●燃え残った記憶をたどって ブリーフィングルームに姿を現した『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)は高熱で変形したらしい小さな物体をテーブルの上に置いた。 「これ、ちょっと前に持ち込まれた携帯電話の記録媒体だよ。こんなだからデータを復元することは出来なかったらしいけど、ボクには関連したものはちょっとだけ視えたよ」 そう言ったシビルは少し得意そうだった。 「このビル。いろんな会社が事務所にしているんだって」 シビルが示したのは大久保よりの新宿にある平凡な外観ながら割と大きい10階建ての建物だった。小滝橋通りに面しているが新宿駅からは歩ける距離ではあるが、どちらかというと地味な場所だ。 「この記録媒体が使われていた携帯電話でこのビルの中にあるオフィスに何度も電話を掛けている。だから三尋木のフィクサードに関連しているビルなんじゃないかなってボクは思うんだよね」 でもそれだけの情報でリベリスタ達を呼んだのではないとシビルは続ける。 「ビルには登記って言って持ち主は誰なのかって調べる事が出来るんでしょ? だからアークの人にお願いして調べてもらったんだよ」 ビルの所有者は法人でメトセラ企画であり、法人登記によれば社長は浅場悠夜(あさば ゆうや)で役人の中に配島聖(はいじま あきら)の名前がある。 「えっとね。このビルは主要七派三尋木が持っている会社なんだと思う。それで、ここで何をしているのかって言う事なんだけど、登記によると福祉事業ってなっていて老人ホームとか介護施設とか、訪問介護とか、療養型の病院とかの経営やコンサルトをしているんだって。うーん、ちょっと難しい言葉ばっかりだよ」 シビルはメモを読みながら頭を抱えた。さすがにまだ子供のシビルには理解出来ない言葉や概念、仕組みが多かったらしい。 しかし、シビルは頑固者だった。 「えっと、えっとね。今回リベリスタのみんなにお願いしたいのは、メトセラ企画の持つ別荘地に捕まっている人達を救出してきて欲しいんだよね」 新宿の事務所から頻繁に電話が掛けられているのがその別荘にある管理棟であった。書類上では敷地内に別荘は6棟あり中心にある管理棟をぐるりと囲む配置になっている。監禁されているのは5人の若い女性で従業員とされているが実際は敷地内から出る事を赦されない軟禁状態だ。 「場所は東京都あきる野市の秋川渓谷に近いとこ。観光地から離れていて人が来ない山奥だから普通の人が紛れ込む事はないみたい」 ただ、内部の情報はわかららないとシビルは唇を噛む。だから捕まっている人達が別荘のどこにいるのか、一緒にいるのか分散しているのかもわからない。 「普段は管理棟に10人のフィクサードがいて、毎日15時になると2人が車でお買い物に出掛けるんだよ。それ以外の時は高いフェンスが敷地の周囲にあって正面ゲートと別荘や管理棟の入り口にも監視カメラがあるんだよ。警備会社と契約しているだって」 その警備会社も三尋木の息が掛かっているのかもしれないが、厳重な警戒からもかなり重要な者達が拘束されているだろうことが予想できる。 「今は何にも怖い事もなくて静かに暮らしているみたいだけど、このままだと女の人達は実験? みたいな酷い目に遭うんだよ。それはわかる。だからお願い、あの人達を助けてあげて」 シビルは絶対に無傷で助けてあげてよねっと念を押した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月13日(日)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●始動X分前 国内最大にして最強として海外にまでその名をとどろかせる『アーク』のリベリスタ達は秋川渓谷にほど近い別荘の近くに潜伏していた。もうシーズンではないのか周囲には全くひとけがないのに、この別荘だけは10人以上が長期に渡って生活している様子があり、数カ所の監視カメラと高いフェンスで周囲を囲い場違いに物々しい。 「時間には正確なようですね」 別荘の正門からほど近い木の上で、まだ充分に身を隠せるほど生い茂った葉の奥から『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)はワゴン車が出てゆくのを『透視』していた。