● 最初は真っ直ぐな線も引けないようだった。 色のセンスも決してよくはなくて、うまく描けないとスケッチブックを放り出して。 それでもまた次の日には必ず彼は此処に座っていた。 少しずつ綺麗な線が描けるようになっていた。 重ねられる色は優しくて、思い付いたら延々と何枚も何枚も描いてみて。 次の日もその次の日も彼は坐っていた。 いつもいつも、嬉しそうに、彼は絵を描いていた。 最後に彼が此処に居た日、彼は漸く仕上がった絵を見て満足そうに帰って行ったのだ。 その絵をそっと壁に飾った彼は自分が知るよりもうずいぶんと年老いていた事だけはよく覚えている。 優しい夕陽の色で塗られたそれは、もう居なくなってしまった彼の愛情だったのだろうか。 ● 「絵は、お好きですか? 嗚呼勿論どんなものでも構いません。興味がある程度でも」 ブリーフィングルームの机に置かれたのは、資料では無く、画材の詰め込まれた箱だった。『常闇の端倪』竜牙 狩生 (nBNE000016)がひとつ、取り出す絵筆。 「ここからそう遠くないところに、とある画家のアトリエがありました。彼はもう故人でして、そのアトリエも本来ならもうじき取り壊されるのですが……運命の悪戯でしょうか、そのアトリエは、神秘に愛されてしまった」 幸か不幸か、それはアーティファクトになったのだと青年は告げる。決して害のあるものではないのだが、と前置く声。 「どんなものであれ、神秘は神秘。放置しておいて何かあっても困ります。……幸いにも、このアーティファクトは決して強いものでは無く、少々特殊な――『満足いくまで使われれば、神秘の力を失う』という性質を持っています。なので、今回は皆さんにご協力願えれば、と」 要するに、アトリエを使用して欲しい。そう告げた青年は、此処にはとても面白いものがあるのだとその表情を緩める。 「このアーティファクトの副次効果は、画材道具や周辺の森にも及んでいます。その力自体も絵に僅かな命を与える、と言った害の無いものです。詳細は此方に記してありますが……そうですね、楽しんで絵を描いて頂ければ問題ありません。 ――嗚呼、勿論、少しばかりですがお茶の用意もあります。つかの間の休息と言う事で、もし宜しければ」 それではまた、と、青年は手元の筆をそっと箱へと仕舞った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月13日(日)23:10 |
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■メイン参加者 26人■ | |||||
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● 机にはたっぷりの画材。折角使えるのだからとアトリエに陣取った喜平は、色の予想のつかない絵の具と対峙していた。クセの強い奴もフィーリングでどうにか。丁寧に色を重ねていく。 「にしても楽しんで描けなんてな、何と面白くも難しい」 童心に帰れなんて言葉が相応しいのか。そんな事は置いておいて。景観も良く、雰囲気も良く。此処は1つ、心の赴く侭に。どんな絵を描こうかだなんて難しく考えなくともきっと自然に描きたいものが描けるだろうから。 見覚えのあるグレーをそっと紙の上へと走らせた。 腰を落ち着けたのは随分と使い込まれた古椅子だった。まるで導かれる様に其処に座った火車は用意した画材を手に取りキャンバスを見詰める。芸術的観念、なんて奴は持ち合わせていなかった。 写真やビデオを撮る趣味こそ持ち合わせていたけれどそれは過去の話で、絵心も無い。そんな彼が本格的なそれを手に取った理由は一つ。 「オレの体使わせしてやっから。好きに描いてみろよ、何かあんじゃねぇの?」 好きなようにやらせてやる。そんな声に従うように手に馴染む画材。