● 「きゃああああっ!?」 森の中に悲鳴が響く。 悲鳴を上げた少女は10人程の追手に追われ、逃げ惑っている。 「追え、捕まえろ!」 後を追う追手達は少女の生け捕りを考えているのだろう、少しずつではあるが、だが確実に少女との距離を縮めていく。 だが――少女も追手も、この世界の住人ではない。 少女の名はスピカ。 追ってくる者達から逃げる最中、偶然開いていた穴を通って逃げてきたアザーバイドだ。 そしてもちろん、追手達も同じ世界に住むアザーバイドである。 「さぁ、もう逃げられませんぞ。その『豊穣の稲穂』を我等の手にするために……一緒に来てもらいましょうか」 しばらくの後、少女を追い詰めた追手の手がゆっくりと伸びる。 「ぐわっ!?」 「な、なんだ貴様!」 しかしその手が伸びる間際、追手達の半数ほどが倒され、その姿が塵と消えた。 「……なんだぁ? 手応えがまったくないじゃねーか」 追手を倒したのは1人の少年。 名は風祭・翔。 逆凪に所属するフィクサードでありながら、『腹減った!』を連呼しながら各地を彷徨い歩く迷子少年である。 「くそ、この世界の戦士か。1人であの強さ……侮れん! 全軍で攻める必要があるか……!」 「もう少し手応えある戦いを頼むぜー?」 捨て台詞を吐いて逃げていく追手を見送り、翔はけらけらと笑う。 「あの……ありがとうございましたっ。それで、よろしければ、その……」 「良いぜ? どうせあいつ等を全員ぶちのめせってんだろ。やってやるよ、修行のついでだ」 ――それが、人間の少年とアザーバイドの少女の出会いだった。 ● 「……今、帰ったぜ」 「まぁ、どうしたのですか、翔! 傷だらけで……」 「はっはっは、トラックと正面衝突しちまったぜ」 「とらっく……って、なんですか?」 それからしばらくの時間が流れ、翔はボロボロの姿でスピカの隠れている洞窟へと辿り着いていた。 トラックと正面衝突したなどと言ってはいるが、実際はリベリスタとの悶着になった結果で彼はボロボロだった。 それでも彼は事実を言わない。 それが格好悪い事だと、なんとなく思っているからだ。 「でも、手当てしないといけません。そこに座ってください」 「良いってこんなの。唾付けときゃ治る。しかし――まだお前が無事なところを見ると、まだみたいだな」 それ以上に、先日出会った追手が吐き捨てた『全軍で攻める』という言葉がひっかかっているらしい。 スピカの話によれば、こうだ。 彼女は、元の世界ではお姫様。 しかしある日、軍部の過激派が政権を奪取――早い話がクーデターを起こし、彼女はその立場から追い落とされてしまった。 本来ならそこで話は終わるはずだが、彼女の持つ『豊穣の稲穂』はその世界において全ての食料を司る存在だった事が、執拗に追われる要因となった。 加えて、『豊穣の稲穂』を完全に扱えるのはスピカのみ。 ともすれば、クーデターを起こした過激派が彼女を捕らえようとするのは当然の話だ。 ――スピカが食料を司っている限り、飢餓が発生する可能性が非常に高いのだから。 「……しかし、およそ1000人か。勝てるかなぁ」 ぼやいた翔は、勝てば一騎当千を地でいくなどと考えているのだろうか。 ボロボロの姿でありながらも、戦意だけは非常に高い。 強者と戦い、強くなる事だけを求める彼にとっては、望んで当然の戦場とはいえよう。 「やっぱり、無理ですよ。私が捕まれば、この世界の方にも迷惑はかかりませんから……」 「そーゆーのは無しな。この喧嘩は俺様が買ってんだからよ。お前の世界の軍隊1つ壊滅させたら、俺様の最強っぷりに拍車がかかるぜ!」 とはいえ、やはり多勢に無勢にも程がある。 無理だと判断したスピカが投降を考えるのも無理はないが、それでも翔は正面からぶつかる気持ちを止めはしない。 この時にスピカを別の場所……穴から離れたところへ逃がす選択肢もあったものの、翔の方向音痴がそれに待ったをかけたのは内緒の話。 逃げたのは良いが『穴はどこだ!』