●じじじじじぶぶぶぶ 白露。 処暑から秋分までの節句。空気は白んで露ができ始め、風は秋の香りを帯び、葉も花も秋色が美しくなる時分である。 涼しき風が、涼しく抜ける秋風の、頬を撫でてゆく有様は、遠慮も躊躇もない。 太陽は、夏に頑張って疲れてしまったのか。悠長な秋の日差しを放っている。まわりに浮かぶ千切れ雲も、ぷかぷかと呑気に漂流している。 「ああ~、秋だな~」 何の変哲もない大学生である山田 太郎は、過ごしやすくなった空気を胸一杯に吸い込んで、ジョギングを満喫していた。 「うん、秋だ」 滴る汗は、即座に涼しい風が運んでいく。運動にはもってこいの秋であった。タオルで額を拭く。ジョギングを続ける。 「……ん?」 ふと視線は正面。路の先の電柱に、何やら全身黒タイツのような人型が張り付いている。はて、先ほどまで居ただろうか。 太郎は、首を傾げて近寄る。人型の背中には茶色い羽がある。一見して巨大な蝉のように見られる。太郎は傾げた首を正す。正した途端に異変が生じた。 「ジジジブブブブミミミミミミッッッッッ!!」 「――!?」 突然の大音量が耳を突き刺す。巨大な蝉の如き有り様に、太郎は恐る恐る後退する。 たちまち背中に何かぶつかる。太郎は振り返る。 「ジジジブブブブミミミミミミッッッッッ!!」 振り返った先にも、蝉男がいる。ずらっと。 「ぎゃああああああ!!」 太郎は全力疾走する。前方で電柱に張り付いていた蝉男が、太郎に躍りかかるようにガバっとダイブする。ダイブしながら―― 「ミミッ!!!!」 蝉男から変な液体が生じる。ぶっかかりそうになる。避ける。ジュっと路を形成するコンクリートが融解する。これはいけない。 「だ、だれか助けてくれー!」 後ろから飛んで追いかけてくる蝉男達に、太郎は嫌過ぎる死を覚悟した。 ●ぶっかけてくるぞ! 「……E・ビースト。識別名『蝉男』を撃破する」 『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、頭痛に耐えるかのように、額に手をやって声を絞り出した。 せみおとこ。 一聞にして、セミのビーストハーフかと思われるが、どうも違うらしい。 「エリューションだ。問題ない」 何が問題無いのか。 リベリスタの一人が疑問を口にする。 「えーと……セミってことは」 「ああ……ぶっかけてくるらしい」 「ぶっかけてくる!?」 「ああ……ぶっかけてくる」 静寂の支配するブリーフィングルームに、ぽつ、と嫌な汗が滴る音が響く。ゴクりとツバを飲み込む音さえ聞こえる。 少しの間の後、「まあ、そろそろ秋分だから……」と嘆息めいた声が飛び出す。 「ああ、そうだな。秋分だ……」 諦めたような空気がブリーフィングルームを支配する。 デス子は思い出したかの様に、加湿器をかける。 セミの幼生は、七年も地中で過ごし、出てきてたったの七日で死んでしまう。かの虫達の、今年最期の晴れ舞台といえるのか。セミ達の最期の聖戦といえようか。 「場所は住宅街。敵は集団で、電柱や木に張り付いている。どんどん飛び出してくる筈だ。位置がわかれば奇襲も可能だろう」 デス子は、コツコツとヒールを鳴らして、しれっとドアの付近まで移動する。 「宜しく頼んだ!」 デス子がダッシュで部屋を離脱しようとする。 「ダメ」 しかし、リベリスタ達はデス子の退路を塞いだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月01日(火)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●せみせみしようぜ! 住宅街の塀垣の向こうに、チラチラと金木犀の黄色い花が見られる。 秋もたけなわ。 「せみおとこ……ノーフェイスじゃなくてE・ビーストなんですね」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は額を押さえ、頭痛を我慢する。虫がヒトに近づいた結果、余計にキモくなるとは。 いやさ、よくよく考えれば、これがノーフェイスとかフィクサードであったなら、一層"あかんやつ"かなと思った。なんせ敵はぶっかけてくるのである。すごい"ナマ"である。 「うん、まあとりあえず、速やかに排除しましょう。