●詠月を奏でて 残暑の気温としては十分な方であろうか。肌寒さを感じるかと言われればそれは『彼』には判らない。 新しい玩具を見つけたのかやけに獣の様な瞳を輝かせていた主に誘われて音楽家も遊びに来たのだ。 この九月十日という日は『主』が玩具へと叩き付けた挑戦状の日だ。 口よりも手が先に出そうにも思える整ったかんばせをした『主』が2カ月も腹を空かせて待ったのには理由があると『彼』は知っていた。珍しい事があるものだとも思った物だ。 『彼』にはイマイチ芸術的でなく魅力を感じない『親衛隊』が彼の『玩具』と遊んでいたのだから仕方がない。遊ぶならば完璧な調子で居て貰わねば玩具としても不足があるかもしれないからだ。 だからこそ、彼はこの場所に居る。 防御策が乏しく、政治の一環として建てられたとも言われているその城は、彼の人が炎に巻かれるまではその存在を知らしめていたのか。 静けさが漂うこの場所は『彼』の耳に遠くから聞こえる湖の音さえも芸術的と思わせた。 「幾らこの場所が美しくても少し不服でしてな、云わずとも判っては下さるでしょうが。 そう、主の……、ええ、ええ、主の友人の彼ですよ。実に良い音楽家だった。 このアムドゥシアスを以ってしても評価が高い――天才的であったでしょうな」 独り言のように語る彼の言葉は何処からか鳴り響くオーケストラの重圧的な音色に隠される。 「え? ああ、はいはい。誰か判らないと。彼ですよ、主の友人のケイオス・カントーリオ。 主も気に入って居た様ですが、惜しい人を亡くしたもんですな。あの演奏は素晴らしかったのに―― 死人に関してこうもぺちゃくちゃと……ああ、恨み事? まあ、そう言われればそうでしょうがね」 『音楽家』たる『彼』――アムドゥシアスは蹄を鳴らし地面を踏みつける。 心優しき彼であれど、その損失は耐え難いものだった。いっその事周辺の人々を踏み付けてやればこの気晴らしにもなったかもしれぬと言うのに、それがなんだ。『殺しはいけない』というのか。 無駄な殺しをするな? ――いえいえ、主よ。冗談が過ぎる。 アイツらが本気じゃなければ殺していい? ――戦いのスパイスとして殺せと言う訳ですか。 『彼』の蹄が、ユニコーンの足が何度も地面を蹴る。苛立ちを隠せない様なその仕草は『損失』が如何に彼を落胆させたかを表して居る様だ。 この『損失』は主への信頼問題だ、と面白可笑しく告げた『彼』は此方の世界に繋ぎとめられる媒体の事を思い小さく笑みを浮かべた。 彼は魔神だ。彼が魔神である以上、彼を殺す事は出来ないだろう。 別の世界に――元の世界にその本体はあり、今は主の力が『彼』の力そのものなのだから。 「やるせないものですな。このアムドゥシアスの本気の『演奏』をお聞かせ出来ないとはね。 ええ、諸君らもそうは思いませんかね。今から私の気晴らしに使われる玩具諸君」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:32 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●tempo・―― 『彼』の蹄の音が聞こえて居る。耳を傾けながら、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が小さく息を吐けば、彼女の従者たる『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)が「お嬢様」と呼び掛ける。 滋賀県、琵琶湖の東岸の安土山にあったとされる山城は今は異様な雰囲気に包まれている。のんびりと観光に訪れたとは言い難い雰囲気を纏ったミリィは愛用する指揮棒――それも持ち手にスターサファイアを宛がったかなりの高級品を指先で弄んでいる。 「お嬢様、タクトもそろそろ汚れが目立ち始めましたね。手入れしても傷は消えぬ物で御座いますから。 ……そろそろ新しい物を拵えませんと。そうでございますね、例えば――」 ユニコーンの角、と淡々と告げるリコルのヴィクトリアンメイド服がふわりと揺れる。その言葉に唇を吊り上げたミリィが幼さを残すかんばせに何処か緊張の色を映して見せた。 「『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオに続き、『魔神王』キース・ソロモン……。 そして、魔神の音楽家ですか。縁があるものですね。善し悪しを別にしても」 その言葉に小さく頷いた『ジェネシスノート』如月・達哉(BNE001662)とて音楽家と聞けば、ケイオス・カントーリオを思い出さずには居られなかった。