● 「失礼します。アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉」 「何だね」 「どうぞ、ご命令を」 「……?」 述べた言葉に向けられたのは、珍しい驚愕の表情だ。当たり前であろう。 かの少尉は、既に命令を告げている。即ち、『総員、好きにやりたまえ』と。 それは即ち、此処から先は個人の意思に委ねられたという事だ。その上で、更なる命令を請う自分が彼の目にどう映ったかは知らない。けれど、先の命令ではベンヤミンには足りないのだ。 「形には拘るタチでして」 参戦が己の意思だったとして、継戦が己の感情だったとして、戦争ならば、命令がなくてはなるまい。それは一つの儀式なのだ。 言葉にアルトマイヤーは表情を収めて僅かに考えた。その間は、本当に僅か。 靴の踵を鳴らして、向き直る。 「――ベンヤミン・シュトルツェ曹長。君の敵を一人でも多く殺してきたまえ。その刃を握れる限りな」 「Jawohl」 ある意味では酷く身勝手な要望に笑みの一つを添えて応えてくれたアルトマイヤーに、ベンヤミンは敬礼を送り――その背に向かって呟いた。 「Sieg Heil Viktoria.……何れ、また」 「ああ。遠からず」 居並ぶ顔を見やる。だいぶ減ってしまった。数十年共に過ごした同胞は多く散ってしまった。 それを悔やむ事はない。戦争はそういうものだ。兵隊はそういうものだ。命令されれば死ぬものだ。 「――さて。現時点で言う事は大してない。無様に敗北(しぬ)事だけは許さない。が」 言葉を止める。 発音がうまく行っていない気がするのは、口が大きくなったからだろう。口と言うより最早顔の半分を走る亀裂のようになっているのを窓ガラスで見た。 だからどうという事もない。これで戦える機会が増えたのだから安いものだ。 目の前に立つ部下とて全員が元のままという訳ではない。一部が異形と化した者、形は変わらず精神が傾いた者、運命の恩寵を失った反動は様々だ。 それでもベンヤミンの所は皆、戦争を愛して止まないという事に変わりはない。 だから彼は、再び口を開いた。 「『アルトマイヤー少尉からのご命令』だ。刃を握れる限り敵を殺せ」 一つ一つ、目を見ながら。 参戦が己の意思だったとして、継戦が己の感情だったとして、兵隊は命令に従うものだ。 そして彼らは兵隊である事を望んでいる。 「よって、『私からの命令』だ。殺せるだけ殺せ。これ以降、敵前逃亡も戦略的撤退も許さない。持ち場で体が動く限り殺せ」 笑み。笑み。笑み。口に、目に、表情に浮かべるそれは、皆同じだ。 戦争の熱に浮かされたまま、醒めてはいない。醒める気もない熱狂者。 「Jawohl! Sieg Heil Viktoria!」 敬礼し持ち場に消えていく部下を見送り、ベンヤミンは自らの手に目を落とした。 紐の如く伸びた指が、コードのようにアーティファクトに絡み突き刺さっている。 笑う。 さあ。これで戦う事しか出来なくなった。 長くは持たないだろう。だが、それでいい。所詮自分は数多の兵士の一人に過ぎない。 「Sieg oder tot――良く言ってたわね」 勝利か死か、負ける奴ぁ死ね。げたげた笑っていた姿を思い出す。まあ、結局の所。何も変わらないのだ。彼も兵隊で、彼も死んだ。それだけの事だ。 だから。 「ねえ、楽しいわね」 戦闘狂であり戦争狂、そして何より――親衛隊である男は、無表情の多かった顔に笑みを浮かべながら、呟いた。 ● 「殺しても死なない、という表現がありますが、さて亡霊の場合は何と表現すべきでしょうかねえ。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです」 赤ペンを軽く回し、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はそう目を細めた。 「さて、皆さん嫌という程良くご存知でしょう『親衛隊』の残党が動き出しました。――彼らは運命を代価に強力な力を得て、アークに再攻撃を仕掛けようとしています」 恩寵を全て捨てて、アーティファクトの力を使い、ノーフェイスとなって。 その上で、更にアークに仕掛けようというのだ。 「向かって頂く先に存在するのは、ベンヤミン・シュトルツェと、彼の率いる部下数名です。