●1945 x x 「アルトマイヤー。なあおい、アルトマイヤー。もし俺が死んだら一本だけやるからさ、ナイフ。お前が死んだらお前の銃くれ」 「君は実に阿呆だな、全く縁起でもない。そもそも君、銃の心得はあったのかね? 私には全くそうは見えないのだが?」 「縁起でもねえって? ははは! 俺だってお断りさ、だって俺は射撃成績が昔っから最低ですからね!」 冗句だよ冗句。冗句に決まってんだろばぁか。笑う男。肩を竦める男。が、蒼い奇麗な色をした眼差しを向けて。 「……まぁ、そうだな。そんな事は有り得ないだろうが……もしも、だ。もしも、そんな事が起きたなら」 最期まで君を連れて行ってやろう――遠い遠い他愛もない記憶だった。確かそれに、珍しく己の冗句に付き合った優男に、こう返したと思う。 『――サイゴなんてないよ、本当にお前はばかだなあ』 ●2013 8 11 「あああああああああ、うああ、あァあ、ああああああああああああああああああッ!!!」 湿った夜空に只々響くのは慟哭だった。 どれだけ。どれだけ泣いただろう。目が赤くなり咽が掠れて。それでも涙は嗚咽は止まらず。 「嫌だ……そんなの嫌だ、曹長、ブレーメ曹長、ブレーメ曹長ぉおおおおおおーーーーッッ!!」 膝を突いたその傍には、腹から下を失った男が横たわっていた。血の気の無い顔。閉じられた瞼。広がった血溜り。あんなに血を吐いて暴れて激痛に苦しんでいたのに、通信機から聞こえた『歌』に何処か幸せそうな色を顔に浮かばせ永遠に息を止めた兵隊。 その男の名を、アウグストは知っていた。 その男の名は、ブレーメ・ゾエ。勝利偏執に脳を支配された『狂犬』。 信じられなかった。誰よりも生に喰らい付けば離さぬ彼が。信じられなかった。あんなに強かった上官が。信じられなかった。信じられなかった。信じられなかった。だから泣いた。アウグストは泣いた。みっともなく泣いた。泣き続けた。 零れる涙と一緒に記憶が蘇る。ブレーメは決して『良い人』ではなかった。気紛れで適当で無頓着で、暴力的で倒錯的で偏執病で。端的に言えば頭のおかしい人間だった。 ――お前さん、まーた泣いてるのかい? 泣いてどうする? 泣いてどうなる? 泣いてたら誰かが助けてくれるとでも思ってるのかい? アーリア人の癖にメソメソして、阿呆か? ああもう、俺の前でそれ以上泣くな。また生爪引っ剥がされたいのか? そう言って。『意地悪』をしてきて。けれど、それでも、アウグストはブレーメを崇拝していた。その精神に。生き様に。憧れていた。戦い方も。執念も。 ここにブレーメがいたならば―― 『“その程度”で戦争を止めるのか? お前等、兵隊なら戦え! メソメソウジウジしてる暇があるなら敵を殺せ! 少佐は死んだが俺が居る。アルトマイヤー少尉が居る。戦えるぞ、俺はまだ戦えるぞ! 負けてないなら戦え、負けたくないなら戦え!』 そう、我等の幸福の為に。脳内で繰り返して。嗚咽を漏らして。涙を拭う。 負ける訳にはいかないのだ。 涙を拭って顔を上げる。そこに見えたのは赤い外套の背中、アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉。ブレーメが心からの忠誠と敬愛を捧げていた無二の人。彼の手が、血に染まった指が、ブレーメの手に在るナイフを一本、その手に取った。大切そうに。じっと、刃に視線を落したまま。 「アルトマイヤー少尉……?」 けれど、何故一本だけなのか。彼ならばふたつとも手にする権利が十二分にあるだろうに。己の声に、上官がこちらを向いた。凛然としている。なのに、死人の様に蒼褪めた顔で。 「……『約束』なんだ。片方貰えるかね」 駄目です、だなんて言える訳がなかった。きっとその方が、曹長は喜ぶと思ったから。アウグストはブレーメが握り締めていたナイフを、残りの一本を、その手に取る。握り締める。 「イボンヌ。私の手を焼け」 「……。Jawohl、アウグスト伍長」 答えた女兵士は一寸の間を空けたものの躊躇というものをしなかった。翳される掌、呪文の直後、吹き上がる火柱がアウグストの右手を包み込む。焼ける音。焼ける感覚。溶ける皮膚。溶ける指。それがナイフに絡み付く。へばりつく。決して、決して、離さぬように。 悲鳴は一つも漏らさない。涙を一つも零さない。熱が立ち上る刃を、天に掲げた。 「これは我が決意。我が覚悟。決して戦争を止めぬ証だッ!」 離せぬ刃。後戻りが出来ないのは、生まれた時からだ。 ●2013―― 思い返せばブレーメは良く歌を口遊んでいた。それも戦いの前にばかり。うろ覚えの歌詞、鼻歌交じりの旋律。 その理由を問うた事がある。「歌っていれば怖くないだろう」と彼は答えた。冗句か本気か掴ませぬいつもの笑みで。 「――Drum auf! Bereit zum letzten Stoß! Wie's unsre Väter waren! Der Tod sei unser Kampfgenoss'!」 真似て歌った。だから起て、最後の突撃へ。祖先が為した如くに起て。死が我等の戦友ぞ。そんな行進歌。ヴァレリ・ヴァレラ。我等は黒い小隊だ、なんて。しかし音楽や芸術に一切興味の無さそうな彼が、一体何処で歌など覚えたのだろうか。今となっては分からない。 「……ブレーメは、Sieg Heil Viktoriaが好きだったな」 独り言つ上官の声が聞こえた。知っている。彼は特に、その歌をよく歌っていたから。いっとう好きだと、言っていたから。我々に「教えて貰ったんだ」と得意気に言い、教えてくれたから。 振り返ってこちらを見渡したアルトマイヤーの目を見る。片方は澄んだ蒼、片方は底の無い黒。