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一緒に死んであげる


 そこに誘われた理由が分からない。幾ら鎖が地面に落ちていたからって、確かに立ち入り禁止を示すものだったのに。立ち入り禁止のビルに入り込むなんて、普段ならば絶対にしないのに。けれど私は入り込んでしまった。階段を踏んでしまった。屋上に着いてしまった。
 鍵は、かかっていなかった。
 柵の向こうに、制服を着た少女が立っていた。
 危ない、と息を呑んだ私の事を分かっていたかのように、彼女は振り返る。人が来た事に焦って飛び降りるのでは、という頭に過ぎった危惧を杞憂だと言うかのように、優しげな笑顔で。
 待ってた、と彼女は言った。
 ぼんやりと、そちらに歩く。ビルの隙間から吹く生ぬるい風。首筋に張り付く髪。重い仕事の鞄。メールの受信を知らせる携帯の明滅。近付いた私に向けて、少女はもう一度笑った。ああ。そうだ。そうか。彼女は分かっているのか。靴を揃える。鞄を置く。そのままだって良いはずなのに、こうするのは儀式。終わりだ、と自分への合図。
 柵を乗り越えて、少女の隣へ。
 私がぼんやり下げていた手を、少女は握った。その時唐突に気付く。友人に似ていた。
 高校の時に、死んでしまった友人。自分で、死を選んだ彼女。
 思い出す。彼女が、私は羨ましかったのかも知れない。この先も生きていくのが、少し辛かった私には。
「一人だと、寂しいでしょう?」
 少女が囁いた。優しい笑顔で。そうか。『彼女は知っている』のだ。一人で死ぬのが寂しいって事を。それで踏み出せない時もあるって事を。勇気の問題じゃない。ただただ、寂しいのだ。死ぬのではなく、一人である事が。寂しくて寂しくて、踏み出せなかった後一歩。彼女はこう言っているのだ。
「いっしょに、しんであげる」
 とても、優しい声だった。

 もう、辛い事なんて何もないから。
 こんな風に、人に優しくもできるから。
 だから、もういいよ。
 お疲れ様。

 私は嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて嬉しくて、涙で視界が歪むくらいだった。寂しくない。だって、彼女がいる。まるで高校生の時に戻ったかのように、彼女と顔を見合わせて笑った。手を握ったまま一歩を蹴った。
 地面が近付いて、真っ暗になるまで。
 彼女はずっと、手を握ってくれていた。


 お疲れ様でした、と肩を叩かれた。
 振り返れば報告書を渡される。
 問い返すよりも早く、書類を渡した職員は他の誰かに呼ばれて行ってしまった。
 
 紙をめくる。
 そういえば、こんな事があったような気もする。
『一人の時に現れる』以外、出現条件がはっきりしないエリューションへの対応。
 タイプの違うメンバーを集めて、そして、時間帯も変えて、一人ずつ。
 記憶が曖昧だ。
 けれど。

 ああ、そうだ、確か、あれは――。
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年09月14日(土)22:17
 とある街、閉鎖されたビルの屋上。
 屋上で彼/彼女に会う所からスタートです。
 心の奥底に死への願望を秘めている人だけ、彼/彼女に会えます。
 持っていない人は、会えません。

 皆さんは全員、違う時間にビルに訪れます。
 他の仲間と会う事も、ありません。

 思念の革醒体である彼/彼女の姿は決まっていません。
 あなたが望む姿に似た誰かで現われます。
 家族かも知れません。恋人かも知れません。
 友人かも知れません。自分自身かも知れません。
 彼/彼女はあなたが望めば一緒に飛び降りてくれます。死んでくれます。
 彼/彼女が手を引っ張ったり、飛び降りを強要したりする事はありません。
 彼/彼女が飛び降りるのは、あなたが一緒に、と望んだ時だけです。
 そこに悪意はありません。

