●憤怒の犬神 呪詛、と呼ばれるものである。それも、大昔から伝わっている、古い呪詛だ。とりわけ動物や虫を使ったものが多い。それはつまり、他者の命を代償に、別の他者を呪うのだ。 そのうちの1つに、犬神、と呼ばれるものがある。神、と付いてはいるが、その本質は人を呪う為の怪物を生み出す方法だ。犬神の作り方は諸説あるが、今回のケースは、恐らくもっとも一般的な方法であっただろうか。 犬を土に埋めるのだ。頭だけ出し、身動きを取れないようにし、餌も与えず弱らせる。 飢えに飢えた所で、目の前に餌を置く。それを喰らおうと首を伸ばしたその瞬間、その首を叩き斬るのだ。 残酷、と言えばそうだろう。 だが、呪詛とはそういうものだ。 人を呪わば穴2つ。恨みを買って、恨みを晴らす。怒り狂った犬の首は、果たして何処へ向かうのか。 何処へ向かって、どこで終わりを迎えるのか。 どこの誰が作った犬神かは分からない。何の為に作った犬神かも分からない。 分かっているのはただ1つ。 命を奪われたその犬は、E化して蘇った、ということだ。 その首は、元の姿も忘れたままに、ただ恨みを晴らすため、憤怒に駈られて宙を舞う。 相手がエリューションである以上、この事件はリベリスタの管轄。それだけの話し。 ●怒り狂う 陰鬱とした表情で『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は首を振る。 「敵は2体。E・ビースト(犬神)と、E・フォース(ラース)の2体。犬神は巨大な犬の胴体。一方、ラースは犬の頭部の形をした思念体。現在、廃ビルの屋上にて潜伏中」 何かをじっと待っているようでもある、とイヴは付けたす。屋上の隅から地上を見降ろし、ただただじっと、月に照らされ待っているのだ。 何かが来るのを。誰かが来るのを。 「犬神の大きさは7メートルほど。なかなかの大きさだし、動作も素早い。ビルの屋上、及び内部での戦闘に持ち込めればある程度動作を阻害できるかもしれない」 その巨体故に、狭い場所での戦闘には不向きなのである。また実体を持っていて、飛行能力はなし。屋上から地上に下る方法は、ビル内部を駆けおりるか、壁を駆けおりるか。 その2託しかないのである。 「一方でラースに関しては、足場に関係なく立体的な動作を得意としている。小周りも聞くようなので、少し厄介かも。とりあえず両方討伐してきて貰いたい」 元になった犬に同情しないでもないが、しかしすでに手遅れ。 こうなってしまった以上、被害者が出る前に、一刻も早く始末を付けるだけである。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月30日(月)23:16 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●空駆ける犬の首 静まりかえった廃ビルに、犬の遠吠えが木霊した。怨嗟に満ちた、苦しげな遠吠え。聞く者の背筋を凍りつかせるような、恐ろしい鳴き声だった。 月明りを背に、ビルの屋上に見える巨体。獣の体だ。首はない。 代わりに、屋上を犬の首が飛びまわっているのが見える。 Eフォース(ラース)と、Eビースト(犬神)である。 それが、今回のターゲット。 何処かの誰かが行った、悲しい呪いが元で生まれた、哀れな獣のなれの果てだった。 ●憤怒に憑かれた犬神の呪い 「呪詛の為だけに犬を殺すなんて、なんて惨いことを……」 悲しそうに目を伏せる『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)。そして、そんな彼女の肩にそっと手を置く『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)。 「必要に駈られればなんでもやる。それが俺達人間だ」 そう吐き捨てた櫻霞の言葉は、櫻子以外の耳には届かない。 辺りの空気がピンと張りつめた。『紫苑』シエル・ハルモ二ア・若月(BNE000650)の張った結界が、このビルと外界を遮断したのだ。 「念には念を……です」 結界を張り終えたのを確認し、リベリスタ達はビルへと足を踏み入れた。