●私を守るスーパーエゴ 殺すつもりはなかった。殺すつもりはなかったんだ。 ほんの、一瞬。一瞬ぽっち。いきなり知らない人に手を捕まれたから、私は、私は、「やめて下さい」って振り払っただけ。振り払って、走って逃げるつもりだった。だったのに。 ――これはどういう事? 私の目の前で、『知らない人』はぐずぐずの肉塊になっている。 ――これはどういう事? 私の周りで、人々が驚愕に凍り付いている。 「人殺し」 誰かが言った。 「ひ、ひ、人殺し、人殺しだ!」 誰かも言った。誰もかれもが言った。 ――どうして、どうして? 訳が分からなくて。走って。逃げた。人々の悲鳴が聞こえる。人殺し、人殺し。違う。私は、人殺しなんかじゃ、ない。違う。違う。私じゃ――ない。 ●まれによくある『かわいそうな』話 「何であれ他人の命を奪うのは悪い事、とありますが――殺意や悪意も無ければ『ほんの偶然』で起きてしまった殺人は悪い事でしょうか? 『殺人者』は裁かれるべきなのでしょうか?」 事務椅子をくるんと回し振り返った『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)が、集った一同に問うた。目には目を、なんて言葉もあるけれど。 「……等と申し上げましたが、本日皆々様にお集まり頂いたのは議論の為ではございません。任務ですぞ!」 話題を切り展開する背後モニター。何処にでも居そうな女子高生が一人。 「任務内容は彼女――フェーズ2ノーフェイス『ノゾミ』及びその増殖性革醒現象によって生じたEフォースの討伐」 告げられた言葉に嘘はない。悪意もない。それはただ真実、神秘界隈ではよくある話の一つ。『革醒した罪無き一般人だった者を殺す事』。 故にメルクリィは表情を変えない。『悲しい』を見せるなどと情を誘う様な行為はリベリスタへの冒涜に他ならず。しかし同時に蔑みも喜びもなく、あるのは直向きなリベリスタへの信頼である。 「なんとも『運命の悪戯』と言う他にない状況でしてな……『不審者が女性の手を掴み、女性はそれを振り払って逃げた』なら我々が関わる事はなかったのでしょうが。それは彼女の革醒の直後に起こってしまいましてね」 もう言わずとも分かるだろう。ノーフェイスの神秘強化された力でただの人間を『思いっ切り』振り払ったら。 そう。ノゾミは人を殺してしまった。殺意も悪意も無かったのに。 「事態を飲み込めていない彼女はその場から逃げだし、裏路地に隠れています。発見自体は容易でしょう」 サテ――メルクリィはリベリスタ達へ視線を向け直す。 「説明は以上です。……それでは皆々様、いってらっしゃいませ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月15日(日)22:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●いつもの毎日 暗い、路地裏に。響くのは幾つかの足音。 曰く、Life is a tragedy when seen in close-up,but a comedy in long-shot――人生は要所で見ると悲劇、長い目で見ると喜劇。ならば、先が無くなった舞台には悲劇しかないのか? 「そうだとしたらレミゼラブル。運命ってヤツはとことん人間様が嫌いと見えるね」 戯曲を物語る様に手を広げ、『墓守』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)。なんて皮肉だ、この言葉は『喜劇』の王様のものなのに。 「彼女の行為はただの正当防衛。だからって見逃す訳にはいかないんだけど」 「運が悪かったというだけでは悲しいものですね。それでも、優しく終わらせる事ぐらいは許されるでしょう」 ままならないと肩を竦めた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の言葉に、頷いたのは『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)。