彼や『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)と言った音楽に精通する面々にとって、『音楽家の魔神』というのは看過できない存在だ。 特にアンジェリカは『魔神』を統べるゲーティアを所有する男――魔神王に自身の音を奏でるとまで宣言したのだ。それ故に、この場で押し負ける等、有ってはいけない事だ。 「まあ、魔神だか『音楽家』だか知らないけれどさ、好き勝手やらせる訳にはいかないのよね」 髪を掻きあげながら告げる『トゥモローネバーダイ』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)は胸元で揺れるBlue Moonstoneへとゆっくりと触れた。旅人を守り導くというブルームーンストーン。願わくばこの闘い(みち)が幸せで有ればと小さく思う。 特殊空間へ入る事となるリベリスタの胸に緊張が浮かぶのは致し方ない。しかし、『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)だけは緊張では無く野望を抱いた強い瞳の色をちらつかせている。『奪える物は奪う』と決めている瑠琵のスタンスはこの場でも発揮されたのだろう。アークを気に入っているものの、それ以上にその性質は日本主流七派が一つ『黄泉ヶ辻』にも精通する部分がある。 齢八十を越える幼き女は新調した斉天・七星公主に指を滑らせながらくつくつと笑っている。その狂気は戦闘狂とはまた違う。強欲の塊で有るかのようだ。 ――ええ、ええ、本気の『演奏』が聴きたいといった顔をなさっていますな。やるせないものですな。 何処からともなく聞こえる声に瑠琵の唇が歪む。茫、としたを細めた『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)は御家人片手業を手に結い上げた髪を揺らし、歩み続ける。 リベリスタ達が展開させていく陣形は三班に分かれた物だ。右翼、左翼、そして中央突破。其々が定位置に付き、ぐにゃりと歪んだ『魔神』の創りだす空間へと足を踏み入れる。 「本気の演奏ですか。それは聞いてみたい気もしますが本気の『殺戮』は御免蒙りたいですね」 淡々と告げながら、テュルクが告げる言葉に主の元から離れたリコルが小さく笑う。蹄の音が一つ聞こえ、双鉄扇を抱えたメイドは静かに足首辺りまで隠す長いメイド服のスカートの裾を持ちあげた。 「舞台にお招きいただきまして有難うございます。主も喜んでおりますよ――アムドゥシアス様」 ――此方の主こそ諸君らと遊ぶ事を楽しみにしていました。いやいや、私とて、楽しみではありましたよ。 「楽しみにして貰うのは嬉しいが、てめェみたいな奴に踏みにじられるのだけは許せねぇな」 『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)が告げる言葉にも『彼』は――序列67番の魔神『アムドゥシアス』は楽しげに笑う。 この場所から彼とその配下を追い返す事が出来れば一先ずリベリスタ達の勝利は決定的であろう。だが、それほど簡単ではないという事は彼が『人ならざるモノ』であることからも感じとれた。背を伝う汗が気色悪い。戦いに赴く緊張感か、それとも武者震いであるのか『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)の手は小さく震えていた。 異形を見れば思い出す。焼かれた町と、人の姿をした『異物』。その復讐を果たすためには闘わねばならない。甘い少女のかんばせの下に隠した復讐が佐里の瞳を灼く。 「私、音楽とか芸術って良く分からないですけど……敵(あなた)の演奏が私達に感動を与えない、ということくらいは分かります。 きっと私の心に響く曲は、あなたでは演奏できない。それは、あなたが本気で演奏できても、です」 淡々と告げる佐里の手に握られた閃赤敷設刻印。柄から切っ先まで、全てを緋色に包んだ剣は赤を刻む為に振るわれる物だ。眼鏡の奥で黒い瞳を細め、少女はじっと『ユニコーン』の姿をした異形を見詰めていた。 その姿が変わっていく。人ならざるモノから人の姿にゆっくりと、変化していく。 『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)の黒い瞳が細められ、変わりゆく魔神の姿をしっかりとその目に焼き付けて居る。 ――諸君らに『演奏』をお聞かせしよう。このアムドゥシアスの『演奏』を試してしんぜようか。 君達の心に響く音を残せられるかと! ●sostenuto ぎゅ、とタクトを握りしめた戦奏者は仲間達へと加護を施した。 勝利の証明を。敗北を知らぬ執念は味方を『逸脱』させんとその加護を与えていく。