● 『依石さん……上原さんの行方は』 『いや。視えない』 『だから言ってるでしょう、やったのはどうせあの裏野部の連中だって! 早く行かせて下さいよ、そうすればまだ助けられる!』 『……君は上原があの連中に後れを取ると思うかい』 『――……』 『もし本当に奴らの仕業ならば、もう少し何か分かり易い動きを見せている筈だ。そうでないならば、奴ら以外の何かか、或いは誰かの手助けかが考えられる。……であれば、情報のない状態で君らを出す訳にはいかない』 『そんなの、今までだって予知のない範囲は俺ら、力を合わせて――』 『五を知って十を推測するのと、ゼロからできる範囲は全く違う。……万一君らを失ったなら、上原が戻ってきた時に申し訳が立たない』 『…………』 『……分かってくれ。駄目だ。駄目なんだ……』 数時間前にした会話を、依石・岳は思い返していた。 一週間。 仲間が襲撃を受けて、一人行方不明になってからそれだけが経過した。 襲撃を理解したのも、辛うじて生き延びた……否、生き残らされた仲間からの証言だ。 フォーチュナである岳は、その襲撃を予知できなかった。 「…………」 連れ去られたと思われる上原・志津子は、岳と共にグループのリーダー的な存在だった。 フォーチュナである岳は戦場には立てない。だから、現場の指揮は彼女が取っていた。 仲間は決して岳を軽視している訳ではないと知っているが、人望厚い上原の捜索に諾と言わない岳に日々不満が積もっているのも知っている。だが、不安なのだ。視えない状況に仲間を出すのが。 だから、せめて何か、欠片でも見えないかと上原がいなくなった現場に赴いた。 それで都合よく見えるはずもないのは知っていたけれど、切欠が欲しかった。どうにかしたかった。不安なのは、心配なのは岳も一緒なのだ。むしろ誰よりも長く共にいたからこそ、その度合いは誰よりも強かった。がりがりと指を噛んで苛立ってみても、痕跡は視えない。 溜息を吐いたその瞬間、感じたのは――怖気。 その場を走り出そうとしたのは未来予知の力ではない。神秘世界で戦いに身を置く者の直感。 だが、伸びて来た鞭は岳の体をいとも容易く絡め取った。地面に転がりながら振り返れば、現れる複数の人影。先頭に立つのは、頬に嘲笑のタトゥーを刻んだ男だ。 「コンバンハ。アンタだろ、ヨリイシってヤツ」 「……誰だ」 実際、聞く必要もなかった。この場で、状況で現れるならば――真っ先に聞かねばならない事がある。 「誰でもいい。……上原を連れて行ったのは貴様らか」 「カミハラ? ああ。アレ」 にい、と唇が歪んだ。 「ごめんねー、対面させたげようとしてたんだけどさあ、思ったより暴れるもんだからさーぁ? 加減が利かなくって、ついやり過ぎちゃった」 背を、汗が伝う。 とんとん、と男が自分の目を叩いた。 「一目見たい、ってんなら目玉の一つくらいは連れてったげる。もう腐ってっかも知んないけど―― 一緒の山に埋めてやるよ」 背後の男達も嗤っている。頬が引き攣るのが分かった。 衝動で叫ぼうとした所で首に絡んだ鞭を引かれ、別の意味で頭が白くなる。 「あー、啼くのは後にしときな。アンタのとこに邪魔されたウチの連中が『お礼』したいらしいんだよねーぇ」 物陰から出て来た連中には、覚えがある。 いや、背後に控える男の殆ど、岳と上原が、人々に害を為そうとするのを止めた連中――裏野部のフィクサードだ。見覚えのないこの男は、恐らくこの連中より上の者なのだろう。 誰にも言わずに出て来た以上――岳の行方を知る者は、仲間の誰にもいない。 そんな岳の心中を盗み読んだかのように、男は肩を竦めた。 「安心しなよ。アンタはちゃんとお仲間の所に返してあげるから、さ」 死体でね。 けけけけけけけ。と男の嗤う声が、耳障りだった。 ● 「……ま、リベリスタとして活動する上で恨みを買うのはある意味避け難い出来事ではありますが、かといって復讐を見過ごせという訳にも行きません。