屋外での戦闘は、犬神とラースにとって自由に動ける空間を与えるだけ、こちらに不利だと判断したためである。 明りの灯らない手狭な廊下。月明りだけが頼りだ。1階から2階へ、更に3階へ上がる階段の途中で『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)はポツリと呟く。 「まあ、私にも動物を愛でる気持ちを一切持たないわけでもなく……。正直に言うと痛ましく思うところも多少はありますよ」 かといって、このまま放置しておくわけにも、ラースの怒りを他者にぶつけさせるわけにもいかない。 「どんな事情があっても倒すべきただの敵。排除する、ただそれだけよー」 結局、そういう事なのだろう。 エリューション化した相手、全ての事情をくみ取っていては、時間も身体も、いくらあっても足りはしない。小山 夏海(BNE002852)の言う通り、倒すだけだ。 懐中電灯の明りを頼りに、3階へと到着。ワンフロアぶち抜きの、だだっ広い空間が広がっていた。 「かみたければかめばいいし、呪いたければ呪えばいいけど。でも、ここまでだ」 窓の外を一瞥し『ならず』曵馬野・涼子(BNE003471)はそう呟いた。 窓の外には、大きな犬の首が浮いている。怒りに血走ったその眼と、涼子の視線が交差した。 犬の首が、窓をぶち割って部屋に飛び込んでくる。それと同時、ビル全体が揺れた。上階から、コンクリートを壊しながら駆けおりて来る者がある。恐らく、犬神だろう。 「皆で集まって待機してれば寄ってくるはず、って思ってたけど」 階段に向かって『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は弾丸のような速度で突っ走る。引き抜いた刀を、低く構え、降りて来る犬神に備える。 一方、ラースの首は突っ込んできた勢いそのままに『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)へ踊りかかった。怒りのオーラを撒き散らし、牙を剥き、血と唾液を撒き散らし、そのまま劫の腕に喰らい付く。 「お前達が憎くて仕方がない人間様は此処に居るぜ? 犬っころ」 怒りのオーラは推進剤だ。ロケットか弾丸か、というような勢いでラースは駆ける。劫の体を、そのまま反対側の窓から、屋外へと叩きだす。 ラースと劫が屋外へ消えた。 その直後。 階段を半ば叩き割るようにして、犬神が上階から飛び降りてきた。 全力疾走からの、鋭い爪による斬撃。コンクリートを切り裂きながら振り抜かれたそれを、セラフィーナが受け止めた。刃と爪とが激突。甲高い音を鳴らす。 「私に怒りをぶつけて来なさい! それで少しでも怒りが晴れるなら、いくらでも相手をしましょう!」 そう告げるセラフィーナだったが、しかし犬神の耳にその声が届いたかどうかは分からない。そもそも頭部がないのだ。どうやって周囲の状況を把握しているのかも判然としない。 暫しの膠着。打ち負けたのはセラフィーナだった。純粋に体格差によるものだ。弾き飛ばされ地面に叩きつけられた。 「うらんで怒って血をばらまくなんて、あんまりひとごととも思えないし」 いつの間にそこに居たのか。犬神の懐に潜り込んだ涼子が、バンテ―ジを巻いた握り拳でその胸を殴りつけた。アッパーユアハート。犬神の意識が涼子に向いた。 それを確認し、涼子は下がる。地面に倒れたセラフィーナから、犬神を遠ざける。 下がった先には夏海の姿。 「少しでも牽制しておきたいよね」 涼子と入れ代わるようにして、夏海が前へ飛び出した。握った拳で、犬神の喉を殴りつける。息が詰まったのか、犬神の動作が一瞬停止。 しかし、次の瞬間には犬神の腕が真下から夏海へと襲い掛かった。 鋭い爪が夏海に迫る。貫かれれば、大怪我は免れないだろう。体格差はそのまま、単純戦力の差に繋がる。 「せめてもの弔いとして一刻も早く眠らせてあげましょうか」 爪が夏海に突き刺さる直前、轟音と共に放たれた弾丸が犬神の肩に着弾。モニカの遠距離射撃である。着弾後、弾丸は小規模な爆発を起こす。犬神の肩から血が溢れた。その隙に、夏海の体をシエルが抱きかかえ、その場から離脱。 「我が身全ての力を持って、只管お怪我癒します」 シエルの周囲に燐光が舞った。