●畏怖でなく畏敬でなく その男の名は余りに有名だった。 然し、それは悪しざまに表現されるものの一つでしか無いことは明らかだったのだ。 それもそうだ。その男は業界のルールというやつを何一つ知らないばかりか、その尽くを破って身を立ててきたのだから世話はない。 横紙破りは常々、喜ばれるのは最初だけだ。 二度目以降になってしまえばそれは只の自分勝手でしかなく、多くの賛同を得るには余りに稚拙であることを彼は知るべきだった。否、知っていたところで彼がそれをやめたかと言われれば甚だ疑問なのだが。 そして、彼は自らの因果に食いつぶされる形でその一生を喪った。ああ、とてもよくある話だ。面白くもない。 だが、彼にとってそれは悲劇でも何でも無く。 復讐なんて考えたわけでもなく。 やはり彼にとっての生きがいは、『横紙破り』だけだったりするのだ。 ●マイ・シャウト・トゥ・マインド・スナッフ 遺棄された音が森を劈いて鳥を乱す。踏み入れた人が狂う。世界に無数にあるであろうありふれた森において、思いもがけず狂気と出会ってしまったが最後、それらは本来の形を喪うのである。 「主張を伝えようとする余りそこにあるルールを見失う。自分が其処にいると叫びたいがために他のすべてを見失う。まあ、人間らしいっちゃらしいですけどね」 「手段が明らかに人の領域からトバしてることは無視なのな」 リベリスタからの痛烈な指摘を、しかし『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は無視することにした。 エリューションの理屈をフェイトを得た側から、しかも狂人の理屈を語れと言われても答えられないからだ。 その心の動きは人間らしくはあるのだが。 「ノーフェイス、識別名『クロースエンデッド』蓬莱 明陽(ほうらい あきひ)。僕も噂程度でしか知りませんが、ごくごく一部の界隈では問題児として有名だったそうですね」 「確か放送作家なんだっけ? 死んだってのは聞いてたが……」 「よくご存知で。放送作家なんて、普通あんまり知らないモンでしょうに。まあ、生き方に問題があったのでしょう。結局、こうやって電波塔に陣取って何かやらかそうとしているのは明白です。彼を厄介たらしめているのは、寧ろその周囲のスピーカー、識別名『バデストフォーチュン』ですね。これらを媒介にして、能力を増幅させている様です。加えて、どちらかを長時間残しておいてもいい影響はないときた」 「お前の持ってくる依頼って本当……なんなの?」 「知りませんよ」 そう、未来を見ると言っても、テレビのプログラムは割とどうでもいいのである。少なくとも、世界の維持には。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月10日(木)23:13 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● それは、悲鳴とも咆哮ともつかないものだった。絶叫ではない。そこまで、声高らかに謳うものではないはずだ。 存在に対して意味がなく、存在そのものが意味なれば、それに意味を与えようとした時点で全て全てだめになる。何もかもをが無に帰すだろう。 だから、無意味な存在は無価値な価値観を振り回したかったのだ。振り乱したくて、堪らなかったのだ。 「破天荒な性質か、杓子定規な量産品より面白いな」 結局は垂れ流されるだけの産廃が、しかし少しばかり面白い程度には昇華されたのだろう、などと。 いつものように毒を垂れ流す『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)にとって、つまらないものはつまらないのである。何をどう奇を衒ったところで、ベースが絶望的につまらないのであればそれは無意味なのだ、何にしても。 電波塔の下に立つ姿を見れば、それが狂っていることは十二分に理解できる。だが、狂い切れていないようにも見える。それは、彼女が相当な狂気と向き合いながら普通を貫いた結果として、何もかにもが普通にしか感じられないから、なのだろうか。 少女の声は届いたか否か。眼前の存在は狂ったように超え尾を上げ続けながら、しかし彼女らリベリスタへと油断なく視線を向けている。自らの独演会(ひとりあそび)を邪魔するであろう存在へ向けて、ただ向けるのは無形の敵意である。 「死んじゃってたんだ、割と嫌いじゃなかったのにな」 そんな状況に於いて、その名……『蓬莱 明陽』なる人物の名を知る数少ないリベリスタであった『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)は、その事実に今更ながら直面する。 