● 暑さを落として軽くなった風が、ススキの上を吹き流れていく。 ビルの向うで沈みかけている太陽の光を片頬に受けながら、谷川康司は片手でスマートフォンを操り、堤防路の上をちんたら歩いていた。 (あ~帰りたくねーな。何かおもしれーこと起きないかなぁ) 横にピアスをつけた鼻の穴に小指を突っ込んで大きな塊りをほじりだした。 康司は立ち止まると指の先についたそれをしげしげと眺め、ついで親指で弾き飛ばした。 「あん?」 犬の鋭い吠え声が聞こえた。 顔をあげると、義足をつけた半ズボンの少年が3匹の黒くて大きな犬を連れて道を塞ぐように立っていた。 黒くて大きな犬といえばドーベルマンが真っ先に思い浮かぶが、それは知らない犬種だ。 筋肉質ではあるがそのフォルムはごつごつと岩のようで、ドーベルマンの優美な体とはかけ離れている。 野球帽を帽子を目深にかぶった少年の顔は影になっていて、表情は見えない。 「どけよ、おい。通れねーだろ。どかねーと犬ごと下に蹴り落とすぞ、コラ!」 強気の発言も声が震えていれば形無しだ。 少年は微動だにしない。 3匹の犬が牙をむき出して唸っている。 「な、なんだよ……お前ら」 「かけっこしよう。ボクたちから逃げられたらお兄さんの勝ち。見逃してあげる。でもボクたちが追いついたら……」 「はぁ? くだらねぇ。なんで俺がお前とかけっこ――」 強い横殴りの風が吹いて、少年がかぶっていた帽子を吹き飛ばした。 「ボクはお兄さんの目を貰うから。のこりは犬の餌だ」 目がなかった。眼球が嵌まるハズの穴すら見当たらない。 「10数える間待っててあげる。1……2……」 肩紐をすべらせてリュックを道に落とすと、康司は声にならない悲鳴を上げながらもと来た道を走って逃げ始めた。 ● 「結論から言うと1分も立たないうちに捕まって殺されてしまいます」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は開いた資料の上へため息を落とした。 目を曇らせたまま指でページを繰り、依頼の詳細を語りだした。 事件が起こるのは橋と鉄橋の間の2キロ区間。ノーフェイスとE・ビーストが出現するは西にかかる橋の近くだという。 「鉄橋の下を越えてしまえば、もうそれ以上は追ってこないようですが……。まあ、普通の人では逃げ切れないでしょうね」 たとえ被害者がバイクに乗っていても結末は変わらないらしい。 ノーフェイスの義足はハンディではなかった。その逆だ。機械化された足がノーフェイスに驚異的なスピードをもたらしていた。 供に連れている3匹のE・ビーストもまた普通ではない。極限まで増幅された筋肉が、脚力を増している。 10カウントなど無意味なのだ。 「区間はノーフェイスが何らかの力を持って特殊な結界を張っているらしく、一度入ってしまえば左右に逃げることが出来ません。また、堤防路の外からはこの区間で起こっていることが見えなくなっています。見破れるのはわたしたちのように知識のあるものだけです」 だから神秘秘匿に気を使う必要はない、と和泉は言った。 「それではみなさん、よろしくお願いいたします。被害者を出さないうちに退治してきてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月08日(火)22:41 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 赤から青へ。 『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)は信号が切り替わると同時にバイクを急発進させた。橋を渡りつつ、視線を対岸の堤防路へ向ける。 夕暮れの道の上に人影はない。その向うにほぼ真横から西日を受けて輝くビルの窓ガラスがぽつぽつと見えているだけだ。どういう理屈なのか。ノーフェイスが作り出している長細い結界は、人払いの効果があるだけでなく幻も伴っているらしい。 「夕陽を見ながら疾走! これぞ青春!」 優希の後ろで『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)がはしゃいだ声をあげた。 