●月光の夜 月に叢雲、花に風とは言うものの、雲ひとつない夜空には大きくまんまるの月が浮かんでいた。 その冷たく優しい月光に照らされ、路地に一匹の獣が姿を現す。白い毛並みに、長い耳、ふわっふわの尻尾。つまり、判りやすく言ってしまえば兎だ。しかし、普通の兎とは決定的に違う点が幾つかあった。 まず、でかい。園児くらいの大きさはある。更にそれが、二足歩行で月を見上げているのだ。まるで映画か、アニメのようだ。コミカルで、なんともカワイげのある仕草。何故かその身には、着流しを纏っている。 しかしその表情は、何処となく不安げで、寂しそうでもあった。 ●月夜に跳ねる 「アンタたちィ~。今回は、今の時期に持って来いの仕事を紹介するわよー」 集められたリベリスタに遅れること僅か。『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)がのんびりした雰囲気のままブリーフィングルームに姿を現した。その表情はアルカイックな微笑を浮かべている様子から、どうやら過度に厳しい任務ではないようだと推測される。特に理由が思い浮かばないのだが、なんとなく笑みが怖いというのは、敢えて言うまい。 「今回の任務は、アザーバイドの送還が目的よ。ちょっとした手違いから、善良なアザーバイドが三……人? 市街地に紛れ込んじゃったみたいなのよ。ま、詳しくはこちらの方から聞いて頂戴」 なんだか微妙に歯切れの悪いローゼス。そんな彼に促されてブリーフィングルームに入ってくるのは、150cmほどの身長を持つ、大きな兎だった。兎と言っても、二足歩行で歩き、紋付羽織袴を着ている。家紋があるべき箇所には、人参をイメージしたと思われる紋章が入っていた。なんというか、すごく和む生命体だ。その彼が口を開く。覗く前歯は、まさに兎のソレであり、それもまた可愛らしい。……のだが。 「……お初にお目にかかる。ワシの名は、ウサ吾郎と申す」 腹の奥に響くような重低音。シブい、シブすぎる。別に『ウサ吾郎だピョン♪』と言え、とまでは言わないが、あまりにも激しいギャップだ。が、そんな一同の微妙な面持ちも気にせず、ウサ吾郎は話を続ける。 「此度の一件、誠に恥ずかしながら、ワシの子供が三人、市井へ飛び出していってしまったことが原因。皆様のお手を煩わせてしまうのは非常に心苦しいが、何卒! 何卒お頼み申し上げまする!!」 鬼気迫る表情……だと思われる顔で、ウサ吾郎はリベリスタを拝む。そこまでされてしまったら、さすがに無碍に断れはしまい。しかし、おかしな言葉遣いである。 「わかったよ、ウサ吾郎さん。ところで、どうしてお子さんは家出なんかしたの?」 もしも家出の原因がウサ吾郎にあるのだとしたら、無理に連れ戻しても無駄だろう。 「我ら種族は、満月を見ると気が昂ぶり、興奮状態となってしまうのでござる。我が国にも月はあるが、今日はこちらの世界へとお邪魔させてもらった折に、満月を見た子等が、歯止めが利かぬ状態となってしまい申して……」 「有り体に言えば、お月様見てハイテンションになっちゃったってワケね」 ざっくりした言葉だが、ローゼスの言うとおりのようだ。ウサ吾郎も深く頷いている。が、それならば子供たちを迎えに言って、宥めれば問題なかろう。 「因みに、子等はまだ未熟故、こちらの世界の言葉を解することが出来ませぬ。通訳代わりにワシも着いては行きますが、近づく際には、警戒されぬようこちらをお持ちくだされ」 手渡されるのは、家紋であろう人参の印章に兎の毛が結ばれたものだった。お守り程度の大きさのものが、三つ。 「我が家の家紋と、ワシの毛でござる。これを見せれば、多少警戒が解ける筈。背中に10円ハゲを作ってまで拵えたモノ故、何卒!! 何卒お頼み申し上げまするぅぅ!」 無駄に暑苦しく、ウサ吾郎はリベリスタに縋りついた。フタを開ければ、なんだか良く判らないが凄く面倒な任務だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月30日(月)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●路地裏の侍 「申し訳ありませぬ、カルラ殿……。今宵ほどの見事な月夜に、不肖の子等の為にお手を煩わせまして……!」 