●――――約束をしたんだ。 アジュールブルーの空に鳥の群れが列を成して飛んでいた。先頭の鳥が向きを変えると、同じように続く黒い影。 ぽとりと。その群れから落ちてきたのはまだ若い鳥だった。猫にでも襲われたのか片方の翼が傷つき、群れと同じように動くことが出来なかったのだろう。 集団から外れてしまった弱き者は強者に狩られるのが定説。この鳥も例外無く、得物を狙う猛獣に喰われて死ぬ。はずだった。 暗闇の中に光る2つの眼光。速力を得るため姿勢を低くして腰を浮かせて。 「あ! コラ!!! やめろー!」 「ニギャ!?」 声の主は幼い少年のもの。その声に驚いて若鳥を狙う猛獣は何処かへ消えた。 薄らぼんやりとした視界に見えたのは青いキャップを被った心配そうなダーク・アイアンの瞳。 近づいてくる自分より大きな物に若鳥は手足をバタつかせて逃げようとする。けれど、触れられた手のぬくもりが暖かくて、なにより大きな瞳に滲む笑顔が安堵の色を映していたから。 「大丈夫、手当してあげるからね」 掛けられた言葉の意味は分からなかったが、優しく響く声色で攻撃されることが無いだろうと判断して、若鳥はその身を少年の手に委ねた。 「うわぁー! 待って、痛いと思うけど手当てしないと!」 バタバタ。バサバサ。ピエー!! なんて痛いのだろう。若鳥は思う。優しくしておきながら、こんなにも酷い仕打ちをするこの少年に一泡吹かせてやろうとなりふり構わず引っ掻き回した。 「痛い、痛い。大丈夫、大丈夫だから!」 傷口に得体のしれない汁を吹きかけられて、若鳥は声も出せないほど痛みを味わう。こんなことなら、あの優しい瞳に身を委ねなければ良かった。 憤慨しながらバタつかせた翼を掴まれて、また、得体の知れないものを付けられた。今度は白い布だ。 「よし、もう大丈夫」 今度は何だ? 若鳥は身構えた。けれど、次にやってきたのは少年の温かな手のひら。慈しむ様に頭や背を撫でられて、もう悪意は無いのだと感じた若鳥。 そうか、これはこの少年なりの治療法だったのだろうか。しかし、翼が広げにくい。もっと他にやりかたはないのだろうか。 少しだけ悪態を付きながら、それでも心優しい少年に若鳥は感謝をした。 ●いつかこの恩を返すと。 「良いお話ですね」 ブリーフィングルームのモニターに映しだされた少年と若鳥の映像を一時停止して、『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)はリベリスタに向き直った。 けれど、こんな平和で微笑ましいお話を聴かせるためにこの部屋を借りたわけではない。そうであればフォーチュナの表情はこんなに曇っているはずがない。 「ここまでは。……でも、小さく芽生えたこの二人の絆も程なく断ち切られてしまいます」 若鳥は群れを成して世界を旅するアザーバイドだった。世界はボトムチャンネルだけではない。上位の世界をも含めるのだ。彼らが次の世界に旅立つのは明日の明け方。 「それまでに、群れに若鳥を返さなくてはいけません」 それ以上の時間この世界に留まり続ければ、ボトムチャンネルの崩壊が進んでしまう。少年に情けをかけて若鳥を返さなければ、綱渡りのような駆け引きでそれを阻止し続けてきた方舟の存在意義が失われてしまう。 「でも、返すだけなんだろ? 乱暴だけど奪ってしまえば良いんじゃないか?」 そうであるだけならば簡単な話だ。 「少年のほうはともかく――」 言葉とは裏腹にリベリスタの疑問になぎさは首をふる。海色の瞳が彼等を見つめる。 聡い少年は簡単な説得で納得する事が分かっているのだと言う。 それが叶わなくとも、多少後味の悪さは残るが仲間の鳥達が、やがて一羽を連れて行く予定なのだ。 つまりそこに大した問題ははない。 問題は―― 「アザーバイドの渡り鳥を捕獲しようと動いているフィクサードがいます」 やはり、こう来るのだ。 若鳥が怪我をした原因は猛獣に襲われたからだ。その猛獣こそが、フィクサードの使役する動物なのであろう。 「つまり、フィクサードを追い払って、アザーバイドを群れに返せ。