●九月十日 『親衛隊』との激戦を終え、束の間の休息を満喫したアークだったが彼等に長い安息はなかった。 時は止まらず遂に『魔神王』キース・ソロモンの予告した九月十日がやって来たのだ。 キース・ソロモンの始動が三高平市に衝撃を走らせる。 日本全国の城や古戦場に姿を現したのは『魔神王』本人と彼の司る異界の王――魔神達。 敵は強大無比、さりとてキースの『遊び』を看過する事は絶対に出来まい。 同時多発的に展開された『魔神王の挑戦』はアークの真価を幾度目か試すものになるだろうが……。 此度もアークに敗北は許されまい。 ●地獄の伯爵、ボトムへ現る おやおや? 突然、狭っ苦しい空気の場所に呼び出されてしまったぞ。それに、そこにいるのはキース様じゃん。とすると、ここはボトムって訳だね。 おいらはこの間、ケイオスの旦那を手伝ったばかりじゃないか。せっかくバカンスを楽しんでいたのにさ。人気者は辛いね。 はいはい、今日の用事は何かな? ふむふむ なるほど! あのアークと一戦やらかすんだ! こいつは面白そうだね! かくなる上は、このビフロンス。 誠心誠意、全身全力の気合いと粉骨砕身の覚悟で手伝うよ! ●リベリスタ、魔神に挑む 「とうとうこの日が来ちまったわけだ」 リベリスタ達をブリーフィングルームに集め、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は真剣な面持ちだ。リベリスタとて、「この日」に集められた――それも、これ程の大人数で――意味など知れようというものだ。 「あぁ、ここに集まってもらった理由は他でもねぇ。魔神王キース=ソロモンとの『約束の日』が来たってことだ」 バロックナイツ第5位『魔神王』キース=ソロモンは、次々にバロックナイツを降していくアークに興味を抱き、戦いを挑んできた。戦いという料理を楽しむ『最強のグルメ』たる彼にとって、極東の空白地帯に現れたリベリスタ達は、この上なく魅力的に映ったのだ。そして、わざわざ三高平に姿を見せ、宣戦布告を行ったのである。 「そこで予告通り、魔神王はやって来た。そして、今は日本各地の城や古戦場に魔神を配置している。何を考えているのかは想像の域を出でねぇが……察するに、キースの好みなんだろうな」 言われてみれば、ローマのコロッセオでリベリスタと出会ったこともあるのだという。そうした場所を戦いの場に選ぶのも、彼なりのこだわりなのかも知れない。 「で、みんなに向かってもらいたい場所なんだが、結構やばい状況になっている。ここに現れた魔神はビフロンス。中には知っている奴もいるんじゃないのか?」 その名を聞いて、一部のリベリスタは反応を見せる。 キースに仕える72柱の魔神の一柱。二十六の軍団を率いる序列四十六番の地獄の伯爵だ。 かつて、アークがバロックナイツ第十位『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオと戦った際に姿を見せた魔神でもある。 「こいつが現れたのがここ。五稜郭だ」 そう言って守生が機器を操作すると、星形の堡に囲まれた城がスクリーンに姿を見せる。 江戸末期に北海道に建造され、幕末に新政府軍と幕府軍の決戦が行われた場所である。 「五稜郭はビフロンスが結界を張って、外界と切り離されている。一般人は中に入ることは出来ないが、E能力を持つ者なら入れるって仕様だな。だが、1つ問題があってな……」 言い淀んだ守生は、ごくりと唾を呑みこむと、続きを口にした。 「内部にまだ多数の一般人が閉じ込められているんだ」 その言葉にどよめくリベリスタ達。 守生は不機嫌そうな目を、一層吊り上げる。 「知っている奴がいるかも知れないが、ビフロンスはネクロマンシーの使い手だ。そして、五稜郭内にはビフロンス直属の軍団も配置されている……ここまで言えば分かるよな? ビフロンスは部下に人々を殺させて、自分の戦力も増やしている。話に聞くキースのやり口と違和感もあるんだが、色んな意味で放っておける状態じゃねえ」 ビフロンスは五稜郭公園の中心に、魔法陣を作成し、結界を維持している。この結界の中で殺された一般人は強力なネクロマンシーによって、忠実な屍人形に変えられてしまうのだ。つまり、リベリスタ達はこの魔法陣を破壊しなくてはいけない。 しかし、事は簡単に進まない。儀式の行われる中心部に進む前の道にはビフロンスの兵士が配置され、当然魔法陣にも防備は存在する。 そこでアークの立てた作戦はこうだ。五稜郭の北側の門からの一斉攻撃を行う。そして、北の通路を制圧した後は部隊を二手に分ける。後背を突いてくる軍団を防ぎつつ、中心部にある儀式を破壊しに向かうのだ。 ビフロンスを含め魔神達は『ゲーティア』によって使役されているが、その強大なる本体は異世界に存在している。『ゲーティア』は異世界とこの世界を繋ぎ、魔神の端末をこの世界に顕現しているのだ。儀式を破壊されれば、キースとの契約上ビフロンスは退かなくてはいけない。そこが狙いだ。 「それと……ここからはあんたらの判断に任せる話だ」 ためらいがちに守生は口を開く。 「さっきも言った通り、五稜郭の中には多くの一般人が閉じ込められている。あんた達が向かえば、救うことは出来るかもしれねぇ」 アークとしては、救出に向かうことを望むリベリスタがいるのなら、無理に止めるつもりは無いとのことだ。たしかに戦略的に見て、敵の潜在兵力を減らす意味があるとも言える。その一方で、儀式破壊や拠点防衛を行うアーク側の戦力が減るという問題点もある。 何を選ぶのかには、リベリスタ達の矜持が試されることになるだろう。 「説明はこんな所だ、詳しいことは資料にある」 説明を終えた守生の顔はいつも以上に険しい。敵は紛れも無い強敵であり、状況は極めて困難である。だから、あえて強く意志を持ち、いつものように振舞う。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ●地獄の伯爵、戦場へ向かう さてと、キース様の命令を確認しようか。あの時は何て言っていたっけな? 「アークのリベリスタと戦え」 オッケーオッケー、おいらは全力出しちゃうよ。 「無駄な殺しはするな」 はいはい。でも、おいらの能力的に、ある程度は人を殺さないとしんどいよなぁ。 「アークが温けりゃその辺の人間殺して本気にさせろ」 なるほどなるほど。だったら、アークに本気を出させるためには、殺しはやった方が良いってことだね。考えてみれば、操るために死体作るのだって「無駄な殺し」じゃないしさ。 超リサイクル! こいつは楽しくなりそうだ。 おいらも手なんか抜いてらんないね。 キース様には思いっきり力貸しちゃうよ!! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:45 |
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● 函館五稜郭。 アークの攻撃が開始されたのはほんの数刻前。 かつて幕府軍と新政府軍の戦いが行われたこの地は、いまやリベリスタと屍人達がぶつかり合う場所となっていた。古の戦場を舞台とした「魔神王の挑戦」の一幕は、過去の戦いを真逆にした構図だった。 単純な「数」においては、五稜郭に陣取る屍人達の方が圧倒的に優勢だ。 しかし、一点に集中されたアーク側の戦力に対して、屍人側の戦力は分散していた。それ故に、緒戦におけるリベリスタ側の勝利は約束されていたと言っても良いだろう。 僅かな休息の間に、癒しのスキルを持つものが忙しなく駆け巡る。 そう、誰しもが気付いていた。 戦いが始まった以上、ビフロンスは本気で軍勢を動かしてくるはずだ。加えて、リベリスタ達が破壊するべき結界の中枢に近づけば近づくほど守りが厚くなるのも道理。 地獄の伯爵ビフロンスとの戦いは、まだ始まったばかりなのだ……。 ● へへへ、アークの連中が来たみたいだね。 やるねー。さすがは、キース様の見込んだ相手。 おいらも準備した甲斐があるってもんだよ。 それじゃあ、本気で遊ばせてもらおうかな! ● 空を見上げると、薄くて黒い幕のようなものが見える。アレがビフロンスの創造した結界なのであろう。お陰で正しい時間がよく分からなくなってくる。はっきりと分かるのは赤い月。 崩界を告げる赤い月が、リベリスタ達の戦いの一挙一動を見逃すまいと輝いている。 「魔神王」キース・ソロモンとやらの瞳もあのように朱く輝いているのだろうか。 餓えた獣のように、赤く輝くのだろうか。 そんなことをぼんやり考えていたイリアは現実に引き戻したのは、迫り来る死者の軍勢の姿だった。先ほどまで行われていた戦いが始まりに過ぎないことを悟ったからだ。五稜郭を漫然と護っていた先ほどまでの連中と違う。内部に入ったリベリスタ達を潰すためにやって来たということは、はっきりと分かる。 だけど、 「私に出来る事はまだ多くありません。その少ない出来る事に、全力を尽くすのみです」 イリアは大地に刃を突き立てると、仲間達の戦闘動作を共有させ、効率化を図って行く。 やれることを精いっぱいやる、それだけだ。 「みんながみんな全力を尽くせば、絶対に勝てます! 皆さん、頑張って! 此処は絶対に守り抜きましょう!」 イリアの言葉にリベリスタは鬨の声を上げて攻撃を開始する。 「ビフロンスとは厄介だな。同じネクロマンサーな魔神でもムールムールとかならマシだったんだが、愚痴ってもしょうがねぇか」 「ビフロンス? 死人漁りの名前だったかしら? 生憎様。そんな奴が持ち帰れる命はこの世界では品切れですって」 「あぁ。スーパーマーケットの日用品係でも手伝って欲しいとこだが、一丁やってやんか」 屍人の軍勢を前にして、史とクリスティーナ――マグメイガス達は不敵に笑う。 マグメイガスの真骨頂は極めて高い神秘攻撃力と、その制圧力にある。あんな動きのノロい連中など、ただの的に過ぎないのだ。 「さあ、殲滅砲台の真骨頂とくと御見せしてあげようじゃない」 史の生み出した黒鎖が屍人達を拘束する。そこへ一片の慈悲も見せず、殲滅砲台の名を持つ少女は魔力を炸裂させた。 「素直にさっさとおっ死になさい、下衆共」 呼び出された地獄の炎は、屍人と言う屍人達を無差別に焼き払っていく。まさしくジャハンナムそのものの光景だ。そして、焦げ付きながら歩みを止めぬ姿もまた然り。 「あらあら、こんなに死体があったら解剖し放題ねぇ」 人によっては吐き気すら催しかねない景色を、ミサは楽しそうに眺めている。研究者肌の彼女にとってみれば、このような地獄絵図も「興味深い研究資料」に過ぎない。状況さえ許せば、我先にとメスを取り出して向かっていたことだろう。 しかし、さすがに趣味に感ける程、状況に余裕が無いのもよく分かっている。 天に向かってメスを掲げると、そこから悪を焼き払う聖なる光が放たれる。 「お祈りもしていない癖に、こんな時だけ神様の力を借りるのって、都合が良すぎるかしらね? うふふ……」 この場にいる屍人達は、有効な長距離攻撃を有してはいなかった。