●死者逝く先 八十年連れ添った姉は、哀れな老婆に過ぎなかった。 信じた理想は地に落ち、潰えてしまった。 親衛隊はアークの前に敗退し、リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターの野望は泡沫の夢と消えた。 数多くの戦場を勝ち続け、ただひたすらに進撃を続けるはずだった。 なのに、オティーリエ・アーデライン上等兵に許された出撃は唯の七回こっきりであった。 「脆弱なお姉様」 少女は。少女の皮を被った老婆は笑う。 遠い過去。異能を買われた少女が親衛隊の一員となり、テレジアの妹分として銃を握ったのは、その内のただ四回だけ。 僅かな間に総統は死んだ。親衛隊長官は死んだ。国は消えた。 ただただ過去に生きるロマンティシズムの塊達の中で、オティーリエは銃を剣に持ち替え、歴史の闇の中で飽くなき闘争を繰り返してきた。 それでも彼女は幸せだった。否、その時こそが幸せだったのだ。 「歪んだお顔も、なくなったお手々も、今のお心もおんなじね」 戦場で流した血も、汗も、涙も。病弱な母と酒乱の父が死に、劣等が焼いたパンを盗み、ベルリンの片隅で震えた夜に比べれば、どうということは無かった。 そこには誇りがあった。高揚があった。いつしか闘争は彼女の人生そのものになっていた。 少女達は大きく分けて二度負けた。 一度はベルリンで。二度目は日本で。 客観的には、それは闘争の全てに敗北している事になる。 しかし彼女はそのようには考えない。彼女の人生の中で、大小全ての闘争を合わせれば二百七十九になる。その中で彼女が負けたのはただの四回に過ぎないのだ。 少なくともオティーリエはそう思っている。戦争ではなく、戦闘という単位で物事を計るのでなければ、彼女等の戦果は圧倒的な筈だった。 貧者として育ったオティーリエには難しいことが良く分からない。彼女は数を数えることが出来る。ドイツ語が話せる。読めるかどうかは怪しい。日本語、英語、ロシア語の会話はどうにか身につけることが出来た。そんなものだ。 だからオティーリエにとっての戦争とは、銃や剣を握り締め、眼前の相手を殺すというだけの事なのだ。 負けたなら勝てばいい。二百七十九も戦い、ただの四回負けたからなんだと言うのか。そんなものは誤差に過ぎないではないか。現に彼女は、今、生きている。その闘争心は潰えていない。 なのに―― 「そんな風体で劣等をぶっ殺せると思ってるの?」 この度の敗北の後、血の繋がらぬ彼女の姉テレジアの狂乱ぶりは、オティーリエの熱を冷まさせるのに十分過ぎたと言える。 いっそ斬ってしまおうとも思った。 そもそも。同じく貧民街に育ち、幼少期には豆の葉や根まで馳走にした仲であったとしても、テレジアが抱えるコンプレックスにはうんざりするばかりだったのだ。 同じ親衛隊であった正真正銘の名家オルドヌングに対する奇妙な対抗心には、幾度イライラとさせられたろう。 オルドヌング家の連中はみんな死んだ。生き残ったのはテレジアの筈だ。 それは一つの勝利ではないのか。 「そんな弱っちいお姉様なんて要らない。勝手に野垂れ死ねばいいのよ」 敗残者など。惨めで哀れな敗北主義者等、斬り捨てる価値もない。 テレジアなぞ最早。否、もともと。彼女の姉でもなんでもなかったのだ。 ただ一振りの大剣だけが彼女の友だった。 親衛隊長官から直々に下賜された、大切な大切な剣である。 数多の戦場を渡り歩き、数多の血を啜りあった、大切な大切な剣である。 ただそれだけがあればいいと、オティーリエはテレジアを捨てた。 車道をまっすぐに歩く彼女の前に、軽自動車が急停止する。 けたたましいクラクションと運転手のどなりつける声が煩わしいから、オティーリエは無造作に斬り払う。 寸断された車は、数秒後に爆発炎上した。 それにしても良い力を手に入れたものだ。 こんなものがあるならば、もっと早く言って欲しかった。 『総員、好きにやりたまえ』 新たな指令には身震いすら覚えた。それこそ彼女が待ちに待ち、望んでいた号令そのものであったのだから。 十二分な手ごたえと共に、再び彼女は歩き出す。 向かう先は敵の本陣だ。 仕事は容易い。 なに。あと数千人ほど斬るだけだ。 ●生者至る先 「ノーフェイスを退治して下さい」 リベリスタ達がアークのブリーフィングルームで告げられた内容は至極シンプルなものだ。 