とかいう話になったらスピカを元の世界に返すことすら難しくなってしまうだろう。 『探せ! スピカを探せ!』 『豊穣の稲穂をこの手にいれろ!』 そんな時だ。 遠くから、そんな怒号が届いたのは。 「……ち、来たか。出るぞ。こんなところじゃあ、追い詰められたら逃げ場がねぇ」 「は、はいっ!」 「安心しろ、お前は俺が守ってやっからよ」 1VS1000。 普通に考えれば勝機のない戦いに、1人のフィクサードが立ち向かう――。 ● 「……っていう事なの」 やたらと長い前置きだったが、とりあえず『アザーバイドの軍隊が攻めてくるから退治して』と桜花 美咲 (nBNE000239)は要点だけをかいつまんだ。 数はおよそ1000に上る大軍勢。全軍で攻めるという言葉に嘘偽りはない。 しかしスピカの世界の住人は、この世界の覚醒者が吹けば飛ぶほどに脆く、数だけが多い存在だと美咲は言う。 撃退するだけならば、それほどに難しい話ではない。 さらにスピカを守り抜き、元の世界に返すことまで考えれば話は別だが。 「スピカ姫をどうするかは皆に任せるわ。重要なのは撃退する事だから。気持ち的には助けてあげたいけどね」 幸か不幸か、スピカはフェイトを得ている。 得ているが故に、この世界で保護しても構わない。 しかし彼女を保護してしまえば、彼女の世界は飢餓に苦しみ、滅亡してしまう。 彼女を差し出せば過激派の軍は引くだろうものの、風祭・翔がそれをさせまいと動いてもいる。 下手をすれば軍がさらに増長し、周囲の町に攻め込みかねない懸念もある。 逆に言えば全軍で総攻撃をかけにきているのだから、スピカを守った上でアザーバイド軍を壊滅させれば全てが丸く収まる。 「とりあえず大事なのは、周囲に攻めようなんて気が起きないように撃退する事よ」 リベリスタの第一目的は、それを防ぐための撃退だ。 それ以上を望むかどうか。 それについては、実際に戦うリベリスタの気持ちで決まる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:雪乃静流 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月23日(月)22:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●森を埋め尽くす軍勢 地鳴りを起こす行軍の音は、離れていてもその数が相当なものであると感じさせるモノ。 何も知らない一般人がこの音と声を聞けば、恐怖に慄いて逃げ出すことは間違いない。 「腕が鳴るぜ……俺の拳がこの数を貫く! 燃えるよなぁ」 それでも逆凪のフィクサード、風祭 翔はそんな状況にわくわくしているようだ。 「翔、無理はなさらずっ……。兵はともかく、親衛隊やユピテルの強さは別格ですから……!」 「知るか。どんな相手だろうが、殴ってぶちのめす。俺にはこれしかねぇ!」 心配するスピカ姫にもそういうほどに、戦意だけは非常に高い。 そんな中、翔には一抹の不安が残っていた。 後ろに控えるスピカを守る。そのためには、敵の波に飲まれてしまうわけにはいかない。 加えて覇界闘士である彼は多くの敵を一気に殲滅する手段を持たない。 (シャドウクロークをスピカに被せれば楽だったのに!) 欲しながらも得られなかったアーティファクトを思い出し、翔はスピカ姫を逃がしながらの戦いに身を投じていく。 アザーバイド先発隊およそ300は、そんな2人を飲み込む1つ目の大波――。 「――あん?」 戦う翔の目に映ったのは、そんな大波を引き裂く小さな波だった。 「たった一人の姫君を追うために、未知の世界に踏み込み、それで千人もの戦力を投入……ですか」 構えたガトリングの射線の先にある森の木々すらも撃ち抜くつもりで、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)はそのトリガーにゆっくりと指をかける。 敵の数は多いが、多いだけだ。 