●始まりかけの物語 なま暖かい風の吹く夜だった。 街灯にぼんやりと浮かぶ散り急ぐ桜吹雪の舞う公園に黒い影が漂っている。最初は頼りない陽炎の様にゆらゆらとしていたが、やがてベンチに凝ってじっとしていると輪郭が明瞭になってくる。 「……やれやれ、毎度これではかなわない。やはり『力』を補充せねばどうにもならないということか」 黒い影は黒い帽子、スーツ、黒い靴を履いた男となり、やけに人間臭い気障な仕草で肩をすくめると立ち上がり公園を出ていった。 アーク本部で『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はリベリスタ達にとある連続事件について語り始めた。 「とは言っても警察が連続事件だと判断して捜査本部が立ち上がっているわけじゃあない。こいつは俺達だからわかる程度の関連性しかない。せいぜいご近所のしょぼい迷惑事って程度だからな」 伸暁は言う。一番初めは芋虫だった。次が蜂でその次が蝶。更に数週間後に雀でその次がカラスだった。それぞれこんもりと一カ所に集められた死骸が出てきたのだ。発見者はさぞかし気持ち悪い思いをしだだろうが、場所はどれも異なっていて行政も違う。ペットでもない小動物の死骸を不審に思っても真剣に捜査する事はない。 「次は猫、多分その次が犬で……その後はもう少し大きな家畜だろうな。その後は……どうだろうな」 伸暁は首をひねって笑う。 「奴はD・ホールからやって来た別世界の存在、つまりアザーバイトだ」 さして特別なことでもなさそうに伸暁はさらりと言う。 「元の世界なら摂取するのに最適な命を喰らって同化するのも容易だったのかもしれないが、この世界じゃ勝手が違う。元々は知的な存在だから出来るだけ波風立てないようにしようと考えたようだが、それが却って不味かった。虫やら獣やらを雑食してしまったせいで本来持っている知性のレベルが混濁し、暴走状態に陥っている。状況によっては会話が成立する状態もあり得るだろうが、刻々と変化するからいつまでとかどの程度とかはあてにならない」 今は喰う事……そして生存し続けることに意識が限定されていている。おおごとに発展する前に処理したい……それがリベリスタ達が集められた理由だった。 「奴の最も特徴的な行為は吸血。それから水っぽいモノなら硬化させて武器にすることも出来る。まぁ頭脳は残念な感じに成り下がっていて形状も獣っぽいから気を付けてくれ。くれぐれもこっちが喰われないようによろしくな」 伸暁はヒラヒラと振った手を不意に止める。 「近々リンク・チャンネルが発生する、なんて観測結果がある。そいつと交渉出来て大人しく帰ってくれるなら、まぁそんな結末があってもいいのかもしれないな」 望めば手に入るかもしれないが少し難しい……様なことを伸暁はつぶやいた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月29日(金)22:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●索敵 深夜……ひとけのない河原にはせせらぎの音と水の匂いだけ濃く漂っている。灰色に浮かぶ曇の切れ目からは星のまたたきが見えるが、下界を照らす程の輝きはない。フォーチュナの予測したアザーバイトの最有力出現点にはある程度の幅があり、リベリスタ達は確実に接触するため、人員を4つに割いて探索にあたっていた。 北側を歩くのは『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)と『ニンジャブレイカー』十七代目・サシミ(BNE001469)。そして支援に駆けつけた『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(BNE001403)であった。 ニニギアは携帯電話を手に懐中電灯で足下を照らしながら探索をしていた。 「こんな危ない仕事に行きやがって……」 心配のあまりランディがつぶやくのをニニギアは笑って首を横に振る。 「大丈夫、私とてリベリスタ。危険な相手とわかっていても使命感をもって任務を果たすわ。できれば穏便に別の世界にお帰りいただきたいの」 ニニギアの気持ちは同じリベリスタとしてわかりすぎるくらいわかるから止められない。 サシミは河原を見渡せる手頃な木に登り、目を閉じて集中をし始める。 「大事になる前に止めるでござるよ」 耳から入る空気の振動という振動全て、鼻から入る匂いを醸す微粒子……その情報全てが一斉にサシミへと溢れかえる。