異形の目。そしてそれを見返す自分達の眼もまた、異形のそれ。整然と並んで、踵を揃えて。 「なんだね、私は君達の指揮官では無いぞ、それに今回は――」 「ブレーメ曹長が敬愛した貴方でありますから。我々は従いますッ。さぁ、ご命令をッ。我等にご命令を、何なりとご命令をッ、Mein Leutnant! 我々は兵隊でありますッ、命令が無ければ始まりませぬッ!」 「……、……命令は1つだ。好きにやりたまえ。しかし、私が望むものはもう一つだ。――『戦果』を」 その誇りを、願いを、遂げるに足るだけのものを。 「Jawohl!」 踵を合わせ背筋を伸ばし、一斉に揃える了解の声。そして敬愛を以て捧げるのは、我等が敬礼だ。 「Sieg Heil! では、往って参ります。――どうか御武運を、Mein Lieblingsleutnant」 それはブレーメがアルトマイヤーと共闘する度に口にしていた言葉。鋭いナイフが鈍く光り、瞬いた。 アウグストはブレーメを崇拝していた。アウグストはブレーメになりたかった。けれどなれなかった。それでも良かった。自分などが到底及ばぬ存在、『神話』であるからこそ。 ――『自分にすら目を向けられねえクズが俺に勝てるかよ』なんて、曹長は小馬鹿にしながらも笑っただろうか。 「これは弔い合戦等ではない。我々は我々の意志で『敵』に牙を剥くのだッ!」 アウグストの視線の先にはたった3人。けれど誰もが、狂犬の意志を宿す狂犬。 「我々は宣戦布告するッ! 世界に、全てに、何もかもにッ! 一切の安寧など与えてやらぬッ! 徹底的に滅ぼしてくれるッ! 全ての敵を、敵を、『敵』をッ!!」 何の為に生きた? 本<バロックナイツ>の食い物にされる為? 何の為に戦った? 悪と罵られ家畜の様に殺戮される為? ――『その通りだ』 と、頷くものか。絶対に。 だから戦って証明するのだ。 負ける訳にはいかないのだ。 真の敗北が精神の敗北ならば。 我等は未だ負けていない。 ブレーメ・ゾエは死んでいない。 ブレーメ・ゾエは負けていない。 彼の魂は『ここ』にある。 そして勝利の為に、敵を倒す為に、負けぬ為に、牙を剥くのだ。 我等は正しい。いつだって正しい。我等が正義だ。何一つ狂っちゃいない。 否定し貶す者は破壊すればいい。相容れぬ者は殺せばいい。 それが戦争。所詮戦争なんてそんなもの。貴方と私が違うだけ。屁理屈合戦。 さぁ。声を合わせよう。我等の声を轟かせるのだ。地の果て遥か遠くまで。 「Sieg oder tot――負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ! Sieg Heil Viktoria!!」 曹長、曹長、見えますか。 曹長、曹長、見ていますか。 曹長、曹長、見ていて下さい。 いつもの様に、へらへら笑って。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月20日(日)23:39 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●1918 瓦礫の街を素足で歩いた記憶がある。かあさんかあさんと泣きじゃくりながら。第一次世界大戦。俺は未だガキだった。それ以外の記憶は少ない。ただただ苦しく、生き辛く、空腹で、惨めで。何の為に生きている? 勝った奴の餌になる為か。どうしてこんな目に遭わなくちゃあならないんだ? 負けたからだ。 だったら勝てばいいんだ。負けなかったら良い。勝とう。勝つんだ。平和に幸せに生きる為に。 ●眼下の摩天楼/eins 文明の光。そびえる高層。眼下をけたたましく過ぎて行くのは沢山の車。大勢の人。 かつて戦争があった。大きな大きな戦争があった。多くの国が争い、色んな町が焼かれ、夥しい数の人間が死んだ。 けれど今は、そんな事が嘘の様に街は栄えて光っていて、人は生きている。 そんな世界を。ビルの天辺から見下ろしていた黒衣の兵が二人、徐に振り返る。無言の夜風。相対。六人の革醒者、リベリスタ。二人の異形、ノーフェイス。 「Guten Abend! 方舟諸君ッ、臆さず挑んで来たその勇気は褒めてやろうッ!」 異形の一人、アウグスト・アウアーが右手のナイフを突き付けた。その傍らにはハンヒェン・デルラが、物言わず佇んでいる。 その挨拶に応えたのは『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)、「諦めの悪ぃ奴らだな」と一つ吐き捨てて。 「ま、いいぜ。こっちだってスッキリしねぇんだ。ケリつけてやるよ」 突き付ける拳、Terrible Disaster。アウグストと視線を搗ち合わせる。 「付け焼き刃の筋肉デブの真似事なんざで勝てるなんて思ってねえだろうな?」 「それで勝てなければ、別の手で勝つまでッ!」 勝てばいいのだ、どんな手を使おうが。その言葉も。その思想も。その刃も。親衛隊曹長『鉄牙狂犬』ブレーメ・ゾエ――今まで何度もリベリスタ達の前に立ちはだかって来た男のそれ。 知っている。間近で見た。何度も見た。殺し合った。罵り合った。「美学主義屋<ロマンチスト>!」そう呼んできた男の濁声を、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は思い出す。 ブレーメ・ゾエは死んだ。 死んで負けて。……負けた。 それなのに、彼の熱狂は受け継がれた? ――本当に……? 「ブレーメ・ゾエは負け死んだ。それなのに、貴方達は何を受け継いだというの? アウグスト・アウアー」 「受け継ぐも何も。