「……いくら何でも、頭悪いにも程があるんじゃないですかね」 銃口から激しく火を吹かせた彼女は、そんなアザーバイド軍の全軍攻勢をその一言で切り捨てた。 絶対に手に入れたい存在であるとはいえ、傍目に見れば過剰戦力でしかないだろう。 とはいえ、彼女のガトリングの掃射を受けた部分に一瞬で穴が開くほどに弱い軍勢なのだから、その判断はあながち間違いでもないのだが。 「意地と面子かしら? 食糧危機に陥ったら、クーデターが成功しても国が滅ぶもの」 「道は開きました、お嬢様。いってくださいませ」 モニカが切り開いた道を、主である『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は堂々と進む。 食料を司る事が出来る存在であるスピカ姫の入手は、反逆者ユピテルにとっては絶対に達成しなくてはならない案件だ。 万が一にも失敗が許されないのならば、兵を小出しにするより全力でという部分はユピテルの意地。そして失敗すれば面子も潰れてしまう。 「この世界のリベリスタ、大御堂 彩花。千騎相手といえども怯む事無く受け切ってみせましょう!」 高らかに名乗りを挙げた彼女の狙いは、敵の目を少しでも引き付ける事。 襲い掛かる兵の刃を難なく避け、一閃の元に斬り捨てるその風格は、正しく威風堂々。 「また邪魔する気かよ」 「いいえ、それは違いますよ」 だが、その動きは多くの敵との戦いに燃える翔にとっては邪魔と感じる部分もある。 そうではないと言ったのは、近くにまで迫っていた兵を燃えるような灼熱の砂嵐で蹂躙した『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)だ。 「少年の志を無為にはしたくありませんが、リベリスタと言うのはこういう物なのです。先日頂いた貸しの分は、返させて頂くとしますか」 彼は言う。 手に入れられなかった『シャドウクローク』の分を自分達が補うと。 「意外、でも無いでしょう。異界からの侵略者なんて『リベリスタ』が討つべき敵そのものですよ」 「……リセリアッ!」 加えて知った顔である『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)がそう言うように、確かにリベリスタはそういった者が集まる集団だ。 何度か一緒に戦いもした彼女が言った言葉でもあるせいか、翔も納得せざるをえない。リセリアとの縁を考えれば、彼女の言葉は嘘でない事など翔にでもわかる。 「有志が少々残念な風祭とて、中々絵になるではないか。ならば、わたくし達が介添えをして不満の残らぬ結末にしようぞ」 「誰が残念だコラァ!」 流石にヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)の言葉には語気を強めたが、それでも彼は本気でその言葉に怒っているわけではなかった。 共に過ごした時間は短くとも、一緒に戦えば心根はある程度理解出来ているからだ。 「無謀と勇気は別物だと、ボクは思うよ。その人を守るために利用できる物は何でも利用すればいい。ボク達の事もね」 加えて、木の上からアザーバイドの兵団に対して不吉を告げる月を輝かせた『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は、共闘出来ずとも自分達を利用しろと告げる。 (確かにな、この数は飲まれたら一瞬で終わりだ。理解は出来るさ。シャドウクロークの事も、理解はな) 状況を冷静に判断した翔にとって、この提案は蹴る必要がない話。 共闘した方が楽に守れる事も、理解は出来ている。しかし――感情がそれを踏みとどまらせている。 「味方への危害が認められた場合、最優先でぶち殺しますからそのつもりで」 「その傲慢さ、嫌いだな!」 リセリアやヒルデガルド、アンジェリカといった知った顔が来ている事も後押しし、翔にリベリスタを攻撃するつもりはない。 ないが、モニカの言葉が反発の感情をさらに昂ぶらせる要因とはなった。 