 ただ、革醒者は彼/彼女が現われるビルの高さでは死にません。死ねません。
 共に飛び降りても、フェイトが吹っ飛ぶだけです。
 飛び降りてしまえば、あなたの前に彼/彼女はもう現れません。
 あなたが『生きたい理由』や『死ねない理由』を思い出して手を離せば、彼/彼女は消えます。

 彼/彼女はとても弱い存在です。
 皆さん全員が、共に飛び降りるかその手を離すかの選択肢を終えれば、
『役目を果たした』『望まれない』彼/彼女は完全に消えてしまいます。

 どちらを選んでも、彼/彼女の記憶も死のうとした事も曖昧になって、
 あなたは普段と変わらぬ毎日に帰ります。
 一歩踏み出すか、思い止まるか。
 ただそれだけのお話です。
 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
インヤンマスター
岩境 小烏(BNE002782)
プロアデプト
氏名 姓(BNE002967)
ホーリーメイガス
六鳥・ゆき(BNE004056)
クリミナルスタア
ケイティー・アルバーディーナ(BNE004388)
ソードミラージュ
各務塚・思乃(BNE004472)

●皆一緒に帰りましょう
『心殺し』各務塚・思乃(BNE004472) は先に逝ってしまった伴侶を見た。
 彼と共に旅立った子供達は、きっと待っているのだろう。
 何処に。そんな事を考える必要はない。
「ああ。迎えに来てくれたの? あなた」
 柵の外から差し出された手を、思乃は何の躊躇いも無く握り返した。
 懐かしい笑顔に、表情が綻ぶ。本当は、遅いと少し文句を言いたいくらいだったのだけれど。
 迎えに来てくれた事実が、ただただ嬉しい。
「二人きりになるのは、久しぶりね」
 指を絡めて微笑みを向ければ、彼も笑ってそうだねと返した。何気ない会話。
 絡んだ手は離れない、消えない。温かくて力強い。
 子供達はいい子にしてた? そんな問いを向けながら、どちらが死んだのか分からない、とまた笑う。
 でも、もう、そんなの構わないのだ。こんなに楽しくて泣き出しそうなくらいに嬉しいのは、久しぶり。ぎゅっと、手を強く握った。
 目の前に広がる、遠い街。夜明けを迎えようとする世界。
 笑いながら、思乃は彼と顔を見合わせて微笑んで、足を踏み出した。

 一緒に行きましょう。
 家族のいる、あの場所へ。

 曖昧な記憶、霞がかった思考のフラッシュバック。
 巻き戻り。思考。反芻。結局、また置いていかれたのか。
 それは「生きろ」と言う事なのか。
 思乃はゆっくり目を閉じた。

●箱入り娘は手を取って
「こんにち……は……?」 
 柔らかな日差しの中、『哀憐』六鳥・ゆき(BNE004056)は柵の向こうの人影に向けた声を途中で消す。
「父、様……?」
 既にいない筈の、優しい父。微笑んだ父が、そこに立っている。
 足を踏み出した。スカートの裾が、風に翻る。柵を越えれば、下からの風が目を乾かした。
 いっしょにいける。
 父はそう、笑った気がした。何処までも、子を慈しむ表情で。
 薄い紙一枚で隔てられた死の世界。余りにも気軽にそちら側に踏み出せる環境で、けれど手を伸ばす事は叶わない。寂しくない、なんてことはない。日々増す『そちら側』への誘惑。

