●束縛癖 ぼくの彼女の名前は(麻希)と言う。 彼女には束縛癖があった。ぼくが彼女の視界から外れようとすると、彼女はすぐに不安そうな顔をした。ぼくが外に出ようとすると、ぼくの手を握りいつでも付いて来た。 最初のころは、子犬みたいで可愛いな、くらいにしか思っていなかったのだけど、しかし次第に彼女の行動はエスカレートしてくる。そのことにぼくが気付いた頃には、すでに取りかえし不能なレベルでぼくたちの関係はおかしくなっていた。 まず彼女は、ぼくが外に出る事を嫌がった。 次に、常にぼくに触れていないと不安がるようになってしまった。 そして最近、彼女はぼくに何かの薬を投与した。意識が遠のく感覚。 そんな中でぼくが見たのは、どういうわけか彼女が2人いる光景。 8畳間のぼくたちの部屋に、彼女が2人。 そのうち片方は、半透明に透けていた。 これは一体どういうことなのか。 ただ1つ分かるのは……。 ぼくはきっと、二度とこの部屋から出しては貰えないのだろう、ということだった。 ●エンヴィーガール 「嫉妬の念から生まれたE・フォース(アサキ)は、アパート全体に結界を張って閉じこもっている。理由は簡単。彼との生活を邪魔されたくないから」 アパートの住人は皆、彼同様に意識を失った状態にあるようだ。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は溜め息を零す。 「E化しなければ、こちらには関係のない案件だったのだけど……」 エリューション事件となれば、それはアークの、引いてはリベリスタが出動すべき案件だ。 幸い、部屋にアパートにいるターゲットはその場から動くつもりはないらしい。 「それは彼女の自身の現れ。見えない壁を創る能力を持っていて、それで自分のアパートと、隣のアパート中に壁を張り巡らせている。壁を崩すことも出来るし、壁のないルートを探しながら進む事もできる。いくつかの班に分かれるのも手かも」 壁の大きさはまちまちだが、このアパートは全部で8フロアほど。 アパート全体が迷路のようになっているようだ。 「壁の位置は、アサキの意思で動かせるから注意が必要。また壁による攻撃にも気をつけて」 壁とアサキの視界はリンクしているようで、壁にある程度近づくとアサキに認識されてしまう。 「ただし、アサキが同時に認識できる数は2つまで。一度に動かせる壁も2つ」 3つのチームに別れた場合、1チームはアサキの認識から外れることになるのである。 「E・フォースの殲滅が任務の内容。麻希と彼は、無事に救出してきて」 そこから先はこちらの関与することではない。 麻希の束縛癖や嫉妬心は、麻希と彼の問題である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月05日(土)23:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●嫉妬心と心の壁 アパートを囲むように、見えない壁が展開されている。空を飛ぶ鳥や虫などが、時折壁に当たって地面に落下してくる。 それを見上げる8人の男女。アーク所属のリベリスタ達だ。 そして、彼らの行く先に居るのは嫉妬心に取付かれた、哀れな少女のE・フォースであった。 ●アパート侵入作戦 「うひー、怖ぇなぁオイ。割と心からそう思うぜ」 アパートの壁を垂直に登る『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)は、同じように、垂直に壁を歩く『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)にそう声をかけた。 「あぁ。束縛を通り越して監禁か。こういうのをヤンデレっていうのか?」 見上げる先には赤い月。アパートの7階に居る筈のE・フォース(アサキ)と、アサキを生み出すキッカケになった麻希。そして、アサキに監禁された男性を想うと、一刻も早く救出してやりたい、と思う。 だが……。 「っと……」 「また壁か」 見えない壁に阻まれて、2人は進路を変える。 目的地は見えているのに、中々近くに辿り着けない。まるで、迷路を歩いているようだった。 影人が数体、隊列を組んでアパート内へと歩いていった。それを見送り『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は立ち上がる。 「まったく馬鹿らしいですね。密室で仲良く死んで、綺麗さっぱり消えるなら楽なのですが」 やれやれ、と溜め息を零す。 「好きな者を独占しておきたい。