先の公園で逃げ果せたにも関わらず、どうにも治まらなかった様子で」 吐き出すのは溜息だ。どうやら、徹底的に分かり合えない思考らしい。 「彼らの部隊は、定期的に三高平市から他の市に情報交換に行くグループに目をつけた様子でして――ええ。フォーチュナも何もいないですから、自力で調べたんでしょう。万華鏡に引っ掛からない様に身を潜めて、食らい付く機会を狙っていたんだと思います」 肩を竦める。それが、彼らの、亡霊の執念なのか。 「襲撃地点は既に分かっています。皆さんは、そのグループと入れ替わって現地に向かって下さい。……ノーフェイスとなって厄介な能力を身に付けてはいますが、ベンヤミン以外のメンバーの能力は特記する程に高くはありません」 モニターに僅か、映る男。 口は耳まで裂け、その指先は伸びて一対の鈍色チェーンソーに絡み付いている。 「彼らは親衛隊であると同時に、ノーフェイスです。討ち漏らしなく、倒してください。……恐らく、不利になっても逃げません。……まあ、それだけ背水の陣、という事でもありますので、くれぐれも注意は怠らないようにお願いします」 ギロチンはそう告げて、困ったように笑った。 「――どうぞ、ご無事で」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月21日(月)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 身に纏わり付く、雨とも言えない程度の細かな霧が降っていた。静まり返った闇。 街灯は全て破壊され、光のない道路。 暗闇に点る『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)の光がなくとも、彼らは気付いたのだろう。狙いとは違う、明らかに戦闘経験を積んだ集団が向かって来ている事に。 音もなく、彼らは路上に滑り降りた。 先頭に立った男が笑う。裂けた口が笑っているように見せているだけかも知れない。 それでも。 「Grüß Gott」 澄ました挨拶と共に自分を見た男は、確かに微かに笑ったように『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は思えた。 チェーンソーの唸る高い音が、夜闇に響く。 今宵はその鈍色を照り返す月光は出ていなかった。戦闘開始と同時に飛び出した『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は、ベンヤミンの前に滑り込む。 「御機嫌よう、ベンヤミンさん。まだ話せる様で何よりです」 「御機嫌よう。そういえば四肢を飛ばしてあげる約束がまだだったわね」 青い翼に向けられた、青い瞳。例え運命と引き換えに能力を引き上げたとして、速さを求めて一途にひた走る少年の速度には追い付かなかった。同時に走る青白く光る雷……『Osteotome L&R』の刃を走る雷光に似たそれが、亘を常人では追いつけないレベルにまで加速させる。 揺らいだ男の姿は幻影だったのだろう。先の言葉通りに刃を叩き込まれ、四肢を落とされる――そんな悪夢と共に抉り取られた体が血を噴き出した。更にベンヤミンは亘に勝る事は叶わぬと知っても、自らの身体のバランスを最適化し、次の動きへと備える。 「亡霊さんには成仏して貰わないとね☆ ご供養にあがりまーす☆」 両手に武器を携えて、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は濡れたアスファルトの上を、点から点へと跳ぶかの如く駆け抜けた。どれがホーリーメイガスか。彼の速度では、それを確認してから動く事はできない。だから後方に控える一人を狙って跳んだ。ナイフが切り裂く肉の感触は確かに生身なのに、その思考は、思想は、過去に死んだものに縋る亡霊だ。 彼らは変われないのだろう。どんな言葉を尽くしたとして、そういう在り方しかできないに違いない。終がそれを悟ったとして、いつもの行動を変えないように。 亘の横に、舞姫が並ぶ。後ろに控える仲間の元へ、彼を行かせる訳にはいかなかった。 不利を通さぬ絶対者と化した彼らに足止めは通じない。只管に攻撃を叩き込んでくるであろう彼らを、生命線であるシエルまでは絶対に届かせない。 