革醒の理由何て物はない事が殆どで。今回もそれは同じかもしれないのだけれど、もし。もし理由があるとするのならばきっとそれは此処に居た画家の想いのような曖昧なものなのではないだろうか。 愛用され続けた彼らが運命を引き寄せ、その想いに応えたがっている。そう思えてならないから。勝手に動く手が描くのは少年――恐らくは件の画家、だろうか。 「オレはオマエ等を満足行く様使ってやる事ぁできん。……オレが利用されてやっから、満足行く様果たせよ」 次は何だと問えば、隣に描かれる人。全て同じ人物なのだろう、一心不乱に動こうとするそれと共に、火車は真剣にキャンバスを見詰めていた。 じ、っと見つめる紙は二枚。自分のと、誰かの。ああやっぱり、と思えば自然と頬は熱くなって、よもぎは何とも言えぬ顔で視線を彷徨わせる。何故想像と描き上がったものがこんなに乖離しているのか。如何にも照れくさくて染まる頬を掻いた。嗚呼、もっといいところを見せたいのだけれど。 「ちなみにこれは……き、きみだよ」 「おや。特徴は捉えて頂けていると思いますね、この辺りとか」 仄かに笑う彼は何か描いたのか。そんな小さな問いに差し出されたのは几帳面に塗られたアトリエと森。良ければ写真を、と言えばまた小さく笑う声。差し出されたそれは其の儘よもぎの手へと置かれる。 「大したものではありませんが、お気に召したなら」 そんな声に微笑んで。先程まで握っていた筆を取り直す。次はもっと綺麗にとでも言うかのように手に馴染んだそれに背を押される気持ちで、新しい紙を取り出した。 「……もう1回頑張ってみよう、かな」 次はもう少し、綺麗な絵が描ける気がするから。感じたのは絵の具のにおい。しみついたそれはこの場所のあり方を示す様で。伝わってくるのは大事にされていた優しさばかりで。そんな場所で描くのは、自分の見つけた最高のモノ。色鮮やかに優しく。柔らかな笑みを飾る水色を乗せながら、糾華はそっと握った筆を撫でた。己の知る少女の表情を余す所なく表現する為に、力を貸してと囁けば筆は喜んでいる様に思えた。 そんな彼女と同じく筆を握るリンシードもまた、筆に手助けを願う。大好きな糾華の素晴らしさを表現するには画力が心許ないから。この溢れんばかりの想いを如何か届けて欲しい。そんな願いに応えた筆と共に描き上げたのはお花畑で微笑む糾華。周囲を舞う蝶々が飾るそれは一際輝いているようで。お姉様、と小さく呼んだ。 「ど、どうでしょう、お姉様……私の精一杯の思いを込めたつもりですが……」 「私のもどうかしら? うまく描けている?」 糾華が差し出すリンシードの絵もまた笑顔。手を貸してくれた筆に礼を告げて、互いに嬉しそうに笑い合う。この笑顔を形にできたのならそれが一番嬉しい事だから。嗚呼けれど。喜びと恥ずかしさ半々で、リンシードは僅かに首を傾ける。 「私、こんな綺麗な笑顔してますか……ちょっと美化、してませんか……?」 「あら、私の眼と心にしっかり刻んだ貴女の姿に偽りなんてありはしないわ」 それはお互いにそうだろう。そう言って笑う笑顔はやはり自分にとって特別で。それはきっと相手にとっても同じなのだ。こんな風に見えているのかと教えてくれる絵が、とても素敵なものに思えて。指先で優しく紙を撫でる。形にして初めて分かる事もある。想いの形を見詰めあいながら、2人は絵以上の笑みを浮かべ合うのだ。 大きな筆で乗せたのは鮮やかな蒼。壁を染め上げるその色を塗り伸ばしながら、岬は頬に飛んだ絵の具を拭う事もせずに描き続けていた。アトリエの壁全てに。空を描く。青空、夜空、雨の日も。描き出した其処に乗せるのは鮮やかな七色だ。絵心何それ美味しいの? ではあるけれどそれでもいい。一度でいいから描いて、手を伸ばしたいのだ。 手を伸ばせば届く、虹を。追いかけても追いかけても遠くに行ってしまう煌めきに、岬はやっとこの前触れられたのだ。