● こんがりとしたきつね色、漂うのは焼き立ての香り。 フォークの先で突いてみれば、カリッとした音が伝わってくる。 ぷつぷつと開いた小さな穴に満ちていくのは、溶けたバター。 たっぷりとしたバターの池が出来た上に注ぐのは、黄金色の甘いはちみつ。 ナイフを差し込んでみたならば、さくっとした感触の後に伝わってくるのはもっちりとした手応え。 白くて柔らかいそれを口にしたなら……あなたはきっと、クランペットの虜! ――カフェ・ヒースクリフ ● 「はいこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。で、皆さんクランペットって知ってます?」 カードサイズのチラシを広げながら、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は首を傾げた。 何でも、アークにもたまに誘いの来る料理教室のメンバーの一人がオープンしたカフェらしい。 メインの写真に載っているのは、小さな気泡の開いたパンケーキのようなもの。 「パンケーキっぽいけど、イースト菌を使ってるからよりパンに近い感じだそうで……イギリスとかその辺の食べ物だって聞きました」 作り方は色々とあるが、この店のものは卵を使わず、少し塩気を含んだスタンダードなもの。 しっとりした生地ともちもちした食感は、パンケーキとはまた違う味わいだという話。 「甘いのだけじゃなくて、ご飯になりそうなトッピングもあるそうで。最近オープンしたばかりだから、良かったら皆さんでどうかなと思いまして!」 オープンスタイルのカフェだから、天気のいい日に向かってみるのがいい。 この季節の日差しはまだ強いけれど、風は確かに秋を連れて来ている。 外のテーブルで秋晴れの下お喋りに興じてもいいし、或いは早くなった暮れに合わせて温かい飲み物と共に静かに空の色の移り変わりを楽しんでもいいだろう。 深い色合いのウッドデッキと常盤色のパラソルは、落ち着いた風味で客を迎えてくれる。 「ね、良かったら行きませんか。ぼく、一人じゃ寂しいですから」 カードを差し出したギロチンは、そう笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月13日(日)23:12 |
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■メイン参加者 34人■ | |||||
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● はちみつの甘い香りと、焼き立てパンのような香りが店に満ちている。テーブルを覗けば、ふんわり厚みのある生地に今まさにナイフを入れる所だった。カリッとした表面の内側は、もちもちの食感で――。 「あの宣伝文、ずるい!」 年相応の少女の顔、拗ねた様な悶える様な、けれど楽しそうな表情で瑞樹は呟いた。熱く蕩けたバターに、黄金色したはちみつがたっぷりかけられて……そんな想像をするだけで、これからが楽しみになってしまう。ホットケーキやパンケーキとの差異を見出そうとしていた優希は、嬉しそうな瑞樹の様子に相好を崩した。その顔を見られただけで、来た甲斐がある。 メニューを見る前から決まっている、瑞樹の注文ははちみつバター。優希がそれに合わせて頼むのは、半熟卵のラタトゥイユ。 「優希のも美味しそう! 後で一口貰ってもいいかな?」 「ああ、勿論だ。交換するとしよう。こちらも美味いぞ」 バターの上で油分に弾かれたはちみつは宝石のようで、瑞樹は目を輝かせた。 「んー♪ とろけちゃう。宣伝に偽りなしだね!」 「そうか。それは良かった。ではこちらも」 はしゃぐ瑞樹の皿に、優希は丁寧に切り分けたクランペットとラタトゥイユを乗せる。その様子を見ていた瑞樹は、ふふっと笑みを浮かべた。 「ねえ、優希」 「うん?」 「はい、あーん」 切り分けた一口を、優希の前に差し出す。