緊張にタクトを握る指先が小さく震えた。 (――勝利のための旋律を、今、此処に) 草木がガサガサと音を立て続ける。まるでそれさえも『演奏』であるようだ。木の葉の掠れる音、風が吹く音、静けさを打ち破る様に響き出すオーケストラにミリィが鮮やかな金色を顰めてじ、と前を見据える。 少々離れた位置に立っていたテュルクとリコルはどちらも涼やかな顔をしている。本丸跡に居るのはユニコーンではない。一人の男だ。中肉中背、黒いタキシードにその身を包まれ、額から美しい角を生やした男である。 「純粋なる乙女の加護を与えられるか。羨ましい限りですな、玩具諸君(リベリスタ)」 「ふふ、そうでしょう。わたくし自慢のお嬢様でございます」 微笑んだリコルが双鉄扇を構える。クェーサードクトリンに重ねた聖骸の鎧。英霊の魂に呼び掛けて誇りと力を――守るべき者が共に居るからこそその力はさらに強大になっていく。 彼女の言葉に清らかな乙女を好むと伝承で云われているユニコーンの姿をしている『男』は「素敵な乙女だ」と唇を歪めて、ミリィを見詰めている。 左翼側、ミリィが身を固くしたのを確認しながら、柔らかな土にその足を取られぬ様にと気を配る佐里が一歩踏み込んだ。集中領域にまで達した彼女の思考回路。利き手ではなくもう片方の左手で握りしめた閃赤敷設刻印を手に真っ直ぐに彼女は踏み込んで行く。 右手を付き、振るう切っ先が『男』の連れる魔神の軍勢――配下にあたるのであろう、どれも何処か人間離れした外見をした演奏家たちだ――へと掠めていく。 「あなたの演奏はどうやったって私の心には届きません。 さあ、全力でお相手しましょう! 一条佐里――いきます!!」 「清き乙女であるから許せる言葉ですな。いやはや、このアムドゥシアスの『音』さえ届かぬとは……」 何処か呆れを孕むアムドゥシアスの態度を状況をしかと確認して居たレナーテは理解する事が出来ただろう。彼女がその『理由』を理解したとしてもそんな物は関係ない。 魔神『アムドゥシアス』が契約した人間にはかの有名な音楽家達がいたであろう。著名人の影には魔神の存在があったかもしれない。まるで『悪魔と契約した様だ』と才能を羨む言葉があるが、何らかの才を――彼の様に音楽を司る魔神が音楽家たちと契約していた可能性はある。 才を司り、音楽に長く精通する『魔神』たるものの音楽が素晴らしい物である事は右翼側に存在したレナーテとて知っている。ヘッドフォンから漏れる流行りの音楽を圧倒する音が其処にはあるのだろう。 「……魔神だか『音楽家』だか知らないけどさ。好き勝手やらせるわけにはいかないのよね」 神秘の力を得た杖に宿らせる魔力。護る力を持っていたレナーテがその体に刻んだのは神の痕だ。自身の体を蝕む事となった神の力は『守護』から『治癒』へとレナーテの力を様変わりさせたのだろう。 「私はね、護りたいと思ったものを護るだけ。癒したいと思ったものを癒すだけよ」 彼女が体内に取り込む魔力。アムドゥシアスの視線がレナーテへと向けられて。ヘッドフォンを貫く様な攻撃がひゅ、と光りが飛ぶ。 「乙女よ、私の音楽を聴いて頂かねばいけませんな。その『雑音』は邪魔だ」 ガシャン――鈍い音を立てて落ちるヘッドフォン。若干の耐久性を上げたヘッドフォンではあったが、アムドゥシアスの気に障ったのであろうか、狙われたヘッドフォンがレナーテの首筋を掠める攻撃から守る代わりに無残な姿に変わり果てている。 「……また新調しなくちゃいけないじゃない」 「そんなに素敵な音楽なら、ボクにも聞かせてくれる? 音楽はボクを支える大事なものだから」 アンジェリカは耳を澄ませ、響く音を直感的に判断していく。ド、レ、ミ。単調ながらもその音符を聞き取るアンジェリカの耳に主旋律として入る音。La regina infernaleを握りしめる手に力が込められる。 意志を持つ様に蠢く木々を抑えつける様に昇る疑似的な赤い月。アンジェリカの横顔を照らす月を受けながらもアムドゥシアスの配下達はどれも演奏を続けている。 演奏を聴きながら花鳥風月の裾を翻し、踏み込んだのはテュルクだった。中央から真っ直ぐに進む彼とリコル。二人のみが前進する中で、足元の不安をハイバランサーで取り除くテュルクの眼は配下へとしっかりと向けられている。 「先程、『本気の演奏』と言ってましたが、地力には差がありますし、本気を出すのは僕等だけで十分でしょう」 にぃ、と笑ったテュルクは一歩踏み込んだ。御家人片手業はテュルクの掌に静かに馴染んでいる。衣被花鳥諷詠が彼の動きに合わせて大きく翻った。その様子はまるで踊りだ。オーケストラの鳴り響く中でテュルクの舞台は華々しく彩られている。 一歩踏み込み、切り刻む。