●食餌 男は高揚と緊張とが天秤に掛かった心を持て余しながらベッドに腰掛けていた。事前に写真確認をいれてあるとはいえ、これからこのホテルの一室に訪れる女とは初対面、いやむしろ行きずりどころではない刹那的な相手なのだ。否応もなく心は騒ぐ。 (出張だからってハメをはずしすぎたか……? いや、しかしせっかくの遠出だ。知り合いと会う可能性がない場所だからこそ出来ることだしな) 深呼吸をひとつ。万単位の出費で懐が少々寒くなるだろうが、一度はやってみたかったことなのだから出し惜しみはナシだ。あとは自分の選択が正しかったことを祈るのみ。 ――十数分後。ドアをノックした女を迎え入れて、男は写真で見たよりも数段上の美しさを目の当たりにしてごくりと生唾を飲んでいた。 「こんにちわ。ご指名ありがとうございます、八雲です」 両目の脇にある泣き黒子が特徴的な女だった。いわゆる水商売の女にありがち(だと男が思っている)な厚化粧でも、悪趣味なまでに派手な服でもなく、黄色を基調とした服に、ごく薄く施された化粧。何故こんな美女が? と疑問すら抱く女の来訪に男の期待は否応にも高まった。 「時間も勿体ないですし――お風呂はもう済まされましたか?」 いや、と渇いた口で返答する。では一緒にはいりましょうか、と微笑んだ目の前の美女に、浮ついた頭でなんとか1人で入ると返答してふらふらと風呂場へと歩を進めた。 ――男は知らない。背を向けた自分の後ろでその美女が「獲物」を見るような目で舌なめずりをしたのを。よくよく見れば、泣き黒子などではなく、そこにあるのが複眼のような何かであることも。その女の背後に、蜘蛛によく似た影が立ち上っていることも。 ……そして、風呂上がりには自分がその人外の美女の餌となることも、男は知らない。 ●美人局のようなもの 「万華鏡に感あり。神秘存在による殺人事件が発生しました。対処を願います」 殺人事件が発生した、という言葉の使い方に首を傾げるリベリスタが数名。招集に応じたリベリスタ達に一礼し『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はそう切り出した。配布された資料には【フィクサード「八雲(源氏名)」およびEビースト「女郎蜘蛛」について】との題字がある。 「今回の対象はフィクサード女性と、彼女が使役するEビーストです。Eビーストはフェーズ3に相当します。 また、Eビーストの使役は体内に埋め込んだアーティファクトによって為されているようです。このアーティファクトは既に彼女と一体化しており、取り外しや摘出は不可能です。第三者の利用は不可能でしょうが、これの存在も彼女を逃がしてはいけない理由の1つになります。 このEビーストは革醒現象を制御する異能を持ちます。増殖性革醒現象を外部及ぼさず、進行性覚醒現象のみを己、および憑依対象に引き起こし、周囲への影響を抑えることで隠密性を保っています。その隠密性により、今の今まで万華鏡に反応しなかったようです。 よって、今回の予知によるタイミングを逃せば次がいつになるかは予測不能、再度この対象を発見する機会があるかどうかすら判りません。そのため、今回の対処では『一般人の犠牲を容認し、確実に対象を捕捉可能なタイミングに介入する』ことによって対象を討伐します」 苦虫を噛み潰すような、とはまさにその表情を言うのだろう。犠牲を容認しなければならないことへか、それともそんなレベルの強敵が居る場所へとリベリスタたちを送り出さねばならぬことへか、あるいはその両方か。 「対象の隠密性は先ほど述べたような革醒現象の対象を限定する能力と、もう一つ。周囲に存在する神秘存在を探知する事に長けた点、この二つにより成り立っています。この能力のうち、後者、神秘存在の探知能力は対象が『食事』を終えた直後数十分のみ弱まります。今回、このタイミングを狙って接触してもらうことになります」 ディスプレイが点灯し、和泉が資料のページをめくるよう促した。ディスプレイにはホテルの内装を映した写真。