運転席と助手席の男はどちらもビーストハーフで20歳そこそこの若者だ。ここからは時間との勝負でもある。嶺は時間を確認すると仲間達の潜伏する場所へと秘やかに翼を広げて降りてゆく。 「がっちがちに固めてるな。これじゃあ何かあるって宣伝しているようなもんじゃねーかよ。三尋木のは脳筋か?」 緑の中に身を潜ませながら、わずかに唇の端を片方だけゆがめて『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)は笑った。これが罠だというのならば釣られた自分達こそが笑い者だが、もしそうだとしても腕ずくで突破すればいい。そこまで考え……自分の方が脳筋かと更なる笑みが顔に浮かぶ。 「見回りをしているフィクサードが2人。他は管理棟から出ていないから、彼等が戻った時が好機だね」 布で顔の上半分を覆っていても『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)は他人よりも遠くの物が見通せる。フィクサード達はごく当たり前の日常を規則正しく過ごしている。一定時間毎に行われる見回りは必ず2人一組で、12時と6時方向にある別荘でだけ段ボールに入れた荷物を運び入れたり、滞在する時間が長い。 「わかったよぅ。ちゃんと全部あたしが憶えておくから安心していいよぉ」 真昼の言葉と共に全ての情景を『灯蝙蝠』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)は何もかも全て保存するかのように記憶する。今回は敵も、助けなくてはならない人間も多い。混戦になれば最初の情景が役に立つかもしれない。 「はふー、俊介、なんか機嫌いい?」 「うん」 アナスタシアに訊かれた『友の血に濡れて』霧島 俊介(BNE000082)はうなずいた。亡き友の遺品から零れた記憶の断片が、こんな静かな別荘で行われていた非道をすくいあげたのだ。生きてきた軌跡を辿っている様で嬉しいし、だから5人の女性達は絶対に助けたいとも思う。 「考えてみれば、これはこれで楽園生活なんじゃないかえ? まぁあんまり若い娘に勧めたい暮らしっぷりじゃないがのぉ」 ふと『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)は思った。このご時世、衣食住の心配もせずのんびりスローライフとは望んでも得られるものではない。ただ、若い身空で飼い殺しめいた生活に安穏として欲しくはないし、そもそもこの楽園には終わりがある。 「そうかな? イライラするよ。こういうところ」 顔を僅かに伏せると『Rabbit Fire』遠野 うさ子(BNE000863)の銀色の前髪が影を作り、血の色の浮く瞳がどんな思いを浮かべているのか判らなくなる。どんな大きさであろうともどんなに嘘で塗り固められていたとしても、自ら檻に入る人間の気持ちはうさ子にはわからない。偽りはどこまでいっても本当にはならない。 「早く始めよう。私は何時でも大丈夫だよ」 出来る事は全てした。後はスタートの合図だけだ。 「時間ね」 ジークリンデ・グートシュタイン(BNE004698)は銀糸の様な髪が零れ掛かるのを背に払いながら、完璧に落ち着いていて冷静な声音で腕時計を見ながら言った。買い出しのワゴン車が出発してから丁度20分が過ぎる。何度もインターネットで情報を確認し、さらに道の破損や工事、事故などの状況が発生していないことは直前に確認している。仕掛けるには今が最適な頃合いだ。 「巡回が戻ったよ」 真昼の目が見えない筈のモノを見て言う。 「Sendung starten」 ショーの始まりだとジークリンデは言った。 ●時計は進む 進み出した時計の針はもう止まらない。 「侵入完了。こんな簡単なシステム、歯ごたえなさすぎ」 うさ子は冷たく言い放つ。今、管理棟でモニターしているのは数分間前のものがループしているのだが、疑念をもって注意深く見ないと見破る事は難しい筈だ。 「死角になっているのはこの辺りですね」 「おお、探す手間が省けたぞよ。