罪人処刑に幾度も使用された――そう演舞の中で云われていた舞踊刀。切っ先が切り刻むたびに赤に濡れていく。配下の体を刻むテュルクの足は留まるところを知らない。茫、とした瞳に瞬時に宿る光りは強い物だ。 「実戦において、演奏の中で舞えるというのは中々ありませんが……悪くありませんね」 踏み込むテュルクの刻む手に重ねて周辺から飛び交ったのは正太郎の弾丸であった。一つ、二つ、と重ねて発されて行く其れは彼の舞いを支援する様に硝煙の臭いを撒き散らす。 「さあ、遣ってやんぜ! 好き勝手にはやらせねぇぞ! 馬公!」 荒げる声は少年の若さ故か。ハッキリと飛び出す長髪の言葉にアムドゥシアスが面白いと言わんばかりに赤髪の少年を見詰める。幼さが抜けきらぬ顔立ちに、その中でも存在感を放つ意志の強い蒼い瞳。何よりも『目的』が其処にはあるのだろう。それを違えぬ様に正太郎は地面を蹴り身体を捻る。 「ブン殴ってやりてえが、今はやる事があるからな、馬公! てめぇを殴るのはお預けだ!」 「いやはや、粋がる少年と言う物も素晴らしい。清き乙女を好みますが――偶になら少年を捻る事も良いでしょう」 弾丸は楽器の部品を狙って行く。チューニングスライドを、糸巻きを、楽器の細部を壊す様に放たれる弾丸に続く様に、冥真の矢が飛びだした。 その素顔を隠す面は彼の表情を感じさせない。腕まで伸びた魔力伝達用ケーブル。懸命に意思を強く持ち、作り出す武器の形は刃の様な物だった。何処か特攻服を思わせる群神衣が舞い上がり、冥真は唇を小さく歪める。 まるで魔神は人間を玩具の様に見ているではないか。正太郎を捻るという様に、玩具扱いではないか。 「玩具に良い様にされて情念を著せずおめおめと自分の世界に逃げ帰るお前はさぞかし奏者として不憫なのだろうな」 吐き出す言葉に意志は強い。冥真の『言葉の毒』がアムドゥシアスを蝕もうと吐かれ続ける。しかし、魔神はその言葉を甘言を聞くかの様に心地いいと瞳を伏せて居る。演奏を邪魔する事にもならぬ冥真の舌禍が振り仰がせたのは木々の呪いだ。 「っと――深追いするなよ、足元!」 「ああ、了解だ。しかし、音楽家と言うのはプライドが高くて困るな」 指先がショルダーキーボード・ピュアガールモデルを滑りだす。気糸が伸びあがり、周辺の配下を狙い、じ、と目を凝らす。 魔神の一部であるか否か。答えは否だ。魔神が連れてきた配下ではあるが、その個体は別の物だ。無論、その中で演奏を纏める役割が居るかどうかを見極めるのはアンジェリカの仕事だった。 アンジェリカが耳を澄ませ、解析する中で、毒を吐く冥真の長い髪が揺れる。行動を留める様に彼を縛り付けるソレ、足が重くなり、動きが鈍くなったとしても彼は強い意志を胸に抱いている。 それは他のリベリスタ達も一緒だろう。護る人が居て、待ってる人が居て、友達が居て。 正太郎とて、この場で死ぬ気などはさらさらない。フィンガーバレットが火を吹いて全力で周囲を巻き込まんと弾け出す。 地面を蹴りあげて、テュルクは戦いを惜しまないと美しさを保ったままに身体を反転させる。 たん、と―― 地面を蹴り、宙を舞う様に切り裂くその手は止まらない。中央組は囲まれ易い。早々に周囲を固められるテュルクだが、寧ろその方が好都合だという様に演奏の中で舞い続ける。明るい音では無く重々しく響くオーケストラ。 何とも不思議な様子にはなるがテュルクはその中でも力を惜しむ事は無かった。 「魔神様は、どうなのでしょうか。演奏家ですし、団結の重要性を理解してない方では無い筈ですが……」 「ああ、演奏には立派な演者がいるだろう。しかしだね、君。このアムドゥシアス一人であれど演奏は完璧に出来るのだよ。 ――残念ながら、その『ソロパート』を全力という形ではお聞かせできぬようだがね」 制約が多い魔神様だとテュルクが言えば、アムドゥシアスは肩を竦める。衣被花鳥諷詠がひらりと揺れる。彼の体を避けるように仲間達が周囲の配下を攻撃している。 テュルクに一人で闘っているのでは無いと、想わせてくれる人が周囲には沢山いた。 「団結とは大事でしょう? 無個性を個性とする事でも出来る。強い魔神様が僕達を馬鹿にし、油断すればするほどに僕達は強くなる」 「素晴らしい演奏で御座いますが、生憎、此方にも戦場を奏でる事はできるのです。 お帰りはあちらで御座いますよ? アムドゥシアス様!」 身体を滑り込ませ、双鉄扇が演奏の中心となっているバイオリン奏者を狙う。リコルに続く様にミリィの閃光が広がり、瑠琵の炎が空から降り注ぐ。身体を捻り佐里が閃赤敷設刻印を振るう。利き手の右手を軸にして、力を入れ、身体を浮かせるように左手で振るった剣。狙う様に中心に真っ直ぐと飛ばしたピンポイント。気糸が絡み付き、達哉の物と重ねられていく。 