資料にはそのホテルの詳細な見取り図が載っていた。 「対象はこのホテルの一室にて一般人男性を殺害、その後捕食。このタイミングから探知能力の低下が認められるため、接触が可能になります……皮肉なことに、この殺人事件が起きるからこそ対象の存在を予知できたのですが。 幸いなことにこのホテルは他人と顔を合わせないための設計から、対象が部屋を出て、ホテルの外に出る途中に必ず駐車場を経由しなければならないようになっています。待ち伏せ、戦闘共に駐車場で行うのが最適でしょう」 見取り図的に、ホテルの中で共通するスペースは駐車場のみ。そして駐車場には各部屋毎に専用の駐車スペースが設けられ、部屋の出入り口はそこのみ、代金の精算などもそこで行うよう精算機が設置されているようだ。 「殺人事件が発生するより前に待ち伏せなどを行うと、神秘探知能力にリベリスタとしての能力やフェイトが反応し、おそらく対象は逃走するでしょう。よしんば、対象がホテルへ入った直後に接触しようにも、その場合は最悪『殺人事件が起こった上に対象に逃亡される』可能性があるため、絶対に避けて下さい」 ここまで何か質問は、と和泉が息を吐く。接触方法が大幅に限定され、しかも一般人の犠牲を防ぐことすら至難という事態に、リベリスタも歯噛みした。 「対象の探知能力について、詳細な説明をしておきます。 普段は探知能力により半径50m内の神秘存在を障害物に関係なく網羅します。捕食直後数十分のみこの能力精度が低下し、リベリスタ程度の神秘存在であればこの探知能力に引っかからなくなります。 万全を期す場合「ステルス」が有効ですが普段の探知能力から逃れるには何重もの対策が必要です。 能力低下のタイミングは予知により確定しているため、事件を未然に防ぐ等、予知内容を変える介入を行わない限り探知能力を気にする必要はありません」 言葉を句切り、和泉はリベリスタたちを見回した。 「他、詳しい対象の能力や戦場立地については資料に纏めてあります。相手のフェーズもあって、かなり苦戦を強いられるでしょうが……無事に帰ってきてくれることを私は信じています」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Reyo | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月20日(金)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●変化 男は高揚と緊張とが天秤に掛かった心を持て余しながらベッドに腰掛けていた。事前に写真確認をいれてあるとはいえ、これからこのホテルの一室に訪れる女とは初対面、いやむしろ行きずりどころではない刹那的な相手なのだ。否応もなく心は騒ぐ。 (出張だからってハメをはずしすぎたか……? いや、しかしせっかくの遠出だ。知り合いと会う可能性がない場所だからこそ出来ることだしな) 深呼吸をひとつ。万単位の出費で懐が少々寒くなるだろうが、一度はやってみたかったことなのだから出し惜しみはナシだ。あとは自分の選択が正しかったことを祈るのみ。 ――こんこんと、ドアがノックされた。 「……? 思ったより早いな」 音に導かれるようにしてドアのレンズを覗き込めば、ドアの向こう側にはホテルの従業員服を着た男の姿。それは本物の従業員ではなく、ただ従業員服を纏っただけの『一人焼肉マスター』結城 "Dragon" 竜一(BNE000210)であるのだが、それを見分ける術など男にはない。 『申し訳ありません、お客様。清掃員がアメニティを置き忘れておりまして、それをお持ちしました』 竜一の手には小ぶりなカバン。擬装用のバスローブの他、変装用の一般品が詰められたそれは、犠牲者となる未来を持った男を騙すには十分な品だった。 かちゃりと部屋の鍵が開いて、男がドアを開ける。 「そりゃどうも、わざわざすまな――」 「失礼」 バチン リベリスタならではの早業で竜一の懐から突き出されたスタンガンが男の意識を刈りとった。