よく気の利く坊じゃ」 無骨なゴムの手袋をつけたレイラインはフード越しに真昼の頭を撫で、器用に工具を使ってフェンスに人が通れる程の穴を穿つ。 「手伝うわ。邪魔にはならないつもりよ」 ジークリンデも持参してきた絶縁の手袋をしてフェンスを強引にこじ開ける。 「確かに監視カメラはないねぃ」 念のためにとアナスタシアは周囲を見渡し、隠しカメラがないかと夕陽色の瞳を光らせる。 「開いたぞよ!」 「待ちくたびれたぜっ」 レイラインの言葉とほぼ同時にその穴に隆明が足を入れ、すぐに身体をかがめようとする。 「まだフェンスの電流は生きているのよ」 低い位置で身を翻したジークリンデは少し小細工を施した送電線を切断した。 「俊介は先にぃ~」 「お、おうっ……うわああぁ」 俊介はアナスタシアに突き飛ばされるかのような勢いで隆明が抜けたばかりのフェンスの穴を通過し、すぐにアナスタシアも飛び込むように通過し一回転して低く身構える。 「早く行ってください」 ずっと千里眼を使って敷地内の様子を見ていた真昼とフェンスを切断したばかりのレイラインが僅かに出遅れているが、先頭の隆明はもう管理棟との中間地点まで移動している。 「急いでくれ! 外に閉め出されたらマズイ」 「わらわ達もすぐに向かうのじゃ」 俊介に急かされレイラインは工具を放り出して立ち上がった。 「うさ子ちゃん、上から管理棟に向かいましょう」 「……わかった」 嶺はうさ子を抱きかかえて翼を広げる。美しい白い翼が緑濃い森を背景に音もなく空中へと飛び立ってゆき、難なくフェンスを越えて管理棟へと向かってゆく。その頃には、管理棟の中がざわめき始めているのを猛然と疾走して接近する隆明の耳が捕らえていた。 「奴ら人質確保に向かう気だぞっ」 乱れる沢山の足音が管理棟の内部から戸口へと響いてくる。 「なんだ?」 扉が開くと同時に繰り出された隆明の拳! それが空を切ったのは先頭にいたフィクサードの男が尻餅をついて回避したからだ。回避は成功したものの、男の後にひしめいていたフィクサード達は外に出られず騒然とする。 「30秒押さえてくれ! 頼む!」 管理棟にたどり着いた俊介が地面に両手を着く。何度も創造してきた事をまたここでイメージすればいい。現実から空間を切り取るように隔絶された場を想像し創造するのだ。けれど一瞬でどうしても創り上げることが出来ない。 「俊介、そっちに専念ヨロシクねぃ! はふふ、おいで敵さん。針鼠で痛いのわけっこしよ?」 もう術に入った俊介には聞こえていないかもしれないが、アナスタシアは普段通りに声を掛け、身を低くして這い出してきたフィクサードに指先だけで『来い』と告げる。 「侵入者だ! 女達を守れ!」 管理棟の中から野太い声が響き渡った。敵襲……フィクサード達からすればまさにそうなのだろうが、女性達をさらいに来た暴漢のように言われるのは大いに心外だ。 「失礼だよ!」 嶺の腕をすり抜け地面に降りたうさ子の身体から気糸が伸びる。不意打ちではなかったけれど、可憐な姿に見惚れたのか一瞬動きが遅かったフィクサードの足に気糸がしっかりと絡みつき、頭から地面に転がりながら外へと出てくる。更にその次に出ようと身構えていた男の身体にも別の気糸が絡んで離さない。 「三尋木の皆様、ごきげんよう」 翼を納めて地上に舞い降りた黒髪の天女、嶺が微笑みながら敵を捕縛する。 「戸は駄目だ。窓だ、窓から出て対処しろ!」 3方向の窓が開き、そこから1人ずつハッキリと猫耳のある男達が飛び出してきた。だが、そこにもリベリスタ達が待機している。 「随分過ごしやすそうな別荘じゃが……こんな所に女性達を捕らえ一体何を企んでおる?」 「聞かれて言うはずないだろう!」 同じ様な耳を持つレイラインがフィクサードの行く手を阻む。 「じゃ言いたくなるまで待ってあげるよ」 真昼の身体から気糸が伸び、レイラインが対峙している敵とは真逆の窓から飛び降りようとしていた男の腕を捕らえる。 「あと2人!」 「まだ2人いるんだねぃ」 真昼とアナスタシアの警告通り、裏口から2人のフィクサードが管理棟を抜け出そうとしていた。そしてその先にある別荘の北欧風の窓から若い女性の姿が見える。 「けいちゃん!」 乱暴に窓が開け放たれ女性の声があがった。 「逃げろ! みんなを連れて逃げるんだ!」 