と」 「はい」 リベリスタが何もしなければ、アザーバイドは捕獲され、若鳥を守ろうとフィクサードの邪魔をした少年は簡単な怪我を負わされるのだとフォーチュナは云う。 幸いフィクサードの方に少年の命をどうこうしようという意思は見えないらしい。 フィクサード側に何か事情があるのだろうか。 リベリスタが視線を落とした資料の中には、フィクサードが元は動物好きのサーカス団員だったと記してある。 最も彼の素性はともかくとして、万が一の事態――戦闘の中で少年が命を失ってしまうようなことはは防ぎたいものではある。 勿論、戦闘という厄介ごとがある以上、少年に構っている余裕はなくなってしまうかもしれないのだが。難しい所だ。 それに。 「フィクサードを一度追い払ったとしても、夜中に現れて再度アザーバイドを捕獲をしようとする恐れもあります」 不利と見れば逃亡し、頃合いを見計らって捕まえにくるのだろう。 つまりは、その場で確実に解決しなければならないという事だ。 単純な解決法としては、とりあえずこてんぱんに殴り倒せば良いという話ではあるが。 はてさて。何か他に打つ手もなくはなさそうではある。 どうしたものだろう。 思案するリベリスタに、なぎさは遠慮がちな声を掛ける。 「別れは辛いかもしれません。けれど、世界を守るために仕方ないです」 子供の正義感が助けようとした鳥を悪い大人に奪われた――等という結末では少々胸糞が悪い。 少年と言えど、それが適切な対処であれば少なくとも納得は出来るはずだ。 「若鳥を無理やり群れに返しても良いです。でも……」 出来ることなら、少年が納得行く形で別れさせてあげたい。そう思うのはなぎさだけでは無いはずだ。 「よろしくお願いします」 フォーチュナはぺこりとイングリッシュフローライトの頭をさげて、リベリスタを送り出した。 ● ――――パパ! すごい!!! ライオンさんと仲良しなの? 愛娘の可愛らしい声が脳裏にふわりと浮かんだ。まだ3歳の小さな瞳は驚きの眼差しを自分に向けていたのだ。初めて自分が所属するサーカス団の公演に招待した時の話だ。 はしゃぐ子供と優しい妻の表情は、この仕事をしてきて良かったと思える瞬間だった。 けれど、昔ながらのしきたりを団員に押し付けて変わろうとしなかったサーカスは、やがて寂れて客足が遠のき、2年前に倒産した。 人生の大半を猛獣使いとしてやってきた自分にとっては、どうしようもない喪失感が全身を埋め尽くして、何も手がつかなかったのだ。 しかしである。自分は、自分1人だけの人生ではない。この手には最愛の妻と愛娘の命がかかっている。なんとしても、お金が必要だったのだ。 悪行に動物達を使うのは躊躇われたが、死ぬよりはマシだろう。きっとこいつらも分かってくれる。 生きていくために、妻子を守るために。この手が悪に染まっても構わない。そう思った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月18日(金)23:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ママ、今日も食べないの?」 「そうよ。ママは今ダイエット中なの。だから、あなたはしっかり食べなさい」 「でも……」 食卓の上に並べられているのは、少量のおかずとふりかけと茶碗一杯のご飯。子供の前にだけ並べられている。 6畳一間と狭い台所、小さな浴槽と和式のトイレ。母子が居るのはタンス等で幾分狭くなった6畳の部屋。 日当たりも悪くジメジメとして、虫だって隙間から入ってくる。 母親の肌は30代とは思えない汚さで、栄養や油分が足りていないのが容易に分かった。数ヶ月前から月経も来ていない。人間の身体は生きていく為に不必要なものから機能を停止させるからだ。 困窮したギリギリの生活。政府の保護を受けながら近所に後ろ指さされて生きるか、親子諸共命を断つか。切羽詰まった状況。日本においての貧困の極み。助けてくれる可能性のある親族は逆にお金の無心をしにくる。 それでも、子供には心配を掛けたくない。健やかに成長してほしい。 「ママ、今日のごはんおいしいね」 そんな筈は無いのだ。大した調味料も使えない。