● 少女がその剣を手にしたのは自己暗示であったのだ。 強い、負けるわけにはいかない、誰よりも一番であれ。 死ぬか生きるか、ただ其れだけしかない。二択しかないと言うのに彼女はその選択肢から外れてしまった。 戦いで負けながら生き延びてしまったのだ。 少女は後悔した。負けてまで生き長らえる訳にはいかぬと剣を握りしめた。 誰かが、殺しに来いと言った。 誰かが、次は戦いましょうと言った。 生きるか死ぬかしかないならば、この剣に込める思いはただ一つ。 いざ、戦おうぞ、この命を掛けて。 少女が剣を振るったのは己の無知さを知ったからだ。負けるという事実がそこにはあった。 少女が剣を握ったのは再度戦いを挑む為だ。負けてまで生き長らえる己を恥じたのだ。 少女が人を殺めるのは己への自己暗示だった。強いと云う暗示があれば己はまだ立ってられる。 橘花は刃を振るう。辻斬りは散々し飽きた。 人の命を弄ぶ下郎の真似では無く、己の力を誇示するために。 「さあ、行こう。私が誰かに負ける事はなく――」 ● 枳殻(からたち)の棘が鋭いと言うのは良く聞く話だ。『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は緩く笑って「お願いしたい事があるの」と告げる。 猿のぬいぐるみのリュックを背負った少女と共に移る『辻斬り』の少女の姿。切り揃えた髪が美しい剣林のフィクサードだ。 「こちら、芳村 橘花。負ける事を良しとせず何よりも勝利を求める剣林のフィクサード。 サルの方は雨宮・宙。此方も剣林のフィクサードね。この二人――いいえ、橘花の辻斬りを止めて貰う事が今回のお願い事なのだけど……」 少し事情がありまして、と世恋はリベリスタを見回した。 「橘花は妄執に取りつかれているわ。これ、戦う力を増強させると言う剣なのだけど……宙が家から拝借してきたものね。こちらの剣に取り憑かれ負けるまで戦い続ける、という状況な訳です」 お分かり頂けるかしらと困った様に世恋は云う。 彼女は己の実力を試す為に辻斬りを行っていたのだそうだ。そのうち、負ける事を良しとしない――敗退を是としない精神が剣にも移り、勝ち続ける限りは敵と見做した相手を殺し続けるらしい。 「橘花は簡単に云えばダメージを与える事に特化している。典型的なデュランダルね。 けれど、その能力を増強するアーティファクトと、そのアーティファクトから醸される『エリューション』が厄介になる。エリューションのフェーズは3。中々強いのが1体ね」 写真をとん、と叩いた世恋の表情が曇る。厄介な敵だとは思うけれど、と呟いた後に困った様にリベリスタ達を見回した。 「剣林である以上、彼女が勝ち負けに拘るのは仕方がない。全力でぶつかって、そして彼女を殺(負か)して」 どうぞ、よろしくと告げる声は少しばかり震えていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月15日(日)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 可愛い子は大好きだった。勿論それが『残念な』山田・珍粘(BNE002078)――那由他・エカテリーナの趣味であったとしても、重要な事だった。 次は抱きしめると決めて居た相手の過激な反応。少女らしいと云えばそうだろう。非常に少女らしく、非常に少女染みた『可愛らしい』反応だと那由他は称して居る。しかし、それを受け入れ難いのもまた事実だろう。『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)にとっては歩みを止める意味が理解し難かった。 「……勝利か」 杏樹とて負けたくないと思うのは勿論なるだろう。敗退を期してそこから成長することだってある。それは百も承知ではあったのだが、底から暴走を呼んでいるとなればままならない。言葉を尽くせば、世界を変える事が出来るのかと『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)とて祈りを込めた事だ。