とろけるはちみつに、固まった自分の顔が一瞬映った気がするのは気のせいだろうか。考える。何だこれは、女子力と言うやつか。ならばしなやかに受け流さねばならない、何故ならば自分は武闘家だから――。 そうして覚悟完了した優希の理論武装は、瑞樹の表情一発で打ち砕かれた。 「あ、ああ。では折角だから、頂くとしようか」 平静の仮面は剥がされて、少し赤くなった頬を照れ隠しに掻いてからおずおずと。 口にした欠片は、とても甘かった。 クランペット。聞き覚えのない単語に岬は首を傾げる。壊れて出ない音があるのはクラリネット。皆殺しにするあれはトランペットだ。両方食べるものではないが、クランペットはバターとはちみつで食べられるのだから甘味的な一種だろう。内容は見当もつかないが、食べてみればいい。 「ボクははちみつバター、アップルシナモン、チョリソー&スクランブルの三皿とー。ロイヤルミルクティーなー」 定番と甘味、そして口直しも兼ねた塩気のあるトッピング。煮た林檎の上にシナモンパウダーを振りかけて甘さ控えめの生クリームを添えたアップルシナモンは、クランペットの食感としゃきしゃき感の残った林檎のハーモニーが絶妙だ。 「ホットケーキつーよりコンビニとかで売ってる菓子パンのもちもち系パンみたいな食感だねー」 普通のホットケーキより好みだな、とロイヤルミルクティーを口に運びながら岬は考えた。けど、お店に毎回来るのは少々不経済的である。 「レシピとかあったら家で作るんだけどなー」 兄が。 思乃はホイップクリームを彩る瑞々しいイチジクを口にする真希に顔を綻ばせた。美人のお誘いとあれば喜んで、二つ返事で頷いてくれた彼だが、デートなんか久しぶりで若返ったみたいだ。 「思乃さんは甘い物って好きですか?」 「私? 甘い物は好きよ」 俺は結構好きなんだよね、そんな風に口にする年下の男の子に、思乃はベリーの甘酸っぱさがアクセントになったショコラのクランペットを切り分けながら頷く。 「カッコイイし、甘いものも一緒に食べれるから女の子たちが黙ってないでしょ」 「いやいや。特にこんな風に女性と一緒に食べると本当にうれしそうな顔してくれるから、よりおいしく感じるよね」 微笑の合間に悪戯っぽく投げられた言葉をにっこり受け止めて、お返しのように、あーん、ってしたら食べさせてくれますか、なんて真希が尋ねてみたら。 「あら、あーんなんて、旦那にもしたことないのに」 「……って、してくれるんですか」 はりきっちゃおうかしら、そんな風に笑いながら差し出される一口に、かわいい人だ、と。 お互いの味見もしてみたい、切り分けて食べさせっこをしてみるのが良いだろう。 なんだか、本当にデートしてるみたいね。 思乃は冗談めかして舌に乗せたけれど、周囲から見ればそれ以外の何者でもなかったであろう。 くらん……なんとか。要するにホットケーキだろう。きっと。そんな認識で来たミーノは、差し出されたメニューに自分で焼かなくていいのか、と首を傾げた。 「えっと、じゃあ、とっぴんぐは……」 はちみつバターとアップルシナモン、ベリー&ショコラにホイップクリームとカスタード、更にチョコチップをたっぷり乗せたなら、上からフルーツをどどーん、で。 「にゃっほい!! ミーノとくせいうるとらすしゃるわんだふるでりしゃすすいーとくらん……なんとかとうじょうっ!!」 そんなに食べられる? と笑った店員さんに大きく頷いたミーノの前には、大きなクランペットの山。すっごいぼりゅーむ、と呟いたものの、言った以上は勿論完食するのだ。 ナイフとフォークを手にその山に挑むミーノは、頼むなら交互に、と言おうと思っていたリュミエールの想像の斜め上を行った。バランスを取るために食事に近いサーモンサラダを頼んだ彼女は、唇に生クリームを付けながら幸せそうに頬張るミーノに改めて感心する。 「ツーカお前の胃袋本当にスゲエナア」 小柄な体の、どこにこれだけ入るのか。考えても分からない。人体の神秘。