曹長は『ここ』に居るのだッ、美学主義屋<ロマンチスト>!」 「彼の敗北に、彼の死に、付加価値を付けるんじゃないわよ。そんなもの、戦争犬には似合わないわ」 己を『そう』呼んで良いのは本物の『戦争犬』だけだ。何であろうと、『死』は何人たりとも踏み荒らしてはならぬ。 尤も。言っても。きっと聞かない。あの男の様に。 だから。故に。『殺さねばならぬ』。出つくした結論、終着点の行き止まり。 もう、デッドエンドなのだから。 「決着はもうついているわ。ピリオドを打ちましょう」 「終わりではないッ、終わりなどないッ!」 「相変わらずうっせぇなぁ~バ堅物。随分見た目変わったかぁ?」 ゴキン、と拳の鳴る音。『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の赤い瞳が、ノーフェイス達を一瞥する。 「よぉオメェ等 ハゲ何処よぉ? 負けてどっかで泣いてんのか? なぁ?」 彼の言葉にアウグストは何も答えない。ただ無言のまま、見れば分かるだろうとナイフを構えたまま。 (戦って証明する。勝ち取る。戦わないと心が死ぬ。……って事?) 神経が千切れそうな緊張感の真っ只中、『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は思う。『もういない人』を想って、背負って――それは或る意味、とてもとても純粋で綺麗な精神なのかもしれない。 けれど。 「私にだって、譲れないものがある」 瞳は凛然。その傍にて聖別済みの双銃「十戒」「Dies irae」を構えるのは『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)。じっと、親衛隊の瞳を見据えては久方ぶりの母国語で。 「Lange nicht gesehen(お久し振りです).申し遅れました、私は神罰の代行者です。この勝利を譲れないのも、曲がれないのも、分かり合えないのも、お互い同じですね」 「如何にもその通りッ。然らば我々が成すべきはッ!」 「えぇ。――戦争を、致しましょう」 さぁ今一度、『お祈り』を始めましょう。右に祈りを、左に裁きを、真ん中には信仰を。 「これが最終戦争、此処がメキドの丘。Reconquista,迎え撃ちます――聖なる十字の下に!」 何にも、誰にも、神様にだって、もう止められない。 轟音。閃光。初めに動いたのは誰だったか。 咆哮。猛然と背の機構を唸らせて、アウグストが迫り来る。これっぽっちも怖くないと言えば嘘になる。けれど、『リコール』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)は『彼の真正面』に立ちはだかった。刹那の高速の中で視線が合う。 「うぅっ!」 アウグストが構えた対戦車ナイフがヘルマンの肩口を切り裂いた。機械化した部分ですらバターの様に切り裂く刃。生身の部分で言うところの血管やら肉やらが露出する。それでも直撃は免れた。震える膝で、それでもヘルマンは逃げなかった。 (死んでも負けなかった人を、わたくしは知っている) 人が死ぬのは嫌いだ、痛いのも嫌いだ。怖いのも嫌いだ。怖くて、怖くて。だからいつも思っている。『絶対に死にたくない』。死にたくない。でも、でも。 今日だけは、いのちをかける。 それが『あなた』に向き合うことへの礼儀だとおもうから。 「わたくしは! アウグスト・アウアーと戦いに来た!」 絶対に真正面。繰出す蹴撃が、ノーフェイスが防御に構える腕に当たる。その向こうで、目が合ったままのアウグストは彼から視線を逸らさない。 「やはり来たかッ、今日と言う今日は貴様の息を止めてやろうッ、我が魂に懸けてッ――さぁ戦争だ、ヘルマン・バルシュミーデッ!!」 激しい熱気を放ちながら、アウグストはヘルマンに真っ直ぐ躍りかかる。振り翳す破滅の闘気を込めた刃。立ち向かうのは、似通った闘気を込めた蹴撃一つ。何回目だ。3回目。拳がナイフに変わっただけで、戦い方はちっとも変わらない。零の距離、肉薄の戦闘。 燦然たる裁きの光が閃いた。ジャッジメントレイ、をノーフェイスという人外のスペックで放つ技。が、踏み止まる火車と瀬恋が怯む事は欠片も無い。 ふぅー。火車は眉根を寄せてノーフェイスを――ハンヒェンを睨め据える。 ブレーメに対しては極論、同族嫌悪に近しいモノがあった。 死ななきゃ負けない。勝った奴が正義。理屈は概ね理解できてしまったし、奴の言っていた事も大体間違っているとは思わない。尤も、立場も目的も全くそぐわなかったけれど。 近く居た連中の成れの果てがコレじゃあ、報われなくて笑けてくらぁなぁ。 「ま、ノーフェイス共なんざサラっと潰して仕舞だ」 みっともねぇ。拳に炎を灯しつつ。吐き捨てる言の葉。親指で己の心臓を指した。 「ハゲに報いてぇならヤレよカス 捻じ伏せてこそじゃねぇのかボケッ足らず」 「ではお言葉に甘えて」 「言ったな? 言っといて出来なかったら爆笑モンだわなぁ!」 地面を蹴り、ハンヒェンが構える盾へと拳を振り上げ。それは瀬恋が放つ断罪の魔弾と共に、重い衝撃を以て黒衣の兵を押し遣った。衝撃が返って来る。反動と共に。 「なんだろーが知らねえ、知ったこっちゃねえ」 それっぽっちでビビるのは、坂本瀬恋じゃない。 「全開でぶち殺す!」 構え、再度、放つ魔弾。 走る火花。ハンヒェンへの間合いを詰める糾華の髪が流れる。 「どちらかが倒れるまでってシンプルよね」 五重の声。それは五人の糾華。五つの羽ばたく蝶の羽が、死角を許さずハンヒェンに襲い掛かる。鎧の体に傷を付ける。そして、返される痛み。少女の白い肌に咲く赤。