皆さんのお口の断頭台ギロチンです」 『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は頭痛がするように目を細めている。 「まあ状況はこの通り。連中は裏野部です。復讐と言っても逆恨みで差し支えありませんよ。神秘を使った犯罪行為をこの――依石さんの所属するグループに止められたのを根に持っていた様子で」 やられたらやりかえせ。やられなくてもやってしまえ。気に入らなければ全部潰せ。 暴力的と言う意味では最も分かり易い暴虐である裏野部の理論。 「即座の復讐とならなかったのは、力の差ですね。依石さんのグループはそれなりに実力を持つ方が揃っています。ですので、例え全面交戦になったとして恐らくリベリスタ側に軍配が上がったと思われるんですが……」 モニターに映し出されたのは、頬にギザギザ歯の笑みを刻んだ、人を見下した笑みの男。 「――『嗤笑』露原 ルイ。彼が入れ知恵を吹き込んだ上でバックアップして、実戦部隊のリーダーを殺害。ついで作戦面のリーダーである依石さんを殺して瓦解させた上で潰す気の様子です」 彼は特に、依石らのグループに恨みを抱いている訳ではない。 それなのに出て来たのは、よっぽどリベリスタに対する嫌がらせが好きなのだろう。 「ただ、露原の方は用心深いというか何というかなので、アークとの戦闘で形勢不利を悟れば、早々に退却するでしょう。なので、必ず仕留めて頂きたいのはこの近辺を縄張りとするフィクサードの頭、広川と九沢となります」 ルイの方はすぐにこの嫌がらせに飽きるかも知れないが、依石に恨みを抱く彼らは別だ。 ここで逃せば、何らかの方法で別の復讐を遂げようとするだろう。その刃がいつ、リベリスタだけではなく他の対象を巻き込むかも分からない。ならば、その前に。 「依石さんは既に虫の息です。助けられるかどうかは、分からない。……なので、彼を助けようと無理はしないで下さい。――ぼくにとって優先されるのは、皆さんの安全です」 ただ。 「……ぼくが皆さんに細かい情報をお伝えできるのも、『万華鏡』のお陰ですからね。仲間の未来を、自分の未来を読めなかったのは、決して、依石さんの能力が低かった訳ではない。ただ、そういう巡り合わせだった、としか。……だからどう、という訳ではないんですけれど」 細い溜息。 苦痛を、惨劇を、悪夢を、喪失を、叶う限り、嘘にしてくれ、と。 フォーチュナは告げて、そっと頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月16日(水)23:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 繁華街からやや遠く。既に使われていないのが一目瞭然の工場に、幾つも明かりが灯っている。 庭には雑草が生え、鉄骨の無骨な建物は塗料が剥げて赤い色を晒していた。 誰かが近くを通り掛かったとしても、ここを覗く事はないだろう。 ましてや内部からの複数の罵声を聞いたならば――良くて通報が精々に違いなかった。 「皆様暗視の準備はOKです?」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の囁きに、一切の明かりを持たず、暗闇に馴染んだリベリスタは頷き合う。ここから先は迅速な行動が求められていた。 駆ける。 夜の闇を切り裂いて、『箱舟まぐみら水着部隊!』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)と『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が飛び込んだのは、男らが不自然に集まるその中心。 「ああ? 何だテメェら!?」 ぐったりとした岳を奥に投げようとする行為には、そこまで深い意味はなかったのだろう。彼らが見知らぬ革醒者の接近に気付いた時に咄嗟に結びつけるのは、岳の仲間だ。だから単に、ただ遠ざけようとするだけの行動で――フォーチュナがいない岳の仲間が、『その行動』さえも見通しているというのは全くの想像範囲外である。 