●黒虎誰敢敵 -hong zhi- 明暗。 東洋のパリと賞賛され、魔都とも呼ばれた東洋有数の大都市を『上海』という。 摩天楼が連なる華々しい繁栄があり、その裏ではキッと強い影が射している。この都市の歴史すらも、大きな光と大きな影があり、とても濃密で、色濃い明暗がそこにあった。 映像を見せられた。 映像は、下品なほどに明るい繁華街の中を通っていた。 先をゆく黒尽くめの男を、映像の中心に据えている。一見して、即座にこれは尾行であると判断できる。 時々、映像は左右を見る。3人ほど仲間がいるらしい。映像の担い手を含めた4人は、街辻を次々に越えていくのである。 尾行は続く。 やがて黒尽くめは、ビル――建設されたばかりのビルに入っていく。 入った途端に、映像の担い手は手を振った。 これが合図とばかりに、映像と仲間達は、猛烈な駆け足でフロアに雪崩れ込む。一斉にソ連式オートマチックを抜き去り、安全装置が存在しないその銃を、尾行していた黒尽くめに向けた。 たちまち、フロアに銃声が鳴り響く。 フロアは無人。思えば鍵も開いていた。建設されたばかりであるのに放置され、無人の廃ビルと化しているのも、日本ではあまりない光景である。 黒尽くめの男は、猫科の生き物のように跳躍して、置き去りの植木に身を隠す。隠したかと思えば走り出し、エスカレーターを駆け上がる。 映像とその仲間が追いかける。 「殺(Sha)ッ!」 黒尽くめが踵を返して吼える。 エスカレーターで一列に並んだ所を見計らうかのように、右足で蹴りを放つ。映像の前を行く仲間の腹に、蹴りが真っ直ぐ突き刺さる。いやさ背中から黒尽くめの足が生じて、貫通している。 仲間は口から大きく血を流し、黒尽くめの脚を引き抜かんとする。するも、黒尽くめは片足立ちのまま、人一人を貫いたままの右足を大きく上に伸ばし、真っ直ぐ振り下ろした。 貫かれていた仲間の胴が真っ二つに引き裂かれる。その射線上にいた映像の担い手ごと、肩口から大きく鮮血を上げる。 「偶には修行になると思っテ、一人で出て来たけどサア~」 黒尽くめは肩を竦め、上海訛りの中国語で落胆の声を上げる。 「残念だヨ。『梁山泊』上海閥。修行にもナランネ」 ソ連式の拳銃を爪先で遠くに蹴る黒尽くめであるが、映像の担い手達は次の武器――ソ連式小銃型のアーティファクトを出す。 出すも、黒尽くめは影の如く跳ねる。銃弾は虚しく壁を穿つ。 何処へ行ったのかと映像は右に左に動くと、黒い影が下から上に飛び出して、上から下へ暗幕の如く被さった。 銃声と打撃音。眼球の如きものが脇にチラりと見えて、赤い飛沫が大きく映像を汚す。 「黒虎誰敢敵(ヘイ フー シェイ ガン ディ)♪ 上海事変の時の『梁山泊』は物凄く強かったんだがネ~。近々ネ、事変以来の朋友が遥々来るんダヨ。私の上海(にわ)にゴミが転がっていては失礼ダト思わない?」 映像はここまでである。 あとは何もない壁をずっと映し続け、鈍い音と何かが飛び散る音を、断続的に拾い続ける。 ●リベリスタ組織『梁山泊』 -liáng shān bó- 「黒尽くめの男の名は『黒猛虎』王紅徴(ワン・ホン・ジー)。単刀直入に言えば、奴を抹殺していただきたい」 アークのリベリスタ達は今、上海に来ていた。 中国人リベリスタが一向にモノを言う。 満州族伝統の辮髪頭をした、紅衛兵の人民服姿の。顔にしても西洋人の血が入っているのか彫りが深い。日本語も流暢だ。 どうにも、全体的にチグハグな風体である。一言で言えば、胡散臭い中国人であった。 顛末としては、こうである。 世界最強、と謳われたバロックナイツの中でも、特に実力者と評される“キース・ソロモン”をアークが退けた事は、世界各国のリベリスタ/フィクサード組織に衝撃を与えた。 それも、かつて混沌事件――ポーランドのリベリスタ組織を壊滅させた『福音の指揮者』を撃破し、WW2時代から深く悪名を刻むドイツ旧軍の残党『鉄十字猟犬』との連戦に次ぐ連戦の上で、キースを退けたのであるから。 比較的近所でありながら、まるで接点が無かった中華人民共和国のリベリスタ組織『梁山泊』より、アークに要請が入ったのである。 