暖かい光だ。光の軌跡を描きながら空を舞うシエル。降り注ぐ光は、仲間達の傷を癒す。 先ほどから、犬神の動きが直線的なのはフロアが狭いからだ。天井が低く、腕を振り回そうと思ったら、移動できるスペースは限られてくる。 それが分かっているからこそ、櫻霞と櫻子はすでに攻撃の用意を終えていた。 「俺とお前だ……問題はあるまし、背中は任せる」 犬神から櫻子を隠すように立った櫻霞が、そっと指先を犬神に向けた。ゆらり、と空間が歪んで見える。エナジースティール。犬神の体から、エネルギーを吸いとっていく。 「これは櫻霞様と私だからこそできる事ですわ」 グルル、と犬神の喉が鳴る。櫻霞に襲いかかるべく、その脚に力が込められた。だが、犬神が地面を蹴る直前、足元を穿つ魔弾が1つ。櫻子の放ったそれである。 バランスを崩した犬神が床に倒れる。 そこへセラフィーナ、涼子、夏海の3人が跳びかかる。 幻影の生首が空を駆ける。幾つも幾つも、憤怒に歪んだ犬の生首が。 次々に、劫へと襲い掛かる生首の群を、彼は愛用の剣でもって斬り捨てていく。 1体1。しかし、ラースは空を駆け、小周りも効くようだ。 「よぉ、さっきの挑発は聞いてくれたか?」 全身に細かい傷を負っていく劫。剣で裁き、急所への直撃こそ避けているものの、しかし着実にダメージが蓄積する。 しかし、劫は後ろへ引かない。回避も極力、少なくしている。 これが彼の役割だからだ。ラースの抑え役である。 「っ!!」 剣を一閃。飛びかかってくるラースの幻影を、真空の刃が切り裂いた。 だが……。 「う……っぐ!?」 口の端から血が零れる。驚愕に目を剥く劫。いつの間にそこに居たのか。音も無く、気配も無く、劫の背後に迫っていたのはラース本体である。 劫の首筋に喰らい付き、唸り声を上げていた。 ドロドロとした血が溢れだす。身体が麻痺して上手く動かないのか、劫はその場に膝をついた。 爪を振り回しながら、弾丸のように飛び出す犬神。その巨体が通った後には、裂傷ばかりが残っている。コンクリート片の舞い散る中に、夏海とセラフィーナの姿があった。 犬神の攻撃に巻き込まれ、血の滴を散らす。 「癒しの息吹よ……」 ひらり、と犬神の爪を回避したシエルがそう囁いた。飛び散る燐光は、微風に乗ってフロアの隅々まで飛び散っていった。 淡い光が、傷を負った仲間を癒す。何度倒れても、いくらダメージを受けても立ち上がるリベリスタ達を前に、犬神は憤りを顕わにし、何度も壁を殴りつけた。 その度に、壁が揺れ、窓ガラスが砕けて散った。 「……っ!」 窓の外を覗きこんだ涼子が、僅かに目を見開く。窓の外と犬神とを何度か見比べ、涼子はそのまま窓を乗り越え、ビルの外へと飛び降りていった。 犬神の注意が、一瞬涼子の方を向いた。 その瞬間、犬神の胸元で爆発が起きる。轟音、衝撃、僅かに傾く犬神の体。 「貴方達に必要なのは、必要な救いは残念ながら癒しではなく殺しの手ですからね」 そう呟いたのは、モニカであった。改造に改造を加えた重火器が火を吹く。モニカの視線は、まっすぐ犬神の胸か喉元を捉えているようだ。 表情の変化に乏しい顔立ち。それ故に、酷く冷静に見える。 モニカだけではない。犬神の足元には、両手を真っすぐ伸ばした姿勢の、夏海が居た。両手に装備したフィンガーバレットが、連続して射出。無数の弾丸が犬神の皮膚へ突き刺さった。 「何処の誰が何の為に作ったのか、気にはなるよねー。呪いの道具として使い捨てされたなんて同情するよ」 ギリ、と夏海は拳を握りしめた。まっすぐにその拳を、犬神の脚部へと叩きつける。鈍い音が鳴り響いた。脚の骨が折れた音だろうか。 『---------------!!』 声にならない咆哮を上げて、犬神が爪を振り回す。夏海の体が、まるで木端のように宙を舞った。落下してくる夏海の体。追撃を加えるべく、犬神は腕を振りかぶる。 だが……。 「簡単に終わると思ったら大違いだ」 銃声が1つ。空気を切り裂き、弾丸は走る。犬神の腕を撃ち抜いて、そのまま背後の壁を削った。正確無比な射撃であった。針穴通しの名に偽りはない。銃を構えた姿勢のまま、櫻霞は、ふん、と小さな溜め息を零す。 時を同じくして、落下してくる夏海の体を櫻子が受け止めた。 