最後に飲むためのはちみつミルクを頼みながら、リュミエールは手や口をべたべたにするだろうミーノの為に濡れタオルも頼むべきかな、とちらりと考えた。 新しい店内は、明るく広い。 「わたしも初めて聞いたんだよね、クランペットって」 一緒に行こう、と誘ったアリステアは涼の向かいの席に座りながら、一人だと恥ずかしいかな、なんて呟いた彼に首を振った。メニューは甘いものからチョリソーなんてちょっと辛いものまで幅広い。だから甘いものだと……なんて敬遠してしまう男の人でもきっと大丈夫。 生のブルーベリーとラズベリー、中央にはつやつやとした赤い苺。粒の残ったベリーソースが円を描くようにクランペットの周りに敷かれていて、とろりチョコレートソースを掛ければ出来上がり。口に含めば、少しの苦味と甘酸っぱさが混ざって丁度いい。 アリステアは思わず顔を綻ばせたけれども、向かいの彼が切り分けるそれもおいしそうで――。 「……ってもしかして、目で訴えてた?」 心を読んだかのようにフォークを差し出した彼に問えば、悪戯っぽく笑って首を傾げる。素直に口にすれば、クリームが蕩けた。 「じゃあこっちもどうぞなの。違うものを頼むと、交換できて二度美味しいねっ」 常盤色のパラソルの下、そんな光景を視界の端に入れた悠里は僅かに立ち止まって考えた。 愛しい恋人は甘いものが好きだから、こういう店も気になるのだけれど……涼と同じく、年頃の男子としては少々入りにくい部分がある。と、そんな事を考える悠里の肩を叩く手。 「気になりますか? お姉さんと一緒にどうかしら?」 海依音。悠里よりも年若い少女の姿をしてはいるが――その中身を知っている彼は逡巡した。 空を仰ぐ。良い天気だ。 暇なのは結構なこと。特にアークにとっては、仕事がなくて路頭に迷うなんて実は理想郷なのかも知れない。自分達が不必要になる為にせっせと働いているんだなあ、としみじみと考えていた火車の首を、誰かが掴む。 「宮部乃宮君、貴方もいらっしゃいな、今日はお姉さん奢ってあげる」 「……は?」 振り返った先には海依音と悠里。休みには珍しいにも程がある取り合わせ。 「いきなり恵んで貰う程落ちぶれた雰囲気は醸し出してねぇ筈だが?」 「……いや、一緒に来てくれない? 一人で海依音さんと一緒ってなんか怖いし……」 疑問を浮かべた火車に、悠里は耳打ち。目の間の修道女は無償の愛を注ぐような性質ではない。何かあるんじゃないか。疑う気持ちも分かるだろう。そんな事を目で訴える。それに何より。 「海依音さんと二人で甘味処に入ったって噂になって、カルナの耳に入ったら……!」 「……あぁ、おう、そうだなそういうのあるよな仕方ねえ」 色々あって彼女の部屋に入れなかった男、設楽悠里。辛うじて過去形になっている今だが、そんな噂が流行ればいつ現在形になるか分かったものではない。だからお願い、と手をあわせる悠里に頷いて。 「しかしアークでも指折りの守銭奴が、どういった風の吹き回しだぁ?」 「やだわ、珍しくお姉さんぶりたいだけです。興味あるでしょ? クランペット」 底を疑う男連中を笑い飛ばし、海依音はその腕を片方ずつ引っ掴み店へと引き摺っていく。 「ワタシベリーショコラにしよっと! あ、違うの選んでくださいね。シェアしましょう!」 「シェアってなんだ……」 「なんか女の子みたいだ」 「海依音ちゃん女の子ですもの!」 「んー、僕はアップルシナモンにしようかな。あとコーヒー。火車はどうする?」 「んじゃオレコーヒーに……ゴルゴンゾーラ&メープルかな」 この後雨でも降るんじゃないか。 焼きたての香りに包まれながらも、疑念と一抹の不安を残したまま――午後のひと時は過ぎて行く。 ● 狐色に焼き上がったクランペット。割り開けば湯気さえ上がってきそうなそれを切り分けながら、義衛郎はパンケーキとホットケーキの違いに改めて首を傾げる。 甘くないから。生地の成分が違うから。実は同じ。とりあえず明確な差はないらしいから余計に分からない。けれどこれならば、食べたらまあ判断できるだろう。 色々な種類を食べたいからハーフにして貰ったけれど、色とりどりで食欲をそそる。