● ねぇねぇ、知ってる? ×××ちゃんがね―― 噂と言う物はとても心地いい。真実でも嘘でもどちらでも美味しくて堪らない。独り歩きする『言葉』が雫みたいに垂れていく様子だってとっても面白い。 ×××ちゃんがね、×××ちゃんがね。 何度も何度も繰り返して繰り返して、繰り返しているうちに次第に言葉は足されて足りなくなって、増えては削れ、別の話しが出来ていく。本質的なものは変わらないけれど、それでもなお面白い。 ×××ちゃんがね、×××ちゃんがね。 繰り返して繰り返して、何度となくその言葉が伝わるうちに次第に変わってしまえばいい。 ねぇねぇ、知ってる? 天使の話。不可視の翼を持っていて目が見えない天使の話―― なあにそれ? 天使はね、剣を持っていて、街に訪れて願いを叶えてくれるんだって―― へえ、不思議だねえ。 天使は目が見えないけれど、耳が良くて噂をよく聞いていて、噂話に何か尾ひれを付ければその通りになるんだよ! じゃあ、人を癒す力とか付いたりするかなあ? そうして、次第に都市伝説となって蔓延りだす『噂』に堪らない快感が見出されるんだから。 嗚呼、素敵。もっともっと、噂を流しましょうよ、そしたら『彼女』だって出来あがってくるんですから。 ● 「噂話と言うのは誰だって興味深いし好きなものかもしれないけれど、それが時に害悪になる事もある……悪意を以って撒かれる事もあると言う事ね」 お願いしたいのとがあるのと微笑んだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が指し示したのはホワイトボードだった。丸い文字で『うわさ』と書かれたソレが様々な場所に分岐して言っている。 くろいはね、六道、アーティファクトと書いた先に『フィクサード』と小さく書いてある。 「このように繋がれば誰かを連想できる訳で……どっかに居たわね、黒い羽根のフィクサード」 ぶつぶつと呟く世恋は「気を取り直して」と微笑んだ。 噂話とは様々な尾ひれが付いていく物だ。だが、噂は噂。実像とかけ離れれば恐怖する事もない筈なのだが。 「噂を本当にしていくアーティファクトがあったとするわ。但し、その代償は目と耳よ。 目隠しをして、耳を塞いだフィクサードが居る。彼女は研究の結果目と耳を失くしてしまったのだそうだ。アーティファクトに奪われた視覚と聴覚。何もない空間でもテレパスを使用してアーティファクトで自身の『うわさ』を具現化しようとしている。 ――目が見えないけれど強いんだって。剣を使ってくるらしいよ。 ――空を飛ぶそうだよ?不可視の翼を持ってるとか。 噂は肥大化していく。大きくなっていくその噂が次第に『実体』を得たのだそうだ。 「六道のフィクサード、名前は『×××』」 「……え?」 「えーと、『×××』」 聴きとれない違和感に首を傾げるリベリスタだが、世恋はちゃんと言ったわと唇を尖らせる。 噂話の通りになるらしい、とアーティファクトの効果が齎すフィクサードの姿。 弱体化する噂でも流せばきっと弱くなるけれど、と世恋は小さく告げた。 「目的は彼女のアーティファクト……だけど、噂は実体化して街に出ている。 目と耳を喪った研究者の居場所は分からない、今、行って欲しいのは噂を弱体化させ、実体化した『噂』達を止めて貰う事、ただ其れだけよ」 お任せできるかしら、とリベリスタを見回して世恋は宜しくと頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月21日(土)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●噂話 ねぇねぇ、知ってる? 天使の話し―― ファーストフード店で話しこむ女子高生の間に滑り込み、そう口を開いた『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)の瞳には茫、と魔的な色が込められている。口を開く少女達を眼鏡越しにしかと見詰めながら告げる言葉はこの小さな街のトレンドを改変したものだ。 高校の制服を纏った『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が柔らかな空気を纏い、ポケットの中の幻想纏いに耳を傾ける。