●遠い、どこかの里で 林を彩る桜の花は、ただ月の光にだけ照らされていた。 人の気配はない。 かつてここは歴史ある神社だった。しかしすでに長い間、人は訪れていない。 桜の木々の奥から、犬のような獣の遠吠えが聞こえた。 だが、その影は犬にしてはずいぶん大きい。 狼でもない。 獣は林で一番大きな桜の木の下にいた。そこから離れようとはしない。 離れられないのか、それとも何か理由があるのか。 獣が再びうなり声を上げると、周りの木々が風もないのにざわめいた。 そして、月に照らされて光り輝く桜の花びらが、獣の周りを舞うのだった。 ●アーク本部 「桜の木の下には死体が埋まっている、って言うんでしたっけ?」 真白イヴ(nBNE000001)が問いかけた。リベリスタたちは突然の質問に戸惑う。 「もちろん、全ての桜の下に死体があるなんてことがあるはずない。でも……」 イヴはそう言いながら端末を操作して、一枚の地図を表示させた。 「ここは小さな村の神社で、もう長い間忘れ去られているけど、見事な桜があるの」 そこに死体があり、それが今回の事件に関わるということだろうか? 「半分正解。死体があるのは本当。数年前、誰かが彼女を殺し、ここに埋めた」 イヴは埋められた主の事はこれ以上話さなかった。 問題は彼女の飼い犬だという。 「彼女は一匹の犬を飼っていた。そしてその犬は彼女が死んだことを理解できなかった」 飼い犬は主人の匂いをたどって桜の下にたどり着き、彼女がそこに現れるまで待っていた。 しかし当然、主人は現れない。ずっと待っているうちに、飼い犬は犬ではない別の存在と化していた。 「それが、今回の目的のエリューションビースト」 エリューションと化した飼い犬は以前と同じように、桜の木の下にいる。 しかし、近づく存在がいれば牙をむき、襲いかかってくるだろう。 「そればかりでなく、桜の花のエリューションエレメントを配下にしているの」 エレメントは桜の花びらを撒くことにより、近づく存在の動きを封じる事ができるという。 「幸い、人の少ない場所なのですぐには被害者は出ないかもしれない。しかし時間がたてばフェーズが進行し、深刻な状態になる」 可哀想かもしれないけど、倒してほしいということだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青猫格子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月17日(日)23:59 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●白い林 こんな時期に、雪が降っているのかと思った。 地面が白いのだ。 「……これは、桜の花びらか?」 『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)が地面をよく見て気がついた。 誰も訪れない桜の林の中では、今満開の桜が花びらを散らしている最中だった。 「E・エレメントの桜ではない……よね?」 「いや、まだそれらしき姿は見えないが、心配するに越したことはない」 心配そうに言う『眠れるラプラー』蘭・羽音(BNE001477)に対して『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が答えた。 白く舞う桜の花びらは、月の光にだけ照らされて輝いている。 「こんなにきれいな場所で、殺人事件が起きてしまったなんて、哀しいことだね」 『方界平衡』樹月・玲架(BNE000006)がつぶやいた。 「ああ、そうだな。しかし、今は悲しんでばかりもいられない。まだ解決するべき問題が残っている」 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)はそう言って、この先にいるはずの忠義の士を思う。 しかし、その主はすでに亡く、桜の下で孤独に来るはずのない主待ち続けているのだ。 「うん、まあ、そんな硬くならずに行こうか。緊張して失敗しては元も子もないしね」 『ぼんやり焙煎師』土器 朋彦(BNE002029)が仲間たちに笑いかけた。 「ああ、だれが緊張してるって?」 『ザ・レフトハンド』ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)が朋彦に立てつこうとする。 「まあまあ、二人とも落ち着いて」 『武術系白虎的厨師』関 喜琳(BNE000619) が間に入って二人を止める。 「僕は落ち着いてるんだけどなあ……」 朋彦は不満そうに言うが、あまり話がこじれてもしょうがないのでそれ以上何も言わなかった。 その様子を見て、周りの者達も少し張り詰めた空気が緩んだことに気がついた。 ●現れた敵 桜の林をさらに奥へと進んでいくと、次第に雰囲気が変わるのが分かる。 「寒い……」 羽音がつぶやくが、実際に気温が下がったのではない。 