●鏖 「無駄な殺しをするな。だが、アークが温けりゃその辺の人間殺して本気にさせろ」 「宜しい魔神王。無駄ではなければ殺して良いのだな。殺す」 ――鏖の悪魔に「殺すな」など。地球に「回るな」と言うようなものだろうに。 「殺す。死ね。死ぬが良い。死んでしまえ。よって殺す。故に死ね。全て死ね」 何もかも、何もかも。目に付いた全てを皆殺すべし。両手に剣を携えて、その悪魔は獅子の様な色を湛えた魔神王の眼差しを思い出していた。嗚呼、殺したい、殺したい、あの白い首が欲しい。あの赤い心臓が欲しい。命令に忠実に従えば隙を見せるだろうか。見せたら殺そう。殺してやろう。殺してやりたい。全部殺す。皆殺す。 「我が名を聴け。そして死ね」 命令したのは魔神王。殺せと言った。確かに言った。だからそうする。無駄な殺しなど一つとてない。己はいつだって全力を尽くす。そうでもしないと退屈すぎて死にそうだ。ああ殺そう。 「我が名を讃えよ。そして死ね」 この胸にあるは渦巻く様な破壊衝動。嗚呼、息をするように。生きるように殺すべし。 「我が名を恐れよ。そして死ね」 遥か眼下に殺し合う者共が見える。極限の不和、剥き出しの敵意。あらゆる『友好関係』が崩壊した人々が歯列を向いて殺し合う。罵り合う。良い景色だ。さぁ殺せ、殺し合え、死んでしまえ。 「我が名こそはAndras.30の軍団を指揮する序列63番の地獄の大侯爵なり。鏖の悪魔なり。不和の堕天使なり。そして死ね!」 ●『悪魔』 「緊急事態ですぞ!」 慌しく、余裕無く、苦い色を顔に滲ませた『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)が早急に資料を広げつ言い放つ。 九月十日。これの意味を、知らぬリベリスタは恐らくこの場には居ないだろう。 九月十日。それは『魔神王』キース・ソロモンとの『約束の日』。 「同時多発的に魔神王が仕掛けてきました。現場は各地の城や古戦場――『戦いの場が好きだから』だそうですよ。私が担当させて頂きますは奈良県が郡山城」 メルクリィの背後モニターが起動し、映し出されるのは城の名残である天守台――そこに、居た。魔神王が使役する『ソロモンの72柱の悪魔』が。 それは鳥の頭部をした屈強な天使。血の様に赤い翼。禍々しい程の鋭さを持つ大剣を両手に携え、巨大な黒狼に跨って。 勇猛な。けれど、映像だというのに寒気を覚えるほどの――『害意』。 「ソロモンの72柱の悪魔が一、『30の軍団を指揮する序列63番の地獄の大侯爵』アンドラス。 能力は『不和を齎す』。アンドラスは召喚者に敵を皆殺しにする方法を教える一方、隙さえあれば召喚者を仲間共々皆殺しにしようとします。 尤も『本体』ではなく、ゲーティアの力によって顕現した『端末』ですがね。 しかし決して油断してはいけませんぞ。序列が下から数えた方が早い『63』だからといって舐めてかかるのも禁物です。いいですか、アンドラスはソロモンの悪魔の中でも屈指の危険度を誇ります。能力も強さも厄介ですが、何よりその気質。アンドラスはとにっかく破壊的で狂暴なまでの破壊衝動を無限に持ち合わせております。ですが『理性的ではない』と言われれば答えはNO。善の逆をする事こそ至高、文字通り『悪魔』の様な存在ですぞ」 その恐るべき悪魔が郡山城で何をしているのか。 「……アークの同盟である地元リベリスタが殺し合っております。否、殺し合わされております。それも、周囲に居た多くの一般人と共にね」 アンドラスの力は不和を齎す事。それがもう十二分な説明だろう。 「現場自体は超高度な魔術陣地が展開されており、見た目自体は変わっておりませんが不必要な存在は排除されており神秘秘匿に関しては問題ありません。 ええ、本来はその筈なのですが……説明した通り。アンドラスが『勝手に』周囲の一般人を大量に陣地内へ引き込んでしまいました。時村の力で郡山城周囲を封鎖しこれ以上一般人が介入する事は防ぎましたが……」 陣地内は正に惨劇、地獄絵図。互いに互いが血塗り合う。そして悪魔はをれを恍惚と見下ろしているのだ。不和をばらまき、「もっと殺せ」と。 「不和状態となったリベリスタと一般人を無力化すれば惨劇自体の収拾は付きます。皆々様に課せられたオーダーはそんな彼等を無力化する事! 陣地の外へ運び出せば確実に安全ですが……敷地内は広く、些か容易ではないでしょうな。時間と共に被害は増え続けます。どちらの『安全策』を取るかは皆々様に委ねましょう。 それから……不和状態のリベリスタの皆々様は傷によってはフェイトを失いノーフェイスになってしまう可能性もございますぞ。そうなってしまった場合は……、彼等を倒さねばなりません」 下劣とはこう言う事を指すのであろう。正に悪魔の所業。ただの敵ならばどれ程良かっただろうか。殺し合いを止めさせる為には仲間に対して『力尽く』でやらねばならず、その結果仲間を殺さねばならない状況になってしまうかもしれず。 メルクリィは奥歯を噛み締める。分かっている。視てしまったから。そんな状況になったなら、アンドラスは腹を抱えて喜ぶのだ。 悪魔め。こんな罵りも、きっと『悪魔』は大いに笑うのだろう。 「ご油断なく。アンドラスの能力は皆々様にも及びます。……決して飲み込まれてはいけませんぞ! 悪魔の不和などに皆々様の結束力が負ける筈がありません。応援しております。どうかどうか、ご無事で……!」 ●鏖鏖鏖鏖鏖 愛した人に覆いかぶさり顔が変形しても殴り続けている恋人など最高だ。 自らの赤子を鬼のような形相で絞め殺している母親など最高だ。 唾を飛ばして口汚く罵り合い互いの肉を抉り合う親友など最高だ。 憎しみと不信感と敵意と破壊衝動のままに殺し合う人間など最高だ。 