けれど彼女が、「痛い」だなんて泣き言を言う事はなく。既に言った。最大火力。「倒れるまでやる」と、迎撃に光の衝撃を全体へ放ったハンヒェンの目をじっと見詰めて。 「貴方、まともに言葉を交わすこともなかったわね……でも、何かあるのでしょう? 言ってみなさいよ」 「Sieg oder tot.負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ。……勝ち負けの無い世界は本当に平和なんでしょうかね?」 「どうかしらね――」 平和も、戦争も、その境目は酷く曖昧だ。おそらくは生と死も。ならば己は、イノチを運ぼう。境界線の上で舞おう。戦争と、平和の為に。 激しい戦いの中、けれどリリは只管意識を研ぎ澄ませ続けていた。戦場を荒れ狂う斬撃と光はリリにも届く。痛みも傷の出来る音も、全て全て立ち切って。肉を切らせて骨を断つ。最大火力の最良の為に。 そして、『その時』こそが『今』。 一切合切、上下左右、世界の敵を滅ぼせ。 制圧せよ、圧倒せよ。 祈りの魔弾の聖域にて。 「――Amen」 それは、神が世界を滅ぼした大洪水によく似ていた。 一つの『点』も、集まり集まれば『面』となる。リリの双銃が放ったのは正に『弾丸の壁』。撃ち抜くだなんて生温い。押し潰し、引き摺り倒し、まるで重い十字を背負わせ神に許しを請わせるが如く、『跪かせる』。 「やりますね……」 「アーリア人が地に膝を突くなどッ……!」 ふらつきながらもノーフェイスは立ち上がる。ハンヒェンがリリに返す痛みから、その一撃が大打撃になった事が伝えられる。 それでもまだ、戦いは続くのだ。 たった二人のノーフェイス。けれどその力は凶悪。人間だった頃とはスペックが違う。 アウグストに殴り飛ばされたヘルマンがビルから落ちる――否、面接着で踏み止まって、壁を走って、飛び出して、血に塗れながらも只管アウグストに立ち向かう。 ハンヒェンを相手取る火車、瀬恋、糾華も優勢だけれど傷は多い。回復の合間にハンヒェンが走らせる光に呪言の炎、反射の痛み。 ならば全て、己が治す。アリステアを突き動かすのはいつだって、尽きる事なき無二の想い。 失うのが嫌なら、壊されるのが怖いなら、泣く暇があるなら、慄く余裕があるなら、生きているなら、動けるなら、ひたすらひたすらひたすら治せ。祈り続けろ。救済の為に、全てを捧げよ。何処までも強欲に手を伸ばせ。吹き抜ける祈りよ、全てを癒せ。 「前に会った事、あるよね」 その最中、アリステアはアウグストへ目をやった。血を流す目と視線が合った。 「わたしは私の守りたいものの為に、戦うの。貴方達だって同じなんだよね?」 「理由もなく戦うのはケダモノの所業であるッ!」 あのブレーメだって、平和を求めて戦っていたのだ。親衛隊は国を家族を友を正義を護る為に戦ってきたのだ。アリステアは運命の皮肉を痛い程に感じた。それでも感情はあくまでも押し殺し、アウグストへ静かに問いかける。 「血の涙は、どうして流れているの? 何を、思っているの?」 「……。泣き虫と、昔から馬鹿にされたものだッ。だから強くなりたくて、私は軍に入ったのだ。強くなりたい。強くなりたい、強くなりたかったッ! 泣き虫の儘は嫌だッ! もう負けたくないんだ失いたくないんだ馬鹿にされたくないんだぁああッ!!」 生々しい感情吐露に他ならなかった。振り抜くナイフが一切を裂く真空刃となってアリステアへ襲い掛かる。ぱっと散る赤。深く斬られる身体。アリステアは小さく呻く。痛い。でも、まだ大丈夫。痛い。それは皆一緒。痛いんだ。誰だって。 (それが……戦いだから) 然らば己は、けれどやはり、祈り続ける。戦いを終わらせる為に味方の戦う時間を引き延ばす。 ●暗い路地の底/eins 夜の色。街の底のくすんだネオン。湿った路地。冷たい風。人影。4人分のリベリスタの足音。 「「Guten Abend!」」 かけられた声は二人分。渦巻く闇と、壁に凭れた女が、笑っていた。 ゆるり。首を動かし、『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)が『異形』を見遣る。 「まだ生きてたんですね……最期はカミカゼ特攻ですか。本当に馬鹿な人達ですね、他の生き方もあったでしょうに……死んでいないのならば負けていないっていうのは、誰の言葉だったでしょうか?」 「死にませんよ、我々はね」 「死んでいませんわ、曹長はね」 二人の笑みは崩れない。そも、死とは何ぞ? 肉が動かなくなる事? 違う。違う筈だ。きっと違う。それを「違う」と言う者があれば殺せば良い。それこそ正しく『正論』なのだから。 尤も、リンシードにとっては知ったこっちゃない。彼女の世界の真ん中は、いつだって。 「お姉様が貴方達と長くいたせいで変な情が湧いてしまったみたいなんです。お姉様に悪い影響が出るので……さっさとご退場して頂きます」 覚悟してください。抜き放つ剣。 その通り。覚悟せよ。 「そちらが後を無くした狂犬だというのなら」 「私は番犬である」 「こちらは魔を狩る猟犬として」 「狂犬を徹底的に駆除してやる!」 「今度こそ完膚なきまでに敵の息の根を止めてやる」 視線を鋭く、言い放ったのは『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)と『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)。今更口上も必要ない。力で以てアークの力を思い知らせてやる。その言葉に、狂犬はおどけた様に舌を出して。 「狂犬に噛まれたら100%死ぬって知ってる?」 宣戦布告。