飽和するような情報の渦の中からサシミが求めるのは草を踏む音、砂利の上を移動する音、あるいは古びた鉄に似た血の臭いや体臭であった。 河原の西側は雪白 桐(BNE000185)と『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)。更に『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)が探索を続けていた。中央のシエルを桐と陣兵衛が守る様な形で3人一組で移動している。シエルがあらかじめコーンとロープで仕切河原を立ち入り禁止区域としているが、どれ程の効果があるのかはわからない。早くアザーバイトを見つけてなすべき事を終えてしまわなくてはならない。 「もうそろそろ30分になります」 「では、少し休みましょうか?」 暗闇を見つめ聞こえない音を聞こうとする。その緊張も長く続けば疲労し精度が鈍るものだ。桐が言うとシエルと陣兵衛も意に従う。 南を警戒しているのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)と『二等兵』隠 黒助(BNE000807)。そして支援の『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)だ。 「ん?」 微かな感覚に拓真の足が止まる。砂利を踏む音も消え夜風が生臭い水の臭いを運ぶ。だが、本当にそれだけだろうか。ざわざわと背筋が這い上がる感覚がうなじの当たりにまで登っていく異質な何か。拓真の目が北を向く。 「あちらか……急ぐぞ」 黒助は器用に小石が敷き詰められた様な河原を土手まで走ると、横倒しにしておいたスクーターを起こしてキーを差し込み回す。 「俺達も急ごう」 「承知しました」 拓真と沙希も黒助を追う様に走る。 東側はキャンプなどで用いられるランタンを手にした『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が四条・理央(BNE000319)と一緒に捜索をしていた。補佐として『おじさま好きな幼女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が付き従っている。その時、不意に何かの感覚が理央に訪れた。世界の一部が異質によって押しやられる様な微かだけれど確かな感覚だ。 「違う……この近くではない……と、思うよ。もっと北かな?」 「行ってみましょう」 「わかった」 アラストールが、そしてアリステアが翼を広げる。 「そこでござるか」 樹上からサシミが知らせると、ランディはとっさに背後にニニギアを庇う。携帯電話での交信が仲間達へと飛ぶが、その時にはほとんどの者達が北へと向かっていてすぐに皆は参集する。 「あれですか……」 「その様ですね」 アラストールの目には岸辺に前屈みでのっそりと立つ影が見えていた。大きさは成人男性よりも一回り縦にも横にも大きい。さら暗闇でも見通す桐の視界にはハッキリと全身を覆う剛毛とむき出しの口から覗く牙が見て取れる。 「血に飢えしけだものの匂いでござる」 サシミの言葉とほぼ同時に風向きが変わった。鼻をひくひくさせた獣は背伸びするような仕草をすると、一変身体を低く丸め手足を使い四つんばいになって走り向かって来た。 ●血の癒し 「拙者の出番は後刻の事なれば……」 樹上のサシミは動かない。 「遍く力よ、我の内を閉じて巡れ」 スクーターを比較的優しく乗り捨てた黒助は黒い首輪の中央に煌めく十字架に触れ、身体を巡る魔力を活性化させる。暖かい血潮が巡るように魔力が身体の隅々にまで行き渡っていく。 「目の当たりにするとあまり気乗りするものではないが……」 直感は戦えと告げてくるのに抗うと、突進してくる毛むくじゃらの異形を前に拓真は武器を納めた。その得物のない両手を広げて無防備な姿をアザーバイトの前にさらす。直後、耳元で身体に突き立てられる牙の音が大きく響き、次いで灼熱の痛みがのど元から広がる。生臭い息と急速に吸引され減ってゆく血に視界が暗くフェードアウトしそうになる。 「だめぇ! もう危険だわ。早く拓真さんから引きはがしてぇ!」 ニニギアが叫ぶとランディが得物を手に割ってはいる。 「ちょっと待ってね」 「あ、私がするよ」 魔力の活性を行うニニギアの横でアリステアが治癒の力を拓真に使う。 「沙希様、どうかテレパシーで私達が敵ではなことをお伝え下さい。