「焔君はちゃんと足になってくれよー。うわははは!」 ほれ、あれに負けるな、と優希の肩越しに腕を伸ばしてバイク一台分リードして走る大型のオフロードバイクを示す。琥珀はついでといった感じで、優希の赤毛をわしゃわしゃとかき乱した。 「危ないだろ! ヘラヘラふざけていたら振り落とすぞ!」 優希は殺意のこもった声で琥珀に答えると、橋を降りてすぐの左折に備えてアクセルを開けた。コーナー入り口に差し掛かったところでようやくブレーキをかける。スピードをほとんど落とさずカーブを曲がりきり、『友の血に濡れて』霧島 俊介(BNE000082)のバイクを抜いて問題の堤防路へ入った。 「お先に~」 俊介の後ろに座った『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が、琥珀に向かって中指を突きたてた。 「鬼ごっこしよーぜ! あばた! 振り落されんなよ」 アクセルを全開にして俊介が吠えた。 暗視を活性化させて、あばたもまた吠える。 「いっちょ、よろしくお願いします。霧島様」 「オレも負けねェ。すッ飛ばすゼ!」 『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)が駆るバイクが俊介のバイクの横に並んだ。そのまま肩を並べるようにして2台で走る。 少しして俊介とコヨーテは、長い髪をたなびかせて走る『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)を抜き去った。だが、生佐目のすこし先を走っていたであろう『必殺特殊清掃人』 鹿毛・E・ロウ(BNE004035)と『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)、それにちょっと前まで見えていた優希たちの姿が見えない。となれば、4人はすでに結界の中か。ノーフェイスたちは彼らよりもまだ先にいるはずだ。 俊介はハンドルを握る手に僅かなブレを感じた。 あばたがAFから武器を呼び出し、どうやらタンデムシートの上で立ち上がろうとしているらしい。 「むちゃするなよ、おい」 「無問題」とあばたはいうものの、時速は100キロオーバーのバイクの上。高速で走っている最中では僅かな揺れでも怖い。まだノーフェイスが作った結界の中にすら入り込んでいないというのに、その手前で事故を起こしてリタイアしたとなってはちょっと、いやかなり格好が悪いだろう。 俊介は冷静に、ほんの少しだけバイクのスピードを落とすと、コヨーテを先に行かせた。 刹那。 コヨーテの姿が消え、長く赤いマフラーだけが空を泳ぐ。 時を置かずして俊介とあばたもまたノーフェイスの結界内に突入した。 ● 「おにょれ。ハーフムーンと化した私の速力、とくと御覧なさいませ」 バイクになんぞ負けてなるものか。 生佐目は優希のバイクに抜き去られると、さらに腕を大きく振りだし、太ももをよりいっそう高くしてスピードを上げた。 だが、すぐにあばたを乗せた俊介とコヨーテのバイクに両脇を抜けられてしまった。 これでは車で先行して現場に着いていた意味がない。 「ふぎぃーっ! 悔しいザマス!」 ――と、顔にくもの巣が張りついたような奇妙な感じがした。とたん、目の前がうっすら赤暗くなる。どうやらノーフェイスの少年が張った結界の中に突入したようだ。 「なんの! 暗闇対策はばっちりでございます。ついでに――」 にっ、と笑って後ろに手をやり、刃渡り三尺九分の太刀を鞘から抜き放つ。 「私、不意打ち無効ですたい!」 生佐目は正面から飛び掛ってきた黒犬の牙をスライディングで避けつつ、手にした 太刀を振るって分厚い胸板を切りつけた。 僅かに肉に食い込んだ刃が、一拍の空白を置いてすげなく後へはじき返される。 「くっ、固い!」 勢いで押し返された分もあるのだろうが、予想以上に黒犬の防御力は高そうだ。腹の立つことに短い悲鳴ひとつあげやしない。きゃん、とでも鳴けば、不細工な顔でもまだかわいげがあるというのに。グロテスクなほど盛り上がったガチムチ筋肉は伊達ではないということか。 ばんざいをしたまま道の上を惰性で流れていく。