●鉄十字猟犬を掲げたもの アークとの抗争から時が流れ、『親衛隊』の残存兵力は息を潜めていた。 主要な兵力を失い、国外脱出のルートも細い。何よりもアークの追撃をかわすことができるほどの組織力は無かった。 暫定的に親衛隊の統括を行っていた。アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉は、最後の命令を下す。 「総員、好きにやりたまえ」 言葉と共に『親衛隊』の前に出したのは、運命を喪失させることで多大なる力を得ることができるアーティファクト。『エインヘリャル・ミリテーア』とよばれたそれを前に、彼らは決死の思いを胸に秘める。 運命を喪失してもなお軍靴を鳴らす彼らは、まさに亡霊の軍勢。 『親衛隊』最後の行進が、ここに始まる。 結局のところ、この戦いは起死回生の一打ではない。『親衛隊』の徒花を咲かすものだ。勝利の目はなく、潔さからは程遠い。 それでもヴィルマ・アスペルマイヤーは迷うことなく、自らの運命をアーティファクトに捧げた。運命の喪失は革醒者なら避けるべきことだ。事実、彼女はノーフェイスとなる。卓越した戦闘能力は確かに得たが、『渇望の書』を打ち崩したアークに勝てる戦闘力ではない。 「愚かだな」 拘束具で自由を封じられたリベリスタが糾弾するように呟く。先の戦いで捕虜となったアークのリベリスタだ。 「おとなしく投降すればアークも命までは奪うまい。これでお前の命を見逃すことは出来なくなった。 確かにシステム系アーティファクトの効果は高い。だがそれでアークに勝てるとでも思ったのか?」 「まさか」 「では何のために戦う? 戦友のためか?」 「まさか。軍服に袖を通した瞬間から、命は理想に捧げた。戦場で死ぬことを恐れる友はいない」 「軍の命令だからか?」 「それこそまさか。『親衛隊』は幻想に消えた。忠義を抱くべき相手はもういない」 「なら、何故?」 「信念のため。優れた血統が皆を導き、優れた世界を作るという理想のため。 始まりは確かにエーゼルシュタインの策謀だが、その理想に心引かれたのは事実」 「だがそれは――」 「例え、それが偽りだと証明されても。例え、万の銃を突きつけられても。例え、『箱舟』こそが世界を救うと証明されても。 私が信念を曲げる理由にはなりえない。私は理想を信じた。世界がそれを否定した。ただそれだけだ」 「……愚かだな」 繰り返された糾弾の声には諦念が含まれていた。アークが世界を護るためにノーフェイスの命を奪うように、彼女は世界を護るためにアーリア血統による支配を望むのだ。 例えそれが遥か遠い理想だと分かっていても、その銃を下ろすことは無い。命尽きるまで理想郷を求める。狂おしいほどに彼女は亡国の霊兵であった。 ●箱舟 「イチハチマルマル。ブリーフィングを開始します」 録音機にスイッチを入れて、資料を開く。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタたちの顔を見ながら、これから起こるであろう神秘の説明を始めた。 「『親衛隊』の残党が一斉蜂起しました」 その言葉にリベリスタたちはざわめいた。その反応は様々だが、ようやく決着がつけることができると拳を握るものが若干多い。 「彼女はアーティファクト効果により運命を喪失し、ノーフェイスとなっています。その結果、高い身体能力を得ています。フェーズ進行こそ浅いですが、その戦闘経験も加味して1ランク上の戦闘力を有していると見てもいいでしょう」 モニターに映し出されるのは、『親衛隊』の制服を着た一人の女性。軍刀を手に立つ姿に隙は見つからない。そこから少し離れた場所に、拘束具により行動を封じられている人がいる。アーク内でも見たことのあるリベリスタだ。 「彼らは先の三ッ池公園の戦いで『親衛隊』の捕虜となったものです。生命の危険はありませんが、戦闘に巻き込まれてしまえばその限りではありません」 「……人質か」 唸り声を上げるリベリスタ。人質に使用しやすい位置関係だ。 「捕虜を虐待した様子は見られませんが、戦闘が始まれば彼女がそうする可能性は否定できません」 「この『親衛隊』の性格次第か」 リベリスタは肩をすくめて思考を放棄する。今考えるべきはそこではない。 「アーティファクトに運命を捧げた、とかいったよな」 「はい。『親衛隊』が持つ最適化システム、それと絶対復讐システム。これらのオリジナルです。