その証拠に生命力、血をお分けします……と」 同じく魔力を活性させつつあるシエルが後方で待機している沙希に訴える。うなずく沙希は無言で祈るように両手を組み目を閉じる。だが、獣の動きは変わらない。 「信じる事は大事だと思いますが、ただ信じる事で報われる事は少ないのですよね」 そっとつぶやく桐の姿は皆の近くには見えない。最悪の場合を想定し2手3手先を読んで動くのが桐のスタンスだった。それが杞憂や取り越し苦労で終わるなら、それはそれで構わない。ただ、なすべき事をせずに後悔するのだけは我慢がならない性分なのだ。 「一人目ではまだ理性を取り戻すには至りませんか」 沙希が首を横に振るがアラストールは諦めない。雑多な血に汚れたアザーバイトを浄化するにはリベリスタの血が足りないのだろう。愛すべきこの世界からの力を借り、アラストールは癒しの効果が続くよう力を使う。 「ボクの目の前で仲間が倒れるなんて絶対に許さないよ」 理央が印を結ぶと瞬時に防御結界が展開される。仲間達全てが理央の力で守られてゆくのだ。 「少々奔放に過ぎよう。これは仕置きなれば甘んじて受けていただくでござる」 樹上から降りたサシミは気糸で獣を縛り上げ、黒助は再び十字架を指先でなぞりながら詠唱を行い、消耗した拓真へと癒しの微風を喚び出す。 「助かった……穏便に事が済めば良いんだが、結構厳しい」 拓真は暴れ狂う獣へと油断なく身構えながらとりあえず後方に移動する。あえて闘気をみなぎらせることもしない。 「次は私が贄となろう」 がちがちと牙をならす獣の前にアラストールが立つ。気糸の呪縛を強引に引きちぎった獣のあぎとがアラストールの右肩あたりに食らいつく。 「新城さんが一瞬でこんなに消耗するなんて……やっぱり怖い」 その間にニニギアは拓真に治癒を施す。体力のある拓真でさえこれほど力を奪われるのだ。自分が吸血の対象となったらと思うとニニギアはゾッとしてしまうが、必死に耐えて風を喚ぶ。 「癒しの風よ……」 シエルが喚んだ癒しの微風は獣に力を吸われているアラストールへと吹き渡る。蒼白なアラストールの額に脂汗がにじんでゆく。 「私の……言葉が、わかりますか?」 苦しそうな息の下からアラストールは努めて平静な声で今まさに自分の血を吸い尽くそうとしている獣へと話しかける。攻撃はあえて行わないが、柄にかけていた指に力がもう入らなくてダラリと下がる。 「この試みはやはり無謀だったのでしょうか」 獣の背後から低く桐の声が響く。 「いいえ、まだ! まだだよ。まだボクは諦められない!」 アラストールに駆け寄った理央は強引に獣を引きはがすと、その牙を自分の首筋に突き立てさせた。ザックリと皮膚を裂く音が高く聞こえ、急激に力が奪われてゆく感覚に意識が持って行かれそうになる。それでも迷いはない。異世界の存在との友好が夢物語だというのなら、その夢を現実のもととしたいのだ。 「お主の矜持を信じようという方々の気持ちに、応えて頂きたいでござるな」 サシミは獣の背後を取り、得物を手に油断なく身構える。相変わらず血に飢えた獣でああるが、血を吸う音や臭気に若干の変化がある事をサシミの感覚は捉えていた。それがどういう意味を持つのかまではまだわからない。 「癒しの風、吹き渡れ」 なんとか膝をつかずに立つアラストールへと黒助の喚ぶ風が吹く。爽やかで清しい風が奪われた力を補うように癒していく。 「汐崎……まだか?」 奪われた血潮の分の体力をほぼ回復させてもらった拓真は気がかりそうに理央を見つめつつ、後方で集中する沙希へと言葉を掛ける。近くリンクチャンネルが異界との間に道を繋ぐ。帰りたいという意思がこのアザーバイトにあるのなら、互いに戦い滅ぼし合う必要もないのだ。 「大丈夫、すぐに癒しちゃうからっ」 注意深く理央の顔色や表情を観察していたニニギアが清らかな存在へと祈りを捧げ、癒しの風で理央の奪われていく力を回復させる。更に援護でここにやって来ているランディや陣兵衛までもが獣へと血を提供する。次第に獣の身体からは剛毛が抜け落ち、鋭い牙も大人しい形へと変わっていく。同時にあれほど強い飢えた雰囲気はなりを潜め、人間っぽい表情へと変わっている。 「世の中は甘くない事、重々承知しておりますが……放っておけないです」 最後の手段であったのか、シエルは荘厳なる祈りの詠唱を終えると優しい癒しの風を人の姿をとりつつあるアザーバイトへと送り込んだ。微風が柔らかな髪を揺らすがすぐに黒い帽子に収まる。と、同時に身体を包む黒のスーツがハッキリと浮かび上がった。