電撃に痙攣し、倒れるその身体を支え、竜一は悠々と部屋の中へ。カバンの中からロープとタオルを取り出して男を素早く簀巻きにして、そのまま風呂場へと放り込む。ここまで手際よく済まして、要した時間は1分足らず。 「ここまでは問題なしですね」 「むしろ、頑張るべきはここからだよ」 竜一の背後、事前潜入組の水無瀬・佳恋(BNE003740)と『メイガス』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の会話である。2人とも普段とは違う一般人を装える服装で、装備はおろかAFすらその手にはない。敵の探知能力を警戒してのことだが、頼るべきは己の力のみという状況に、この場にいる全員の身体が武者震いに揺れる。 「この部屋でオレが待機、お前らはそれぞれ、地下駐車場への別ルート付近の部屋で待機だったな――ま、精々死なないように頑張ろうぜ」 「それはお互い様、だよ」 「直接相手と接触するぶん、結城さんのほうが危険です。ご武運を」 サムズアップするウェスティアと、心配そうな顔をする佳恋。特に佳恋の心配を吹き飛ばすように竜一は笑顔を作り、連絡用の携帯電話のボタンを押した。 『――この電話が来たってことは、第一段階は成功と言うことなのだね』 「そういうことだ。陽動はオレが何とかするから、後詰めと装備の配達、しっかりやってくれよ?」 『言われずともだ。にしても俺達は欲張りだな。事件を防いだ上に元凶を断とうとは』 「強欲でなければ誰も守れないっていったのはお前さんじゃなかったっけ?」 返答代わりの肩をすくめる気配。電話に出たのは待機組の『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)で、横から聞こえるのは突入用軽トラックの運転手を買って出た『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の声だろう。運転席と助手席を埋める2人の他、待機する3人のリベリスタの雰囲気も電話口から伝わる。 「ま、やれるだけの事はやるさ」 携帯電話を通話状態のまま、竜一はドア付近の死角に置く。 事前の策は十分に弄した。あとは、来る蜘蛛をその罠に掛けるのみ。 ウェスティアと佳恋が別の部屋へ動くのを確認し、竜一はそっとドアを閉じ、鍵を掛けた。 ――ああ、予知が変わった。 リベリスタを送り出した後、カレイドシステムを用いた運命オペレーターはそう呟く。 ――どうか、ご無事で。 変じてしまった未来は、新たな結果が確定するまで視ることは叶わない。それが好転していることを祈って、彼女はまたあらたな未来を探すため、未来予測の海へとその意識を潜らせた。 ●絡め取るは罠か、蜘蛛か 『対象がホテルに入るのを確認しました。こちらからの連絡はこれで最後にします』 車から双眼鏡で監視していた『History of a New HAREM』雪白 桐(BNE000185)から連絡が入ったのが数分前。 ――こん、こん。 落ちついたノックが竜一の耳に届く。敵の襲来だ。少なくとも、このドアをノックしているということは、リベリスタが一丸となって組み上げた罠にあの蜘蛛は「まだ」気付いていないということだ。 (最初の賭けには勝った、か?) 「申し訳ない、ちょっと部屋を片付けるのでまってくれるかな! ちょっと! ほんのちょっとだから!」 ばたばたと、わざとらしく、それでいて自然に聞こえる程度に荷物の出し入れを繰り返す。 『あらぁ、少し早かったかしら……でも、早くお部屋に入れて下さいね』 ドアの外にいる八雲も疑う様子はないようで、ただ静かにその気配が動くことはない。目線をドアのほうにやれば、携帯電話は確かに動作している。今頃、電話の向こう側ではリベリスタ5人を満載した軽トラが全速力で地下駐車場を塞ぎにかかっているはずだ。 適当に荷物の入れ替えを切り上げ、ドアのレンズ越しに廊下を見れば、事前資料にある通りの顔。