我が兵団に追い立てられても尚敵意に叫び立ち向かい八つ裂かれる人間など最高だ。 最高だ。最高だ。最高だ。最高だ。最高だ。最低だ。最高だ。 「所詮我等は戦い合う宿命なのだ。友愛などと薄皮を向けばそこに真理があるじゃあないか。抗うな。我に委ねよ。殺し合え。全ては敵だ。そうだ、そこの、貴様。何故他者ばかりで己を疑おうとしないのか? 自らを疑え、その肉は裏切りだ、その魂は裏切りだ、貴様の敵は貴様自身だ、自らを裏切れ!」 指差し、宣告。悪魔の言葉に人間は迷う事無く己が額へ拳銃を突き付けた。自らにヘッドショット。意識が弾が切れるまで。 悪魔は笑う。壮絶に。手を叩き、額を抑え、大口を開き。 「くく。くはは。はーッははは退屈しないのは素晴らしいなこの世界は素晴らしいな嗚呼魔神王に光あれ全部全部死んでしまえどいつもこいつも有象無象の一切合財支離滅裂になにもかも」 そして悪魔は『こちら』へ指を突き付けて。蛇の様な舌を出しながら、真っ直ぐ真っ直ぐ『こちら』を見ていた。 「そう、『貴様』もだ!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:51 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 百、千、万、億、殺せど殺せど未だ足りぬ。 ●悪魔の宴 奈良県大和郡山市、郡山城。 いつもそこにあった平和と安寧は今、完全に崩壊と成り果てていた。 人が、人が、人が。憎み合い、血塗り合い、殺し合う。 「え゛ぅう゛あ゛アアァアアごろじてやるころじでやぁあある゛ゥあ゛ああ」 理性をなくしたケダモノの咆哮。白目を剥いたただの人間。それが、アークリベリスタ隊の先陣を切る『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)へ、折れて骨の飛び出た腕を振りかぶる。そこを飾る銀色の腕時計が、キラリと光った。 ふわり。けれどそれが振り下ろされる前に。通り過ぎる残像一輪。白にも黒にも成れない灰刃Haze Rosaliaは、血の通った人の咽をするりと撫で斬ろうとも返り血一滴すら着かず。 「……素敵な時計ね」 背後で血飛沫、頽れる音に振り向きもせず、手向けの言葉を一つ放ったエレオノーラは脚を止めない。 不和の、悪魔。この、これらの、異常事態は悪魔の仕業。そしてそれを『台無し』にする事が、リベリスタ達の使命だった。 「不和を煽るか。めんどくせぇことをするな」 まあ、それがソロモンの魔神のやり方、てことか――『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は漆黒のコートを翻し、仕込んだ暗殺刃で次々と襲い掛かる一般人を切り伏せる。きっと、悪魔は自分達が一般人を殺す事を楽しんでいるのだろう。嗚呼、癪だ。好き勝手されるのは。 「魔神からすれば矮小なのかもしれないが、抗わせては貰おうか」 不敵に笑う。だがその裏で、冷や汗が吹き出る程に感じていたのは『吐き気を催す程の死の臭い』だった。直死嗅ぎ。生々しいまでの悪臭。 そこかしこから感じるのだ。そして、今もちりちりと。今はまだ遠いからか直接影響が現れる事はないけれど、精神の違和感。不快感。 「少しでも和んでっ」 抗う様に心を落ち着かせるオーラを発するのは『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)。それは少し、ほんの少しだけれども、理性にとっての鎧となる。深呼吸一つ。キッ、と。感情を押し殺した緑の目で見澄ますのは行く手を阻まんと怒声を上げながら襲い掛かってくる一般人へ。ふわふわの羽を羽ばたかせ、放つのは魔法の風。それは力を持たぬ人々の肉を裂き、四方八方へ血肉と骨を撒き散らす。神秘の力は、そうでない者にはとてつもなく圧倒的だ。 しかしそれは決して喜べる事ではない。せり上がる気持ちを押し込めるように、ニニギアは奥歯を噛み締める。 すごく、ずごく、辛いけど。ちゃんと、やります。やらないと。 彼女を始めとした5人のリベリスタは西門から侵入し、不和に狂い襲い来る一般人を薙ぎ倒しながら進んでいた。分かっている。こんなの、褒められた行為じゃない。こんなの、悪魔が喜ぶだけ。正義の味方が護るべき者を殺戮しているだなんて。けれど。そうする他に、なかった。あれもこれも救わんと手を伸ばせば――蜘蛛の糸は、切れてしまう。これが正解なのだ。きっと正しいのだ。そう言い聞かせ、言い聞かせ。容赦なく、仕方なく、粛々と。殺してゆく。 「ごめんは言わない。貴方達を救わない上に、犠牲にするのは確かな事実だから」 血に濡れても、私はいくよ。『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)の目に迷いはない。頬に血が散った。他人の血だ。自分達が殺した者の血だ。また一人、刃に切り裂かれ。なんとも脆く。一方的過ぎる殺戮。一般人がどれほど束になっても、たった5人のリベリスタも止められないだろう。楽な戦い。心情面を一切排除すれば、確かにそう言えた。 私は、私を成すべき事を。迷うな、迷うと悪魔につけ込まれるぞ。深呼吸一つ、神秘の力を練り上げて放つのは滅びを示す紅い月。一面に、360度、一人も残さず、何も残さず、死体ごと奇麗さっぱり跡形もなく吹っ飛ばした。 「――こちら外周班。現時点では問題は何一つ無い」 そう、何一つ。片割れの仲間達へ『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)は冷静な声で連絡を送る。