死んでしまっていた。有りがちな芸能界の命の残滓をここで、見ることになるなんて。決して正当ではないし正道ではなかったけれど、ちゃんと、世界があったはずの人間が。死んでいるのだ。 侮蔑だって知っている。名を知るということは生い立ちを知ることと同義で、その在り方だって理解していた。だから、こうして人の姿を保ったまま人として道を外した存在を前に、侮蔑を重ねることなく死ぬべしと、力を振るわなければならないのだ。 「まあ、人は慣れるものですからな」 何があっても、どうなっても、最終的に人は特異にだって慣れてしまう。 人の心の重さにも、世界が見せる悪徳にも、口さがない陰謀論にだって慣れてしまう、そういう存在だから。 『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)にとってのカレーの辛さがそうであるように、自然と人は慣れてしまう。……なれないことも、あるだろうけれど。 世界への八つ当たりにしか見えないその行動を、果たしてどう非難スべきなのだろうか。 己を見失った存在へ向けて、何をどう向ければ正解なのだろうか。やはり、彼には真たる理解は難しいと思わせるのだ。 だから今できることはといえば、それ以上の『横紙破り』をさせないこと、ただそれだけ。それだけを望まれて、リベリスタとしてここにいるのだ。 ……尤も。相手の目的が皆目見当もつかない以上は、その運命を見届ける以外に出来ることなど無いのだけれど。 「生きてても死んでてもダメダメですからな、さっさと処分してしまいましょう♪」 カード束を二セット、両手に構えた『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の視線の先に、実のところ『クロースエンデッド』と冠された人物の姿はない。正確には、その存在が彼女にとっては只の収入源、或いは奪い取るべき対象としてしか見えていないのだ。 故に、その相手に対して何ら感慨もなければ敬意もない。その人間が送ってきた人生に関して、何ら思いを抱くことも無い。それが悪いわけではない。ただ、淡々と自らの求めるもの、それのみを求める姿であることは明らかだ。 さて、それが『リベリスタとして』正しいか、といえば否と言う他ないだろう。利己主義のみで世界が正しく回る訳が無いことは、何より先に明らかだ。 だが、それが彼女なりのパフォーマンスの現れだとしたらどうだ? 無論、それは是であろう。結果論と感情論、世界が正しく回るなら、常なればこそ前者である。 「かなり暗いですね……発光の能力を最大限に活かさねば……」 リベリスタ達にとって、深夜の森の中というのは不利として捉えられた試しは非常に少ない。 各々が十分な対策をとった上で戦場に立つ以上は、状況の左右は些末事として処理されてしまうからだ。故に、『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)のように『最初から見える』のではなく『見える状況を作る』やり方は、状況対応としては悪いものではないのだ。 当然、この手法の良し悪しは暗視などを駆使するよりもはっきりと発生するのだが、相手が一歩も動かず戦うというのならばそれは障害にすらなりえない。 周囲に浮遊するスピーカー達の存在を忘却してしまわぬ程度、細心の注意を払う必要はあるかもしれないが……元より、放置してしまえるほど容易な存在でもないらしい。 「……よう」 「ん? どうかしましたかな?」 ぼそり、と消え入るような声が闇間に響く。耳ざとくそれを聞き取った九十九は、視線の先で明陽が顔を上げたのを確認した。 笑っている、心から。一切の忌憚なく未来への不安なく、ただこの時を待っていたとばかりに笑っているのだ。 愉しんでいるのか。この状況を。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――」 焦りというよりは、決断。双葉の声が高らかに自らを宣言するのと。 「始めよう、一切合切滅茶苦茶にする社会の脆さを体現して、終わりを終わりを始めよう!」 「魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 男の狂気じみた絶叫が闇を揺らしたのとは、殆ど同時だった。 ● 「さて、踊ろうか? 音程整えば少しはましに聞こえるか?」 騒音を撒き散らすスピーカー達へ向け、ユーヌは正面から挑発に打って出た。 タイミングを重視する戦場の掃討は、全てが見える範囲にあることが大前提となる。 