●満たされない空腹 いくら食べても満たされない。食べ物を食べても吐き出してしまう。砂利や石、木など食べ物ではない物を食べても、飢えは満たされない。それなら、と野良猫や野良犬を喰らってみたが、どうやらこれも食べ物として認識できないようである。 そもそも、自分は一体何者だったのだろうか? それすらももう、思い出せない。 ただただ空腹に突き動かされ、日の暮れた街を彷徨うだけだ。 一歩歩くたびに、ぐちゃりぐちゃりと音がする。肉の潰れる音だ。足後は赤く、ドロドロとしている。血と肉の混じり合った足跡。周囲に漂うすえた臭いは、胃液の臭いだったろうか。 カーブミラーに映ったのは、辛うじて人の形を保っている赤黒い肉塊だ。 そうだ。 自分は確か、少し前まで人だった。 それなのに……。 どうしてこんな姿になってしまっているのか。 思い出せないまま、夜の街を彷徨い歩く。 あぁ……。 空腹は未だ、満たされない。 ●拒食症 「元々は普通の少女だったの。少し、拒食症を患っていただけで。だけど既に彼女はノーフェイスと化してしまった。だから敢えて本名は伏せておくし、これ以上の事情は話さない事にする」 視線を伏せて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう言った。モニターに映るのはかつての姿など見る影もなくなったおぞましき肉塊である。自分の流す血液と、それから喰った野良犬、野良猫の返り血で赤黒く染まっている。 拒食症。空腹が限界を迎え、そしてそれは過食へと移行したのだろう。 ただただ、食欲と空腹感にだけ突き動かされるような、そんな存在でしかなくなってしまったようだ。 「助ける術はない。言葉が通じるかどうかは分からないけど、過度な期待はしないほうがいいかも」 既に手遅れ。こうなってしまっては討伐するしか方法はないのだろう。 「ノーフェイス(グラトニー)。フェーズは2。防御力に長けた肉体が特徴。それから、グラトニーの肉体は切除されると(肉塊)として行動を始めるみたい。肉塊自体の戦闘能力は高くないけど、数が増えると面倒くさいことには変わりないから、気を付けて」 尚、グラトニーの通常攻撃には[毒]が付与されているようだ。 肉で出来た、異形の獣。そんな有様になってなお、グラトニーは動き続ける。 本能に従って。欲望に突き動かされて。 故に、彼女はグラトニー。暴食の化身となってしまった悲しい少女。 「グラトニーの牙には十分に注意してね」 そう言って、イヴは仲間達を送りだしたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月20日(金)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●飢えて渇いて 胃酸と腐肉を混ぜたような気色の悪い臭いが漂う。ボトリ、ボトリと地面に何かが滴るような音がする。なにか、半固形物が落ちるような音だ。 足音である。 薄暗がりの中、のそりと姿を現したのは辛うじて人型をした肉の塊だった。 かつてそれは人だった、と言われても信じることは出来ないだろう。すでに怪物になり果てたソイツは、かつて1人の少女だった。 今はノーフェイスという怪物でしかない。口にあたる部分から、肉片と血が零れる。道にいた野良猫でも喰らったのかもしれない。 「私も食べる事は好きだけど暴飲暴食は感心しないわね~……。って、茶化していられる空気じゃなさそうね」 怪物となった少女を探しながら『宵闇に舞う』プリムローズ・タイラー・大御堂(BNE004662)はそう呟いた。 ●暴飲暴食 2組に分かれてグラトニーを捜索するリベリスタ達。そのうち片方のチームは、捜索開始から僅か十数分ほどでターゲットと遭遇していた。 「病が原因で覚醒してしまった子供、か。なんとも、やりきれない話ではあるが」 超直感による捜索は功を相した様である。『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が言葉を漏らす。グラトニーを視界に捉え、暫し傍観。