飛び散る燐光。夏海の傷を癒すのは櫻子の回復術である。 「此方が私の本業ですわ、痛みを癒し……その枷を外しましょう」 櫻子は小さく、そう囁いた。 めちゃくちゃに振り回される犬神の腕を、夏海を抱えたまま櫻子は器用に回避する。狭い室内では、犬神も自由に動けないようだ。ある程度限られた攻撃パターンを記憶することくらい、さして難しいことではないのだろう。 暴れまわる犬神の背後に、ふらりと1つ、人影が立つ。しゃらん、という奇妙に澄んだ金属音。引き抜かれた刀に、月の光が反射する。 「貴方の敵として全力で相手を。その呪い、受け止め、切り払うよ」 タン、という軽い音。地面を蹴ってセラフィーナが飛び上がる。 振り回される腕の隙間を縫うようにし、彼女の体が犬神の懐へと接近。 犬神とセラフィーナの姿が、交差したのは一瞬だった。 目にも止まらぬ一閃。一拍遅れて、血の滴が飛んだ。 『-----……』 途切れる咆哮。ビクン、と犬神の体が震える。 その巨体が、床に倒れた。遅れて、悲しそうに目を伏せたセラフィーナも着地。 「安らかに眠れますように」 そう呟いて、彼女はそっと刀を仕舞った。 ●怨嗟の咆哮 「う……ぐ」 地面に膝を突く劫。ラースは、彼の首に喰らい付いたまま離れようとしない。 だくだくと、大量の血が溢れ出る。 劫の首に喰らい付いたまま、ラースは空へと駆けあがった。ぶち、という鈍い音。劫の皮膚がちぎれる音だ。傷口が広がり、血が噴き出す。 まっすぐ月を向いたラースの瞳。その瞳が捉えた少女の姿。 握り拳を、ラースの鼻先に叩き付けた。 『------っぎ!!??』 地面に叩きつけられるラースと、一緒に落下する劫。ラースの鼻先を殴りつけたのは、3階から飛び降りてきた涼子であった。 「おまたせ。さぁ、好きに呪いな」 着地に失敗したのだろうか、涼子の鼻から一筋の血が流れる。手の甲でそれを乱暴に拭い、涼子は一言、そう吐き捨てた。 地面から浮き上がる犬の頭。怒りに満ちたその表情。見ているだけで、背筋が凍る。恐ろしい形相だ。血の滴を零し、宙を駆けるその姿は、見る者の恐怖心を煽る。 ラースの周囲に、幻影の首が幾つも幾つも現れる。その全てが、憤怒の表情を浮かべているのだ。 一斉に駆け出す、ラースの首達。まっすぐにそれは、劫と涼子へ襲い掛かる。 「悪いな、生憎と俺はドMじゃないんでね。痛いのは御免蒙る」 それを迎え撃つべく、劫は跳び出す。一閃、二閃と剣が閃く。その度に、幻影の首は切り裂かれて消えた。完全に相殺はできないようで、劫の体にも無数の裂傷が刻まれている。 劫に次いで、涼子も飛びだした。劫の作った道を駆ける。地面を蹴って、宙へと飛び上がる涼子。まっすぐ伸ばしたその腕で、涼子は犬の首を掴んだ。 「まだまだでしょう? その怒りも、うらみも」 左腕でラースの頭を引き寄せる。握りしめた右の拳を、涼子は真っすぐ、ラースの眉間に叩きつけた。 衝撃が走る。ラースはまっすぐ、地面に叩きつけられた。小さなクレーターが地面に穿たれる。白目を剥いて、痙攣するラース。すぐに意識を取り戻す。 ふらふらと、再びラースが浮かび上がった、その瞬間。 「同情はする。けど、見過ごす事は出来ない…じゃあな」 エクセキューショナーズソード、という名であったか。湾曲した、首を刈り取るための剣。処刑人の剣だ。劫の愛用している武器である。 それが一閃、ラースの頭を真っ二つに切り裂いた。 ただそれだけ。ほんの一瞬。 ラースの命は、刈り取られて、消えた。 犬神の体と、ラースの頭部を地面に埋めて、リベリスタ達はビルの屋上へと登って来ていた。 犬神とラースが、ここで一体なにを待っていたのか、その真実を知る為に。 暫くして、ビルの真下を1組のカップルが通りかかった。 歳の頃は30前後だろうか? 仲睦まじく、手を繋ぎ、笑い合う男女だ。 その後も暫く待っていたけど、他には誰も通りかからない。 何処の誰かは知らないが、犬神とラースが生み出された原因は、恐らくきっと恋愛絡みの恨みであったか。 恋は人を狂わせる。 その一言を思い出し、櫻子はそっと、櫻霞の袖を握りしめた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|