目元に黒子のようなビーストハーフ特徴。一般人相手なら幻視による偽装が効くだろうが、無手とはいえ竜一はリベリスタ。その身体に憑依しているという蜘蛛の気配こそ感じ取れないが、相手がフィクサードであることは見るだけでわかった。 鍵を開け、八雲を部屋に招き入れる。そこからの数分が竜一にとって最大の働き場所。 「待たせてすまない、今開けるよ」 『はい、お邪魔しますね』 会話は穏当。だが部屋の中を埋め尽くしそうな竜一の緊張感。がちゃりと鍵を外せば、その音を待っていたのだろう。八雲がぐい、とドアを押し開けた。 「こんにちわ。ご指名ありがとうございます、八雲です」 ドアを開けた動作のままにっこりと微笑む八雲。これが敵でなければどれだけいい状況か、と思いつつも油断大敵と竜一は気を引き締め直す。 「重ねてすまない。どうぞ中へ入ってくれ」 「そうですね、時間も勿体ないですから……ですけど、それよりも」 まだ客演技が続けられると踏んだ竜一だが、その読みを嘲笑うかのように八雲の背後に黒い影が浮かんだ。ずい、と部屋の中に押し入り、一歩。後ろ手にドアを閉めた八雲がにぃ、と笑う。 「どうして異能をお隠しなのかしら? 私の蜘蛛が教えてくれたのですが、わざわざ隠すだなんて酷いじゃないですか、それも、私の蜘蛛が判らないほど、用意周到に――まるで、私が貴方達を避けていたのを知っていたみたい」 ここまでか、と竜一は戦闘の構えを取る。相手は同格のフィクサードに、フェーズ3のエリューション。出来るのはせいぜい時間稼ぎだろうと、自分でも判っている。 「しかも……なんでしたっけ? カワイイ私の蜘蛛を狩る側の人ですか? 戦いの構えを取ると言うことは」 ふふふ、と妖艶な笑み。 「お仲間がいたら大変ですわぁ。早く、あなたを殺して、逃げ出さないと」 弓の形をした目と口。漏れ出る可憐な笑い声とは裏腹に、その身に纏った殺気は竜一を強く圧迫する。 「逃がす、かよっ!」 全身の力を込めた拳はいともたやすく受け流され。 ――返す一撃は死を刻む口付けと、顕現した蜘蛛の足。ロクな装備もない竜一の身体を鋭く貫いて、容易くその身体を戦闘不能なほどに傷つけた。 「ぐ、ぁっ!?」 流れ出す血潮が熱い。倒れてはならぬという気合だけで立つ身体がこれほど頼りないものだとは。 「あら、まだ倒れませんの? 運命の加護というのも、なかなか鬱陶しいですね」 再度、蜘蛛の足が竜一を貫き、今度こそ彼の意識は途切れた。 ●間に合わせた者たち 「とどめを刺してる暇、なさそうですねぇ」 八雲がドアを開く。竜一は倒れたが、その時間がリベリスタ達を間に合わせた。 通路の左右を塞ぐようにして立つ佳恋とウェスティア。八雲に残されているのは、駐車場へと直通する階段のみ。 「なんだかいいように動かされているようで気味が悪いですわ」 「こっちとしては、気付かれるのが最悪に早くて冷や汗ものなんだけどね」 「逃がすわけにはいかないのです。なるべく、ここで足を止めて頂きます」 言葉と同時。機先を制するべく佳恋が拳を強く握り込み、勢いのまま八雲を殴り飛ばす。 「凄い攻撃ねぇ……貴女が武器を持っていたら危なかったかも知れないわぁ」 佳恋の手に残ったのは直撃の感触ではなかった。殴られ壁に叩きつけられた八雲の表情にも苦しいものはない。 「その余裕が、いつまでもつかな!」 「そうねぇ、私が逃げ切るまで、かしら?」 術式発動のための一瞬を突かれ、ウェスティアの横をすり抜けるようにして八雲が地下駐車場の階段へと走る。いつの間にやら蜘蛛は憑依しなおしたのか、黒い影は消えている。 「竜一さん、ごめんね!」 「あとで必ず助けにきますから、結城さん、ご無事で!」 意識のない仲間に声を掛け、そのまま八雲を追いかける二人。 ――その隙が「逃げ先を見せるために、わざと作ったもの」だと気付かないあたり、実戦経験のなさが露呈している八雲だが、本人はそんな事など露知らず、後ろから追いかけてくる2人を振り切るべく階段を全力で駆け下りていく。 