僅かに眉を曇らせた『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は、敵が埼玉県から遥々静岡まで歩いてこようとしていると言う。 敵はただの一人。戦闘方のエリューションである以上、油断は出来ないであろうが、かの魔神達との戦闘と比較すれば厳しすぎる戦いではない筈だ。 問題は三つある。 一つは、相手が強力なフィクサードであったと言う点。 もう一つは―― 「相手は親衛隊の残党なんだな」 「はい」 親衛隊――『厳かな歪夜十三使徒』その第八位との激戦は記憶に新しい。 一ヶ月と少し前、アークに破れた彼等だが、その残党が生き残っているという認識は、リベリスタ、アーク本部共にあった。 故に調査を進めていた結果がこれである。 「親衛隊の残党は、ほぼ同時に動き出しているようです」 「あのケツ顎野郎――」 恐らく、なりを潜めていた『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフの差し金なのだろう。 「あの剣は本物なの?」 「残念ながら」 その可能性は薄いとエスターテは言った。おそらく研究機関アーネンエルベの神秘部門によるレプリカ品だと言う話だ。親衛隊独自の改造を施されていた場合、やはり奪取は難しいのだろう。 それから最後の一つ。 「周りに居る、これはなんだ?」 彼女の周囲には、破壊された電柱、スクラップになった車。犠牲者の死体。巻き込まれた野良猫の屍骸。その他もろもろの異形が大名行列のように付き従っている。 「増殖性革醒現象です……」 その影響は、かなり強いようだ。フェーズ進行も早いのかもしれない。 「少なくとも交戦中のフェーズ進行は有り得ないのですが」 裏を返せば取りこぼすと大変な事になるのだろう。 「ボスはノーフェイスなんだよな?」 素朴な疑問は当然の事。以前アークが戦った相手は『運命に愛されたお強い歴戦のフィクサード様』だった筈なのだ。 リベリスタの疑問に、エスターテはプレゼンソフトのページをそっと捲る。 「運命の加護と引き換えに、強大な力を得るというアーティファクトの影響を受けています」 スクリーンに表示されたのは、この状況を生み出した経緯、そして詳細な戦闘データだ。 「なるほどね」 親衛隊に所属していたオティーリエ・アーデライン上等兵は、もともと戦闘狂であった。 交戦したアークのリベリスタにつけられたあだ名は『斬り裂き女』である。 親衛隊としての行動規範そのものよりも戦闘自体に価値を置く彼女は、既に人として『逸脱』しかけていたのだろう。そんな彼女がアークに破れた後、その生涯の価値観を否定――完全に破壊した事により逸脱者となったのだと言う。 その後、アークに一矢報いようとするアルトマイヤーが今も所持しているとされる禁断のアーティファクト『エインヘリャル・ミリテーア』により、ノーフェイスとなったのだ。 戦闘狂が理性すら破壊されつつあるということである。 そのアーティファクトは強大な力と引き換えに、運命の寵愛を失う代物だと言う。 「あまりの危険性に、使用されていなかったのでしょう」 親衛隊はアークとの『戦争』に勝つつもりだったのだ。ならば確かにそんなものは使えない。かつての彼等には未来の展望があったのだから。 自暴自棄、破れかぶれになった今だからこそ、そんな真似が出来るのだ。 とはいえ厄介な話ではある。 「まあ。どうとでもしてやんよ」 「よろしくお願いします……」 静謐を湛える瞳をスクリーンにじっと注ぐ桃色の髪の少女に、リベリスタはあえて気安く声掛けた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月15日(火)00:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● フィナーレ。一つの戦いの終わり。 六十余年もの間、歴史の闇に蠢いた戦争屋達はつい二ヶ月程前、アークのリベリスタに破れた。 拳を打ち合わせ駆け出す『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が見据えるのは、その残滓――親衛隊の残党である。 むだじゃない殺しがあるかは知らないけど―― 夜の空気を切り裂くような無頼の瞳が、敗残兵の一人である少女と、それを取り巻く有象無象の怪異達を射抜く。 