●Solitude スレート・グレイの排気ガスを巻き上げながら巨大なダンプが堆く積まれた廃棄物を運んでいく。 ガラガラと崩れ落ちては燃やされ灰に成って行くその様はシステム的で理解しやすい。 少女が耐熱窓から見た火の色はヴァーミリオンに輝いてとても綺麗だった。 「お母さん、聞いてきいて! 今日、社会見学だったんだよ」 少女は嬉しげに今日の出来事を母親に話す。手を広げて笑顔を向けた。 「ごめんね、お母さん出掛けてくるわ。ご飯はあるから食べて寝るのよ。お父さんには出かけた事言わないでね」 「え? 何で? どこ行くの?」 広げたままの手は表情と比例してゆっくりと沈んでいく。ビター・チョコレートの大きな瞳で母親を見つめる少女。 「どこでも良いでしょ、早く寝るのよ」 どこか余所余所しさを感じた。いつもの母のぬくもりが何処か遠くに行ってしまったみたいに薄い。 バタンと閉まったドアに途方も無い隔たりを感じる少女。母親がどこか遠くに行ってしまった、その無常感は彼女の瞳から雫を落とすのには余り在る量だった。 「お母さん……」 この得も言えぬ焦燥感と悲しみな何なのだろう。ポロポロとこぼれ落ちる涙が止まらない。 用意されたご飯の隣に置いてあったのは、父宛の手紙と結婚指輪。離婚という名の崩壊。 少女は理解した。ああ、こんな紙切れと指輪だけで、友達のお家と『違う』ものになってしまうのだと。 小さい世界で生きている子供達には親が離婚したというだけで、異質だと見なし攻撃を加えてくる残酷さがある。隔絶された教室のブラックシープが確定するのは明日か明後日か。 「嫌だ……」 母親も居なくなり、教室で虐げられる日々が苦痛である事は想像に難くない。そんなのは忌避すべきことだ。 どうしよう。どうしよう。どうしよう! 「そうだ……、全部無くなればいいんだ」 ヴァーミリオンに輝いた炎の色が綺麗だったから、少女はその色に包まれれば温かな場所に行けると思ったのだろう。 ガスコンロを回して新聞紙に着いた火を今の絨毯に放てば、ゆっくりと燃え広がる煌めきの炎。どんどん燃え広がる炎。 やがて天上が崩れ少女は望みどおり全部無くしてヴァーミリオンの光になって消えた。 ● 今日はブリーフィングルームの空調が少し強めに設定されているらしい。吹きつける風がイングリッシュフローライトの髪を揺らしていた。 『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)は資料を片手に言葉を紡ぐ。 「エリューション・フォースの討伐をお願いします」 室内の巨大モニターに映しだされた映像は少女を象ったヴァーミリオンの炎。自分が何をしたかったのか、本当にこれで良かったのか。分からないまま火に飲まれて死んだ少女の姿だった。 その少女の嘆きに引きずられて、近くのエリューションも寄って来る。その連鎖はどんどん広がり、やがて大規模な崩壊を引き起こすだろう。 ならば食い止めなければならない。たった一人の可哀想な少女が引き起こした事象であっても。 自分以外の誰をも殺していなくても、その存在が世界の悪になるのだから。 「できれば、その……少女の心も救ってあげてください」 「救うって……?」 何を行えば救う事になるのだろう。少女が避けたかった事は『壊れてしまうこと』だった。しかし、それを彼女自身の手で壊してしまったのだ。取り返しの付かない自分の命を壊した。 「私には分かりませんでした。でも皆さんなら出来るんじゃないかって思うんです」 フォーチュナが視る最悪な予知夢を覆してくれたのはいつもリベリスタだったから。彼等にはその力があるのだと思うから。 「よろしくお願いします」 なぎさは海色の瞳でリベリスタを見つめて、そっと戦場に送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月10日(木)23:24 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 結局の所全てはエゴイズムによって包まれた話なのである。 母親は何故少女を置いて出て行ったのか。それは、子供が邪魔だったからではない。子を想うからこそ、より経済状況が良い場所を残したのだ。 虐待され、不憫な生活を送るよりは安定した収入がある父親に任せた方が子の為。 