その口元にべったりと血が付いているのは、足元に肌を蒼白と赤で染めた人の死体が転がっているのは、つい先ほどに彼がその者の血を貪ったからだ。舌の上の鉄の味。口唇を染め上げるぬめった色を手の甲で拭った。 愛する者が殺し合うより化物に殺される方がましな最期だろう――そう思おう。一人一人に黙祷している暇はない。謝罪も懺悔もやるなら後だ。 「全く悪魔好みの諧謔だ」 反吐が出る。けれど不快を顔に出せば悪魔が喜ぶだろう。粛々と無表情。視線を遣る。西門から入ったばかりの時は一般人ばかりだったが、『目的地』が近くなってきたからか――殺し合うリベリスタが二人。 伊吹は再度、彼方の仲間に声を贈った。 「武運を祈る。後で会おう」 「了解。――そちらも、御武運を」 同刻。桜門より進入を果たした残り5人のリベリスタ。 統合型戦術補助デバイス、論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」に接続されるインテリジェント端末『i-Ris』より聞こえる仲間の声に、応えたのは『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。オフロードトラック【走破】を、超越した運転技能で操り弾丸の如く走らせる。 どん。どん。車体に伝わる鈍い衝撃は、恐慌状態の一般人を撥ね飛ばし轢き殺す音だ。伝わる、熱感知。次々と。けれど、彩歌がブレーキを踏む事はない。踏む事は、許されない。 「あっちの道だ!」 そんな彼女をナビするのは、千里を見渡す視力を活性化させた『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)だ。返り血のこびりついたフロントガラスの先の道。この身に満ちるは衆生の想い。 この身が願うは衆生の救い。 この身が纏うは衆生の誓い。だけれど。選択したのは、非情な道。一般人を『敵』と断定し。身に纏うそれとの矛盾、何たる皮肉。 また一人が撥ねられて――全身を滅茶苦茶な方向に圧し折られたそれが、血を撒き散らしながら後方へ転がっていく様を横目に。高いバランス能力で車体の上に立つ『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)は唇を噛み締める。感情探査が上手く働かないほどの濃密な殺意が破壊衝動が満ち満ちている。そして日常や子供が壊されていく事ほど、少年が不快な事は無かった。そんな状況を目の当たりにして、一般人を一方的に殺しまくりながら、いつもの笑顔を浮かべるだなんて出来なかった。その辺の殺人鬼より、フィクサードより、今、自分達は『ただの人』を殺している。 「から揚げにしてぇあの鳥野郎」 不愉快極まりないぜ。吐き捨てる呪詛も憎しみも、全ては『元凶』たる不和の悪魔へ。 「ああ、全く同感だ」 応え、琥珀と同様に車体に乗っているツァイン・ウォーレス(BNE001520)が暴徒鎮圧用麻酔銃White outを発射する。また一人の一般人が倒れこむ。 (治るか分からんが望みがあるなら……) 不和。それがどういったものか、『悪魔が作った玩具』だがツァインは知っている。かれこれ2年近く前の話だ。可能な限りの速度で進む車に居る以上、倒れた一般人を回収する事はできないけれど、せめて。せめて。死んだら全てがお終いだから。 全く悪趣味だ。車内、窓から『惨劇』を見る他に出来ない自分自身に、そして状況に、悪魔に、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は苛立ちを隠せない。 そんな最中、フツの目が前方にて一般人を殺しまくるリベリスタを二名発見する。 「同盟リベリスタだな……」 「……分かった。任せろ」 言下に車より飛び出して、猛は鉄甲で武装した拳を搗ち合わせる。飛び出したその先。車上の琥珀が投擲した神秘の閃光弾がリベリスタを、その周囲の一般人を強烈な閃光と轟音で拘束した。呻いて、蹌踉めいた同盟リベリスタへ。 「悪いがちょっと眠ってもらうぜ!」 踏み込んだ猛の鮮やかな一撃がリベリスタの鳩尾に突き刺さる。げほ、と呻き声。だらんと力の抜ける身体。 もう一人へは、車窓から身を乗り出した彩歌とフツが気糸と術符の烏を。鋭い精度の糸と嘴がリベリスタの両足をそれぞれ撃ち抜き、転倒したそこへツァインが盾で顔を殴って気を失わせた。 既に傷付け合い、傷付けられ、疲弊していたからか。同盟リベリスタの確保自体に苦労はなかった。だが油断は出来ない。もし、力一杯全力の攻撃をすれば彼等のフェイトが大きく削れてノーフェイスとなってしまう可能性だって有り得るのだから。 「先を急ごう。もうじき『目的地』に着くぜ。……皆、準備はいいな?」 同盟リベリスタを荷台に寝かせたのを確認し、フツが皆に呼び掛ける。だがそのまま続けて曰く、「その前に」と。 「先ずはあの『通せんぼ』を何とかしないとな」 言葉の先。ギィ、と甲高い声。空から舞い降りたのは不気味な姿をした異形だった。不和兵団、アンドラスが指揮する軍団、その内の一体。ギラリと鋭い爪が光る。 二つの班同士、密に行う連絡。それによれば、西門班も不和兵団と遭遇したらしい。目的地はもうすぐ、それを証拠に――ジリッ、と。脳に心に届く『侵蝕』。始まる『汚染』。不和の悪魔が近い証拠。 「人に怒る前に、まず自分に怒れ! 自分のやるべきことを忘れんじゃねえぞって。そうすりゃ、人にイラついてる暇なんかねえだろ」 フツは鼓舞と共に印を切る。モタついている暇はない。不和に脳が冒される前に。 まだ姿も見えぬと言うのに、不和の悪魔の殺意を感じた。ゾクッと、背骨にナイフを通される様な。ツァインは冷や汗を感じながらも剣と楯をしっかと構えた。 「分かってるけどさ、啖呵切っちまったんだよ。