親衛隊の生き残りである『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフは敗残の徒を集め、アークに一矢報いようと兵を進めた。彼等は力を得る為に運命の加護を捨て、正真正銘の勝ち目のない戦いへと進撃を続けている。 アンタの殺しは今、きっとむだだ。 彼女等の眼前に立つ親衛隊兵長がノーフェイス『斬り裂き女』となった今。理想はなく。その行為は何ら問題解決にも至らない。己が個人の満足すら得られる事すらもない。 そんな戦いを挑まんとする斬り裂き女を前に、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は心中の憤りを短銃のグリップに篭める。 こんな手合いこそ、彼女が憎んで戦う敵なのだ。 有象無象のエリューション達はたった今、四体が『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)の双刃に斬り捨てられ、残る全てが涼子へ向けて殺到を始めている。ノーフェイスと呼応するように、増殖性革醒現象によって発生した怪物達だ。 脆弱極まりない怪物達だが、数が揃えば足は止まり進軍の邪魔にはなる。そんな中でただ一人強力なノーフェイスに、思いのまま動かれたのではたまらない。 その合間を縫うように駆ける猛は白銀の篭手を引き絞る。それを可能にしたのは涼子の挑発だったのだ。 いかに脆弱と言えど、雑魚の相手を涼子に全て負わせる訳にはいかない。大事になる前に数を減らすべきだ。 引き絞られたカムロミの弓から放たれる異界の爆炎は殺到しつつあるノーフェイス諸共、転がる石、引きちぎられた電線、車の残骸を焼き尽くす。 なにも斯様、地獄のような光景を望んだ訳ではない。されどいかほどの効果が望めるかは分からないが、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は瞳を細める。革醒しそうなオブジェクトはもののついでに排除しておいたほうがいいのではないか。 「親衛隊……相手にとって不足はねぇぜ――!」 首を捻り不可解な笑みを漏らすノーフェイスは大剣を腰溜めに構えるが、猛は僅かに速く。 「──受けろ、零式羅刹……!」 相手が剣なら、こっちは拳と蹴りの応酬だ。 猛は斬り裂き女の懐から腹部へ拳を強かに叩き込む。刹那、身体をくの字に折ったノーフェイスの剣を篭手でいなし、肘を、拳を、蹴りを。次々と叩き込む。 神速の連撃。無双の武闘は重く、大振りの剣より速く正確だ。 側頭に強烈な蹴撃を浴び、アスファルトを抉りながら転げるノーフェイスへ向けて『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は一気に飛び込む。 親衛隊の最後―― 己がノーフェイスとなってでも成し遂げたい何かがあったのか。 それとも自暴自棄の結果なのか。 禁断のアーティファクトを用いて運命の加護と引き換えに強大な力を得たという彼女等の真意は、彼には分からない。けれど。 『どちらにせよ、親衛隊の好きにさせる訳には行かないだろ?』 だから全力で止めてやる。 「行くぜ――?」 五重の残像と共に繰り出される酷薄の双刃は、片腕だけで身体を跳ね上げリベリスタへ襲い掛かろうとする斬り裂き女をズタズタに引き裂く。 並のフィクサードであればこれで終わりなのだろう。だが眼前の相手が動き一つ鈍らせることなく立ち続ける理由は何か。 彼女は既に人ではない。運命の寵愛を得た者とそうでないものを分けるのは、人か化け物かということだ。 そういった意味では、強力無比なフィクサードより性質が悪いとも言える。 再び大剣を振り上げるノーフェイスに、涼は間髪入れずに更なる追撃を撃ち込んだ。 「そういうの。あなたも、出来るの?」 微笑む。敵は強力無比な斬撃を一身に浴び、血を流しながらも表情を崩さぬ。 舌打ち。突如眼前から掻き消えたノーフェイスの刃が、天空から降り注ぐ。辛うじて痛打を避けた涼だが、刹那、更なる白刃の乱撃が叩き込まれる。涼を襲った連撃は速さや技術ではない。死に逝く定めの怪物にだけ赦された異能なのだろう。 立て続けに涼と猛を襲う毒の嵐、剣刃の嵐は、連撃を浴びたノーフェイス同様にリベリスタ達の体力を大きく削り落とす。 