スピードが落ちたところで体を起こして立ちあがると、生佐目はそのまま振り返らずに鉄橋へ向かって走り出した。 事前情報ではE・ビーストの攻撃力はたいしたことがないということだったが、いましがた得た感触では1対1の戦いは避けたほうがよさそうだ。しっかりと攻撃力を高めてから戦わなくては、与えるダメージよりも受けるダメージの方が大きくなりそうで、どう考えてもこちらの分が悪い。 急ぎ漆黒解放を行う必要があった。そのためにも早くみんなと合流しなければ。 カシュ、カシュ、とアスファルトを引っかく爪の音が、ものすごい勢いで追いかけてくる。 生佐目は背中に強い衝撃を受けると同時に、どん、と大きく前へ突き飛ばされた。そのまま胸から道に倒れこむ。 肺の中の空気が一度に全部押し出され、目が上下に激しく揺すぶられた。 「そのままッ!!」 頭のすぐ上で急ブレーキのかかる音がした。ゴムの焼ける臭い、そして風。 顔を持ち上げて薄く目を開くと、コヨーテがバイクに乗ったまま後輪を持ち上げてターンする姿がコマ送りで見えた。赤いマフラーが渦を巻き、体の上を跳び越した黒い影にバイクの後輪がぶち当たる。 横っ面を張り飛ばされた黒犬は結界の見えない壁に当たって道の端に落ちた。 「大丈夫か」 バイクを360度ターンさせて後輪を下ろすと、コヨーテは倒れている生佐目に向かって手を伸ばした。 「よこっ!」 「――!?」 横手から黒犬がコヨーテに飛び掛った。バイクごと横倒れになる。そのまま路上で揉みあいになった。 コヨーテは頬に爪を喰らいつつ、黒犬の鼻ズラを左手でがっちり掴んで牙を封じると、気の流れをコントロールして肉体を硬質化させた。ひと息吸ってから煌き放って燃え上がる炎を右の拳にまとう。 「わりぃ……テメー1匹といつまでもじゃれあってるヒマはねェ」 皮の薄い腹に向かって業火の拳を突き上げた。砕けた火の粉が黒犬の両のわき腹から背の上へと駆け上る。 さすがの黒犬もこれには堪らず、ぎゃん、と鳴いてコヨーテの上から降りた。尻尾を股間に挟んで頭を下げ、よたよたとした足取りで主である少年の下へ向かう。 黒犬の行く手に暗黒のオーラをまとった生佐目が立ちふさがった。 「かわいそうですが、見逃すわけにはいきません」 生佐目は太刀を構えると、弱りながらなおも牙をむく狂犬を苦痛の檻の中へ閉じ込めた。 ● 「生憎と、脚にはそこそこ自信あるんだ。最も、ハイエンドって訳じゃないけどな」 劫は襲いかかってきた黒犬の牙をかわすと、ロウとともにノーフェイスの少年と獲物、谷川康司の襟を口にくわえて走る黒犬の後を追った。さっき攻撃わかわした残りの2匹は後続の仲間たちに任せる。この2匹が自分たちの後を追ってこないことは、直後にたわんで歪んだ赤黒い空と遠ざかっていく犬たちの足音で分かった。 アスファルトの上に康司の血で黒い筋が刷かれていく。 劫とロウのふたりがノーフェイスたちに追いついたときにはすでに、康司の手のひらは少年が振るう果物ナイフを防ごうとして血まみれだった。まだ意識ははっきりと残っており、「助けて!」と叫ぶだけの体力もあった。だが――。 「まずいですね。はやく止めないと」 康司が死んでしまう、と暗視ゴーグルをつけたロウが頬をこわばらせる。 背中は裂傷と火傷でぼろぼろになっているだろう。恐怖で大きく見開かれた康司の目は半分裏返っていた。 劫は、分かっている、と前を見据えたまま頷いてスピードを上げた。ぐいぐいと速度を増してノーフェイスの少年に追いつくと、小さな背中にタックルを仕掛けた。 ロウは主人のピンチに脚を止めて振り返った黒犬へ、すかさず日本刀を振るった。康司の襟から口を離させる算段であったが叶わず、しかたなく逃走を防ぐために黒犬の上を飛び越えた。 少年が甲高い悲鳴を上げる。 「ぐぉっ!?」 奥歯をかみ締め両手で耳を覆うも、すでに恐怖の叫び声はふたりの鼓膜を震わせていた。ショックを受けて身をすくませる。 隙をついてノーフェイスの少年が劫の下からはい出た。 「行け、アドラー! そいつを咥えて逃げろ!」 少年にアドラーと呼ばれた黒犬は、主人の命令に従い康司の襟を咥えて再び走り出した。 