伸ばした手はちゃんと何かを掴めた。未だ一度だけだけれど。出来たのだと、覚えておきたくて。それを刻むように色を塗る。きっと、此処に神秘が満ちているのも同じような理由なのだ。一心不乱に手を伸ばした誰かの虹の跡。きっと、此れも縁だから。 「まだ中に残ってんならさー、一緒にやろうぜー」 心残りなんて残らないくらい。残っているものを全部使おう。筆も絵の具も台も何もかも。全部全部使って、でっかいでっかい虹を描くのだ。奇跡は夢では無かったのだと、刻む為に。 ● 題材は決まった。道具もばっちり。穏やかな日差しに満ちたテラスから見える森とアトリエを見詰めながら、悠里は難しい顔で書きかけのそれを見詰める。絵が、下手なのだ。何が何だかわからない何てレベルでは無いけれど、どうせなら上手い方が。思わず唸れば、目の前に差し出された響希の手がひらひらと揺れた。 「あ、こんにちは。いやー、どうにも上手く描けなくて……」 「あたしも美術とか無理だったからなあ……」 楽しめと言われてもどうしたって上手く描きたくなってしまうのだ。妥協しないのはいい事だが、今は悪い癖だろうかなんて思案してふと、机に乗った画材を見詰める。そう言えば、絵を手伝ってくれる筆もあったんだった。そっと手に取ればしっかり馴染む感触に目を細めた。折角だ、手伝って描いて貰うのもいいだろう。 「いいの描けるといいわね、後で見せて」 「ありがとう。もうちょっと頑張ってみるね」 最初と同じ様に振られる手。吹き抜けた風が揺らした紅茶を楽しんだ後は、また絵を描くのだ。森を揺らすそよ風と暖かな日差しを感じられる絵を目指して。 絵心なんてものは置いてきた。否、最後の美術の時間の頃からそもそもなかったかもしれない。中学生時代を振り返りながら、快はシュスタイナの手元を眺めていた。御茶は美味しい。お菓子も美味しい。嗚呼いい雰囲気だ、なんて思っていれば。 「こういうのも、面白いわよね……って、食べてばっかりいないで、新田さんも何か描きましょ?」 「……やっぱ俺も描かなきゃダメだよね?」 こういうのは楽しんだもの勝ちだ。折角なのだから、と笑う彼女に促されるまま筆を取る。同じ動きを繰り返すのなら、向こうに見える木々と、上空を旋回する鳶の絵を鉛筆で。GIFアニメ的なものであるなら、空をくるくると回り続ける鳶と風に揺れる木々は実にお誂え向きだろう。 「描きあがったら、お互いに見せっこしようよ」 「ええ、いいわよ。……そうね、折角だから海の絵でも描こうかしら」 波が動くのは素敵だ。それに、海は一緒にバーベキューを楽しんだ場所でもあるのだ。覚えてくれているだろうか。皆で騒いで美味しいものを食べて。楽しかったわよね、と呟けば快が笑う。線を引いて、円を描いて。小さな音だけを立てて描かれていくそれの出来は聞いてはいけないものだったらしい。 紅茶の香りと森いっぱいの神秘の気配。すごい事ねと呟いたエレオノーラの手がそっとカップを包む。芸術とは才能が左右する部分ではあるけれど、努力の果てに描かれた優しい絵もまた好ましい。自分の才能とやらは普通だけれど、なんて言いながら、一口。仄かに葡萄の香るそれは秋を感じさせてくれる様で。良い季節ね、と笑った。 「……自分で淹れた紅茶と狩生君が淹れてくれるの、何だか違うのよね」 「おや、そうですか?」 瞬く瞳に頷く。こういうのもまた、人によって異なるものなのだろうか。目の前で揺れる色は自分が淹れたそれと変わらぬように見えるのだけれど。 「……良ければ今度あたしが淹れてあげるから、教えてくれる?」 「喜んで。……恐らく、私もそれを飲めば同じことを言うと思いますけれど」 誰かと楽しむと言う事は最高のスパイスだ、なんて付け加えながら、空になったポットを温める様にお湯を少々。今から絵の練習は出来ないけれど、努力で彼の人に負けないように。