周囲に人がいないのを確認し、移動を開始。 狭い通りだ。ノーフェイス(グラトニー)を囲むように、4人の男女が広がっていく。手に武器を持った者もいる。ピリピリした緊張感と、威圧感に空気がピンと張りつめた。 そんな中にあって、グラトニーはクスリと笑う。大きく裂けた口の端から血混じりの唾液が零れる。 『ゴハン……タベタイ……タベタ、タベ……』 どうやらグラトニーにとって、リベリスタ達は食糧にしか見えていないようである。 「あれか、過度のダイエットは良くないってことだよね」 素早く突き出す魔法杖。『落とし子』我妻 湊(BNE004567)が魔弾を撃ち出す。暗闇を切り裂き、光の軌跡を描き、それはグラトニーの胴を撃ち抜いた。 ボトボトと零れる血液と、それから脂。地面を汚す。 「空腹感でここまで…。餓えが何処までを身を苛んで、求め続ける姿が悲しいです」 辛そうに視線を伏せる雪待 辜月(BNE003382)。すっかり人でなくなった彼女の姿を、リベリスタ以外が目にすることはないだろう。彼の張った結界が、一般人をこの場から遠ざける。 辜月の隣では『大魔導』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が杖を掲げる。 「どのようにして拒食症になったのか今更知りようもないが、人の生には永遠の飢えが付きまとう。それに抗えば、人は真っ当に生きてはいけぬ……」 何か思う所があるのだろう。シェリーの表情は暗い。 それでも杖を敵に向け、その先に魔力を集中させた。 捜索の途中に見つけた大量の血痕と、食べ残しの肉片。それに群がる、肉で出来た人型のような怪物たち。グラトニーから分離した肉塊だ。 「二手で探す事で少しでも早くみつかると良いのですが……。どうやらグラトニー本体はいないみたいですね」 とはいえ放っておくわけにもいかない。『紫苑』シエル・ハルモ二ア・若月(BNE000650)がそう呟いた。その声に反応し、数体の肉塊たちがこちらを振り向く。 「先にイヴちゃんからノーフェイスの名前や経歴を聞いておいたんだけど、分身体の方じゃあな……」 悲しい少女のなれの果てに、本当の名前を思い出させてやりたい。そう考える『デイブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587)は、グラトニーとなってしまった少女の名を予め調べて来ていた。 せめて名前だけでも伝えたい。その為にはまず、肉塊を片づけ、本体の元へ急ぐ必要がある。足で剣を器用に掴み、比翼子はまっすぐ地面を駆ける。 比翼子に続く形でプリムローズも跳びだしていく。姿勢を低く、地面を這うようにして風を切って走る。 「彩花さんの親族……大御堂の力、見せてもらいましょう」 マスケット銃から散弾のように大量の弾丸をばら撒く『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)。駆けて行く比翼子とプリムローズを、射撃で援護する。 肉塊の数は5体。不格好な動きで、弾丸を浴びながらもこちらへ向けて駆けてきた。 『タベタ……。タベタイ。タベ……』 食べたい食べたいと、うわ言のように繰り返す。掠れた声だ。口を開くたび、唾液と血液、胃酸が零れる。 零れた胃液が地面に触れて、白い煙を噴き出した。 煙は瞬時に量を増し、周囲を白く染め上げる。前進していた義弘が、煙を吸い込み足を止めた。 「毒か……」 彼自身には聖骸闘衣の効果によりバッドステータスは効かないが、それでもダメージ自体を防げるわけではない。 片手を上げ、仲間の行動を制する。次の瞬間、煙を突き破り巨大な肉塊が義弘に跳びかかった。牙を剥きだし、唾液を振り撒き、それは義弘の肩に喰らい付く。大口開けた、グラトニーだ。義弘の血が地面を濡らす。 「……俺たちがキッチリとカタをつけてやる」 歯を食い縛り、義弘はメイスを振りあげた。メイスが鮮烈な光を放つ。義弘はそれを、グラトニーの脳天目がけ、力任せに振り下ろした。 頭を押さえ、シェリーは地面に膝を付いた。毒の影響を受けたのか、顔色は真っ青だ。 「その姿…悲しいの。