レタスにスモークサーモンを乗せてフレンチソースを掛けたそれはサンドイッチにも似ていた。ゴルゴンゾーラとメープルは、甘みの後で残るのはチーズの風味と塩気。悪くない。 「あ、アップルシナモン、ベリー&ショコラ、ホイップクリーム&ナッツ&チョコチップ、季節のアイスを」 皿が空になる頃に、店員さんに追加注文、デザート系も欠かせない。ダージリンを流しこめば、義衛郎の体に満ち足りた感覚が広がる。ああ、よく食べた。 ジャージはないだろうジャージは。 そんな説教と強制着替えを食らった佳恋は、どうしてこうなった、と首を傾げる。 魔神との戦いで傷を負い、家で休養でも、と思っていた所をセレナと桐に連れ出されたのだ。二人としては佳恋の気分転換に、と思っての事だったのだが、高校のジャージのまま出て来ようとする彼女に出発前から一騒動である。 セレナはどうにか佳恋に女子力に目覚めて欲しい様子だが、桐にとっては底が抜けた樽に水を入れているように見える程度に前途多難である。 まあ、そんな事はさて置き。 「はちみつバターにするか、カスタード&オレンジにするか……」 「私はカスタード&オレンジを頼みますね。飲み物はダージリンで」 「うーん、両方行ってみようかしら。アールグレイで。佳恋は……」 「怪我の回復を早めるには、ビタミンAとビタミンEが大切と聞きました。ええと、これは……炭水化物ですよね? だとすると」 ごんっ。 真剣な表情で口にする佳恋に、セレナの拳が飛んだ。割りと本気だ。怪我を悪化させない程度には加減しているが、結構本気だ。怪我を治すのもリベリスタの仕事で、なんて口にする佳恋を黙らせる程度にセレナはにっこり微笑んだ。 「そろそろ私も本気で怒るわよ?」 「わかりました、食べます、梶原さん何か怖いですよ今日!?」 「こういう所では素直に美味しさを楽しむものですよ。セレナさんも女子力が下がっちゃいますから程々に」 前途は、本当に多難だ。 桐が仰ぎ見た空は、青く抜けていた。 余り思い詰めないように、という気遣いだけは――多分、伝わったのだろう。 「ハッピーバースデイ遠子!」 「とーこちゃん、お誕生日、おめでと!」 「正太ちゃん、よすかちゃん、ありがとう……」 拍手と共に贈られた言葉に、遠子ははにかみながら礼。 「くー、もう18歳か! ちっくしょう、先を越されちまったなあ……」 すぐに追いつく、むしろ追い越す、と豪語する正太郎に、よすかは年は追い越せないよ? と首を傾げた。よすかの方が、正太郎よりおねーさんだ。身長はもう追い越されてるね、と遠子は小さな笑みを浮かべた。数年後には、もっと見上げるようになっているのだろうか。 置かれたクランペットは、誕生日の特別のお祝い。 真っ白なたっぷりのホイップクリームで覆われた上に、苺に桃、オレンジにマンゴー、キウイにバナナ……チョコレートソースを上に掛けて、ケーキのようにデコレーション。 ろーそくって、立てちゃだめかな。そんなよすかの問いに遠子が尋ねれば、ハートの形のキャンドルをさしてくれた。 「凄いね……本当に誕生日ケーキみたい……」 「この新しい一年が、こんな風に楽しいことてんこ盛りの最高の年になるようにしようぜ!」 「ふーってしよう、ふー!」 はしゃぎながら祝う二人が差し出したのは、本を愛する遠子に贈る一冊。 「初恋、とかどうかな。ツ、ツルゲーネフ!」 「俺は『はらぺこおおむし』って絵本なんだけどさ、面白い話だったぜ!」 「プレゼントまで用意してくれたの……? 本当にありがとう……」 実は読んでないんだけど、と笑うよすかと、遠子の思い出の一端をなぞるようなそのお話をうっかり喋り出しそうになった正太郎に、遠子はまた微笑む。大切にするよ、と。 その内――自分で焼いたとびきり美味しいクランペットをお返しにご馳走しよう。 生成り色のロールスクリーンで和らげられた陽光。こういうのは嫌いじゃない、とエリエリは周囲を見回した。女の子だから、お洒落で素敵なものは好ましい。