「全力で参ります、よろしくお願い致します」と凛子は手術用手袋をその手に装着する。 もう、彼女が『戻れない』のなら――『Radical Heart』蘭・羽音(BNE001477)はそっと、人斬りチェーンソーを握り締める。 「せめて……あたし達にできる、精一杯のことをしよう。彼女にとって、少しでも良い最期を……」 分かっている。討伐対象<ノゾミ>は何も悪くない。 悪かったのは『運』だ。 神秘は気紛れだ、どこまでも――そしてその所為で不幸になるのは、いつだって弱い人。 分かっている、ありきたりだ、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は表情こそ平静ながらも、どこか不服そうに機械の尾の先を揺らす。『それ』を『慣れた』とは、魅零にはとても思えなかった。 (どうして世界は優しくないのだろう) どうにもならない事ばかり。だからこそ願いて曰く、「こうしたい」「ああしたい」。 「業だな……救い様が無い」 俺自身も含めてな。願望は所詮願望、『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)は自嘲の笑みすら浮かべない。 「手を振り払ったら人が肉塊になった」 ただの人間の腕の一振りが自動車の衝突並の破壊力。「なんとまぁ」と『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は呆れた様な物言いだ。改めて『我々』とはとんだ凶悪な害獣である。七派のトップの超強力なエリューションだったか? 嗚呼、如何にも野生動物の群れ。 まぁ何であろうと。見た目が純情可憐な少女であろうと。同情や憐みなどしない。『自分と同じ』エリューションになど。 「わたしは敵。人類と人類の敵の敵。では、仕事の時間です」 両手に銃を。『ただの人間』でアークを纏める時村沙織に敬意を。大事ですよね、やりがいのある仕事。 ●日常 二手に分かれて、暗闇を見通して。結界によって周囲にひとけの欠片も無い。 「ここにいるようです」 「こんな所に隠れてたって無駄だぜ。人の目ってのは誤魔化せないもんさ」 凛子の言葉に続いて、処刑人の剣を担いだ劫が闇より現れた。ヒッ、と悲鳴を上げたのは、路地裏の隅で蹲っていた少女。ノーフェイス。ノゾミ。震えた吐息。誰、と問われるその前に。 「ハァイ! ノゾミちゃん! すっごく良い顔してるじゃん? ハッピーかい?」 凛子が予め施していた翼を翻し、一直線。へらへら笑いながら急速に間合いを詰めるノアノア、の、紅い目に。振り返った少女の見開かれた恐怖が映り込む。容赦なく振り翳していたのは一方的に執り行われる理不尽な契約。理不尽にして強引な刃。執行されるのは『重い正義の一撃』。急襲ざくり。ノーフェイスの背中に刻む。赤。 「う、あ、何、いやぁあっ」 理解が追い付かない脳。狼狽するノゾミが遮二無二ノアノアを退けようと手を振り払う。衝撃の壁。ノアノアは盾として誇り高き古城の外壁を構えて飛び下がる。口元に厭味ったらしい笑みを浮かべたまま。 「ワケが分からないって顔をしてるねえ? 仕方ないなあ、ちょっとだけ説明してあげよう」 くる、くる、回す刃。血の付いた切っ先を舐め上げる舌。 「君が殺したと思ってる男が居るだろう? あれを殺したのはボクたちさ」 「っ!? な、なんで」 「なんでって? 決まってるじゃないか! 君を殺すためだよ! 現に君は今こうして人気のない所へ追い詰められ、狩られようとしている!」 じり。一歩。ノゾミは下がる。けれど、前にも後ろにも武器を構えた『不気味な異形達』。目の前の女には角が生えている。或いは脚が鳥、腰から機械の尾、見た目は人間でも非現実的な武器を手に手にした存在達。 そんな中、一歩。前に出た男に、ノゾミは見覚えがあった。 「ま、殺したってのも嘘でね。