母親自身、栄養失調で味覚がおかしくなっている。 けれど、子供は健気に笑う。母親に笑ってほしいから。 「パパ、早く帰ってこないかな。暖かいごはん、パパとママと私で食べたいな」 「……ごめんね」 「ママ、泣かないで。暖かいごはんいらないから、泣かないで」 子供ながらに暖かいごはんを求めるのが罪だと認識している。それを求めてしまった事を後悔している。 なにより、母親を泣かせてしまったことをとても悔やんだ。 貧乏は罪だ。全てが負の方向へと転がり落ちて行く。そこから見いだせるのは無情。虚無感。 「お金が必要だったんだ」 密猟者は淡々と語っていく。此処に自分が居る事の意味を。 ● 世界を渡る鳥、ですか……。いるんですね、そういうものも。 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)は草木をかき分けながらシルヴァ・アイリスの髪を揺らした。 ナスタチウム・オレンジの太陽が木々の合間から優しく瞳の中に入り込む。 ……よく見つけたものです。天賦の才とはよく言ったもの。神に愛されるというものかもしれませんね。 ……しかし……。 鋭いアメジストの瞳が木々の向こうに光る弾幕を捉えた。陽動班が動き出したのだろう。 若い頃からサーカス団に入っていたフィクサードの経歴を考えれば、戦いに慣れているとは到底思えない。 リセリアの思惑通り、密猟者は陽動に釣られてこちらの動向に気づいていないのだ。 『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)と『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)はリセリアの後を身を低くして追走する。 動物好きのフィクサードさん、と聞いているけれど。その動物さんたちをこんな危険に晒してまで、しなくてはいけないことがあるの? 理由があるなら問いたい。淑子はフィエスタ・ローズの瞳で少年と若鳥の元へと走る。 「古い考えに固執すると身を滅ぼすということだね」 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いたのは淑子の後ろを行く、真柄 いちる(BNE004753)だ。 その言葉がフィクサードに対してなのか、サーカス団の団長に対してなのかは見当が付かなかったが、そこは大した問題では無いだろう。いちるの望みはハルと若鳥を納得行く形で別れさせてあげることだ。フィクサードの事情等知ったことではない。 ハルと若鳥を救出に向かった4人は物音をなるべく立てないようにしながら、戦場をぐるりと回りこんだ。 「はい、そこまで。大人しくしてもらおうか、フィクサード」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が言葉を発しながら、電光石火の如く影人3体を切り裂く。 「な……っ!」 一瞬にして消え失せた分身を見て、密猟者は驚きの声を上げた。 即座に義衛郎の攻撃に反応出来たのは、一瞬前に耳の良い動物たちが教えてくれたからだろう。 フィクサードの手により練られた印に連なって、鈍化の呪が虚木 蓮司(BNE004489)とルクレツィア・クリベリ(BNE004744)を捉える。 しかし、フィクサード自身が瞬時の対応を取れたのは、動物の助けがあってこそ。 主人と堂々の能力を持ちながらも命令を受け取り実行出来た影人は、全体の約半数だった。 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の苛烈なる弾幕は瞬時にして影人の大半を消し去ったのだ。 「少年達の、切なくも優しい出会いと別れ。それを邪魔立てなど、決してさせないわ」 盛大な銃音が響き渡る中、ミュゼーヌは言葉を紡ぐ。 明らかな戦力差。有無を言わさず敵をねじ伏せるその鮮烈さは、夜空に輝くオリオンの様に神々しい。 ……サーカスか~昔観に行ったけど、最近は姿形も全くってところだな。 でも猛獣使いには素直に感動した記憶がある。だから少しだけ寂しいよな。 