メニュー表を差し出す存人はエスコート役……という訳でもなく、一緒に楽しむお友達。 だが、今日の目的はただクランペットを楽しむだけではない。 「天才的プロアぱわーで再現し、姉妹たちにおいしいクランペットをつくってあげるのです!」 こくり、頷くエリエリに存人は僅かに微笑んだ。彼女には姉妹が多い。血の繋がりは、ないけれど――エリエリが彼女らを何より大事に思っているのは、彼にも伝わってくる。再現を目論むならば、余り他と混ざって複雑な味になるのは避けたい。つまりは定番、はちみつバター。気分も舌もすっきりさせる為のミントティーも一緒に頼めば完璧だ。存人が頼んだのは半熟卵とラタトゥイユ、それにコーヒー。 「それではお代官様、約束通り半分を」 「うむ、約定どおりなのです」 クランペットの半分を存人が皿に移せば、エリエリも笑ってはちみつの雫ごと受け渡す。 外側のさくりとする部分を越えて、歯が噛み締めるのはもちもちの部分。パンにも似たその食感。 「むしぱんになりたい……ちがう、くらんぺっとになりたい……」 「……エリエリさん、それは食べられてしまうのでアウトです」 頬に手を当てて、幸せそうにそんな風に呟くエリエリに突っ込み――けれどどうやら、味はしっかり覚えられそうだ。 世界各国、独自の料理というものは存在する。 「クランペット……昔イギリスとかで食べたような気はするわ」 職業柄回った国の多いエレオノーラは遠い記憶を辿って思い出す。アフタヌーンティー等、お茶やそれに付随するものの記憶はあるが他がどうにも思い出せないのは……お国柄というべきか。 温かいクランペットと冷たいアイスの組み合わせか、それとも王道を行くか。写真も交えたメニューはどれも美味しそうで迷ってしまうけれど、お茶はマロウで決まり。一緒していいですか、と声を掛けてきたギロチンが首を傾げる。 「それお茶ですか?」 「青色が綺麗でしょう? 慣れない人は気味悪がったりするけど、ちょっと勿体無いと思うのよね、あたし」 透明な青は、ウスベニアオイとも呼ばれる香草の色。喉に優しいとも言われるそれは、じんわり体に染み込んで行く。 「ね、ギロチンちゃん。ひとりは寂しいならまた貴方の楽しい話を聞かせてくれる?」 「本当ですか。一杯ありますよ?」 「ま、クランペットが冷めない程度にね」 薄青の目を細めたギロチンに、エレオノーラは一つ釘を刺して微笑んだ。 「クランペット、かあ。初めて食べるなあ」 「最近、できたばかりと聞いて、是非にと」 男一人だとどうしてもこういう店は行きにくいものだ。だから快にとって雷音の誘いは渡りに船。メニューとにらめっこしてどれにするかを迷う彼女を待って、季節のアイスを注文した。 焼き立ての熱いクランペットの上に乗った優しい色合いのアイスは、ゆっくりと柔らかくなっていく。アイスがクランペットに絡まって、舌に乗せれば冷たさと温かさが交じり合った。口に広がった甘みは、深煎りのコーヒーの苦味を引き立たせてくれる。 はちみつバターに添えて頼んだマロウに、雷音はレモンを一滴。澄んだ青色は、可愛らしいピンクへ。魔法のようなその飲み物は、雷音のお気に入り。 「最近、一気に色々なことがあって目が回ってしまうのだ」 「やるべき事はいつだって次から次へとやってくるけど、俺達に出来る事は、それを一つ一つやっていくしか無いからね」 飲み物を手に、そんな会話。すべき事は、やらねばならない事は矢継ぎ早に訪れて待ってはくれない。だからこそこんな時間が大切だ。日常を愛する快は、いつだってそう思っている。 「ああ、折角だから、こっちのも食べてみる?」 そんな快の優しさに、雷音は微笑んだ。快にとって雷音は妹分で、雷音にとっても優しいお兄さんのような存在だった。でも今、憧れにも似たこの気持ちはそれと少しだけ違うのだけれど――口にする事は、ない。 「うん、おいしいな」 ただ、今の時間を大切に。 そんな穏やかな二人の後ろを通りながら、少し視線を彷徨わせて、レイチェルは息を吐く。 隣の彼は、夜鷹は笑顔だ。 