貴女をハメるために殺されたように見せかけただけ、ただの手品さ」 薄笑うその男は、『ノゾミが殺した男』。少女が絶句する。けれど。 「『なぁんてね』! 手品ついでにこんなのはどう?」 言下に男の姿が揺らいで、そこにいたのは『氷の仮面』青島 沙希(BNE004419)。ビックリした? とコケにするように嘲笑う。 その裏で――思う。沙希はリベリスタとしてノーフェイス化した人を殺した事も、芝居の中で虚構の人殺しを行った事もあった。人の死は、あっけない。そればかり繰り返せば尚更、感覚や感情も鈍るもので。 (あーあ、麻痺してるなぁ、あたし) 『悪役』の演技をしながら。『汚れた』とまではいかないけれど、普通でないのは確かな事実。そして、そんな事実が『普通』である人が殆ど居ないこともまた事実。だって、世の中の人間は大半が『マトモ』だもの。 「ほらほらぁ、怖い? みっともなく泣いちゃえばァ!?」 告死の印をノゾミが纏うボウエイに刻みつけんとしながら。暗くて当て辛い。最中に聞こえるのは少女の悲鳴。泣いている。当たり前よね――『こんな状況』で動揺したり錯乱するのは。人を殺してしまったのは。それが殺意によるものじゃなくて、偶然じゃ尚更。 ノゾミの拒絶本能に吹っ飛ばされる。壁に背中がどんとぶつかって。呻いた沙希の脳内に、ボウエイが攻撃を仕掛けてくる。恐慌。ノゾミの心理が雪崩れ込む。怖い、怖い、こわいこわいこわいこわい助けて誰か助けて助けて死にたくないおかあさんおとうさん嫌だ死にたくないお家に帰りたい怖い怖い助けて夢なら醒めて。 そんな、彼女が。少しでも安らかに死ねると言うのなら。 「あは。アハハハハハ。全然効かないわよ?」 こうやって皆と『悪』になるのも吝かではない。偽善にすらなってないかも、しれないけどね。 「イヒヒ、アヒャハハハハハハ! 人ってさぁ、脆いよね。ちょっと斬っただけですぐ動かなくなる」 ぬらりと剣を手に、首を傾け魅零は哂う。その肌を蛇の様に這うのは不滅の紋様、悍ましき黒の死霊術。「こないで」と少女の絶叫に踏み止まり、肌にちりっと痛みを覚えながら、けれど早急にその傷を再生させながら、刃を一振るい。闇を放ち、ボウエイを穿つ。 「殺されちゃうよ? 死にたくないよね、殺し合おうよ」 放った言葉は全て演技だ。『あの男を殺した殺人鬼は自分達で、ノゾミは殺人をしていない』と思わせる為の。嘘。全く、最低な言葉だわ。自嘲する。尤も、仕事で人を殺す自分達が殺人鬼である事は事実かもしれないけれど。嗚呼、皮肉ばかりの馬鹿騒ぎ。揺らめくボウエイが嫌だと呪う。 ボウエイ――防衛? 護るのはノゾミ自身だろうか。死にたくないのだろうか。そうなのだろうか。 (でも、ごめんね) 謝罪が言葉になる事はない。げらげらげらげら、狂った態度で全てを隠蔽。 それに加わるのは暴力的なまでのチェーンソーの駆動音だった。ぎゅいぃいいいんばるばるばる。魅零が穿ったボウエイの内、尤も傷付いているだろうそれへ無慈悲に振り下ろされたのは、稲妻を纏うラディカル・エンジン。奔る電光が暗闇の中、羽音の顔を照らし出す。その目はじっと、ノゾミを見ていた。 「人殺しは、あたし達だ。貴女を人殺しにしようとした、悪い人だよ。貴女は何も、悪くない」 「じゃあ、どうして、こんな事……!」 「貴女は、ただ……他の人より、運が悪かっただけ。……残念、だったね」 「その通り。アンタには恨みも何も無いが、死んで貰う。はは、暴れたら余計に痛くなるかもな?」 訥々と語る羽音の言葉を引き継いだのは『沢山の劫』。淡々と重なった声。多重の分身。義衛郎も同じ技を繰り出して、圧倒的手数を用いてボウエイを切り刻む。身体のギアを引き上げた速度の技。 「すみませんが此方にも込み入った事情がありまして。まあ今から死ぬ貴女には関係の無いことですが」 悪党らしく。冷たい眼差し。そんな彼等の悪の演技が功を奏したか、ノゾミの目には恐怖と共に怒りがあった。睨ね付ける。