「落ち着きなさい? 感情的になると、大事なものもなくすわよ」 そこへまずは目の前の敵をどうにかしろと注意を投げた『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)の言葉によって事無きを得たが、もしもこれで翔が反発心から熱くなれば、スピカ姫は敵の手に落ちていたかもしれない。 そしてスピカ姫が敵の手に落ちれば、アザーバイド軍の次の目標は周辺の制圧にシフトする。 「私達は私達で、勝手にやるわ。あなたも感情で許せなくても、今はそれを考えずに自分の戦いをなさい」 故に彼女は、リベリスタ達は敢えて翔に共闘を持ち掛けない。 結局、立場的には敵と味方なのだ。理解しあえる者がいる一方で、そうでない者もやはりいるのだから。 (偶然とはいえ、同じ名前の存在が酷い目に遭うのは……フィーリング的にね) そのせいでスピカ姫に危害が及ぶ事をスピカは望まない。可能な限りスピカ姫を助けたいという目的を達成するためには、翔と険悪なムードを作るわけにもいかない。 「あっちはなんとか落ち着いたか?」 その様子を軽く視線に映した鷲峰 クロト(BNE004319)は眼前の敵を斬り、前へ前へと進んでいく。 波としては確かに大きい。大きいが――、 「周辺に被害が出る前に治めとかないとな」 彼はその波を容易く裂き、前を目指す。 ●迫る兵の波 「別世界の飢餓問題にはあまり興味がありませんが、とりあえず必要な食糧を減らせれば多少改善すると思いますよ」 等と口走りながらガトリングを撃ち続けるモニカだが、頭数が減ってもスピカ姫の世界に発生するだろう飢餓問題の根本解決とはならない。 確かに彼女は多くの敵を穿っており、今も木々の隙間を縫うように弾丸が直撃した10人から15人前後の兵達が激しく吹き飛んでいる。 頭数を減らせば食料は多くに行き渡るが、それは分母が固定されている場合のみ。 「あ、あの。あの人、かなり白熱してますね」 「俺の食い分まで取りやがって……!」 あまりにも派手にぶっ飛ぶ姿に目をパチクリさせるスピカ姫の持つ『豊穣の稲穂』がなければ、彼女の世界の食料の分母はほぼゼロだ。 悔しがる翔を尻目にどれほどの兵を吹っ飛ばそうとも、姫と稲穂、この2つが無ければ食料が分母を超える事はない。 「翔、あっちから!」 「任せろ!」 そしてそのスピカ姫を狙い、アザーバイド軍は数を減らそうとも進軍を続けていく。 丁度今も、リベリスタ達の砲火をかいくぐった数人が2人に迫る。思わず飛び出しそうになった翔ではあるが、 「あまり前に出るのはお勧めしませんよ。――御安心を。我々は貴女から貴女の騎士を引き離したりはしない」 2人を離すまい、離すべきではないと考えるイスカリオテの放つ聖なる光が、迫る火の粉を振り払う。 「ち、これくらいは俺が……」 「勘違いしないで下さい。貴方の為ではありません。行き場に迷い世界に迷う、哀れなお姫様の未来の為です」 先に守ると言った以上、スピカ姫のためと言われれば翔も黙らざるをえない。 さらに2人の前にはリセリアが立ちはだかり、兵の進軍をそれ以上許そうともしてはいなかった。 「――この世界で好き勝手な振る舞いは許しません」 剣を突きつけ、言うリセリアに僅かではあるが下がる兵達。 「わたくし達2人を抜くのは至難の業。覚悟を決めた者から、かかってきたまえ」 ヒルデガルドの言葉を受けてより後ろへと下がる者、勇気を持って進む者、その数はおよそ半々か。 『おい、迂闊に……!』 下がった者達からの警告が飛ぶも、時は既に遅し。 「その意気や良し。後は相手の力量を知る事が大切だったな」 戦い方を教えるようなヒルデガルドの剣閃が、果敢に攻めた兵達を霧散させていくのに、それほどの時間はかからない。 よしんば彼女の間合いを外れたとしても、 「……こちらは通行止めですよ」 残像を作り出すほどの素早さで動くリセリアの剣が、彼等の行く手を阻むのだ。 『くそ、正面から物量をぶつけても無駄か。