なんてエゴイズムなのだろう。それによって子が死んだのだから、目も当てられない。 取り返し等つかない。ただ、在るのは悲しいと想う気持ちだけ。寂しいと泣く声だけ。 子供って、思ってる以上に意外と分ってるものなのよね……。 煙草を食みながら紫電の翼を仰いだのは『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)だ。ゴールド・スパークの瞳はグランドに揺れる炎を一瞥する。 何もかもを消そうとした少女に対して想う事は、悲しいということ。存在が想いが浅はかで子供じみていて悲しい。救うなどと言った所で、物理的に無に返すしか本当の救いは無いのだと杏は瞼を閉じる。 そもそも、どんな事を言えば人の心は救えるのかしら あなたの行動でお父さんもお母さんも離れ離れにならなくて済んだよって言えば良いのかしら 事実は分らないし、分らないこと言っても意味はない 嘘でも当人が望んだことを他者に言って欲しいっていうのはただの甘えだわ だから、ヘビーメタルクイーンは口を噤む。何も言わない事が彼女の優しさだから。 「真っ赤な真っ赤な炎を纏う、この子……。綺麗……なのに、こんなに胸が苦しくなるなんて」 『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)はストアの瞳を伏せて胸に手を当てた。 わたしは幸せの運び屋。……この子がその手で喪った幸福を届ける義務がある。人には必ず幸福を貰う権利がある。どんな些細な事でも良い。スピカが届けられるものならどんな事をしたって構わない。 「さぁ、配達の時間よ」 可哀想な少女に大切なものを届けたいから。愛しいヴァイオリンを抱え運び屋は夜のグランドに立つ。 「おとーさんとおかーさんが居なくなる。考えただけでも悲しいよ」 『チャージ』篠塚 華乃(BNE004643)がムレータ・レッドの強い瞳をインク・ブルーの空に向けた。 自身と少女が同じ年だからこそ分かる、両親の暖かさと包容力。それを失うと想像するだけで身震いしてしまう。それを直に感じた少女の気持ちは想像より遥かに上だろう。 ヴァーミリオンの炎に安らぎを求めるほど、世界の冷たさを感じてしまったのだろう。 「だけど、世界も人も、冷たいことばかりじゃない。それを教えてあげなきゃ!」 ぐぐっと手の得物を握りしめて華乃は声を上げた。 一番最初に戦場へと踊り出たのはオブシディアンの剣戟を纏う『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だ。バタフライ・ゴールドのポニーテールが風に流れた。 紫火の目の前に繰り出した身体と愛刀で挑発的に翻弄する。2体の紫火が舞姫に纏わりついた。 彼女の次に駆け出すのは、『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)。 「ひとを救うって、難しいね。届かなかった事だって何度もある」 目の前にいた紫火諸共その奥に燃える蒼火を虚空の蹴撃によって攻撃する。本来であれば、味方を巻き込まないで獄炎を放てる好機であったが、旭はそれをしなかった。 「でも、諦めたくない」 その広域に広がる炎の中には自ずと、朱の少女も含まれてしまうから。それでは救えなくなってしまう。少女の心を救う事を諦めたくない、だから今は攻撃してはならない。そう、キャンパスグリーンの瞳で前を向く。 スピカはヴァイオリンの詠唱譜を体内へと流しこむ。彼女の中に眠る魔術回路に旋律が響いた。 音の余韻に揺らぐ影から現れるのはグラファイトの黒『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他・エカテリーナと『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)だった。 どちらも、くすくすと小さな笑いをしたためて口の端を上げる。傍から見れば同質の笑いに見えただろう。しかし、彼女達は決定的に違うものであった。 前者はただ純粋に愉悦を求めている。後者は己を邪悪だと思い込んでいる少女にすぎない。 那由他は己を邪悪とはつゆ程にも感じておらず、イーゼリットは内心自己嫌悪の塊なのだ。 