その気持ちは理解できない事もないが……」 見えない壁を手探りで探しながら『欺く者』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は歩いていく。壁を見つけた際、その壁がどこまで続いているか確認しているようだ。 「嫉妬心。実体化してもおかしくはないけれど……怖いものですね」 アサキの展開した壁は、本体から遠く離れた場所でもその場の様子を確認できるらしい。ただし、同時に確認できるのは2か所まで。現在、4チームに別れてアパートを進行中である。 自分達が発見されていないことを祈りながら『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は仲間達に続く。 「この程度の壁であれば、破壊することはそう難しくない」 こんこん、と見えない壁をノックする『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003247)。壁を破壊し、無理矢理進路を確保することもできるのだが、不用意な行動は避けるべきだろう。 アサキは壁を操作することができる。壁による攻撃も、だ。 「他人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られろとはいうが……この場合、どうなんだろね。其の愛は世界を閉ざす愛ってか。別に上手くないにゃー」 地面を観察している『バトルアジテーター』朱鴉・詩人(BNE003814)。見えない壁の根元を見ているようだ。壁の根元に溜まったゴミや埃などから、壁の位置を推測しているらしい。 「束縛はよくないです。束縛は」 誰にともなく『不倒の人』ルシュディー サハル アースィム(BNE004550)はそう呟いた。 着々と、6人はゆっくり、アパートを登っていく。 意識を失った麻希と、その恋人。その2人を見つめる冷たい目。アサキはじっと部屋の隅に蹲っている。 彼女の目に見えているのは、麻希達だけではない。現在2か所。アパートの壁を登ってくる男達と、それから影人の姿を確認している。 どうやらそれらは、アサキの居る707号室に向かっているようだ。 『邪魔は……させない』 まっすぐ虚空に伸ばした拳を、アサキはそっと振り下ろした。 前後の壁が影人達を押しつぶす。進路も退路も塞がれて、数体の影人が式符に戻って消えてしまった。影人を生み出した張本人である諭にも、そのことは伝わっている筈だ。 影人で作ったチームは2つ。その片方が、潰されたということになる。 リベリスタ陣営、残りは3チーム。 しかし、本隊であるチームは、まだアサキには発見されていない。 数メートル先にあった見えない壁が、高速で移動。壁を登っていた牙緑と隆明の体を強く弾く。衝撃。見えない故に、回避も取り辛い。直撃を受けた2人の体が宙を泳ぐ。 だが、2人は落下しなかった。再度、真下からの衝撃。上と下から壁に挟まれ、アパートの壁面に叩きつけられた。 「い、ってぇ!?」 牙緑が叫ぶ。咄嗟に引き抜いた剣を、全力で正面に振り下ろした。見えない壁と剣が激突。ピシ、と渇いた音が鳴る。壁にヒビが入った音だろうか。見えないから分からない。 「殺られる前に殴り殺す!」 短銃の底で壁を殴る隆明。今度はパリンと、何かの砕けた音がした。目の前に感じていた圧迫感が消える。壁が破壊されたのだろう。 素早くアパートの壁面に足を付けた2人。背後から迫る壁の気配に追われながら、全力っ疾走でアパートを駆け上がる。目指すは7階。本来ならば、ものの十数秒で辿り着くような距離である。 だが、今、この場に限っては訳が違う。 「っ……!? っぎ!」 「うわっ!」 見えない壁が顔面を強打。2人揃って仰け反った。数メートル落下し、下から迫っていた壁に背を打ち付ける。 追撃を受ける前に立ちあがり、壁面に足を付け走りだす。 左右に展開。悠長に事を構えている時間はない。2人は全速力で、アパートの壁を駆け抜ける。 アサキの立てこもるアパートの、その隣の棟。連絡通路で繋がれた同じ形状のアパートである。連絡通路を駆けて来るのは、数体の影人であった。 「見えないのなら、ぶつけるのが手っ取り早いですね」 諭の指示を受け、影人はまっすぐ、壁など気にせず駆けていく。影人の通った後を、諭を始めリベリスタ達が進んで行く。 「先行してくれるものがいると、助かります」 最後尾を歩くルシュディーはそう呟く。手探りで壁を探し、迂回し、破壊して進むのは手間がかかる。だが、影人のおかげで、今は最短ルートで進行できている。 