「下に……5人でしょうか? か弱い女1人を相手に、大げさですね」 階段を駆け下りながら呟く八雲。通常、5対2、後ろを追いかけてくる2人まで入れれば7対2という戦力差があれば戦う事すら断念するだろうが、勝算があるのか、あるいは何も考えていないのか。 地下駐車場の狭いスペース。快が軽トラのハイビームで影の場所を少なくし、陣地作成を終えた雷音が腕組みをして待っている。 「大所帯でお迎えですね……お代はいくらでしょうか?」 「お代は不要どす。ほんでも、敢えて言うんなら、 ――お覚悟を 今日まで行い続けた凶行のツケ、はろうてもらいますえ」 前衛として構えた『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が、両の瞳を蒼に染めてそう答える。階段を下る足音は、八雲の他に2つしかなかった。つまりは、そういうことであると彼女は理解したのである。 「飼ってるペットに人を喰わせるなんて安っぽい悪人の常じゃない。或いは腐った金持ちマダムとか? どちらにしても碌なのじゃないわね」 「あらぁ……いつペットだと? この子がカワイイことは認めますが、道具は道具、そして維持費は維持費でしょぉ?」 肩を竦めて挑発した『魔性の腐女子』セレア・アレイン(BNE003170)の言葉に何ら迷うことなくそう返す八雲。 陣形を整えたリベリスタを前にして、そこまで余裕を見せられるのは何故か、と問いたくなるほどの悠長さである。 「あのぉ、そこの赤い人は何か勘違いなさっているみたいですが……この子は単なる道具。私が私なりに暮らすための道具ですよ? 貴方達みたいなのから隠れるために都合のいい能力だったから使っていましたけど……そろそろ、限界かしら?」 蜘蛛を顕現させながら八雲が肩を竦め、セレアを見詰め返す。 「どっちでもいいですけど、そんな淫蕩な生き方に人を巻きこまないで下さいね?」 言いつつ、桐がまんぼう君を抜刀し、背負った「後光」の灯りを付け、影が存在する余地を無くしていく。 「あらあら、この子の能力を使えば楽に逃げられると思ったのだけれど……そういう風に封じられちゃうのなら、ますます用済み、いえ、ゴミねぇ」 せめて逃げるときの盾にでもなればいいけれど、と言う八雲の背後にウェスティアと佳恋が追いついた。 「この状況まで、なかなか難儀したよ。済まないが君を逃がすわけにはいかない。何度でも君は同じように捕食を続けるのだろうからな」 「今回ばかりは、俺達の蜘蛛の巣がお前達を絡め取る。観念して貰おう」 7対2の戦いは、雷音と快の言葉が封切りになった。 ●蜘蛛 「竜一ほど良い男じゃ無いかもしれないけど、相手してもらうぜ」 「外見には拘るタイプじゃないの、私」 言いつつ、味方へ加護を飛ばし逃走を防ぐべく八雲の間近へ迫る快。返す八雲はのらりくらりといった態で、その言葉に己の目標を見失う様子はない。 「武器はしっかり持ってきたぞ、受け取れ!」 式符を投げるのと同じ要領で雷音はウェスティアのブレスレットと佳恋のパッドを投げる。同時に式符も放たれており、顕現した蜘蛛の周囲を不吉を象徴する形で取り囲んでいった。 「弐式鉄山……動けるとは、思わんでな?」 「あら?」 宙を掴んだはずの慧架の指先がぐい、と八雲の胸ぐらをねじりあげ、そのまま喝破の声と共にコンクリートが砕けるほどの勢いで叩き付けた。 そのような技があることすら知らなかったのだろう。受身を取ることすら叶わず、八雲が吐血し、床でのたうちまわる。 「今あんたさんが受けとる痛み、そいでも、今までの犠牲者に足りるとは思わんこっちゃで?」 一呼吸。一瞬、慧架の周辺だけ空間が揺らいだような幻覚を八雲が襲う。慧架が足から全身に纏った気迫はそれほどのものだ。 「呪うなら、自分の戦闘経験のなさを呪ってね――私たちは、貴女みたいなのを相手取るプロですから」 セレアを庇える位置に立ち、倒れた八雲へ追撃を放つ桐。 「さっきまでの余裕はどこへ行ったのかしら?」 