粋狂堂さんも、気持ちはわかるけどがんばりましょう、ね?」 「あ、ああ……」 ね? とデス子を見ると、やっぱり微妙そうな顔をしていた。なおレイチェルはレインコートを装着している。抜かりはない。 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は覆面の上から、顎に手を当てて首を傾げる。 「粋狂堂君もまぁ、仕事を選ばないというかねぇ……うん」 エロ同人誌っぽいとかいう言葉が、口から出そうなったのを飲み下す。しかし思えば、"今回の作戦"は、腐女子向けかな? と思った。 視線をデス子から『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)に動かす。 「うんうん、仕事とはいえ大変だ」 タバコに火をつけて一服。紫煙が秋の空へと溶けていく。 「最近蝉の鳴き声も収まったなと思っていたらエリューションですか……去り行く夏への哀愁を感じるとか」 『History of a New HAREM』雪白 桐(BNE000185)は、綺麗な言葉も言える余裕を若干残す。いやさ、残さねば若干滅入りそうになった。 「人間大の蝉にぶっかけられるのはさすがに勘弁して欲しいものです……」 脳裏に浮かんだ映像に気分が沈む。 「まあ、鴉や鳩に空爆されるのに比べたら可愛いものなんだけどね」 快は烏の視線をスルーする。腕を組み、桐に同意するようにうんうんと頷く。頷いて。 「ただし、普段のサイズで、普通のカタチだったら……」 微妙な空白というべきか、涼しい空白が数秒だけ生ずる。 「……そうですね」 桐は、つい先日『ぶっかけられたばかり』であった。視界が黄土色に染まったあの。 やっぱり滅入りそうになる。なりながらしゃがんで水入りペットボトルを並べる。あとで使うんだ。 「うーむ……南無阿弥陀仏」 『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は、これからの作戦――快の役割を考えて軽く念仏を唱え、次に強結界を張る。千里眼を使う。 「うーむ。うーむ」 なにやらびっしりと塀垣の向こうにセミオトコ達がみられる。一見して、壁に張り付いてミンミン言ってる人間に思われる。それもあちこち、びっしりに。 これは"あかんやつ"だと察するには、十分な様子である。軽くあんまり見たくない。 一方、『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は、何故かやる気を見せていた。 「ボク、蝉の羽化を写真に収めて、自由研究にしたんですよ」 続いて光介も千里眼を使う。 「きれいだったなぁ、蝉。生命の神秘といいますか……うわ~蝉だ~」 光介にも"これは、あかんやつ"等がいっぱい見える。見えるが、好意的な音を上げる。 「美しい羽化に始まる、七日間の儚い一生……そう、液体を滴らせて飛ぶ姿だって、懸命な生の証と思えば、なお美しいです」 同じ図を共有していたフツが、ちょっと光介を見る。視線を感じて光介が応答する。 「どうしたんですか?」 「いや、何でもないぜ」 快と桐間と似たような、涼しい空白が生ずる。フツは光介から視線を逸らす。 セミオトコの群れの大まかな位置は、全員に連携される。 「夏ももう終わりだし、季節感を感じるよね」 『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)が爽やか~に声を上げてみた。 面々からの視線がちょっと集中する。 「……はい、分かってます。まさかこんな依頼だっただなんて」 ぶっかけてくるのかあ、ぶっかけてくるのかあ、小声で反芻する。あと、何やらデス子がジリジリと後ろに下がっているので、退路を塞ぐ。 「俺も蝉は儚い生き物かと思っていたが――存外たくましいらしい。ここまで不気味に育つなど、誰も想像できまい」 『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)は、ふう、と嘆息めいた息を吐き、抑制の無い――あるいは諦めた声をだす。 「来たぞ」 優希は、顎を振って後方を指し示す。ジョギングしている人物が辻から曲がって走ってくる。山田太郎と思われる。 