『梁山泊』上海閥のアジトで、たった今に見せられた映像は、『これから起こる事件ではない』。万華鏡が近くにない為、過去の映像である。 中国人リベリスタは言う。 「紅徴は虎の獣人です。殺人拳法を得手とします。映像では正攻法に戦い、正攻法でも手練ではありますが、性の本質は狡猾にして残忍です――映像の彼等4人の遺体は、見せしめの為か、実に惨たらしい有り様でした」 中国人リベリスタが、下唇を強く噛む。 映像をみた限りでは、王紅徴に対して、目の前の中国人リベリスタの力量は、まるで足りない風に見られる。 とかく中国人は、面子を重んじる国民性であると世間では言われる。 日本のリベリスタ組織の手を借りるという決断も、実に険しかったと推測される。 「紅徴を抹殺できれば最良ですが、配下が潜んでいるかもしれません。その場合、せめて8人を斃して下さい。それで引き上げて頂いても結構です。陣形作戦、詳細はお任せ致します」 中国人リベリスタが、資料を配る。 紅徴が次に現れる場所の、周辺地形が描かれている――上海浦東国際空港、第2ターミナルとある。 時間は日本からの最終便、22:00頃。夜であっても、大都市の大型空港。いささか人が集まるのが懸念される。 次の紙を捲る。 現在判明しているだけの情報が載っている。万華鏡を用いる事はできない為、紅徴含む戦闘能力がやや不明瞭だ。 それでも梁山泊は、人海作戦式の情報収集により、紅徴の配下が15人ほど行方をくらましている事だけは掴んでいた。敵は紅徴を加えた16人だろうか。 「失敬。名乗り遅れました。私は梁山泊、上海閥所属。学軍(シュェジュン)と申しあげる。この度、応じて下さった皆様へ、心深くに恩義を刻む次第。若輩者ながらも、精一杯お手伝いをさせて頂きます」 学軍は、右拳を左掌に打ち付けて、どうか。と頭を下げた。 ただ――この学軍以外の中国人リベリスタによる加勢は無いらしい。 傭兵として期待を寄せたいアークの実力を測るのに、丁度いい案件と思っている可能性を否めない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月24日(木)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●上海黒社会 -BAbeL- 鏡面のような継ぎ目の無いタイルを、人々が疎らに往来する。 疲労感をげろりと吐き出すビジネスマンが早足で脇を歩いていく。隅にはボロボロのスーツを着た者が、虚ろな目で虚空を眺めている。失業者であろうか。 人々に感情は薄く、カツン、カツンと甲高い音が一種、無機質な印象を胸中に抱かせる。 視界に王紅徴を捕捉する。 待合に独り、頬杖を着いて座る姿を捕捉した途端に、王紅徴の『影』が膨らんで砕け散る。中から五人の人間が形となる。 『お前ラ、何をやっているんダ』 『か、勝手に術が解けて――』 走る影が八つ。王紅徴は音に気づいてか、立ち上がる。 「やっぱり隠れてたな」 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)が最初に『黒猛虎』の前に降り立つ。小烏の両目――幻想殺しが、潜伏していた護衛を燻り出したのである。 「遅くに悪いね。眠らぬ街、上海の名に免じて許しとくれ――しかし日本語通じるのかね」 「――日本人カ? 梁山泊カ? ナンダお前ラは?」 「さーてね?」 王紅徴は片言ながらも日本語で疑問を連ね、飄々と振る舞う小烏を、サングラスを傾けて観る。 「上海閥……カ? 上海以外の梁山泊にデモ助けを呼んダのかい?」 学軍は、数秒の無言の後に吼えるように返答する。 「貴様の知る所ではない! 邪悪なる老人よ」 これに、王紅徴は首を竦める。 「君が王紅徴だね? 僕が相手だ!」 対照の如き白い服――『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が拳を刺す。交差する拳と拳ではあったが最短距離で、王紅徴の縦拳が悠里の顔面を狙う。