ハッとしたように拓真の首筋から離れ、口を汚した血をポケットチーフでぬぐい取る。 「最後の選択です、死ぬまで続けますか? それとも元の世界に帰りますか?」 アザーバイトの頬すれすれに桐の剣の切っ先がかすめて過ぎる。血色の瞳はごく静かで真剣だった。アザーバイトがゆっくりと目を開く。虹彩のない金色の目に理知の光が讃えられている。 「私を狂気から救ってくださった方々に向ける刃はありません。生きる事、帰る事……私の望みはそれ以外はありません」 「汐崎殿?」 アラストールの問いかけに沙希は無言でうなずく。アザーバイトの言葉に嘘偽りはないという事だろう。 「……終わったか」 「あ、しっかりしてください、新城さん」 気が抜けたのか、アザーバイトの目前で地面に倒れる拓真へと理央が癒しの符を使う。 「申し訳ありません。皆さんの強い気のこもった血は甘露で……私の様に血から活力を授かる物にはまさに美味なるもの。少々頂きすぎてしまった様です。本当に申し訳ありませんでした」 慇懃に、だがほんの少しの危うさを秘めながらアザーバイトは倒れた拓真を助け起こし、皆に丁寧に詫びを言った。 「褒め言葉……ですかね?」 桐は苦笑した。 ●別離 「皆、怪我したらこっちに来てね。治すからね!」 アリステアが皆の怪我を調べ片端から治癒してゆく間、シエルはアクセス・ファンタズムを用いてアザーバイトとの接触を報告していた。 「私の言葉がわかりますか?」 アラストールの問いかけに黒服のアザーバイトは金色の目を伏せうなずいた。 「貴殿は何を目的に此方へ来た? 話してくれさえすれば、協力出来るかもしれぬぞ」 問いかけは黒助はふと気が付いてハッとする。 「そういえば……貴殿の名前を聞いておらなんだ。わっちは隠の黒助じゃ」 黒助は自己紹介を交えつつ名と目的を尋ねる。 「貴方にこれ以上ここに居ていただくのはリスクが高い。敵対するのではないのなら、帰っていただけると穏便に済むの有り難いのです。ついでにこちらに来た目的か理由を話してくれたら達成感も味わえますけども?」 厳しい姿勢を崩さずに桐が言う。名と目的はアラストールも聞きたかった事なので僅かに身を乗り出す。 「名というのが全から個を識別するものであるのなら、私の世界にはありません」 感覚的には『あれ』と『それ』ぐらいの認識しかないのだとアザーバイトは言う。また、今回の界渡りは偶発的な物で目的といえる物もない。 「ボクの個人的な見解を言わせて貰うのなら、友好的な関係を築きたい。例え、貴方とはもう2度と会えないのだとしてもね」 「住む世界は違えども善き隣人でありたいものです」 理央と連絡の終わったシエル、そして桐をアザーバイトは興味深そうに見比べる。 「同じ種でありながら、見解がこうまで違うとは不思議なものですね。これでは感じ方が違いすぎて何を為すべきか決まらない様に思います」 うっすらと笑いながらアザーバイトは言った。彼の世界には意見の相違なるものは無かったのだろう。 「帰るつもり……あるんだよね?」 改めて不安そうに理央が尋ねる。 「大人しく帰るならばそれで良し。そうで無ければこの場で滅するでござる」 未だ殺気に消えない剣呑な様子のサシミは抜き身の剣の様にギラギラとした雰囲気のままだ。 「そういうの駄目! ね、わかるでしょう? あなたのいるべき場所は他にある……帰る道があるのよ」 ニニギアはサシミを押しのけアザーバイトの前に出ると強い口調で言う。 「わかりました。皆さんの言うとおりに私は帰ります」 アザーバイトは小さくうなずく。小さなどよめきがリベリスタ達の唇から漏れ聞こえる。 「勿論、その後リンクチャンネルはこちら側から断たせて貰う。縁があれば、また別の機会に出会うこともあるだろう。次はもっと違う形で出会いたいが、な」 拓真は念を押す様に言い添える。その言葉にも理解を示すアザーバイトの友好的な態度を報告すると、細かい交渉や帰還の日程などの詰めはアーク本部で行われる事となった。 「ごめんなさい」 「異界よりの客人よ。その実力の程たっぷりと堪能させてもろうたぞ」 去り際に沙希は読心を詫び、陣兵衛は満足そうに笑う。 「ああ、星がきれい。そしてはらぺこ! 帰りましょ」 ニニギアは微笑んでランディへと手を伸ばし翼を広げる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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