結果、必然的にリベリスタ達が攻撃し、屍人達が勝手に倒れて行く図が出来上がる。しかし、その辺はビフロンスにしても織り込み済みである。なにより、屍人による攻撃の脅威はその物量にあるのだから。 であれば、リベリスタの側も敵と肉薄する際の備えは出来ていて然るべきであろう。 「さあ、覚悟してもらおう死者の軍勢よ。 私の名は十凪律――全てを凪ぎ、そして律する者だ。 その魂、せめて在るべき処へと律しよう!」 侍を思わせる名乗りと共に、律は死者の群れの中に飛び込むと、電撃を思わせる武舞で敵を薙ぎ倒していく。 「私の正義は、貴方達を許さない!」 「全力で押し返しましょー、えいえいおー」 フュリエという種族には珍しく、近接戦闘を得意とするアルモニカやシーヴもまた敵の中に向かっていく。シーヴは片腕を突き出すようにした、独特の構えだ。どうやら、映画に影響を受けたらしい。 ボトムの文化に影響を受けたのはアルモニカもまた同じ。ごっこ遊びと謗る者もいよう。しかし、彼女らの瞳は真剣そのもの。元となったものは何であれ、自分の力で何かを護りたいという願いは本物なのだから。 「死んでも、死んでいられない戦いがあるんだ! 今は、守るために、死ねないとき!」 雄々しい叫びと共に、アルモニカはポニーテールを揺らすと、渾身の力でグレートソードを振り抜く。 吹き飛ばされながら、真っ二つになる屍人。 「私達の責務、彼らが万全の状態で闘い続けられるよう、誰一人として通さぬよう、行こうか」 仲間達を頼もしげに振り返ると、律は再び次の目標へと向かっていく。 その上で夜鷹は翼をはためかせると急降下。 拳を炎に包みこんで屍人の胸部を貫く。 「此処を守らないと他の仲間達も共倒れになる。それだけはあってはならないんだ」 飛び散った肉片が夜鷹の翼を醜く穢す。だが、そのようなことは彼にとっては些細なこと。彼が思うのは猫のような瞳を持つ少女の姿、それだけだ。今頃、彼女も別の場所で同じように強敵に挑んでいるのだろう。 (レイ……俺は此処で戦ってる。 守るための戦いだ、 生きるための戦いだ、 俺は絶対に死なない、だから……) 彼女と同じように戦えはしない。だが、彼女を取り巻く仲間を護ることなら出来る。 たとえ、この翼が醜く汚れても。 (だから、帰ったら抱きしめていいかい?) 「ゴォォォォォォォ……」 夜鷹の感傷を意にも介さず、全身を炎に包みながら、浅ましくも屍人は立ち上がる。 屍人は肉体が残っている限り動き続ける。全身を灰に変えるまで、それは止まらない。 タンッ 乾いた音がして屍人の頭が弾け飛んだ。 「昼飯食えねぇ光景っす。おぅぇ」 眉をしかめながら、ケイティーは次の敵に銃口を向ける。ボトムに来て最初に戦った戦場でも、こんなのばかりだった。割とショッキングな光景だったので、記憶からも消えてくれない。少なくともあの光景にだけは混ざりたくないものだ。 「間合いが甘い!」 「このキャノンで仕留めてあげるよ!」 「さぁ、目に入る敵全部、蜂の巣にしてやりましょ!」 そして、視界が開けた所で禍津が、斗夢が、リタが範囲攻撃を仕掛ける。 暗黒の瘴気が戦場を覆い、弾丸の雨が降り注ぐ。バタバタと倒れる屍人達。 ほんのわずかに、息をつくリベリスタ達。だが、当然屍人達は悠長に休む暇もくれない。 「楽団の時の方でやすか。ならば一層、ここでご退場願いやすか」 芝居かかった口調で和装の老人、偽一が煙草の煙を吐く。するとどうだろう。 影が伸び上がり、屍人達の行く手を阻むように立ち塞がった。 「まーたアンデッドかニャ。悪人ってのはニャんでこうワンパターンなんだニャ」 同じく影人を呼びだしたのは遊菜だ。小ぶりながたも形の良い胸を張り、屍人達に向かって指を突き付ける。 「楽団の時にいた魔神、とあっしは聞き及びやしたがね」 「え、人じゃニャくて魔神? じゃあ汎世界共通で悪いやつってことで一つよろしくニャ」 ツッコミを受けながらも遊菜は影人達に指示を飛ばし、仲間を庇わせる。 ブリーフィングで説明を受けた通り、ビフロンスの操る死者はケイオスの操る死者と質を異にする。ケイオスが好むのは、圧倒的な「無個性な死者」達による演目。ビフロンスもそれを好むが、同じように「個性ある死者」を好み、創造する。 異界の魔神(アザーバイド)たるビフロンスにしてみれば、ボトム・チャンネルの有象無象など、原則弄ぶ対象でしかない。そして、生と死の間に境目を設けない彼は、死者を興味の赴くままに弄ぶ。つまりは「別の遊び方の出来る玩具」でしかないのだ。 そして、いざ戦いの場に赴くと、死者に与えられた「個性」は偶発的な事故(ドラマ)を生み出してくれる。地獄の伯爵は、それが楽しくてたまらない。 今回に関しては、その当てが外れた。 いや、外させられた。 「ジャンジャン作るニャ、ジャンジャン!」 遊菜の明るい声とともに生み出される影人達がサポートに回り、危険な動きを封じる。 「あ、EP切れた」 もちろん、こんな具合にスキルにも限度はある。しかし、それもリベリスタの限界にはならない。 「この日の為に取得したシグマの回復力! 皆さんは存分に実力を振るってくださいっ!! ボクがそれを支えて見せますっ!!」 三郎太の強い意志がリベリスタ達の心をリンクさせていく。 今ここで魔神の操る軍勢と戦っているのは、ただの人間達ではない。 「別の場所ではきっと新田さんも九曜さん達も頑張っているはず……ボクだって負けてられませんっ!!」 1つの「人間以上」なのだ。 「怖いけど私にできることを、全力でやる! そのために遥か遠いこの地に来たんだから」 チャノの呼びかけに応じて、福音が戦場を包み込む。 これはボトム・チャンネルで培われた癒しのスキル。仲間を支える聖なる力。本来、ラ・ル・カーナに生まれたチャノには知る由も無かった技術である。 それでも、彼女はその技を使う。 学んだのだ。 逃げていたら、彼女のの決意も選択も全て無意味になってしまう。 少しでも力になりたいと誓ったから。 「加護に感謝! まだ戦える!」 「負けないで! 必ずみんなで三高平に帰りましょう!!」 メーコもまた、仲間達を鼓舞するように叫ぶと、天使の歌声で仲間達を護る。死毒を秘めた死者の爪も、彼女の祈りの前では力を発揮できない。 怖いのはメーコだって同じだ。 革醒しながら世界を傷つけたくないと願う彼女を、人はリベリスタと呼ぶのだろう。 しかし、メーコのメンタリティはあくまでもパン屋で働く女性なのだ。死者の徘徊する戦場などには、一分一秒だっていたくない。 それでも、無事でいて欲しいから。 みんなに帰って来て欲しいと願うから、メーコは癒しの歌を歌う。 それに比べると、余裕を持って支援に当たっているのは楓だろう。 「珍しくまともな依頼が続いてんな……いや、これが本来のリベリスタ業なんだよな……って思ったけど、資料見たらなんだよこれ沖縄羨まし……いや、うん、悪魔共め!!」 むしろ、余裕が溢れ過ぎである。たしかに、最悪の戦術で襲い掛かってきた『楽団』と同じく、死体の群れを相手にしなくてはいけない戦場、悪態の1つも付きたくなるものだ。むしろ、それを出来るだけ、リベリスタとしてはベテランと言うことも出来ようか。 その中で目聡く、敵の中に少女の姿も見かける訳だが……。 「って結局死体じゃねーかよ!! 俺そんな特殊性癖ねーよっ!!」 忙しくツッコミを入れた後に、一息ついた楓はサックスを構える。切り替えの早さもベテランなればこそだ。 「こんな気が滅入るような場なんだからさ……音楽でもありゃ多少はマシじゃね?」 サックスの音色と共に、癒しの息吹がリベリスタ達を力づけて行く。 その中で、ステラは杖を構えると気糸を操り、襲い来る屍人を貫いた。やや突出気味な彼女の背中を見守るのは姉のルーナ。 (『守りたい人がいる』……それって素敵な事みたいだけれど、ホントは少し大変で、厄介ですね) 本来なら、リベリスタを名乗るなら、仲間を護り、無辜の民を守るべきなのであろう。しかし、ルーナは妹を優先してしまう。先ほども、自分が輝く鎧の加護を最初に与えたのは妹だった。 そして、加護を受けたステラは戦うことも護ることと信じて、屍人達に挑む。 どちらも間違い、ということはないのだろう。 リベリスタと言えどその本質は人間であり、護るべきものを見失ってはただの「人間エリューション」でしかないのだから。 「オラたつもお手伝いするべー」 戦うリベリスタ達の頭の上から訛りの強い詠唱と共に魔力弾が飛んでくる。廻ぐるぐの一発芸、マジックミサイルだ。これしか出来ることは無い。しかし、これで弱っている奴の動きを封じれば、きっと他の強い連中がどうにかしてくれる。 そう考えてひたすらに詠唱していた訳だが、詠唱が唐突に途切れ悲鳴に変わる。 「こっちくるでね~!」 屍人が飛び掛かって来たのだ。廻ぐるぐは器用に回避しながら敵に攻撃することが出来るような性格ではない。 そこを救ったのは、同じ【ぐるぐ族】の仲間、函ぐるぐだった。 「ダイス神の思し召しのままに……ねんねんコロり」 救った、というのは間違った表現かもしれない。 当たるを幸いにひたすら放たれる弾丸が、たまたま飛び掛かろうとした屍人を吹き飛ばしただけに過ぎない。まぁ、サイコロの神様というのは、意外と空気を読んでくれるのである。読まないことも多いが。 「敵も減って来たようですね。ぐるぐさんは他の援護に向かってください」 型ぐるぐの語る通り、近辺にいる屍人の数は次第に減りつつある。 屍人達は総じてタフではあるが、制圧力は高くない。それ故に、数で押す戦法を取る訳だが、『楽団』戦を経たリベリスタ達にしてみれば、それは知れたこと。 如何なる脅威も対策さえ出来ていれば、脅威足り得ないのだ。 それを思えば、情報が不足気味の中心部や一般人救出に向かったリベリスタ達の方が、よほど心配である。 「それでは、私も……」 そこで淡々と機械のように話していた型ぐるぐの口が止まる。 常人よりも遥かに鋭い目が捉えたのは、再度迫り来る屍人の軍勢。 先ほどから攻めていたのは、まだ第一陣に過ぎなかったということだ。 「私はこの場で支援行動を継続します」 型ぐるぐの言葉に他の2人も頷くと、火力支援のためにそれぞれ武器を構え直す。 「守るのは私達の役目……前を往く子たちのためにも、ここは進ませないわよ?」 由利子はウェーブがかった髪をかき上げると、やけに扇情的な仕草で加護を呼び込む。 まだ戦いはこれからなのだ。 宗助は哀しげにため息をつく。 「ついこないだ、激戦があったばかりやのにまたこんな激戦をせなかんのやね……。神様はいけずやね。何であの子等ばかりが辛い思いせなかんのやろね……」 ほんの少し前には、『親衛隊』を止めるために兵器工場へと乗り込んだ。 その前に戦場となったのは三高平そのものだ。 そして、その度にリベリスタ達は矢面に立ち、その身の加護を擦り減らせてきた。 運命だから。望んで向かった戦場だから。 問われたリベリスタ達はそう答えるのかも知れない。