悠里が咄嗟に首を傾ける。頬を掠る。 「私の奥義ヲ避けんなヨ。当たレヨ」 悠里の後方のタイルが突如として爆ぜる。縦拳の反撃にハイアンドロウを乗せてきたか。 「成程……。僕達一人一人はまだまだ弱い。戦うのは好きじゃないけど、守る為に力が必要なんだ。その力、学ばせてもらうよ」 再動。悠里の二撃目の応酬が重なる刹那に、眩い火球が浮かぶ。 「Grüß Gott, herr wang――」 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)の魔力が、黒虎と――足元の配下達を巻き込む形で発破する。 「……ッ」 アーデルハイトは肩口に痛みを覚える。"たった今"自身の肩口に刺さった道化のカードを抜く。成程――手強い。 「私の名は、アーデルハイト・フォン・シュピーゲル。さあ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 「お、良いネ。そのセリフ。ロマンティックだヨ、実ニ」 焼かれながらも、黒猛虎は飄然と応答した。 『History of a New HAREM』雪白 桐(BNE000185)は、吶喊せずに一寸待った。理由は王配下の存在である。 「情報にあった、強いインヤンマスターは……何処?」 巨大な剣をすらりと抜く。前傾姿勢。脚に力を。万象を跳ね除ける力を全身に巡らせる。 巡らせた途端、桐の眼前に不吉の呪詛が滑空する。床のタイルを穿る。飛んできた方向に視線を向ける。 「警戒しておいて良かったな」 「貴様……童!」 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)が、打つ拳は、壁際の襤褸達に紛れたる猿面を着けた者。両腕を、下へと叩き落としていた。 おそらくに、奴――猿面の者が強いと情報のあったインヤンマスターであろうか。 猿面の者が言う。 「我らを"我等"と知っての狼藉か」 「本場の覇界闘士の実力見せて貰うぞ!」 変身! の声を高らかに、疾風が猿面へと拳を伸ばす。 「オいおい淵センセイ。しっかりしてくれヨ。虐めらレルじゃないか♪」 王紅徴は、椅子の縁に足をかけて跳躍する。 「三十六計逃げるに如かズ」 分散させようという魂胆か。――が、やがて黒い虎の足取りは、途中で止まる。 「なんダ? 先に行けン?」 逃していれば、追跡劇の如きものになっていたであろうか。往来する人々が大いに巻き込まれる事態は、想像に難くなかった。 「詠唱なしで即陣地ぃ」 『魔性の腐女子』セレア・アレイン(BNE003170)が、床のタイルに手を置く姿勢で展開する。かの魔女の秘術である。 「サクッと隔離成功。人が殆ど居ない空港の建物って、素敵だと思わない?」 誰へともなく問う言葉に。 「そうですね。隔離と言えば、上海浦東国際空港について事前に調べていたのですが、金盾で情報が全然見れなくなりました」 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は、ノートPCをアクセスファンタズムに入れて、代わりに得物を取り出す。 「はじめましてご同業。用件は言わなくてもわかりますよね?」 結界に立ち往生をしている王紅徴の背に向かって、気糸を放出する。縛り上げる。同時に飛来した道化のカードをかわす。 「不射之射――中島敦に著してもらうにゃちょいと我欲が過ぎるみたいだな」 『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)は、機関銃と化している指の銃口を、王紅徴の背へと向ける。 「さて、ワンちゃん。退路はねーぜ」 言うなり狄龍は発砲する。黒社会の流儀。殺ると決した時、無感情に引き金を引く。――が、これで殺せるとは思わない。ほんの挨拶代わりである。 「しっかし、上海事変以来ってなァ……それこそ曾祖父さんとタメくらいか。日中の開戦工作でもしてたのか、それとも漢奸狩りってか?」 「依頼次第だヨ」 ブチリと気糸を引きちぎり、そして振り返る。 