あまりにも危険性が高いため、実戦投入は控えていたようなのですが……」 「もはや後が無い、とばかりに封をといたということか」 リベリスタの推測に和泉が首肯する。窮鼠が猫をかんだというか、藪をつついて蛇を出したというか。 しかし無視していい相手ではない。ここで引導を渡さなくてはいけない。 「敵は単独です。ですがその技量は高く、身体能力も強化されています。油断せずに戦ってください」 和泉の声に送られるように、リベリスタたちはブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月18日(金)23:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「『エインヘリャル・ミリテーア(葬列を歩く戦士の群れ)』か。なるほど相応しい」 ヴィルマ・アスペルマイヤーはアーティファクトの効果を確認し、皮肉げに唇をゆがめた。 ● 「お久しぶりですヴィルマさん。貴女の理想を潰しに参りました」」 ノーフェイスとなったアスペルマイヤーを前に『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は静かに告げて破界器を構える。飛行の加護を皆に与え、独特のステップで相手を翻弄する。五つに分かれたうさぎの残像が、それぞれアスペルマイヤーを切り刻んだ。 「貴女がそうやって自分の『道』を通すなら、私に出来る事なんて……」 アスペルマイヤーはかなえたい『理想』がある。そのために『親衛隊』にはいり、そのためにノーフェイスとなった。その覚悟を前に、かけるべき言葉は無い。うさぎはノーフェイスを討つという自分の信念を乗せて倉庫の床を蹴った。 「何故、などと問うつもりはない」 赤く光る剣を手に『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)がアスペルマイヤーに迫る。軍神の加護をその身に降ろし、全身の筋肉を振り絞って剣を振り下ろした。何故ノーフェイスになったのか。その理由は明白だ。だから問うことはしない。 「オレはアークのリベリスタとして、親衛隊の残党にしてノーフェイスであるお前を全力で討つのみ!」 振り下ろした刀はノーフェイスの持つ軍刀に受け止められる。二度、三度と金属がぶつかり合い、にらみ合う。互いが視線に乗せるのは敵に対する殺意のみ。そして風斗の剣はアスペルマイヤーを吹き飛ばした。 「己の信念の為、『親衛隊』である為に、運命を捨ててまで」 『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)は羽根を広げ、体内のマナを活性化させる。心臓の鼓動にあわせるように、スピカの魔力が上昇する。蓄積された魔力が空気の奔流を生み、風がスピカの足元で舞う。 「見上げたものね、その心意気」 体内の魔力を練り上げるスピカ、赤、青、白、黒。四色の異なる魔力を、束ねて手のひらに集める。荒れ狂う四種の魔力は少しでも気を抜けば暴走する。これを為すのは魔力操作に秀でたマグメイガスのみ。その魔力弾をノーフェイスに向かって投げつけた。 「本当。どこまでも真っ直ぐだな」 黒兎の描かれた拳銃を手に『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)がアスペルマイヤーを見た。瞳に神秘の力を篭め、相手の動きを捕らえる。コンマ一秒の視認能力は、一秒が生死を分ける戦いでは強いアドバンテージとなる。 「お前みたいなのがトップなら、その理想も悪くなかったと思う」 銃を構え、杏樹はありえない未来を口にした。彼女が、あるいは彼女の理想を持つものがリーダーならば。無論衝突はあろうが、それでもその理想を持つものたちなら分かり合えただろう。だがそれは、ありえない未来なのだ。 「あなたがもし人質に手を一切ださずに自分の覚悟と力で戦うのであれば、私は貴方の誇りを忘れないでおきます」 両手の扇を広げながら『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が語りかける。扇に風を宿し、舞うように扇を振るう。闘気を乗せた風は刃となり、ノーフェイスを切り裂く武器となる。扇を払って戻しながら慧架は言葉を続けた。 「そして、私は命を捨ててまで戦う気持ちは理解しません。ですがその執念と気持ち、全部受け止めます」 慧架は接近せずに距離を開けながら、ノーフェイスと対峙していた。