だとしても、そのように世界を作った神には恨み言の1つも吐きたくなるというもの。 しかし、宗助は知っていた。 恨み言を吐いても人は救われない。 弱音を吐いても傷は治らない。 力を合わせて乗り切るしかないのだ。 「しっかりしてな! 帰ったら、たい焼き食わせたるで!」 「戦うことに慣れちゃうのも考え物だけどぉ……まぁ、皆の為になるんだし、お仕事だったらリリスも頑張らないとねぇ~」 リリスの口調は割とはきはきしている。 激戦が始まって久しいのだ。いつも眠たげにしている彼女だって、そろそろ目を覚まさずにはいられない。そんな彼女の詠唱に従って、火炎弾が呼び出されると、屍人達を一斉に吹き飛ばす。 「魔法陣を壊す子達の為に、しっかり抑えていくよ」 リリスは決して好戦的な性質ではない。此度の戦いの話を聞いた時にも「戦うのが好きところだよねぇ……」と言ったほどだ。だけど、仲間のためなら戦える。 「また迷惑なお客さんやな、おまけにどっかの楽団みたいな能力や。二番煎じはもうええっちゅうねん」 強気な口調でツッコミを入れながら麻奈は、仲間達と精神をリンクさせて、気力を回復させる。正直、この手の能力を持つ相手とは二度も三度も戦いたくは無い。 実際の所はビフロンスの方が、『楽団』よりも先にこの能力を生み出してはいるのだろう。だが、そのようなことは些細な問題だ。 「ま、ええけどな。ウチはやる事やるだけや」 大事なことは、この手の相手とは持久戦を強いられること。 そうなった時、自分は仲間を支える能力を持つということだ。 そして、再びリベリスタ達が屍人との終わりの見えない戦いに入った時だった。小五郎がその両の眦を大きく見開いた。 彼の目が捕えたのは、ゆっくりと歩を進めてくる巨大な人影。 細部に目を凝らすと、無数の死骸が絡み合うようにして形作られていることが分かる。 そんなものが自然に動くはずも無い。自然に存在するはずも無い。 間違いなく、地獄の伯爵の気まぐれが生み出したアンデッド、死巨人ラズアルだ。 「悪魔は悪意でもって人と関わるという事ですかのう……」 小五郎の言は、まさに近づいてくる巨大な悪意を表現するのにふさわしい言葉であったろう。アクセス・ファンタズムで仲間達に敵の接近を伝えると、巨人の迫る方向に杖を向ける。 「この老いぼれでも出来る事があるならば、参りましょう……災厄を祓う為に……」 「まためんどくさい相手がきたものね」 迫り来る巨人の姿に深雪は臆することも無く、合気道の構えを取る。 同じくティセラも浮かび上がると、巨大な銃剣を向ける。 「どんな強大な相手であろうと……本質は変わらないわ。悪性アザーバイドの討伐。 いつも通りの任務、いつも通り全力を尽くす」 「ま、排除するだけよ。この世界にはいらない不要物だもの」 深雪はクールに語る。自分は壁となって、仲間を護り切ることが出来ればそれでいい。 そう、やることに変わりは無い。 詰る所は「異世界からやって来た敵を倒す」、それだけの話だ。 今日はたまたま敵の数が多いだけの話。だけど、その分仲間も多いのだ。何も変わりはしない。 「通しはしない、逃しはしない……トゥリア、私に力を貸して」 ティセラの身体が、ほのかに緑色に輝く。 そして、彼女は自分にとっての始まりの武器の引き金を引いた。 ● 一方その頃。 殿を務める防衛部隊が激戦の最中にある時だった。 その甲斐あって、突入部隊は五稜郭の中央に到達していた。 フォーチュナから情報のあった通り、不気味な燐光を帯びた光の柱が立っている。あれこそが、この結界の中心部なのであろう。 そして、案の定の光景だ。 それを取り巻くように、あいも変わらず無数の死人達がそこにはいた。途中にも遭遇はした訳だが、数は段違いだ。明白に防衛するための戦力がそこにはあった。 さらに言うなら、「それ」もそこにいた。 「はろ~、リベリスタのみんな。無事の到着、まずはおめでとうで良いかな?」 まず、声は中心部に向かった全てのリベリスタの頭の中に響いてきた。 続いて、リベリスタ達を抑圧するような圧迫感がやって来る。 中空に浮かぶ声の主は、陽気な表情で手を振っていた。しかし、その体はところどころ融けており、まるで火の点いた蝋燭を思わせる。 あの『終わらない夜』にいたリベリスタ達は確信した。 アレこそ、この戦場を構築した張本人。序列四十六番の地獄の伯爵、ビフロンスだ。 「それには及びませんわ」 すると、リベリスタ達の先頭を駆けていた1人の少女が前へと進み出る。いや、少女と評するには、彼女の漂わせる品位やカリスマはふさわしくないかも知れない。新進気鋭の国の先頭に立つ若き女王、その名こそが大御堂彩花にはふさわしい。 「ようこそボトムへいらっしゃいました。お帰りは丁重にご案内致します」 気品に満ちた仕草で挨拶をする彩花。 一瞬、この場が戦場であることを忘れてしまうほどだ。 しかし、それも刹那の間のこと。 「さっさと地獄に戻りなさい」 彩花は天に手を掲げると、英霊の加護をその身に纏う。 そして、同時に動き出したのは【大魔堂】の面々も動き始めた。 「魔神王だか暇人王だか知りませんがね……趣味に生きる人生は羨ましく思いますけど、ただケンカがしたいだけの非生産的な戦争仕掛けられる側の身にもなってもらいたいですね」 主の号令一下、モニカは巨大な怪物めいて見える巨大な重火器を取り出すと、遠慮会釈無しにぶっ放した。 彼女が得意とするのは物理攻撃力による広域制圧。 他の能力はさておいて、その一点において彼女に勝る者はアークにおいてそう多くは無い。 そして、多数の雑兵が大量に存在するこの戦場において、もっとも有効な戦法だ。 「砲雷撃戦用意!! 撃ち方始めー!!」 モニカの横でフィオレットも、楽しげに指揮を飛ばしながらマジックミサイルを撃ち込む。 しかし、指揮を執ろうとしているのは彼女だけでも無い。 「行くわよ、皆の集! この大御堂重工の秘密兵器が来たからには百人力よ♪」 プリムローズも同じく突入部隊の司令官気取りで、レイピアを華麗に振るう。華麗なステップと共に振るわれるそれは、巧みに敵の攻撃を捌きながら、的確に数を減らしていく。 「大きな戦争と聞き付けて来てみれば……右も左も悪趣味極まりない敵ばかりだわね。どうせ召喚ならもっとこう、妖精とか天使とか可愛らしくできないのかしら?」 年若く戦闘経験も浅い割にそのようなことに思いを巡らせることが出来る辺り案外大物かも知れないが、結局の所はマスコットといった所だろう。その証拠に彼女の「指揮」は誰もそんなに気にしていない。もっとも、この場で彼女の言葉に耳を傾けていれば、船頭多くしてどころの騒ぎでは無かったろうが。 「まあ今回限りで散っていく敵を気にしても仕方無いわね」 屍人にトドメを刺した際のプリムローズの呟きを聞くだに、数年後立派な指揮官に育っている可能性は無くも無い。 「悪魔には興味が無いと思ったが……そうか、楽団の時に協力していたのも、ソロモンの一柱だったか。死神の座を預かる者として、死者を弄ぶ存在を見過ごすわけにはいかないな」 そのように呟きながら、黄泉路は片の眼で戦場を分析する。 あの魔法陣から発せられる光は、言うなれば魔力を結界に送り届ける「道」といった所。なるほど、その「道」を断てば、結界が破られるのは道理である。 そして、結界を作り上げたビフロンスはと言うと、まだ積極的に動くつもりは無いようだ。いや、アークが現場に到達する前に、既にある程度の被害は出ている。その被害者を兵力に変えているのだろう。反吐が出るやり方だ。蝋のようなものに包まれた奴の身体を砕くのは難しくなさそうに見えるが、実の所は知れたものではない。 当座はここまで分かれば十分だ。 黄泉路は「輪廻」に弓の形を取らせると、屍人達への攻撃を開始した。 「神秘探求同盟第十三位、逢坂黄泉路。及ばずながら、悪魔狩りの手伝いをさせてもらう」 暗黒の瘴気が屍人達の群れを包み込む。 そこへ、雷光の如く、雷鳴の如く、2つの影が躍り込んでいく。 「一刻も早く儀式を破壊し、これ以上の犠牲は食い止めるぞ!」 「此方に誰も被害を出さないのも大事な条件になりますね」 【大魔堂】のチームに属する覇界闘士、疾風と慧架はそれぞれのやり方で屍人達へと攻撃を行う。 疾風の戦い方はこの上なく分かりやすい。神速の動きで目まぐるしく、次から次へと迫り来る悪の僕を打ち払うやり方だ。 一方、慧架の動きはほとんど無い。しかし、気が付けば場所を変え、敵を投げ飛ばしている。回避を主体としつつ、確実に敵を減らしていく達人の動きだ。 「死体を操る能力に炎を強化する能力はイタダケナイデスネ。ソノ能力は余り好きじゃないです」 何かを思い出したのか、慧架は眉を顰める。しかし、感情を乱す事無く、冷静に敵の動きを封じて行く。 「あれが噂のビフロンスか。死体を操るとは趣味が悪い魔神だな。儀式は破壊する!」 疾風は怒りを隠そうともしない。むしろ、悪を憎む心を力に変えて、ますますスピードを上げて攻撃を行った。 当然、屍人の側も決して負けてはいない。 途中で出会ったものと比べて、高い戦闘力を持っている。ビフロンスが近くにいる影響なのか、重要拠点だけに「工夫」を加えたものがいるのかは不明ではあるが。 しかし、リベリスタ達も攻撃一辺倒ではない。 防御の手もあれば、仲間の気力を高める術も用意はしてある。 「皆ー良く聞くのだー! この戦いで一番の戦功を上げたものには社長自ら着用済みのすくみずを下賜下さるそうな……皆心して戦うのだー!」 キンバレイの発言は気力を高める術、の方ではない。前線に立っている社長も睨んでいる。 「まーあれです。敵よりシャチョーさんの方が怖いですよね」 前から飛んでくる殺意すら秘めた視線を受け流すと、海外ドラマに出てくるアメリカ人風に肩を竦め、キンバレイは回復に回る。 そして、正しく仲間達の気力を高めるべく戦っているのはウルザである。 「ブレイブインアクション。戦場で支援することが、オレの戦いだ」 戦闘論理を限界まで駆使してウルザは支援を行う。 これ程の乱戦だ。並みのプロアデプト(戦闘論理者)にすら把握できない程の不確定要素(カオス)が渦巻いている。しかし、それでも自分のリソースを管理し、仲間に力を与える。 父には臆病者と笑われるかもしれない。それでも、自分の出来ることをやり抜くだけだ。 「やっぱ、キース様が気に入るってだけのことはあるね~。これ見るチャンスが多いとか、おいらも結構ラッキーだよ……おや?」 上空から文字通り、リベリスタ達を「見下ろす」ビフロンス。 しかし、ふと違和感に気付く。この戦場にあるはずの無いものの姿を見かけたからだ。 「撃破ではなく、止めてしまえば……復活のしようもあるまい」 豪奢な金髪に黄金の獅子の如き美貌の青年、キース・ソロモンの姿がそこにはあった。 「最大の嘲笑を持って勝利するのが俺の好みでな。己の主と同じ姿をした者に敗れる……これ程の恥はあるかね?」 その正体は誰あろう。上位世界すら欺く「Dr.Trick」オーウェン・ロザイクだ。 威嚇のため、怪盗の力で魔神王の姿を盗み取ったのだ。 