しかし、それはつまりその分アサキに発見される確率が増えた、ということだ。 「アサキの部屋に行く前に消耗するのはよろしくねぇよ」 ポケットに手を突っ込んだまま、詩人が嘯く。連絡通路を通過し、アパートへ。階段を発見し、そのまま目的の7階へと上がっていく。 707号室はすぐそこだ。だが、違和感も感じる。 妙に簡単に、アサキはここまで接近を許したものだ、と。 その理由はすぐに明らかになった。7階に上がった6人が見た者は、707号室に近づけないまま右往左往している影人たちの姿であった。 どうやらアサキは、自室の周りに隙間なく壁を展開しているらしい。 時折動くその壁が、影人を消し飛ばす。 「積極的に壁と交戦すれば、注意を引き付けられるでしょうか?」 「ですが余り長い時間付き合うのも拙いですね。やはり大元を断つべきですか」 ユーディスの提案に対し、紫月が答える。2人とも、それぞれの武器を手に持っている辺り、このような結果になることは察していたのかもしれない。 紫月が弓を引く。風切り音。矢が空中を疾駆し、見えない壁に当たって弾かれる。壁は高速でこちらへ迫って来ているようだ。 壁の接近に合わせユーディスが槍を突き出した。場所が分かってしまえば、見えない壁も普通の壁と大差ない。見えない壁は、見えないからこそ脅威なのである。 カウンター気味の一閃。壁を打ち砕き、通路を開ける。 だが、壁は1つではなかった。707号室の扉の周りに、見えない壁は何重にも展開されているようである。 これを全て壊さねば、部屋には入れないのだろう。 「ふむ……」 壁に手を触れ、オーウェンは頷く。 そのまま、彼は床にしゃがみこんだ。 と、次の瞬間、オーウェンの姿が気え去った。 否、床に沈みこんだのだ。物質透過。物をすり抜ける彼のスキルだ。 「ふっ、やはり根は人間だ。人間の先入観を捨てきれんか」 見えない壁は、床の中にまでは展開されていないらしい。ドアの真下、床の中を移動して、オーウェンは1人、707号室へと足を踏み入れた。 ユーディスの掲げた槍が鮮烈に輝く。気合い十分。全身のバネを使って、まっすぐに繰り出されたそれは、間近に迫っていた見えない壁を撃ち抜いた。 何かが砕ける音がする。見えない壁が消失、圧迫感が僅かに薄れる。 「少々厄介ですが……」 空気の流れや、埃の動き、その他様々な要因から壁の場所は特定できる。707号室を覆っていた壁を破壊しようとしていると、突然壁が襲いかかって来た。それも、めちゃくちゃに、だ。 どうやらアサキは、壁のコントロールを十全に行える状態にないのかもしれない。 上方向から降って来た壁を、ユーディスは盾で受け止める。 「殲滅を優先しましょう」 矢を弓に番え、弦を引き絞る紫月。空気がシン、と張りつめる。 指を離す、それだけの動作で、紫月の矢は空を駆ける。矢に纏わり付く小さな光弾。エル・レイ、と呼ばれるスキルである。 ユーディスの支えていた見えない壁を、光弾が撃ち抜いた。 壁から解放されたユーディス、そのまま返す刀で707号室を突く。見えない壁に阻まれてしまうが、ピシ、と亀裂の入った音。 追撃とばかりに、紫月の矢もまた707号室の壁を穿つ。 ルシュディーの周囲に燐光が飛び散る。まるでそれは、光の破片のようだった。宙へ舞い上がり、拡散、仲間達へ降り注ぐ。 暖かい光だ。優しい光だ。ルシュディーの想いを体現したものか。 仲間達のダメージを癒し、その傷を見る間に消していく。 「回復します」 見えない壁の破壊に回りたい、その想いを押し込めて、彼はひたすらに回復役に徹する。 そんなルシュディーの元に、左右から壁が迫ってくるのが分かった。 だが、しかし……。 「案外脆いものですね? その程度の執着ですか? 哀れなものです」 轟音。衝撃。アパートの天井から、コンクリート片が降り注ぐ。ルシュディーと諭の頭上に降ってくる破片を、横合いから割り込んできた影人が受け止める。受け止め損なった分も、諭の振り回す重火器が弾き飛ばした。 振り回す勢いそのままに、弾丸を発射。片方の壁を打ち砕く。707号室を覆っていた見えない壁も、纏めて一緒に砕けて散った。 707号室へ飛び込む詩人。 外に展開され、めちゃくちゃに暴れまわる見えない壁の相手を仲間達に任せ、詩人は監禁されている男性の救助に向かう。 室内ではすでに、アサキとオーウェンが打ち合っていた。否、打ち合っているという表現は正しくないだろうか。オーウェンは何度も、鋭い蹴りを正面に向けて繰り出していた。 その先に居るアサキまでは、しかし彼の蹴りは届かない。どうやら見えない壁に閉じ込められているらしい。 