名を呼ばれたらしいフィクサードが身振りも交えて大声で叫ぶ。女性はイヤイヤするように首を横に振り、すぐに別荘の奥へと引っ込んだ。 「逃がさないわ!」 2人を取り逃がすのはどう考えてもマズイ。一瞬で判断するとジークリンデは敵の背目がけて飛びかかった。前後を走るフィクサードの1人の足に手が届き、そのまま2人はもつれるように転がってゆく。 「は、離せ!」 「愚かな事を! 離すわけがないわ」 蹴られて美しい銀髪が泥に汚れてもジークリンデは手を緩めない。 ●小さなイレギュラー 「うるぉおああああああ!! どけぇえええええ!」 一瞬前まで管理棟の出入り口近くにいた隆明は猛然と走り出していた。1人たりとも俊介が創る『陣地』から逃すわけにはいかない。真っ直ぐ最短距離を通って軟禁されている女達がいるだろう別荘へ向かうフィクサードを追いかける。 「急げ、圭介!」 「そうだ、圭介の俊足なら追いつかれる筈がない」 フィクサード達は次々に防御のオーラをまといながら、ただ1人疾走する仲間に声援を送る。一方、陣地に専念する俊介はまだ動けない。 「恥ずかしがり屋さんばっかなら、あたしから仕掛けてあげるねぃ」 アナスタシアの無骨で荒々しい得物に目が行くのはフェイクで、本命は恐ろしい程の速度で繰り出される蹴り技だ。空気さえ切り裂くその攻撃は真空の刃を生み、敵フィクサードのオーラごと身体を切り裂いてゆく。 「俺達も女を助けに行こう!」 「そうだな。俺は圭介が向かった3号館に行く。お前達は6号館だ」 「わかった」 残るフィクサード達が北と南に別れて走る。 「行かせないって言ってるじゃない」 再びうさ子の身体から気糸が背を向けたフィクサードの身体を包み込むように伸びて、絡め取る。距離を考えれば今更走り出したところで構築される陣地から逃れられる筈がない。しかし、脳筋の何も考えない行動力を過小評価する事もうさ子には出来なかった。 「くそっ!」 「猛獣さん達には負けません」 なぜならこの身にも幾ばくかの獰猛な血が流れている筈だから……と、嶺は思う。ハンターの様に獲物に迫る気糸がフィクサードのふくらはぎからアキレス腱へと向かうカーブを狙い澄まして撃ち抜いた。 「がああっ」 もんどりうって敵が前のめりの転がった。 「何か知っておるのなら、今の内に言わずば言えなくなるものを」 防御のオーラなど歯牙にも掛けず、レイラインは管理棟の壁を蹴って空高く飛び上がった。歌う様に空気を切り裂きつつ、身をひねって回避しようとするフィクサードの動きに双つの扇が舞うように襲いかかる。 「どけっ!」 「ここで行かせたらせっかくの計画がふいになるから……絶対に通さないよ」 揃って走るマグメイガス達の前に立ちはだかった真昼は1人を気糸で、もう1人は言葉通り身を以て押しとどめる。 「邪魔するな!」 マグメイガス達が次々に喚ぶ稲光は地上間近で一気に広がり、幾度もリベリスタ達の身体を走り、貫いてゆく。 「離せ、このクソアマがっ!」 激しい蹴り技にジークリンデが引きはがされる。それでも、彼女の不屈の闘志はその炎を消しはしない。考えるまでもなく動く体は一瞬で体制を立て直し、再び腕を敵に伸ばす。 「忘れたのならばもう一度聞かせてあげるわ。離さないと言った私の言葉を」 全身の力全てを伸ばした腕に集中させる。絶妙のタイミングでジークリンデは集めた力を爆発させる。巨体であるはずのフィクサードの身体は見事に地面に叩きつけられる。 「くっそったれがあああぁぁ!」 何もかも捨てて走る隆明の腕がとうとう敵フィクサードの首根っこをひっ捕まえた。 「な、なにを!?」 「てめぇはあっちにすっこんでいやがれぇえええ!」 両手で振り回すようにして思いっきり元来た管理棟の方角へとぶん投げる。反動で隆明の身体は別荘の方へと飛び、肩から地面に激突しこすりながら滑ってゆく。 その瞬間、空間がブツリと切り取られた。俊介の力が管理棟の周囲だけを隔絶された閉じた空間へと変容させたのだ。全てのフィクサード達とリベリスタ達の戦場として……ただ1人、隆明を外へと残したまま。 「ま、間に合ったぜっ。さて、俺も戻るか」 隆明にとっての本番、待って待ってようやくやって来た拳を振るう機会。それが許される戦いの場この陣地の中にある。しかし……。 