「これも仕事、ですね」 瑞樹は頭を切り替える。山田を見て、次に路の先。ところどころにある熱源を見据える。 ●BUKKAKE! Fooooooo! この清々しい秋空の下を、何らの方針も立てずにプラプラ歩けたなら、自由気ままに縁に任せた趣があるというものである。呑気に、気ままに、悠長に……。 一般人の対応に向かう者は駆け足で太郎へと向かう。 「あっちに包丁をもった不審者がいて……近寄らない方が良さそうです」 優希は、深刻な顔を演出し、ジョギングしてきた山田の手を掴む。そして蝉の生息地とは逆方向へと誘導する。 「不審者!? マジですか!?」 優希は、ジョギング姿の太郎に重ねて、チラチラと在りし日の自身が脳裏を掠めた。もしも革醒してなければ、と。 「不毛だな」 優希は、懐に忍ばせた対一般人用の得物を握る。 「真実を隠す良い方法とは、一割の嘘を交えることで全体を捻じ曲げてしまうことである」 レイチェルは、優希が話したシチュエーションを再現するかのように、超幻視でもって『全身黒いタイツをまとってセミのお面をかぶった男が包丁もって暴れてる』を演出する。 自身のかつての姿と異なり、精度には一歩劣る。限界はあるものの、一般人に対しては十分効果はあった。 「なんだあれは!? マジだ!? うわー!?」 太郎は、大人しく優希に引っ張られて場を退く。 「久しい以前、ニシナリを歩いていたら、路の向こう側からくる老婆に『この先行かん方がええで! シャブ中がおるから』って止められた事を思い出した」 デス子が何かよく分からんことを言っているが、今回の件にはあんまり関係無さそうである。 「あ。山田さんが大丈夫そうなら、デス子さんは戻ってきてくれていいんですからね?」 光介が、何やら付け加える。 「――!?」 一般人対応に向かった面々の後方で、セミオトコの駆除が始まる。 「確実になるよう、神気閃光のショックで援護をさせていただきましょう。お願いします新田さん!」 最速であるレイチェルが、続いて光をバラ撒く。反応してセミオトコ達は一斉に、鳴き声を生じさせる。 『ジジジジジジブブブブブブミミミミミ』 鳴き声の中を、快が先じる。 電柱に張り付くセミオトコの麓まで歩を進めると、マッチョな手足が明瞭に見える。 そもそも道端で、電柱にぴったりくっついているマッチョな手足の全身黒タイツめいて蝉蝉した奴が居たら、これは完全に"あかんやつ"である。 「きっと皆は覚悟してこの戦場に足を踏み入れたんだろう。あるいはデス子さんのように、止むに止まれずこの場にいるのかもしれない。俺は守りたい。そんな彼らの尊い志を。輝かしい魂を」 長距離射程のスキルが使える烏をちょっと見る。ただし烏は除くと胸に強く付け加える。 俺はクロスイージス。俺は盾。 誰よりも前に立ち、誰よりも傷を負うことこそが使命。 だから――俺は笑う。笑って―― 「ア ッ パ ー ユ ア ハ ー ト !」 皆……後を、頼むよ。 『『『ジジジジジジブブブブブブミミミミミ』』』 一斉に10体――いやさ11体の巨大なセミセミ達が、塀垣の向こう側とかから飛び出した。一斉にして快に群がる。肉と肉でオシクラ饅頭の、せみせみされる。 「これは……その」 桐は少々狼狽する。セイセイセイ! ドンドコドンドコ! と、BLすら生ぬるいと言わんばかりの、本物さん御用達な映像の、太鼓めいたBGMが空耳できる様な図と言えようか。 後方を見る。山田は背を向けている。アクセスファンタズムから得物を出して剣を構え、力を開放する。ぶっかけられる前に殺るのだ。 フツがもう一回、新田に黙祷する。目をゆっくり開き符をひらりと放る。槍を一回転。放った符を穂先で貫き、左足を前に外八字の形で槍を構える。 「おいセミ! お前の液体は、新田がアッパー使ってくれるから、女子にはほとんどかからないはずだ。20体もいながら、男にばかりぶっかけることになって、残念だったな!!」 薙ぐ槍。穂先で貫いた符より朱雀が飛び出す。セミオトコ達をなぎ払う。 中央に快がいるような気がしないでもないが、まあ大丈夫だろうと確信めいた信頼がある。 『ミミミミミ!!!!』 セミオトコ達は燃えながら体液をその場に撒き散らし、体液の上でごろごろ転がって消火しようとする。 烏は二本目のタバコに火をつける。 