止められるならばと一人で指を組みあわせたことだってあった。凶行の中に理性があるならと。 ――フィクサードだって、人なのだから、と。 「フィクサードは人であっても、欲望を優先するからフィクサードなのでしょう。 私達がやるべき事柄は――止める事。あの時の敗北が彼女に妄執を取り憑かせたのであらば」 ぎゅ、と果てなき理想を握りしめる指先に力が込められる。大きな金の瞳に宿すのは何処か獰猛な野獣の気配さえも感じさせる。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は何処までも真っ直ぐな若者だったのだろう。勿論、それは『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)にだって言えた。 どうしてこの場に自分が居るのか。『あの時』、彼女に敗北を知らしめた時に己を殺しに来いと言ったのだから。 (……お父様、お母様、どうか、私達を守って……) 組み合わせた指先から希望が零れる様だった。己の力を確かめる辻斬りは自分の事しか見て居ない。他の誰も見えないソレに『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は納得する事はできなかった。他の何らかも視界に収めずに奪う行為は『人の命を弄ぶ下郎』以下ではないだろうか。その様な言葉を『女の子』が使うとは思ってみなかったと淑子はふるふると首を振った。 「ふむ、相変わらず余裕がないな。同じ事を繰り返し鹿脅しもどきか? いや、浅い意地の空頭は軽い音しかしないか」 「……待ってたぞ、リベリスタ」 喉の奥で小さく笑った『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が耳を済ませれば、少女の砂利を踏む音がする。切り揃えた髪が揺れる。ユーヌの眼が『遊びを見つけた様』に輝いて見せた。 「勝つか負けるか、生きるか死ぬか。剣林のそういう分かり易い所、えぇと思うわ」 頷きながらも、Retributionを握りしめた『グレさん』依代 椿(BNE000728)は橙の瞳を細める。この場を照らし付ける火の様に薄ら赤く光る瞳を見詰めて、剣林のフィクサード、芳村 橘花は小さく唇を歪めた。 「褒められるのは悪くはない。だが、殺しに来たのだろう? リベリスタ」 「終止符ってのは何時も突然や。弱者と強者。どっちも存在してる。強者同士の戦いやったらえぇけど、辻斬りはあかん。弱者を手に取っても何も得るもんはないで――敗退・イコール・死になってしまうんは不服やけど」 終わらせよか、と告げる『強者』の声は、都市伝説にもなった事があるほどに強く、囁く様であった。 ● 地面を蹴り、ユーヌは小型護身用拳銃を手に滑り込む。意識を持つ人間では無い、ただの妄執の塊の前に立った彼女の唇がつり上がり、その背後に立っている『射手』へと意識を向けた。 「家出が好きだな。ふらふらと。意外と悪趣味だったようだな。捻くれ曲がる友人を間近で眺めて放置してるとはな」 小さく笑ったユーヌに雨宮宙は首を傾げて笑う。友達が望むからやっただけだと言う悪意なき言葉を聞きながら、投擲されたフラッシュバン。宙を庇う様に剣林のフィクサードが立ちまわる。どれも彼女の友達だろう。後衛の少女を見詰めるのは杏樹だった。何処か優しげでありながら獰猛な獣を思わす瞳はシスター然とはしていない。 「剣林の射手と会えるのは幸運だな。……ゆっくり話してる暇がないのは残念だ」 魔銃バーニーは照準を定めようとする。シューターとしての集中領域はその視界をしっかりとさせていく。コマ送りの世界に捉えたのはまだ年端もいかぬ少女だった。宙が構えた短銃。季節外れのマフラーに埋めた唇が「楽しい」と告げる様に小さく歪められている。 「さぁ、戦場を奏でましょう。殺(負か)す事でしか止まらないのでしたら相応しき逸脱と、その証明を差し上げましょう」 果てなき理想が掲げられ、彼の一族が築いた証明が其処に広がった。戦奏者は何処かの少女の口にする言葉を告げる様に唇を歪めて小さく笑った。 ――私達の名に敗北は無い。 「勿論、敗北(死)は有りません。