だから、投げる軌跡上にいたソラが岳の身を受け止めたのに彼らは眉を寄せた。 くすり。驚愕の一瞬の間に紛れて響くのは、小さな笑い。 「余所見してていいのかしら?」 意識を逸らした事を咎めるように、エレオノーラの刃が近くの男へと食い込んだ。浮き足立ったそこに響くのは、凛とした声。 「裏野部! アークの設楽悠里が相手だ!」 「ハローフィクサードの皆さん! 邪魔しに参りましたよー!!」 白の制服を闇夜に浮き立たせ、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が白銀の篭手を打ち鳴らし声高く告げれば、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)も戦闘用緑布を翻し己らに意識を引き付けた。 朽ちかけたコンクリート床を滑るようにして、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が岳とソラの間に立ち塞がる。一瞥を向ければ、岳はぐったりとしていて殆ど動く様子も見せなかった。けれど抱えたソラが頷いたから、命はまだ宿っている事が分かる。 「アークだって?」 「はい。ごきげんよう、ゴミ掃除に参りました」 挑発的な言葉を吐いて、海依音が放つ裁きの光。それは設置してあった明かりを複数巻き込み、ガラスの割れる音を響かせた。全員が暗闇を見通す術を得たリベリスタに、明かりは必要ない。けれどわざわざ明かりを置いているこの連中はどうか――? 人の影に隠れていくつか残っていた一つを、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)のConvictioが貫き砕く。更に暗くなる室内で、奥に控えた男と目が合った気もするが今は知った事ではなかった。彼女を突き動かすのは感情ではなく正義であれば、そこに挟むものはない。 仲間の行動が順調に進んでいるのを、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は地下から眺めていた。岳を生きたまま奪還する。そう決めたリベリスタの手は二重に構えてあったけれども……。 ――事もなし、か。 口の中で呟いたオーウェンは、次の一手を効率的なものにすべく視線を巡らせた。 ● ソラの癒しの歌が響く。 それは派手に血と痣に彩られた岳の体を癒せど、既に一度落ちた意識は未だ完全には帰らない様子だった。けれど十分だ。ソラの手には、彼の鼓動が脈を打っているのが伝わっている。この命を放り捨てて攻撃に専念すれば、確かに仕事は早いかもしれないが、ソラはどうしてもその気にはならなかった。 「あとで後悔はしたくないじゃない?」 失われた命は帰らない。どれだけ困難であろうが、必要以上を求められていなかろうが、自らの手が可能性として救えるならばやるしかない。誰かの命が掛かっている時に、ソラの顔に怠惰の面影はない。 「その癇に障る笑い方、忘れたくても忘れられないのよね」 岳を抱いたソラが離れた事で動き易くなったエレオノーラが、伊吹との距離を測りながら鈍色のナイフを構え直す。スカートの裾が舞う優雅な動作とは裏腹に、その腕が繰り出すのは、目にも留まらぬ氷の斬撃だ。 視線が向くのは、奥に存在する『嗤笑』露原ルイ。音声以外で本人と直接対面するのはこれが初めてではあるが、エレオノーラはあの男が引き起こした惨劇に幾つも立ち会っている。その手口が卑劣で、尚且つ己の身は危険に晒さぬ性格と知る彼はほんの僅か訝しく思い……単純な結論に溜息を吐いた。どうせ嫌がらせだ。何もかも。 刃を構え飛びかかろうとしたソードミラージュの身を貫いたのは、地から這い出たオーウェンの気糸。味方側へと現れた彼の糸は、男と共に残った明かりをも打ち砕いていた。 落ちるのは闇と、そして混乱。 神秘が齎すような、真の闇ではないけれど……この場で少々の間、敵の動きを鈍らせるのには十分だ。 