赤と青のオッドアイが元『親衛隊』の女性を見る。彼女を動かすのは自らの理想。優れた人間が世界を導こうという世界の救い方。 だが、それは。 「……無念だ」 血を吐くような声で『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)が言葉を吐いた。高い理想を持つ人間だと知っていた。方法や正義こそ違えど、弱者を救う強い女性だと知っていた。だからこそ、無念としかいえない。 「夢や理想があるならば、何故早計にこの様な手段を取ったのか」 ノーフェイスは世界の敵だ。如何に力を得るには好都合とはいえ、世界の敵になった存在が、世界を導けるはずがない。『黒の書』を開き、力を篭める。そこから放たれた糸がノーフェイスの肩を貫いた。 「貴女を理想ごと打ち砕く」 愛剣を手に『うっちゃり系の女』柳生・麗香(BNE004588)が宣言する。振りかぶった剣に風が宿る。刀身を中心に旋風を巻く風は、麗香の闘気を受けて突き出され、矢のようにノーフェイスを撃ち貫いた。 「世界を護るのはアーリアの血統じゃない。箱舟の力だ」 ノーフェイスの気を引くために、挑発的な言葉を重ねる麗香。過去に三度、バロックナイトを退けた実力は伊達ではない。その戦闘力と気骨を胸に麗香は世界を護ると豪語する。そのためにも、ノーフェイスは滅ぼさなければならない。 「……とうとうここまで来ましたか……」 理想のために運命を捨てる。『甘くて苦い毒林檎』エレーナ・エドラー・シュシュニック(BNE000654)はかつて戦ったことのある『親衛隊』を静かに見た。第二次世界大戦の思想を受け継ぐ猟犬たち。そのなれの果て。 「永遠に帰りなさい、本来いるべき過去の業火の中へ」 体内でマナを循環させながらエレーナは呟く。彼女の思想は過去のものだ。例えそれがどれだけ崇高でも、それを理解するつもりはないと頭を振った。放たれた糸がノーフェイスに絡まり、そのバランスを奪う。 「鍵はここだ」 アスペルマイヤーは軍服の胸ポケットを拳でたたく。戦闘中に奪うには難しい。後ろの捕虜を救いたけば倒して奪え、という意思表示。 「来るがいいアーク。もはや『親衛隊』は無い。『渇望の書』も無い。バロックナイトも関係ない。 ヴィルマ・アスペルマイヤーの理想を掲げ、箱舟に挑もう」 ● アスペルマイヤーの軍刀が振るわれ、手にした拳銃が弾丸を放つ。時折虚空から閃光弾が生まれたかと思えば、影から火炎放射器が火を噴いた。 「どれだけ仕込んでるんだ、あのノーフェイスは」 「でもその火力を人質のほうに銃を向けるつもりは無いようですね」 ノーフェイスの攻撃は拘束しているリベリスタには向くことは無い。その気になれば人質を一人ずつ殺せる強さを持っているのに、それをしようとはしない。 それが分かれば、リベリスタの懸念は一つ消える。ノーフェイスの戦いだけに意識を向ける。 「――初めから、人質に手を出すつもりは無かったのでしょう」 アスペルマイヤーと切り結びながらうさぎが問いかける。至近距離で刃を交えながら、深手を負えば後ろに下がる。遠近スイッチしながら幻惑するようにうさぎは破界器を振るう。戦闘開始からアスペルマイヤーの攻撃に晒されているため、傷の数は多い。 「アークを誘うため。アークと戦うために人質を持ってきた。貴女の道を貫くために」 うさぎの言葉にノーフェイスは答えない。返答の代わりとばかりに軍刀を振るい、運命を削るほどの深手を負わせる。その行動、その返答。全てがヴィルマ・アスペルマイヤーらしい。誇りが地に堕ちても、なお。 「あんたの理想がどれだけ高潔か。それが俺たちと比べてどっちが正しいかは分からない」 風斗が『デュランダル』を強く握り締める。赤く光る剣に風が集う。不可視の風の刃は相手も避けずらいのか、五回に二度には深手を当てることができた。もっともその傷はノーフェイスの能力ですぐに塞がるのだが。 「だがあんた達がやろうとしたことは、多くの人を不幸にすることだ。それを許すわけにはいかない!」 『親衛隊』の行動の果てには、世界を巻き込む大戦争があった。身近な人が傷つき倒れる光景。それだけは許すわけにはいかない。風斗の持つ剣は揺れることなく、ただ真っ直ぐに振るわれる。 「その足頂き……あ」 エレーナは位置を放ちアスペルマイヤーの動きを拘束しようとするが、アスペルマイヤーは受身を取ってすぐに体制を取り直す。『万華鏡』でも伝えられていたノーフェイスの能力。動きを拘束するだけの技では、火力足りえない。