蓮司は目の前のフィクサードを見てアスター・ヒューの瞳を少しだけ伏せた。 彼は心優しい性格だ。子供と老人と動物にはめっぽう弱い。だから、この戦場では誰も傷ついてほしくないのだと。少年、若鳥、動物たち、それに密猟者に対しても。 それには、まず、こちらが負けていては説得力もない。だから、蓮司は影人を2体程消滅させる。 動物たちには当たらない様に、細心の注意を払いながら。悪いのは全部密猟者だから。 蓮司の背に隠れるように居たルクレツィアが内にあるマナを開放していく。 最愛の家族の為なら悪に手を染める事も厭わない……それが彼の愛の形なのね。素敵ね。 けれど、傷ついた若鳥を助ける為に彼に立ち向かった少年も素敵だわ。 ラージャ・ルビーに彩られた瞳が細められ、ふわりと沸き立つマナの奔流もアティック・ローズ。 白磁の肌に触れる髪は黒曜石の如く、洗練な黒。 「ごきげんよう、密猟者さん? お仕事の途中で申し訳ないのだけれど、その子の運命は籠の中には無いと思うの。諦めて下さらないかしら?」 「何の話しだ」 フィクサードは突然現れ、攻撃を開始したリベリスタを怒りに満ちた表情で睨みつけた。 ジリジリと動物達が少年の周りに集まり始める。それに合わせて影人も動いた。あっという間にハルを取り囲む包囲網が出来上がってしまう。 「うわぁ!」 少年の声が戦場に小さく聞こえた。影人が邪魔でリベリスタの位置からは詳細が把握出来なかったが、どうやら猛獣である虎が、ハルを引き倒し自身の腹の下敷きにした様だ。 ――――走る緊張感。 これでは、完全に人質に取られた様なものである。 ライオンが若鳥をガブリと口に加えた。 ● 『ギャァア!!! 助けて!!! 助けて!!! 殺される!!!!』 迂回していた救出班、淑子の耳にも悲痛な叫びが聞こえて来た。これは若鳥の声であろう。 何か緊急事態が起こった様だ。視界に収められない分だけ、見えない分だけ、焦りが募る。 「急ぎましょう。若鳥さんが危ないわ」 フィクサードが操る動物たちの声はこちらには聞こえてこない。若鳥の強すぎる言葉だからこそ別の場所に居る淑子にも聞こえたのだろう。 淑子の心臓の音が次第に早くなっていく。手遅れになってはいないだろうか。少年や若鳥は無事であろうか。 ふと、淑子の肩に温もりが加わった。見上げればクルトが大丈夫だと慰める様に方を叩いている。 もう片方を見ればちょいわる親父みたいに、いちるがぐっと親指を立てていた。サングラスで表情は見えなかったが口元は笑っていない。けれど、これが卑屈で僻み屋で寂しがりなくせに強がりという難しい性格のいちるなりの優しさなのだろう。 淑子が前を見れば、リセリアが木の影にしゃがみこんで、大丈夫と頷いた。 リセリアのアメジストの瞳が戦場を見据える。この場所から突入を仕掛ける手筈になっていた。 しかし、様子が変である。 本来であれば、銃音、光弾の最中に紛れて突入し、間に割って入る事になっていたのだ。 騒音も聞こえない、その間に入るべき少年と若鳥の姿が見られなかった。 「まさか……」 リセリアは小さな声で呟く。その不安は救出班の全員に伝わった。『少年と若鳥が殺されてしまった』のではないかという恐怖。冷や汗がツウと背中を伝っていく。一秒がとても長い物に感じられて胸が苦しくなった。けれど、淑子の耳に届いた微かな声。 「いえ、あの影人さんと動物さんたちの中から若鳥さんの声がするわ」 動物たちが寄り集まって、一つの塊を作り出している。その周りには影人が覆う様にして囲んでいた。 その中から若鳥の声がするのだと言う。つまり最悪の事態はまだ起きていないということだ。 静寂がこの戦場をナスタチウム・オレンジに支配している。救出班は意を決して戦場へと駆け込んだ。 「まだ、居たのか。挟み撃ちとは……」 フィクサードと動物との間に滑り込んだリセリアは、塊を覆うようにして立っている影人へと攻撃を繰り出す。1体を仕留めたその隙間からいちるが中に入り込んだ。 影人は初期の半分である10体が既に居なくなる。 クルトは密猟者に氷の拳を叩きつけながら、フィクサードに言葉を掛けた。 「痛っ……! 