結い上げたグラデーションショコラの髪、明るい翡翠の瞳が茶色のおさげ髪の少女へと向けられる。泣き黒子が特徴的な『高校生の少女』は噂を話すのが愉しいと言う様に、首から下げた逆十字を揺らして居る。 「そのアクセかわいーね。どこで売ってるの?」 「これ? 秘密。それよりね、あなたたちあの噂知ってる? 天使様の話し」 女の子は噂好き。旭が言う様に『こっくりさん』に恋占い。少女はおまじないというものが大好きだ。勿論、誰かが知らない話しを知っているという少しの優越感に酔い知れると言うのもまた一興だ。 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は愉しげに言葉を続けていく。彼女にとっての噂は『シャーデンフロイデ』だ。欠損のある喜びは他者の不幸を喜ぶ、他人の不幸は蜜の味と言う事だろう。 確かに、そうであるのかもしれないとぼんやりと考えながら双鉄扇を握りしめた『Innocent Judge』十凪 律(BNE004602)は路地裏で幻想纏いを指で弄る。噂は『他人の不幸』を面白可笑しく伝えていく起爆剤だ。集団パニックを引き起こす事が出来る材料は恣意的に捻じ曲げ安い危うい物でもあるのだ。 『空は今の所、異常無いみたいですねぇ』 普段通りの着物姿。一風変わった雰囲気を纏う『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)の声が幻想纏いを通じてリベリスタへと伝えられる。ファミリアーを駆使し、鳥と共有したそれから得た情報は逐一、仲間達へと伝えられていくシステムだ。 鳥の鳴き声が小さく響く。ぴーちくぱーちくと口さがない少女達が口々に続ける噂話。可愛らしくも感じられないその欠片を耳にして「もし」と諭は少女達へと道を尋ねるフリをしながら近寄った。 「最近面白い噂が有るみたいですね?」 そうなの、と楽しげに続ける少女の声を耳にしながら、すれ違う様に歩く『不倒の人』ルシュディー サハル アースィム(BNE004550)は『都市伝説』を調べるサークルの会員だと少女達の噂話に耳を傾けた。 マイナスイオンを纏い、不信感を何とか取り除こうとする外国人(ルシュディー)に興味を持ったように少女達が楽しげに話に乗っていく。年頃の少女とは難しい。しかし、彼女たちがこの噂話を流せば大きな効果が得られる。 地図を見詰めながら、市中を歩き続ける『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)にとって、噂の効用が如何程かというのは気になる所であった。人の噂も七十五日。それ程居座られても困るものだが、根強く囁かれ続ける『天使伝説』に耳を傾けながら穏やかに笑う。 「お忙しい所失礼します。天使を探して居るのですが、何処かでご覧になりませんでしたか?」 ねぇねぇ、知ってる? 天使の話し―― 「えー? 何何?」 楽しげに、旧知の友人に語りかける学生。但し、その片割れは『本物』ではなかった。優しい笑みを浮かべる『友人』に学生は楽しげに微笑みかける。『欺く者』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は顔を変え――その性質故に、完璧にトレースするには時間がなく、何処か不格好ではあったものの――成り済まし口を開いた。 「忘れてたんだけど、こんな噂も聞いたんだ。 今日一杯で天使は消えるんだって。一時間に一人ずつ、消えてくんだ」 「え、なにそれ? こわーいっ、あ、私こんな話しも聞いたよー? 耳が良いけど、良すぎてうるさいのは苦手なんだって!」 誰から聴いたの、とオーウェン扮する少年が聴けば、少女は「眼鏡のおねーさん」と告げる。計都の事を指すのだろう。噂は着実に広まっている。 「どんな質問をしても正直に応えてくれるらしいんだ」 「へえー……あ、それでね。大きな音を聞くと、びっくりして竦んでしまうのよ!」 楽しげに語る少女の言葉は他の学生と同じ物だ。天使を探す義衛郎に高校生の女の子は可笑しそうに笑って伝えていく。 天使に会うには静かな夜じゃないといけないのよ。深夜の零時に○○ビルに行けば天使がやってくるわ! 