● ソファでだらりとくつろぎながら、あたたかい珈琲をひとくち。 なんとなく手にした雑誌にざっくりと目を通せば、コラムのひとつに目を引かれた。 ――――― きょうはなんのひ? あまり人に知られていないであろう何かの記念日について記されているそれは、興味がなければすぐに忘れてしまいそうな情報ばかり。 けれど、どうやら今回は違ったようで。白い翼をはたり揺らして、青年はひとり微笑んだ。 ● ブリーフィングルームに集まったリベリスタたたちを見ると『セントエルモの灯火』白河 よふね(nBNE000250)は、ぱっと表情を綻ばせる。 「今日は遊びのお誘い。近くでマルシェをやってるみたいなんだけど、一緒にどうだろう? 9月23日って『万年筆の日』なんだって。だから、それにちなんで文房具店の出店が多いみたい」 マルシェのチラシを覗けば、ノートや便箋、万年筆などの文字と写真がずらりと並んでいる。 「いろいろ便利になって、普段なにかを『書く』作業ってめっきり減っちゃったし。 誰かに何かを伝えるのはもう、ボタンひとつですぐに伝えることは出来るけれど……。 誰かのことを想いながら、便箋やペンや言葉をひとつひとつ選ぶ手間も、楽しいと思うよ」 「ワタシ、綺麗な字を書くのって苦手アルゥ……」 むむむと眉間にしわを寄せて、あまり乗り気でなかった『迂闊な特攻拳士』李 美楼 (nBNE000011)だが、ある写真を見てころっと表情を変えた。 「よふね!これって食べれるネ? まるでクッキーに見える文房具だったり……」 チラシと睨めっこを始めた美楼を見て、よふねがけらけら笑う。 「本物だよ。軽食が食べられるお店も出るみたいだよ。ねえ、みんなも一緒にどうかな」 空は高く、日差しは柔らかい。そんな、すてきな秋の一日。 忙しい毎日からすこし離れて、ゆったりと過ごしてみるのは、どうだろうか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あまのいろは | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月06日(日)22:50 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● あおい空ではひつじ雲が楽しそうに連なっている、気持ちがいい秋晴れの日のこと。 そんな日に行われたマルシェは、文房具がすきなひとたちが集まるという少し変わったもの。 手間というものを排除していく時代。けれど、手間を楽しむひとたちもやはり居るのだ。 「さーて、どっから回るかー」 誰もが思い思いにお気に入りの一品を探しているが、岬は文房具のことは詳しく分からない。 彼女が大切にしてきたものはたったひとつ。ここ数年で、いくつもの戦場を共にしてきたアンタレス。 それは、彼女に応えてくれた。例え物でも応えてくれるということを、岬は誰よりも知っていた。 「心機一転。一区切りとして放ってたのを拾っていくかー」 にんまり笑顔を浮かべた岬が歩きだす。ひらりスカートを揺らしながら。 「万年筆の日か色んな記念日があるんだな。色々見ているだけでも楽しいもんだね」 疾風があちらこちらの店に顔を覗いている。見慣れたペンや消しゴムはもちろん、面白くデザインされたメモ帳なんてものも並んでいる。 見慣れた文房具だからこそ、普段目にしないような文房具を見つけると、なんだか心がくすぐられる。 いくつか切らしていた文房具を集めるために足を運んだ疾風だったが、新しい文房具にもついつい手を伸ばしてみたくなる。 気にいったデザインの万年筆を選んで、試し書き用に置かれているメモ帳にさらさら文字を書く。 ひとつ、ふたつ、みっつと試してやっと納得がいった疾風は、それを購入することを決めた。 「最近会ってない人に手紙でも出そうか。