しょうがないじゃんか?」 倒す。斃す。車上から大きく飛び出し、声を張り上げ、躍り掛かって来た不和兵団へ剣を振り下ろす―― さぁ――これからだ、ここからだ。 ●悪魔の宴、2 薙ぎ払い、斬り倒し。 「ま、これで倒されてくれよ」 不和兵団の剣に肩口を切り裂かれながらも。奔る光、『5人の涼』が異形に致命的にして鮮やかな一撃を叩き込む。罰を与え戮殺する刃に八つ裂かれた不和兵団が塵となって消え果てる。 「こちら西門班。不和兵団を一体撃破。――速やかにそちらへ向かうわ」 油断なく刃は手に持ったままエレオノーラは桜門班へ連絡。合流地点である竹林門へはあと少し。あと少し。そして――見えた。往く手を阻む様に現れた不和兵団を粉砕し、同じく竹林門へ到達した桜門班が。 「お待たせ……!」 仲間へ手を振り、ニニギアは全ての味方に聖神の慈愛を降臨させる。吹き抜ける癒し。 そしてリベリスタは編成を変更し再度二手に分かれる。 一つ――エレオノーラ、ニニギア、彩歌、フツ、ツァイン、猛、琥珀。 一つ――瑞樹、涼、伊吹。 現時点で無力化し確保したリベリスタは四名。目標まであと七名。討伐した不和兵団は二体。残り八体。 作戦としては、前者がこのまま本丸へ向かい、後者が回収した同盟リベリスタを連れて撤退。 ニニギアが傷を癒し、彩歌が精神力を満たしてゆく。準備はできた。 早急に。急がねば。 刹那に、『ぱーん』と銃の音。 はらり、白い羽が散る。 「……!?」 エレオノーラが瞠目しつつ振り返った。そこには、こちらへ銃を向けている瑞樹。じわりと腹部に覚えた熱は、彼女が背後から放った弾丸がそこを切り裂いたからだ。 「瑞樹ちゃ――」 「う ああ うあああああ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」 恐慌に見開かれ、血走った目。乱射されるハンドガン。 「やめろ、不和に負けるな!!」 状況を逸早く理解したツァインが瑞樹を背後から羽交い絞めにする。けれど少女は怒り狂うオロチの如く咆哮を上げ、手当たり次第に銃をぶっ放す。 悪魔が齎した、不和……! (くそ……) 抵抗せねば。どれだけ抵抗できるか分からないが、やらねばならぬ。涼は訳も無く苛立つ感情を押さえ込もうと舌を噛んだ。痛い。何で痛いんだ。こいつらのせいだ。罪だ。ならば罰を与えねば。殺さねば。ころす。ころしてやる、ころし、こrskkこkころし、こここここここここころししししssssssssssssてやるrrややるやるるるるるるるる 「断罪してやる、生きる価値もねぇ世界のヨゴレ共がァアアア!!!」 苛立ちのままに己の舌を何度も何度も何度も何度も噛み締めて、ごぼごぼ血を吐きながら。向ける眼差しは狂気的なまでに殺意と敵意を滲ませて。光と共に放たれる五重の影が琥珀を襲う。二度に渡って。 「っッ――気を確かに持て!」 深く深く切り裂かれながらも、琥珀は彼にフラッシュバンを投擲する。閃光。動きを縛り。 一方の瑞樹も、押さえ込むツァインを振り解かんと暴れていた。けれど、彼女がスキルを使わなかったのは。アークトップクラスの命中精度を持ちながら弾丸を『直撃させていない』のは。 瑞樹の、銃を持った手とは反対の手。麗らかな陽光の様に光ったのは、福寿草が幾重にも重ねられた髪飾り。それをぎゅっと、ぎゅっと、握り締めている。 不和の種は誰の心にでもある。それは否定しない。 けれど、それを抱えながらも上手く付き合っていくのが人なのだ。 「……負けるもんか……」 奥歯を噛み締め、身体を震わせ。目の端に温かく灯る、陽光<とわのしあわせ>。沢山の幸せに包まれますように。脳裏を過ぎるは、大切な人の笑顔だった。 「舐めるな……他人の感情を利用するだけの悪魔が、人の心を舐めるな! 絶対に、負ける、もんかぁああッ!!」 振り払った。戻ってきた。打ち勝った。瑞樹は、その心の力で。悪魔が用いるのが状態異常ではなく心への作用なら、それに打ち勝つのもまた心。どれほど強くても、強い技が使えても、強い異形に深化しようとも、百戦錬磨の経験を積もうとも、『心』が無ければ――容易なまでに、負けてしまう。悪魔に飲み込まれてしまう。 「はぁ、いってぇ……げほっ」 手当たりしだいの仲間に猛攻撃を行っていた涼もようやっと正気に戻るが、まだ半分『もっていかれている』といった風か。何とかギリギリ正気を保っている。これ以上長居すればまた飲み込まれてしまうかもしれない。ズタズタになった舌から零れ落ちる血を拭い、「すまない」と仲間に一つ謝罪をし、瑞樹と伊吹に目配せ。 「……くれぐれも、無理はしないでくれよ」 残る7人に心配を押し殺した視線をやり、伊吹は幻想纏よりオフロードトラックをダウンロードする。救助者を乗せ、瑞樹と涼とそれに乗り込み、もう一度仲間に視線を送り。アクセルを踏み込んだ。 「さて」 離れていくトラックと、三人と四人の仲間達。その見送りも程々に、猛は視線を『目的地』に据え直した。 「往こうぜ。あのイラつく鳥野郎の嘴をへし折ってやる!」 拳を握り直し、七人は『立ち向かう』。 ●悪魔の宴、3 ぱち、ぱち、ぱち。 本丸に辿り着いたアークリベリスタを迎えたのは、一つの拍手だった。 「素晴らしい、Wonderful,Wunderbar,Bravo,Fantastico,Хорошо,Fantástico!」 一際高い、石垣の上。かつて城の在った天守台。 そこに、居た。赤い翼を大きく広げ。 ソロモン72柱の魔神。 30の軍団を指揮する序列63番の地獄の大侯爵。 敵も味方も遍く皆殺す破壊と殺戮の悪魔。 その名は。 「……アンドラス」 呟いたのはツァインだった。『あの時』に感じた悪意。それを、何千倍も濃縮した様な、存在。