「御機嫌よう」 剣嵐を抜け、一人の少女――『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)の黒い猫耳が震える。 糸は君と繋がったのかな。 愛しげに。されどどこか鋭さを孕んだ不思議な声音で。 「あなたあの時の――」 返す言葉は途切れ、ただ視線だけが絡み合う。 オレの運命の人よこんにちは。 切り裂き女……いいや。オティーリエ。 君に会えて嬉しいよ。 君を――殺しに来たんだ。 ● 裂帛の気合と共に薄紫の刃がノーフェイスを切り裂く。 「やれやれですな」 親衛隊がアークに敗れてから、剣を置く機会がなかった訳ではない。 それでも闘争を止めなかった理由は何なのか。 それも『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)はククと笑う。ノーフェイスとなり未来を失ってまで、一体何がしたかったのだろうか。 意地か。惰性か。それとも―― 「破壊を撒き散らすだけの迷惑者は懲らしめませんとな」 考えても詮無き事。だから九十九は今日も飄々と銃を構える。先の紫月の一撃を逃れることが出来た相手は少ない。 九十九が放つ銃弾の嵐は戦場を隈なく覆い、これで残す所あと四体。 そんな相手が涼子に牙を向けど、いなし、かわし。ただの一撃のかすり傷ならば問題などあろう筈もないのだ。 ここまでリベリスタが敵陣営に与えた損害は甚大だ。 死体のように。仰向けに横たわるオティーリエは、未だ生きている。 ノーフェイスか。 ルアの脳裏に去来する一つの思い出。 その忌々しい単語は彼女の記憶の奥底に眠るトラウマである。 かつて己がそう呼ばれていた事は、平穏な日常を過ごしても拭いきれぬトゲであったのだ。 ブリーフィングルームで親友と目が合った。 ルア達を送り出す彼女の不安げな視線に、大丈夫と微笑みを返したけれど。 戦場へと一歩踏み出す度に大きくなるトゲ。 オティーリエ・アーデラインはフェイトを失うの怖くなかったのだろうか。 『私は――怖いよ』 あの時、何も分からず、何も知らず、ただ震えていたばかりのルアだったが。 彼女を護る為に戦った双子の弟は、まだ年端も往かぬ少年はもっと怖かったのだろう。 戦場に足を運ぶたびに、経験という名の楔が少女の足を縫いとめ、胸を抉り続けている。 運命の寵愛を受けリベリスタとなったルアが散らせた命。 傷付けることすら出来ず、雨の廃墟で朽ちた少年の瞳。 はんぐれフィクサードの犠牲となった哀れな少女の亡骸。 幾重にも刻まれた記憶が、その手を、手に握られた刃を震わせる。 けれど。 だからこそ。 私は――ルアは彼女を倒さねばならない。 両手に握り締めた二振りの刃が真空の刃を刻み込む。 背負った罪は拭えないから―― 皆を護るために。 これからも走らなくちゃだめだから―――― その一撃は斬り裂き女の動きを慮実に鈍らせた。 では被った損害は―― 「貴方達の戦いは、もう終わったんじゃないの?」 柔和な、けれど芯の強い少女が抱く素朴な疑問は当然の事。 傷つきながらも満面の笑みで剣を振るう斬り裂き女オティーリエの行為は、既に軍人としてのそれではなく、ただ好き勝手に力を振るっているに過ぎないのだろう。 それは―― 戦いなんかじゃない。 「――ただの暴力だよ!」 パープルフローライトの瞳を純白に彩る煌きは決然たる否定。 戦場に立つリベリスタへ翼を与えた『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は、次なる一手でリベリスタを癒す。戦場に満ちた光は深く傷ついた猛と涼の闘志を一気に燃え上がらせた。 ほぼ同じ事、ゆらいだ大気に一対の瞳が出現する。 尻尾のような身体に刃のような腕は透け、それが変性した空気である事を告げている。 かまいたちとでも呼べばいいのだろうか。大気の凝りに浮かんだ冗談のような目がリベリスタをにらんでいる。 紫月が僅かに嘆息した。しかし苦い結果とならないのは、それがモノのついでであったからだろう。 そうなるかもしれない事を、聡い彼女は織り込み済みだった。 早くも残す所あと五体となった取り巻きのエリューションのうち四体を、涼子は僅か一瞬でなぎ払う。ここまで来れば最早足を止められる事も無い筈だ。残りの一体も紫月の異界魔術によって瞬く間の内に葬り去られる。 