『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の操るバイクで風を切りながら、ウサ吾郎は心底申し訳なさそうに言った。先ほどから、彼は何度謝ったことだろう。ヘルメットに押し込められた耳も、元気なさげに垂れている。 「中秋の名月ってことで月見か何か遊びにでもって思ったけど……。ま、手伝って悪い気がすることでもないし、いいですよ。家族は一緒で仲良くしてんのが一番だし」 バイクが風を切る轟音の隙間から、カルラの声が聞こえる。その言葉に、ブワッと涙するウサ吾郎。なんとも感受性豊かな父親だ。 「かたじけない、かたじけない……!」 空に浮かぶ満月が、こちらを笑ってみているような、そんな気がした。 遠くから聞こえる、異形の魔物の咆哮のような大きな音に、彼はその身を更に小さくした。つい兄妹にノせられて冒険に付き合ってしまったが、自分のような未熟な侍が見知らぬ世界を歩き回るなんて、分不相応な冒険だったのではないだろうか。月光が優しく照らす路地の景色が、じわりと滲む。その時だった。 『ウサ左衛門!』 魔銃の咆哮に混じり、聞き覚えのある声が聞こえる。驚き、バッと顔を上げれば、鉄で出来た馬のようなモノを操る男と目が合った。目の前の男は誰なのか、男の操る鉄の軍馬はなんなのか。ぐるぐると思考が回転し、更に更に身を小さく丸めるウサ左衛門。これではまるで白い毛玉だ。 『ウサ左衛門、どうした! 怪我でもしたのか!?』 再び、その長い耳に届く声。恐る恐る顔を上げれば、そこには心配そうな父親の顔があった。その後ろには、先ほどの男の姿も見える。男の顔もまた、心配していたような、ホッとしたような、そんな顔をしていた。その手には、家紋と、それに結ばれた白い毛が見える。見紛うはずもない、あの艶、あの色は父親の毛だ。とすれば、彼は父の知り合いなのだろうか。 が、そんな考えを彼方へ押しやってしまう程の安堵感が、ウサ左衛門の心に満ちる。 『ぢ、ぢぢうえぇぇぇぇ~!』 涙と鼻水でべしょべしょになった顔で、ウサ左衛門は父親へと抱きついた。まるでじゃれあうぬいぐるみのような光景に、カルラの顔も小さく緩む。 『カルラ様、かたじけのうございます。某の短慮の為、皆々様にご迷惑をおかけしてしまうとは……』 ウサ吾郎が通訳として間に立ち、ウサ左衛門は深く深く謝罪を述べた。先ほどもそうだったが、またも身体は小さくなってしまっている。そういう性分なのだろう。 「あまり気にしないで。さ、みんなで帰ろうか」 ウサ左衛門からすれば大きな大きな手を差し出して、努めて優しくカルラは言う。その優しく余裕のある仕草は、ウサ左衛門からすれば、憧れの対象とも言えた。先ほどまでのおどおどした様子が一変し、目をキラキラさせて大きく頷く。 『は、はい! ありがとうござりまする!』 ●デパートのお姫様 『朱鷺島。こっちはウサ左衛門と無事合流できた。とりあえずそちらに向かう』 『雷音殿、何卒、何卒ぉ!』 「こちらは今から行動開始なのだ。ボク達を頼ってくれてありがとうだぞ。おウサさんはボク達に任せてほしいのだ」 通信機越しのカルラの報告と、ついでにウサ吾郎の熱い嘆願を受け、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は元気良く返事を返した。 「雷音ちゃん、宜しくな! 頼りない俺達かもしれないけど、一緒に頑張ろうな!」 おウサを保護する為に行動を共にしている『ふたりぼっち』月凪 宝珠(BNE004665)が元気に言う。異界の住人と接触をするのは初めてだと言っていたが、物怖じしないその性格ならば問題はないだろう。 が、もう一人の同行者である『ツーピース』月凪・錐(BNE004666)は少しだけ別の事を考えているようだった。 「うさぎ……。うさぎのフィレは量が少ないが、このサイズなら一羽でも充分に……」 「どうしたのだ?」 ぶつぶつと何やら思案している錐の顔を訝しげに覗きこむ雷音。 「いや、なんでもない。食も極めれば命を繋ぐ芸術だが、流石に言葉を話す生物を食べる気には……、食べる気には……、まあならないと言う事にしておこうか」 狼の本能が彼を突き動かしているのだろうか。凄く不穏当な発言に聞こえなくもないがしかし。彼の頭上には、前情報で有効であるとされた兎の耳のヘアバンドがつけられていた。