しかし、死を覚悟して戦いに臨むのは普通の事。 死ぬまで戦うと言うのは自棄の様に思えますけどねー? それは、貴女の誇りなのでしょうか?」 笑いながら爪弾く魔弓。橘花の想いの具現化。その剣が語る声を聴きたいと那由他は一気に接近した。長い髪へと狙いを定めた疾風の居合い。痛みを具現化させる術を使用する闇の領主を見据えながら椿はその幼く見えるかんばせには似合わぬ煙草(アイテム)を燻らせて、簡易護符手袋に包まれた掌へと力を込める。 「橘花さんも気になるんやけど――うちには別の仕事があるようやなぁ」 結いあげた灰色の髪が陽を受けて何処か銀にも煌めいた。関西の地方の訛りが強い口調に興味を示したのか輝く瞳を向けた宙に小さく笑った椿を支援する様に小鬼は彼女の周辺へと立ち回っていた。 「私ね、許せない事があるわ。人を、殺す事よ」 華奢な少女の体躯には似合わぬ斧。ぐわりと持ちあげられたそれは多角的な攻撃を得て一気に橘花へと襲い来る。淑子が行く手を遮るダークナイトの黒き瘴気が周囲に広まっていく。その闇に揉まれながらハイ・グリモアールを開いた恵梨香は四色の光を纏わせて一気に貫いた。 見過ごした自分の所為か。任務を忠実に守る自分らしくない、甘い考えだったと言うのか。 (もう迷わない――) 凶行は何時だって得善だった。命令通り終わらせよう。彼女等の美学や矜持は意味もない。いっその事だ、全員を殺してしまえばいいんだから――! 「任務遂行します」 恵梨香の瞳に込められた殺意は普段の少女らしさを一気に殺して居た。彼女たちそれぞれの思惑を知りながらも、剣を抜いた拓真の瞳は唯、特別な色を宿して居た。感情を語る事は無く、勿論、騙る事もなく。 「……誠の双剣、新城拓真。芳村橘花、これが最後の戦いだ」 抜かれた鞘は放られる。双剣はしかと対象を目指して居た。踏み込みながら彼が宿す破壊神の意思(オーラ)。何よりも全力を込めて。剣が鞘に収まる事は無い。戦いが終わるまで、その剣は血に汚れ、肉を断ち、正義を貫き通すまでだ。 「誠の双剣か――正しいと思う正義が為、人を殺せ、新城拓真!」 荒げられる声に、青年は踏み込んだ。切っ先が真っ先に拮抗する。砂利が擦れる音がすると同時、砂が撒き上がり、周囲を覆う様に広がっていく。 吟、と。 ただ、ぶつけ合う切っ先を聴きながら広がる黒き瘴気はまさしく少女の想いの塊であった。己たちを癒すすべなく、唯、『信念』を曲げぬ様にと祈る声しかそこにはない。 「想いをぶつけて下さい。私は那由他。貴女の想いをぶつけてみてください」 悩み苦しんで出した答えであればそれは祝福するべきだと那由他は笑う。『棘の代償』と橘花の両者を一気に狙う中で、他のフィクサードが攻撃を続けていく。 回復手を担う宙の行動を阻害したユーヌが唇を歪める。同時、椿はその足を止める様に魔弾を繰り出した。絶対有罪を告げるのは『その信念』へだろうか。 「常に一番に居続けるには確かに負けたらあかん、そうやろうけど、常に一番を目指すんやったら負ける事も糧になる筈なんや」 「でも、きっかちゃんはそれを望んでなかった!」 宙さん、と掛ける声にギッ、と睨みつけるように目を細めた宙は椿を唯、力なく睨みつけるだけだ。くつくつと悪態をつくユーヌは表情も浮かべぬままに長い黒髪を揺らして手を翳して居た。 「ほら、遊ぼうか。カランコロンと軽い頭を響かせて、鬼さん此方、手の鳴る方へ。お子様の子守に丁度良いだろう」 囁く声にフィクサードが誘われる様に走り出す。全ての攻撃がユーヌに集まっていく。底に支援を送る様に締めつける椿の眼は何処か、不安を抱えている様だった。のんびりとした椿は『自己暗示』の煙草を唇で弄ぶ。何かを咥える事で安心する。今は戦っていると思いこませる事が出来るニコチンの力は偉大だ。 「勝ち負けにこだわれるのは、一種尊敬できる部分ではあるんやけど、負けるからこそ得られるもんはあるんやないの?」 「負けて何を得れるって言うの!? 負けて、ああなったってのにっ!」 叫ぶように告げる宙に椿は首を振る。負けることだってきっちり成長に繋がるのだから。そうだと知っているからこそ、その足を止める訳にはいかないと椿は知っていたのだから。 