微妙な関係のまま過ごして来た彼とようやく心からの思いを伝え合い、恋人となったけれど……改めてその関係を意識すると、レイチェルは無性に緊張する。対して、想いと躊躇い、安堵と不安のせめぎ合いを超えてようやく繋げた手に、夜鷹は嬉しくて堪らない。 視線を合わせられないまま席について、アールグレイを飲もうとしたレイチェルの前に差し出されたのは、とろけるはちみつのクランペット。 「え、なにしてるの夜鷹さん……?」 「レイ、口をあけてごらん?」 頼んだ品物は一緒なのに。そんな事しなくても。言い訳のように呟くけれど、もう片方の手で髪を撫でる彼が笑ったまま引かないから、いただきます、と口を開いた。 恥ずかしくて、嬉しくて、ドキドキして味がよく分からない。 「レイ、可愛い。……好きだよ」 「……ほんの少し前までヘタレだったくせに」 心を込めて告げた言葉に、赤い顔を隠すようにしながら返したレイチェルの仕草さえも愛しくて――夜鷹はまた、好きだよ、と笑った。 ● いつもの友人との会話も、美味しいお茶とお菓子があれば更に弾む。 「クランペットか、食べたことがないが美味しそうだな?」 「俺様も食べるのはこれが初めてだ……」 メニューを眺めながらどれにするか考えるユーヌと木蓮も、また同じく。 「折角だから半分こしながら食べるか?」 「おうっ! 色んな味が楽しめるしな♪」 季節のアイスにはちみつバター、余裕があったらベーコンとチーズも頼んでみよう、なんて会話をしている間に運ばれてくるクランペット。蕩けていくバターとはちみつ、季節のアイスに添えられた紅葉型の小さなチョコに写メを撮る様子は、まさに『普通』の女の子達。栗のアイスは少し粒を残していて、ざらりと残る舌触りが風味をしっかり伝えてくる。けれど甘さは控えめだから、あっさり食べ易い。 「おぉ、予想してたより美味い……」 「うん、はちみつが良い甘さ」 「ユーヌのも良い味だな、秋の味わいって感じ!」 はしゃぎながら過ごすのは、いつもの日常。 「そういえば鹿の角は生え変わるらしいが、木蓮は生え変わるのか?」 「ん? 生え変わるぜ、わりとすぐ元通りになるが……!」 ……革醒者にとっては日常会話である。 その後ユーヌの艶めく髪に話が移り――追加のベーコン&チーズがなくなる頃には、外はすっかり暮れている事だろう。それでも話は、尽きないのだろうけれど。 「クランペットって初めて聞くなぁ」 甘くないホットケーキみたいなものだろうか。詠太郎は考える。まあ食べれば分かる話。 「それじゃベーコン&チーズと半熟卵のラタなんとか!」 注文なんて伝わればオッケー。酒はないらしいのでコーヒーで。 けれど幾ら良い香りがしても、一人だと何処か味気ない。 「ギロチン一緒に食べようぜー」 「はーい、可愛いお姉さんじゃないけどいいですかー」 両手に皿を持ってテーブルを移って来た詠太郎にギロチンは笑って返す。何処となく雰囲気が似てるのは何か若干駄目男な辺りだろうか。 「ギロチン何食ってんの? 俺は肉と卵ー」 「わーアバウト。カスタードオレンジです。美味しいですか」 「こういうの初めて食うんだけど案外うまいな。いつもは和食メインだわ」 「へえ、和食って作るの大変じゃ」 「よー、ギロチン付き合え」 ばん、とそんな背中を叩いたのは竜一だ。いつもはぼっちですと声高に叫びながら満喫している彼だが、今回は彼女を誘おうとして先約があるっぽいので遠慮したらしい。気遣いのできるリア充めって誰か言ってやってください。とは言え、依頼に関して挑む姿勢は真面目な竜一だ。休息の時でもないとフォーチュナとの関係は深めにくい。 「ほら、俺らマブダチじゃん? お勧めある?」 「はいはい。ぼくの好みでいいんですか?」 「ふっふっふ、味の好みでも人というものが出てくるものさ……」 冗談のように決めポーズで呟く竜一だが、すぐに笑い。人間なんて、そんなに簡単に分かるようなものではないのは重々承知である。 「そういや俺、ギロチンに普通にタメ口聞いてるけど敬語とか使った方がいいの?」 