「さて、演奏はさっさと終わりにしましょうか。私、気に入らない事は許せない性質なの」 小さく微笑んだレナーテの跳ねる茶色の髪が揺れる。身体を逸らし、掠める攻撃を受けとめながら彼女は淡く色づく唇を小さく歪めた。 ●Allegretto 「ケイオスは優秀な音楽家かもしれん。だが極めて独善的だよ。自分の意のままに好きな音楽しか奏でないのだからな」 瑠琵の背中を見詰めながらショルダーキーボード・ピュアガールモデルに指を滑らせる達哉へとアムドゥシアスは興味なさげに首を傾げる。 彼がアムドゥシアスと彼が連れる配下の軍隊の演奏との共同演奏(セッション)を行う様に奏でる音を煩わしげに魔神は撃ち消さんと攻撃の手を伸ばす。遠距離攻撃を得意とするアムドゥシアスの攻撃を身体を反転させて受け止めら瑠琵の足が小さく震えた。 「凡人と天才の違いを弁えもしないとは。笑止――ケイオス・カントーリオは天才だ。彼が、彼の好む楽譜(スコア)を奏でて何が悪いのだ?」 「本来、音楽とは人の持つ生の音が絡み合って生まれるものだ!」 達哉の言葉にアムドゥシアスは低い声を出して嗤う。くつくつと咽喉を鳴らせる魔神の姿にアンジェリカの背に走ったのは悪寒であっただろう。握りしめる大鎌がかたかた、と揺れる。 彼女が絶対音感を使い曲の楽譜(スコア)を理解して居ても、絶対音感ではそれで音楽全てを理解できる訳ではない。アムドゥシアスが奏でる曲はアンジェリカが聞いてきた音楽の中のどれよりも素晴らしかった。 (凄い――……でも、音楽は戦いに使う為にあるんじゃないのに……) ぎゅ、とドレスのスカートを握りしめ、アンジェリカは地面を踏みしめる。La regina infernaleを振るい死の刻印を刻みつけたのは彼女が直接狙おうとしたアムドゥシアスではない、彼の配下たる軍勢だ。 「貴様はアムドゥシアス様を何だと心得ている? そして我等を何だと思っているのだ? そう易々と我等を出し抜けるとでも思うのか。行く手を遮る事等貴様等の作戦行動としても定石だろう」 淡々と告げる魔神の軍勢にアンジェリカの足が一歩引き下がる。全体の状況を見通しながらミリィはタクトを振るい続ける。 ――理想(ゆめ)がどんなに険しく、己を蝕む毒なのだとしても……。 「私は決して諦めない! アムドゥシアス、音楽家である貴方に私達が演奏をお聞かせしましょう」 広まる閃光が周囲を焼き払わんと広がっていく。ミリィの決意を背に、金箔を施したかのような双鉄扇を手にしたリコルはヴィクトリアンメイド服の裾をふわりと巻き上がらせて一歩踏み込んでいく。 彼女を支援する様にと定位置から移動した達哉の瞳が楽しげに笑いだす。攻撃を続けるうちに、配下三体を倒し切る事に成功して居たリベリスタだが、其れによりアムドゥシアスの演奏が乱れる事は無かった。 彼の演奏は『配下全て』が居る事で完成する訳ではない。アムドゥシアスその物が音楽家であり、彼自身がタクトを握りながらも自身の演奏を行っているのだ。 ケイオス・カントーリオが指揮者であったとしても、この魔神は『音楽家』だ。オーケストラを引き連れてきたとしても彼は一人でも十分な演奏が出来たのだろう。 達哉の判断は極めて難しい所であった。術を行使する力の現象を厭い、支える為に動く。しかし、支援のためと、戦列を移動する、その『判断材料』としての配分を彼は決めてはいない。技を行使するたびにじわじわと減り続ける力を回復するために瑠琵という庇い手の傍から離れて彼は一人、支援へと踏み出したのだ。 「つくづく、音楽家ってやつは――!」 奏でる音は段々と達哉のアレンジが加えられていく物だ。しかし、アムドゥシアスは庇い手が外れた演奏者に興味もなくその動きを止めんとす。 三人の回復手の中で一番に危険にさらされていたレナーテは懸命に癒しを送り続けている。壊れたヘッドフォンに視線を送る事もなく、懸命に生き切る事だけを考え立っていた。 しかし、後列から移動した達哉を貫くアムドゥシアスの攻撃を受け続ける事は達哉には出来ない。癒し手が居れど、避ける事を得意とせず、その身を守り固める者も少ない。演奏を行う指先から力が抜けていく。 「今の様にお前と僕は敵同士だが、それでも産まれる音楽は美しく、情熱的でもある!」 「何を言っているのだ、アムドゥシアス様の音に勝手な演奏を合わせて美しいだと? 思い上がりにも程がある。人間風情が己の価値観の元、他者を馬鹿にし続ける事が間違いではないのか!」 主旋律を奏でる男の声が上がる。達哉を一斉に狙う攻撃に一気に彼の体力が削られた。数が多い布陣では、一斉攻撃が起こると耐えきれぬ事もある。特に、達哉は避ける事も耐えることにも向いていなかったのだろう。 