取り巻きは斬り裂き女を倒すまで増え続けるとは言え、リベリスタ達の処理能力は敵の増殖速度よりも圧倒的に勝っていることが明白だ。 「無理はするなよ」 爆発的な闘気を張り巡らせた猛は斬り裂き女を気配諸共大地に叩き付ける。 「ああ!」 猛はあえて、一線を涼に譲り、退く。 圧倒的な攻撃能力が予測されていた斬り裂き女に対して、リベリスタ達が選んだ戦術は的確極まるものだった。 斬り裂き女が放つ瘴気がリベリスタ達の体力を削り、続く剣嵐がルア、涼、五月を切り裂くが、この手順において猛が傷つくことはない。これがリベリスタ達の選択だ。 こうして順繰りにアリステアの癒しを受けることが出来れば、攻撃の手を休めることなく体力を温存出来る筈なのだから。 だが、涼とてある種の生け贄で終わるつもりは毛頭ない。 「っと」 オティーリエが立て続けに繰り出す刃の波動は涼に集中したが、二度はかすり傷にとどめながら、三撃目を奇跡的に避けきることが出来た。その膝は未だ折れていない。 無理ばかりしていても仕方が無い。この手順、涼は切り裂き女に痛打を加えながらも、敵の攻撃に備える事に成功していた。 ● それから戦いは膠着の様相を示し始める。 リベリスタ達は交互に敵の正面を塞ぎながら、傷づいたものは退き、アリステアの癒しを受けながら攻撃を続ける。「貴女、イタリア人?」 それとも。もう少し南の人なの? オティーリエの蝕む毒と連撃の前にルア、猛が一度は膝を折るが、敵の能力を鑑みた場合にある種の事故を封じきれぬのであれば、これも想定を逸脱していないと言えた。 適宜に敵の動きを止め続ける真空の刃、異界の氷結魔術は、斬り裂き女の特性により即座に打ち破られてしまう。 しかしリベリスタ達の狙いはそこにはない。 いかに斬り裂き女の特性が、縛り付ける技を掻い潜らせようとも、敵の攻撃手が減ることに違いはないのだ。 それゆえに厄介なルアと紫月は狙われやすいポジションとなるが、今のところどうにかその状態を維持し続けることが出来ていた。 「くっくっく、そうそう好き勝手に暴れさせはしませんぞ?」 九十九の銃弾が少女の額を打ち抜く。真後ろに赤と薄桃、カスタードを混ぜた脳漿が花開く 「特に意味がないことは分かっているんですがな」 相手がフィクサード――人間であれば確実に死んでいるであろう一撃を繰り出した九十九は、そっと一人ごちた。 「……彼女が人を捨てた事が腹立たしかったんですかなー」 こうして状況の固定化をより確固なものとしているのは、九十九による呪いの弾丸であった。 行動不能状態の強制的な解除も、さらにその束縛を強固にすれば意味は倍増するのだ。 一手。また一手。戦いは続いている。 オティーリエの連撃に五月、涼も運命を従えた。 「私――怒っているの」 アリステアは清廉な決意と共に機械仕掛けの神意を願う。 其れは絶対の強制力を以って悲劇を収束させる――神の歯車。 彼女等がこれまで闘っていた相手。 デルフト・ブルーの夜空に散ったオルドヌングの兵達も。 幾星霜の年月を仲間と共に闘い続けた『鉄十字猟犬』リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターも。 おそらく眼前の斬り裂きとて、かつては理想を持ち、それがそれが世界と相容れぬとしても叶えたいものがあったのだろう。 だが今の彼等は。ノーフェイスと化した眼前の斬り裂き女は、ただヤケを起こしているだけではないのか。 自分勝手な都合で誰かを傷つけ、殺し、奪う。そんなものは嫌だ。 何が切欠だったのかは最早分からない。長い年月が彼等をそうしてしまったのか、かの書物――願望機によってそうなってしまったのか、それとも、完膚なきまでに負けたからなのか。 もうこれ以上は赦されないだろう。あえて想う。彼女等の為にも、こんな戦いは終わらせるのだと。 戦場に顕現する光はアリステアの絶大な魔力に裏打ちされた力。錯綜し、縺れた糸を寸断するように、絶対的な収束を齎す神の光だ。 これ以上仲間を倒させることを許すつもりはないのだ。 「負けたら勝てば良い。その通りではありますな」 彼等もそれに倣い、彼女等親衛隊を打ち破ったのだ。 けれど―― 「今の貴女の、それは違います」 自爆特攻等、闘争でもなんでもない。 そこに勝利などというものは無いのだ。 