ロウが反応して黒犬を捕まえようとするがいま少し及ばず、腕の下をかいくぐられてしまった。ロウは倒れこみながら必死に腕を伸ばして逃げて行く康司のズボンの裾を握った。 「行かせませんよ!」 さすがに人間ふたりを引きずって走ることは出来なかったようだ。それでも黒犬はあきらめず、四股を踏ん張りロウごと康司を引きずっていこうとする。 ノーフェイスの少年が警棒を長く伸ばして、黒犬から康司を奪い返そうとしているロウに襲い掛かった。 「くそっ!」 少年を攻撃すればするほど犬たちの攻撃力が増す。分かっていてもみすみす仲間をやらせるわけにはいかない。 劫は立ち上がりざまに少年へソニックエッジをたたき込んだ。 相手のフェーズは1。可能性があれば、フェイトに目覚めたかもしれない。しかし、いま、その可能性に賭けるほどの余裕はないのだ。 「恨むなら恨め、追いかけっこはもう終わりだ」 警棒を投げ出し、もんどりうって道路へ倒れこむ少年を見て黒犬が大きく口を開く。襟を話した直後、黒犬は康司とロウ、少年の体を一足飛びすると劫の腹へ頭から突っ込んだ。 ぐっと喉に息を詰まらせた劫はくの字のまま吹き飛んでいった。 「何してるんだ、アドラー!? 行けったら、行けよ! ボクはコイツの目を貰う。 お前はどっかでそいつを食っちまえ!」 ロウの背中に馬乗りすると同時に少年が黒犬に向かって叫んだ。 黒犬は僅かな躊躇いを見せた後、体を捻って少年を背から落とそうとするロウの太ももに噛みついた。そうして主人の加勢をしたあと、ぐったりとした康司の腕に喰らいつき、ぐったりとした体を引きずって走り出した。 ――!? 琥珀を載せた優希のバイクが黒犬アドラーを抜き去った。 優希は黒犬の前方へ踊り出た瞬間、ブレーキを掛けてバイクを滑らせた。そのまま バイクを路肩に止めると琥珀とともに飛び降りて黒犬へ駆け寄る。 「その獲物では手緩かろう。来るがいい、犬め!」 冷気を拳に集めて放ち、優希は黒い毛を芯から凍らせた。 ぎゃん、と赤黒い空に悲鳴が上がる。 「琥珀!」 「おう!」 琥珀はすかさず死のメッセージを封じ込めたダイスを黒犬へ向けて放った。 仄かに青白く光るダイスが凍った黒毛に当たって展開する。 ――四、四、死! ダイスから伸びた黒い光が死の槍となって黒犬に突き刺さった。 黒犬は前脚を折りながらも牙を剥き、唸りを発して琥珀たちを威嚇する。 「もう一発! トドメを頼むぜ、優希!」 両手で耳を塞ぎながら琥珀が叫ぶ。 同じく両手で耳を覆っていた優希に琥珀の声は届かない。しかし、優希は正しく琥珀の願いに応えた。その速さにまわりの水分を凍らせながら優希の拳が飛ぶ。残照を受けて赤く輝くダイヤモンドダストが唸る黒犬を襲った。 ● 何の前触れもなくコヨーテのバイクが横へぶれ方と思うと、前方から黒い塊りが2つものすごい勢いで走ってきた。 「ちっ!」 俊介は急ブレーキをかけて車体を90度回すと、そのまま滑るようにして黒犬たちに突っ込んだ。タンデムシートからあばたが飛び立つ。 バイクは黒犬の1体を跳ね飛ばした。もう一体はかろうじて俊介のバイクをかわすとそのまま後方へ走り去って行った。そのあとをコヨーテのバイクが追う。 「霧島様! ここはわたしに任せて先をお急ぎください!」 自由落下の最中、あばたはバイクに跳ねられて無様に転がる黒犬へ2つの銃口を向けた。筋肉の薄い腹、それにむき出しになった一物に狙いを定めて引金を強く絞る。 情け容赦のない連射を急所に浴びせられた黒犬の体が、アスファルトの上でぴくんぴくんと跳ね上がった。 優希のバイクが向かっている先に、ノーフェイスの少年たちと対峙している劫とロウの姿が小さく見える。遠くで少年が悲鳴を上げたようだ。あばたは着地する少し前に、黒犬が再び救出対象を加えて走り出すのを見た。 「ロウ、早くしろ! 蹴り倒してでも止めろ!」 叫びが届いたかどうかは確認せず、あばたは起きあがった黒犬に向き直った。気のせいか黒犬の筋肉が倒れるよりも増したように思える。急所への攻撃もなんのその、黒犬は目に凶暴な輝きを宿して鋭く尖った牙を剥いた。 バイクを立て直して振り返った俊介に、あばたは早く行けと左手の銃を振る。 俊介は黙ってうなずくとバイクを発進させた。 ――さて、鬼より怖いアークの犬がお相手しましょう。 「凶暴さでは負けません。いざ!」 黒犬の爪がアスファルトを蹴る。 あばたは腰だめに銃を構えると弾幕を張るがごとく連射した。 後ろに機関銃のようなすさまじい発射音を聞きながら、俊介はバイクを飛ばした。 道路の真ん中につけられた黒い筋は血だろうか。バイクを走らせながら次々と周囲に存在する魔的な力を体内に取り込んでいく。仲間たちの元にたどり着くなりその惨状を目にした俊介は、バイクを止めるなり神降ろしの秘術を発動させた。大いなる癒しの光がノーフェイスの結界を無視して天上より傷つきしものたちの上に降り注ぐ。 癒しを受けて回復したロウが背中に乗ったノーフェイスの少年を振り落とし、やはり俊介の秘術によって九死に一生を得た康司をつれて逃げ出した。 「おい、少年。名前、なんていうん?」 ゆっくりとバイクを降りながら、俊介はただ一人になった少年へ声をかける。 「誰だよ、お前ら! なんで邪魔すんだよ!」 俊介はほんの少し首をかしげるとノーフェイスの義足へ目を落とし、憐れみの混じった優しい笑みを顔に浮かべた。 「俺は霧島俊介。ただの魔法使いだ」 生まれたときから足が無いか、事故で足を失くしたか……。辛かったろうにな、とまぶたを伏せる。 「魔法……って、ふざけるなっ!」 少年は俊介の言葉を挑発と受け取った。 思いも寄らぬピンチに緊張し、強く興奮して顔面を蒼白くさせると果物ナイフを振りかざして俊介に襲い掛かった。ナイフの先が俊介の胸を切り裂く。相手が無防備で抵抗しないのをいいことに、少年は果物ナイフを何度も俊介の体に突き立てた。 「「俊介っ!」」 駆け寄ってくる優希と琥珀に手のひらを向けて制すると、俊介は左腕で少年の体をかき抱いた。 「だからといって、おいかけっこで追いついたら殺すっていうのはいけない事だ」 腕の中で暴れる少年の頭の上に、思い出して欲しいと言葉を落とす。 「おいかけっこってもっと楽しい遊びだったじゃん? お前はそんな悪い子だって思えないんよ」 少年の動きがぴたりと止まった。 康司に因果を含めて安全なところへ逃したロウと、黒犬に吹き飛ばされていた劫が戻ってきた。 俊介のすぐ後ろでバイクが止まった。コヨーテに肩を担がれて傷だらけのあばたがバイクから降りる。 最後に生佐目が息を切らせてやってきた。 「……だからさ。自分を見失うんじゃねえ! エリューションの力になんか負けんな!!」 ――うく……う…くくくっ 「優しいね、お兄ちゃん。涙が出そうだよ。ボクには目はないけどね……。かわいそうだろ? だからもう1個でいいや、その目を寄越しやがれッ!」 下からナイフを突き上げられたナイフの先が俊介の右頬を切り裂いた。とっさに腕を離して仰け反らなければ目を抉られていたかもしれない鋭い一撃。 後ろへ倒れた俊介を生佐目が抱きとめる。 少年は自ら結界を解くと土手を駆け下り出した。リベリスタたちの頭上に満天の星空が広がる。 「待ちやがれ、ガキんちょ!」 コヨーテに肩を支えられながら、あばたはノーフェイスの義足を打ち抜いた。膝の下からメタルフレーム化した足が木っ端微塵に吹き飛ぶ。 「人の好意をあざ笑うとは……もう救いようがありませんね」 ロウが倒れて草の上を滑るノーフェイスに刃の雨を降らせる。 劫が土手を下りて追撃しようとした優希に、「俺がやる」と前へ出た。 何も思わない訳じゃない、それでも。誰かに任せるなら、自分でやった方がマシだ。いったい誰に向ければいいのか。独りでは抱えきれぬほどの怒りと悲しみを胸に、劫は全身を少年にぶつけた。 ふたりの体は小さな花束が置かれた、小さな石碑に引っかかってとまった。 ノーフェイスの少年は石碑の横に置かれた粘土細工の黒い犬に手を伸ばしたが届かず、そのまま事切れた。 「元々性悪だったのか、紆余曲折で残酷になっちゃったのか知らねーが、次があるのなら神秘なんて関係の無い平和な人生を歩めるよう祈ってるぜ」 琥珀の呟きが冷たい夜の風に流されていく。 ――クソったれの神様! 俊介の慟哭に震えて天上の星が瞬いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|