そんな彼女の背を見て、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197) は目を眇めた。血腥い。過去のものであったり、つい最近のものであったり……親衛隊は既に血に塗れている。どれだけ息を潜めて闇に隠れようが、その臭いを逃す事などありやしない。 「戦争の犬が何処までも主人に忠実なことだな」 度し難い、闘争本能。平和を愛でる訳でもなく、ただ大儀の元に混乱と死者を撒き散らす存在。戦争を愛し、数多の犠牲を厭わぬ存在が生き延びるなどあってはならない。それは生きるべき者が死ぬ危険性を示すのだから。それこそ血を流し守る為に戦い続ける事を選ぶ、舞姫のような存在が。 無理をするな、という言葉を飲み込んで、伊吹は乾坤圏を腕から放った。 対抗するかの様に、後方から地面を穿つ無数の弾丸が飛んでくる。 今宵は守護の術ではない。攻める事で守る為、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は前へと進み出た。指先に抓んだ符を空中へ。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――!」 霧雨を蒸発させる熱量が、フツの声に応えて現れる。迸る炎が翼を広げた巨大な神鳥を形作り、その燃え盛る羽ばたきが親衛隊を包み込んだ。 ベンヤミンの周囲をめがけて放たれる閃光弾。弾けたそれは舞姫の目を眩ませて……けれどすぐに、シエルの詠唱が呼んだ風が白くなった視界を取り払う。 「皆様のお怪我……只管癒してみせましょう」 小さく響く詠唱はマグメイガスのものか。それを耳に入れながら、シエルは微笑んだ。アークでも指折りの魔力を抱くシエルは、攻撃を避ける事には長けていない。前に立つ事は叶わず、後ろに控えていても行動を止められればそれまでだ。彼女の前には多くの場合誰かが立つ。それも、その回復が皆を助けてくれると信じるからこそ。 だから、シエルは決してその手を抜かない。決して気負いすぎることはなく、ただ期待に応えるべく癒しを呼ぶ。 全く、これが誇り高きアーリア人を自称する姿だろうか。 「お初にお目にかかる。ヴィルデフラウが末子、ナターリエだ」 緑の髪を霧に湿らせながら『プリンツ・フロイライン』ターシャ・メルジーネ・ヴィルデフラウ(BNE003860)は仲間の動作を観察し、より効率的な動きを共有した。銀の髪は緑へと変わったが、彼らと同郷である事に変わりはない。敵だとしても、挨拶は淑女のマナーというものだ。 最も同郷であろうがなんだろうが、彼らとはすぐにお別れだが。 ターシャの視線は油断なく仲間を、敵の動きを見極める。 自らの横を抜けて亘に突き刺さった気糸を横目に、『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は斬魔・獅子護兼久を振り上げた。 「どけよテメェら、邪魔なんだよ……亡霊は亡霊らしくあの世に行きな」 後衛への道を妨げる一人に向けて、エネルギーを込めた一撃を。そこに最早、嘗ての怒りはない。人に害を為す、執念の存在。虎鐵の世界の一角を崩した親衛隊が生きているという事そのものが彼の怒りへと繋がっていたが、ここに残っているのは、執念だけだ。 戦意を感じようが、そこに虎鐵が恐れ怒った『先』はない。遠からず消えてしまう妄執だ。 本物の亡霊へと化した彼らに、虎鐵は喪ったものを思い出し細く息を吐き――幕を下ろすため、睨め付けた。 ● 滴る程にも、霧雨は濡れない。ただ服を湿らせて重くする。 刃を伝うのは水よりも遥かに多い血で、地面を濡らすのも多くはそれだ。 雷撃にチェーンソー、銃声に閃光弾、ほんの少し前の静けさが嘘のように騒がしく、けれど街から距離もあり、人通りの遮られた道でそれは何処か現実離れして聞こえた。 耳元で鳴り響くイヤホンを外せば、そこは無音であるかのように。 底に虚無の静けさを湛えたまま、戦闘の熱ばかりが加速する。 「自分達は相容れません」 切り裂かれた腕がじぐじぐと血を流す。弾き飛ばされても食らい付き、背後から銃撃を受けても決して亘はベンヤミンから注意を逸らさなかった。翼が赤に染まっても、信じるのは自分だけではない、仲間を信じている。 虎鐵は彼らを死んだものとしたが、亘は違う。 「運命を失っても、刃に刻まれた誇りを振るう限り貴方達は生きている」 守りたい。