「他人の痛みをお知りなさい。痛いと感じて、それは誰もが感じることなのだと、それを知りなさい!」 「だから、だから何だと言うのか……! 負けることで、感じる心の痛みはどうすればいいのか!」 叫ぶような橘花の声に、淑子は返す言葉もなく、小さく、唇を噛み締めた。相対する拓真の手がglorious painから流れる様にBroken Justiceへと持ちかえられる。嘲笑う魔女の顔を打ち消す様に受けとめた橘花の切っ先。 「俺は、ずっとずっと戦って居たい。この戦いが終わって欲しくはない。彼女の様に『死』への憤りでは無い、この闘争への楽しみを見出して居るんだ」 減らず口を、と吐き出される言葉に拓真は笑う。踏み込んだまま、黄金の剣を握りしめた右手がガンブレードより前へと先行する。コートが翻り渾身の力を込めた攻撃が橘花の指先を振るえさせる。 「永遠は無い。終わりが来るのだと言うならば、終わらせよう。他らならない、俺の手で!」 「お前を殺す事が出来ればどれ程最良の結果が得れるだろうか! 敗北を感じずとも生きていけるのだから!」 どれ程までに焦がれたか。剣士が痛みを感じなかった訳ではない。苦しみが、胸を劈く様だったのだ。 那由他が告げたのは彼女の本質を見抜いたからか。――敗北という仕打ちが耐えられなかったのだろうと言う言葉は見透かしたようではないか。 「死して無価値な命か。死にたいならご自由に。介錯が欲しいならして遣ろう」 ユーヌの言葉に橘花は小さく笑った。 ● 宙さん、とミリィの叱咤する声が飛ぶ。何時も家からアーティファクトを盗み出す困った少女を叱る様な声に少女が肩を震わせれば、その横をすり抜ける様に、杏樹の星屑の弾丸が周囲を巻き込んで言った。 「流石に武闘派相手だときついな。止めてやる、だから、此処で止まれ!」 魔銃バーニーが生み出す星屑は杏樹の祈りその物だ。牙をの覗かせる。護るために悪足掻きし続けた、敗北を知っても、手を伸ばす事を辞めなかった。 杏樹の指先は橘花に向けられる。回復手の宙を封じる事に成功していたリベリスタに取って後は削り合いであった。 「……矜持なんて、此処には無い。私は任務を遂行するのみ」 ぎ、と睨みつけた恵梨香の結いあげた髪が揺れる、身体を反転させるように、撃ち込んだシルバーバレット。貫かぬ様にと気を配ったそれが仲間を避け橘花の体を貫いた。 だが、それ以上では無い。後衛から強い術を使う事の出来る恵梨香を狙う様にダークナイトの攻撃が降り注ぐ。無論、支援を行うと言っても攻撃を得意とする剣林の宙の弾丸も恵梨香の殺意に怯える用に降り注ぐ。 血を拭い、彼女の膝が震えれば、ちらりと視線を送った那由他が小さく笑みを浮かべる。抱き締める様に両手を広げ、沸き上がる黒き瘴気。 「可愛い子のそんな姿を見たら、嗚呼、抱き締めたくて堪らなくなります。是非、私の漆黒の想いも受け取って下さい、ね?」 こてん、と首を傾げた那由他が笑う。沸き上がる黒き瘴気が周囲を抱きしめんとする中で、その黒き瘴気の中を走る淑子が地面を蹴る。 痛みなんて、死ぬ事なんて、『何でもない』のかもしれない。だって私はそれを知らない―― 命が大切だと知れるなら、彼女が誰とも知らず殺してきた人達への、せめてもの―― 想いを称えて斧を振るえば、それは橘花へと届く。それでも、攻撃を受ける淑子は唇を噛み締める。ユーヌの影人は庇う様に立ち回れど、長くは持たなかった。無論、アッパーユアハートを使用している場面での彼女の消費は激しかった。 しかし、その戦場を支える人がいた。指揮棒を振るう人が、弾丸を撃ち出す人がいた。 「――貴方はその姿を見る為に剣を託したのですか?」 「きっかちゃんが、喜べばいいと思った。きっかちゃんが全てだったのに!」 荒げられる声にそうですか、とミリィは目を伏せる。周囲を焼きつくす様に広がる炎。フェーズの進行したエリューションを相手に戦い続ける那由他の足が一歩後退する。傷を負いながらも笑う彼女を支援する様に、背後からぴょんと跳ねあがった椿が笑えば、宙の行動を阻害し、より戦い易い様にと計らった。 「あんまり『悪い事』したらあかんな?」 