奥にいる「何か」の気配を感じたのである。 ウラジミール、朋彦、ウィリアムたちが林の奥に眼を向ける。 林の一番奥の大きな木のふもとに「それ」はいた。 「あれが、そうか」 ウィリアムが言った。巨大な獣、E・ビーストがそこにいた。 ビーストは白い大きな犬のような姿をしており、体を丸めて木のふもとに座っていた。前足や口からは鋭い爪や牙が確認できた。 背中には淡い桜色をした花びらのような毛が至る所に生えており、白い身体に花びらをまき散らしたような様子だった。 「エレメントは?」 「ここからは確認できないな、近くにいるはずだが」 玲架の言葉に、ウラジミールが首を振った。 「まあ、あまり近づかないほうがいい。打ち合わせ通り、まずは全面攻撃でいこう」 朋彦が一歩前へ踏み出す。 アクセスファンタズムからマジックシンボルを取り出し、高く掲げる。 そして、空中にフレアバーストを表す印を形作った。 「さあ、景気よくハードローストにいこうか!」 魔法の炎が空中で生まれ、遠く離れた桜のふもとで一気にはじけた。 「……やったか?」 剣を構えていた拓真がつぶやくが、炎の中からゆらりと影が立ち上がった。そして、その瞬間冷たい風が吹いた。 「なんや、桜が……!」 今まで降っていた花びらとは違う、紅の濃い花びらが舞い降りてきた。 喜琳はとっさに軽い身のこなしで花びらを避けて、空中を見上げた。 妖精のような姿をしたE・エレメントたちが彼女らを取り巻いていたのだ。 「いよいよ出てきたな」 ウィリアムが銃を構える。 「まずわらわたちは、エレメントじゃな」 アルカナが確認する。 「ええ、犬はあたしたちにまかせて」 羽音がうなずいて、グレートソードを構えた。 そして、拓真とともに二人はビーストに向かってかけ出して行った。 ●分断 「グォオオオ……」 ビーストは怒りの声を上げ、敵を確認するとこちらへ一気に飛び出してきた。 「悪いが、近づかせるわけにはいかない!」 「あたしたちが、相手よ……」 拓真と羽音はエネルギーを武器に集中させる。 そのまま二人は一気にビーストに向かって突撃した。 正面から攻撃をうけたビーストはその衝撃で大きく吹き飛ばされ、桜の木にぶつかった。 「グォン……」 大きくうなだれて弱い声を出したビーストだったが、次の瞬間にはすぐに起き上がり、その目には怒りの色が見える。 羽音と拓真たちは武器を構えたまま、慎重に間合いを詰めていく。 そのころ、アルカナ、喜琳、玲架たちが桜のエレメントと対峙していた。 エレメントたちは彼女たちと距離をおくように空中に浮かび、花びらを撒き続けている。 「花びらが、分かりづらいの……ならば、これでどうじゃ?」 アルカナがブラックコードをムチのようにしならせながら、近くにいたエレメントに叩きつける。 空気を切る鋭い音がして、エレメントから花が飛び散る。 エレメントはよろめき、攻撃が効いていることが分かる。しかし花びらが撒かれるのは止まらない。 「全く、きりがないのう」 「とにかく、花びらに触れないように倒すしかなさそうですね」 玲架がエレメント二体の間に躍り出て、両手に持った銃でそれぞれエレメントを撃ちぬいた。 そのまま回転して花びらを避けながら距離をおき、銃を構え直す。 「よし、いちおう植物だから炎が効くんかね……?」 喜琳が拳にエネルギーを込めると、ガントレットから炎が燃え上がる。 「これでどうや!!」 燃え盛る炎の拳をエレメントに向かって打ち込む。エレメントの身体が炎に包まれ、体勢が揺らめくのがわかった。 「よし、効いとるな」 花びらを側転で避けながら、喜琳はエレメントの身体が燃え続けているのを確認した。 朋彦、ウラジミール、ウィリアムたちはアルカナたちから少し距離を起き、援護射撃の準備をしていた。 「今度こそ外さないよ」 朋彦が燃えている方のエレメントに向かって魔力弾を放つ。 風に乗って花びらが降ってきたので二人は避けながら、間合いを保つようにする。 「おっと、自分が麻痺しては元も子もないからな」 ウラジミールはエレメントへの援護射撃を続けながら言った。 「とはいえ、厄介だな……」 ウィリアムは持ち前の動体視力を活かして花びらを軽快に避けていた。 もちろん、隙を見てエレメントへの射撃を行うことは忘れない。 朋彦は舞い散る花びらを見ながら、羽音が気がかりであった。いつでも駆けつけられるよう、気をつけながら再び魔力弾の準備を始めていた。 羽音と拓真はその間、ビーストがエレメントと戦っている者たちに近づかないよう、離れた場所で警戒していた。 ビーストはちょうど最初にいた桜の木のふもとまで追い詰められていた。 「グォオ……」 ビーストが二人を鋭い目で睨みつける。 「睨んだって、キミの主人はもういないんだぞ」 拓真がそう言っても、ビーストが理解するわけではない。 ビーストはうなりながら前足の鋭い爪で拓真を斬りつけようとする。間一髪のところで拓真は爪をわかし、地面に転がった。 「エレメントはあと少しだ、それまでここを通すわけにはいかない!」 