兎如きに媚びる訳ではない、というのは錐の弁だ。彼の持つ鋭い眼光と兎の耳が、なんともミスマッチと言えるだろう。なんというか、微笑ましい。 「よっし。行くぜ!」 そんな、血を分けた兄弟である錐を気にせず、宝珠は颯爽とオモチャ売り場へと駆け出した。 「あの、すみません」 おウサへと手を伸ばす女性に、雷音は声をかけた。手には、見える形でウサ吾郎から預かっている家紋を持っている。これが見えれば、おウサも警戒しないだろう。 どうやら、まだ美咲がねだっているだけのようだ。店員も近くにはおらず、おウサを目撃したのはこの親子だけだろう。 「え? なにかしら?」 見知らぬ少女から突然声をかけられ、僅かながらに驚いた様子の母親。だが、雷音の周囲を和ます雰囲気のお陰か、なかなか好意的な反応だ。 『あら? それは妾の家の家紋かぇ?』 ありとあらゆる言葉を統べる雷音の耳に、おウサの声も届いた。のんびりした様子だが、とりあえず家紋は見てもらえているようだ。それならば、話も早い。しかし、やはり変な言葉遣いである。 「すみません、その人形は、大切な人の誕生日に贈りたいと思っていたんです。迷惑なのは重々承知ですが良ければ譲って頂けませんでしょうか?」 真摯な雷音の態度に、母親は更に態度を軟化させた。元々、美咲の誕生日のプレゼントを買いに来たが、あそこまで精巧なぬいぐるみとなるとさすがに躊躇していたのだ。年端も行かぬ少女の必死の願いに、なんとなく母親の顔も緩む。 「あら、そうなの? 大丈夫よ、そう言う事情なら。ホラ、美咲。このお姉さんが、兎さん欲しいんだって」 「えぇぇー! やぁだぁぁ!」 だが当然ながら、美咲はぐずり、泣き出す。それはそうだろう。コレと決めたモノを簡単に変更できるような年頃とは、とても思えない。それでも、心苦しいが譲れない事情がこちらにもある。 「お嬢ちゃんごめんな……お姉ちゃんたちからもお願いするよ。本当に必要なものなんだ……頼む」 深く頭を垂れる宝珠。子供扱いすることなく、至極真面目な声音だ。ぴーぴー泣いていた美咲が、ぐっと押し黙る。 「美咲、他のぬいぐるみさんもカワイイじゃない? ね?」 「うぅぅ……」 あやす母親の言葉に、目の端に涙を溜める美咲。確かにあの兎は魅力的だが、他のぬいぐるみも可愛らしい。そのとき。美咲の視界に、一匹の犬のぬいぐるみが飛び込んでくる。 「もごもご……。美咲ちゃん、遊ぼう!」 口を押さえ、ぬいぐるみをぴょこぴょこ動かす錐。あまり上手とは言えない腹話術だったが、美咲の顔に笑顔が咲く。 「あはは! おにいちゃん、ワンちゃんだったのね! うん、美咲、このワンちゃん気に入っちゃった!」 錐の手からぬいぐるみを受け取り、美咲ははしゃぐ。周囲の目がおウサから外れた今が好機と、雷音はおウサに事情を説明する。父親が探していること、自分たちは父親を手伝い迎えに来たということ。こそこそと声を絞った会話だが、それでも人に見られたら何かと面倒であろう。完璧なチームワークだ。 「おねえちゃん、ワガママ言ってごめんなさい。ウサちゃん、可愛がってあげてね!」 そんな雷音に、犬のぬいぐるみを抱えた美咲が小さくお辞儀をし笑顔を見せる。おウサへの耳打ちを止め、雷音は少女へと向き直った。 「ありがとう、本当にすまない。こんなものでしか、お返しできないのだけれども」 そう言って、雷音は可愛らしい包みの、クッキーの詰め合わせを美咲に渡す。譲れない事情は確かにある。だが、幼い少女を泣かしたという事実は覆らない。それを無視しては、胸を張って家族に報告できないだろう。 「ありがとう、おねえちゃん! ママ、クッキーもらったよ!」 「良かったわね、美咲。なんだか、すみません」 「こちらこそ、すみません。本当に必要なものでして。大人げない俺等を許して欲しいんだぜ」 駆け寄る美咲の頭を撫で、母親も礼を言う。が、礼を言うのはこちらだ。物分りの良い子で、本当に助かったと言える。 「あと、これをあげよう」 つけていた兎の耳のヘアバンドを外し、美咲の頭にちょこんと乗せる錐。たぶん、恐らく、錐がつけているよりも似合っているだろう。彼とて本意でつけていたわけはないのだが。 「ありがとう、犬のおにいちゃん!」 『妾からはこれを差し上げようぞ』 事情を聞いたおウサは、美咲につけられた兎の耳に、自らがつけていたピアスを通す。 