その言葉に橘花が反応する。互いに傷だらけ――橘花の方が攻撃を受け、ボロボロにはなっていた――両者共に振るえる足で攻撃を続ける中、拓真の手に力が籠る。 強くならなければならなかった。祖父の様になりたかったのだ。あの人の様に強く、誰かを守れる人になりたかった。 それゆえに望んだ。誰よりも、強い剣士になりたいと。護る力を持った祖父の様になりたいと。 「芳村橘花、どうだ。――楽しいか? この戦いは」 「……ああ、楽しいよ」 囁く声に杏樹が目を伏せる。流れる滴を力に変えろ。足掻け、手を伸ばせ、貪欲に不格好でも、何処までも走ればいい。 それは蒼い涙か、それとも滴る血であるか。銃を握りしめる手を止めないままに杏樹(シスター)は笑った。 力だけでは救えないとどちらも知っていた。力で救える物が居る事も知っていた。 足掻け、と言葉を吐く。貪欲なリベリスタは何処までも強くなればいい。力を手にすればいい、ただ其れだなのだから。 「私は、諦めない。何時か『あの人』を殴るつけるまで、足掻いてみせよう!」 ――Amen! 棘差から離れる手。咄嗟に反応したのは誰よりも戦場を見詰めていた杏樹だった。真っ直ぐに飛ばされる射撃が彼女の手が届く範囲から棘差を奪い取る。血に錆び、歯が掛けた日本刀を喪った橘花が睨みつけるように拓真を見据える。 一対一、押されるままに。踏み込んだ身体を反転させて、拓真は真っ直ぐに生と死を分かつその切っ先を振り下ろした。 身体を真っ二つにする様に剣が肩に食い込む。其の侭力を込められる其れが鼓動を刻む箇所に行きつくまでの数秒。 にたり、と唇を歪めた剣士は最後の力だと振るえる手で拓真の剣を掴む。掌に食い込む剣が、肉に食い込む感触が、互いに伝わっていく。 「……楽しいか?」 終わりにしよう、と囁く声に、宙が目を見開いて弾丸を撃ち飛ばす。ソレは降り注ぐ雨の様に。まるで、花盗人が『花』に魅入られ手折った時の様に、魅了を含んだ弾丸が周囲へと広がり出す。 「今更泣き喚いても遅いぞ。終わりだ」 ユーヌの言葉に重ねる様に淑子が落ち付き払って光りを仲間達へと与えていく。 とさり、と倒れた橘花の体から、ひゅう、と漏れだすのは肺が鳴らす呼吸音であろうか。拓真の眼がじ、と向けられる。ぐらりと視界が眩んだ気がして青年は目を閉じた。 ● ――。 ――さん。 寂しいと、泣く声が聞こえる。強さが、ただ負けない事が証明だなんて寂しいと告げる声がする。 戦いを続ける宙が名前を呼んで一歩引く。逃がさないと恵梨香は手を伸ばしても、彼女以外に宙を足そうとする人間は存在して居ない様に見受けられた。 ただ、真っ直ぐに橘花を倒すと決めて居たのだろう。恵梨香は彼女たちの事は『唯の書類』でしか見ないままにしておこうと思った。アークの携わった事件の、犯人だっただけだ。 ――橘花さん。 囁く声は、憤りを感じさせる物と重なっていた。あの桃色の瞳の少女は何処までも真っ直ぐに人を想っていた。だからこそこの行いに胸を痛めたのだろうと小さく思う。 「哀しいの、悔しいの。私、怒ってるだけなの……。誰だって生きて欲しかったんだもの……」 女の子は、優雅に。けれど、戦闘で傷ついた足がふらついてしまうのはなぜだろう。スカートの裾が砂に汚れていく。薄汚れて、汚らしくなっていく。ああ、お母様に怒られるかしら。お父様に呆れられるかしら。 膝に力を込めて、逃げる剣林の背中をぼんやりと見詰めた。 「記憶に残るのも嫌いなのでしょう? なら、せめて今この時だけ、賞賛を送らせて頂きましょうか」 那由他が囁いた時、うっすらと少女の眼が開いた様に見える。剣士は唇を開く。 遠くで名前を呼ぶ声が聞こえたのだろう。那由他はそっと少女の指先を絡め、小さく笑う。落ちていく掌に賞賛を送ろう。 君へ、『本当の剣士』だといえば怒るだろうか。忘れないと云えば怒るだろうか。 「おめでとう、貴女の生き様はまるで剣のように儚かったですよ?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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