語られる手法に耳を傾けるエレオノーラの瞳は真剣だ。 ● 緑。後は白だろうか。色を乗せながら視線を上げた先、同じ様に筆を握る姿を確認して朔は興味深げに己が持つ画材を眺める。どれもこれも、知っているけれど馴染みの無いものだった。 「君は絵を描くのは好きか?」 「教養って奴はあんまり経験ねえな、お前は?」 嫌いでは無い、と添えた声に肩を竦める。そもそも初めてなのだ。好きか嫌いか以前の問題で、けれど、それを、そんな生き方を苦だとは思わない。寧ろこの先は喜びに満ちているではないか。この世界に何があるのか、自分は何を知らないのか。確かめて知っていく事は酷く楽しげに思えるのだ。 知らな過ぎるのかもしれない、とその唇は呟く。世界を護る為に正義を貫く己の血筋はけれど、その為に護るべき世界のいろを見られてはいないのだ。 「故に、色々と経験をしてみたい。その時は付き合い給え」 答えの前に筆を置いた。完成したそれを眺めて頷きひとつ。これは1人よりは2人の方が面白いものだ、なんて呟けば、同じく書き終えたらしい伊月が手元を覗く。 「……どうやら私には絵を描く才能はないようだ」 「奇遇だな、俺もだ。……まぁ、アレだ、次は才能が必要ない経験でもするか」 例えば遊びにいくだとか。そんな提案と共に差し出された彼の絵も中々に才能を感じられないそれだった。 森の囁きは故郷を思い出させるようだった。沢山の森は自然と心を浮き立たせてくれる。一人で森林浴を楽しむシンシアはふと、目に留まった人影を見詰めた。あれは確か。 「初めましてです。よかったら一緒に歩きませんか?」 「喜んで。どーぞよろしくね」 こうして会うのは初めてだけれど。折角だからと声をかければついて来た響希と共に森林浴。歩き疲れたらたっぷりとつめたサンドイッチと紅茶で休憩も出来るから。他愛無い話と共に足を進める。折角の一日だ、しっかりと楽しみ休むのも大切な事なのだろう。 手元には『すぐ乾くテレビン油』。絵心に自信はない義衛郎と美術の成績は常に3な嶺だけれど折角だからと森に入れば、広がる美しい光景に思わず目を細めた。これは描きたくもなるだろう、まずは丁寧に下絵。森を描く彼を横目に、嶺の瞳が見つめるのは枝に一つだけ揺れる真っ赤なヤマリンゴと、ほど近くに止まったアキアカネ。疲れた時は持参したハーブティーを一口。レモンバームとミントの香りが集中力を増してくれるのだ。軽食の一口スコーンまである。まさに準備万端だ。 「秋ですねぇ。イチョウも綺麗になってきました」 「乾いておくれ……すごい、本当に瞬時に乾いた」 そっと舞い散るイチョウの葉を書き込む嶺の横で、丁寧に重ねた色を見詰める義衛郎は何処か楽しげだ。もう少し緑を重ねて、小鳥に色を乗せて。木々の間で歌う小鳥と木漏れ日に満ちた森。 「うん、オレにしては上出来でしょう」 「私にしては上出来ですね」 重なる声。顔を見合わせてくすりと笑った。折角良い出来なのだから家にでも飾ろうか、なんて笑う絵の中でひらひら、イチョウの葉が舞っている。 大きな紙を一枚広げて、2人で並ぶ。綺麗な景色が良く見える此処だと感性も磨かれて素敵な絵が描けそうだ。自然と楽しげに表情を緩ませたあひるは、難しい顔でペンを握っていた。 「これだけ大きな紙だと、何から描くか悩んじゃうね……」 「オレはアヒル隊長でも書こうかね」 まるくまるく。プラスチックで出来た玩具を一つ。可愛い、と目を細めたあひるが太陽と鳥を書き足せば楽しげに泳ぎ出すそれに楽しげに笑い合う。あひるのペンが続けて描き出したのは、未来の自分達だった。 「これ、あひるね! ぼんきゅっぼんで……白いドレス! むふふ」 「ちょいと胸とか尻とか強調しすぎてる気もするけどな、ウヒヒ」 でも未来の姿なら。笑い声と共にそっと書き足されるのはフツだ。ちょっと似てないような、と悩むあひるに頭に肌色が多いからわかりやすい、と笑ったフツは、どんどん足されていく花に目を細める。