その肩を、あばたがエリューション用拳銃『シュレーディンガー』とゲテモノピストル『マクスウェル』から放った弾丸が貫いた。痛みにノゾミの顔が歪む。呻いたその口が、叫ぶ―― 「やめて!」 それは神秘の奔流となり、リベリスタ達を巻き込んだ。あばたを、B班の者達を。頽れたあばたを、傷付いた仲間達を見。手袋を装着した白い手を翳したのは凛子。 「あげくのはての理想郷」 全ての救い、機械仕掛けの神。舞い降りた奇跡が全てを癒し、治し、痛みと言う脅威から解放する。 「怪我も治療しますが、慎重にです。支援はお任せ下さい」 体内魔力を循環させ、彼女は戦況を見守り続ける。抗う少女。死にゆく少女。ノゾミに対して、一体どんな言葉や態度が救いになろうか? だからこそ、黙し。同情せず。粛々と癒しの呪文。この悲しみをここで終わらせる為に。 そして、リベリスタ達の刃に最後のボウエイが切り裂かれて居なくなる。 「しかし誤算だったよ。まさか君も力に目覚めるなんて!」 残滓を、踏み潰して。もう気付いているんだろう。刃の切っ先を突き付ける。こんな『バケモノ』と渡り合うノゾミもまた、『バケモノ』だと言う事に。ノアノアは言葉を操る。不信、狼狽、恐怖、絶望、それらの原因は全て『己』であると。 「死にたくないかい? 死にたくないだろう? じゃあ、逃げてみなよ!」 「う……うぅう、うああああああッ!」 冷笑するノアノアに、泣きながら叫ぶノゾミが拒絶の一撃を放つ。沙希を巻き込み、その意識を奪い去る。 これ以上やらせはしない。白衣を翻し、凛子が水面の如く澄んだ眼差しを向ける。降臨させるは神の愛、救済の為の偉大なる奇跡。 「愛の奇跡というと少し気障ですね」 お気を付けて。仲間に支援の言葉を送る。皮肉、皮肉だ、何もかも。傷が消え、処刑の剣を握り直す劫はノゾミを見澄ます。 「さあ、死因はアンタに選ばせてやる。首をバッサリやられるのが好みか? それとも、上半身と下半身が生き分れるのがお望みか? もっとハードなのが良いなら要相談だぜ?」 逃がすものかと間合いを詰めて。フェーズ2と言えど所詮は『ただの人間』だった少女。力任せの攻撃ばかり。そこにこそ隙はある。突き立てた。ずぶり、少女の腹に剣が突きささる柔らかい感触が劫の手に伝わって。ヒッと引き攣った声が聞こえて。嗚呼、嫌な、嫌な瞬間だ。表情を変えぬまま、少年は突き刺した剣を振り抜いた。撒き散らされる赤。ビチャビチャと飛び散る音。 「ひ、人殺し、人殺し」 がちがちがち。歯の根を鳴らして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、おびえ切った表情で、震えた声で。刺された腹を抑えたノゾミが見ている。 「どうして……どうして……何で……」 運が悪かっただけ、と言われて。そうですね、と頷ける筈もなく。どうして。どうして。涙を零す。悲鳴を漏らす。 「光あれ」 そんな彼女を横殴りに焼いたのは凛子のジャッジメントレイだった。半歩蹌踉めき、けれど踏み止まる『世界から愛されなかったバケモノ』は最早言葉にならない言葉を叫んで衝撃を放つ。こないで。さわらないで。。やめて 「来ないで、触らないで、止めて。そうだね、でも私は触るし近寄るし止めない」 その感情はきっとマトモな人間として極々マトモな反応なのだろう。『歯列を剥いて狂った様に笑う』演技をしながら、魅零は刃の切っ先をノゾミに突き付ける。うぞ、と黒が蠢き、真っ黒い匣。あらゆる苦痛を押し込めたビックリ匣。びよよーん。ぎゃはははは。 風前の灯。抗う様に、拒絶本能。不可視の壁が、周囲リベリスタを吹っ飛ばす。 「っ……」 義衛郎は三徳を地面に突き立て吹き飛ばされたまま背中から転倒する事は辛うじて防いだ。血粒と共に翻る瀟灑な外套。幻惑の武技から生まれる幻影が、刹那を切り裂きノゾミに痛打を与える。 同刻、同様に吹き飛ばされた羽音も鉤爪の脚で地面を蹴った。幾度吹き飛ばされ様が、前へ。あくまでも前へ。脚を、手を、武器を止めない。攻撃を止めない。