やれるもんなら。 上等だ。そうするしかないんだろう。『道化師』斎藤・和人(BNE004070)は盾を構える。思えば、何度も何度も『狂犬』にはこの盾を食い破られてきたっけか。結局、耐えきれた事は1度もなかったな。勝ち逃げかー、何か悔しいわ。 「ま、今更言ってもしゃーない。しっかり後始末してすっきりさっぱりしましょ」 開戦。 誰よりも速く動き始めたのはリンシード。Prism Misdirection、護る剣を携え、ギアを高め、目指す先はイボンヌ。が、その脚が止まった。止められた。イボンヌが展開する力場。まるで暴風、接近を赦さない。 「近付けば勝てるとでも思いまして?」 皮肉の笑み、次に動き出したのはイボンヌ。構える両手。二枚舌。物理を拒絶する盾を作り、魔法陣より呼び出すは荒れ狂う稲妻。 肌が焼ける音、焼ける臭い――奥歯を噛んで耐え凌ぎながら、ベルカは神秘の閃光弾をゾルタンに投擲する。が。彼らには状態異常に耐性がある上、人間の身体能力を超えている。束縛には至らない。状態異常に頼って勝てる相手ではないのだ。 ずるりとゾルタンが迫る。リベリスタのど真ん中、ベルカ、和人、恵梨香へ暗殺ナイフを振り抜いた。ベルカと、恵梨香を護った和人を切り裂く。視界を奪う。 暗闇からの眼差し。恵梨香はそれに掌を向けた。闇に紛れようと見逃さない。 (もし逆の立場であったなら、自分の主を失う様な事があれば、アタシも狂うのかもしれない) だからといって情けをかける事なんて出来ない。譲れぬものの為に命を懸ける。それは向こうも此方も同じなのだ。 油断せず、全力で。 「四なる魔曲よ、遍く穿て」 展開される魔法陣。そこから放たれる四つの魔弾が激しい光を散らしながらゾルタンに襲い掛かった。呻き声が聞こえる。それから、笑い声。状態異常にはならないが、B班トップクラスの火力を持つ攻撃が効かないという事はないのだ。 閉ざされた視界、それは和人の光が打ち破る。見えるようになった目で親衛隊を見、たっぷりの皮肉を舌に載せて。 「長い間戦い続けた果てがこんな路地裏だもんね。せめて大好きな上司一緒にあの時死んでりゃ、花束のひとつでももらえたかも知れねーのに」 「へぇー。そうねぇ。『で』?」 「あ、やっぱ興味ない? んじゃそのまま惨めにくたばって」 「ふふ、ギラすらも倒せなかった貴方に何が出来るのかしら」 見物だわねぇ。返すのもまた皮肉。イボンヌが両掌を和人に向けた。堅いのなら中身を直接触ればいいと、魂を砕く虚無の双掌。この距離からか――命が毟り取られる感触。 恐ろしい敵だと、ベルカは思う。だが恐れる必要はないと、同時に思う。 我等の赤き『誇り』を掲げよ。腹の底から勇気を奮え。進め。進め。我等の手にこそ勝利は在り! 「我が同志、戦友の言葉を借りれば、『勝利無くば生命無し』である。征くぞ! ураааа!」 軍旗четыреを翻し、戦い抜けやと張り上げる鬨声こそ――勝利への執念。それは活路を照らす消えぬ灯火であり、潰える事なき勇気である。 力を持つ咆哮。湧き上がる力。勝利を。勝利を。この手に勝利を。そして―― (あの人と……私の『日常』を護るために……) リンシードは剣を構え直す。再度の吶喊。幾度吹っ飛ばされようとも。戦場を駆ける。 ●1945 戦車に吹っ飛ばされた。景気よく。鼓膜と肺と骨と内臓が潰れて拉げて。ゴミの様にぽーんと投げ出され、蒼い空が見えて、嗚呼、ああ、蒼い蒼い。いつだって同じ色。見下ろすのか。見下すのか。 「てめえなんか大っ嫌いだ」 嗚呼、大嫌いな大嫌いな大好きな、奇麗な、いつもの、蒼い色。 ●眼下の摩天楼/zwei 「死ねやコラァ!!」 瀬恋が張り上げる咆哮が戦場に轟いた。永遠に続くかの様に思われた熾烈な戦況が変わる切欠は、たった一発の弾丸。殺意でできた不可視のそれが瀬恋の銃指Terrible Disasterより放たれて、糾華と火車の挟撃を受け蹌踉めいたハンヒェンの頭部に直撃する。ガクン、と衝撃に仰け反ったハンヒェンの頭。ゆら、と戻すその眉間には穴。後頭部に抜けるトンネル。トロリと血を、流しながら。 「アウグスト伍長。お先に」 「Jawohl,ハンヒェン軍曹ッ! 曹長によろしく頼みますッ」 「えぇ。……良い戦争でした」 最期に薄く微笑んで。どさり。緩やかに、ハンヒェンは頽れた。永遠に立つ事はなかった。 ズキリ。ズキリ。頭部に駆ける激しい痛み。反射された頭痛に顔を歪めながらも、次だ。瀬恋は、アウグストを睨ね付ける。 「オイ、そのナイフ筋肉デブのナイフか? おもしれえ事してんなお前」 「これで貴様の咽を切り裂いてやるッ、覚悟しろッ!」 「テメェらの事は殺してえぐらい嫌ぇだし、今から殺すけどその根性だけは認めてやるよ。……かかってこいよクソ野郎。今度は逃げねえだろ?」 「同じ言葉を貴様に返すぞ、逃げたら殺すッ!」 「『逃げる』だぁ? 寝言は寝て言えボケカス」 ガコン、と迫り出す最悪な災厄の砲身がアウグストに向く。命張って根性見せた奴らから逃げるなんて冗談じゃねえ。尤もクソ野郎と心中する趣味もねえが。砲撃。アウグストが半歩下がる。が、その勢いのままブレーメのナイフで空を裂く。装甲すら切り裂く斬撃が暴風となって荒れ狂い、周囲の一切合財を切り刻む。 その中を『平然』と、糾華は駆ける。引き寄せる魔的な運、まるで攻撃が自ら彼女を避けているかの如く。 「もはや死に向かうしか無い貴方達は、ブレーメ的に言えば、もう負けているわよ? だから、死ぬかしら? 青二才」 「私は、『死なない』ッ!」 何の疑いも無く、空は蒼いのだと答える様な物言いだった。 「私は、死なないッ。