 それでも、ゆきは目を閉じて首を横に振った。

「貴方がほんとうに父様であれば、こんなに素敵な事は御座いません」
 いつしか手を握っていた『それ』に語り掛ける。父の姿をした、別のものに。ゆきの父親は、冬の日に確かに遠くへ行ってしまったのだ。
 夥しい赤の記憶と共に、まだ温かい両親の体に触れた感覚を今も鮮明に覚えている。
 冷えていくその絶望も。何も知らない自分が、奪われた日。
 もし、とゆきは思う。自分が出掛けていなければ、或いはもう少し衝動的で身勝手であれば、共に逝けたのだろう。
 誘いは酷く魅力的だ。けれどそれは、己の心が呼んだ誘惑だ。
 負けてしまえば――本物の両親に、孤児であった自らを育ててくれた彼らに合わせる顔がない。
 だから、この足は踏み出せなかった。
「お優しい方。お父様に会わせて下さって、ありがとう」
 正面を向いたまま、ゆきは穏やかに述べる。
 握る手は力強く、暖かく……けれどその間から抜けていく彼女の手を引き止める事はしなかった。
 隣を見る。
 もう、懐かしい顔はいなかった。
 ゆきはまた、一人だった。
 それでも一つ笑みを浮かべて、内側に向けて柵を軽く飛び越えた。

●私の中の貴女を×××
 眩い。『忘却仕様オーバーホール』ケイティー・アルバーディーナ(BNE004388)が目を細めたのは、窓に反射した日の光のせいだったのか。彼女を待っていたかのように笑った姿が『妹』だったからか。

 でも、それは妹じゃない。彼女に向けて歩きながら、ケイティーは口を開いた。無邪気で優しく、いつも一緒にいた可愛い妹の話を。終わりは簡単だ。妹は死んでしまった。
 ケイティーは生き延びた。異世界まで来た。友人の為に、何よりも妹の事を忘れるために、戦いに身を投じた。でも、無理だった。忘れる為の戦いは、全て妹の最期と結び付いて逃げてしまった自分を責める。この思い出は、消えないのだと。『私』が死ぬまで忘れられないのだと、知った。
 だから。
 もう一度、殺そう。
 妹を。
 自分を。
 全部全部、忘れる為に。

 妹の姿をした誰かが、手を伸ばした。いっしょにしんであげる。確かにそう、紡いだ。
「嬉しいわ、でもお断り」
 手を振りほどき、ケイティーは振り返らず柵を越える。妹がもう一度死ぬ所を見るなんて、嫌だ。落下しながら、彼女の死に様を思い出すなんてまっぴらだ。
「大丈夫、一人で死ねるから」
 伸びて来た手を、牽制した。ここで握られたら、涙腺と共に何かが壊れてしまう。そんなのはごめんだ。殺そう。殺そう。心の中の妹を、『自分』を。
「じゃあね。聞いてくれて、ありがと」
 目が眩む。怖い怖い。死ぬのは怖い。忘れるのは怖い。覚えているのは怖い。忘れさせて、お願いだから。そう願う事は己のエゴかも知れないけれど、どうか忘れさせて。
 視界の端に映った妹は寂しそうに笑っていた。自分がそう、願っていただけかも知れない。
「ね? だから、もう大丈夫、大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫……」
 震える歯を食い縛り、涙で歪む視界を瞼で閉ざした。

 浮遊する感覚の中。
 涙が一粒、零れて置き去りになった。

●問:己の生は無意味であったか
 赤い夕日が『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)を見ている。よおく見知った顔と一緒に。秋の日は釣瓶落とし。すぐにその顔も暗さに泥んで見えなくなる事だろう。
「よう、随分ぶりだ。未練でもあったかね」
 声を掛ける。それが自分であると知っているから、笑いが漏れる程に滑稽この上ない。
 学生服を纏った姿。『ひと』のままでいる自分。風が小烏の腕を撫でた。翼と化した左腕を。
『あれ』に未練があるかどうかなんて、自分が一番よく知っている。
 頬を撫でる羽の感触。この腕さえなければ元の生活に戻れるのだと思っていた。切り落としてしまえば、それで済むと思っていた。
 けれど、己の腕を切り落とす覚悟は、三十余年を経て尚も付かなかった。惰性で生きて、居場所を求めて行き着いた先は前途多難の方舟。真面目に戦うなんて御免だった。それでも方舟は容赦なく厄介ごとに巻き込まれて、たった一つの戦場で生死が、世界が左右される。
 それでも。
 小烏はふっと息を吐いた。
 戦うのが嫌なら、止めればいいのだ。誰にも強制はされていない。
 もう生きるのに疲れたならば、首を括ってそれで終いだ。
 きっとそれが一番楽で、一番いい。
 でも。
「四十にして惑わずってのは、ありゃ嘘だね。未だに踏ん切れずだったんだから」
 世間話のように呟いて、自分の隣に並ぶ。『正常』な姿の自分は、微笑んでいた。
 死ねば終わり。それで楽。でも。それで、いいのか。目を細めた。
 何も無く、何も成さず、ただ生きて死ぬ。それは本当に、『自分』なのか。
 左腕を失ったせいで、自分はなくなってしまったのか。全部全部、仕方ない事なのか。