「ふむ……芸術家は流石にプライドが高いのぅ? しかし、言っていた筈じゃぞ、魔神。 『ケイオスが死んだ事が哀しい』とな。確かにキースが鍵を渡さなければケイオスを殺す事は不可能だったじゃろう」 射線を塞ぐために瑠琵が動く前に達哉が自己の判断で動きまわる。それ故に、崩れた布陣を立て直す様に瑠琵が盾を握りながら、業火を齎した。 瑠琵の話しを興味深そうに聴きながらアムドゥシアスは唇を歪め出す。アムドゥシアスへと近寄らんと踏み込む佐里とアンジェリカを押し止める様に配下は嗤っていた。 「しかし、魔神。それ以前にビフロンスとの契約が無ければケイオスが矢面に出る事もなかったじゃろう。 ……のぅ? そうは思わんかぇ? アムドゥシアス。ケイオスの死は誰に責任があると思うかぇ?」 ただ淡々と。攻撃の矛先が向いたレナーテを庇いながら瑠琵は告げていく。左翼側ではミリィを中心に指揮系統が完成され、佐里がミリィへと視線を送り行く手を遮る配下へと攻撃を振るって行く。 攻撃を受けながら、上手く立ち回る正太郎の弾丸が文字通り『雨の様』に降り注ぐ。その合間を抜けるようにミリィの閃光が広がるが、攻撃を押しとどめる様にとアムドゥシアスが送る演奏が音波と鳴って正太郎達を縛り付けていく。 「倒れてやるかよ、止まってやるかよ! 俺を、アークの癒し手をナメるな!」 「ええ、私達は止まる訳にはいかないもの」 冥真の癒しに呼応する様にレナーテの癒しが広がっていく。立ち回る中でも狙われ易い回復手を上手くカヴァーする様に佐里と瑠琵が動きだす。 前線に攻め込むリコルがアムドゥシアスの前へと滑りこめば、庇い手が其処には立っていた。遠距離攻撃を主体とする正太郎が撃ち込んでいく。 リベリスタ達の攻撃は苛烈だ。 「南方を司る者よ。我が召喚に応じ、焼き尽くせ!」 叫ぶ瑠琵は木々をも巻き込み、焼きつくす。朱雀の業火は相生の関係だ。順に相手を生み出していく。五行の関係の中でも『木生火』は覆らぬ事実だ。 木は燃えて火を生む。物が燃えれば跡には居が残り、灰は土に還る。土には鉱物や金属が埋まり、得る事が出来る。そして、金属の表面には水が生じ、木は水によって養われる。 その単純な流れ。瑠琵の言葉に何処か納得する様に――芸術的だとも思わせる赤い炎に成程と楽しげに笑う様にアムドゥシアスは炎を受け続ける。 「のぅ、魔神よ。わらわは思うのじゃ。真の天才とは死して語り継がれてこそ完成するもの。 とは言え、音楽家ケイオスの死は世界的損失じゃのぅ……?」 「ええ、ええ。乙女よ。その通りだ。私は酷く落胆しているのです。彼という音楽家の生を終わらせてしまった事にね!」 混沌組曲はアークのリベリスタの生の合唱によって終わらされた。その生の合唱を生で聴いているアムドゥシアスの何と心地よさそうな風貌である事か! 「主に不信を募らせているのならわらわと契約せんかぇ? 何、キースに世界的損失の穴埋めをして貰うだけじゃよ」 ぴくり、とアムドゥシアスの肩が揺れる。ゲーティアによって使役された魔神達。その数々が古戦場や古城を攻め立てている。瑠琵の言葉に興味深そうに息を吐くアムドゥシアスの手は止まらない。 攻撃が降り注ぎ、貫かれる正太郎の運命が削り取られる。懸命に闘う冥真を庇う様に立つミリィの緊張が高まっていく。 アンジェリカの大鎌が楽器にぶつかり、一手下がれば、配下を巻き込み踊る様に身体を捻るテュルクの視線が『誰よりも貪欲であった老女』に向けられた。 鮮やかな赤い瞳が細められる。手を伸ばす。何処までも貪欲に、確固たる己を持つとは何とも『宵咲』の女らしい。 ――のぅ? わらわの手を取らんかえ? ●Presto 血反吐を吐いた。悪い気分じゃない。だが、臓腑が抉れる感覚が嘔吐感を齎して居る。膝が震える。目の前が歪む、歪んで――浮かんでくるのは友人たちと遊んでいる時、自然に出る笑みだった。 「ッ……誰一人、殺させはしねェ!」 吼える様に正太郎は――『男』は叫んだ。燃える様な赤毛が逆立って、意志の強い蒼い瞳が安土の空を真っ直ぐと見据える。 この空の色も、この土の色も、この風も全てが全て、自分が此処に居ることの証明なのだから! 運命が、言っていたんだ。オレは信じる道の為に進め――ってな! 踏み込んだ。手にしたフィンガーバレットが火を噴いた。カヴァーとして庇うたびに骨が軋んでいる。痛みを訴えれば、冥真が懸命に癒しを送ってくる。 「いけるか?」 「――ったり前だろ!」 かけられる声に頷いて、正太郎が踏み込んだ。ブン殴ってやりたい、その一心でも最後まで仲間達との戦いに気を配り続ける。 アムドゥシアスの演奏が音波と化して身体を貫いた。手を遣れば、髪の色よりも赤く、そして黒い色が掌に付着する。 「ふむ、少年。君は中々だ。だが芸術的ではありませんな。