例え肉が朽ちようと、我が魂は、我が心は、我が存在は、『ブレーメ・ゾエ』は、滅びない、死なない、故に、『負けない』ッ!」 そこに自棄は無く。死に逝く悲壮は無く。『負ける=死ぬ』だなんてこれっぽっちも思っちゃいない。いつだって彼等は『勝つ』事だけを考えている。そして、自分達が勝つ事が当然であると心の底から信じているのだ。今までも、今も、今だって。それは妄執であり狂信であり、彼等の『正義』である。 「敵討ちがナンセンスなんだという気はないわ。もはや滅びしか道が無いのに戦うのがナンセンスなのよ……」 救いがない、と言うべきなのか? 或いは端から救われているのか――糾華はそれ以上の言葉を続けず、蝶の刃を翻す。 いつだって、そうだった。 戦うしか、殺し合うしか、『そう』するしかない関係。 進展も後退もない、最初から終着。 「そちらが死を与えるならば、こちらは勝利を呼び起こすわよ」 Jackpot.ロイヤルストレートフラッシュ。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。 呻き声。踏み止まるアウグスト。の、顔面。下から搗ち上げる業炎のアッパーカット。赤い軌跡、ぶっ飛ばす。 「いやぁあのハゲは中々だったぜ?」 血を流すほど燃え上がる拳。赤々と照らされる火車の睥睨がアウグストを見下ろす。 「なんせ人のままやりきったからなぁ。革醒者には命懸けの超必殺みてぇなのもあるらしいが……それさえ無しでやり通した。共感しちまうね。ああ、大いに共感しちまうよ! 野郎には安いプライドがあった。オレもソレにしがみついてる輩だ」 だが、と溜息を吐く。何処までも、何処までも忌々しげに。 「ソレに比べてテメェ等なんだ? 人間辞めましたってか? つまんねぇヤツ等だ。戦う前から死んでんじゃねぇ 戦って死ね」 「『成程。じゃ、お前さんの主張を正義にしたいならこの俺を力尽くで屈服させてみな』」 ブレーメを真似て、立ち上がるアウグストは皮肉気に答えた。そうさせたいならそうさせてみろ。火車は一笑する。歯列を剥いた。業ッと炎が勢いを増す。 「させるもするもハナからそのつもりだっつぅの! 何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも! コレ<業炎撃>で殴りつけてやっからよ!!」 浮かび上がるは暴の文字。百発万中単位で捻じ込んでやっから。 血が、流れている。 切り傷だらけ。血みどろで。ナイフで斬られたり刺されたりするのは想像以上に痛かった。それでもヘルマンはアウグストの目の前に立つ、立ち続ける。事実、想定以上に他へ被害が出ていなかったのは彼がアウグストの気を引き続けていたからに他ならない。その代価は、今にも「もうやめて」と泣いて詫びたくなるほどの激痛だ。 でも、逃げない。逃げる事なんか絶対に出来ない。まだ、頑張れる。戦える。 「ずっと負けたままって前言ったけど、撤回しますね」 自分の正義を疑わなかったら、死んでも負けないんだと思うから。 「わたくしはあなたを尊敬してます。わたくしに3回も勝ったあなたを。 だからそのあなたに絶対に勝ちたい。アークと親衛隊が戦争をしているっていうんなら、わたくしにとってはあなたとの戦いこそが戦争です」 これは戦争。どちらかが勝つまで、続く戦争。終われないのだ。勝たない限り。 「あなたに勝たなければ、わたくしの戦争はおわらない!」 「ならば終わらせてやろうッ、私の『勝利』でッ!」 交差する。ヘルマンの蹴りがアウグストを側頭部強かに打ち据え、アウグストのナイフがヘルマンの腹に突き刺さる。衝撃。開く間合い。 再度、アウグストが振り上げたナイフ。 は、割って入った瀬恋の左手が掴む。否、掌に貫通させて。アウグストの手を掴む。零距離のガン飛ばし。痛みなんざクソ喰らえ。死んでも離してやるものか。 「Hasta la vista, baby」 また来世。もう会いたくないけどな。胸にナイフを深々刺されようが、何度刺されようが、何度刺されようが、何度刺されようが、ドラマとフェイトで死亡拒否。吐いた血で赤くなった口唇で笑い飛ばす。普段は化粧なんかしない瀬恋の化粧。艶やか。振り上げる右の拳。 「ぶち込んでやるよ、テメェが死ぬまで!」 刺された数だけ、否それ以上に殴り返す。撃ち返す。血に染まる。血に染まる。骨の折れる音。肉の拉げる音。内臓の壊れる音。 「う お おぉおおあああああッ!」 アウグストの咆哮が響く。力尽く。ナイフの刺さった瀬恋の掌をそのまま切り裂いて、力の限り殴り付けて吹き飛ばして。血の目がリベリスタを捉えた。誰も彼もが酷く傷を負っている。誰も彼も――否、アリステアは違う。リリが、ボロボロになりながらもその身で護っている。それでも気丈に、アリステアを心配させまいと凛として立つのだ。 「大丈夫、貴方は大切なお友達です。我が身を盾に、必ずや勝利を」 「ありがとう。でも、無理しないでね……皆で無事に、帰ろうね。絶対に、帰ろうね」 「えぇ。必ず。必ず、帰りましょう」 誰一人として、欠く事の出来ない存在だから。アリステアは両手を組む。祈りを捧げる様に指を絡めて。 「……かみさま」 ἀπό μηχανῆς θεός――それは機械仕掛けの神が齎す、悲劇を破りし最高の奇跡。嘘の様な本当。本物の、『奇跡』。伸ばされる神の腕は迷える子羊を包み込み、一撫でするだけでその傷を『嘘の様に』消し去って。 力を取り戻したリリは神に感謝を捧げ、それに報いるべく二つの『教義』を『敵』へと向けた。傷つく事など怖くない。立ち上がれ、何度でも。 「この祈り、貫きます。尊い教えもありますが、私自身も負けるのは――嫌いです」 引き金を引く。