今すぐ、焼き払ってやろう。それが妾のできる唯一の手向けじゃ」 蓄えた魔力が解き放たれた。毒の煙を焼き尽くすように魔炎が展開。じわじわとだが、毒の煙を焼いていく。 長い銀髪を掻き上げて、よろりと立ち上がるシェリー。心配そうな顔をして、彼女の肩を辜月が支える。 「餓えを癒やすことは出来ませんけど、止めることは出来る…なんて思うのは傲慢でしょうか」 辜月の周りに燐光が舞う。暖かく、淡い光だ。飛び散るように弾けたそれが、シェリーを始め、仲間達の傷を癒すべく空中を漂い、広がっていく。 次の瞬間、だ。 『タ、ベ……』 グラトニーの首筋から、ボトリと零れた肉塊が、人の形を成して辜月へと跳びかかったのは。 「あ、ぅ!?」 小さな人型だ。それでもしっかりと歯は付いている。辜月の首筋に喰らい付き、回復術の発動を邪魔する。血が飛び散った。 義弘の攻撃により、潰れた肉が肉塊として分離したようだ。辜月にしがみつき、喰らい付いたままのその肉塊を、横から飛んできた魔光が射抜く。 地面に落ちて、焼け尽きた肉塊。魔光を放ったのは湊だ。 「なに食べても満足できないんだ?なら俺っち食べてみる? もし、勝てたらだけど」 にやりと笑い、湊は愛用の魔砲杖をグラトニーへと差し向けた。 杖の先に光が集中。新たな弾丸を形成していく。 蜂の群と見紛うばかりの大量の弾丸が、肉塊たちを撃ち抜いていく。肉塊から肉片が飛び散る。弾丸を喰らうべく、大口を開けているものもいる。金属くらいなら難なく噛み砕く強靭な歯を持つ肉塊たち。喰らい付かれたら、無事では済まないだろう。 「どうか……永遠に眠りなさい」 ミュゼーヌの弾丸に続いて、比翼子とプリムローズが道の左右から肉塊へと跳びかかった。 「終わらせてやるよ」 「ダンスのパートナーがこれじゃ、見栄えが悪すぎるわね」 2つの影が飛び交う。一閃、二閃と閃く刃が肉塊たちを切り刻む。切断された肉片と、血液が飛び散って、赤黒い雨を降らせる。 牙を剥きだしにし、2人に襲いかかる肉塊たち。しかし、いくら皮膚を食いちぎられようと、2人の動きは止まらない。 あっという間の殲滅戦。ミュゼーヌの弾丸による広域攻撃と、比翼子&プリムローズの攻撃により、肉塊たちは討伐された。 とはいえ、いくら肉塊を消しても意味はない。メインのターゲットは、グラトニー本体である。傷を負った仲間の為に、回復術を発動させていたシエルのAFに連絡が届く。 「どうやら、もう片方の班がグラトニー様を発見されたようですね」 飛び散る燐光の中心で、シエルは周囲の地図を想い描く。 ここかグラトニーの元まで、急行すればどれくらいで辿り着けるだろうか……。 我妻の魔光が宙を駆ける。空気を切り裂き、グラトニーの胴へと直撃。血と肉片が周囲に飛び散る。脂に濡れた肉片が寄り集まって人型へと変化。肉塊へと姿を変えた。 「ごめんね、元の姿には戻してあげられないから」 寂しそうな顔をして、湊は誰にともなくそう呟いた。 ベタリ、と粘着質な音を立てながらグラトニーが身を起こす。大きく開いたその口の端から、血混じりの胃液が零れ落ちた。 不格好な走り方で、肉塊が駆け出した。 肉塊を突き動かすのは食欲か。唾液を振り撒き、牙を剥き、まるで獣の形相だ。 「3、2、1……今です」 肩を押さえながら辜月が言う。その指示に対し、シェリーは素早く反応した。信頼関係の成せる技か。時差はなく、意思の疎通は完璧だった。 「おぬしの意思……理解できる」 シェリーの眼前に、銀の弾丸が形成された。禍々しい魔力を放つ弾丸が、駆けて来る肉塊を射抜く。大きくよろける肉塊。その咥内に、湊の魔光が撃ち込まれ、崩れ落ちた。 シェリーの弾丸は止まらない。辜月の指示は完璧だった。タイミング、角度、共に計算された無駄のない攻撃。肉塊を貫通し、それはそのままそれはグラトニーの咥内に吸い込まれた。弾けるような衝撃が、グラトニーを襲う。大量の血が、裂けた喉から零れ落ちた。 追撃、とばかりに義弘がメイスを振りあげる。 だが……。 『タベ……タ、ク』 喉の傷口から、肉で出来た真っ赤な腕が飛び出した。その腕が、義弘の喉を掴む。 「っぐ……。