何を」 「ここらで降伏して、捕まってくれない?」 少年から注意を逸らすように、わざと脅す様な形で降伏勧告を告げる。凍りついて身動きの取れないフィクサードは忌々しげにクルトを睨みつけた。 けれど、それは一瞬の事。 悔しげなともすれば泣いているかの様な表情で小さく「分かった」と密猟者は呟く。 「だが、その少年は関係無い。殺すのは勘弁してやってくれ」 ● いちると淑子は動物たちの包囲網の中に埋もれていた。仲間たちがフィクサードに対応してくれている間に少年を助けようと必死にもがいている。 動物たちは密猟者に操られているだけだから、傷つけたくないと2人は思ったのだ。 リベリスタといえど負傷させずに動物を移動させるとなると身体を使って押しやったり、大声を出して吃驚させたりと大変なのである。 淑子は動物たちの声を聞いていた。 『びっくりした』 『きけんきけん』 『まもる まもる まもる』 『守らないと』 『ご主人の大切なもの守らないと』 動物なりの曖昧な感情や思考であったが、感じられるのは『守る』という強い意志。 だから、頑なにいちると淑子を拒み続けた。 動物の声が聞こえる淑子にはわかったのだ。この動物たちが何から少年を守っているのかを。 『ご主人様、こいつら怖いって思ってる。悪い奴らから、守らないと!』 純粋でまっすぐに淑子へ牙を向けたのは少年を守るように、腹の下に匿った虎だった。 ハルを下敷きにしたのではない。 ――――親が子を守ろうとするかの如く、一番安全な所に少年を隠したのだ。 「いちるさん、待って、大丈夫」 「でも、ハルちゃんがこのままじゃ潰されちゃうよ!」 もうすぐだからと、いちるは少年へと手を伸ばす。ハルもいちるへと手を伸ばして、ぎゅうと2人の手が結ばれた。 「ハルちゃんほら! さっさと走る! その子はキミが助けてあげなくちゃ!」 ライオンの口の中に含まれた若鳥を救出して、いちるは少年の手を引く。動物たちが追いかけないようにブロックしつつ、渡り鳥の群れへと少年を向かわせるいちる。 「だから、少年は関係無いって言ってるだろ!?」 誰共知れぬ集団が無関係な少年諸共、大切な家族を襲って来たとなれば混乱するのは当たり前のことだろう。密猟者からの影人への命令は『動物たちと無関係な少年を庇う』ことだった。 自身が家族の為に密漁をしようとしたとはいえ、暴力的な集団に少年が殺される所なんて見たく無い。 邪魔をしてきたから影人で抑えていただけで、命を取ろうなどとは思っていなかったのだ。 結果として、庇っている影人へと照準は向けられて、その内に囲われている動物や子供達への攻撃。 つまり、リベリスタは危険な集団だと、フィクサードは勘違いしたのだ。間抜けな話しである。 「その気になれば、その子を殺して奪う事も出来たはず。そうしなかったのは……貴方の性根が、まだ腐り切っていないからじゃない?」 ナポレオン・ブルーを翻し、ミュゼーヌは男に語りかける。 「何の話しだ」 要領を得ない言葉に、密猟者が意味が分からないと首をかしげた。それに、紡ぐのはルクレツィアだ。 「愛はまるで十字架のよう。愛してるからどんな十字架でも背負えるのね。それなら、ご家族もきっと大丈夫ね。例え、犯罪者の身内という十字架を背負う事になっても」 「なぜ、知っている?」 「意地悪を言ってごめんなさい? でも、不思議なの。愛してるなら何をしても許されるの?」 紅い唇が困ったように嗤う。無邪気に残酷に、フィクサードの心の隙間にワインを滴らせていく。 「知りませんでしたか。『そういう行い』を阻止する者が居る、という事を。困窮は理解しますが……こういう手段は見過ごせない。御家族の為、という理由に免じて殺す心算はありません」 リセリアがアメジストの瞳で真っ直ぐに密猟者へと告げた。 フィクサードは思った。この集団には勝てない、勝ち目など有りはしないのだと。自分がここで密漁しようとしていたことも知っているし、家族の経済状況も知っているのだ。 困窮している事を誰が暴かれたいと思うのか。屈辱と劣等感。ドス黒くて醜い感情。貧乏は悪だ。 「――貴方がしたいのは困窮を凌ぐ手段ですか。