何を書こうか。それを考えるのもまた楽しそうだ」 ならば便せんも買わなくちゃ。向こうのお店にはたくさんの便箋があったかな。 送るだれかの為に言葉を選ぶことも、便箋を選ぶことも、楽しみのひとつ。 そうしてその手紙を見て、送ったひとが喜んでくれたなら。もっともっと楽しいだろう。 買ったばかりの万年筆を手に疾風が店を出たその頃、ぐるぐる店を見ていた岬が足を止めた。 なんとなく、心惹かれたシャープペンシル。手に取ってみると、手に馴染む気がする。 「馬鹿兄ィは一番安いので十分、不足を感じたらグレードアップすりゃー良ーんだって言うんだよなー」 もちろん、それも選択肢のひとつではあるだろう。けれど、ひとつのものを大切にする彼女だからこそ、一番よいものを選びたい。 何がよいのかは変わらず岬にはさっぱりだったが、相手は文房具の専門家。岬とアンタレスのように、文房具を極めたひとたちばかり。分からなければ聞けばいいのだ。 「でもボクの趣味は真逆だしー。つー訳で一番いいのを頼むー、よろー」 そうして、じっくりと選び抜いたそれが、学校でのよいパートナーとなりますように。 「カッコイイ万年筆で! インクをつけて! フゥッー!」 「私はボールペンでいい。刺して使ったらダメになるしな」 ボールペンを刺して使うような出来事が起こらないことを祈るばかりであるが、そんなやりとりも竜一とユーヌにとってはいつもどおり。 「ユーヌたんへのラブレター!! ユーヌたんからもラブレター貰えるなんて嬉しいな!!」 うきうきと楽しそうな竜一とは打って変わって、静かに文字を綴るユーヌ。 「ユーヌたんってば、どんなラブレター書いてくれるのかな!? ちょっとだけ見せてよ!!」 「書き終わるまではダメだ」 「ちょっとだけ! 先っちょだけでいいから! あっ」 がたんと竜一が立ち上がった衝撃で、インク瓶が倒れる。ふたりの手紙がじんわりと黒く染まっていく。 「………まったくしょうがないな、竜一は」 もちろん、書き直すことになったけれど。ユーヌが竜一を見つめる眼差しは、やさしかった。 ● 文房具以外のお楽しみ。なんてたって、季節はすっかり秋である。食べ物が美味しくない訳がない。 「知り合ってから随分経過したが……こうやって食を共にするのは初だな」 「お互いに、どちらかと言えば別の縁を大事にしていたからな。仕方ないだろう」 オーウェンと拓真は、いとおしいひとの顔が思い浮かべる。 「お互い……『妻帯者』と言うのだったか?こうして時間が取れるのも珍しい故にな」 「……まあ、妻帯者とは少し違うと思うが」 拓真は思わず咳払い。けれどもその芝居掛かった声と表情で、言葉選びがわざとだとすぐに分かった。 二人の間にはサンドイッチにフレンチトースト。珈琲はアイスとホット。 「職業病……とは、少し違うか。俺とは随分違う環境に育った、と言っていたからな」 「何時でもそのまま行動できる。……まぁ、忙しい者の習慣と言う物だな」 米国で教授を務めていたオーウェンだが、生まれも関係しているのだろう。いつでも逃げられるように戦えるように、そんな幼少時に染みついた経験や習慣はそう簡単に抜けるものではない。 「常に頭脳は冷静でなければなるまい?」 オーウェンはつめたい珈琲をひとくち。分析を得意とする彼は飲み物にさえ、気を払っている。 「どちらかと言えば、俺は猪突猛進だからな。耳に痛い話だ」 拓真はあたたかな珈琲をひとくち。難しい顔をしてから肩を竦めた。 「お互いに、主義主張は違うが……だからこそ補い合えるという話もある」 「俺らがこうやって友になったのは奇跡に近いな。……感謝である」 「今更そんなに畏まるな」 あまりに率直な友人の言葉がなんだか可笑しくて。フレンチトーストの最後のひとかけらを飲み込む。 