『……そちとの出会い、忘れぬぞ』 「ウサちゃん、ありがとう!」 言葉は通じないが、どうやら二人の少女はなんとなく分かり合えているようだ。異世界との、僅かの接触。思いがけない誕生日プレゼントとなったのではないだろうか。 ●繁華街の武士 『えぇい! お主ら、無礼ではないか!』 「おぉぅおぉぅ、どぉしたんだぁウサギさぁん」 現場に着けば、まず目に入るのはススキを刀のように構えた兎の姿だった。目の前の酔っ払い二人組みは楽しそうにふらふらしている。ウサ之介の攻撃ではなく、どうやら酔いの為であると推測された。 「えっと、驚かせてごめんなさい」 そんな二人組みの注目を集めるべく声をかける神代 凪(BNE001401)。周囲の注意を引く雰囲気が、彼女にはあった。合わせて、ぱんっと手を打ち、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)……もとい、那由他は人払いをかける。 「なんだぃ、おじょーちゃんたちはぁ~?」 「実は私たち、ハロウィンに向けてパフォーマンスの練習中なんです」 「けど、気がついたらその子がいなくなってて……。外国の子なので、まだ日本語がよく判らないみたいなんだ……」 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)も那由他と並び、説明をする。酔っ払いは、理解しているのか判らないが満面の笑みで頷いた。 確かに彼女らの服装は、ハロウィンの仮装といえば納得がいくだろう。ハムスターのような着ぐるみや兎の耳のヘアバンドなど、見ている側も楽しそうな格好だ。 ウサ之介に合わせ、まさに兎のようなフワフワのワンピースを纏う『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)は、手にしたウサ吾郎印のお守りを振りながら笑顔を浮かべる。 「まこの衣装、かわいいでしょ?」 「いいね~おじさんの娘も、おじょーちゃん位かわいげがあればいいんだけどね~」 その隙に、凪はウサ之介へと声をかけた。数多の動物と会話ができる彼女は、ウサ之介の言う事をそれとなく理解できたのだ。 『私たち、お父さんに頼まれてきたんだー。ここはちょっと任せてくれないかな』 『む! その印は紛れもなく我が家の紋! こやつらに拙者の言葉が通じぬのだ。すまぬが頼む』 手にしたススキを納め、ウサ之介は一歩下がる。どうやら、言葉通りこの場は任せてくれるようだ。それならば、彼女たちの独壇場だろう。 「うちのメンバーが迷惑をおかけしました」 「お詫びに少しだけパフォーマンスをお見せするよ」 那由他とアンジェリカが、酔っ払いの二人に頭を下げる。しかし元より彼らは、ウサ之介を不愉快に思っていたわけではない。物珍しげに見ていただけだったのだ。締まりのない笑顔をヘラッと浮かべている。 「いいってことよぉ。けどせっかくだから、見せてもらっちゃおっかなー!」 「では、失礼しまして! 度胸試しの一環としての舞台、どうぞご覧ください!」 仮装の一部ということで、タヌキの耳を隠すことなく見せている凪が宣言する、一夜限りの開演の合図。 モルぐるみを着たまま片手で逆立ちをするアンジェリカ。かと思えば、そのままくるりと宙返り。真独楽も同じように、軽やかに宙を舞う。兎をイメージしたであろうふわふわのワンピースを着た真独楽の宙返りは、まさしく月夜に跳ねる兎のようだ。予想以上の演目に、酔っ払いは手を叩いて喜ぶ。 二人のダンスに合わせ、凪はその歌声を夜風に乗せた。時折、ウサ之介へのフォローを混ぜて。酔っ払いの耳には、その理解できない言語も、一つのメロディラインに聞こえている。 「いやいや、うまいもんだ! なんか、ラッキーだったな」 「おう、ほんとだよな。ツイてるツイてる」 ダンスと歌が終わり、酔っ払い二人は大きな拍手と賞賛を浴びせた。どうやら、素直に楽しんでもらえたようだ。ウサ之介への好奇の視線は、那由他が間に立ち遮っている。というか、目の前で二人の為だけに行われた舞台のお陰で、彼らの脳内からウサ之介という奇異の存在は忘れ去られているようだった。酔っ払いとはそんなもんである。 鼻歌混じりにその場を去る酔っ払いの背を見て、安堵する一同。ウサ之介も、凪の説明を受け、少々申し訳なさそうにしていた。