 参ったね。

 沈む夕日が目を射た。如何にも、それは嫌であるようだ。
 左腕を振る。こんな腕一本の所為で、人生台無しだと泣き言吐くのは反吐が出る。自分の人生は、これくらいで何も掴めなくなるような、そんなものじゃない。残った片腕で、何かひとつを掴んで逝きたい。
 だからもう、両腕の揃った『自分』では駄目なのだ。
「殺してやるよ」
 小烏が人の右手で握ったのは、失った左腕。
 殺してやろう、その未練を。一緒に死のう、この後悔と。
 いつか死んだ『自分』は、自分に追い付くから。
 そうしたら、また会おう。
 
 地面と触れ合う前に、小烏は目を閉じた。

●不器用な表情と歪な愛情とよくある『フツウ』
 雲の掛かった、星空が見えた。
『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は常の通り無感動に目を瞬かせる。
 そっと振った手が呼んだのは、己の影。表情には出さず、いつもの様に声を掛けた。
「奇遇だな、夜風が気持ち良いか?」
 問えば、柵の外に立った彼は、ああ、といつもの様に軽く笑う。
 気軽に柵を飛び越えた。その先が芝生でもあるかのように。彼はそれを止めない。
 街のネオンが光っていた。照らされて、彼はいつもと変わらない表情をしている。
 この先に足を踏み出したくないか、と問われれば否定は出来ない。
 だが、それは自ら命を絶つ事を望むと言うよりも――傍らの彼の反応を見たいが故に。
 自分が死のうと飛び降りたら、どんな表情をするのだろうか。
 変則的な自殺願望。求めているのは、死そのものよりも愛しい人の表情。捩れ曲がった好奇心と、独占欲と恋心。

 彼は何も気付いた風はない。そうあろうとしているのか、実際彼が些か鈍感だとユーヌが思っているからか。
 伸ばされた手をするりと抜けて、そのまま散歩に移る様に宙に踏み出す。
 彼の手は、待機させていた影人に掴まれて途中で止まった。
 求めているのは、心中ではない。
 自分にしか見られない、未知の表情を彼は浮かべてくれるのだろうか。
 彼にとって、自分はそれだけの価値があるのだろうか。掛け金が命だとしても、意味のある賭けだった。浮遊感と、重力に引き摺られる感覚。

 彼の目は軽く見開かれただけだった。それが『彼』が浮かべるであろう表情なのか、『紛い物』が想定外の行動に驚いただけだったのか。それすらこの短い間には判別できやしない。
 落ちる一瞬に、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
 例え本物だとしても、もっと高い所でなければ彼の理解は彼女の激突には追い付かなかったかも知れない。
 ああ。残念。
 激痛が背を、体を打つまで、ユーヌの目はただ頭上の彼の目へと向けられていた。
 所詮は紛い物だと知ってはいたのだけれど。