「ぶっかけられる担当は新田君らしいので、おじさんは気兼ねなく攻撃します」 フツと同様、まあ大丈夫だろうと確信めいた信頼に基づいた、Schach und matt――散弾銃からの狙撃という矛盾を凌駕した一射が、セミオトコの決定的な所が散ぜる。 「しかして、20近くのセミ男の爆撃はうなされそうでイカンよな。主に新田君が被害者なので問題はないが」 "具"を撒き散らすセミオトコではあったが、一体倒れることにより、セミオトコの特性が発揮される。セミオトコ達の両手足がムキっとパンプアップされる。 同時に、瑞樹はセミオトコ達の熱気が色々盛り上がって行くことを感じる。 体液が出る所以外からも、汗汁――と言えようか。水滴が浮いている。 「蝉のおしっこってほぼ水だから、汚い訳じゃないって聞いたことあるけどさ。やっぱり、こう、ぶっかけられたら気分はよくないよね。うん」 フツが放った朱雀の熱気に、パンプアップで弾け飛ぶ汗汁乱舞。集中している快の周囲は、とかくに蒸し蒸し地獄と推測されるものである。 「犠牲は……無駄にしないから!」 不吉なる快の周囲に、不吉なるセミオトコ、不吉なる月が一つ。 バッドムーンフォークロアが炎上していたセミオトコ達をなぎ払う。 フツの朱雀もあってバタバタと倒れ行くセミオトコの中央に、もみくちゃにされていた新田がべっとり湿り気を帯びて、尽き果てていた。目にハイライトが無い。 「嗚呼……」 瑞樹は心からの敬意を捧げる。 「気をつけてください。少しずつ強くなるので、そろそろスゴイ事になると思います!」 光介もつい最近、似たようなタイプの変態エリューションと対峙しているが故に。そして千里眼から、増援を察知する。 「新手です! 術式、迷える羊の博愛!」 快に回復を施す。 快のアッパーユアハートに魅せられなかったセミオトコ達から目を離さず。 新手の残り9体のセミオトコ達は、最初に出てきた11体と異なり、まるでボディビルダーの領域までマッスルしていた。ドンドン強くなっている。 「虫だけに蒸し蒸しするな」 デス子が快を見てつぶやく。 優希は、上手い事を言ったという風情のデス子から視線を逸らし戦況を眺める。 「一般人は始末した。後は頼む」 スタンガンをデス子に放り、瞬息。 飛び出してきた9体の内の手近な一体にターゲットを絞り、中空で間合いを詰める。 「これは狩りだ。敵性エリューションは全て潰してくれる。貴様等の短き命にここで引導を渡す」 セミオトコの頭部を掴み、中空から地面へ落下するように。そして硬いアスファルトに叩きつけて潰す。残り8。 新手は、快のアッパーユアハートが通じていなかったグループである。飛び出してきた中空で――尚一体は優希に潰されたが、いよいよ一斉に液体を発射した。ぷしゅううう! 「ちょっと、こっちこないで! 嗚呼ー!?」 レイチェルである。最もゆっくり動いたセミオトコのアレがぶっかかる。ルーラータイムで全力の矛先そらしを企てていたが、その前にだった。 快のアッパーユアハートも間に合わない。なんてこった。 『ミミミミミ♪』 ぶっかけに成功したセミオトコが、小躍りした。喜びの舞といおうか、気合の入ったサイドステップを踏んでいる。腹が立つ。 神性を帯びた光に、怒りを乗せて放たんとする。 続き、別のセミオトコのぶっかけシャワーが桐へと行く。あ、デジャブ。 「――!?」 体勢が崩れそうになるが問題ない。直ぐ様立てなおして毒はジャガーノートで振り払う。 「レインコートが無かったら危なかったです」 レイチェルの怒りをのせた神気閃光。 「何掛けてくれてますか!」 レイチェルの光を後光のように桐。怒りの跳躍から120%の力で、同様に地面に押し付ける様な斬撃を見舞う。 残り7。 「誰かが犠牲になることで傷つかずにすむ人がいるなら。俺は運命を擲つことを恐れない。社会的フェイトって意味で!」 べとべとぬるぬるねっぷりねろねろ状態の快は、首を左右に大きく振って気付けをする。意志は固い。 「来いよ畜生!」 新田 快(24)。渾身のア ッ パ ー ユ ア ハ ー ト ! "まだぶっかけをしていない4体"の惹きつけに成功する。 「畜生!」 4連射が降り注ぐ。 「待たせ――ぶっ!?」 一般人の山田を気絶させて合流即座、デス子もぶっかけられる。 「あとすこしだぜ。