私も行こうかな、とはしゃぐ声に有難う、と礼を一つ。楽しげに談笑する旭へも同じ様に情報は齎された。 「不思議だねえ。あ、でも、わたしが聴いたのとはちょっと違うのかなあ? 天使様は全部で10人。 だけど本物は一人だけで、他の9人は太陽の光を集めて作った幻だから、夜になると消えちゃうの」 「あ、さっき、カイネちゃん? だったかなぁ、が言ってたけど、天使様って誰かに見つかると数を減らすんだってー」 不思議だねと告げる声に、旭が小さく笑みを浮かべる海依音の表情を思い浮かべる。 月は天使の力を奪っていく。天使の噂は、ゆっくりと、ソレで居て確りと昼の街を浸蝕し続けた。 ●天使様 街の中で一番高いビルの屋上で、ルシュディーは強結界を展開させる。律が想定する『最良』の結果は日中から撒き続けた噂の通りに事が運んだというものであろう。 「ふむ……出迎える事になると言うのは最良だね」 長い髪を靡かせて、自信家である手前、不安等は微塵とその表情には映しはせぬ。律は凛としてその場に立っていた。気を制御しながらも肉体を真の闘いへと備える律の隣、上空の鳥がぴゅい、と鳴き声を上げるのに諭が顔を上げる。 「好き好んで三途の川を渡りたがる方も居るもんですねぇ」 呆れを一つ。こそこそと話しながらビルの中を歩く高校生たちを指したのであろう諭の言葉に計都が唇を歪めて出入り口の扉へを開けて上がってくる一般人に茫、と光る瞳を向ける。 月明かりの下、何処か魔的な光りを宿す瞳が持つ強制力に一般人達は従う様に降りていく。唇が告げるのは昼間に彼女が流した噂話だ。 まるで幻想的なお伽噺。『あの日』からその身体の成長を止めた海依音や愛らしいかんばせで少女の好きそうなお話しを語るに適する旭が楽しげに語った物と同じ。天使を探すと言う不思議な雰囲気を纏い、街を歩き続けた義衛郎が聴いた話も、オーウェンが怪盗(ば)けて話した話も同じだ。 ――ねぇねぇ、知ってる? 天使は探し物が上手で、何がどこに隠れてるか、何でも教えてくれるの。 願い事をかなえると言う噂はまさにそれに当てはまる。ルシュディーが訪ねて聴いた事も確かにそうだった。 ブブゼラでも用意しようかしらと小さく笑った海依音の言葉に旭が「ブブゼラ」と楽しそうに笑いだす。 『音』の無い静かな夜に、聞こえるのはリベリスタ達の話声とその呼吸音。昼間はにぎわいを見せて居た学園都市は今は水を打ったように静まり返っている。 ――耳が良いけど、良すぎて五月蠅すぎるのは苦手みたい。大きな音を聞くと、ビックリして竦んでしまうのよ。 「だから、天使に会うには静かな夜じゃないといけないの。深夜零時に『ココ』に来れば天使がやってくるわ。 騒がしい世の中だから、天使にはもう10体しか仲間が居ないの。弱くて儚くて哀しい生き物なのよ」 計都の言葉が終わると同時、双鉄扇を握る律の手に力が籠る。強い意志を湛えた瞳にも今から戦うのだと言う意思を漲らせていた。 「待っていたよ、天使達。教えて貰おう、君達を形作った、最初の人の居場所を」 『あっちよ、あっち』 指差す先に視線を遣って、拡声器を手にした律が踏み込んだ。足払い、振るわれる剣をその体で受け止めて、雷撃を纏った武技は舞うが如き動きだ。 律に続き踏み込んだオーウェンは炸裂脚甲「LaplaseRage」を纏った足に力を込める。地面を蹴り、不可視の翼を持った少女へ向けてその足を振り下ろす。 「この街には『噂オルガン』というアーティファクトがある。ソレはどこかね?」 問いかける言葉に天使はわざとらしいほどの笑顔を浮かべて、指差した。光りの灯るビル群の中、一つだけ静まり返った場所が其処にはある。 視線を向け、翼を得て居た海依音が普段通りのシスター服のスカートを翻す。昼間に拝借した制服は持ち主に返却済み。破邪の詠唱が作り出す聖なる呪言(おまじない)は浄化の炎を生み出し、天使の体を包み込んだ。 「天使様は剣を持っていて、強いんだけど、目が見えないから剣がなかなか当たらないの。 ソレにね、綺麗な月夜でしょう? 月の光は天使様の力を奪って行くのよ」 くすくすと笑った海依音は杖の先で天使を指し示す。何時か、アークで見た報告書に黒い翼を持ったフィクサードが居た。観月と言う名前の彼を想いだし、「彼女だから違うのかしら?」