父親が、まさかそこまで心配をしているとは思っていなかったのだ。 「さ、ウサ之介さん。皆さんのところへ戻りましょう」 優しく差し伸べられる那由他の手。ウサ之介が、照れながらその手を取った。 ●月下の宴 「皆様! まことに、まことにありがとうござりまする!!」 バイクから車に乗り換えたカルラがそれぞれを迎えに行き、無事親子は月下の丘で対面を果たした。涙に塗れた父親が抱きしめてくるのを、最初は気恥ずかしそうにしていた子供たちであったが、安堵と反省から三人の子もまた泣き出してしまう始末であった。 落ち着きを取り戻し、ウサ吾郎は深く深く頭を下げた。子供たちも同じように、ちょこんと頭を下げている。 「みんなが無事で良かったよ……」 優しく微笑むアンジェリカ。ウサ吾郎の子供たちを想う強さに、既に亡くなってしまった父親を思い出し、ほんの少しだけ羨ましそうな色が滲む。 「なんにしても、無事終了、と。これでようやくのんびり月見といけるかね……」 せっかくの月夜で、せっかくの異世界からのお客様だ。が、さすがに酒を用意するわけにもいくまい。ということで、カルラは団子と茶を用意する。これぞお月見と言えるだろう。 「まだ時間まで少しある。ウサ吾郎さんも、良かったらどうぞ」 カルラの勧める団子を子供達は嬉しそうに頬張る。ウサ吾郎も照れ臭そうに、団子を受け取った。 『……そうして、彼女は月へと帰っていってしまったのでした。おしまい』 絵本を閉じ、雷音はおウサへと視線を移す。膝の上のおウサはというと、少しだけ目を潤ませていた。 『なんて切ないお話なのじゃ……』 そんなおウサを優しく抱きしめて、一緒に月を見上げた。月はいつも、優しく見守っていてくれる。 「ね、ね、ね! おウサ、一緒に踊ろうよ!」 が、そんなしんみりとした雰囲気を払拭するかのような、楽しそうな真独楽の声。おウサもその声に、楽しそうに立ち上がる。 「ボクも、おウサのダンスが見てみたいな」 『良かろう。妾の舞い、とくと見るが良い!』 ぴょんと跳ねる、おウサと真独楽。美しく跳ねる、月下の白兎。 それを見ながら雷音は、父にメールを送る。父は、自分が居なくなったら探してくれるだろうか。それは信頼と願いが入り混じったものだったかもしれない。だが、きっと彼女の父はその期待に応えてくれることだろう。 「はい、これで終わり。お父さんに心配かけちゃ駄目だよ……」 『か、かたじけない……』 酔っ払い相手にドタバタしたからか、ほつれてしまっていたウサ之介の袖をアンジェリカが繕っていた。ウサ之介は、またも照れ臭そうにもじもじしている。意外と軟弱な侍かもしれない。 待っている間、アンジェリカが用意した三不粘をもごもご頬張っている。柔らかく、優しい甘さが気に入ったようだ。 「まだ時間があるみたいだし、良かったらこっちの世界の歌を教えてあげるね……」 「歌か。いいかもしれないな」 「どんなの教えるんだ?」 一緒に居た錐と宝珠も楽しそうだと身を乗り出す。言葉の壁は、ウサ吾郎が間に立ってもらう。 アンジェリカと錐のヴァイオリンが美しい旋律を奏で、宝珠がウサ之介に歌を教える。照れながらも楽しそうなウサ之介。 カルラは、少しばかり戸惑っていた。 何故か膝の上にはウサ左衛門が鎮座しており、こちらをキラキラした瞳で見つめてくるのだ。それは憧れや羨望、賞賛が入り混じったような視線だった。 ウサ左衛門にとって、カルラのきちんとした態度、凛とした佇まいは理想のそれだったのだ。 『えへへ、カルラ様』 当のウサ左衛門は、実に心地良さそうにカルラの膝の上にいた。 「本当にありがとうございました」 ウサ吾郎が、改めて礼を言う。こうして無事に月見が出来るのも、皆のお陰だろう。いくら感謝してもし足りないというものだ。 「気にしないで。無事で本当に良かったよ」 「そうですね。今は皆が無事に合流できたことに感謝して、ウサ吾郎さんもお月見を楽しみましょう」 凪と那由他の、暖かい心遣い。再びウサ吾郎の瞳からブワッと涙が溢れ出す。 「かたじけない! かたじけない……ッ!」 どうやらこの父親は、泣き上戸のようだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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