●彼もしくは彼女が生き延びる蓋然性
 暗い闇が、手を伸ばしてきている。
 紺色に彩られた人影に、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は近寄った。
「久しぶりですね、お父さん……」
 無表情の顔、声に情感を込め――肩を竦める。本物ならば、即説教が飛んできたであろう。
 足元には、常人にとって死への直通高速エレベーター。
 それに乗る事を、本物の父が……家族が望んでいないのは、推察できた。家族は全員、うさぎを庇った。彼らの最優先は、自らではなくうさぎだった。それは、知っている。けれど。
「もう、疲れました」
 漏れた言葉に嘘偽りはない。
 一つを切欠に、塞き止めていた筈の言葉が決壊して行く。
 皆は庇わねば死ななかったのではないか。自分が死んでいれば殺されずに済んだのではないか。自分がいようがいまいが皆死んだかも知れない。だがそんなの、他の人だって一緒だ。自分が助けた人も、守った人も、殺した人も、全部自分以外の誰かでも良かったのではなかろうか。生きて死んで殺して殺されて、そんな連鎖に頭が痛い。答えがないのは知っている。でも止まらない。答えのない問いを繰り返す自分が下らなく思えて仕方ない。

 何で皆、死んだのか。
 何で私は、生きているのか。

「分からない事に疲れま……疲れた! 疲れたの!」
 繕った表情と口調を放り捨てて、幼子の様に喚く。瞳から涙が落ちていた。もうやだ。もうやだ。言っても仕方ないのに、言葉は漏れてくる。いやだいやだいやだ。
 優しく伸ばされた手を、握った。大きなその手と、静かに繰り返すのは終わりのない指相撲。
 父さん。私、好きな人が出来たんよ。
 声を落ち着けて、家族の団欒のようにうさぎは告げた。一緒に死のうと囁いてくれる人が、その人ではなく父で少しガッカリした、と首を振って。
「でも、私あの人に死んで欲しくないもん。てか、絶対死なせてやらん」
 一息、吐く。
「父さん。それから『あなた』も」
 微笑む父。優しい残滓。生を厭い死を請い自ら死ぬ逝く人々がそれでも願った、『共に逝く誰か』であろうとする『あなた』に。
「有難う」
 大丈夫なんて、気休めでも言えないけれど。平気だなんて、嘘でも言えないけれど。
 どうか、遠くでこれからも心配していて。

 父の姿は、街を覆おうとする闇に溶けて、消えた。

●救った命≠殺した命
 曇天だ。薄曇りの空模様よりも曖昧な姿がそこに佇んでいるのを『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は見た。
 見てはいない。はっきりと捉えるのを、無意識で拒んでいる。
 思い出したくない記憶。死を厭い、拒みながら足掻いた手。声よりも切実な哀願を浮かべていた目。耳を震わす事なく消えた断末魔を紡いだ口。鮮やかな赤を散らした、頸。
 覚えている。全部、わたしが殺した人たちだ。
 どんな分類をされていようが、彼らは全員、ひとだったのに。

 気付いてしまったその瞬間、彼/彼女は、『わたし』になった。
 血に塗れた姿で、嗤っている。
 唇はひとごろし、と言葉を結んでいた。
 唇はぎぜんしゃ、とその端を上げていた。
 嘲りと冷たさを交えながら、けれど『わたし』は優しく誘う。ねえ苦しいんでしょう。どうせまた殺すんでしょう。罪と罰を重ねていくだけなんでしょう。それならいっそ。
『しんでしまえば、みんなわたしのことをゆるしてくれるよ』
 苦しかったの。心が痛かったの。辛さで心が引き裂けそうだったの。こんなに、こんなに、こんなにこんなに、自分から死を願うくらいに思い詰めていたの。
 自責は一枚の免罪符。自殺は一通の嘆願書。許して。ねえ許して。