何をしたって肉塊は生まれるな」 新たに生まれた肉塊が、義弘を地面に押し倒す。 その隙を突いて、グラトニーは弾丸のような勢いでその場から跳ねた。 まるでゴム毬のようだ。肉の弾丸と化したグラトニーは、まっすぐシェリーと辜月の元へ。大きく開いた口の端が裂ける。それでも構わず、更に大口を開く。限界まで開いたその口がシェリーに迫る。 それを庇うべく、辜月が前へ飛び出した。 ゴキン、と鈍い音がする。辜月の肩が外れた音だ。何度も何度も、グラトニーは彼の体を噛み潰す。辜月の体をシェリーと湊が引っ張った。解放された辜月は、全身血濡れて意識がない。 「こ、辜月!」 意識のない辜月の肩を抱くシェリー。叫び声が、木霊した。 ●食欲の果てに 「……。侠気の盾の意地、見せてやろう」 自分に圧し掛かっていた肉塊を盾で殴り飛ばし、義弘が跳び起きた。グラトニーの元へ駆ける義弘。シェリーの銀弾と、湊の魔光がグラトニーの侵攻を食い止めるが、その度に新たな肉塊が誕生している。 これではキリがない。新たに生まれた肉塊の一部は、義弘の元へと襲い掛かってくる。それらを盾で受け止め、メイスで殴り、義弘は吠えた。 グラトニーも、肉塊も、仲間達も、全ての注目を自分に集めるかのような大声だった。 グラトニーや肉塊が、シェリーと湊に喰らい付く。辜月を庇いながらでは、逃げる事も叶わず、傷ついていく。 目の前ではグラトニーが大口を開けていた。 毒の煙が口の端から漏れている。蓄積されるダメージが限界に達した、その時だ。 「癒しの息吹よ……在れ」 微風と共に、淡い光が舞い散った。暖かい光だ。傷ついた仲間達に降り注ぐ。傷口を癒し、ダメージを回復させる。 光の降り注ぐその先には、シエルの姿があった。白い翼を広げ、月を背に宙を舞っている。 「遅くなりました」 ペコリと一礼。 次いで、戦場に2つの影が飛び込んできた。 「早く逃げて! あっちへ!」 マスケットを構えたミュゼーヌが、シェリーと辜月を庇いに入る。後ろを指さし、後退を指示。その間にも、接近しれくる肉塊をミュゼーヌの弾丸が撃ち抜く。 銃声が響いた。肉の潰れる音。何度聞いても、慣れるものではない。 無言で頷いたシェリーが、辜月の肩を抱いた。だが……。 後退しようとしたシェリーの腕を引き止めたのは、虚ろな目をした辜月だった。 「待って……」 そう呟く彼の声は震えていた。 ミュゼーヌと湊が肉塊を撃ち倒していく。残りの肉塊は、義弘が薙ぎ払う。フリーになったグラトニーの胴を、合わせて4本の剣が貫く。 傷口からはドロリとした血液と、胃液が零れる。 「赤の他人相手に同情まではしないけれど、もしも私が……と思うとぞっとするわ」 金の髪を血に濡らし、プリムローズが呟いた。小さく震えながらグラトニーが牙を剥く。 そんなグラトニーの耳元で、比翼子が小さく何かを呟く。 「それがきみの名前…らしいよ。思い出せるかい?」 比翼子が囁いたのは、グラトニーの本当の名だ。 一瞬、グラトニーの動きが止まる。だが、次の瞬間には、牙を剥きだしにし、比翼子の頭部へと齧りついた。 牙が、比翼子の肩と首に食い込んだ。 それと同時……。 「ごめんね」と言ったのは誰だったか。 胴に突き刺さった4本の剣が、一斉に4方へ振り抜かれた。 飛び散る鮮血。雨となって降り注ぐ。ぐらり、とグラトニーの巨体が傾く。 その眼から、ポロリと涙が零れ落ちた。 『タベタ……。タベ、もう……』 ドサリ、と重たい音をたてて地面に倒れる。 「もう、お腹一杯……」 最後に一言そう呟いて、グラトニーは動かなくなった。 「せめて安らげるように。偽善かもしれませんけど……人らしく」 グラトニーの遺体を抱きしめる辜月。鮮血が彼の体を赤く濡らす。 静かに涙を流す辜月を、シェリーはジッと見つめていた。 「しかと、泣いてやってくれ、例え気休めであっても」 震える辜月の背に、そっと肩を寄せ、シェリーはそう呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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