「イーゼリットさんと一緒、今日は良き日ですね」 内なる漆黒を解き放ちながら、那由他は嬉しげに微笑む。イーゼリットは那由他の存在に少しだけたじろぐも、銀輪の魔法陣を自身を中心に巡らせた。 『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)が御神木から伐り出された杖を掲げれば、応える存在は神秘の力を彼女に分け与える。 ラセット・ブラウンの瞳はグランドに佇む少女の姿を写していた。 目前で泣いている少女。私に何ができるのでしょう? その問いに応える声はまだ無い。 紫火が螺旋を描いて揺らぐ。膨れ上がった狐火は前に出ていた旭、那由他、舞姫を包み込んだ。 旭のクリストローゼのフリルドレスと那由他の黒いドレスが皮膚と一緒にジリジリと焼けていく。 ――自分を燃やしてしまうなんて、馬鹿な子ですねー。なんて可愛らしい。その絶望もきっと美味しいんでしょうね。 自身に火傷の痛みが滲みるのを見てグラファイトの黒は嗤う。 紫色に包まれながらも舞姫の身体には火傷の痕は見当たらない。 「もしかしたら、炎さん達はあの子を温めるために近寄ってきてくれたのかもしれないね」 ぽつりと呟いた華乃が生命のリミッターを解き放って行く。彼女の血肉が戦闘の予感に沸き立った。 でも、その熱さは癒すつもりのあの子も壊しちゃうんだ。 蒼火が施す癒やしの炎は火を無効としない朱の少女にとってダメージを与えるものだと華乃は気づいたのだろう。発せられる言葉は歳相応の語彙なのに、垣間見える聡明さが華乃にはあった。 「アタシの仕事は、露払いよ。よーくねらって……さあふっとべ!」 良く通る声と共に、突然、紫電の轟音がグランドを支配した。杏が放った一条連鎖の電雷は蜘蛛の巣の様にインク・ブルーの空へと広がる。 キーン。ギターのベンディングに似た音の余韻が杏の耳に心地よく響いた。 「……ぅあーん」 一瞬の間の後に聞こえてきたのは朱の少女の鳴き声。酷く悲しげで寂しげな音色。 その声を宥める様に、少女の周りに現れた2体の翠火。蒼火が応えるように紫火のダメージを癒やす。 翠火は前に出ていた旭、舞姫、那由他の間をすり抜け後衛へと迫る。それを阻んだのは華乃とスピカだった。束縛の炎は行く手を阻んだ華乃とスピカを襲う。ビリリと身体の自由が効かなくなった。 けれど、2人のその奥に控えるのは杏。回復の要であるシエルを守るために敷かれた布陣は敵の浸蝕を許さない。 舞姫はその身に紫火の怒りを纏い戦舞する。黒曜の剣先がインク・ブルーの夜空に溶け込んで繊細な光を放っていた。それは、旭に取り付いていた1体の紫火を翻弄し、引き寄せる。 「交代するわ」 クリストローゼのバトルドレスが揺らめいて、麻痺で身動きの取れないスピカと翠火の間に立つ旭。やや、後衛よりのこの位置からならば、朱の少女を傷つけずに広炎を放つ事ができるのだ。 問題があるとすれば範囲内に――――華乃(なかま)が動けずに居ること。 以前の彼女ならば、戸惑い攻撃の手を他の方向にむけていただろう。 しかし、旭は決断する。 フレンドリー・ファイアを施行してなお、余りある功績が残せるなら厭いはしない。 キャンパスグリーンの瞳がブレイブの煌きを宿した。 旭の拳が目の前の翠火をなぎ払う。 そこから一瞬にして燃え広がった紅蓮の炎は蒼火ともう1体の翠火、それに華乃を火焔地獄に叩き込んだ。小さくくぐもった仲間の声は旭にも届いていただろう。 ――お母さんもあなたも、しあわせを守りたくて精一杯だったんだね。 旭は紅蓮の炎の先に見える少女を見つめる。 誰にも傷つけられないように自分を遠ざけて、それが間違ってたとは、わたしには言えない。 世界には優しさだけがあるわけじゃないし、何が一番辛いか、しあわせか。それはひとそれぞれだから。 旭が心に刻み込んだ想いや感情は簡単に割り切れるモノでは無かった。それだけの後悔と人との価値観の相違を見てきたから。複雑に絡み合った思考はその時々によって違う側面を帯びていたのだ。 自身の最善は他人の不足かもしれない。自身の不幸は他人の幸せかもしれない。 他人の心に同調する旭が居れば、他人の心が分からない那由他が居るように。 心を救うと言っても……。 私には、人の心って分からないんですよね。想像位は出来ますけど。 那由他は仲間を炎に巻き込んだ旭をエメラルドの瞳で一瞥する。その内にある葛藤と決断を良しとする。 