それでも彼女の心の内に、ほんの少しでも人間であった頃の残滓が残っているならば。 それが垣間見える内に倒したいものだが―― 「いよいよか」 頭の後ろ半分を失ったオティーリエの身体が、その輪郭が虹色に煌きはじめる。 親衛隊が保持していたとされるシステム系アーティファクト、その始祖たるエインヘリャル・ミリテーアが誇る重要な能力の一つが、その姿を現そうとしていた。 「女の恨みは怖いというが――」 君の恨み妬みも怖いのだろうか。 教えてはくれないか? 攻撃の手を休める訳にはいかない。斬り付ける五月の手ごたえは、しかしやや浅かったろうか。 彼女の高い技量が通用していない訳ではないが、相手の動きは先ほどまでとは明らかに変わっている。 だが怖気ずく者など一人も居はしない。 こうすれば傷つく人も減る筈だから。 ――戦場に立つ彼女の大切な人も、きっと無事だから。 アリステアがあえて放ったフライダークの風切り羽がオティーリエに突き刺さる。 決意を篭めたのも一人ではない。 いかに闘う力を万全に支えられていたとしても、体力にも魔力にも限りがある以上、相手の攻撃を立て続けに浴びてしまえば事故もある。 真空の刃が斬り裂き女に突き刺さる。 ならば信じる仲間の為、その運命をすり減らしてでも事故の可能性を減らすのがルアの役目だ。 絶対に負けたりしない。 「自分で――」 消耗品になることを選んだあなたなんかに!! 猛も拳を、蹴りを、全身全霊を以って敵に打撃を与え続けている。 こうなれば倒れるまで攻勢を緩める心算はない。 「ねえ。これからあなたを、斬るのよ」 いつの間にか片目を零したオティーリエが顔を上げる。 「今更ながら名乗るぜ、葛木猛だ」 「タケル、タケル、タケル――」 「地獄に行っても忘れるんじゃねえぜ?」 振り上げた拳に、ノーフェイスの身体が宙を舞う。 「代われ――」 浅くは無い傷だが、その無頼を通す捨て身の生き様とて、世界に拗ねている訳でもない。 涼子は敵の眼前に飛び込む。 「……必殺の技がないってのは運がいい」 あとは勝負だ。 グランドギャンブラーはその命をチップと賭ける。 狙うのは、仲間が一斉攻勢を行うまでの間隙を凌ぎきる事だ。 オティーリエの連撃を一身に受け、腕が、足が、赤に染まって行く。 「アンタがあと千人切るっていうなら――」 その千人分の血はわたしが流す。 涼子の頬を凄絶な笑みが彩った。 それで――そんなもので殺しきれるか、試してみるといい。 先にも言った。今の斬り裂き女に出来るのは無駄な殺しでしかないのだと。 そんな彼女への憎しみと怒りがある限り、涼子に死んでやるつもりなど毛頭ない。 ツイてる。 一撃、また一撃。その身を切り裂く刃の嵐は――どれも急所からは大外れだ。 最高に運がいい。 「行きなさいフィアキィ」 その力。紫月の持てる全てを使って。 リベリスタ達は最後の攻勢を仕掛ける。 「勝てば官軍、なんて言うつもりはない」 けれど。涼はあえて言ってのける。 「俺の正義がお前を断罪するぜ――!」 「どうし、て――?」 その力全てを解放し、それでもオティーリエは届かない。 「君が悔やむ今をオレにくれ」 五月は薄紫の刃を構える。 「人は綺麗なままではいれないんだ。 汚くてどうしようもないんだ――」 「オティーリエ・アーデライン。貴方達は強かった、それは間違いないでしょう」 紫月の声が静かに響き渡る。 「ですが、私達は貴方達よりも強く在らねばならなかった」 それ故に、アークは勝ち得たのだ。 君が見る景色は最後は美しければいいな。 刃がオティーリエ――『運命の人』の肩に食い込む。赤い花が咲く。 果たして、それはどちらにとっての――? 少女が想うかの人と。呼んだあだ名の『斬り裂き女』と。 絶叫。悲嘆に暮れて歌わなくてもよかろう。 五月は白く細い腕に裂帛の闘気を篭め、一気に斬り下げる。 君は――確かに美しい兵士であったよ。 そのうちそこの青髪が、喧嘩をふっかけに行く日だって来るのだろう。 だから。安心してお眠りなさい、オティーリエ。 全ての収束。永遠の終わり。 紫月は静かに呟いた。 「ヴァルハラで戦友が待っているでしょう?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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