剣を我知らず握り直す。 それに構わず、アンドラスは『来訪者』を心から迎えていた。 「見ていたぞ、方舟。素晴らしい! 見事な殺しっぷりであった。良いだろう、圧倒的な力で一方的に弱者を踏み潰すのは! 弱った者を袋叩きにするのは! 楽しいだろう、楽しかっただろう、そうは思わないかね、ええ? 傑作だ、3日は思い出し笑いに苦労しない! 死ね!」 本当に嬉しそうに、悪魔ははしゃいで笑っていた。可笑しくてたまらないのか。腹を抱え嘴を開いて舌を出して手を叩いて。だがその目にあるのは露骨なまでに『悪意』と『殺意』だ。 「その働きに免じて、このアンドラスが貴様等を殺してやろうではないか。喜べ。今度は貴様らが『圧倒的な力で一方的に踏み潰される』番だ。ゆっくりしてゆきたまえよ。そして死ね!」 「話が無駄に長いのよ。簡潔に20字以内に纏める事もできないのかしら、『大侯爵』様?」 呆れた溜息、エレオノーラが肩を竦める。彼女、否、彼は人生の半分を不和を隠し秩序を気取る戦場で過ごしてきた。82年の月日を人として生き、断定する。『悪意の無い人間はいない』。不和は起きる。必ず起きる。ただし――悪魔の暇潰しではなく、己の意思において。 「不完全な儀式で召喚され秩序の極地である契約に縛られても、不和の堕天使を名乗るとは流石鳥頭風情。恥を知らないわ」 「あぁ、『契約』――素晴らしい『秩序』だと思わないかね? だからこそ壊したい、キース・ソロモンを殺したい、徹底的に貶めて穢して壊して崩して凌辱して殺してやりたい。飯は空腹な方が美味いだろう? 死ね!」 どうせ崩すなら砂の山より立派な宮殿。熟成させて丸ごとぺろり。なんて贅沢。 さて。手遊びの様にアンドラスは殺意の剣を無作為に振るう。奔る斬撃が、一人の同盟リベリスタの両手足を跳ね飛ばす。倒れて悲鳴。びゅうびゅう血潮。無い手足でじたばた。 「貴様等方舟は、しばしば殺し合う時にこう言うそうだな? ――『さぁ、遊ぼうか』」 「独りで蟻の巣にでも水を流して遊んでなさい」 と言いたい所だけれど――癪だが付き合ってやらねばならぬ。放たれた矢の如く、身体のギアを極限に高めたエレオノーラは飛び出した。その前に立ち塞がるのは堕天使めいた姿の不和兵団が一体、周囲に次々と血肉達磨な死体になっていく一般人の群れ。判断は瞬時。翼と刃を翻し、彼は光すらも返さない刃で時を刻み、時が経てども見た目の変わらぬ己の様にその時間を凍り付かせる。 氷像となった一般人が温かい肉に戻る事はないだろう。されどそれを免れた不和兵団が呪毒を纏わせた槍をエレオノーラへ振るう。襲い掛かる切っ先、が、彼の肌を、可憐で瀟洒な『衣装/衣服』を切り裂く事はない。完全に見切り軽やかに躱すその様は正に宙を舞う羽根の如く。 その同刻に同盟リベリスタが手当たり次第に撃ち放つ砲撃が、魔法が、刃がエトセトラが戦場を荒れ狂う。不和兵団も進撃を始めたリベリスタ達の往く手を阻む様に立ち塞がる。 同盟リベリスタの剣と、不和兵団の矢と。肩に腹に走った痛み。猛は「それがどうした」と口角を吊った。 「教えといてやるよ。喧嘩はよ、ビビッた奴が負けんだぜ?」 お返しだ。鉄の様に堅く、革の様にしなやかに。繰出す回し蹴りは『空を裂き』、彼の正面にいた有象無象に斬撃を叩き込む。ごろり。刎ねられた一般人の首が少年の足元を転がったが、気にかけている暇など何処にも無かった。 「悪意ね。人間なら、避けては通れないものだと思うけど」 超速で行う思考演算。彩歌は機械の目の奥で、ニューロンが思考の電気信号に打ち震えているのを感じている。ちり、ちり。 「それが本質だなんて、絶対に認めるわけにはいかないわ。それも、人間でない魔神になんて」 オルガノン、『Mode-A』、起動。複数照準特化の気糸が全身より放たれ、一般人の首を刎ね不和兵団の身体を穿ち同盟リベリスタの手足を鈍らせる。或いは、先ほどアンドラスに手足を殺がれた同盟リベリスタだったバケモノの咽を撃ち抜き死で終わらせる。 その近く、フツは高度に術を練り上げて一枚の符をヒラリと舞わせた。刹那、戦場に響くは神々しい鳥の声。赤い色。羽ばたきの音。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 擬似的に呼び出すは四神・朱雀。一網打尽に薙ぎ払う。『敵』を。 「死ね」 ぐりん。殺意の篭った狂った目で、瞳孔の開いた眼球で、フツが見たのはアークリベリスタ。同盟リベリスタ。不和兵団。一般人。『敵』。全部敵。敵は殺す。南無阿弥陀仏。地獄に堕ちろ。 「――!」 戦場が真っ赤に染まる。燃え上がる炎。全てを焼き尽くす劫火。灼熱に揺らぐ景色。 未だ天守台に居るアンドラスは笑っていた。奇しくも自分と同じ、『赤い鳥』が齎した光景を見て。 「どうだ、信じている仲間に思い切り攻撃される気分は? ああ、そもそも仲間じゃなかったのかも知れんな? スパイか、敵か? 勿論敵だ、ほら貴様等の目に映るそれは敵だ、全てが敵だ、殺し合え殺し合え死んでくたばれ!」 ここは不和の庭、アンドラスの領域。その存在が震源にして元凶。狂え狂えと誰しもの心に悪意の手が這う。 駄目だ、駄目だ、その誘いに頷いては駄目だ。ツァインは首を強く振り、迫る不和を跳ね除けるようにニヤッと笑った。 「よぅ不和野郎、直に拝ませてやるぜ! これが……クロスジハードだぁぁー!!」 燦然と、聖なる光が仲間たちに従事の加護を施し授ける。技で不和が退けられない事は分かっていた。けれど、やはりこれが一番だ。どれだけ強い神秘の力が増えようとも、ツァインは『クロスジハード』が一等好きだ、大好きだ。どんな技より身体に馴染む、心身共に力を与えてくれる――そんな気がするのだ。 そう、負けちゃ駄目、自分の心は自分のもの。