「巡り合わせが良かった、それだけさ、教授」 すっと突き出された拓真の拳に、オーウェンが拳をこつんとぶつけた。 現実を分析する者と、理想を追い求める者。主義だけで見れば相反するふたり。そんなふたりがこうして居られることは、拓真の言う通り巡り合わせというものなのだろう。 忙しない毎日から切り離された休息の時間は、ゆっくりおだやかに、過ぎていく。 別のテーブルでは、美楼口いっぱいに食べ物を詰め込んでいる。 それを見つけたユイトが、ピザとアイスコーヒーを手にしたまま駆け寄った。 「おーい、何食べてるでござるか?」 「ユイトも来てたネ! そっちの店のものを買ってきたアルゥ」 テーブルの上にこれでもかというほど並べられた食べ物を軽く退けて場所を作る。 「そうだ美楼殿! 面白いモノを見つけたでござるよ!」 買ったばかりの紙袋を開いて、がさがさと何かを取りだそうとしたユイトを美楼がびしっと制止した。 「腹が減ってはなんとやらヨ?」 「あっ。それもそうでござるな!」 ユイトがピザを一切れ手にする。それでは冷めないうちに、いただきます。 名前を呼ぶこえによふねがぱっと振り返れば、そこには快が立っていた。 「よふねさんって、万年筆詳しい?」 「詳しいというほどではないけど、好きだよ」 恥ずかしそうに頬を掻いてから、どうして?と首を傾げた。 「よふねさん詳しそうだから、俺向きの一本、選んでもらおうかなって」 聞けば、来年には社会人になるので、それに見合った万年筆を探しているのだと言う。 「万年筆選びって、どんなポイントがあるんだろう?」 「僕はデザインで買っちゃうけど、実用性重視だったら書き心地かなあ。あとインクフロー大事!」 万年筆と一言でいってもペン先の硬さ、線の太さ、インクの種類など、それぞれ個性がある。 自分用の一本を見つけることは、実はとても難しい。拘りたいひとならば、なおさらだ。 「重要な書類へのサインとか、ここぞという場面ではそれに見合った筆記具が欲しいし」 「じゃあ、インクも黒のほうがいいかもしれないね」 快が選んだものは、シックな万年筆。ボディは高級感のある黒。ペン先とクリップは金色をしている。 とてもシンプルだが、美しいデザインだ。胸ポケットに差せばさぞかし映えることだろう。 「使っていくうちにきっと手に馴染んでいくだろうから」 よいパートナーになれるといいね、と微笑んだ。 「ありがとう。レターセットも買っていくよ。レターセットの最初の一枚は――――……」 よふねの向こうを見た、快の言葉が途中で止まる。 「………あれは止めたほうがいいかもしれないかな」 そう告げた快の視線の先には、やんややんやと賑やかなテーブルがひとつ。 「日本のアニメで忍者が筆を使って巻物を書いてたでござるよ、筆は忍者の必須道具でござる!」 「おおー! 流石ユイトネ! 早速何か書いたらどうアルか!」 褒められふふんと得意げに胸を張るユイト。彼が手にしているのは筆。筆のみである。 だが、そこに墨汁はない。彼が選んだものが筆ペンであったならば文字は書けただろうが、ただの筆のみでは書くことが出来る訳もない。ないない尽くしである。 「……はて?インク切れでござるかな? 筆にインクってどうやって入れるか知ってるでござるか?」 それに気づかぬユイトは筆を振ったりひっくり返したり。何度か瞬きをしてから静かに頷いた。 「…………うん、僕もそう思うんよ」 この後、快とよふねの指導によりユイトは無事に墨汁と筆ペンをゲットしたそうです。めでたしめでたし。 ● テーブルの上には、買ったばかりのレターセットに万年筆。 テーブルの端に退けてあるレターセットは、書き損じてしまったものたち。 けれども光介は焦ることはなく、それすらも楽しんでいるような柔らかい表情を見せている。 書くこと、綴ること、そんな手間の掛かる作業だが、それは伝えるだけの行為ではないと光介は思う。 