死角に回りこまれた挙句撃ち漏らしてはたまらない。幾度を超えて、挑発と揶揄とにかけて他の追随を許さない彼女を前にして、攻撃衝動を収めることのできる人間は限られる。不幸にして、そのような個体が居なかったというのもあろうが。 無論、それは包囲したスピーカー群のみならず、だ。挑発されたことの苛立ちに蹈鞴を踏んだ明陽は、しかし驚きこそすれ怒っているようには見えなかった。或いは、酸いも甘いもをわきまえてのポーカーフェイスか。 突き出された指先から振動が大気を震わせ、超音波となってユーヌの耳朶へと忍びこむ。 それが神秘であればこそ、回避することが出来たのかもしれない。音に敏な彼女は、それの意味を判ずる前に横に飛んでいた。 一瞬遅ければ神経を狂わされていた。恐ろしきは、神経を蝕もうとする敵意の塊か。 「まとめ撃ちは私の得意技ですからな。全部撃ち落して上げましょう」 仮面の奥でどのような表情をしたものか。九十九の声に合わせてマズルフラッシュが閃き、動かない戦場の主もろとも貫いていく。威力は高い。だがそれ以上に精度が高い。自らの主張を吐き出すだけの舞台装置たる彼らにとって、命中精度に生きたスターサジタリー達は大きな天敵のひとつである。 回避が出来ない状況下にあり。 当たり続けることの危機下にあり。 そして狙うのは対等以上の相手(の群れ)ときたものだ。 こみ上げてきた笑いを吐き出すことをすんでのところで堪え、扁平な表情で佇む明陽はやはり、存在が挑発的だ。 (世界への横紙破りは許されないでありますからな。今までも、何度でも止めてみせますとも) 世界への横紙破り(それ)は、即ちリベリスタに対する宣戦布告と取られるべきものだ。世界を乱す出来事は数多あり、その一つに過ぎないこの事件は、然し彼にとっては唯一無二の自己表現。悲しいかな、それしかしてこなかった人間の決死の表現技法なのである。 「あはっはははははははは、さぁ今宵も鮮血の花が咲き乱れる時♪」 更に悲しきことに、感傷的な空気はそれを匂わせる前にエーデルワイスがぶち壊し、なかったことにしてしまう。彼女の指先から連続して放たれたカードの弾丸は、尽きることも消えることもなく、全てを貫こうと動く。だが、スピーカー群が必ずしも無慮にて動いているわけではない。統率のとれたカバーリングで、その鬱陶しい射界から互いを外そうと躍起になっている。スピーカー同士がぶつかり合う鈍い音、銃弾を受け止める鈍い音、或いはそれ以外を受ける音。次々と叩き込まれるそれらは、順当に『アンバランス』を作り出す。 「……面白みに欠けるね、常識的観点はやはりつまらない」 動きもせずくすりともせず明陽が指を持ち上げる。空気に干渉し音を弾くのは先程と変わらない。それに真っ先に気づいたユーヌがため息を漏らすか否かの変わらなさ。また自分を狙うのだというならば受けて立つ――それが、意識の僅かなズレだった。 音の爆発。音響機器にありがちなハウリング。特異な音が爆ぜるそれは、周囲に音を感知する生物が居ればその全てを叩き落として余りある異常である。神秘を音にのせた際の波及能力は、マグメイガス達の基礎魔術からも明らかだ。避け得なければ、更なる危機に押し込まれる。 「お待ちください、すぐに回復をっ」 双葉が、そしてエーデルワイスがその音響の影響をまともに受け止め、動きを鈍らせる。自らの体力を魔力に置換し、次に備えていた双葉にはそれは余りに重い一撃だ。か細い悲鳴を上げ、喉奥に怒りを備え、倒れることを己に許さない。 一撃を受け止めたと言う意味ではリサリサも同じだ。もとより受け止める覚悟がなければ、受け止めるだけの器がなければ、きっと彼女も双葉と同じ状況に置かれていたことだろう。 だから、自らを誇らしく感じもする。癒やすために倒れぬ為に、鍛え上げた自分自身を何より誇ろうと思うのだ。 光の先に見える仲間を見誤らない。詠唱一文毎に自らの世界を認識し、癒やしの手を緩めない。 魔力の循環を完璧に行い、一分一秒無駄にはしない。 全ては決意あればこそ。 「我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 己の血と魔力で編みこんだ鎖が地面から伸び上がる。双葉の、肺から全てを吐き出すような魔術の詠唱は次々と対象を捉え、自らの望む流れに引き込んでいく。 ……そして、それでは止まらない。右手を突き出した姿勢から、逆の手を突き出す。時間の神の気まぐれか、かはたまた自らの動きに無駄がなかった故か。血の鎖は二度翻り、攻撃手の中で比較的火力に乏しい彼女のそれを、仲間と同域にまで昇華させる。 火力の不足は、しかし能力の不足ではない。マグメイガスの真骨頂は、多大な魔力から生み出される数多の状態異常にある。 