「ああ、その辺はお気になさらず」 「ヘイ、奥地の恋人断頭台ギロチンさん。ご飯おごってヨ」 「ロイヤーさんは少し色々気にして下さい」 椅子の背にもたれ、気軽に紛れ込んだロイヤーに裏手で突っ込みつつ。クランペットでもトランペットでも何でもいいからー、と言い出す彼女もいい年だがそんな事を気にするのはそれこそ今更であった。 「いいからご飯付き合いなさいヨぎろぎろ」 「恋人とか」 「生まれてこの方いたためしがネーよ。大金持ちの肥満なら誰でもいいってのに」 「それ遺産残して早死にしろって事じゃ」 「気にすんな。あ、ハンバーガーとコーラで。いや嘘です。とりあえず肉っぽいので」 流石TPOとかわきまえる系ヒーロー(自称美少女)。チョリソー&スクランブルにベーコンを追加したクランペットを前に、ロイヤーははちみつミルクを口に運んだ。風は涼しく髪を撫でていく。 「そろそろ秋の訪れだね……あ、枝毛」 「ロイヤーさん。女子力」 駄目人間同士のフォーチュナは、これでも結構仲は良い。 美味しいものは、愛しい人の為に。夢見る乙女の心は一途だ。 「さおりんにおされなモーニングを作ってあげる研究としてですね」 メニューを見詰めながら、そあらは注文を告げていく。はちみつバター、ベリー&ショコラにカスタードオレンジ。朝食ならばバジルシュリンプやアボカドシュリンプ? 愛しい眼鏡の彼は海老が好きだったはずだ。添えるハーブティは何がいいだろう。朝だから目を覚ますためにミントティ、それともビタミン補給も兼ねてローズヒップか。 幸せな朝を想像してほんわり顔を緩ませるそあら。愛は健気なものだ。きちんと食べて、研究をして――口に運ぶそあらだが、やがて『それ』に気付いた。 「……困ったのです」 目の前には、お皿が沢山。けれどそあらは、一部の者と違い無尽蔵の胃袋を持っている訳ではない。 「注文しすぎて食べきれないのです」 当然といえば当然の結果に悩む彼女の視界に入ったのは見知ったフォーチュナ。 「あ、ギロチンさん。丁度良いです、(食べ残しだけど)これ全部あげるですよ」 「心の声入りませんでしたか!」 「気のせいなのです。食べ掛けに見えるのも気のせいなのです」 だって全部、愛の研究の結果なのだから。 ……残ったクランペットは、ギロチン(と周囲にいた人)がおいしく頂きました。 柔らかな日差しの降り注ぐ、穏やかな午後。 常盤色のパラソルが影を作り出すそこに、旭と鏡花は向かい合って座った。 「わぁ、おいしそ……! ね、ちょっと交換こしよ?」 「ああ、構わない」 ベリー&ショコラも甘い良い香りだけれど、きめ細かいホイップクリームに沈むマスカットの色も鮮やかでおいしそう。目を輝かせた旭に鏡花も笑い、お互い初めてのクランペットを切り分ける。 喜多川さん、と呼ぶ鏡花とお出掛けするのは初めてだ。まだまだ知らないことだらけ。けれどフルーツ系は好きらしい。一つ、知ってる事が増えた。 「甘いものすき? 辛いのは?」 「どちらも好きだな」 「じゃああんまり好ききらいない……?」 わたしはね、グリンピースとレーズンと、あとね、うに。指折り上げていく旭は、合間にクランペットを食べて顔を綻ばせる。鏡花も微笑んだ。この街に来て、当てもなく歩いていた時に声を掛けてくれた旭。頼れる人もなく、孤独であった鏡花にとっては感謝すべき存在。もう三高平での生活には慣れた? と、そんな風に聞いてくれる旭とは年が近い。学園に通ってみるのも良さそうだ。 「わたしは今年高校卒業なの。あっちでも会えたらいーな」 笑う旭に、頷きを返す。 三高平での生活は、穏やかとは行かないかも知れないけれど。希望は、見えてきた気がする。 考えて、鏡花は旭と交換したクランペットを口にした。 それは甘酸っぱく、柔らかく――温かい、味がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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