「そう、あなたはここにいてはいけないの……」 羽音が体勢を崩した拓真とビーストの間に割って入る。 そしてそのままビーストの鋭い牙を剣で受け止め、押し返した。 「グルル……」 ビーストは二人に包囲され、背後には大木があり、逃げ出せる余地はないように思われた。 あとは正面突破しかない。牙を向いたビーストは真正面から二人に突撃をかけてきた。 ●ビーストの最期 喜琳の火炎の拳をうけたエレメントは全身が燃え上がり、今にも消滅しかけている所だった。 「とどめだ!」 ウィリアムが銃口をエレメントに向ける。 エレメントは体の中央を銃で打ち抜かれ、地面に墜落して燃え尽きた。 「よし、あと1体だな……」 ウラジミールが視線を残りのエレメントへと向ける。 アルカナは近くにあった桜の木に飛び乗り、エレメントの背後へと近づく。 「こっちもとどめじゃ!」 ブラックコードから黒いオーラが伸びて、エレメントの頭部に直撃する。 エレメントは大きくふらついたが、まだしぶとく宙に浮いている。 「しぶといねえ、しぶとい子は嫌いじゃないよ。でも今は別だ」 朋彦が魔力弾をエレメントに打ち込む。さっきより大きくふらついたエレメントが地面へと急降下をはじめた。 「倒したか?」 「いや、まだじゃ」 油断しかけた喜琳をアルカナが呼び止める。 エレメントは急降下しながら花びらを今までよりも一層多く散らばらせる。 今までよりも地面の近くで多くの花びらが舞い上がった。 「きゃあっ」 玲架が叫んだ。大量の花びらが身体にまとわりつき、身動きがとれなくなる。 「玲架さん!?」 喜琳が驚いて玲架のもとへ駆け寄る。そこへ、地面に降りてきたエレメントがふらふらと近づいてきた。 「こらっ、来るんやない!」 喜琳が向かってきたエレメントに蹴りを入れる。そこでエレメントは力尽き、ただの花びらへと変化し散っていった。 「ま、まだ動けない……」 玲架が心配そうにつぶやいた。桜の花は消えたが痺れが取れない。 「すぐに回復しよう。他の者は、ビーストを頼む」 ウラジミールが言った。 まさにそのころ、羽音、拓真たちと押しつ押されつを繰り返していたビーストは周囲の異変を感じ取っていた。 「ガル……」 ビーストはエレメントが消えたことに気がついたのか、玲架たちに向かって飛び出した。 「あっ……」 羽音のわずかな隙からビーストが影のようになって駆け抜けていく。慌てて追いかけるが間に合わない。 「行かせるか!」 拓真がそれを追い、再び力任せに剣でぶつかる。 「ギャンッ」 ビーストは大きく宙を舞い、地面にたたきつけられた。そこへ喜琳、アルカナたちも駆けつける。 「ビーストさん、もぉええから、ゆっくり休んでな……?」 「お主の舞台の幕は、わらわが閉めてやるぞ」 四人は顔を見合わせて、そして喜琳が真っ先に飛び出す。 つづいて羽音、拓真、アルカナたちがそれぞれの技を繰り出した。 桜の舞い散る中、ビーストはついに倒れたのだった。 ●最期に 玲架の痺れはウラジミールの治療ですぐに回復した。 「ありがとう」 玲架のお礼に彼は当然のことをしたまでだと答える。 そのころ喜琳、拓真、羽音たちは、戦いで散らかった林の中を簡単に掃除していた。 ビーストの死体は桜の木の根元に埋葬されることになった。 偶然か皮肉か、ちょうど彼が待っていたはずの主人と同じ場所に、眠ることになったのである。 「大好きな飼い主さんと、ゆっくりお休みな……」 喜琳はそういって墓に手を合わせて祈った。 「あの世で主に会えるといいんだがな……」 「きっと……会える、よ」 拓真の言葉に、羽音がつぶやくように返す。 風が止み、舞い散る桜の花は少なくなってきた。 もう何日かすれば青い芽がでて桜の季節は終わるのだろう。 アルカナ、ウラジミール、ウィリアム達は、今の見事な桜を忘れないように、じっくり眺めていた。 それほど見事な桜の林だった。恐ろしいほどに。 「桜が死体で見事な花を咲かすというのは、本当なのかもしれないな……」 ウィリアムがふとつぶやいた。他の者も口にはしなかったが、同じような思いを感じていたようだ。 「そういえば、朋彦さんは?」 玲架が朋彦の姿が見えないことに気がついた。 「こっちだよ~」 のんびりとした声が少し離れた場所から聞こえる。 玲架たちがいそいで向かうと、そこは神社の境内だった。 「そういえば、ここは神社だったのう」 アルカナが建物を見上げて言った。建物はすっかり老朽化しており、長い間人が訪れていないことがわかる。 「こっちこっち」 石段に座った朋彦が手を振っていた。手にはアイスコーヒーの入った水筒を持っている。 「一緒に飲むかい?」 「まったく、のんきな奴だなあ」 ウィリアムが呆れたように言ったが、差し出されたコーヒーの入った紙コップはしっかり受け取っていた。 悲しい事件が終わった後も、桜は相変わらず美しい。 一行はしばしの間、神社で短い花見の時間を楽しむのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|