「うわー、それをやられたら、おいら他のみんなに合わせる顔が無いよー。お前達、頑張るんだー」 ビフロンスは気の無い声で屍人達に檄を飛ばす。しかし、声を聞けば分かる。オーウェンの策を嘲笑うためにわざと言っているに過ぎない。オーウェンもそれに気付いたのか、魔神王の顔で悔しそうに舌打ちすると、ビフロンスは満足げに笑う。 それを見て、「Dr.Trick」は2重3重の仮面の下でほくそ笑む。 ビフロンスの反応は言動とは裏腹に、キースへの忠誠を誓っていないことの証左だ。あくまでも契約に従っているだけ。それが分かったことも重要な収穫だ。 と、水面下での探り合いが行われている時だった。 「全力でぶっこわしてやる!」 明るく、そして力強い声が戦場に響く。 モヨタの声だ。 周囲を敵に囲まれており、単体攻撃を信条とする彼にとっては些か厳しい状況ではある。 しかし、その程度のことは彼にとっては恐れるに足りない。道を塞ぐアンデッドを巨大な剣で吹き飛ばし、我武者羅に魔法陣を目指す。 「力の限りこの剣を振るい続けて、この戦い、絶対に打ち勝ってやるぜ!」 それを見ながら、ビフロンスはわずかばかり表情を変える。どうやら、遊びの態度ではリベリスタ達を降し得ないことに気付いたようだ。 その表情の変化に気付き、イーゼリットはビフロンスを一睨みする。 「また会えたのね……ビフロンス。貴方も私の事なんて覚えていないでしょうけど、奇遇じゃない?」 あのまさしく混沌そのものの戦場だったのだ。覚えていろという方が無茶振りである。 だが、それでも構わない。イーゼリットだって、ビフロンス事態に興味がある訳ではないのだから。 「けどね……くすくす……貴方を貴方自信の意思でこの世界に顕現させている事象そのものは……とっても興味深いと思わない?」 そう言うと、イーゼリットは魔術書を開き、魔力を解放する。 「それじゃ、神秘探求をはじめましょ」 詠唱と共にイーゼリットの呼び出した魔炎が屍人達を焼き払う。 そして、その程度で動きを止めないのが屍人の恐ろしさではあるが、アーゼルハイドはむしろ楽しげにその姿を見守っている。 「ネクロマンシー、なんとも懐かしいね。いや、先日見たばかりではあるがね、だが悪魔が直接行使する死霊術とは……そういう友人も昔にはいたよ。遠い遠い昔だがね?」 年の割に老成した発言である。 元々、真意の掴みづらい男ではあるが、今宵は特にそれが顕著だ。 そして、世界の全てを知ると自称する男は何かを懐かしむような表情を浮かべながら、戦場へと破壊の炎を呼び込む。 「望まず死体になった、可能性を発揮できなかった可哀想な人間達に送り火を捧げよう。 盛大な火葬パーティの始まりだ。賑やかにやろうじゃないか?」 戦場は一層派手に燃え上がる。 それを眺めるアーゼルハイドの瞳に映るのは、失われた可能性への惜別か、それとも……。 「屍人に興味は御座いませんが、どうしても遊びたいお子様がいらっしゃるようですし。唯々様、参りましょう?」 「ヤレヤレ、子供のお守りも楽じゃねーですね、ホント」 唯々は零しながらも刃を振るう。 【兎狼】の2人、永遠と唯々が魅せるのは、闇の演武。 永遠の放つ闇が戦場を昏くショーアップすれば、暗がりの中を唯々が舞う。 「儀式だか何だか知りませんが、永遠、五稜郭って好きなんです。兵共が夢の跡で御座いますよ」 「イーちゃんだって屍人に興味なんかねーですよ。寧ろ嫌いですし? 臭うはしぶといは群れてくるは面倒だらけじゃねーですか」 些か壊れた感性を持つ永遠はこのような戦場であっても怯むことは無い。むしろ興奮している節すらある。一方、唯々は冷静になれば悲鳴を上げてしまう。どちらが真っ当な感性を持っているかは言わずもがなであろう。 「ふふ、痛みは快楽。愛を語り合いませう。あら、唯々様……ドン引きなさるなんて酷いのでございます」 「あー、もう! これだから面倒なんですよ! でもそれ以上に面倒なモノを放っておくのも何か超々面倒じゃねーですか、やだー!」 永遠の言葉に唯々は大きく叫ぶ。思い切り声を上げたら、逆に心が落ち着いた。 そして、まだまだ尽きる気配を見せない敵に向かって、再度刃を向ける。 「泣き言終わり……今宵のダンスを始めるですよ?」 「腐った屍の中でダンスもまた一興で御座いましょう。ふふ、楽しみませう」 再び始まるウサギとオオカミのダンス。 それを異界の妖精が呼び出す炎が更に彩る。 「魔神さんー、そこのけ、そこのけ、あーくが通る、とです」 イメンティの呼び出す炎は、本人の言に違う事無く炸裂し、道をこじ開ける。 しかし、そこで彼女は違和感を感じた。出来たはずの道に、気付けば再び屍人が立ち塞がっている。 「後衛だとあまり敵さんに届かんとですかねー?? あー、違うっぽいとです」 知り合いからもらった「魔法のメガネ」で闇を凝らして初めて気が付いた。 なるほど、敵を倒しているはずなのに、一向に先に進めない。その仕組みは極めて簡単だった。あの魔神は屍人を次から次へと呼び出しているのだ。たしかに、これは長引きそうだ。 「死を呼び出す儀式とですか? …罪深い事をするとですね……」 よくよく見ると、上に浮かんでいるどろどろは、腹を抱えて笑っている。アレは腹が立つし、こんな所で負けてやるのも癪だ。だから、気合を入れ直す。 「イメ達は本気ですよー。えい、えい、おー。負けぬとです」 ● 「潜在戦力……って、冗談じゃねぇぞ! 何で戦闘狂の勝手の為に人が殺されなきゃならねぇ!」 太亮の叫びは五稜郭全体に起きていたことを、最も的確に表現する言葉であった。 ビフロンスは「死体を移動する能力」を持つ。このことは伝承にも言われており、フォーチュナの予測にも出ていた。 つまり、ビフロンスはただ漫然と戦局を眺めて楽しんでいたのではない。最初は五稜郭に生まれた被害者を自分の僕と変え、戦いが本格化するのに合わせて、自分の元へと呼び出したのだ。 犠牲者の死体が目の前で消え去る様を見て、太亮はそれを確信した。 悔しくて涙が毀れそうになる。 だけど、今はそれ所では無い。「潜在戦力」と評されたように、ビフロンスはまた死体を増やし、戦力を増そうとするだろう。それだけは避けなくてはいけないのだ。 「間に合わなくてすまねぇ。それしか言えないが、せめて生き残った奴らだけでも守り抜く」 決意と共に少年はアクセス・ファンタズムで仲間達に連絡を取り、駆け出した。 「死霊術の仕組みには興味があるが、わざわざ屍を増やすやり口は、趣味が良いとは思えないな」 「死者の軍団に、楽しむための戦いなんて、悪趣味。思い通りにはさせないよ、絶対にね」 どちらかと言うと、フィクサードに近いものの考え方をする――必要であれば、犠牲を厭わない性質である彩香であるが、このやり口は気に入らないものであった。家族をエリューション事件で失ったマーガレットはなおさらである。 魔神王が呼び出した魔神達の中で、ビフロンスはとりわけ大きな力を振るっている。それはアスタロトのように「キースを気に入っているから」というまだしもな理由ではない。ビフロンスはこの状況を楽しんでいる。楽しんでいるからこそ、強大な力を振るえるのだ。 しかし、それならばなおさらその悪意を看過することは出来ない。 【薔薇雪】のメンバーは連携して人々を救いに向かう。 そして、マーガレットが掴んだのは怯えの感情。向かった先で彼女らが見つけたのは、屍人に襲われる人々の姿だった。 「死んだ人……こうやって操るっているのは、いやな感じ……ゾンビは増やしたくないです」 「大丈夫? 助けにきたわ、外まで一緒に行きましょう」 訥々と話す結名だが、その怒りは十二分に伝わる。そして、同じ顔立ちをした少女シヅキは間に合った喜びを隠す事無く、屍人を打ち払う。 戦場に向かったフュリエ達から伝わってくるのは、悪への怒りと尽きない敵への焦燥。だからこそ、自分は仲間達のためにも、ここで人々を助けて行かなくてはいけない。 (やり方が気になる、単純にリベリスタ煽っているだけなんだろうか……) 救出作業に当たりながらも、とらの心には焦燥が走る。 ビフロンスの用いるネクロマンシーは『楽団』のものと同質に思える。だとすると、ケイオスの死体を狙っていたりするのだろうか。それとも、この地に眠る強力な怨霊を求めていたりするのだろうか? そこまで考えて怖い考えを打ち消す。 この場はただの愉快犯だと考えておこう。生憎と言うか、予想通りと言うか、やはり結界が残っている内は一般人の脱出は困難だった。だったら、作戦が終わるまで守り切らなくてはいけないのだ。 「助けに来た! 生きている人は落ち着いて、こっちへ集まって」 とらは恐怖を打ち払って、隠れていた人々に手を振る。 しかし、屍人に襲われた恐怖からか、人々の歩みは遅い。 そんな彼らを勇気づけるべく、イセリアはうっすらと輝く剣を天に振りかざした。 「安心しろ……お前は生きる、さあ走れ! 大丈夫だ……お前は運がいい」 鍛えた体から発される声は、喧騒に包まれる古戦場にあって、古の侍の名乗りのようによく届いた。 「なぜならば、1つ、この私に見つけられた。 1つ、私達は……アークは強い! 1つ、中でもとりわけ私は強い!」 その自信に満ちた言葉は人々に立ち上がる勇気を与えた。 暗い荒野の中でも、導く光があれば、人は進むことが出来る。 「最後に1つ、必死に走った後はビールが美味い!」 「「ウォォォォォォォォ!」」 イセリアの威風も相俟って、勇気を取り戻した人々は走り始める。 目立つ、という問題点も内包している訳だが、それに関しては既に別のものが動いていた。 「救出ミッション! ふふっ。お姉ちゃんにまっかせなさい☆」 壁を抜けて現れたのはメリュジーヌだ。 そしてすぐさま、声に引き寄せられた屍人に対して、気糸を手繰り応戦する。 もちろん、大半のものは北門側に向かい、また一部は直接中央部へと召喚されているのだが、五稜郭全体に屍人はいるのだ。 しかし、そのようなもの、士気の高い救出班にしてみればどうということはない。 「牽制は任せて! 車は早く行ってー!」 「60年ぶりに帰国しての初陣が、こんな大騒動だとは夢にも思わなかったのだわ。魔神なんて御伽噺の中だけにしてほしくてよ。こっちよ、こっち」 燁子は呼び出した幸蓮に向かって手を振る。たとえ神秘の力で老化は止まっていても、気分的には疲れる気がする。ましてや、数年来の帰郷でこんな大事に巻き込まれたのだからなおさらである。 幸蓮はこの場には微妙にふさわしくない豪華な車で乗り付けると、救出された人を乗せる。外見はアレだが、車としての性能は決して悪いものではない。 そして、この場で助けた人を乗せていると、またアクセス・ファンタズムから反応がある。 『増援が必要だ。体力の無い者達が多いので、こちらから合流場所に向かうことは難しい』 牡丹からの連絡だ。 人を発見したものの、様子から察するに周辺に屍人が多いのだろう。隠れているようではあるが、それではまだ一般人の安全は保障されない。 