もう少し」 フツが朗らかに皆を励ます。励まして槍に改めて符を施す。 「もし生まれ変わる時があったら、今度は誰にも討伐されることなく、通報もされることなく、女子にぶっかけられる生き物になれるといいな……」 フツのこの発言を拾った烏は、しかしノーコメントである。 「さあ、お前らの夏もこれで終わりだ――焼き尽くせ、深緋!」 深い緋色の槍より、深い緋色の朱雀が生ずる。先に使った朱雀よりも更に深い緋色の炎でもって、セミオトコ達をなぎ払う。 「まだだ」 優希の、抑制された声。 炎の向こうに立ちはだかる最後のセミオトコ。多くのセミオトコ達のパワーを吸収したかのような、一回りも二回りも大きい蝉漢が、腕を組んで立っている。 ●ウイヨース!! 最後のセミオトコはどこやら違う。 本物さんめいた気魄に、ぷくぷくと浮いた二の腕の血管。 「瑞樹が汚される前に――沈める」 即座に優希が仕掛ける。 電光を帯びた手で、地面に転がったセミオトコの亡骸ごと削り取る。削り取りながら、最後の一体へとぶつかる。 小手調べ、という言葉があるように、手と手が交差した瞬間に伝わる、力強さ。 「煩い奴だ、とっとと沈め!」 『ン゛ン゛ン゛ン゛ッー! ツクツクツクボーシ! ツクツクボーシ!!』 最後の一体は"つくつく法師"型のセミオトコであった。鳴き声で確信できる程に重厚な声である。 『ウイヨース!』 「――ッ!?」 優希は、一寸力負けしそうになった所で、奥歯を強く噛み、押しこむ。 双方、後方へと跳躍して距離をとる。 「楽に死ねると思うな……――!?」 優希の頬を何かが掠めた。何が掠めたのか。頬から滴る血。 最後のセミオトコ――『蝉漢』の下腹部から湯気が出ている。即ち、ウォーターカッターの如き凄まじい速度の"ぶっかけ"である。 『ウイヨース! ウイヨース! ウイヨース! ン゛ン゛ン゛ン゛ッー!』 「うわぁ……とか声が漏れそうだが気にしない」 烏は音を上げかけて、若干ごまかす。 目標は光介だったらしい。真っ向から食らってしまった。セミオトコに博愛を語ったのに一番強いぶっかけを、ぶっかけられた形であった。 「……」 「神気閃光、かけますね」 目が据わっている光介を尻目に、レイチェルは些か狼狽しながら、光を放つ。 しかし、悠然と歩いてくる。本当にフェーズ1なのか。 光介の怒りのマジックアローが飛ぶ。大胸筋に刺さる。刺さりながらも悠然と歩いてくる。 烏が、跳弾を用いて急所を抉る。されど平然と歩いてくる。 「何この……」 瑞樹がバッドムーンフォークロアを放つ。 放った不吉なる月を、追い風のようにして、桐が吶喊する。 振り下ろした刃を白刃取りが如く掴――掴もうとした所で不吉なる月の衝撃で白刃取りが失敗する。蝉漢はそのまま真っ二つになった。 「え、終わり!?」 「え?」 : : : 「汚されちゃった……シャワー浴びたい……」 この度、この中で一番いっぱいぶっかけられた快である。目からハイライトが消えている。 「よくやってくれた! 快! ベトベトだな」 フツは、桐が持ってきたペットボトルの水を快にどばどばかけて拭く。今回の功労者である。 「これ、臭いのこりませんよね?」 桐も袖をくんくんかぐ。ちょっと臭う。自分に水をかける。 「……早く帰ってお風呂入りたい」 レイチェルは、消臭剤をシュッシュッと撒いた。 ぶっかけられた。ぶっかけられてしまった。 「恐ろしい奴等であった。――かけられた者は早く風呂に入った方が良いだろう」 優希は頬に水をかけた。化膿しないかが心配である。変な成分がてんこ盛りっぽさそうだ。 「無事か。瑞樹」 「はい」 瑞樹は優希に返事をして、気絶させた一般人――山田を介抱しに行く。 「……あ。いや、生理的嫌悪感には勝てないというか、その」 博愛めいた言葉ながらも余裕でマジックアローを放った光介である。 目逸らしながら応急的な処置として水をもらう。 「それじゃ、ひとっ風呂の後に酒でも飲みに行くか……新田君を慰労してやらないと――で、粋狂堂君は何処だ?」 「そういえば」 蝉の鳴き声は、もうしない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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