双銃から撃ち出される二つの呪弾は一つの螺旋を描き飛んで行く――それは糾華と火車の攻撃に防御を跳ね上げられたアウグストの左腕を、肩口から吹っ飛ばす。宙を舞った。ボトン、と腕が落ちる。血溜りが出来る。 「……曹長」 蹌踉めいたアウグストが小さく呟いた。ブレーメならばどうしただろうか。思って、愚考だと笑った。彼ならきっとこうするだろう。 「はは。へへへ。アーハハハハハハハハハ! 面白え。俺はまだ戦えるぞ!」 何食わぬ顔で笑って、戦うのだ。まだ右腕がある。『ブレーメ』が、居る。 エンジンを吹かせ踏み込んだ。ひたすら正面に立ち続けるヘルマンへと。ゆら、り。悍ましい加速。凝縮されし殺意。見た者には遍く死を、『ドッペルゲンガー』。 しかしそれはブレーメの技とは異なっていた。ヘルマンの視界に映るのは殺意が見せる幻――ヘルマンのドッペルゲンガーではなく、ブレーメの姿。 全てあの時に見たままだった。げらげらげら。ぐーてんもるげん、よう泣き虫。笑う眼球。歯列を向いて笑う顔。ゾッ、とした。仲間の「避けろ」という声が聞こえた気がする。瞬間。 「あ」 咽が冷たい。いや熱い。違う痛いんだ。咽にナイフが、刺さっている。 死ぬ? いや。 死んでたまるか! 「絶対に、勝つ……」 血を吐きながら、ブレーメの――否、アウグストの手を掴んで。引き抜いた。噴き出す鮮血。赤に染まるその中で、視線は果てなく真っ直ぐに。 「絶対にあなたに勝つ! わたくしだけを見ろ! わたくしと戦え! わたくしはもう、絶対にあなたに負けない!」 しがみついてでも、追い縋ってでも、どんなにみっともなくっても、運命を焼き捨てても、歪めてでも! 「いざ、尋常に――最後の戦争だ、アウグストォオオオオオオオオオッ!!」 咆哮。 唸りを上げる一撃。 迫り来る攻撃。 上等だ。アウグストは口角を吊る。 「よろしい――かかって来いッ、ヘルマンッ!」 互いの全てを、全ての全ての全てを込めて。 突撃。 ●暗い路地の底/zwei 若干の火力不足は否めなかった。B班のリベリスタに回復手段はなく、戦いが長引けばそれだけで致命的。だが親衛隊にだって回復はない。壮絶な削り合い。 ゾルタンが攻撃を以てリベリスタの視力を奪えば仲間の盾として動く和人が吹き消し、イボンヌのルーンシールドに剣を突き立て続けるリンシードへリベリスタへ、イボンヌが魔法を放てばお返しだと恵梨香とベルカが魔力で射抜く。けれど最中、イボンヌの手に砕かれて、遂に和人が倒れ伏す。壁を砕かぬ事には埒が明かないと判断した事に因るか、けれど彼のお陰で被害が大きく抑えられた事は事実。実際、彼が倒れるのはイボンヌの予想以上に長引いた。 「壁はもう無いわねぇ。さぁ、無防備な子羊達はどれだけ頑張れるのかしら?」 終わりは近い。それはノーフェイスもリベリスタも思っている事だった。 その渦中。焼かれ、裂かれ、全身の悲鳴を聞きながら。恵梨香は毅然と詠唱し、極限にまで魔力を練り上げる。 敵ならば逃すものか。絶対に。刺し違えてでも、斃してやる。倒れても、運命を焼き捨ててでも、何度でも。最後まで。 喰らえ。焼け付く程の赤い瞳できっと見据え、翳す掌に構築されるは破魔の魔法陣。 「――銀の弾丸よ。我が名の下に、悪しき魔を貫けッ!」 眩い光が迸る。一直線。ゾルタン目掛けて唸りを上げて。 「あ」 見開く男の目には何処までも何処までも何処までも、銀の色。 「イボンヌさん。一抜けです」 「Ja.Bis bald,ゾルタン」 「Bis bald.良い戦争でしたよ」 それじゃあまた。不敵に笑ったゾルタンの声は、身体は、光の渦に巻き込まれ――跡形も無く、消えた。 更に輝く光。それはベルカが投擲したフラッシュバン。けれどそれは彼女の動きを止めるには至らず。 それでもまだ戦える。 もう技を放つ程の余力もなかったが、それでも、戦えるならば戦わねばならぬ! 「貴様ら如き妄執の徒に、何の証明などさせてやるものか! 貴様ら如き敗残の輩に、華の戦死などさせてやるものか!」 ベルカの軍靴が地を蹴った。目で鼻で耳で肌で。全てで敵を捉え。赤い軍旗を強く強く握り締めて。吹き飛ばされても阻まれても立ちはだかるのだ、肉が朽ちて魂だけになろうとも。 「урааааааа!!!」 轟、と力の限り振るう軍旗。それはルーンシールドの効果が切れたイボンヌの側頭部に直撃し、親衛隊の身体が大きく揺らぐ。迎撃の、炎。全てが赤い。恵梨香が遂に、倒れてしまう。 けれどもその中に立つ、凛とした色。 おそらく、次の一撃で全てが終わる。 「さぁ、終わりが近いですよ。ここで私を殺しても、もう最期です……この結果で満足ですか?」 血に塗れ、けれど立ち。リンシードは水晶の刃をイボンヌへ突き付ける。 刹那の、加速。 衝撃波を乗り越えて。 時を、刻む。 速い――嗚呼、曹長も随分と速かったなぁ。思い出して、イボンヌはふっと笑った。その心臓を刃で貫かれる感触を覚えながら。血。縫い止められて、リンシードとの視線はすぐそこ。その灰瞳を、覗き込み。 「どんな結果でも。人間というものは、どこかしら完全に満足する事はできない生物なのでございますわ」 「ならば……『これ』で、ブレーメさんも、よくやったって、言ってくれますかね?」 「どうかしら? 言ってくれると良いわねぇ」 笑う口から血を滴らせ。イボンヌは空を仰いだ。心臓の止まる気配を感じながら。 「ほんとに。良い戦争でしたこと」 言下に引き抜かれる剣。噴き出す鮮血。頽れる、身体。倒れる音。 永遠の静寂。 立っているのはリベリスタだけ。 如何に凶悪であったとしても、忠誠心高く強い敵であった事には間違いはない。分かり合う事はなかったけれど――壁に凭れ、霞んだ意識で恵梨香は思う。