「分かった、すぐに向かう」 幸蓮はアクセルを踏むと、送られてくる地図を元に現場に急ぐ。 「指の間から流れ落ちる砂のような命だとしても、一粒でも、一握りでも救いに征こう」 ● 「「オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」」 その巨大な存在はあらん限りの声で戦場に向かって吠えた。 死巨人ラズアル、ビフロンスの作った『自信作』の1つだ。他の屍人達と違い、1体きりだがはっきりと性能は違う。他の屍人が「量産型」だとしたら、「高性能の特機」ということも出来ようか。 「やれやれ、私が新作MMOに興じている間に、また楽団の残党でも出て……」 「たしかここにいるのは、キースとやらが呼び出したビフロンスという奴だったはずじゃの」 「……え? 違うのかい? あぁ、私が引き篭もってる間に、また違うバロックナイツが現れたんだね」 今の今まで大規模な『楽団』残党の動きだと思っていた紗夜は、ミストラルのツッコミを受けて、ようやくこれが別の戦いだということを知る。言われてみれば、この光景はバリエーションに富み過ぎている。 「防衛戦という事で敵も増えてきたのう。厄介なことじゃ」 「まぁ良いさ。今日は狩りの約束があるからね……それまでには終わらせてもらうよ」 ミストラルが火炎弾で現れた巨人までの道を塞ぐ屍人を吹き飛ばすと、紗夜は勢い良く切り込んでいく。 さすがにあのデカブツを通してやるわけには行かない。アレが儀式の中心部に乗り込んだ場合、負けはしないまでもかなりの苦戦を強いられることが目に見えている。 一番にその巨大なものに肉薄したのは、義弘と祥子だった。いずれもアーク有数のクロスイージス。強大な敵を食い止めることこそが、彼らの誇りだ。 だが、この場にあって祥子が守りたいと願うのは、ただ仲間達だけのことでは無かった。 ここは彼女にとっては大事な思い出のある場所。 5月には桜が満開になって、みんなでお花見をしたり、ゆっくり散歩をして、堀を泳ぐ鴨をながめたり。 そんな思い出が沢山ある場所なのだ。 「あんたたちには渡さない。無傷で取り返して、いつか彼とお花見しにくるんだから」 祥子は全身に力を込めると、盾の防御を頼みに1つの砲弾と化す。 それを1人で向かわせるなど、恋人1人で向かわせるなど義弘にとってもあり得ない選択肢だ。握るメイスが聖なる輝きを帯びる。 そして、2人のクロスイージスの力が巨人に叩きつけられた。 「あんたが動くと桜が折れるのよ。黙ってそこに突っ立ってて!」 「これ以上、好き勝手に荒らされて堪るかよ。盾の意地ってやつを見せつけてやるさ」 大地をも割らんばかりの衝撃が走る。 それでも巨大な影は揺らぐ様子も見せない。 「ゾンビやグールに悪霊だなんてまるでホラー映画じゃないか。ま、ここの親玉があれじゃ仕方ないねぇ。けど怖くはないさね、一度こういうのと戦ってみたかったんだよ!」 しかし、真澄に恐れる気配は無い。 むしろなかなか見ない強敵に心を弾ませている。 「とにかく護るだけだねー。これが私には一番あってると思う」 スパイスの効いた英霊の加護と共に、小梢は巨人を見上げる。巨大な影を見て彼女が想うことは、「カレー大盛り食べたい」だ。 その時、にわかに周辺に雷光が煌めいた。 ラズアルに蓄積された電気が火を噴いてリベリスタ達に襲い掛かったのだ。 さしものリベリスタと言えど、そうそう無傷ではいられない。 その中でも、真澄は余裕を崩さなかった。むしろ、気合が入ったというものだ。 「あんた厄介だねぇ、自分の身体でよく学んだよ。だから余計に野放しにゃ出来ない。自由に動き回りたいっていうんなら私らを倒してからにしな!」 大きく飛び上がると、自分より10倍以上大きな敵に対して、炎を灯した手で殴りかかる。真澄はふと、表情の無いはずの巨大なアンデッドが微笑みを浮かべたような気がした。 「アークの相手は本当に毎回千差万別、神話の存在すら相手にするなんて凄いですねー。あたいも回復がんばって皆を支えれるようがんばるですよー」 子供っぽい口調でアゼルは上位世界から癒しのエネルギーを呼び込む。相手はアレだけ巨大な相手だ。真っ向から相手にしていては、体がいくつあっても足りはしない。だったら、回復で優位を手に入れるのが彼のやり方だ。 その力に再び立ち上がる力を得て、桐は大剣を手にラズアルへ挑む。 「股引き裂いて上げますよ?」 相手がでかいなら足を狙え。 手を突いたら手を砕け。 四肢を潰したら頭を潰せ。 それでも動くなら心臓を抉れ。 デカい相手はその位しなくては潰れない。そして、ここで押しとどめれば、それだけ中央に向かった仲間達が楽になるのだ。だったら、こいつを破壊するのが自分の使命。 「「ゴァァァァァッァ!」」 しかし、同時にそれを赦さないのも屍人達の使命だ。 ラズアルに向かうリベリスタ達を妨害せんと群がってくる。それを押し返さんと、同じ【雪】のメンバーは屍人に攻撃を行う。雷が飛び、弾丸が屍人を穿つ。そして、立ち上がろうとする屍人の頭部を気糸が破壊した。 「まだ未熟な私ですが、少しでもお役に立てますようがんばりますね」 気付けば枇の顔は煤に汚れて、怪我も浅くない。それでも、仲間達のために死力を尽くす。 「また死者繰りの類ですか。見ていて気持ちのいいものではありませんね」 「助けられなくてすまんな……」 普段は沈着冷静な万葉の顔にも悔しさが滲んでいる。 感情を隠す気も無い音羽はなおさらだ。せめて、と炎を放ち送り火にすること位しか、出来ることは無い。 怒り、哀しみ、さまざまな感情が入り乱れる中、狭霧は冷静に弓を引いていた。 (人間、どうして争いばかりを起こすのかしらね。愚かしいわ。でも……好き好んでこの場に混ざる私も十分、愚かしいのだけれどね……ふふ) 争うことを愚かと笑いながらも、彼女は戦うことを辞めない。 愚かだからこそ、人は愛することも出来ると知っているから。自分の中にある愚かさも、決して否定できるものではないからだ。 (こういう戦場の方が、何も考えなくていい。只管に敵を打てばいいだけだもの。どれだけ打てば、終わるのかしらね) 尽きることの無い死者の軍勢。 無限とも思える耐久力を秘めた巨人。 『新兵』が戦うのにはふさわしいのかも知れない。感情を凍らせて、「戦い」を感じる事無く、戦力として在ることが出来るのだから。 「ちっ。死霊術か。何度見ても気分が悪いな。もう仲間と戦うなんてのは、二度とごめんだ。絶対にこの場所は守り抜いてやるぜ!」 だが、修二の心が凍ることは無かった。 むしろ、一層心を滾らせて、彼は立つ。 「これまでも鬼道の悪樓、ケイオス達ネクロマンサーと死者を操る敵と戦ってきましたが、何度見ても嫌な気分にさせられる戦い方ですね。このような所業を許すわけにはいきません!」 双子の兄である修一もまた同じだ。 使い方に差はあれど、詰る所、ケイオスもビフロンスも死を冒涜するためにネクロマンシーを用いる。ネクロマンシーがどうこうという話では無く、こんな戦い方をする連中を放っておくことは出来ない。かつてのように、仲間が犠牲になることだって許せない。 「まぁいいや、いけ好かない手口はケイオスとおんなじだから、一先ずはそのアザーバイドの目論見を潰して鼻をあかしてやろうか」 クロトは両手のナイフを強く握りしめると、腰を落として小さく構える。 目標はあのデカい奴の腱。相手が如何にタフであろうと、足を封じられては進むことは出来まい。 そう言えば、アレを動かしている奴は何と言ったか。『楽団』の残党……ではなかったはずだ。 アクセス・ファンタズムから、「魔神」という言葉が聞えてきた。そういうものかとも思うが、こんな真似をする奴には過ぎた名前だ。 だから、こう言ってやる。 「魔神? 暇人の間違いじゃねーのか?」 クロトは大地を蹴ると、風よりも速く巨人めがけて突っ込んでいった。 ● 儀式の中心部から死臭が絶えることは無い。どれだけ屍人を倒しても、飽きることなく湧いてくるからだ。 依子は吐き気を催す。 この戦いが始まってから、何度か起こった衝動だ。 だが、今回のは今までのそれと違う。次第に死臭に慣れつつある自分に気が付いた。そんな自分に恐怖したのだ。 助けられなかった人達が居て、とても悲しい。 皆を救える訳じゃないのは分かっているが、悲しみがなくなるわけではない。 (ナナシさん、ちからを、かして、皆を守る、力を……) だからせめて、仲間だけでも救おうと、必死で力を巡らす。 「くさっ!? なんか乾いた牛乳とか駄目になった生卵みたいなにおいがするのだー。おのれ、びーふすとろがなふ、お前の仕業カー!? アタイのいかりは爆発すんぜんなのだ! ゆるさんのだー!」 そんな依子の心中を察してか、六花は場にそぐわない、バカ元気な声を出す。場をぶち壊しにしているとも言う。 「よりよりー、アタイは助かったのだ! 元気出すのだ!」 「へへへ、元気だねー。まだまだ戦えるんだ。」 マグメイガスでありながら、最前線で戦う六花の姿を見て、ビフロンスはケタケタ笑う。彼を召喚したキースも「前線に耐えうる魔術師」ではあるが、彼女のそれとは意味合いが全く違う。 「ふははー、あーくのちょーひーろー六花をあまくみてはいけないのだ、びーふしちゅー!」 「うん、おいらも甘く見てたよ。でも、おいらの名前はビフロンスだから、間違えちゃダメだよ、リカちゃん」 「おー、そっちもまちがえてはいけないのだ、ビーフ……」 「その辺にしとけ」 真は六花に弓で容赦の無いツッコミを入れる。 顔を押さえてのたうち回る六花。 しかし、真は内心ヒヤヒヤもの。相手は「異界の魔神」を名乗るオーバースペックな相手。それに物怖じせず喧嘩を売る妹の神経を疑う。 自分だって今すぐ逃げ出したいが、そうも行かない。自分が逃げたら、誰が妹たちを守ればいい。 だったら、 「こいつさえ何とかすれば、魔神とかいつまでも相手にしなくて良いんだよな」 女っぽいと言われる顔に、思い切り男の子の勇気を浮かべ、真は弓を引き絞る。ここまでくれば、あの魔法陣はスターサジタリー(魔弾の射手)の射程内だ。 そうやって、気合いを入れたときだった。 「せっかく離れ離れになったと思ったのに、何でここにいるのかしら?」 その後ろから声を掛けたのは長身の美女、真名だ。【ちょうひーろーりっかとむてきのなかまたち】の仲間でもある。 仲間が揃ったとはしゃぐ六花にはでこぴん1発。 「よくよく見かけるめーんーどーうーな子供とその下僕共を見かけたと思ったら、共闘する事になるじゃない、なんでこうなるのかしら?」 真名はため息をつくが、悠長なことを言っていられるタイミングでもない。目を凝らし、立ち上る光の脆弱な箇所を探すため、目の前の屍人を殴りつける。 「他のリベリスタ連中に教えればこの面倒な仕事もすぐ終わるわよね?」 真名が目をやった先には……1人の勇者がいた。 「アレがビフロンス! なぜかドロドロしていて……なんと面妖な!」 真名の顔が引きつったのは、多分気のせいじゃないんだと思う。 「だがしかし! なんと! ゆーしゃたるもの、脅えず怯まず!