反撃の銃弾が、エレーナの運命を奪う。 「いけないわ。本来いるべき過去の業火に帰りなさい」 『SIG スナイパーライフルカスタム「Schwarz regen」』を構え、狙いを研ぎ澄ます。高速で展開する計算と思考がノーフェイスの動きを捕らえ、最も打撃を与える可能性の高い瞬間を狙って、弾丸が放たれた。その衝撃に肩を抑えるノーフェイス。 「さぁ、戦いますか」 傷つき下がったうさぎの代わりに慧架が前に出る。自分と相手の攻撃圏を意識し、心の中で具象化する。独特の歩法で相手の虚を突き、相手の攻撃圏ギリギリのところで待機し、隙を見て慧架は攻める。地を縮める格闘法。 「炎の演舞、避けられるかしら」 両手に持つ扇に炎が生まれる。舞うように振るわれる扇の軌跡上に炎が走り、熱波が体力を奪っていく。武は舞、そして舞は武。美しさと鮮烈さをかなえ備えた炎の舞が、ノーフェイスの体力を奪っていく。 「世界が君の理想を否定したんじゃあない」 雷慈慟は『黒の書』を開き、鋭い糸を放ちノーフェイスを傷つけていく。崩界を防ぐために倒さねばならない相手。元『親衛隊』の残党。攻撃の手を緩めるつもりは無い。だが、告げなければいけない言葉があった。 「君が君の生きる世界を信じられなかった。君が君自身を否定した……残念だ」 力を求めて人としての意味を失う。そんな理想に意味はないと雷慈慟は説く。その言葉を受けても、アスペルマイヤーの戦意は揺るがない。そんなことは分かっているのだ、とばかりに。 「……人を導き救いたいと思う気持ち、か」 杏樹は『魔銃バーニー』を手に、アスペルマイヤーを見た。優れた人種が人と世界を守り導くというアスペルマイヤーの道と、さまよう子に手を差し伸べようとする杏樹の道。運命が違わなければ、肩を並べて歩けたかもしれない。 「手段を間違えた馬鹿野郎には、拳骨だな」 そしてその気持ちが強いがゆえに、アスペルマイヤーは運命を手放し、力を得る。どこまでも真っ直ぐで、どこまでも曲がることなく……それゆえに手段を間違えたノーフェイス。もはや、和解の道は無い。杏樹は引き金を引き、鉄槌を叩き込む。 「拳骨程度では済まさぬがな」 剣を構えた麗香が風の刃を放つ。『親衛隊』の残党を見逃すわけには行かない。この日本を、ひいては世界を護るのは箱舟なのだ。その為には禍根は絶たねばならない。オッドアイに神秘の力を篭めて、隙を突いて相手を探ろうと―― 「――!」 殺気と共に向けられるノーフェイスの視線。猟犬は背中越しでもその動きを捕らえる。隙を突いて相手を探ることなどできるものではない。隙を突くような行動があればまた別だが、ただ待つだけで隙を見せてくれるような相手ではないのだ。已む無く麗香は近くにいるスピカにサインを出す。 「貴女の信念、存分に見せてくださいな」 スピカはサインを見てから頷き、魔力の方向性を変えて攻撃から癒しの術を行使する。ノーフェイスの火力が予想以上に高く、想定していたラインに達したのだ。ヴァイオリンを手に、銃声響き渡る戦場の騒音の中で弦を引く。 「最後まで『貴女』であるように。……この目に焼き付けるわ」 『ドルチェ・ファンタズマ』を奏でながら、スピカはノーフェイスから目を離さなかった。それは相手をスキャンする目的もあるが、その戦いを忘れまいとする意思もある。最後まで目を逸らさず、見続けた。 もっともスキャンした分、回復の手番が一手遅れる。その遅れが、少しずつリベリスタに押し寄せてくる。 「まさかわたこと合唱するとわね……でも今はこれが必要なのでしょう」 「大丈夫、エレーナ……わたしが手綱を取るわ。この旋律に、貴女の声を乗せて完成させて」 エレーナとスピカが同時に癒しの歌を歌い、リベリスタの傷を癒していく。 「ならば歌い上げましょう、進む者に勇気を、立ちはだかる亡霊に滅びを告げる歌を!」 「戦場の靴音を掻き消し、戦士に力を与える凱歌を!」 回復の二重奏。しかしそれ以上の暴力により、血の匂いが少しずつ濃くなっていく。 スピカとエレーナ以外のリベリスタが前衛を交代しながらノーフェイスと交戦しているため、皆が等しく体力を削られていく。杏樹、慧架、麗香が運命を燃やすこととなった。 そして戦場のバランスが崩れたのは、 「ガス欠だ!」 風斗がそう叫び後ろに下がった瞬間だ。 ここに戦局を大きく揺るがす二つのミスが存在していた。 ● 「ガス欠だ!」 叫ぶと同時に風斗は後ろに下がる。言葉通りに受け取れば技の乱用で力が尽きたという意味だろうが、風斗の瞳は死んでない。