そこに迷いや躊躇が生まれる心の闇を那由他はこよなく愛するのだ。だから、那由他は旭に頷いた。 旭のフレンドリー・ファイヤをグラファイトの黒は肯定する。 漆黒の瘴気が3体の色火を不吉の黒に染め上げた。那由他の深淵に飲み込まれて翠火が消失する。 イーゼリットのノクターンが響けば、シエルの祈りがエルヴの灯りと癒やしで仲間を包み込んだ。 拘束されたスピカと火傷を負った華乃の身体が自由を取り戻していく。 スピカはドルチェ・ファンタズマの弓をひく。摩擦によって生み出された詠唱の旋律譜。その魔法陣が彼女の頭上に浮かび上がると、シトロン・ミストの雷撃が戦場を覆った。 ――――奏でるのは悲しみを打ち払う勇猛な調べ。 重なる雷鳴。翼の輪郭から出ル紫電のエクレール。杏のチェインライトニングはスピカのそれと重なりあって二重の轟音をグランドに響かせた。 蒼火はシレスティアル・ブルーの残滓を漂わせて消滅し、残った紫火の灯火も消え入りそうな程弱い。 「いっくよー! せーの!」 掛け声と共に猛進してきたのは華乃だ。体当たりの様な勢いで槍諸共紫火にぶち当たって行く。 その様子をセイラー・ブルーの瞳で追う舞姫は残った目の前の炎を一息で消し去った。 ● 「えへへ、突然手を握ってごめんね」 敵に突っ込んだ勢いのまま、朱の少女の前へと飛び出た華乃はぎゅうと彼女の手を握った。 余りにも唐突な動作に華乃自身も照れくさそうに笑う。 「炎さん達の温度には敵わないけどさ、結構暖かいでしょ?」 恐る恐る握り返した少女の指先は、華乃の体温を確かめるように表面を攫っていく。 「誰もが伸ばした手を取ってくれる訳じゃないけど、貴女が求めれば、こうしてくれる人もいるんだよ。だって、世界は冷たいばかりじゃなくて、暖かさだってあるんだもん」 「でも、あなたのお母さんとお父さんは仲良だよね? それが崩れるのって不安じゃない? 私は怖かった。そんな風に暖かさがあるなんて思えなかった。だから、全部無くなればいいと思った」 今まで不安無く育ってきた子供に訪れた両親の離婚という悪夢は、少女の精神を歪めるのに容易かった。 糸が巻く。少女の身体を細い気糸が縛り付けて行く。少女と華乃の指先が離れた。 「……うう、何、これ。痛いっ」 「苦しかったのね。怖かったのね。当たり前の平穏が、幸せな時間が、壊れていくのが……耐えられなかったのね」 糸で拘束した少女を抱きしめたスピカ。ビター・チョコレートの瞳が不安に駆られる。 「でもね、全て消しちゃったら、何も無くなっちゃうの。周りを見て。何も、残って無いでしょう? 全てを消し去るとは、そういう事なの」 離れたスピカに言われた通り、グランドを見渡した朱の少女。広い敷地に街灯がポツポツと見える。 今はナイターのライトも付いてはいない。 「生きていれば、無くしたしあわせも取り戻せるわ。その手段が、あったはずよ。だから……生きて欲しかった」 「……そんな事言われても、私、もう死んでるんでしょ!? 生きてないもん!!!」 朱の少女は叫び声を上げる。スピカの糸を振りきって目の前に居る彼女に想いのウルラーレを叩きつけた。 傷は深くない。けれど、悲痛な叫びに心が痛い。 狂った様に暴れだした朱の少女に杏は煙草の煙をため息と共に吐き出した。 有無を言わず、THE STAR PLAYER XVIIのサーフグリーンのボディに指を這わせる。 口を開いてしまえば、現実を突きつけて泣かせてしまうから。 ピックを弦に、音を魔術に。 指を打ち鳴らそうとした瞬間、目の前に仲間の手が差し出された。杏の音を遮るように。二本の腕。 「二人共、お人好しなんだから」 バタフライ・ゴールドと紫苑色の長い髪が風に靡く。 「ふふ……気が合いますね」 シエルが笑えば、舞姫が笑みを返した。少女の元へ二人は往く。 どんなに悔い改めようと、彼女にはもうやり直せるチャンスなんてない。 彼女は過ちを犯した。 だけど、それを責めても何にもならない。 正しさなんて、救いにはならない。 ――――だから、わたしは彼女の全てを認めて、受け入れる。 「寂しかったんだよね。一人になるのが怖かったんだよね」 朱の少女が瞳を開けば、目の前に広がったのはセーラーの白と絞り染の赤。 両側から力強く抱きしめられた少女は、2人の声に耳を傾けた。 「ねえ、名前を教えて。