我が心はいつも『ちょとつもしん』と知るのです!」 魔法陣の周辺はまだ屍人が尽きた訳でも無い。 にも拘らず、ゆーしゃことイーリスは突っ込んでいった。 当然、そこには屍人が群がって行く。 「だったら、俺は支えだな」 自分のするべき動きを見出した翔太の動きは早かった。 いつの間にやら屍人達の前に立つと、素早く斬撃を放って行く。彼が狙っているのは屍人自体ではない。狙うべきは空間に流れる『時』そのもの。生まれた氷刃の霧は、屍人を捕え、氷像へと変えていく。 しかし、翔太の表情は優れない。 ここ、北海道は彼の故郷だ。かつて『楽団』の日本侵攻が行われた際にも、小樽が被害にあった。そして、今度は函館だ。 「ネクロマンシーってのはやっぱり好きになれねぇ」 「なんかすっごいいっぱいいるわね! ミリーも手伝うのだわ!」 ミリーの言葉と共に、氷が作り出したリングに炎の龍が躍り込む。 遠慮も何も無い。龍はただ、その場にいる敵を焼き尽くしていく。 「わらわら出てきちゃって、復活出来ないぐらい燃やし尽くしたげる!」 ミリーとしては、先の『楽団』戦で死体は出尽くしたとばかり思っていたが、そうでもなかったらしい。だったら同じこと。まだ出てくるというのなら、出てこなくなるまで焼き尽くしてやるだけの話だ。 「俺達が道を切り拓く。背中は預けたぞ、ひより」 「うん。怖くてひどい光景だけど、いっしょだから負けない。閉じ込められた人を助けるためにもがんばるの」 ひよりが癒しの息吹を戦場に与えると、その追い風を受けるように雪佳も果敢に道を切り開く。 雪佳が握る剣は、百と叢がる敵兵を薙いだという武勇が由来とされている。真偽は不明ではある。だがしかし、ここで現実に変えてしまえば同じことだ。 「奴が、楽団事件の手引をしていた存在だったか。なにせ魔神だ、我々人間とは善悪の概念など異なるのかも知れんが……相容れず、蛮行を止める気もないのなら、実力で排除するまでだ」 ビフロンスを一睨みすると、なお一層の速度で血路を切り開く。 儀式の中心部と言うだけのことはあり、敵の攻撃は一層苛烈になってくる。 だが、この程度で諦めるようではリベリスタ等と言う商売はやっていられない。 それに、 「祝福よ、あれ」 ここが最前線であればこそ、それを支えるための仲間もここにはいるのだ。 小夜香の詠唱が、今一度リベリスタ達へと運命に立ち向かう力を与える。 「これ以上好き勝手させてたまるものですか。全身全霊をもって皆を支えましょう」 何よりも、本来癒し手に区分されるはずの彼女だって、粛々と仲間の傷を治すためだけにここにいるのではない。魔神の凶行を赦せないから、魔神の悪意を止めるためにやって来たのだ。 そして、着実に一歩ずつ魔法陣へと近づくリベリスタ達。 屍人もそれを防ごうとするが、勝ったのはリベリスタだった。 「さぁて厄介なモノは砕かせて貰おうカ」 颯は魔法陣の前に立ち、両の短剣を構える。元々、乱戦は得意ではない。むしろ、この瞬間のために自分は立ち続けてきたようなものだ。ここで倒れる訳には行かない理由、大事なものだってある。 イーリスもまた、ここに一撃ぶち込むためにやって来た。たとえ倒れても、ここに一撃を入れれば道は開ける。 「食らうです! イーリスマッシャー! えいやー!」 颯の刃が幻の如く閃き、イーリスの重たい一撃が魔力の流れを揺らす。 「あ、いけね」 ビフロンスが慌て出す。 今の一撃だけでは、儀式の破壊には至らなかった。だが、リベリスタ達はいつでも破壊できる場所に至ったのだ。リベリスタとしては、王手を宣言したい所。 そして、それを相手は許さない。 「仕方ないなぁ。そこまで来られちゃ、おいらもやるしかないじゃない。このままじゃ、キース様に叱られちゃうしね」 気付くとビフロンスは地表に降りていた。手には燭台が握られている。さらに、屍人達も魔法陣にまで到達したリベリスタ達を囲むようにしている。 「ハロー、ビフロンス。君可愛いね、僕恋しちゃいそうだよ」 その時だった。 唐突に、深紅が姿を見せる。今までスキルで姿を隠していたのを解いたのだ。目的はただ1つ、ビフロンスという存在を識るため。 「最近のリベリスタは変わってるね~。おいらみたいなのを見かけたら、即ころーすとか言ってくる連中だと思っていたんだけど」 「まぁね。僕に攻撃を当てておくれよ。もっと近寄った方がいいかい?」 深紅の持つ狂気はこのような状況であっても、「楽しさ」に魅かれていた。 そんな狂気に興味を示したビフロンスは、最初の目標に彼女を選んだ。 だから、ビフロンスの燭台に火が灯り、自分に向かってきてもただそれを受け入れるのだった。 ● 五稜郭中心部でビフロンスが動き出した頃、殿を務める防衛部隊の戦いもまた、佳境を迎えていた。 「楽団の時だけでは飽きたらず、今またこの街に牙を剥くか魔神! やらせはしません! 命を軽んじ、人間を侮る貴様ら等に!」 ベアトリクスはあらん限りの声で叫ぶと、それぞれの手に握った槍に暗黒の瘴気を纏わせて屍人を呑み込んでいく。 「『鉄騎士』ベアトリクス・フォン・ハルトマン! 未熟なれどこの二槍、悪鬼如きに折れはしません!」 彼女の戦い方を「暗黒の騎士(ダークナイト)」と謗る者はいるかも知れない。 しかし、護るために戦う彼女の姿は、どんな騎士よりも騎士らしかった。 「楽団の時も思ったが、それが戦術上必要だと言われ様と許容はできんな……」 惟は無数の死人を眺めてその姿に歯噛みする。多数を占める兵力である屍人はいわゆるゾンビ。そして、元となったのは一般人であり、老若男女を問わない。 「相手も人に非ざれば、全力の意味合いが違うのも分かるが」 そういう意味では『楽団』よりはマシと言えるのかもしれない。だが、起きている悲劇に変わりは無い。そして、こうなってしまった以上、惟に出来ることは一刻も早く彼らを葬ってやることだけだ。 黒銀の剣から放たれるのは夜そのものを象徴するような漆黒のオーラ。 ただ、与えるのは夜の畏怖では無く、夜の安寧。 リベリスタ達は怒りと悲しみを力に変えて剣を振る。その中で、阿久津甚内という男の戦い方はひたすらに軽い。 「はいはいはーい♪ こうゆーのは粘り強いのが適任だよねー★」 愛車に乗って矛を振り回し、やって来る屍人達を薙ぎ払っていく。 暴走族時代から殿を務めるのには慣れていたのだ。やることは変わらない。後ろから追っかけてくる死んだような面をした連中が、余計な手出しを出来ないようにするだけの話だ。 なんだ、全然変わらないじゃないか。 「命を懸けるのは生きてる間だけでじゅーぶんだってーのー! 生きてから、生きてからー!」 甚内も命まで懸けるつもりは無いが、アークという過ごしやすい「職場」が無くなるのも困る。それ故に結果として――過去の経験もあって――十分に殿の務めをこなしていた。 だが、その力を遺憾なく発揮するビフロンスのネクロマンシーは強大だった。雑兵としての屍人は後から後から、尽きる事無くやって来る。 「っくそ、転移だの転送だのマジで出鱈目じゃねえか! どんだけ手数で追い返そうが切りがねえ……!!」 凍夜は苛立たしげに刃を振るう。異界からも屍人が送り込まれているということであれば、本当に終わりが見えはしない。そんな機嫌の悪そうな弟弟子に対して蓮は冷静に分析を告げる。 「……自由に動かせる、って言うのはまた心底厄介な力だね。無制限に使える訳でも無いようだが……」 そもそも、自由な配置が可能であるのなら、リベリスタ達の防衛など役に立たない。最初に部隊を散らせておき、いざ戦いが本格化したら全軍を一カ所に集めれば良いだけの話。それはリベリスタの組んだ防衛網の内側に移動してくるものがいないことからも明らかだ。 だとすると、一定の制限は存在するのだろう。それはリベリスタ達にとって幸いな点だ。もっとも、それが分かった所で、この場において「援軍が尽きる気配を見せない」という点の解決にはならない訳だが。 「ちりょうさせていただきます! 皆さん、がんばってください!」 そこへルシュディーから癒しの歌声が届く。 もう1つ幸いな点を挙げると、屍人の攻撃は目前の敵を攻撃するという、割と単純なルーチンに支配されていることだ。もちろん、ブロックし切れないものが後衛を攻撃する例もあるが、リベリスタ達にとっては後衛を庇い、安定した補給を確保できた点である。もっとも、それを利点に変えたのはリベリスタ達の確かな連携にある訳だが。 「要はコイツさえどうにかすれば、ここを抑えるのは難しくないってことだね」 「「ゴアァアァァァァァァァァァ!!」」 クルトは拳の握り締めを繰り返し、自分の感覚を確かめる。どこか声が弾んでいる。この極限状況を楽しんでいるようにも見える。 いや、実際楽しんでいるのだろう。 「効き辛いだけなら凍らせてみせるさ」 実際、凍り付いて動けないタイミングは見受けられた。頭部への攻撃は他への攻撃よりも効果があるようにも見える。無意味な訳ではないのだ。 だったら、倒せない理屈は無い。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば! 塵は塵に、灰は灰に……死者の眠りを妨げさせぬ為、生者の命を護る為、参上だよっ!」 戦いの終わりが近いことを感じ、双葉は再び口上を決めて、死巨人に向かってポーズを取る。 最近の魔法少女なら物理的に巨大な敵に立ち向かうのは、むしろアリなはずだ。 「我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 並みのマグメイガスなら詠唱に時間を取る「葬操曲・黒」。 詠唱時間の短縮を試みるのはある程度戦闘経験を積んだ革醒者なら当然の嗜みである。だが、双葉には、「魔法少女マジカル☆ふたば」にはそんな常識すら当てはまらない。 「葬操曲・黒」を連続で詠唱しようなどと考える少女に、その常識は当てはまらない。 通常を超える量の鎖が屍人達を拘束し、握り潰す。 刹那の間、死巨人までの道が自由になる。 「全力全開! いっくよー!!」 「この世界を壊そうとする奴らはぶっ飛ばすよー」 華乃と夏海はその隙を見逃さない。 一気に死巨人との距離を詰め、槍と拳をそれぞれ叩き込む。 「30mだって、おっきーね! でも、負けないんだから!」 華乃にしてみれば、中々出会えない文字通りの「大物」だ。そう思うと、心が滾る。それに、ようやく巡って来た突撃できるチャンスなのだ。ここでやらずして、いつやると言う。 夏海の方はより単純。 組長の敵は自分の敵。組長が戦っている以上、自分が引き下がるわけには行かない。邪魔な奴を吹き飛ばすまで何度だって立ち上がるのが、彼女が自分に科した掟なのだ。 「「ゴアァァァァァァァァァァァァ!!」」 だが、死巨人の抵抗も激しい。 動きを封じていた氷を剥がしながら、右腕のハンマーを振り下ろす。 単純な質量はそれだけで凶器と化す。衝撃で吹き飛ばされるリベリスタ達。 だがその時、リベリスタ達の耳に優しい歌声が聞こえてきた。 