「退路が無いか。面白い。こんな細工まで用意して」 王紅徴は猿面に向かって頷く。猿面の蹴りと疾風の拳が交差する。 途端、猿面の男が向こう側へと後転する。吼えて印を結ぶ。 「陰魂三体鏡。來々僵尸!」 壁際の襤褸服姿の者達が一斉に動き出す。また、隔離された陣地の中へ彼等の配下達が加わっていく。 「黒虎誰敢敵♪ まともに私と戦える者って少ないんダヨ」 『黒猛虎』は獰猛に頬肉を釣り上げる。ここからだ、と察するには十分な殺気が、陣地の中に充満する。 ●黒き虎に誰が敢へて敵せん -hēi hǔ shéi gǎn dí- 外には、暗い闇が広がり、人工物の光が下品な程に沢山見える。見えるが、訪れる前に見た映像――『無人の新築ビル』が想起される。 繁栄の裏。日本では感じる事の無い、どこか退廃的な匂いというべきか、深い深い明暗が漏れてきて鼻につくのである。 かく戦術は、強力なフィクサードをブロックし、その間に配下の撃破を最優先する作戦である。 フィクサード達の攻撃、反撃、応酬が幾度か続く。 疾風は死体達の包囲を突破するかの如く右手に電光を携える。床ごと削り取るが如き低姿勢で駆ける。死体の足を削り取る。そのまま配下を巻き込んで一人打ち倒す。 「覇(ba)ッッ!」 削り取った動きの終わり時分に、瞬息と横から猿面が猿の如く跳び出した。疾風の腕の肉が攫われる様に削がれる。 「く……っ!」 たちまち、全身に痺れが生じる。そして喉の奥から鉄臭い液体が生じる。 「毒と……呪縛。か」 「そこでジッとしておれ」 猿面が再動。來々と印を結ぶ。途端に、倒した筈の配下が起き上がる。 「『楽団』に比べたら、まだマシですかねえ」 あばたが独り言つ。鬱陶しいほどに、雑魚が増えている。連続した弾丸。連続した銃声。同時に、まだ生きている配下の心臓を貫く。ここでリロード。 絶命した敵が起き上がらんとする。するも、ここで追い打ちのごとく弾丸を撃った、狄龍であった。 「どうも」 「おう。ったく、死体にしても油断は出来ねェな」 狄龍が撃破した配下一体は立ち上がらない。膝や肘など関節部分を狙って撃ち抜いていたが故に、その場でもがくのみに留まる。 「死んだ俺の曾祖父さんが見たらなんて言うか――」 「後ろ後ろ!」 「おっと!」 セレアの声に、狄龍は王配下が背後からの一撃を鉄の腕で受ける。 「満州の食い詰め馬賊から流れて国民党の香港残党ってェ、文字通りヤクザな爺ィだったけどな!」 「――結界の術者は貴様か。小娘」 猿面が、悠然とセレアを見る。 「いや違う全然違う。知らない」 咄嗟に電撃を放ち、王配下をなぎ払う。されど、死して尚も立ち上がる。これは何ともキリが無い。 セレアは結界を解かない様に被弾を少なくするよう務めていた。 それを猿面に看破された。猿面は人差し指と中指を立てた形の手をセレアに向ける。死体達が一斉にセレアへと向く。 「――結構、状況悪い?」 「護衛致します」 学軍が死体に一体に蹴りを見舞う。見舞ったと同時に、別所から大きな破裂音が響き渡る。 悠里の籠手に、かの黒猛虎の横薙ぎの蹴りがぶち当たった音であった。 「ヤるじゃないかヨ」 衝撃が悠里の五体を通り抜ける様に、次へと走り抜ける。耐えんとする。意識を掴みとる。 「僕がコイツを通さなければ仲間が助かる。だから僕は絶対に倒れない!」 衝撃を籠手の面を用いて受け流す。後ろへ走り抜けた衝撃を各々、右へ左へ跳躍し、散開して回避する。 「やれ、鬼も虎もおっかない。猿もか。お手柔らかに願うよ」 ひらりと、衝撃をかわした小烏が、右手に破邪の光を収束させる。 「疾風の兄さん、引き続き頼むぜ」 「助かる」 光がたちまちに、多くの異常を振り払う。疾風を蝕むものが残らず消えさり、力強く立ち上がる。行ける。 小烏は続き、思索する。戦闘指揮の観点で言えば、ただでさえ悠里が持つかどうかであるのにも、配下の死体を手駒として繰る猿面がすこぶる厄介である。一種の回復手と同じ働きである。 鳥類の翼の如く変じている左腕を大きく振る。星を卜った呪詛を猿面へと浴びせる。 小烏は悠里を見る。