紅いドレスの周囲に黒い血鎖を纏い、セレアの一言。八雲へ言葉を投げながらも、セレアが見るのは蜘蛛のほうで、雷音の結界から逃げ出す隙を与えぬよう、視線を巡らせている。 直後、蜘蛛ごと八雲を巻きこんでウェスティアの血鎖が炸裂し、装備を得た佳恋の一撃が八雲を吹き飛ばす。 「ひ――どい、わねぇ。身体が資本なのに、こんなにめちゃくちゃにされては、たまったものじゃないですよ」 けほ、と血の混じった咳をしながら八雲が立ち上がる。服もぼろぼろで、所々肌が露わだ。 「さっきから『逃がすか』という趣旨の言葉をよく聞きますし――ええ、そうなんでしょうね。ここから逃げ出せれば、私の勝ち。逃がさず、捕らえるか、殺すかすれば、貴方達の勝ち……」 ゆらり、とぼろぼろのまま八雲が手を動かし、その一瞬後には至近距離にいた快や佳恋、桐を巻きこむ高密度の斬撃が巻き起こった。 「職業柄、他人の身体ってよく触れるの。だから――どこが急所とか、良く知ってるつもりなの」 身体の要所に走る動脈や筋肉、腱を悉く切断せしめる神速の一撃。ついさっきまで無手に見えていた八雲の手には、鋭いナイフが1本。出血によるダメージまで加え、一撃で3人のリベリスタの体力を半分以上削り取る一撃は殺害に特化したが故か。 「先ほど、覚悟しろとおっしゃいましたが」 血まみれの幽鬼のように、八雲は慧架を見た。 「そのままお返ししますわ――蜘蛛の巣はどこにでもあるのですよ?」 その場にいる7人のリベリスタ全てにめがけて、蜘蛛が生み出した爆弾蜘蛛が突進する。 「さぁかわいい女郎蜘蛛。この場にいる、死の危険を、殺しなさいな」 どん、と。 爆発で地下駐車場が揺れた。 ●その、顛末 八雲の放った鋭い斬撃と、エリューションの爆弾蜘蛛による面制圧は、逃がさないための戦場として密閉された駐車場の1スペースを用いたリベリスタたちを半壊させるに足る攻撃だった。 そもそも、事前の段階で竜一を客に扮装させ、一般人被害を抑えるためとはいえ実際の戦闘に参加するメンバーが7人となったのがリベリスタにとって誤算ではあったのだが。 連続で放たれた爆弾蜘蛛と八雲の斬撃により、前衛を務めていた佳恋、桐の2名は一瞬にして体力を削り着られ、倒れることとなった。快が辛うじて立っている程度で、それも体力の大半を削り取られ、あと1撃でもあれば倒れるような有様である。 後衛も似たような状況で、体力を残し、立っていたのが慧架のみという有様。7名のうち5名を一瞬で戦闘不能に追い込んだ八雲と、なによりフェーズ3エリューションの力量はすさまじいの一言に尽きた。 フェイトという運命の加護はリベリスタたちを立ち上がらせたが、もう一度、八雲の攻撃があればリベリスタが全滅するというのもありえる話であった。 「……みなさん、しぶといのですね? やはり、私を逃がしてはくれませんか?」 あきらかに致命傷と判る傷を負って、なお立ち上がるリベリスタに八雲が驚きと呆れのないまぜになった顔をする。 「最初に、言っただろう――逃すつもりはないとな」 「しつこい殿方は、嫌われますよ」 「それでも、だ」 出血を続ける傷口は加護だけでは治りきらず、僅かに回復した体力だけを頼りに繰り出された快の十字斬撃が八雲を捕らえる。 「ああ、もう――これだから、しつこい男は、嫌いよ……」 傷だらけの身体で、避けることも叶わなかったのだろう。直撃を喰らい、八雲が倒れる。 立ち上がる様子は、ない。 依り代と司令塔を失った蜘蛛は徒に子蜘蛛を産み、退路を探し続けたが、子蜘蛛生成と、跳ね返された子蜘蛛自体の爆発により、程なく制圧された。 斯くして、蜘蛛の巣は破られた。 参加者、過半数重傷 一般人被害、なし 依頼目標、達成 報告書を受け取ったオペレーターは最上級の笑顔でリベリスタを労ったという。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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