と口にした所で小さく笑った。 『×××のお友達だね』 そうだね、そうだね、と口々に告げ続ける天使たちの言葉に海依音は有難うと形の良い唇を歪める。彼女が一歩引いた所にヒュ、と音を立てて振るわれる剣。 影人を生み出した諭が嗤いながら、重火器で大きな音を立てた。身体を竦ませる天使の姿は何処か愛らしくも思える。攻撃の手を弱めないで、掻き消される天使の姿に諭はやれやれと身体を縮こまらせる。 「案外可愛いものですね。音に怯える小動物みたいで、そのまま踏み潰されて下さい」 くつくつと笑う諭の言葉を聞きながら、鮮やかな赤いドレスを纏う旭はミストブーツで安定させた足場にノクトビジョンを付けた視界で対策を万全に整えて居た。小さな顔を覆う軍用の暗視ゴーグル。ソレ越しに見詰めた天使の姿は『普通』の姿だ。 「ね、天使様は今全部で何人?」 『皆が消していくんだ。あと6人』 そっか、と笑って、彼女が地面をたん、と蹴る。小さな翼が支援して、ドレスが舞い上がる。身体を反転させて、蹴りを繰り出せば、一気に貫く様にその衝撃が地面を走る。 勉強した日本語を駆使してルシュディーは傷を負う律を癒す為に後衛で動きまわる。回復手で有るが故に、狙われ易いと言う状況はあったが、それを不利と感じさせなかったのは『噂』が弱めたお陰であろう。 義衛郎が握りしめた三徳が時を切り刻む様に攻撃を繰り返していく。天使の体を掠めるソレにくすくすと笑う不可視の翼を持つ少女達。流れる様な攻撃の中、すぅ、と息を吸い込んで、声を上げた計都に天使が身体を竦ませる。 「わぁぁーーー!」 「五月蠅いのは苦手なのだろう?」 拡声器を手にした律の言葉に小さく微笑む計都。自身を標的とする呪いの鴉が宙を反転しながら舞えば天使は攻撃を行おうと手を伸ばす。咄嗟に身体をくねらせて、彼女へ向かう『天使』へと双鉄扇を振るった律が身体を引けば、月を背に、破邪の光りを纏わせた海依音が小さく笑った。 「シャーデンフロイデってご存知? ワタシにとっての蜜は天使様がこの光りに消える事かもしれませんね? アレルヤ!」 赤いシスター服が大きく靡く。翼の加護は逆十字の使徒でさえも天使へと様変わりさせるようだ。海依音が頭を下げた所へと、ふわりと赤いドレスの少女が顔を出す。大嫌いで大好きな色を纏った旭がにこやかに微笑んで手を伸ばす。 「ね、天使さま。噂は現実にならないから素敵なんだよ? 女の子が大好きなのってそゆものなの」 目の前の天使へと闇の残影を纏った旭が襲い来る。血を貪らんと牙を見せる少女の姿は正に闇の貴族を思わせた。強襲する吸血鬼が血の色よりも鮮やかな赤いドレスを揺らせば、月明かりが彼女達を隠す様により美しく光照らす。 小さく吹いた風の音を聴きながら、状況を的確に分析し続けるオーウェンがOwl Visionを指でくい、と弄る。奇跡を起こす様に『噂』を体現するアーティファクトを『欺く者』は見抜く様に蒼い瞳を細めて小さく笑った。 「その様な現象等誰も求めはせん。陰謀の類は俺もまた得意なのでな。……どちらの計略が上であるか見せてやろう」 多少の齟齬があれど、噂はズレきってはいない。弱体化され続ける『うわさ』を見詰めながら回復に徹するルシュディーが周囲を確認するように視線を揺れ動かした。『うわさ』の数は減り続ける。具体的に数を絞り込んだリベリスタ達に寄って、残ったのは最後の一体だ。 誰かに見つかるとどんどん数を減らす、残ったのは『本物』の一人だけだ。太陽の光を集めて作った本当の天使を見詰めて、旭は楽しげに微笑んだ。 「本当の天使の様だ。けれど、此処で負けてはいられないからね」 踏み込む律が振るう鉄扇の先が天使の剣に触れる。切り裂く様に振るわれる其れを寸での所で避けても苑頬には赤い筋が一つ。 魔力鉄甲に込めた思い。噛みつく様にフリルを揺らす旭が大嫌いな色を求める様に尖る牙を見せる。鮮やかとまでも顕せる美しい月を受けて少女は夜に舞い続けた。 海依音の黒き杖がとん、と地面を叩く。何処か幼さを感じさせるかんばせに乗せた大人の色香はアンバランスさを醸し出すだけだ。靡く髪を揺らして彼女が焼き払う全てを見据えながら、空を飛ぶ鴉は天使の腹を食い破る。 「さて、終わりにしましょうか。噂と言う物はあまり長続きされても困るんですよね」 身体をバネのように使い地面を蹴る。