次にセレアの状況を見て次手を練る。 アーデルハイトは、衝撃が走り抜けた後の――切断された自身の衣を見る。次に王紅徴を見る。 「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す――貴方は、一体何を残すのでしょうね」 黒き葬操を詠唱する。半分で済ませる高速の詠唱より放たれる黒い奔流が、セレアに向かわんとした配下達、その死体ごとを焼きつくす。 「セレア様への死体や配下は作戦通りに、引き受けます。猿面の者の排除を――桐様」 「120%!」 「小癪!」 桐が振り下ろす巨剣。巨剣の柄部分へ、猿面は防御の如くに蹴りで遮らんとする。するも、桐は目一杯に押しこみ――巨剣はあっさりと地面に到達する。 「この淵を破るか……貴様等は一体――」 「何者でも良いでしょう。敵というのは確かですが」 猿面の体は袈裟懸けに、ずるりと切断され落下して、タイルを朱に染める。 「オオ? 淵センセイがヤラれルナンテ。麻薬密売や組織運営が面倒ニナルナァ~けド、マスます気になるな。本当に君等は何?」 「それは……言えない」 悠里は、呼吸を整える。 アークを名乗らない理由は、梁山泊の面子を少しでも保たんとする為であった。 「ツレナイなー、もう少し痛めつければ白状――しそうにネェね。殺そうかドウシヨウカ――」 「魔氷!」 拳で返事を返す。打った所から氷が侵食していく。 「波っ! 傷癒術!」 学軍が続きセレアを守らんとする位置から、悠里へと回復を施す。死体復活が無くなり、敵戦力が大きく減退した今が、最大限に『黒猛虎』を攻撃できるチャンスと言えた。 ふと、あばたが言う。 「ドリスノクさん。王紅徴が空港に来た理由は知らないですか?」 「なぜ?」 あばたは、やや引っかかる事があった。 『黒猛虎』が態々と空港に来ている理由は、何者かを迎える為という理由は直ぐに予想できる。 「増援が来るってか?」 狄龍は、先の猿面か、或いは他もう一人にいるのか、両方を考えていたものの、どうやら事態は悪い方向へと転がったと感じる。タバコを一本出す。着火して狙いを定める。発砲。即座に弾倉をパージする。 「先の猿面クラスだと、不味い――零式」 疾風が、ならばその前に沈めると悠里に加勢する。氷結状態の王紅徴へと。 「羅刹!」 骨を砕く確かな手応えを連続して感じ取り、跳躍して離脱する。 数瞬前に疾風がいた地点に、黒い奔流が後を追う様に突き刺さり、更には四重の奔流が王紅徴に追撃を加える。 桐が走る。大きく振りかぶり、先の猿面を仕留めたが如き一刀を振り下ろさんとして。 治癒の光が――機械仕掛けの神の威光が――王紅徴を照らす。 「カハッ!」 氷結が消えさり、王紅徴は血反吐を大きく吐き出す。 「ふむ、ナポリのタイ職人は実に仕立てが良い」 明確な日本語がした。 中国語しか話せない様に見られる敵配下でも無く。この場の誰の声でもない。 「肉厚の生地は50oz。長さは59inch。大剣幅は3.74inchジャスト。実にPerfectだ。きめ細かい。あの適当すぎる死霊術師と同じ民族には思えないものだ」 トランクと妙な機械を持った白人の男が、陣地の中へと入ってくる。この戦いを一望できる様な位置。『黒猛虎』の背後で機械を動かす。 「君等もイタ公については、そう思わないかね? アークの諸君」 「アークだト!?」 万華鏡が無いが故に、予測できない事態は起こりえる。戦いは"その"予測できない境界へと突入する。 「私はリチャード。バロックナイツ傘下『倫敦の蜘蛛の巣』の一員だ」 ●英国租界 -Monster Spider- かつての大災厄から希望を繋がんと出港した箱舟。 ならば――いずれ七つの海を駆けるのは、運命であったのでしょう ――――『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル 果たして『運命の入り乱れしこの『嵐の夜』は如何な航海士であろうとも読み切るには到るまい』と言ったのは誰であったか。 ――『倫敦の蜘蛛の巣』。 