なら……』 「そうさせるわけにはいかないよ……」 中央の辺りで指揮を取っていた騎馬兵の頭上に、アンジェリカの不吉を届ける月が不気味な赤に輝く。 樹上からの攻撃を行う彼女は、眼下に集まる兵を確実に仕留める役目を担っていた。 『木の上だ、撃て! 撃ち落せ!』 元来、人間の戦いは上からの攻撃に非常に弱い点は否めない。 矢が刺さるのは足場となる枝ばかり。運良く目標に届きかけても、軽いステップを踏むだけでアンジェリカは矢を避ける事が出来る。 「こっちにもいるのよ、忘れないで?」 激しく雷撃を迸らせたスピカの言葉が示すとおり、上だけに意識を逸らすわけにもいかない点が、アザーバイド兵達にとっては不幸といえるか。 上からはアンジェリカ。 下からはスピカ。 「……甘いね。スピカ姫は渡さないよ……!」 全ては追われる姫を守るため。 異世界まで攻め込んできた兵達に、本来なら存在しないはずの2つ目の月が大損害を与えれば、 「ついでに、この世界に攻め込む事も許さないわよ」 地上付近を奔り、多数のアザーバイド達を穿つスピカの雷。上下からの苛烈な攻撃が途切れない限り、中列が崩れるのも時間の問題だろう。 そんな時だ、再び鳴り響く地鳴りのような足音と共に、中堅部隊が現れたのは。 だが、彼等は知らない。 「2つ目の団体様のご到着か。さて……」 ちらりと視線を移したクロトが、道を阻む大きな壁になることを。 そして知る由も無い。 「一気に薙ぎ払います。お嬢様!」 「存分にね、モニカ。撃ちもらしは私が仕留めるわ!」 出てきた直後の出鼻を挫くかのように、モニカの構えたガトリングが火を噴くことを。 ――ゆっくりと砲火の中を進む彩花のもてなすような雷牙による一撃が、彼等にとっての冥府への案内状であることを。 ●反逆の臣下ユピテル この光景を見た時、口から出る言葉はおそらく2種類だろう。 『我が軍が総崩れだと……』 といった驚愕の言葉。もしくは、 『スピカ姫を探せ、なんとしてもだ!』 というそれでも攻撃を判断する言葉。 『凄まじい壊滅具合だが――スピカ姫はこの手にいれねばならぬ。瓦解した部隊は陣形を立て直し、散開しつつ前へ進め!』 彼の口から出たのは、後者に近い一言か。 しかしそれは無謀な判断による発言ではなく、『相手の消耗も踏まえた』戦略的判断からの発言だった。 「来たか……行けるか? リセリア」 「――もちろん。指揮官の首、とってみせましょう」 ユピテルの判断が正解か否か。その答は、前へ進むクロトとリセリア次第。 「わたしは幸せの運び屋、ハッピーエンド至上主義。だからお届けするわ、ハッピーエンドに繋がる道!」 2人の行く手を阻む兵を薙ぎ払い、スピカがハッピーエンドへの道を作り上げる。 任務はユピテル率いるアザーバイド軍の撃退であり、スピカ姫の処遇については自由だ。 ならばスピカ姫をも救えば、この世界だけでなく彼女の世界も平和になる。 そう、彼女の望むハッピーエンドがそこにある! 「幸せの運び屋……素敵なお仕事ですね」 「それは認めるよ。けどな」 唯一惜しむらくは、スピカの仕事を素敵だと評したスピカ姫にそう返した翔への対応か。 余分な一言で彼が暴走すればハッピーエンドへの道が閉ざされていた可能性もある。 「まぁ、彼女を守れただけ良しとしませんか?」 「そうだな。その点でなら、わたくし達と君と目的は一致していたからな」 それでも、フォローをいれたイスカリオテとヒルデガルドの堅固な守りは未だ突き崩されてはいない。 『く、あの強さは化け物だ……』 攻めあぐねる兵士達も、戦意を失いかけている。 「……どうするの? スピカ姫」 木の上から、これ以上の損害を彼等に与えるかどうかをアンジェリカが問うた。 ここでスピカ姫が武器を捨てるように言えば、前線の戦闘がほぼ終了するだろう。 「まったく、お人好しだな」 「それもボク達の仕事だよ。流さなくていい血は流さない方が良い。