止めてしまえば、気を抜いてしまえば――何も出来なくなってしまいそうで。だから彼女は、『悪役』として止まらない。止まる事は許されない。 (あたし達にできることは、ノゾミを神秘から開放してあげること……) だから、絶対に手加減はしない。先よりも集中を重ねた刃。ぎゅりぃいいんと回る刃。そこに込めるは、生死を切り分ける破滅の力。 「……早く、終わらせてあげる」 告げて。振り上げて。振り下ろす。高速回転する刃が肉を引き千切る湿った感触。少女の絶叫。びちゃびちゃびちゃと飛び散る血潮が羽音の端正な顔に降りかかる。びしゃびしゃびしゃ。赤く染める。それでも、羽音が目を逸らす事はなかった。 「理不尽だろう?」 片膝を突いたノゾミの、眼前。足音一つ。見上げたそこに見下ろすノアノア。冷徹な笑み。 ――運命からは逃れられない。Sir.Distinyは甘くない。 だからボクが救ってあげよう。 せめて、人殺しという名の大罪からは。 「……それが世界ってモンだ。『望み』なんてものは、無いのさ」 ノゾミ。きっと希望を持てる様にだとか、そんな意味を込めて両親がつけたのだろう。嗚呼、本当、何処までもブラックなジョーク。言葉の終わりと、打ち込まれる拳と。ノゾミの生命力と精神力を不当なまでに搾取する。インカムゲイン。 それでも、ノゾミはまだ息をしている。蹌踉めいてふらついて、泣いて泣いて、壁に手を突き、ぼとぼと血を流し、どろどろナカミを零し、ふらふら逃げようと。おかあさん、おかあさん、そう呟きながら。 小さな背中。生きたい背中。 (貴女は悪くないんだよ) ただ、不運なだけだった。魅零が静かに刃を向ける。最後くらい、いい夢見てね。 「さようなら、死ねばきっと解るよ」 そうこれは悪い夢。全部夢。 ノゾミはこれからベッドで飛び起きて、悪い夢だった事に気付くのだ。 黒い黒い闇の匣がノゾミの身体を覆ってゆく。閉じ込めて。圧殺。真っ黒く、目蓋の裏より真っ黒く。 「……それが本当だったらいいんだけどね」 魅零の呟きもまた、闇の中に掻き消えた。 何処か遠くで、何処かの遠くで、街の喧騒が聞こえた様な。遠巻きのクラクション一つ。 ●夜は終わる 冷たい骸。血溜りで横たわった少女。 その傍に、羽音はそっとしゃがみ込み。恐怖のままに見開かれた目を閉じさせて。温度の無い手を、優しく握った。 「……ごめんね……おやすみ、ノゾミ……」 こんな言葉で許される筈が、ないけれど。そう言わずには居られなかった。言葉は届かなくていい。悪いのは、自分達。けれど、けれど…… (……こういう方法でしか、彼女を開放できないなんて……) もどかしいな。ただ、目を閉じる。 「貴女を受け入れる事はできませんが、最後を看取りましょう」 凛子も十字を切り、人間だった彼女の冥福を祈る。劫は彼女達の様子を遠巻きに眺めていた。アークにも連絡をつけた。彼女の死体は処理班の手に委ねられるだろう。羽音の希望通りに人として弔われるだろうが――その真相を、彼女の家族が知る事はない。 何時か、誰かに恨まれて殺されても文句は言えないな。少年は、死した少女を見詰めて思う。嗚呼、それでも。 (人殺しの罪を被っても生きたいと思ってしまうのは、悪い事なんだろうか) それに、ノゾミが答える事はない。誰も答える者はいない。 やれやれだ―― 「殺して生かす、だなんてまるで気の利いたジョークさ」 この世がジョークだと言うのなら。全人類はコメディアンか。傑作だ。秋の気配を孕む冷たい風に、ノアノアの長い髪が揺蕩う。付近の光源は義衛郎の持つランタン一つ。それから伸びる光が、それによって生まれる影が、ノアノアの足元。片方は光。片方は影。 「善悪だなんてボクには関係ないね。ボクは魔王、ノアノア・アンダーテイカーだ」 吐き捨てて、その境界を踏み躙る。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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