残念だ」 淡々と告げるアムドゥシアスへと流れ弾が飛んでいく。しかし、彼を庇う配下は未だ剥がれないままである。 多く居る配下は、演奏を支援するだけでは無い、演奏を効率的に行うための庇い役でもあったのだ。15体存在して居たとし、全てが『攻撃手』ではない。リベリスタと同じく庇う事も出来るのだから、戦闘が長引くのは致し方ないだろう。癒しの力が全てまんべんなく追いつく程では無かった。避ける事を得意としない正太郎は持ち前の体力とその身に纏う装甲で何とか凌いではいた。 だが、運命を燃やした後では、その足も、震えて仕方ないのだろう。配下を流れる様に攻撃し続けるテュルクとて『中央』に居る以上囲まれ易い状況だ。右翼左翼からの挟撃に加え、さらに中央に取り残される形になったテュルクとリコルは其々が回復を施されてもそれよりもダメージが多かった。 「僕は、特に派手な事が出来る訳ではありませんので……ごく普通に剣を振るうのみです」 踊る様に踏み込んだ。一歩一歩、一撃の強さには拘らなかった。テュルク・プロメースは仲間がいる事を知っていた。この場で長く戦えてるのも仲間の支援のお陰であると、そう知っていたのだ。 ちらり、と視線を送れば戦線をしっかりと確立させる為にレナーテが癒しを送っている。アンジェリカが全体を見回しながら未だにアムドゥシアスに近付けない事に歯噛みして居る事が良く分かった。 攻撃を受ける瑠琵が咄嗟にレナーテを庇い、持ち前の装甲で耐えきる事が叶っていたレナーテが自身と瑠琵に回復を施しながら左翼側へと視線を送る左翼側では癒す冥真をカヴァーする佐里が攻撃を受け流し、正太郎が弾丸を弾きだしながらミリィの補佐に入っている。 「僕は力を惜しみません。いつでも、誰にでも、僕は力を惜しまない。相手が『格上』ならば尚の事。 ……勿論、見栄えを気にするのも含めて、ね」 本気の戦いは、今、此処ではっきりと示すのみなのだから。 テュルクを狙う配下共の数は多い。全てを倒しきってからアムドゥシアスを狙うと決めた彼が全てを避け切るのは難しかった。 戦闘スタイルは常軌を逸していた。何よりも『魅』せる戦いを行うテュルクへ視線を送りながら推せ、と念じるミリィの眼が見開かれる。 「リコル!」 唯一人、全力で向かい打っていたリコルの質の良いメイド服が裂ける。真白い肌を傷つける攻撃が彼女を襲う。魔神をその体を以って受け止め続けたリコルは確かに攻撃への態勢は高かった。 だが、受け止める――『盾』であるだけではこの場は乗り切れない。攻撃を喰らい続けた彼女が膝をつくのも確かに道理である。 「死を奏でる者は知らず知らずの間に自身の死をも楽譜に居りこんでしまうのでしょう。 貴方様もずっと見詰めてらしたのでしょう? 不幸な死を辿る音楽家も、才ある音楽家を、全て!」 「如何にも。だからこそ、私はケイオス・カントーリオが自身の死をも奏でてしまったのが残念でならない! 大きな損失だ。彼が、彼こそ、彼であればこのアムドゥシアスを満足させる事が出来たかもしれないのに!」 リコルの言葉にアムドゥシアスが落胆したかのように肩を竦める。最後の一手を放つ様に踏み込んだ彼女の至近距離。目を見開いた所でアムドゥシアスが唇を歪めて嗤った。 「お嬢さん、乙女に傷を付けるのは忍びないが――君は意志が強い。戦乙女よ、君はこうでもしなければ止まらぬでしょう?」 楽しげに、囁く様に。主の盾は手にした双鉄扇で受け止める。持ち手が鈍い音を立てる。辛うじて立たせていた膝がとん、と付いた時、背後の主が唇を動かした。 ――言ったでしょう? リコル。 「……ええ、お嬢様」 主は、幼い少女はもう誰も失わぬと両手を広げた事があった。傷だらけになりながら戦場で攻撃を正面から喰らおうとした『彼女』の前に滑り込んだ事があった。 奏でるだけだった物は理想を握りしめる事になったあの時に、ミリィは悟ったのだ。 もう、誰も失わない。理想(ゆめ)が遠くたって、私は。 「リコル、この場で倒れ逝く事は許しませんよ? 言ったでしょう、約束したでしょう?」 落ち着いた声音を聴きながら、庇い手であった配下を切り裂いた佐里が息を吸う。言葉が咽喉に痞えている。 佐里は楽器を扱えぬ。歌も別段、上手いという訳ではない。右手を左手に添える。力を喪い掛けた手がかたかたと揺れた。 「私の手には剣があり、背には日常がある。傍らには仲間が居て、胸の奥には熱がある! 私は――一条佐里は生きる事を渇望して居るんだ――!」 渇望しろ。渇きを満たすのは血に濡れながら吼え猛るその一瞬だけだ――! 「生きてくれる事を切望する! 私は生きるんだ!」 運命は呼応しない。木々に足を取られることなく身体を反転させる。追いすがるように伸びる気を足場に身体を捻り閃赤敷設刻印を一気に振り下ろす。 