『普通』であろうとした……痛ましいほどに美しい君よ」 「……な、なに……」 「『普通』でいられなかった僕には……出来なかった美しさを持つ君よ。 君の愛した『普通』を……大切と思うならば……切々と痛みに耐えて見せ給えよ」 ぶつぶつと続けるミカエルの言葉はまるで戯曲だ。下らない戯曲を口にする様にミカエルは話し続ける。 自分にはなく、彼女にはある、幸せがそこにはある。 「たとい君が死んだとて……君の愛した『普通』達は守られるのだから」 ソレが終幕。ミカエルの体を貫いた蜘蛛の攻撃に彼の体が大きくふらついた。あひるが癒す様にぎゅ、っと絵本を抱き締めれば、戦線に復帰した隆明が悔しげに妖狢を握りしめた。 ● ――少女は悟っていた。必死になり、血に濡れながらも解決策を探り続けた彼が良い顔をしなかったことがわかる。 「……もう、駄目なんでしょ?」 ぽつり、と志津加の零す言葉に隆明が拳を固める。巣食う為に、何だってすると知っていた。 身体の中に存在する熱を取り出すには彼女の『体』ごと貫かなければならない。リベリスタ達がアザーバイドを殺す攻撃を一般人に向ければ志津加の体は壊れてしまうだろう。 「嬢ちゃんはかけがえのない日常ってやつに戻りたいんだよなぁ!? 俺らもやれるだけのことはやってやるからよ……だから、人である事を諦めんな!」 「だって、どうしたら良いって言うの!?」 どうしようもない事を知っていた。隆明の拳に力が込められていく。どうしようもないとしても、救える手立てがあるならば、救いたいとも思っていた。 ミカエルの求めた『普通』を愛した志津加。きっと、それを喰らえば己の血肉に残せると考えた結唯。只、普通の少女は死にたくないと言わんばかりに攻撃を強めていく。 ふつの頬を裂く蝕む腕。子蜘蛛の繭を貫く櫻霞の銃撃にも志津加は悲痛の声をあげ続けた。 「分かっているのに、辛いな……」 救えない命が其処には存在した。分かってはいた、理解もしているつもりだった。 自分の死を納得して欲しい――エゴに塗れた言葉は少女に被せる事になろうとは。 紫仙は名家の令嬢であった。恵まれた生活を自分では送ってきたと思えるだろう。志津加だって何気ない日常を『恵まれた』風に過ごしてきたのだ。ソレが一気に奪い去られる。 全力で踏み込んだ、彼女の体を投げれば、志津加の華奢な体は骨を軋ませて落ちていく。裂ける肌を気にせずに息を吐き攻撃の手を強める志津加の体を見詰めて瑞樹が唇を噛み締めた。 「ねぇ……」 あひるが、息を吐く。背後で癒しを続けるあひるが仲間を支える様に絵本の頁をなぞり続ける。 「全部、終わりにしましょ。どんな結果になっても志津加の世界も身体も、全部全部、返してもらわなきゃ。 志津加のものだから。そんな『蜘蛛』になんてあげちゃ駄目なんだから……」 囁く言葉に頷いてフツは槍を握りしめる。近接した彼を攻撃する蜘蛛の手に伝う痛み。反射するバリアをその身に宿すフツが幻想纏いである数珠を握りしめた。 躊躇わずに止めを刺す。そう決めて居た。エネミースキャンを通してみても『正解』はみえなかった。 透明な糸は、天から伸ばされる蜘蛛の糸か。 蜘蛛の糸が絡み付き、何も話さないと言わんばかりに伸ばされる。「仕方ねぇ」と小さく囁いて、フツが槍を振るい子蜘蛛を散らせば、あひるが攻撃の手を助ける様に癒しを伸ばす。 サポートを受けながら、決意を固めた隆明がぎゅ、と拳を固めた。 最低でも死ななければいい。小さな可能性だって試して見せる。どうしても駄目ならその時だ。 「俺は時間はかけねぇ、全力で真っ直ぐ往ってぶん殴る」 ごめん――と唇から出掛けた言葉を飲み込んだ。彼女を殺すのは自分たちの身勝手だと知っているからだ。 少女の眼が隆明を見詰めている。助けて、という色、絶望に染まった色。そのどちらもが浮かんでは隆明を責めている。 一斉に攻撃が始まり志津加の華奢な身体は簡単に傷つけられ続けた。周囲の子蜘蛛への対応は徐々に進んでいた。繭を含めた攻撃を行う紫仙や櫻霞もその手を緩める事はない。 「ねえ……言い残す事は、ある?」 白妖が首筋にひたり、と当てられる。振るえる志津加はぎゅ、と白妖を握りしめ瑞樹に微笑んだ。 白妖が彼女の掌に食い込んでいく。血が伝い、瑞樹の指先を濡らした。 唇がゆっくりと、動いていく。 ――だいっきらいだよ―― 見開いた瞳に瑞樹はふるふると首を振る。残された言葉は身に刻む。それが自己満足であれど。 ――志津加の生きた証になるのだから。 振り翳した刃が刺さる。彼女を足止めした所へと真っ直ぐに振るわれる隆明の拳。腹を軋ませ、臓器が抉れる感触がする。 見開いた少女の瞳を見詰め、苦しまない様にと全力の力を込めた隆明は何時も通りといった風に敵を殲滅する『表情』を浮かべて拳を降ろした。 少女の掌がゆっくりと隆明の手を掴む。明るい茶髪の、昼間は愛らしく笑みを浮かべていた『少女』のぬくもりを感じる掌にはべったりと血が付着している。 その血が隆明の拳へ掌の痕を残していく。最後まで救おうとしてくれた彼へ少女は少なからずでも交換を抱いたのかもしれない。 最後の最期、人間らしくいれたのかもしれないと、紫仙は想う。 「私がキミにしてやれることは何もない。精々、キミの最期を看取りキミの最期の言葉を聞く位だ。 無力な私達を恨んでくれても良い、ソレで少しでも気が張れるなら……」 紫仙の言葉を聞きながら浅い息を吐いていた少女の腕が落ちていく。唇が、ゆっくりと謝罪を告げている。 嫌いと言って御免なさい。救ってくれたのに御免なさい。死んでしまって――御免なさい。 少女の熱が冷めていく。瑞樹はそれを実感しながら、紫仙は少女の息遣いが段々と小さくなっていくのを聞きながら彼女の最期を見詰めている。 この場のリベリスタは誰も謝らない。とさり、と落ちた少女の体はもう動かず、瑞樹が見詰めた熱反応も消え失せた。 静まった公園に残ったのはたった一人の『不幸な少女』の死体のみだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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