それとも、動物達を犠牲にする密猟ですか」 リセリアの問いかけにフィクサードは握りこぶしを作って原罪を告白する。 「お金が必要だったんだ」 「生きるためにはお金も食べ物も必要さ。けれど必要以上を奪うとか、それもう害獣だよね。駆除されて文句言えないよね」 いちるは動物たちの中から抜けだして、フィクサードの顔面に右ストレートを叩き込んだ。 「……さ! 密猟者ちゃんは、死ぬ覚悟はいいかな? 奪われる覚悟はいいかな? 君の大切な家族もとっ捕まえて売り払ってあげようか! キミがしようとしたように!」 ニッコリと邪悪な笑顔をサングラスの下に垣間見せるいちるに、密猟者は震え上がった。 武力で叩き伏せられ、素性と家庭事情を暴かれ、妻子を殺すと宣言されればもうそこには絶望しか残っていない。 「や、止めてくれぇ! それだけは! 頼むからあいつらと動物たちだけは!」 フィクサードは涙と鼻水を垂れ流しながら、いちるの前に土下座した。地面に頭を擦りつけて。赦しを乞うた。惨めで矮小な男はリベリスタの力の前に屈服したのだ。 フィクサードは自身の置かれた立場をリベリスタに話した。妻子や自分がどれほど困窮しているのか、動物達も居場所を失えば、殺処分されるのだと。 「悪行に手を染めずにご家族を養う。それが可能な道を選ぶ事だって出来るのよ……私達の箱舟に乗り込めば、ね」 ミュゼーヌがひれ伏した男の肩に手を置いた。 「私達の町で、まっとうな手段で御家族の為に……働いてみませんか」 リセリアがもう片方の肩に手を掛ける。クルトは激励するように笑顔を見せた。 「家族の為に似合わん悪事に手を染め続けるよりはマシだろ。アークは、表の顔の儲けなんて気にしない組織だし。儲けどころか仕事してないニートの俺が言うんだから間違いない」 差し出された手がまるで神の様にみえた。きっとこの集団は自分たちを助けに来てくれたのだと、ようやく理解した男は、また涙を流しクルトの手を掴む。 「生きていくために、家族を守るために。悪に手を染められるなら、方舟の掲げる正義にだって染められるでしょう?」 フィエスタ・ローズの瞳をした淑子は優しい眼差しで真っ直ぐ男を見つめている。 義衛郎がソング・オブ・ノルウェイのマントを靡かせて、言葉を投げかけた。 「要は家族を養う手段があれば良いんだから、アークに来てみたら如何だろう。貴方の実力なら十分やっていける」 「本当か……? こんな動物を操れる能力しかないのにか?」 サーカスしか職歴の無い30代男性を雇う企業は他に無かったのだろう。みるみる男の目から涙がこぼれ落ちていく。 「過去の事は無罪放免とはいかないだろうけど、上手く処理してくれるよう、オレも上に掛け合ってみる。 もう一度、家族にも動物達にも胸を張れる生き方、してみないかい?」 「あぁ……、ああ、ありがとう……ありがとうございます! これで、暖かい飯を食べさせてやれる」 泣き崩れる男に義衛郎は微笑みを返した。 ● 「あのオッサンは悪い奴だけど凄い悪い奴じゃないと思うんだ」 蓮司は若鳥を抱えたまま遠巻きに密猟者とのやりとりを見ていた少年の隣に居た。 「ハルがその鳥を守りたいって思ったのと同じで、オッサンにも守りたいって思った家族がいたんだけど ハルと違ってちょっと悪い方法を思いついちまっただけなんだ」 「うん、動物達も優しかった、だから悪い人じゃないよね」 「それでな、その鳥にも家族がいるんだ」 蓮司とハルが振り向いた木の上には渡り鳥の群れが止まっている。 「きっとそいつの傍にいて守りたいって思ってるよ。だから返してやろう、家族のところにさ!」 「……うん。わかった」 少年は傷が回復した若鳥を持ち上げる。目にいっぱいの涙を抱えて。 追いついた淑子が「いい子だね」と少年の頭を撫でた。 「一緒にお見送りをしましょう?」 こくりと頷いた少年はマリーゴールドからスマルトの青へと変わる空へを若鳥を解き放ったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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