「あぁ、そういう……」 詩人はまっすぐ、オーウェンに向けて手を開く。オフェンサードクトリン。オーウェンの攻撃力が上昇する。 『あなたも邪魔をするの?』 アサキの視線が詩人へ向いた。新に見えない壁を展開しようとするアサキ。 その瞬間、オーウェンを閉じ込めていた壁が砕け、オーウェンが解放された。床を蹴って、アサキに飛びかかるオーウェン。 「暴れまわるヒステリー女性は怖い物だ。死を恐れぬ精神状態程、怖い物はない」 冷気を帯びたオーウェンの足刀が、アサキの胸に突き刺さる。 ●エンヴィー・ラヴァーズ オーウェンとアサキが打ち合っているその隙に、詩人は気を失った麻希と男性に駆け寄っていった。2人とも、気を失っているようである。 アサキの攻撃が、この2人を傷つけた様子はない。だがしかし、いつ巻き添えを食って2人が大怪我をするか分かったものではないだろう。 「さっすがに此処はヤヴァイんで、何処ぞへ逃避行しちゃってください」 肩を貸し、男性を起き上がらせる。その瞬間、アサキの視線が詩人へ向いたのが分かった。背筋が震えるようなおぞましい視線だ。見えない壁がオーウェンを弾き飛ばす。 冷や汗を垂らす詩人。アサキが虚空で掌を開閉させる。その度に、見えない壁が増えていく。 1つ、2つ、3つと数を増していった。 『消えてよ……』 囁くようにそう言って、無数の壁が部屋中をめちゃくちゃに暴れ始めた。 「い、愛しの彼を傷つけるのは本望じゃないだろ?」 『手に入らないなら……。いっそ』 上下左右から迫る壁が、オーウェンと詩人を打ちのめす。さらに追撃とばかりに、無数の壁が迫ってくる。 これ以上はやばい、と直感が告げる。なにより、詩人の背後の麻希とその彼が巻き添えを食う。詩人が全力防御の姿勢を取った、その瞬間……。 「回りに迷惑がかからないようにいいようにやってくれよ」 窓ガラスが割れ、牙緑が飛び込んできた。剣を旋回させ、見えない壁を切り裂いていく。部屋の中を飛び跳ねるように駆けまわり、アサキへ接近。 アサキの肩を、切り裂いた。 「はっはぁ!死にたくなけりゃ動くなよお二人さん!」 牙緑に継いで、握り拳を振り回す隆明も部屋へ飛び込んできた。詩人と、2人を庇うように立ちはだかる。暴れまわる、という表現がぴったりだ。 上下左右から迫る見えない壁を、当たるが幸い、とばかりに殴り飛ばして消していく。 牙緑と隆明の乱入で、形勢は一気に逆転した。 4人の敵が狭い室内で暴れ回っているのである。アサキの認識が追いつかない。アサキの相手を仲間達に任せ、詩人は麻希と男性を連れて、707号室から逃げ出した。 『まて……』 見えない壁を撃ち出すアサキ。まっすぐにそれは、詩人を襲う。 だがしかし、届かない。詩人の逃走をサポートするのは隆明だ。短銃による射撃が、見えない壁にヒビを入れ、次いで突き出された拳が壁を打ち砕く。 「化け物生むほどとは恐ろしく重い愛情だなぁオイ。俺だったらぜってぇ御免だぜ」 隆明の言葉など聞く耳持たない。アサキは更に、無数の壁を形成した。 しかし、それを撃ち出すより早く、アサキの懐に潜り込む影が1つ。頭の上に剣を構えた姿勢で、滑り込むようにして飛び込んだ牙緑である。 「っふ!」 剣が一閃。アサキはそれを回避し、後退した。それと同時に牙緑へと見えない壁が殺到。牙緑の体を床へと叩きつける。 口の端から血を吐きながら、牙緑は笑って見せた。 「壁をいくら立てようが、下を塞がないのではな」 アサキの足元からオーウェンが飛び出す。物質透過のスキルを使い、床の下へ潜んでいたのだ。まっすぐ蹴りあげられたその足刀が、アサキの首を蹴り抜いた。 飛び散る冷気。凍りつくアサキの頭。氷の破片が飛び散って、アサキの体は霧散していく。 『邪魔しないでよ……』 最後にそれだけ呟いて。 アサキはこの世界から、消え去った。 気を失ったままの麻希と彼を部屋に残して、リベリスタ達は707号室を立ち去っていく。 最後に紫月が部屋を出て、室内で寄り添って眠る麻希たちを一目見た。 「これ以上は特に干渉はしません。私はそれほどお人よしでは無いですし……彼らがどうなるにせよ、彼らの問題でしょうしね」 そう言ってドアを閉める。 この2人が今後どうなるのか、それは2人にしか分からない。 結局、自分の問題は自分で解決するしかないのである。 例えその結果が、不幸な結末であるとしても、だ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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