わたしは、舞姫」 「私は、理恵」 「私も貴女も同じ色の瞳、お友達になってくれませんか? そうすればもう1人ぼっちじゃありませんもの」 少女が見上げたシエルの瞳はラセット・ブラウン。少女と同じ茶色の眼差し。 「もう、1人じゃない? 寂しくない? お母さんみたいに何処かに行かない?」 「あなたが燃え尽きるその瞬間まで、一緒にいるよ」 「もう何処へも行かなくて大丈夫」 舞姫の無い右腕分をシエルがしっかりと抱きとめる。 それは、まるで両親に抱きしめられた時と同じ様な暖かさ。 自分で命を断った火よりももっと暖かくて、優しい、朱の少女が求めていたもの。 少女の大きな瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。 「私、寂しかった。不安だった」 舞姫とシエルをぎゅうと抱きしめて、少女は泣き崩れた。 ● イーゼリットはペール・アイリスの瞳を揺らめく少女の影に落とした。 私は言いたいことはないの……。 魔術書を掴む指が握る力で白く圧迫される。 イーゼリットは考えたのだ、自分なら今の様な状態が一分一秒でも長く続くことに耐えられない。 だって説得って聞けると思う? 私なら余計に恨むけど。 感情がどす黒く染まっていく、捻くれて、吐き捨てる様に心に毒をまき散らしていく。 皮肉にもそうすればするだけ、葬操曲の精度は上がっていった。 けれどそれを裏返せば『だから早く始末する』っていうコレも気休め……。要するに消極的なエゴの押し付けなわけでしょ。説得は積極的なエゴ。それなら『しない善よりする偽善』だっけ……。 「ふうん……みんな強いのね」 イーゼリットにはそのエゴを背負い込める気概は無い。だって、そんなもの怖い、背負えない。 私、何がしたいんだろう――。 こんな子、今すぐ消えてほしい。目の前から居なくなってほしい。そんな目でみないでよ……。 少女は後方に控えるイーゼリットを見た。寂しいのだと、涙をこぼす瞳を向けたのだ。 そんな虚ろな目で見ないでって言ってるの! イーゼリットは攻撃の手を仲間に抱え込まれた朱の少女に向ける。彼女をこの世界から速やかに消し去る為に。 いい、私はこの子を救いたいわけでもなんでもないの。 ただ私のエゴで、目の前から永遠に消えてほしいだけ。――そう思ってるったら思ってるんだから! イーゼリットの慟哭はグラファイトの黒に抱きとめられた。 「見たくないなら見なければいいんですよ」 朱の少女の気持ちなんかより、月の座の叫びの方がよっぽど解りやすい。 「私が綺麗な瞳を塞いでてあげますから、一緒に殺しましょう」 くすくす。那由他の三日月の唇が嗤う。朱の少女を抱きしめる温もりは沢山あるのだから。 絶望も希望も、どちらも私が大好きな素敵なものです。 痛みを痛みとして享受するその歪んだ純粋さ、那由他は自己嫌悪の月の座をとても愛おしく感じた。 「大丈夫だよ」 澄み渡る駒鳥の囀り。赤に彩られたドレスが風に煽られて大きく揺れた。 朱の少女は抱きしめてくれている2人の間から、ビター・チョコレートの瞳を大きく開いて、その色を見る。――――赤く、紅く、朱く。 自分で自分を燃やした色より尚あかく。耐熱窓から見た煌きよりも綺麗なあか。 クリストローゼの聖母が、銀朱の炎を纏っていた。 「お母さんも辛くて、必死だっただけ。ちょうど今のあなたみたいに。だからきっと、今でもあなたの事を大切に思ってる」 「本当に……?」 「あなたのことを大切だって、大好きだって言ったことはなかった?」 「ある」 「ね。だから、大丈夫」 旭はゆっくりと朱の少女に近づいていく。本当は救いたい。でも、どうする事も出来ないならせめてこの手で終わらせよう。 夜空に煌めくヴァーミリオンを拳に宿し、シエルと舞姫諸共、少女を燃やした。 「わたしの炎で送ってあげる。……ばいばい」 銀朱の炎の中、舞姫とシエルは少女を抱きしめたまま離さなかった。 焼けていく少女に温もりを。最後の最期まで。暖かさをあげたいから。運命を燃やしながら二人は腕の中の子供を抱きしめ続けた。 ――――もう、孤独なんかじゃないよ。わたしが、そばにいる。 腕の中の少女が消えた瞬間、二人はインク・ブルーの空を仰ぎ意識を手放したのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|