戦う事でしか自分を表現できない生き方は、アタシと変わりなかったのかもしれない。 彼等も。その上官も。 「『よくやった』、か……」 今際のイボンヌとリンシードの会話を思い出し、恵梨香は誰とはなしに呟いた。無性に『彼』の声が聞きたくなった。「よくやった」と。言ってくれるかしら。微笑みながら。 自分にはまだ――帰る場所が、ある。あるのなら、今はそれを信じよう。心から、信じよう。 ●19xx どうすれば泣かないようになるか、だって? 知るかよ。涙腺摘出したらどうだ? ……俺? 俺が何で泣かないか? 俺達が勝って戦争が終わった時の嬉し涙用に取っといてるんだよ。なんてね。催涙ガス喰らったら泣くと思うぜ、あはははは。分かったらもう泣き止め、爪剥がれてえのかアウグスト? ●眼下の摩天楼/drei 鈍い鈍い音が響く。 ヘルマンの繰り出した蹴撃はアウグストの胸の真ん中に当たった。その衝撃を以て、彼の胸に大きな風穴を開けた。バチリバチリ。故障した機械のスパークが散る。 アウグストが突き出した刃は、紙一重の位置でヘルマンには届かず。ただ視線だけがぶつかり合う。ごふ。ノーフェイスの吐い血が、ヘルマンの頬に散った。力を失った手が垂れる。 同刻にヘルマンもまた脚を下ろした。返り血に染まりきった脚を。見詰める。真っ直ぐにその兵を。 「負けるたんびに悔しくって泣きそうになりながら、ずっとあなたを見てたから。あなたにも正義があるんだって、ちゃんとわかってるつもりだよ」 殴られて、殴られた。思い返す想い出。何度も戦った。 そしてその戦いは今、終わろうとしている。 さいご。だからこそ。ヘルマンは何故だか泣きそうな気分になりながら、声の震えを押し殺して言葉を紡いだ。 「……あなたの正義を認めて、あなたに勝つ。それもきっと戦争でしょ」 「ああ、そうなんだろうな。きっと、正しいのだろう。お前の言う事は、正しい。故に、私は言う。私は、負けていない……けれど、諸君の、勝ちだ。そう、思う」 は。笑った。血にまみれた口角を吊って。 刹那。アウグストの拳がヘルマンの頬を打つ。身構えたリベリスタだったけれど――その拳には最早、力などなかった。ずるりと、アウグストの身体が崩れる。それでも彼はヘルマンを見ていた。真っ直ぐに見ていた。笑いながら。 「『ランドセル』の分だ、くそ馬鹿野郎。……最期に君に会えて良かった、戦友よ。ヴァルハラで待つぞッ!」 「はい。……はい、アウグストさん。敵ながら、あっぱれでした」 ヘルマンも笑って、言った。さいごまで。Sieg Heilと敬礼を捧げた黒衣の兵。 良い戦争だった。 今はそう信じよう。 良い戦争だった。 (……ブレーメ曹長。私は、がんばりましたか?) よくやったって褒めてくれるかなぁ…… ――完全なる、静寂。 けれど不意にそれを破ったのは、糾華の周囲を揺蕩う黒揚羽蝶から聞こえてきたリンシードの声だった。 『お姉様……そちらは、大丈夫ですか……?』 疲労感が滲んでいるものの、様子から察するに向こうも任務達成したらしい。その事に一先ず、糾華は安堵する。 「えぇ、リンシード。そっちも終わった様ね……お疲れ様」 『……お姉様。いい加減……これで終わり、ですよね。もう彼らの企みも意志も全部全部、消えてなくなりますよね……?』 「そうね。……――そうね」 静かに目を閉ざすのみ。 先程までの何もかもが嘘の様に、音は無い。 火車は大きく息を吐いた。夜、冷える空気。温かさの残る拳。しゃがみ込むのは、物言わぬアウグストの傍。その手の、ナイフ。 ぼ。灯る炎。送り火の如く。 「誰にも渡しゃしねぇよ 安心して散れ」 振り上げて、振り下ろす。 ばきん。 それは呆気なく――今までブレーメがそれを用いて齎した被害と殺戮が嘘の様に――砕けた。割れた。めらめら、燃えてゆく。けれど、ふと。火車は鬼暴にナイフの破片が刺さっている事に気が付いた。取り除こうとした指にチクリと痛みが走る。欠片となったナイフはもう兵器としては使えないが、その断面は尚も鋭く。指先の血の玉。血の付いた鉄色の欠片。 それは単なる偶然か。偶々刺さっただけなのか。 『己』を倒した相手の行く末を見て居たいのか。 俺は未だ負けてねえぞ、と狂えるような執念か。 それともただの嫌がらせ? 今頃抱腹絶倒か。 分からない。真実はいつだって、薄霧の向こう。 ま、知ったこっちゃないが――火車は後頭部を掻きながら立ち上がる。もう一度、盛大な溜息。 「……ちっ」 あの野郎。 ●2013 眩しい。そう思った。それから痛いと思った。立てない。痛い。苦しい。死んじゃうんだろうか。嫌だ。だから暴れた。 声が聞こえた。歌も聞こえる。それを聴いていると、不思議と痛みを感じなくなって。嗚呼きっと、もう大丈夫。歌が聞こえる。大好きな歌。もう大丈夫だ。痛くも苦しくもないんだもの。だからこう言った。 「アルトマイヤー、もっと戦争をしよう」 それから先の事はもう分からない。 何処かで皆が俺の名を呼ぶ声が聞こえた。 何だお前等そこに居たのか。 戦争か? そうか。戦争に行こう。いいぜ。一緒に往こう。皆で突撃だ。きっときっと楽しいぞお。 そうだ。だったら『上官』も呼ばないとな。兵隊は命令が無いと始まらない。上官の命令がね。 嗚呼、迎えに行かないと。あんまり遅いと、「君は阿呆かね?」って拗ねられちまう。 さあ往こう。何処までも往こう。 ――全ては全ては勝利の為に! 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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