生き残ったみたいだし、今度会ったら新作パスタをご馳走するよ」 「約束だぞ」 ――そんな他愛の無い約束をアンジェリカと翔が交わした時、スピカの停戦を告げる声が前線の兵に届く。 「後方はどうやら収まったようですよ、お嬢様」 中央付近で戦う兵達にとって不運だったのは、モニカのばら撒き続けるガトリングの弾の轟音がそれをかき消していた点か。 おそらく倒した兵の数においては、彼女がトップだ。 どれほどに数で押しても、前に出た兵の大半が瞬時に倒されていくのだから、アザーバイド軍もたまったものではない。 「なら、こちらもあらかた片付けたら前に出るわよ」 騎馬兵の突撃を労せずに避け、すれ違い様に拳を叩き込んだ彩花が見据えるのは遥か先。 ようやく現れたらしいユピテルを倒さんがため、彼女達も前へと進む。 『一体どういうことだ?』 そうユピテルが疑問符を浮かべたのも当然だ。 大量の兵で攻めたのだから、相手も消耗しているだろう。さらに攻め立てれば押し切れる、そう判断したのも決して間違いではない。 「残念、俺はまだまだ余力があるぜ?」 間違いではないのだが、クロトはここに至るまでの戦いでかなりの余力を残していた。 時ごと対象を斬り捨てる斬撃を何度も放てる程度には、である。 「格好から見るに親衛隊か?」 振り下ろされる斧は横へのステップで。薙ぎ払う斧はしゃがんで、時にジャンプで。 放たれた光弾に至っては両手に1本ずつ握ったフェザーナイフを器用に取り回して弾くクロトを、アザーバイド軍に止める術はなかった。 「――ここまでです、反逆の臣下よ」 剣を構え、リセリアが迫るころには親衛隊の姿は既に無し。 直掩のためにと下がってきた兵すらも、 「巻き込まれないよう気を付けてくれよっ」 再び鋭く時を刻んだクロトの刃に吹き飛ばされていく。 その後方に追いついてきたモニカと彩花の姿が確認されれば、ユピテルの命運は尽きたも同然といえよう。 『俺はあの世界の王になった。王に逃げは無い。逃げなど……ないのだぁぁぁ!』 反逆の果て。 束の間の王となった反逆の徒は、逃げたスピカ姫とは対極的に逃げる道を選ばない。 それが覇道だと、王の誇りだと言わんばかりに。 ●姫の進む道 「終わったようですね。姫はこれから、どうなさるおつもりですか?」 戦いの音が聞こえなくなった。それは即ちユピテルの撃破を意味するのだと考えたイスカリオテが尋ねる。 スピカ姫には2つの道がある。 戻るか、戻らないか。 「神父様に救われる以前は、まともな食事なんてさせてもらえなかった。その頃はそれが辛いと思う感情も無かったけど、飢える辛さはよく解る。だから出来ればスピカ姫には故郷の人達を救ってあげて欲しい」 しかし戻らなければ、彼女の世界は飢えに苦しみ滅んでしまう。 飢える辛さを知っているアンジェリカは、出来るならば戻って欲しいと願い、言った。 「ええ、もちろん戻ります。皆様には私だけではなく、私の世界も救っていただき、なんとお礼を申し上げればよいか……」 そしてスピカ姫の答も既に決まっていた。 姫にとっては、リベリスタ達や翔は彼女自身も、そして彼女の世界も救った英雄なのだ。 「皆様に救われた事、私の世界で永遠に語り継がれましょう。もしも訪れられる事があったなら、最高のおもてなしを」 僅かに残った反乱兵を引き連れ、スピカ姫はゆっくりとした足取りで元の世界への穴へと向かう。 ユピテルが倒された今、兵達に彼女をどうこうしようとする気持ちはまったく無い。むしろ確実に死ぬ場面から救ってくれたのが姫なのだから、後悔に加えて感謝の気持ちすらもある。 「……じゃあな、スピカ」 「また、会えますよね。私の唯一にして、最高の騎士様」 姫が最後まで気になったのは翔の行く末だが、道は違えども共に過ごした時間は大切な思い出。 その思い出を胸に、姫の姿が穴の向こうへ消えていく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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