「聞こえるか」 その闇の中で、伊吹は床に下ろされた岳へと囁きかける。 「我らは助力するが、仲間の元に戻るのはそなた自身の力だ」 既にその身が動かない事は知っているが、ここで気を抜いて力尽きてしまわれても困る。本来の目的には含まれていない岳の救助を、危険を増やしてまで彼らは求めたのだ。 伊吹が思い出すのは、過去。アークと匹敵する予知精度を誇る組織など、ほぼないに等しい。ましてや小さな組織となれば、抱えるフォーチュナの数も知れていた。だとしても、暗闇を手探りで進むなら、その先を照らす僅かな光はどれだけ助けになる事か。 恨みを買うのはリベリスタの常。伊吹も例に漏れなければ、その姿は他人事ではないのだ。 体勢をどうにか立て直したソードミラージュのナイフを軽く篭手でいなし、悠里はカウンターの如くその体に雷撃を纏う拳を叩き込んだ。 「君を待っている仲間がいるんだ! ――だから諦めないで!」 垣間見た岳の胸の上下動は小さく、呼吸が浅いのが分かった。だから悠里は伊吹の言葉を引き継ぐように呼び掛ける。庇い手として伊吹が岳に張り付けば、その分敵の対処に当たれる人数は減り、結果としてアーク側の被害が大きくなる事は予想できた。 無理をしなくていい。首を振ったフォーチュナも、アークの者だ。仲間を心配する気持ちは悠里にも分かる。分かるけれど、悠里が救いたいと願うのは最早狭い仲間だけではない。 誰かの命を救える、それならば――握り締めた勇気と仲間の力を得て、可能性に手を伸ばそう。恐怖の上に刻んだ決意は揺らがない。 「チッ……何だっつうんだよ!」 吼えた業人が、拳に隠したナイフで仕掛ける背後からの斬撃。血が飛び散り、白い服に滲んでもノエルの表情は変わらない。桔梗の瞳が一瞥と共に示すのは、そこに存在する業人という個に関する無関心。彼女の目が次に見定めるのは、悠里の一撃を受けたソードミラージュだ。 暗闇に、火が点る。 「優しいねぇ、矢尾」 「ドーモ」 けけけ。と笑う声に肩を竦めて返し、矢尾は小さなライターに火を点したまま近くの雑草へと投げ込んだ。燃え移り、多少の明かりとはなるが、それで乱れた足並みがすぐに立ち直るはずもなく。覇界闘士の一撃はオーウェンを掠るに止まった。 生み出される影人を視界に入れながら、うさぎは11人の鬼を振りかぶる。 「自分達がショボいから邪魔されたりカウンター喰らったりしたんでしょうに、逆恨みってご存知ですか? あ、逆恨みって単語自体知りませんか?」 ともすると奥に隠された岳へと向きそうになる敵の攻撃を引き付けるべく、無表情で言い放つ言葉に数名の顔が引き攣った。攻撃が向こうとするそこに、更にきゃらきゃらと海依音の笑い声が響く。 「逆恨みにしても小さいことをするのね、裏野部は。小さな組織に対してしか大きい顔ができないのかしら」 「ああ!? 言わせておけば――」 言葉と共に再び放たれる強烈な閃光。工場内を照らし出したそれは、影人を蒸発させた。 復讐はしてはならぬ。悪である。ならば神の裁きがある――そんな風に神を気取るのは本意ではないが、こんな『復讐』の後片付けくらいはしてやろう。 それを追うように、高間の光が不利を焼いた。ルイは動かない。恐らくはリベリスタの動きを見てから手を打つつもりなのだろう。オーウェンがそう判断する間に、ノエルが駆けていた。 海依音の光で揺らいだソードミラージュに放つのは、裂帛の気合を宿した銀の切っ先。殲滅の為に威力を引き上げた死の一撃は、男の腹の中身を床にぶちまけた。 ひゅう、と口笛を吹いたルイに視線をやる。婉曲的にこちらの妨害をしてくるルイの存在は厄介だ。力押しを得手とするならば対処の仕方は幾らでもあるが、死角を狙い突いてくる相手はそこまで楽ではない。だとしても、ノエルの行動に変わりはないのだが。 「埋めるのは外堀から、ですね」 間に阻むものがあるならばそれを除き、届くようになった時に貫けば良い。――簡単だ。 ● 放たれる悪態も罵声も、リベリスタにとっては今更の事。 