僕は祈る 僕は歌う 眼前に傷付いた仲間がいる限り癒しの旋律をのせて 僕は歌う 僕は祈る 七つの歌を羽根に乗せて 天上の光を仲間に 奏でる音符は癒やしの賛美歌 届け 祈りの歌声 歌っているのは七瀬だ。 彼は自分の無力を知っている。屍人に囲まれれば逃げ切ることは出来ないだろう。死巨人の攻撃を喰らおうものなら逃げることすら叶うまい。 それでも、少年は願う。誰かの役に立ちたい。仲間達を助けたいと。 (だから、僕は戦場に立つ。 皆の背中は僕が守るよ。 この場所から応援するよ。 今はまだ微力かもしれないけれど、いつか強くなってみせる) 「よーし、ヘーベルも応援するよ。がんばれマイヒーロー。お化けなんてやっつけちゃえー!」 幼いへーベルもまた、無心にリベリスタ達を応援する。彼女にとって年上のリベリスタ達は須らくヒーローなのだ。ヒーローは強い。ヒーローは格好良い。 だから、あんな大きくて怖い敵だってかっこよく倒してしまうはずだ。 「さぁ、すごいことしましょ!」 少年や少女達の声が聞こえる中、ガガーリンの瞳から涙が零れ落ちる。 「ワタシは悲しい……悪魔とはなんなのか、果たしてどれほどの権利があるというのか」 人は地球(テラ)の子として生れ落ち、地に還って行くのが自然な流れだ。しかし、ビフロンスはそれを許さない。悪意を以って、その流れをせき止めるのだ。大地にとっても、命にとっても、それは意味を為さないことだというのに。 「ワタシは戦おう、地に還るべき命と肉体の為に。 何故ならワタシはキャプテン・ガガーリンだからだ」 ガガーリンは巨大な影の前に立ち塞がる。 悪魔の僕と変わり果てた命のために。 「……とっても、大きい……あれなら、私でも当てれる」 美伊奈は自分を苛む痛みを呪いに変えて、死巨人に向かって放つ。 巨人が苦しみの声を上げる一方で、反動で思わず膝を付きそうになる。すると、そこにまた新たな屍人が姿を見せる。 「邪悪姉妹はふたりでひとつ。絆パワーで二倍二倍なのです!」 そして、それを退けるのはエリエリの仕事。大きな斧を振り回すと、現れた闇が屍人の首を断つ。 美伊奈はそんな義姉の手をそっと取る。 「エリ姉さん、守ってくれるのは凄く、とても嬉しいけど……あまり無理しちゃ、イヤよ? 必ず、一緒に帰ろうね。皆で」 「戦って生きて帰る。無理なことないです、おねえさんにまかせるのです!」 その時、死巨人の咆哮が聞えてくる だが、その足が上がることは無かった。 「ここを私達がしっかり守り抜かないと中に入っていった皆が大変なことになっちゃうもの、悪いけどあなた達を通すわけにはいかないのよ」 アルメリアの矢が死巨人の脚を貫く。今までにリベリスタ達が与えてきたダメージが蓄積された結果だ。 這ってでも敵は進むだろうが、その歩みを鈍らせるのならこれで十分だ。 「纏ろえ、漆黒よ。くだらないアンコールをした覚えはない。幕を引こう」 黒羽がナイフを逆手二刀流に構える。いちいちカメラを意識したようなタイミングで止まるが、動きはどこか別の所で見たようなそれである。 内心では巨人を用いるネクロマンシーがあったかに思いを巡らせながら、冷静っぽい顔で動かなくなった足に狙いを定める。その方がカッコイイと思ったからだ。 「……ふっ。思ったよりは面白い玩具を見せてくれるな。刻め、双刃よ」 そして、黒羽は闇を翔ける漆黒の弾丸となった。 ● アークは大を生かすために小を殺す組織だと言う。 その評価は間違っているまい。今までにもそうした非情な判断を降す場面は何度も見られた。 だが、現場で戦うリベリスタ達の感情はまた別の話だ。大半のリベリスタは、守りたいもの、救いたいものがあったからこそリベリスタとして踏みとどまったのだ。とすれば、小を守るか守らないかの判断を委ねた時、小を守りに行くのは当然の帰結であった。 「いきなり悪魔の相手に駆り出されるなんて思わなかったわー。滅多に見れるものじゃないからいいけれど」 ゆるい空気を漂わせながら、ティオはてってと五稜郭を駆ける。 そして、アクセス・ファンタズムを確認すると、大きく手を振って叫んだ。 「大丈夫よー、きみたちを助けに来たの。落ち着いて一緒に逃げましょう」 リベリスタ達は極めて組織的に動き、巻き込まれた一般人の救助に当たった。その中心として動いていたのが計都だった。 事前に入手した五稜郭の地図を元に、避難場所を設定した後に、ファミリア―で周辺の情報収集に努めたのだ。また、アクセス・ファンタズムを利用し、救助に向かったリベリスタ間での情報共有も徹底させた。 それぞれのリベリスタの探査能力もスキルによってそれなりのものは保障されている。だが、それをまとめることで、リベリスタ達は極めて効率的な動きを行うことに成功したのだ。 ほぼ万全と呼べる状況を整えた計都だったが、それでもその表情に油断は無い。そこに驕って、余計な被害者を出すようなことなどあってはいけないからだ。 (敵を倒すだけが戦いじゃない。誰かを守る、それがあたしの戦いッス!) 計都を車に乗せているキリエだって必死だ。 人間嫌いで通しはしているものの、目の前で失われようとする命を見捨てられる程薄情な訳でも無い。人々の不安を取り除くために、珍しく優しげな声で励ましている。 「仲間が交戦中です、皆さんは信じて待ってください。大丈夫、ここは私達が守ります」 一方その頃、救助に向かっていた誉は「交戦中の仲間」の1人になっていた。 「こ、ここは誉に任せて早く行くのだ!」 敵に合わないようにこそこそと動いていた訳だが、この世界の神様は往々にして理不尽を強いる。 運良く一般人を発見することに成功したものの、帰り道に屍人と遭遇してしまったのだ。 「皆がんばってんだ、怖くない。怖くないぞー!」 普段見せている顔は自信満々であるものの、実際の所の内面は何処にでもいる普通の女性。多対1の状況の本音は「一般人の目があったせいで、逃げるタイミングを逸した」だ。 一般人の前で逃げようとしないだけでも大したものだと思うが、勝てるかどうかとは別問題なのである。 「ウゥゥゥゥゥゥウ!」 「キャー!」 そして、襲い掛かってくる屍人に対して悲鳴を上げたその時だった。 「またアンデットか。こいつらもとは一般人だろ? その首切り落として、すぐに安らかな眠りにつかせてやるよ」 牙緑の巨大な剣が、宣言通りに屍人の首を跳ね飛ばす。 「大丈夫か? さっき逃げてきた人はもう避難出来てる。俺達も離脱するぜ」 「と、当然なのだ! なんたって偉いからな、誉は!」 ハルバードを担いだ赤毛の少年、ジースの言葉に虚勢を張る誉。ようやくそれだけを言うと、崩れそうになるのを堪えて、牙緑のトラックに乗り込む。 当然の話ではあるが、五稜郭に存在するビフロンズ側の全戦力がリベリスタを攻撃に向かっている訳ではない。ビフロンスは幾ばくかの戦力を、「戦力補充」のために充てていた。リベリスタ側としては当然の警戒ではあるものの、それを怠っていたら、救われない命はもっと多かったろう。 そして、同じように動くメンバーは他にもいる。 【豚車】の面々だ。 「女子供を優先な。男は道順教えっから他行け! オッといけねぇ、通信回線開いていたな」 「ギャーギャーギャー」 鎧が腕組みして屋根に立って、トカゲ頭の怪物が窓から乗り出している車を、ブタ頭の男が運転している。 状況を説明すると、そういうことになる。 ビフロンスを応援するために、どこかの魔神が追加で召喚されたのではないかと推測するのが妥当であろう。しかし、こう見えても彼らも立派なアークのリベリスタである。 「さあ乗った乗った、ここは危ないからよ。安全な所に避難しような?」 オークがとびっきりの営業スマイルで、屍人に襲われていた子供らを車に連れ込む。警戒心を解くのが人一倍上手い彼の姿は、さしずめご当地のゆるキャラにでも見えているのだろうか。 近くにいた屍人に関しても問題は無い。リザードマンがチェーンソーであらかた解体してしまった。 「ギャーギャギャ」 普段見ることの無い珍しい死体を相手に彼もご満悦だ。 盾はと言うと……遺品回収に余念が無い。身元の判別も付かなくなった人々の確認のためにも、必要な作業だ。もっとも、一部の金になりそうなものはぽっぽないないしている訳だが。元フィクサードであり、金のためにアークに雇われた経歴を考えれば、致し方無い所であろう。 しかし、そんな動きがありながらも、発見された無事な一般人達を、リベリスタ達は余すところなく救っていった。この五稜郭の激闘の中でそれを為し得たのは、彼らが「何のために戦っているのか」を見失わなかったがためだろう。 そして、仮設の避難場所目指して屍人も現れるが、もはやそれすら意味を為さない。 「偶にはリベリスタらしく人助けでもしましょうかしらん?」 隙間に隠れていた異形――ルートウィヒが姿を現わすと、不定形を思わせる不気味な動きで屍人達を翻弄する。自分の格好が怖がられることは理解している。それならば他のメンバーに任せた方が安心だし、自分などに感けている暇があるなら生き残ることに専心して欲しいというのが、この異形の願いだ。 「へっへーんだっ!! ミミルノはこっちだよーっ!!」 ミミルノもまた、屍人をおびき寄せ避難場所から遠ざけていく。 まだ幼い少女ではあるが、1人でも多くの人を救いたいと願う姿はリベリスタそのものだ。 そうやって、避難場所から屍人を誘導する仲間達の様子を、ナユタは鋭い目で見つけると、戦闘能力の高い仲間へと通信を取る。 ここでの救助活動は終わった。 後はあの忌々しい結界が破れるまでの間、ここを守れば自分達の勝利だ。 「関係ない人たちをこんなに巻き込むなんて……これ以上殺させないもん!」 仲間の勝利を信じ、悪への純粋な怒りを胸に、ナユタは五稜郭を覆う結界に向かって叫んだ。 ● 五稜郭の中心部において、戦いはいよいよ最高潮を迎えようとしていた。 魔法陣に接近したリベリスタ達は一気呵成に儀式を破壊しようとする。しかし、これは同時に背水の陣。屍人の群れからの逃げ場は少なく、しくじればリベリスタ達は屍人の仲間入りだ。 深紅が状況に投げ入れた1つの石は、ビフロンスの行動を無為に使わせるという大きな成果を得た。もちろん、彼女自身も深手を負い、無事とは言い難い状況ではあるが。 「私に、出来る事は……少ない、かもしれません……けど。それが、誰かの助けになれるのなら……とても良い事ですよ、ね?」 文月は最後の勇気を振り絞って、仲間達に癒しの歌を届ける。 手も足も竦んで、動けそうにない。何故、他のみんなは戦うことが出来るのか、疑問でたまらない。 でも、と必死で歯を食い縛る。 そんな自分だから、答えを求めて三高平に、そしてこの戦場に来たのだ。 それに、このわずかな時を共有した戦友たち。彼らが消えてしまうなど、考えたくも無い。 「ん~、っかしいなぁ。死体が増えないし、ラズアルも足をやられちゃったかぁ。このままだと、おいらちょっとまずいよなあ」 一方のビフロンスは首を傾げている。任務に失敗して主の罰を恐れている……と言う風ではない。