様々なうわさの結晶体。噂の塊たる『天使様』――『うわさ』は翼を揺らして、その目を伏せた。 不可視の翼は使い物には鳴りやしない。明るい月明かりに弱体化を強いられた天使にリベリスタが掛けた望みは『噂』を作り出す研究者の居場所を見つけ出す事だった。 あっちよ、あっち、と静かに告げる声に重なる様に弾け飛ぶ光の粒子。本当の『天使』の様に彼女が握りしめていたもの全てが月に溶けていく。 「……ふむ、不味いですね。美味しいと噂でもすればマシでしたかね」 最後、光の粒子を唇に含んだ諭の言葉は届いたのか定かではない。指し示される場所。明りのつかぬ雑居ビルはこの街で一番高いこのビルの上からハッキリと見る事が出来る。 策略には策略を。それ以上の事を重ねて圧倒すればいい。何処かで小さく鳴いた黒猫に計都が小さく手招きをした。 ●噂話は産まれ出す しん、と静まり返った部屋に少女は座っていた。目隠しをし、聞こえない耳であれど『六道』の研究者はのろのろと唇を動かした。そこに乗せられる音は無い。静かに、少女は唇を揺らすのみ。 『――貴女達は?』 直接頭の中に響かせる声は彼女が革醒者であると言う事を嫌でも分からせる。テレパスは思考を錯乱させるでもなく、唯、淡々と少女の声を響かせていた。 戦闘能力の有無を気にする事無いリベリスタ達が歩み寄る。目と耳を失くした研究者が唯一人座っていた雑居ビルの一室。薄汚れた白衣に噂オルガンは静かに不気味な音を鳴らすのみ。 「私達はリベリスタ。えっと、×××君、そのアーティファクトを貰いに来ました」 たどたどしく告げるルシュディーの言葉に、少女は首を傾げてそっと指差した。抵抗の意思は弱い。噂の発信源たる少女――×××の掌取り、旭は小さく名前を呼んだ。 「×××さん」 発音は、上手くいかない。何故か彼女の名前だけが抜け落ちてしまったかのように、言っているのに音にならず、知っているのに『識』らない感覚だけが胸に残っている。 「わたしたち、あなたをアークに連れて行こうと思うの。抵抗はしない?」 ジャミングを使用し、オルガンとの交信を阻害する様に立ち回る計都。隙をついた様に、アーティファクトを壊した義衛郎がちらり、と視線を向けた。 「……どう思うかは知らないが……これも不安定な『噂』の末路の一つだ。律させて貰ったよ」 律の言葉に小さく頷く×××に「この噂で、この話しで、何を求めたんだい?」と求道者へと投げかけた問い。六道の少女はあくまで答えぬままに、ゆっくりと立ち上がり、彷徨う様に『目隠し』を施した目で周囲を見詰めている。 『そう……。ねえ、いきましょう? ×××はね、どこにだっているから』 意味深な言葉を残し、壊れたアーティファクトの方角を『視』た×××に海依音が首を傾げて見せる。縛られた少女は何ら抵抗を見せないままにゆっくりと手を引かれ其の侭アークへと向かって行く。 ×××は躊躇わない。どこにだっているのだから、と噂の欠片を集めて少女は小さく笑う。六道の研究者は小さく振りむいて律の居るであろう方向に貴女、と声を掛けた。 『作ったの、×××は沢山の自分を』 首を傾げる律に楽しげに少女は告げ続ける。戯言を耳にしながら後にする雑居ビルには先程、屋上で見た月の光が煌々と差し込んでいた。 「さーて、噂を流してくるッス」 「何の噂ですか? 海依音ちゃんが可愛いとか?」 そんなもんッスと笑った計都が楽しげにその場を後にする。首を傾げる旭が「あ」と思い出した頃には計都は姿を消して居た。 ざわめき合って、楽しげな街の中。学園都市と呼ばれるこの小さな街には少女達の小さな笑い声が響き合う。とあるカフェの片隅で唇を歪めた彼女――神妙不可思議で胡散臭い女は深く被った帽子の鍔を弄り、膝に乗せた初名さんの頭を撫でた。 ――ねぇ、知ってる? ××中学の体育館裏に、セーラー服のアラサー女が出るんだって! 噂よね、と小さく笑い合う。無意味な噂がまた一つ。噂好きの少女達の話の種として小さく広まりつつあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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