こんな風に四季の花に満ちた場所で、2人で暮らせたらいい。この当たりにテーブルを置いて、友達や家族も呼ぼう。あひるも頷いて、ペンで小さくハートを書き足した。 「みんな楽しそうでいいなァ」 「うん! こんな素敵な未来を、いつか本当になるように……なんて!」 そんなに遠くない将来に、どうかどうか。もう一度視線を合わせて、絵よりもずっと楽しげに二人は笑う。其処から然程遠くない場所で。ノートに向かい合う魅零は何時の間にか描いてしまった絵に少しだけ笑う。風景を描く筈がこれは好きな人―― 「うっす! 何かいてるの?」 「そぉぉおい! ヤッホー☆ 夏栖斗クン! こんな所で突然のぼっち?」 人の気配を感じた直後にスケフィントン。即座に消し飛んだノートと覗く大業物に僅かに後ずさりかけた夏栖斗はけれど大人しくその腰を下ろす。よく依頼で顔を合わせるけれどよく知らない彼女の事を少し知れた様な気もするが、僅かに見えたノートの中身はきっと黙って置くのが正解だろう。 「お姫様の邪魔しちゃってゴメンネ、なんか人恋しくてさ」 「良いのだよ王子様よ。人恋しい季節だねぇ解らんでも無いゾ!」 肩を揉んであげよう嗚呼いい香り年下ショタ最高だなんて思っていたのが口に出たのだろうか。ショタじゃないなんて反論を聞きながら、他愛無い会話を続けていく。天気もいい、此処で時間を潰すのは悪くないだろう。 「そういえばその尻尾さ、可愛いよね」 「尻尾は骨だよー可愛いなんて、キャッ☆ お姉さん口説かれても何も出ないゾ☆」 すす、と差し出されるお菓子。素直な意見だと慌てて否定しながらもそれを受け取った彼を眺めて、魅零は僅かに、眩しげにその目を細めた。 「また依頼で一緒なったら宜しくね。臆病者の私だから君は眩しく見えるよ」 何処か真面目な調子の声は、吹き抜けたそよ風に攫われていく。 ● 人に見せられる絵ではない。否、人に見せられる姿では無い、だろうか。ちんね……那由他はひとり、こっそり森の中でペンを握っていた。学生時代以来だ。当時も大して上手くはなかった――なんて回想の中、その手が描いた一匹の猫。非常に可愛らしくて人懐っこくて。そんな猫をとにかくたくさん。そして、 「これはこれは、うれしくて頬もゆるむってものですよ」 こっそり、書き添えた自分。猫に囲まれたそれはご満悦だ。思わずまた笑みが漏れる。もっともっと猫を描こう。折角来たのだから、とことん一人で楽しめばいいのだ。 「涼しいがいい陽気だ。絵を描くには――」 「あっち! はやくいこー?」 驚いた声を聞かぬまま。鷲祐の手を引いて歩き出した旭は酷く楽しげだった。試して気に入った子達と一緒に森の中に入って、驚いた顔の鷲祐の前に差し出すのは真っ暗な墨汁。最初は墨だけれど、完成と思えば思い描いていた色に一斉に変わってくれる代物なのだ、と語れば興味深げに目の前の瞳が細められるのが見えて。 「一緒にかきたい、なー……って。だめ?」 「……わ、わかった。それで描こう。そんな目で見るんじゃないっ」 広げた紙。互いに描く色は重なっても良い。筆の軌跡が重なり合えば、2人でしか作れない思いがけない素敵な色が生まれる気がするから。思う儘に描いて行く旭の横で握った赤い絵筆はまるで彼女の様だった。思う儘に動いてくれるそれの力を借りて。黒い線が、筋が、踊る。小鳥のような、花のような少女が嬉しそうに笑うから。今はそれでいい。描こう、と筆を走らせる。 思い描く色はあったかな緑。日の透けるいろ。鮮やかな花たち。目いっぱい書いて、顔を見合わせて。完成だ、と頷き合えば。ふわり、と紙いっぱいに広がる、いろ。 「わ、あ……きれい……!」 「……綺麗だな」 思わず息を呑むほどに。見惚れて、また視線を合わせて。折角だ、もっともっと色々描くのも悪くはない。次は何をしようか、なんて声と共に、画材がまた取り出されていく。 