「きゃー、助けて!」 「みんな、逃げるのよ!」 別荘から転がり出てきた女達は全員、嫌悪と恐怖の混じった目で隆明を見つめて必死に反対側の別荘へと走ってゆく。このまま戻れば逃げた女達がどうなるかわからない。ここを抜け出そうとして、森で迷子になったり大怪我を負うかも知れない。 「ったぁくよぉ。放っておくわけにもいかねぇえじゃねぇか!」 自分が人質である女達の保護に一番向いていない事はよくわかっていたが、重い足取りで隆明が追い始めると、女達は悲鳴をあげて逃げ出した。 一方、脱出不可能の陣地内ではフィクサード達を劣勢に追い込んだリベリスタ側が揺さぶりを掛けていた。 「さあ、どうする? これが最後じゃ、退いてくれんかえ?」 隆明の代わりにとレイラインはなるべく闘気を全開にして、威圧感を強めて言う。実際、ここで決裂したらこれ以上譲歩するつもりはない。最後の1人が倒れるまで戦うつもりだ。 「ここを明け渡すなら陣地を解いてやる」 俊介は短く言った。どうせ首魁の美容の為の何かを作ろうとしていたのだろう。 「ここのデータは5人の身体的基礎データしかないね。極力リスクやストレスを減らしてとんでもない健康体にしたかったみたいだよね」 管理棟から出てきたうさ子はこの短時間で得られた情報を皆に伝える。資料も運動や体操、有機栽培やヘルシー料理のレシピ本、天然素材の衣料品、化粧品など徹底している。 「一体何をしようとしていたか白状するんだよぉ。かなり時間のかかるモノ? それとももう実験は始まっていたの?」 アナスタシアに詰問され、その強烈な蹴りに顔面を腫らせた男達がビクッと震える。 「健康にいい暮らしをさせろってそれだけだ!」 「あと、絶対に手を出すなって……」 「恋愛はプラトニックまで、なっ」 フィクサード達はうなずき合う。 「くそっ!」 陣地が解消されるその時まで、隆明と女達のゆる~い追いかけっこは続いていた。一定の距離をおいて走っていればフィクサード達の安否が気になるのか、女達は敷地の外へ逃げ出さないのを逆手にとったのだ。 「もう走らなくていい。逃げなくていい。私達は敵ではないわ」 ジークリンデが女達の進路を大きく手を広げて遮った。ジークリンデの凛とした自信に満ちた様子に安堵したのか、女性達が足を止める。 「みなさん、谷中村の方々ですよね」 すぐに嶺と真昼が隆明に代わって女達に近づいた。倒れ込んでいた女達は無言でうなずく。 「残念ですが、あなた方は危険な組織に狙われしまったんです。それにこれから危険な実験材料にされてしまうところでした」 「そんな……」 「嘘よ」 「信じられないわ」 けれど、女性達の口調は弱い。薄々は自分達の境遇を感じていたのだろう。嶺は背の翼を隠さずに話を続けた。 「私も昔『飼われていた』事があります。けれどそれは本当の幸せではないし、本当の意味で生きる事ではないんです」 返事も出来ない女達に真昼は接近はせず声だけを掛ける。 「あなた方を心配している女の子がいるだよ。オレ達が必ず安全な場所にまで送り届けるから、その子に元気な姿を見せてくれないかな?」 「自分のことよ。よく考えるといいわ」 ジークリンデは冷たくも暖かくもない声で言ったが、今の彼女たちには何かのきっかけになったようだ。 「……少しだけ時間を下さい」 女の1人が言った。 午後4時に電話が鳴りすぐに受話器があがる。 「おいーっす、霧島俊介だぜ☆ 聖女は頂いたよって凛子ちゃんに言っといてよ」 少しの無言の後、覚えのある声が聞こえてきた。 「うちみたいな穏健派にちょかっい出す暇があったら、他にすることがタンとあるじゃないかい?」 女の声には揶揄の響きが潜んでいる。 「うおっ、凛子ちゃんと直電?」 「あたしの大事な控えを横取りするとはいい度胸だよ。あんたの名前、このあたしが憶えておいてやろうじゃないか。安い敵で死ぬんじゃないよ」 そこで回線はブツリと切れる。 「何を企もうが全部潰してやる」 俊介は受話器を戻し、誰も居ない管理棟の開け放した戸から外へと出た。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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