望みを叶えられるのは、暖かくて優しい日々だ。あの時、喪った事を恨んだ。燃える火を見ながらも、その日を思い出させる赤き刀身を手にしている。 一条沙里と言う少女は、足も願いも地に付けて、全力でその一歩を踏み出した。 ぎん、と鈍い音一つ。 ついで、肉を断つ感触が指先に感じられる。至近距離で見詰めた男の表情は何時までも柔らかだ。 小さく指先が震えた。力を込めて抜いた刃先が血に濡れ、至近距離で腹を貫いた痛みが己の足を竦ませる。 「……乙女、素敵な音色だ」 アムドゥシアスの腕を掴み佐里が小さく笑う。 痛い? そうだね、痛いね。泥の様な炎を吐き出すアイツが残した痛みよりもまだましだ。 「ふふ……痛いでしょう? 素敵でしょう?」 膝が、とん、と付いた。 駄目だ、と悟った。前線で倒れた面々を見詰めながら傷だらけ、自身を癒す力を受けながらも振るえる膝でアンジェリカは立ち上がる。 奇跡は、起きないから奇跡なのだと知っていた。それでも、縋らないままには居られない。 アマーティレプリカモデルを取り出したアンジェリカが縋る様な手で奏で始める音。16世紀から18世紀に活躍したと言われるバイオリン制作者一族の作品を復興したモデルのソレの音色は確かに素晴らしい。 絶対音感があったとしても音楽が出来るかとは限らない。その演奏はアムドゥシアスにとってはそれは不格好なものであったのかもしれない。 「ボクのフェイトを、魂を、そして音楽は人を癒す物なんだ!」 音楽への想い全てを其処に込めて居た。彼の演奏を全て壊す様な不協和音。奏でる音楽は楽団のあの『混沌』と同じだ。 打ち破って見せる――必ず、必ず! 「お前の咽喉に危機感を突きつけてやんぜ! アムドゥシアス! 俺にもこいつにも皆にも帰る場所がある、待つ命があるんだ! だからここは生きて押し通ってやる!」 叫ぶように冥真が声を張り上げた。肺から気管にかけての機械化された呼吸器全般からひゅう、と小さく音が立つ。 誰よりも毒であった。冥真という男はそういう物だ。吐き出す言葉は『毒』に塗れて居たのだろう。 それでいても、冥真は留まるところを知らなかった。 誰よりも毒で居れば、きっと誰かの薬になる。それが心情だ。吐き出す言葉は毒に塗れて居たとしても、そ言葉が何時か誰かを救う事になるかもしれない。冥真の掌に嫌な汗が伝う。嘗て、天下布武を掲げた場所は今は『夢の跡』すら感じられない。死すらも覚悟していた。自分が此処で死んだとしても――誰かが救われるなら。 「此処に立つのは誰の為でも無く、俺の勝手だ。自分の誇りを守って癒し切る」 矜持は、胃の血を掛けての絶叫だった。咽喉が裂けてしまいそうだと感じた。癒す為の生命(うた)は冥真が何度となく繰り返してきた物だ。 「さて、その音楽が『乙女』、君の物だというのは良く分かりました。 そして、君。君の――人間風情の矜持と言う物も理解しました。生憎、このアムドゥシアスは優しいのでね」 砂埃の向こう側。『奇跡』の影響を受ける事なく立っていたのは其の侭の姿の『魔神』であった。 数を減らした配下達の中、傷ついた仲間達を庇う様に立っている冥真の手がPDA-Type:Sへと添えられる。魔力に寄って作り上げられる武器ではあったが、今は彼の武器はその形を作り上げる事も出来て居ない。 魔神はあくまでリベリスタ達全てを殺すつもりではなかったのだろう。ユニコーンの気性は優しいものだという。 攻撃を庇い続け、そして避け続けた瑠琵の柔肌から一筋の血が流れている。拭い、舐めれば鉄の味が口内に広がった。 「……さて、魔神よ。わらわへの返事は?」 「乙女よ、人間風情が我等を使えるとは思わない事ですな。何、取引等、この私と乙女の間には無かった」 む、と唇を尖らす瑠琵が浅く息を吐く。疲弊している彼女が斉天・七星公主を構えれば、生ききる事を全力で考え続けて居た冥真が殿だと言わんばかりに立ちはだかる。 倒れた仲間達の中、指揮棒を降ろしたミリィがアムドゥシアスを睨みつけるようにその双眸へと強い光を宿す。 「――これにて舞台は閉幕です。アムドゥシアス、私達の奏でた旋律を少しは気に入って頂けましたか?」 空が晴れていく。変わり映えしない景色の中で、重苦しく感じていた閉そく感がミリィの胸から抜けていく。 咄嗟にリコルに駆けよる少女の視線が向けられた所に最早、ユニコーンの姿は無い。 今だ戦闘態勢を解かぬ冥真が面へと手を遣れば、周囲はしん、と静まり返り、柔らかな風が小さく吹くだけであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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