ニニギアは自分のほっぺを両手でぺちっと叩き意識をハッキリさせる。 「心を鬼にすることよりも、心を和らげることのほうが得意よ」 不和に陥ったところで自分がプンスカしても迫力零だし、アルパカ見たら嫌でも和むし。深呼吸。マイナスイオンを溢れさせ。 「不和の力になんて負けないわ! さぁ、頑張っていきましょっ」 意思の力を総動員、元気一杯声を張り。 人の想いは、強い。それこそ『Eフォース』なる存在を作り出してしまう程に、『心』には常識を覆す力があるのだ。蓋し、運命を代価に引き起こす『奇跡』だって相応しい意志が覚悟が伴わなければ起こらないのだから。 ニニギアの目の前には、彼女を不和兵団の凶刃から護る為に立ち塞がるツァインの背中。その他にも、この絶望に抗い続ける仲間達。そう、ニニギアには『仲間』が居る。大切な大切な大好きな仲間達が。 仲悪くなんてできましょうか! 「……ありがとう」 感謝の想いは回復の術に込めて、力一杯全力で。感謝の気持ちと責任感で奮い立つ彼女の心は如何なる要塞よりも堅牢だった。そこに不和が入る余地など、隙間も無い。 傷が治る感覚。琥珀は戦場をひた走る。その手に戦闘不能となった同盟リベリスタを抱えて。 「大丈夫だ、もう大丈夫だからな……!」 彼は一人、倒れた者を救える者を本丸外に止めた車に運び続ける。当然ながら楽ではない、時間は無情に過ぎて行く。刻一刻と、同盟リベリスタは疲弊し傷付き死に向かってゆく。たった一人では些か厳しいか、ようやっと二人目を運び出さんとした頃合。間に合うか。この者を含めれば救助総数は六、目標の11まであと五人。間に合うか。間に合わせる。 が、琥珀の背後より強襲を仕掛けてきたのは不和兵団。三つの頭の牙を剥き、喰らい裂かんと唸りを上げて。 「ッ!」 しまった――フラッシュバン間に合うか、それより回避か、躱せるか、この同盟リベリスタを抱えた状況で。庇うか、どうする……! 剣閃。 それは刹那をも飛び越えて。 横合いから、転移の様な速度でエレオノーラが不和兵団へ吶喊攻撃を叩き込む。そのまま体当たり。押しやり諸共倒れ込みながら。 「行って、早く!」 「……」 けれど琥珀はどうにも動く気になれなかった。嫌だ。なんで言う事を聞く必要があるんだよ。何もかもが嫌だ。あー、死なねぇかなどいつもこいつも。殺そうかな。 「ぐ、う……!」 否、嫌、そうじゃない、それは駄目だ。頭を抱える。己の爪で掻き毟る。皮膚を裂く。容赦なくぶちぶち裂く。爪が折れようとも。指が逆に曲がろうとも。 駄目だ。抗え。目的を見失うな。 子が親に殺されてるのに救えない。悔しいなら一人でも多くの未来を救え。救うのは誰だ? 俺だ! 「まだ生かせる奴は残ってるんだ!」 顔を血達磨に意識覚醒、最後の糸は意志で守り、切らせなかった。同盟リベリスタを抱え直し、琥珀は急ぐ。もう脚は止めない。止めるものか。 その背を視界の端に見送り、エレオノーラは一息と共に不和兵団へ向き直る。毒を吐き出された猛毒を飛び退いて躱すが、飛び散った飛沫が僅かに皮膚をジュウと焼き。されど表情を変えず、刃を構えた――刹那。 「うむ、飽きた。殺す」 何ともない一言だったのに、それは異様なまでに戦場中に響いた様な気がした。不和から戻れぬフツが撒き散らす紅炎に包まれた戦場、揺らめく影。遂にアンドラスが『観戦』から『戦闘』に出た。黒い狼を走らせ、進路上にいる不和兵団すらも含む有象無象を撫で斬りながら一直線。 「上等だかかってきやがれぇッ!」 同じく真っ直ぐ、魔神を受けて立たんと吶喊を仕掛けたのは猛。目が合った。殺気。内臓を引き摺り出される様な不快感。それを振り払う様に咆哮を張り上げて。黒狼が吐き出す炎を腕を構え焼かれつつも防御しながら突っ切り、振り上げるは羅刹の如き渾身の闘気。 「殺す、殺すうっせえんだよ。馬鹿の一つ覚えも良いとこだぜ!」 零式羅刹。咲き乱れるは荒々しくも一切の無駄がない無双連撃。猛打の軌跡は流星群の如く。 ギャッと黒狼が悲鳴を上げた。その、上で。笑い声と、少年を覗き込む悪魔の目。 「貴様、馬鹿じゃない悪魔がこの世にいると本気で信じているのか? 死ね、殺す」 振り払われた剣は周囲に殺意の刃を巻き起こし、無差別にして平等に広域を薙ぎ払う。鏖の悪魔に相応しく、そこに敵味方の区別もない。 ざっくり抉られた傷に猛は顔を顰める。血が大量に流れ出ていく感覚。ふらつく視界。けれど、その身体に力が満ちる。 「たかだか人間風情一人も殺せないようなら沽券に関わるぜ侯爵殿?」 英霊の力と心を猛に降臨させたツァインが、ここから先は通さぬと彼の横に並ぶ。幻想の武具をその身に纏い、臨戦態勢。 二人だけではない。その後方には彩歌が、思考演算によって気を練り上げて行く。撃ち放つは、地の果てまで穿たんと奔る極細の一線。往く手に阻む全てを貫き、不和の黒狼を、そしてそれに騎乗するアンドラスにも届かせた。直撃こそ回避されたものの、散ったのはどちらも赤い色をした羽根と血液。 「ははは! 良いぞ人間。その目、この我に抗うのか。面白い。その気丈な魂、いつまでもつか楽しみぞ!」 嘴を開き悪魔は壮絶に哂う。その手に剣を振り上げて――全てに振りまくは、不和。 状況は、どう贔屓目に見ても最悪だった。 アンドラスの足止め、不和兵団の戦力減少には成功していたが、肝心の救助は全くと言っていいほど進んでいない。死んでいる。次々と死んでいる。常時スムーズに運べるという訳でもないのだ。時には不和兵団に阻まれ、時には不和に思考が乱れて。それでも琥珀は、邪魔者には閃光弾を投擲し懸命に励むが。足りない、手が、時間が。圧倒的に。 更に不和に精神を持っていかれてしまったフツが不和兵団の攻撃に倒れてしまう。