一撃必殺を狙う戦士の目だ。 同時に慧架も攻撃の手を止め集中し、リベリスタの行動が明らかに何かを意識したようにワンテンポ遅れたようになる。一気に大ダメージを与え、体力低下時に発動する起死回生の能力を使わせない作戦だ。 だが、それはあまりにも露骨過ぎた。目の前で戦意を抑えて敵に集中することなどできるはずがない。相手を騙す手段が少なすぎた。これが一つ目のミス。そして、 「見え見えだぞ、アーク」 ノーフェイスの銃口は風斗と慧架に向く。攻撃の要は間違いなくこの二人からになる。ならば攻撃される前に潰せばすむだけの話だ。勝利を求めるなら、それだけで決着がつく。彼女が『親衛隊』で、勝てと命令されていたのなら迷うことなくそうしていた。 「そのお前たちを真正面から乗り越えて、私は優良を名乗ろう。運命を喪失し、誇りも堕ち、それでもなお、アーリア人種が優良であることを示そう。 来るがいい、箱舟の戦士。その力、その頭脳、その運命。全てを凌駕しよう!」 ――二つ目のミスは、このノーフェイスがヴィルマ・アスペルマイヤーであったこと。その心がノーフェイス化で歪まなかったこと。彼女の理想が、確実な勝利を選ばなかった。リベリスタの攻撃を真っ向から受けるように、銃口を向けたままの構えで彼女も集中する。 「ああ、畜生。貴女はどうしようもなく貴女らしいのですね」 うさぎが破界器を握り締めて、そんなことを呟く。 「眠れ、過去の亡霊。オレたちは、この選択を持って未来に進む!」 「この零式羅刹、使うのは貴女が初めてです。受け取ってください!」 風斗と慧架が十分に気合を篭めて互いの破界器を振るう。風斗は自らの体力の限界を超えた一撃を。慧架は尽きることなき武の舞を。 ノーフェイスの銃声が響く。弾丸と剣と扇が交差し―― ● 「以前、私ではお前は倒せないと言われたけど、今でも同じだろうな」 杏樹がアスペルマイヤーに向かって語りかける。満身創痍の杏樹だが、それでも足元に倒れるノーフェイスよりはましだった。 あの後、風斗はアスペルマイヤーの弾丸を受けて運命を燃やし、慧架はそのまま倒れ伏す。 銃剣を手にしたノーフェイスは、確かに難敵ではあったがダメージを受けすぎていた。猛威を振るうもリベリスタの誰も倒すこともできずに、力尽きる。 臨終の言葉は無かった。最後まで戦い、そして崩れ落ちた。 「一人じゃ何も出来ないから、仲間といる。……これが箱舟の力だ」 たった一人の優良種が導くのではなく、皆で肩を並べて道を進む。そんな強さだ。杏樹は胸元で聖印を切り、ノーフェイスの瞳を閉じてやった。 「貴女の理想は、私達が暴力で終わらせました。……つまり、貴女の理想は何にも汚される事がなかった」 「えぇ、忘れないわ。貴女の心に確かにあった誇り。貴女として、猟犬として、最期まで生きた事」 うさぎとスピカが瞑目し、ノーフェイスの持つ銃剣を胸に抱かせる。最後まで戦い抜いた相棒と一緒に弔おう。 「……あんたは馬鹿だ。馬鹿で、不器用だ」 風斗が破界器を幻想纏いに直しながら静かに呟いた。最後まで信念を曲げずに貫いた過去の亡霊。世界のためにと尽力した猟犬。その生き様は尊敬できる。 「運命を失って……そうやって力を得て、あなたは何を目指したのか」 雷慈慟は口惜しげに顔を下げる。運命を失ってまで力を得たのは、人の身では不可能と判断したからなのだろう。理想が叶うと分かれば、世界のために身を滅ぼすつもりだったのだろうか。 (彼女が彼女自身の『理想』に押し潰されたか……詮無きことだ) 頭を振って思考を止める雷慈慟。時計の針は戻らない。ノーフェイスは討たなければならないのだ。そうなった要因を思うことに、もはや意味はない。 ノーフェイスの胸元から鍵を取り出し、捕虜の拘束を解いていく。自由になった捕虜達を連れて、リベリスタたちは撤退の準備を始めた。 世界に認められない存在が塵となって消え始める。 誰もが言葉無く、その様子を見ていた。 ここに『親衛隊』の一人が潰える。堕ちた誇りを掲げ、箱舟に挑んだ猟犬。 最後の最後まで自我を失わず、そして最後の最後まで理想を信じたノーフェイス。 それが原因で倒れたが、それでも彼女の顔に後悔はなかった。 例え誇りが地に堕つとも、ここで戦ったのは世界を良くしようと奮闘した一人の人間だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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