「む、ぅ……?」 気の抜けたような明陽の声が聞こえる。その横腹からだくだくと流れる血は夜闇に紛れて色を判然とさせないが、決して少量ではないことは十分に分かる。 蹈鞴を踏んだ。表情から仮面が剥げた。状況が自らに向かない苛立ちと、自らを邪魔するリベリスタへの怒りが明瞭な殺気となって襲いかかる。……当然ながら、それが形を取るには、彼へ与えられた戒めは未だ厳しすぎた。 「まったく、邪魔でうざったい」 退屈な玩具を見るような目で、ユーヌは半壊したスピーカーへと視線を向ける。呪縛を受けて尚喧しく飛び回ろうとするそれらは、彼の感情的な部分を写しとったようにすら見えた。 或いはそれは真実なのだろう。それだけの感情を顕にして、尚現実は追いつかない。理想を口にしてもそれを実現すると思われては居ない。それは果たして、どれほどの。 「主張が有れば、まず相手を聞く気にさせるのが基本」 悟ったような声音……事実、悟るに足る部分はあるのだろう。九十九の声が反響する。 「ただ大声を張り上げる何て誰でも出来ます。それはただの騒音です」 「この炎を以って浄化せん。紅蓮の華よ、咲き誇れ!」 九十九の忠告に重ねる様に、双葉の魔力が炎と変じ、渦を巻いてスピーカーを焼きつくす。火が消えた世界には、その形は一切合切残らない。 彼女にとっては決して縁が浅く無い名。興味はあったし嫌いではなかった名。その名の主とこんな形で遭遇することになるとは思わなかったから。 ただ純粋に、目の前の相手の全てを終わらせようと思った。神秘の道を歩くということは、踏み込んだ迷い子が誰であれ訣別を言い渡す立場だから。 そこに至った過程や想いや悲喜交交は、救えない時点で全てどうでもよくなるものだ。 救えないことに躊躇い、嘗てのそれに自らを投影したところで、きっと誰も正しい答えを与えてくれない、持ってきてくれない。 「……炎か、炎なァ」 ユーヌの止め処無い怒りの束縛を振り切った明陽は、双葉に視線を向けた。虚無が決意と混じりぶつかり、もう引き返せないことを理解する。 炎は嫌いじゃなかった、と考えたが、それも無駄だ。浅い呼吸を繰り返し、自らを束縛した少女へと声を叩きつける。 「お馬鹿さんに無視されるのは面白みが無いわねぇ? もっと悲鳴を命乞いを聞かせなさいなあはははははははッ!」 感傷など無い。 感慨など無い。 そこに存在意義など、無い。 「不運だな」 前のめりに倒れ込もうとする。だが出来ない。まだ、死なない。目の前に見える狂喜の帳まであと二十秒、それだけ生きていればいい。 だが、彼にそれを許される程の何かはなかった。ユーヌの冷徹な声がその証左だ。 「才無く、芯無く、意志も無く。ないない尽くしの道化師が」 罵倒。それを叩き込むに足る相手だからこそ叩きつけた相手が、再び前のめりになるのを感情のない目が眺めている。機械的ですらある罵倒は消え失せ、ただその瞬間を眺めている。 「放送作家を名乗るには少し、お粗末ではないですかのう?」 表情の一切を見せない九十九が首を傾げる。無い無い尽くしの発信者は、その最後に生きた証すら残すこと無く命を落とす。二度目の死を。 だが、それが何だというのだろうか? 何時もと何ら変わらない。放送作家という特異な立場にありながら、やることは口うるさいノーフェイスと何ら変わらないではないか。 「貴方は何をしたかったの? 何が……心残りだったの?」 双葉が、消え入りそうな声で問いかける。教えてほしいと思った。知りたいと思った。目の前の存在が何を思ってここまでのことを行ったのか。 見返した表情は、目は、やはり虚無。どこへも行けない証明だ。誰にもなれない、だからこそ彼だった。 虚無だから奇をてらったのか。奇をてらったがゆえに暴走を重ねて、結局何も得ることが出来なくて、虚無という結論に足を踏み込んだのか。 双葉には、リベリスタには、最後の一瞬まで。 『クロースエンデッド(親しみある終局)』が見えなかった。 ● 喜色満面のエーデルワイスが、ノワールカルトを片手に明陽の遺骸へ手を伸ばす。曲がりなりにも業界人。追い剥ぎに事欠くまいと。 だが、双葉はそれを止めた。他のリベリスタは止めることすら諦めたであろう、それを。 手首を握る力は、非力な魔術師の物ではない。それ以上のケガレを背負い込ませまいとした、少女の意思の力だった。 森の闇は、やはり深く。人の心のようだと、目の端の涙が物語っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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