皆が幸福でいて欲しい。貫く思いは、ただ一つ。彼らが戦争へと注ぐその情熱と、信念と、それに相対するのに十分な願いを亘は抱いている。雷光を纏った少年は、決意を込めた瞳で暗闇に染まる男に相棒の刃を向ける。 「貴方が殺すなら自分は守る。ただ、今の貴方……鉄の猟犬で在る内に決着をつけましょう」 「良いわ。貴方がすぐに死ねば済む事ね」 回転する鋭い刃に刻まれ筋肉が切れる音が耳の奥に残ろうが、銃弾が脇腹を貫く熱と痛みが今も残ろうが、それが誰かの幸福を守る為になるならば厭わない。 幸せの為に。そう願うのは、終も同じ。幸せな終わりを導くために、いつだって刃を振るってきた。 「分かってはいたけど、最後の最後まで困った人達だよね……」 ホーリーメイガスへの道は、体で阻まれはしたけれど――親衛隊の中で、専属の庇い手は一人もいなかった。不利を通さなくなろうが、ダメージは蓄積する。となれば癒し手は変わらず重要なはずなのに、ホーリーメイガス本人もそれが当然の如く、最期まで誰かに庇護を要請する事無く攻撃を受けて、死ぬその瞬間まで回復を仲間へと届けながら死んでいった。 刃を握れる限り、殺せるだけ殺せ。 それに殉じた事を誇るかのように微かな笑みを浮かべ地に沈んだ一人の男に溜息が漏れる。 誰かの庇いに手を割く事なく、ただただ最大火力の攻撃を突っ込んできた親衛隊に終は既に運命を燃やしていた。けれど、この執念をここで逃せば、必ず別の誰かを傷つけるのだ。 そんな事は、させやしない。『ハッピーエンド』を招く為、意地でもここで終わらせる。 切り払う。荒れ狂う金属の刃は、舞姫の体を着実に追い込んでいた。シエルの回復は彼女が長く立ち続ける事を保証してくれていたが、それでも一度か二度、致命で癒しを逃せば次は危うい綱渡り。付近に舞姫と亘の二名が存在する事により、そして自分が仲間からは僅か離れた場所で足止めされている事により、ベンヤミンの攻撃に遠慮は何一つない。 裂かれた体を思い出す。食い込んだ金属の冷たさを。刃の鋭さを。 ぎん、と辟邪鏡が男の刃を受け止めた。刃の当たる衝撃が、神秘の鏡を通して腕に伝わってくる。 舞姫は、男の目を覗き込んだ。鏡。そう、鏡。 「戦って、戦って……そのうちに何も感じなくなって、きっとわたしも、あなたと同じになっていた」 闘争の為の闘争を。ただ争うための戦争を。目的と手段が混ざり合い、殺し合いだけを求める狂犬に。あの時の自分はそうだった。少し前、この男と出会ったその時は。死ぬ為に戦うような。 「だけど、もう違う」 血に塗れた一本の腕で、舞姫は黒曜を握り締めた。 これは、生きる為の戦いだ。 滴る。赤が滲む。 近くで弾けた閃光に首を振りながら、伊吹はベンヤミンを狙い撃ち抜いていく。自分の子供のような年の少女が血を流し傷付いて戦うとしても、それが彼女の矜持であるというならば伊吹は止める事はできない。ただその体が倒れぬように、命を失わぬように気を配る。でも。 「そなたが流した血は、奴の血で贖わせてやる」 低く、呟いた。罪を抱き戦い続ける事が舞姫の矜持だと言うならば、それは伊吹の矜持。やられたままで悲しみに沈みなどはしない。 それに、そう簡単にやられさせはしないという心はシエルも同じだ。 「虎鐵様、無事に早く任務を終わらせて、娘様を安心させて下さいまし」 「――当然だ!」 シエルの癒しに応え手足に巻きつく糸を引き千切り、虎鐵は刃を振り抜いた。真空の刃は閃光弾を投げようとしていたレイザータクトの胸を切り裂き、赤を散らす。 「さっさと成仏しちまえよ。糞野郎」 行き着く先が何処かなんて知らないが、少なくともここに彼らの居場所はないのだ。自分の背後、未だ響き続けるチェーンソーの音を耳に入れて目を細める。 ベンヤミンも含め、親衛隊は一切退く様子を見せなかった。 どれだけ刃が鋭かろうと、仲間が倒れようと、その目に怯えも何も浮かんではこない。 ただ滲むのは、戦闘への冷静な判断力と奥底に秘める狂気に似た熱ばかり。 「ボクらが負けたらどうするんだい? ボクや舞姫センパイを選別して、レーベンスボルンにでも放り込むのかい?」 「そんな手間は掛けてられないもの、殺すだけよ」 からかうように告げたターシャの言葉に返ったのは、興味のなさそうな声。彼らにとって『負け』は死しかありえない。それが同郷であろうが何だろうが、ターシャと同じく容赦は存在しない。