 優しいわたし。自分から向けられる嘲笑も冷笑も責める言葉も、罪悪感を和らげる手段。
 ぬるりとした感触は、いつの間にか掌に包まれる感触へと変わっていた。
 手に、力を込める。言葉と表情にそぐわぬ優しさで握るその手を、強く強く。
「わたしは、絶対に許されちゃいけない」
 死は安楽だ。考えずに済む。罪の重さを考えずに済む。罪に潰されずに済む。血の生温さを味わう事もなく、這いつくばって泥を舐める事もない。
 でも、それではいけないのだ。誰が許してくれても、舞姫はそんな自分を、きっと許せない。
 全てを背負うつもりで、それでも罪から目を逸らしていた。
 だけれどもう、逃げない。
「ありがとう」
 手を握ったまま、舞姫は呟いた。
 わたしという罪。あなたという罰。表裏一体。
 だから、この手は離さない。

「ねえ、一緒に生きてくれる?」

 死なない。死ねない。血と泥に塗れて藻掻き苦しんでも、生き続けなければならない。
 わたしが罪だというならば、それこそが罰。だから最期まで、一緒に生きよう。
 反対側を向いた、『わたし』が微笑む。
 握った手が溶け合って、一つに重なった。

●0にも1にも為っては成らぬ
 赤く染まった、屋上だった。誰かが手招いているのを『0』氏名 姓(BNE002967)は見た。
 男か女かも分からない。顔がなく見える。分からないのだ。
 両親の顔を思い出せないのと、似た感覚だった。
 思えば『死』を意識したのは、その両親の死が切っ掛けだった。片手の指にも足りない年で思ったのは、呆気ない、というただそれだけ。存在すらも、無慈悲な時に押し流されて曖昧になるのだと知った。
 思い出せない。その感覚は覚えているのに、両親の顔はもう思い出せない。
 死は無である。ならば、無は何か。理解したかった。
 思い出すのはもう一人。死の価値を教えてくれた祖母。
 生きる事への義務、苦しみ、それらに束縛された彼女が死に顔に浮かべたのは、生の苦痛から解放された安寧であった。祖母の死に顔を見たその時から、姓は、死を『生き抜いたものへの褒美』なのだと理解した。
 死は無である。だから手に入れた瞬間に、その価値は消えてしまう。
 それでも、『欲しい』と思った。

「……そういえば、夏が終わるね」
 手招く彼/彼女に、姓は笑う。命の輝く、眩い季節。花は枯れねば種を残せぬ。次へ繋ぐ為、命を燃やす。有限であるが故に、何かを成そうと燦然と輝きそして散る。
 それが、愛しくて仕方ない。
 だからこそ、生命は死なねばならない。世界は有限で、全てを無限には養えない。
 姓の手が死を齎すのは、何処かに『意味』を与えたいからであろう。
「ねえ、君は私の死を祝福してくれるだろうか?」
 問い掛けて、手を握った。――よく頑張ったね。よく生きたね。君の生には意味があった。
 そんな、祝福を。
 けれど答えを待たず、姓は首を振る。
 分かっているのだ、答えなんて。
「ねえ、嘗ての『私』」
 握った手の先には、顔がある。自分と同じ顔がある。
 意味があった、と殺したかった。
 意味があった、と殺されたかった。
 その両方を、成せるのだ。それが、とても嬉しい。
 死んで『貰う』んじゃない。

「一緒に、死んであげるよ」

 微笑む『私』と私は、多分同じ、とても優しい顔をしていたに違いない。


●彼/彼女は一人じゃなかった
 夕暮れ。赤く染まったビル。
 もし見上げた人がいたならば、驚いて足を止めていたに違いない。
 人が並んでいる。老いも若きも男も女もばらばらに、手を繋いだ人々が柵の外側に並んでいた。
 笑っている。優しく笑っている。何もかも受け入れるように笑っている。
 繋いだその手を軽く揺らして、これから暖かい家に帰るのだとでも言うかのように。
 夕日に溶けていくように、姿を薄くした人々が優しい笑顔で数を刻む。
 皆で死ねば、寂しくない。飛び降りるまでのカウントダウン。
 この世にお別れする数字。
 いち、にの、さん。
 髪が、帽子が、上着が、スカートが、夕暮れに舞った。薄れた。


 それでは皆様、さようなら!
 
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 さようなら。さようなら。