「だって、自分の中にあることに、形を与えるんですから」 間違うことだってもちろんあるだろう。迷うことだってもちろんあるだろう。 間違うことだって、迷うことだって、誰にでもあるのだから。けれども、そうして文字にした言葉たちには、その時の「自分」がめいっぱいに詰まっている。 光介が見つけたひとつのこたえ。 書くということは、誤魔化しのきかない文字の中に「自分」を見出す行為なのではないだろうか。 「ふふ、今日は書き損じてもいいんです。 苦労した分、じっくりと書きましょう」 愛しいひとに、遠くの友達に、今は亡き家族に。ゆっくりと、じっくりと、綴られる手紙たち。 ボクの文字を、ボク自身を。ただただ、ひたすらに。 慣れない万年筆はまだ少し書きづらいけれど、文字の中に綿谷光介という形を与えていく。 パソコンは一家に一台からひとり一台持っているし、子供だってスマートフォンを持つ時代だ。 「そも文字を書くんなんざ、学校の授業とかだけじゃねぇかねぇ?」 現代はあちらこちらに、携帯機器が溢れ返っている。書くという行為が減り、書く道具である文房具は減ってきているような気がする。 パソコンや携帯が家庭に充実してきたのは、火車が子供の頃だったろうか。文房具は、火車にとって昔を思い出すもののようだ。 例えば、ロケットペンシル、匂い付き練り消し。お菓子や色々な形を模した消しゴムなど色々とあった。実用性という点では落第点ばかりの文房具だったが、集めることが楽しかったものだ。 「結構色々おもしれーモンあった覚えあっけども。プラ板焼いたりしたなぁ、懐いわ」 懐かしんでいる火車だったが、店にはそんな懐かしい文房具の姿もあった。まったく同じものばかりがある訳ではないが、品揃えの良さに少々驚く。 「あー。こんなんもあったわ。なんかよく解らん幾何学模様引ける……ああ、そうだ。スピログラフ?」 懐かしい文房具たちは、未だ消えずに残っていた。けれど、これから消えていってしまうのだろうか。 「まぁ……狼煙で連絡取り合う時代じゃねぇのだきゃ確かだわ」 ふっと空を見上げる。火車が今も想いを告げたい相手は、そこに居るのだろうか。 煙が想いを運んでくれるのならば。そうして届くのならば、狼煙くらいいくらでも焚き上げるのだけれど。 どうにかしてそこにいるひとと、伝え合うことや触れ合うことが出来る方法は、まだ誰も知らない。 火車の頬を撫でるように、さらりと秋の風が吹き抜けた。 手紙を書き終えた竜一とユーヌは、お互いの手紙を交換こ。 待ちきれないとすぐに手紙を開けた竜一の横で、ユーヌも手紙を開いた。予想通りくるくると目まぐるしく変わる竜一の表情を見てユーヌは思わず微笑む。 じっくりと噛みしめるように手紙を読む。綴られた言葉はどこかたどたどしいが、それすらも。 理解することは難しくても、確かに感じるこの感情。胸の奥からじんわりと、あたたかく広がっていくような、そんな特別なもの。 愛しています、愛し続けます、と締められた互いの手紙。ふたりの間に、それ以上の言葉はいらない。 「そろそろ帰るか、竜一」 「うん、帰ろうユーヌたん」 陽はゆっくりと傾いていく。そっと手を繋いだ。ふたつの影が重なって、ながく伸びていく。 冷たい風を身に受けた光介がはっと顔を上げる。ときが過ぎていくことをすっかり忘れていた。 最後に書いた一枚の手紙は、ボクからボクへの手紙。すこし気恥かしい気もするけれど。光介は書いた手紙を大切そうに仕舞って微笑んだ。 前略、わたしよりあなたへ。たったひとつのこの想いが、他の誰でもないあなたに届きますように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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