集中撃破を狙う行動に対して注がれるのは、寿一にルイ、高間からの手厚い援護だ。とは言えルイは攻撃に移る事はなく、高間も前に出てその攻撃を受ける事はない。火力を持つリベリスタにじりじりと追い詰められるのは目に見えていた。 その表情に焦燥が過ぎるようになったのを見て、オーウェンは口を開く。 「さて、何故あちらさんは全力で交戦せず、支援のみに留まるのか、な」 「……あ?」 攻撃を食らっては神の愛で癒され続け、荒い息を吐いている業人に向けオーウェンはわざとらしくルイに視線をやり意味ありげに笑みを浮かべた。 「お前さんたちが倒れても直ぐに遁走できるあちらに害はない。寧ろ……?」 「寧ろ援護だけでもしてあげてるだけ感謝してもいいんじゃなーい?」 嘲りを含んだ台詞が被る。そう。あくまでこれは『広川達の復讐』、そこに誰が介入したとして、復讐自体の手伝いを果たしたルイは関知しない……そんな詭弁も成り立つ。 彼がこの場に立ち続ける理由があるとしたならば、恐らくは多少なりともリベリスタにダメージを与えられる事を期待するが故だ。手持ちの駒でそれが成されないと知ったならば、岳に拘るわけではない彼が留まる必要性はあるまい。 注意が会話に向いたその瞬間を好機と判断したうさぎが、溜息を吐きながら言葉を捻じ込む。 「全く、そもそもの仕返しが人に頼っておんぶ抱っこ。情けない。素で情けないです。『僕らだけじゃ怖いのルイおにいちゃんたちゅけて~』とでも言ったんですか?」 「なっ……!」 今回の目的は、あくまでリベリスタに敵愾心を燻らせる一段を打ち倒す事だ。劣勢だからといって逃亡を図られるのも、ルイらが出張って必要以上に長引かせ被害を拡大させるのも好ましくはない。 「それとも今度は助けてひふみん、って所です? やぁだ、かっこ悪い」 「おお怖い怖い。ごめん嘘吐いた。貴方達みたいなヘタレは流石に怖くないです」 裏野部一二三。彼らの首領の名を口にして、少女の顔に小ばかにしたような色を浮かべた海依音がくすりと笑った。合わせて大袈裟にうさぎが肩を竦める。 外見だけは十代前半に見える彼女らの煽りに、一気に殺気が増した。奥では一人ルイが爆笑している。けけけけけけ。耳障りな笑いは神経に障れども、表立って文句は言えないらしい業人は拳を鳴らした。 そんな彼らに向けて、更にうさぎは目元に手を当てわざとらしい泣き真似のポーズを作る。 「ほらほら、ルイお兄ちゃんにもっと手伝ってーってお願いしてみたらどうですかあ?」 「ふざけんな、誰がンな事――!」 「ああ、そう? じゃあルイお兄ちゃん帰ろっかなーあ」 「……!?」 笑いの余韻に咽喉を鳴らしながら、ルイが手持ちの鞭を振るう。ふざけた口調と態度のままではあるが、視線は油断なくリベリスタを観察していた。どう? と問うその声が白々しい。 業人と寿一の視線は忙しく動き動揺を示すものの……先のうさぎの煽りにああ応えてしまった以上、プライドという邪魔と部下の手前もあり引き止める事もできない。 「逆恨みの連中も度し難いが、貴様のような愉快犯は虫酸が走る」 興味のない調子を装って、伊吹がかちゃん、と乾坤圏を構えた。見据えるのは赤い瞳。嘲笑を浮かべたその色に目を眇め……けれど伊吹は岳の傍から離れない。放たれた一撃は、業人を連続で打ち据えた。 「が――こちらは仕事中だ。貴様の遊びに付き合っている暇はない」 「つれないねーぇ。んじゃフラれたし、帰るとするわ」 けけけけけ。鞭を収め笑うルイも、既に理解しているのだろう。 アークの中でも精鋭といって差し支えない面子が並ぶここで、『本気で全員を殺しに来る気ならば』癒し手をほぼノーマークで放置するはずがない。回復手から狙うのは常道。だからこそルイは傍らから部下を離さなかったのだ。なのに、オーウェンの攻撃などは、意図的にルイらをその攻撃から外す事さえあった。 この場でそんな非効率をわざわざ取る理由はただ一つ、『見逃してやるからとっとと消えろ』だ。となればこれ以上のやり取りは茶番だろう。 