そんな彼を、絶対に置いていかないとニニギアは己の身で護りながら後ろに下げつつ、見守る戦場。少しでも長く皆に回復を届ける為に、なるべく目立たない様に。一秒でも戦場に立っていられる様に。そして、仲間も同じ様に戦い続けられる様に。ニニギアは祈る。一心に祈る。 一方、また一体、一閃、不和兵団が時の氷に切り裂かれ、砕け散る。肩を弾ませるエレオノーラはけれど、その傷自体はかなり少ない。深呼吸で息を整える。さぁ、次の『敵』へ―― 「く、っ」 顔を歪め急ブレーキ。痛みでも疲労でもない。今。自分は、一瞬、迷わず仲間へ攻撃を仕掛けようと。仲間……仲間? 仲間とは何だ。敵だ。敵は殺 さな い と 。 「舐めない、で……!」 冷や汗の浮かぶ顔で嗤ってみせ、穢れた白にしてくすんだ黒の刃を震えた手で思い切り握り締める。伝う、赤。それが、彼の握る刃の柄に咲く薔薇を血の色に染めた。痛みと共に言い聞かせる。お前は誰だ。あたしはエレオノーラ・カムィシンスキー。お前ははこの世界で何を成したい? あたしは、あたしは――…… 「刃を振るう先は自分で決めるわ。ずっとそうしてきた……お前如きがあたしの意思を気取るんじゃない、下衆で下賤な鳥頭!」 自らの意思による行動を何よりも尊ぶが故に。ヒュン、と空を裂く血染めの刃と共にエレオノーラの精神は不和を跳ね退ける。こちらへ剣を振り上げていた悪魔に吐き捨てる。直後、振り抜かれた斬撃が直線上を薙ぎ倒しながらエレオノーラに迫った。彼の細い首へ。断。刎ねる――しかしそれは残像。はらり、少女趣味のドレスを飾っていたリボンが一つ斬り取られ、軽やかに着地したエレオノーラの足元に落っこちた。 地面を蹴る音。刃の音。続く、戦いの音。 アンドラスの前に居る猛とツァインは血達磨だった。彩歌もまた然り。アンドラスの一撃は一つ一つが戦車砲撃の如く重く、研ぎ澄まされた鋼糸よりも鋭い。だがその悪魔が何故恐れられているのかは『途方もなく力が強い』事でも『超戦闘型』という事でもない。その本当に恐るべきは、それらではないのだ。 「が、っは……!」 猛の拳がツァインの顔面を力の限り殴り飛ばした。地面に踏み止まるツァインの目に、血走った眼で歯列を剥いた猛が拳を鳴らして迫り来る。呻る様に罵詈雑言。精神無効に鉄心、彼は抗い続けていたのだが、そこに100%はないのだ。 ツァインとて、幾度となく不和の誘いに心が揺らぎそうになった。今だって。分かっている。不和の力は甘くない。信じて全て成功するのなら、この世に敗者などいない。 ならば、過信でも妄信でもない、『信じる』とは何なのか? 己に問うた。答えはない。けれど、けれど。 「そう在りたいと想う自分は此処にいる。それを伝えてくれる印を持っている!」 苦しい意識は己の脚の甲を剣で突き刺し。叫んで、誇りを胸に、クロスジハード。堅牢な加護。それが切欠になったか、あるいはツァインの意志が伝わったのか、分からない。けれど猛の拳が止まる。苦しそうに呻いている。 嗚呼、くそ、笑えない。これじゃミイラ盗りがミイラじゃないか。くそ。言葉にして、天を仰いで。全員で必ず三高平に帰る。そうだろ? その通りだ。俺は戦う。 「魔神だろうが、何だろうが……」 ぐ、っと猛は奥歯を噛み合わせた。拳を握り締めた。 「てめぇは許さねえ! 必ずブッ潰してやるからなッ」 絡み合った意識の中から正気の糸を引き寄せる。猛はアンドラスへと向き直った。再度の、無双撃。黒狼の傷を狙い押し広げる。 「そこ」 展開される武舞の間隙。猛が造り出した傷を狙って彩歌が、レーザーの様な気糸を撃つ。 アンドラスは一人一人を集中攻撃する事はないが、その攻撃はあまりにも無差別にして手当たり次第であり暴力的なまでに力尽く。後衛の彼女とて前衛の二人同様に血だらけで。ごほっ、と吐いた血。ツァインのクロスジハードに奇跡的に救われたが、混乱の残滓に脳がくらくらする。絶対者であれどアンドラスはそれを突き破り精神を汚染してくる。 「……はぁ、はッ――」 硝子目の少女は息を弾ませる。血を流し過ぎていた。再び戦場を奔る殺意と悪意が彼女を突き飛ばし、背中から地面に叩き付ける。飛びそうになった意識はけれど、燃やす運命で繋ぎ止め。血だらけ泥だらけ。 最中に気が付く。地面。そこは死屍累々。一般人だったもの。同盟リベリスタだったもの。不和兵団だったもの。屍だらけ。ミナゴロシ。最早、立っていたのはアークリベリスタだけ。 救い切れなかった――それは、抱き上げていた『首の無い同盟リベリスタの屍』をそっと地面に下ろした琥珀の無念そうな表情がありありと物語っている。 任務失敗――その事実がリベリスタ達の脳を駆ける。撤退せねばならなかった。 『そうはさせるか』。 「殺す。皆殺してやろうぞ。生かしてやるものか。我は『鏖の悪魔』であるぞ、死ねぇ!!」 寛大な悪魔であれば、傲慢な悪魔であれば、比較的人間に友好的な悪魔であれば、撤退せんとしたリベリスタを見逃しただろう。違った。それはソロモン72柱の中でも屈指の破壊性を持っていた。 掲げる剣。人間にはとても聞きとれない何かの言葉。それは世界中のあらゆる殺意を濃縮した呪い。アンドラスが『アンドラス』と呼ばれる所以。気に入った相手に授けると伝えられる『鏖の術』。嗚呼、我こそは『鏖の悪魔<アンドラス>』也。 「――!」 全ての血が、心臓が、魂が、凍り付いた様な気がした。 どさり。あまりに、あまりに呆気なく、アンドラスの傍にいた猛とツァインが倒れてしまう。血の気の失せた真っ青な顔。 その二人にアンドラスは『手を伸ばす』。不和を刻み込んで心を毀して自分の玩具にでもしてしまおうかと。そうすればきっと面白い。そうだバアルに作った玩具の姿を透明にさせればもっと面白いに違いない、死因を当てて賭け事をするのも悪くない―― 「……む?」 