女だろうが子供であろうが同種であろうが、今立ち塞がる以上は、殺すべき『敵』なのだから。 「どちらにしろ真っ平御免だけどね」 ターシャが呼ぶのは不可視の刃。それは残る後衛を切り払い、血を散らす。彼女には想い人がいるのだ。褐色の肌の彼に思いを寄せるのは、純血を重んじる彼らには裏切り者かもしれないが、それこそ余計なお世話だ。 燃え上がる熱は、一部を乾かしていく。フツの呼ぶ炎の鳥の奥で――チェーンソーが、鳴っていた。 ● 戦線は、既に親衛隊にとって壊滅的であった。 デュランダルとベンヤミンを残した以外は血に伏し動かない。 それでも彼らはまだ動いているのだ。殺すべく。一人でも多く、道連れにすべく。 「戦争はね、もう終わってるんだよ、亡霊さん……」 終が微かに目を伏せて、デュランダルを貫いた。終わらないとどれだけ叫んだ所で、事実として終わっているのだ。第二次世界大戦は当の昔に終わりを告げ、親衛隊が再興する事は困難。 それでも彼らは、未だ叫ぶのか。まだ終わっていない、と。 「よう、ご無沙汰だな? 随分と無様になったもんだな」 「この間は喚くばかりだったのに、よく言えたものね」 白い顔に生気はない。血を失ったためなのか、運命を失った為なのか虎鐵には分からない。ただ、ベンヤミンにそれを後悔する様子は微塵もなく――今まで目の前で倒れていった親衛隊の誰もが、命令に従い死んで行く事を誇っているかのようであった事を思い出し、虎鐵は眉を寄せた。 「軍隊ってぇのは皆そんなもんなのか? 何かの歯車としてパーツとして生きていくのが至上ってか? ふざけんなよ」 大きな組織に従う部品であろうとする、それを誇りにする彼らの思考は虎鐵の好みではない。軍服は血を吸って見た目にも重く。けれど男は軽やかに口にする。 「理解できないならそれで構わないわ。私達は私達の望むままに」 振り払うチェーンソーに絡みつく細い指。伸びて細く、コードのように絡みつくそれが、ベンヤミンが人から離れた事を明確に表していた。 今までよりも饒舌だ。変化した顔立ちに寄らず、彼が笑みを零している事が多い気がするのも、運命を失った影響なのか。それとも抑えていた感情を躊躇わず露出しているだけなのか。 そんなのは分からない。分からないけれど――振り上げられた刃の前に、亘は躊躇わず身を差し出した。 ぞぶり、と刃が沈む。肩の骨に傷を付けて、肋骨を折って体に沈んでいく。体内を回転する刃でミキサーされる感覚に亘は眩暈と込み上がってくる血を感じながら、その腕を掴んだ。 「ふふ、貴方の腕一本を抑えられるなら……安い対価でしょう」 呟く合間にも、激痛は体を蝕んでいく。眉を寄せるベンヤミンならば、恐らくすぐに振り払うだろう。それでも、一瞬があれば良かった。舞姫が刃を振るう、その一瞬。 「さようなら」 隻眼の姫が告げるのは、決別の言葉。 血に塗れ泥に這い、それでも生きると決意した舞姫の言葉には憎悪もなく、死に逝く存在への憐憫もなく――ただ、事実ばかりを述べて。 切っ先は違わず、胸を貫いた。 目が合う。 気付けば、口が尋ねていた。 「ねえ……、楽しかった?」 嘗ての自分に、問う。男がよろけて、更に刃が減り込んだ。 「……足りない、と言うのが本音ね」 囁くように応えた言葉は、真実だったのだろう。足りない。足りない。彼らが求める戦争の熱狂と比べれば、ここは余りに冷たく静かだ。 終わらせる決意と、終わる覚悟があるだけの、静かな戦場だった。 「けど、地下で『いつか』を信じて次に繋ぐなんてやり方よりは――ずっと、私の好みだ」 笑う。裂けた口ではなく、大本の唇も笑っている様子だった。悲痛ではない。彼は戦争を愛して止まなければ、兵にしか過ぎない自分の終わりに戦の終焉を感じたりしない。 ここではただ、一人の取るに足りない兵士が、部下が死ぬだけなのだ。 男の体が力を失い、舞姫の腕にその全体重が掛かった。 目を閉じる。 ベンヤミンが地に落ちると同時、アスファルトを抉っていた刃も動きを止めた。 霧雨が降っている。 雨にもなれない程度の霧が、木々を濡らしている。 暗い夜に響いた金属の刃の鼓動だけ、止んだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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