木漏れ日。そして、愛しのユーヌたん。白いワンピースが似合っている。嗚呼実に可愛い。じゃあ次は影人だ。ワンピースは黒。うん、やっぱり可愛い。 「ふむ、こうか? ……中々難しいな」 「影人と二人で向き合い触れ合う感じで、うんうん、かわいい」 挟まれたい。そんな願望を思い描きながら絵筆を握る竜一の前で、ぴたりと動きを止めたユーヌは目の前の同じ顔を見遣る。出来る限り要求には応えたいものだけれど、なんて思いながら竜一に視線を戻した。指先だけでそっと筆を持って、後ろ手にその真剣な表情を描く。慣れれば実に面白い。補正がかかるけれど面白い道具だ、なんて写生を楽しむ彼女を見詰めながら、竜一画伯は真剣だった。 写実主義か、印象派か。芸術は奥深いものだ。流石にキュビズムとかはちょっと難しいです。所詮、素人なのだから。だからやはり、見たまま、感じたままの彼女を。絵で彼女への愛情を表現するのだ。思う儘、望む儘に! 「さあ、不思議な画像道具たちよ !俺の想いに答え、思うままに描ききれ!」 一気に描き上げる。ぴたり、と筆を止めて。やりきった表情を浮かべれば傍に寄って来た二人のユーヌが両側から覗き込んだ。 「あててんのよ? だったか」 そうして欲しそうだっただろう、と彼女は笑う。出来上がった二人は愛らしくも美しく。それを眺めながら、耳元に唇を寄せた。 「くくっ、影人は逃げるが私は逃げないぞ」 竜一だけに聞こえた囁きに、彼がどう答えたのかは二人だけしか知らない。 「好きに過ごしてくれて、いいからね……?」 折角上手に絵が描けるのだから。森で二人きりになって、向かい合い。俊介を描こうと筆を握った羽音は、どうにも緊張を隠せなかった。目の前には俊介。それも、こっちをじーっと見ているのだ。何とか緊張を飲み込んで。思い描く。優しくて、暖かくて。けれど、存在感はあって……色に、気持ちを乗せる。自然に真剣になっていく表情。瞳孔が動いた。自然と没頭していく彼女を見詰める俊介は、可愛いなあ、と声に出さずに呟いた。描く事からは縁遠くなってしまうけれどこれも悪くない。美人だ。嗚呼、食べてしまいたい。折角周りに誰もいないし。ばれないだろうし。俺の事小動物か何かだと思ったりとかしてるのだろうか。嗚呼可愛いなあ。可愛い。うん。 「羽音! 俺もう我慢できブフッ」 「ねぇ、ねぇっ。どうかな……」 勢いよく画板に何か当たった気もするけれど、まぁ気にしない。彼が舌打ちしたのも気の所為だろう。嬉々として絵を差し出せば、綺麗に描かれた俊介が笑っている。こんな感じに見えているのだと笑う彼女に少し美化されてる気もするけれど。 「ありがとう、羽音」 「ふふ、どういたしましてっ」 そっと、出来た絵と彼を見比べる。まるで二人いるみたいだ、と思えば胸が暖かくなって。もう一度笑わずにはいられなかった。 差し込むのは気付けばオレンジ。テラスは殺伐とした日常を忘れさせてくれるようだった。桐の手が取った鉛筆がふらふらと紙の上を滑っていく。下絵は不安定で、でもそんなの気にしなかった。気まぐれに色を変える絵の具も、太さの揃わぬ絵筆も。みんなみんな気にしない。だって上手くではなく楽しく好きなように描くのだから。 「……ただひとつ、一緒に絵を描きましょうね?」 好きに動いてくれていい。描き手とそのための彼ら。この間で交わす約束だけ守られれば生まれる絵はきっと何より優しく染まるのだ。混じり合うオレンジがぽたりと紙を濡らす。 夕日に照らされたアトリエは何処か満足げに見えた。日が暮れる頃にはきっと、この奇跡は優しい終わりと共に眠りにつくのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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