けれど掌にチクリと痛みを覚えて。何だろうと思って見た。剣が突き刺さっていた。 「まだだ……まだ俺は終わってねぇぞ!!」 運命を燃やして『復活』する事に成功したツァインが、アンドラスの手に突き立てた剣を引っこ抜く。彼は抗った。本来なら猛の様に運命すら使う事も許されず倒れている筈だったが、彼は己の勘に全てを賭けた。根性論に近い。尤も、純粋に純粋な『攻撃』であるそれにごりっと体力を持って行かれたが。倒れは、しなかった。 ふむ。愉快そうにアンドラスが翼を広げて宙に浮かぶ。その足元では、先程の悪魔の殺意に巻き込まれ息の根を止められた黒狼が塵となって消え果てていた。本当に見境のない悪魔である。或る意味平等とも言えた。 「一撃耐えた褒美に見逃してやる……等と、言うと思うでないぞ? 殺――」 「――せるものなら、殺してみなさい」 言葉を奪い、彩歌。不和に脚を縫いつけられたが、意識だけは保ちながら。この戦場に来て、ずっと疑問が一つあった。三高平に来た時は何も持っていないと思っていた。けれど自分は確かに何かを持ち続けていた。ずっと。それは何だったろうか。 今なら分かる。 そう。 最初からずっと。 自分の精神<心>を好きにさせる事は無効<否定>していなかっただろうか。 「それでも私の選択を否定するなら――」 例え運命を理不尽の無尽蔵な胃袋にくれてやる事も厭わなかった。 「私の意志は、私のもの。私の悪意も、私だけのものだ」 「誰かのものを土足で踏み荒らすほど最高な悦楽はないな、貴様の意志も悪意もこのアンドラスに捧げるが良い。死ね」 「いいえ。無理よ。断固として拒絶させて貰うから」 「ならば殺してでも手に入れよう。殺す」 「私の悪意を、貴方の悪意で否定させたりは、しない――!」 死線交差。 アンドラスが放つ悪意の刃が空を裂いた。 彩歌がオルガノンより放つ気糸が一直線に宙を駆けた。 細切れの刹那。 彩歌の機械化部が展開するバリアを突き破り、無慈悲な害意が彼女の右半身に致命的な一撃を与えた。血。暗くなる右の視界。右腕があるのかないのかも確認できない。けれど、左の眼で彩歌は見た。掠れて遠退いて行く意識の中で、己の気糸がアンドラスの肩を装甲ごと貫いたのを。 驚いたらしい。魔神が己の傷口に意識を遣った、その刹那。琥珀の投擲する渾身のフラッシュバンが悪魔の足元で炸裂する。それは彩歌が魔神の気を逸らしたからこそ。 「引くわよ、急いで!」 エレオノーラは彩歌を抱え、ツァインは猛を抱え、ニニギアはフツを抱え。大健闘と言えるだろう。任務こそ失敗したがあれだけの凶敵を相手にリベリスタの被害は少ないと言える。アンドラスが無差別攻撃を行ったとはいえ不和兵団すら全滅させた。救助担当は一人だったがそのキャパシティ以上に救えただろう。 後は。 逃げ切れるか。 すぐさま、後ろで羽音が聞こえる。悪魔の羽音が。 追いかけてくる。 追いかけてくる。 きっとどこまで追って来る気だ。 間に合うか。 その時――リベリスタ達の鼓膜に響いたのはクラクション。荒っぽい運転だが全速力、急遽戦場に現れたトラック一台。運転席には、伊吹。魔法陣地の外に『仲間達』を連れ出して単身戻って来たのだ。 「アンドラス。貴様の言う通り人間とは罪深いものだ。だからこそ救う、だからこそ信じる価値がある、だからこそ己の意思で踏み止まる者を、俺は信じる!」 片手でハンドルを握りながらもう片手で乾坤圏を構えた。往け。命じ、放てばフロントガラスを突き破って音を超える速度でアンドラスに襲い掛かった。牽制した。じわり、その心を不和が苛むけれど、それがどうしたと鼻で嗤ってやるのだ。 「悪いが貴様に売れる程安い魂ではない。これは俺一人の物ではないのでな」 志半ばで倒れた戦友達。傷つけた人々。黒い羽の記憶――託された思いが伊吹にはあった。彼等の為にも屈する事は出来なかった。 「迎えに来たぞ――飛び乗れ!」 ハンドルを切って車体が傾く程の急カーブ。リベリスタ達がごうごうとエンジンを吹かすそれに飛びつき、しがみ付く。振り落とされるなよ。タイヤの焼ける音と共に伊吹は声を張り、アクセルを踏み込んだ。 走る、最中。車上のツァインは彩歌が竹林門付近に留めていたトラックに飛び移った。急いで運転席に入り込み、救出したリベリスタ達を乗せたそれのエンジンを吹かせ伊吹の車を負う。ちら、とバックミラーでアンドラスを見遣った。流石に爆走する車を飛んで追い越すのは難しいか、その場に浮かんでこっちを見ていた。ぞっとするほど、凝視していた。 「覚えたぞ」 指をさし、一人一人。名前も顔も。 「覚えたぞ」 今すぐでなくとも必ず必ず殺してやる。 「覚えたぞ」 一人残らず、血祭りだ。 「殺す」 声は聞こえないけれど、悪魔は確かに、そう言っていた―― ●悪魔の宴、終 無人となった城の跡、屍で埋め尽くされた地面の上で。 キースはどうなったのだろうか? よもや殺されてはいないだろうな! あれを殺すのは自分だ。 あれが殺そうとしているのを殺すのも自分だ。 あれが殺そうとしているのを殺そうとしている自分を殺すのも自分だ。 もっともっと殺さなければ壊さなければ気が済まない。 天を仰ぎ、両手を広げ。笑った。哂った。 「魔神王! 我にもっと殺させよ! もっともっとだまだ足りぬ! そして死ね、魔神王!!」 一般人全滅。 不和兵団全滅。 同盟リベリスタ8名生存。12名死亡。 リベリスタ3名戦闘不能。全員生存。 アンドラス――健在。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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