それは倫敦を本拠地とする、フィクサード組織である。 巨大な犯罪者ネットワークを持ち、その首魁は世界最強のフィクサード組織バロックナイツの一柱としても数えられていた。 かつてアークが交戦した『楽団』『親衛隊』と同格とされる組織である。 桐の一刀。 「潮時ですが――少し、力を見ましょうか」 対して鈍い金属音が響く。まるで硬化したかのような手刀で切り返す。鍔迫り合いに如き姿勢となる。 リチャードは、面々を観察しながら戦う様に見られる。 「こいつ……絶対者だな」 小烏が呟く。不吉が効果を及ぼさない。式符・鴉でターゲットを引こうと考えていた。獣を見る。どうもアークと聞いて様子が妙である。 「手負いの獣は怖ぇ。――引き時だぜ」 「逃がさんさ。『Amore e morte』!」 愛と死を意味する言葉をリチャードは言う。 先ほどの死体が、改めて意思を持ったかの様に包囲せんと動き出す。 「――オリジナルのくそったれピアノ野郎の足元にも及んでないようで」 あばたが、即座に死体の四肢を即座に砕く。包囲はあっさりと解ける。 「そウかー君ラはアークか」 王紅徴は、落胆を隠せない声で言った。 「私はネ~。昔はそりゃもう、梁山泊に殺されないように必死に修行したのサ――梁山泊に勝ちタい為にサ」 サングラスを初めて外す。現れた金色の目が、怒りに満ちている。 「私のソの100年を全て侮辱スルのか。梁山泊!」 猫科の生物の様の如き動きでもって、鋭い衝撃でもって学軍を狙う。 「まだだ」 悠里が立つ。今まで、王紅徴の攻撃を一手に受けていた困憊の状態で、更に声を上げて盾と化す。大きく脇腹を攫われるも、運命をくべて脚を支える。 「学の字よう、上海の美味い店。どっか知らねェ?」 狄龍の声に、学軍は頓狂な声を発し、一応に肯定する。 「よし、なら――仕掛けたら逃げるんだぜ?」 タバコの灰が落ちる。フィルターを落とした刹那に。 「挨拶代わりだ。とっときな、ワンちゃん!」 断罪の魔弾が真っ直ぐに王紅徴の胸部を貫く。返す様に気糸が首に絡みつく。 「――仕掛ける!」 疾風が先に感じた手応えは本物である。次ぐ集中攻撃も加えて、尚も動けるまでに回復している。リチャードという男の治療能力が高い事を意味している。しかし、回復に一手を消費させるだけでも十分である。 「弐式」 「連撃をしてきタのは、君か。何とモ死にかけたネェ」 遠間合いからの投げで王紅徴の脚を取る。同時に脚に道化のカードが刺さる。 更に踏み込む。 「零式」 正拳、裏拳、蹴り、鈎突き、肘斬り上げ、掌打と、技に次ぐ技を瞬く間に叩きこむ。 「ガハっ!」 王紅徴が膝を着く。ここでセレアの詠唱が終わる。 学軍が提示したノルマは達成している。回復が非常に合図を送る。 アーデルハイトが頷き意見を重ねる。詠唱した魔力を重ねる。黒い奔流、四色の奔流。 巨大な奔流が飲み込まんとした束の間の空白。王紅徴は悠里に言う。 「マナブ、とか言ってタナ~きみ?」 「上海事変から生きている大先輩の技だ。簡単に模倣出来るとは思わない。だけど、どんなに困難でも! 仲間を、家族を、恋人を、知らない誰かを守る為に!」 同時にここで奔流が、場を包み込む。 「私の100年を真似たいトいうのか。酔狂だネ。奥義は使イ手を殺シて奪い取ルが殺人拳ダガナ」 奔流の中で繰り出される掌は、一見してただの土砕掌であったが。 密着させた無寸の掌から、浸透される衝撃は、目や耳から、喉の奥から鉄臭い液を盛大に噴出させる。明らかに威力が異なっていると身体をもって知る。 「にげよ!」「撤退です」 セレアとアーデルハイトが作り出した奔流により、王紅徴の動きが止まる。これが撤退のトリガーとなり、上海での戦いは終幕する。 手を伸ばし続ける。 手――蜘蛛の手は存外に広い。 “スコットランド・ヤード”からの依頼が届いたのは、程なくしてである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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