ゲームに負けそうになって、逆転の術をひねり出そうとしている子供と言った風情だ。 その姿に遠子がぎりっと唇を噛む。 (あの人にとってはこれが『遊び』なんだね……) 目の前にいる魔神の考え方、それは遠子にとって理解出来ない、したくないものだった。 そもそも彼女には戦いの場など似合わない。そんな彼女がこの場に立つのは、守りたい世界があるから。 だから、 「私達は負けない……!」 遠子が選んだのは魔法陣の破壊。この場を終わらせるのに、もっとも確実で素早い手段だ。 「ロートルでもそこそこやれる所は見せておかねばならんじゃろ? 特に、若い者の前ではの」 それに背を合わせるようにして、爺リスタである翁は気糸で後ろから迫り来る屍人を貫いていく。自分はアークの中でもほぼ最高齢。この場にいるリベリスタ達の大半は自分よりも若く、未来がある。 普段は布団の中から出ようとしない翁ではあるが、それを守り抜く為だったら何処でだって戦ってみせる。 「この世界を、未来を、掴み取る為に助力しようぞ」 そんな老人の姿を見て、宝珠は覚悟を決める。 正直な話、この世界は好きだが、この世界の外から来たものとか超怖すぎる。 「戦えるのか?」 同じ顔立ちをした双子の錐が問うてくる。 「うん。周りの皆も頑張ってるから……! 頑張って! 俺のために頑張って!!」 錐の冷ややかな視線に気が付いて、宝珠はコホンと咳払いすると魔法陣に向かっていく 「あ、嘘ですちゃんとやります。さあ、かかって来い! できれば手加減してかかってこい!! 俺は月凪の姉であり妹! 錐がいればなんでもできるぜ!!」 まだ恐れが消えた訳ではない。でもそれで良い。勇気とはそういうものだから。窮地で在れば在るほどに宝珠は輝くのだ。 錐は満足げに口元を歪めると、バイオリンを奏で、仲間への支援を開始する 「さあ俺の声を聴け、歌に湧け、そして音色に導かれると良い」 そして、この場を支配する魔神を一睨みした。 「ビフロンスよ。俺は君が嫌いだ。実に耳障りな音がする…… くたばれ悪魔」 そう言えば……と、そこにおずおずアガーテが口を挟む。 「まじん……って何でしょう? あくまとも言うようですが?」 その言葉に何人かのリベリスタが思わず吹き出してしまう。 思えばアガーテはフュリエだ。ボトム・チャンネルの言葉で異界から災いをもたらしに来るものを指す言葉を知らなくても、全く不思議なことではない。 しかし、知らずにここまで来てしまったというのは、何ともおかしな話だ。 取り残されてきょとんとしているアガーテ。だが、ここまでついて来た結果として、ある程度は分かるつもりだ。とりあえず、良いものではない。 それさえ分かっていれば、仲間の手助けをするのに十分だ。 「ともあれ、皆さまの援護、しっかりお役目果たさせていただきますわね。皆で難局を乗り切りましょう」 そして、アガーテの祈りに応じ、戦場に雨のように火炎弾が降り注ぐ。屍人も魔法陣もお構いなしだ。 そんな混沌とした戦場の中で、ゼルマはビフロンスに声を掛けた。 「のぅ、ビフロンス。妾と契約せよ」 「へぇ~、リベリスタからそういう申し出聞くとは思わなかったね」 細かい好みを言い出したらキリはないが、生命という最大級の神秘を探求するのにおよそネクロマンシーほど適した魔術はない。そして、それに近しい魔神なら、契約する価値はある。 ビフロンスはゼルマの様子を興味深く観察している。 「貴様が契約しているキースは死ぬ。それが今か後かは知らんがな」 キースの死とアークの勝利。その2つをゼルマは疑っていない。だからこその言葉。 「今は断っても構わん。だが貴様は妾のモノになる。妾がそう決めたからな」 妾の神秘探求の糧となれビフロンスよ 「言うねぇ。やれるものならやってみるといいよ」 ビフロンスは笑った。 今までの遊びとしての笑いではなく、悪魔としての笑い。少なくとも興味を引くことには成功したようだ。こうした考えを持って戦場に臨んだのは、ゼルマに限った話でも無い。 この場にいない罪姫もまた、ネクロマンシーの秘儀を識るために、魔神の知識を得ようとしていた。 ことの善悪をここで語る意味はあるまい。 ただ言えるのは、魔神がそれだけの力を持つ存在だということだけだ。 そして、様々なリベリスタの思いを余所に、戦いは続く。そして、リベリスタ達は気付く。次第に魔法陣の放つ光が揺らいでくるのを。 「スーパーサトミパワージャスティススマッシュ!」 マントを翻すと、慧美は、いやスーパーヒロイン『スーパーサトミ』は渾身の力で光の柱を殴りつける。 彼女が戦う悪人は往々にしてフィクサードであることが多い。そして、今日の敵は異界の魔神である訳だが、やることに変わりはしない。 アイリは蒼みがかった刃で幾度と無く魔法陣を斬り付け、龍桜はあえて派手なモーションからの拳を繰り出す。 対人で見せる戦いを得意とする龍桜には、いささか物足りない相手なのかも知れない。 「さあ、我が親愛なる姉様。ともに戦場を駆けようではないか。如何に敵が堅牢なろうとも我ら二人の前に敵などなし!」 「さあ、いきましょうか、兄様。敵は強大だけど兄様がいるのなら負ける気はしない。一泡吹かせてやりましょう」 【血石】の兄妹にして姉弟たる、カインとレイチェルは暗黒と常闇の二重奏で迫り来る屍人達を消し去って行く。 カインが目となり、レイチェルが耳となる。 この2人の完璧なコンビネーションの前に、屍人の群れなど的に過ぎない。 「我が前に立ちふさがりし死せる者たちよ、我が常闇に抱かれ眠るがよい。 汝らに我がかけるのは殺意ではなく、大いなる慈悲。 眠れ、安らかに」 大仰な仕草と共に屍人を挑発するカイン。彼なりにレイチェルを庇っているのだ。 だけど、レイチェルだってもはや守られるだけの無力な少女ではない。 「行くなら一緒に、よ。私の真価、見せてやりましょう」 兄妹らしい意地の張り合い。しかし、裏を返せば彼らなりの思いやり。 闇の双子が生み出す双璧を屍人が越えることは叶わない。 そして、リベリスタ達の中に飛び込めなかった屍人には、鉄槌が待ち受けていた。 ぐしゃり 屍人の頭が割れて、脳漿が毀れる。死亡してからさほど時間が経っていないためだ。 「しかしアークは良いね。さっそくこんなにも素敵な、素敵な素敵な素敵な、割り放題の任務に出会えたんだ。このゾンビは元一般人らしいが、それでも充分だ」 壊れた天才、紅柘榴の探究心は尽きない。悪魔の頭の中もいずれは調べたい所だと切に願う。 敵と戦う戦場の真っ只中で大胆不敵な解体ショーを行い、自分の研究欲を満たしている。 「さて死者の脳は何を考えどんな色に染まるのだろう。それを私に見せてくれ。君は何を思って死んだのかな?」 咥えていた飴を噛み砕くと、柘榴は次の目標を目指していく。 屍人はそれなりの数があり、柘榴が困ることは無い。しかし、薄れていく魔法陣の光に困ったような顔を浮かべるのはビフロンスだ。 「それ壊されると困るんだけどなぁ。キース様との契約の関係で、それが消えると今日の遊びはおしまいなんだよね」 それは明白に定められたビフロンスの敗北条件。 結界が破壊されたら、この場でのネクロマンシーの行使は大きく限定されてしまう。ネクロマンシーを主能力とするビフロンスにしては事実上の敗北であり、それ以上四の五の言わせないために、今回キースとビフロンスとはそのように約定が結ばれていた。 「儀式とかそういうのは、オカルトか物語の中だけでいいんです……!」 カシスは小さな声と共にビフロンスを睨みつける。だが、その途中でスイッチが入る。何が哀しくて、あんな奴を放置しなくてはいけないのだ。 「人の命をバカにしたようなあんたは、絶対に許さない!」 一度火が点いた心は止められない。 今まで戦いながらろくに口を利かなかったカシスの口から、次から次へと言葉が飛び出す。 「ビフロンス。早く諦めて帰って。じゃないと、燃え尽きるまで殴ってやる!」 カシスの怒りはこの場に来たリベリスタ達全ての怒りだ。 それは早柚も同じ。 「死体を改造……しかもおもしろがってる……しゅみ、わるいの。おかね、もらわなくてもこういう人は……たおしたい」 純粋な自分自身の願いとして、目の前にいる悪魔を葬り去りたい。 籠の中にいた鳥は己の意志でさえずり始めたのだ。 「あれ~? おいら嫌われちゃった? やだなー、そういうの」 相変わらずのふざけた風だが、ビフロンスは再び傍観から介入の態度を取ろうとする。 燭台が不気味に青い炎を灯す。 しかし、異界の妖精カメリアは、魔神の脅威に対して物怖じしない。恩を返すためならば、この程度の恐怖は乗り越えられる。 「大体アークが負けたらこっちに来てもおかしくないしね。強い奴に会いに行く、ってやつ? バイデンとかいたら気が合ってたんだろうけどね」 そして、ビフロンスがリベリスタ達の挑発を受け、攻撃に転じるよりほんのわずかに速く。 2つの影が動いた。 「影時、今だ!」 「こんにちは、ビフロンス。少しで良い、遊ぼう?」 真昼の気糸がビフロンスを捕え、影時の鋏がビフロンスを覆う蝋の皮膚をわずかに切り裂いた。 傷はほんのわずか。 ビフロンスが望めば、すぐに消えてしまうような、そんな傷。 しかし、2人にとってはそれで十分だった。 「僕は椎名影時。次は君を倒せるようにしてみるよ。ちょっとした宣戦布告、悪魔に喧嘩売るのも悪くないよね。ね、兄さん?」 「椎名真昼だよ。ねぇビフロンス、君はオレの大事な妹が殺すよ」 「面白いこと言ってくれるねぇ……アレ?」 自分に傷つけた兄妹を燃やしてやろうとビフロンスが想った時だった。 彼は自分の存在が希薄になったのを感じた。 そして、今まで意識の外に置いてしまった魔法陣を見る。すると、すっかり光は弱まっている。そして、魔法陣の前でパンダのぬいぐるみを持つ少女が詠唱をしている姿を見つけた。 「ひょっとして……時間切れ?」 「たゆちゃん、お化けって、怖いね。でも、よすかね、負けないんだ。 奏でる音が、一方通行、って知ってた時、面白かったよ……。 ばか、みたい、っておもって。ほら、よすかが、甘い夢を、みせたげる」 そして、氷の雨が降り注ぐ。 今までの送り火に囲まれていた戦場に、癒しを与えるかのように雨が降り注ぐ。 「悪い人は、お家におかえり?」 ● 戦いの終わった五稜郭で、不良神父鴻上聖はぼんやりと空を眺めていた。 「まさか、再度悪魔祓いをすることになるとは思いもしませんでした。……まぁ、悪魔祓いというよりは悪魔狩りみたいなものですけどね」 聖句も聖水も使わず、暴力で追っ払ったようなものだ。 ま、結果オーライだ。 「土は土に、灰は灰に、塵は塵に、永遠の生への復活を信じ願いつつ。 その死、二度と徒に弄ばれぬよう……」 そして、聖は操られていた死体を葬るために、またゆっくり歩きだすのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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