顎で外を示したルイに、高間と矢尾もリベリスタから視線は外さぬままじりじりと後退する。 「また会いましょうね」 「オッケー。次までに死んどいてくれてもイイよ」 海依音の軽い口調に、肩越しに振り向きざまに中指を立てて嘲笑を残し――ルイは闇に消えていった。 最早業人や寿一の側は浮き足立つどころではない。 部下の連携が崩れる様子に舌打ちする業人に、ソラは不敵な笑みを浮かべた。 「復讐なんて事をしてるわけだから、復讐の復讐される覚悟はあるんでしょ」 髪が魔力に舞い上がる。放たれる雷撃の渦は、炎の広がり始めた工場の中で尚も眩しく美しく散った。 「覚悟なさい、私達が潰してあげるわ。アナタ達はお仲間のところへ帰れない」 巨大な魔力を操りながら、ソラはあくまでソードミラージュ。素早さに抜きん出た彼女の広範囲の雷撃が未だ身から抜けぬ内に、吹きすさぶのは時を刻む無常の氷刃。 「非戦闘員狙うような性格悪い奴に従うのが間違いよ」 軽やかな飛翔と共に、崩れ逝くクリミナルスタアに言葉を贈り――エレオノーラはふわりと浮かぶ。逃亡を図ろうとしたデュランダルの前には、オーウェンが立ち塞がった。 「さて、今更それは虫が良いと思わないかな」 後方に控える寿一をも攻撃範囲に放つ気糸が、男を地に縫い付ける。 「畜生――!」 「残念だね。これ以上……無用な被害を広げさせはしない!」 悠里が纏うのは、圧倒的な速度。雷が、眩く篭手に反射して彼の姿を映し出し、裏拳からの回し蹴りが業人を床に叩き付けた。 炎が燃える中で飛び散るのは、更なる赤。敵の合間を縫って攻撃を仕掛けるうさぎと、伊吹のB-SSSに寿一がよろめいた。攻撃に転じたソラの代わりに場に吹くのは、海依音の呼んだ癒しの風。 「仕事は誠実がモットーです」 伊吹にそんなウインクをしてみせる海依音の回復を超えてダメージを与えられる者も、連携もなく、立っている者も容易く抜けられる状況でノエルの行く手を阻む者は誰もいない。 逆恨みの果ての復讐者に贈る言葉の一つも持ち合わせていなければ――ノエルの槍は、容易く寿一の首を貫いた。 ● 遠くにサイレンを聞いた気がして、岳はいつの間にか失っていた意識を浮上させた。 そこに映ったのは人影で、一瞬身を強張らせるも――。 「あ、起きたかな。……良かったあ」 ほっと安堵した調子で笑みを浮かべる金髪の青年の姿に瞬いた。 「やだ、海依音ちゃんとアラせんの回復で癒されないはずがないですよぅ」 「う、うん」 ああ。薄れ行く意識の中で聞いた名乗り、その特徴。赤いシスター服の少女と会話する様は先程までの凛とした調子とは打って変わり温和そうではあるが、彼は。 「……アーク、か。……申し訳ない、私の力が及ばないばかりに、迷惑を……」 「まだ立つな。仲間の元へは送ってやる」 「――何から何まで、本当に申し訳ない」 サングラスの青年の言葉に、肩を落として息を吐く。上半身だけを起こした岳の傍に、金髪の少女が立った。その姿を記憶から拾い出そうとする岳に、『彼女』は微かに笑う。 「見えない未来の結果で他人を責められる人なんていない。……貴方は悪くないわ」 「…………」 「あたしは嘘吐きだから、見えない未来が悪い未来なら、嘘にしてあげる」 「……はは」 まるで世間話でもするような軽さで、けれど嘘吐きと言いながらその台詞が真実であると如実に語る声に、笑いが漏れた。 死ぬと思った。死んでも仕方がないと思った。 けれど今前に立つ彼らは、傷こそ癒しているものの、その服は焦げて破れ、戦闘の激しさを物語る。瀕死の怪我人一人を抱えて戦う事がどれだけ厄介かなんて、戦場に立たない身でも容易に想像が付いた。 それでも恩を着せることもなく、気遣うアークの彼らに言葉が漏れる。 「……ありがとう」 見通せない未来でも――決してその結果は、最悪ばかりではないのだと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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