●月光の牧場 ソレは、走っていた。 月光に輝く緑の牧場をしなやかな脚が駆ける、駆ける。 風になったかのように、止まることなく駆けるその四つ足。 風の向くまま気の向くままなのか、特に方向は定めず、目の前に障害物があればそれを破壊して、縦横無尽に駆け巡る。 それを見つめる、一対の瞳があった。 その目からは、とめどなく涙が流れている。 「ごめんよ……あぁ、ごめんよ……」 声の主は、男であった。 華奢な体つきをしているが、確かに男であった。 「俺のせいだ、俺の……」 涙を流し、うつむいてうずくまる男に、風を切って駆ける音が近づいてくる。 同時に、風に乗って腐敗臭が届く。 「そうだよな。俺も、お前と一緒に」 悟ったようにそれだけ呟くと、男は目を閉じる。 近付く音が大きくなり、月光がその四つ足の姿を闇の中に浮かび上がらせる。 ヒトよりもはるかに大きなその体躯。 それは、馬の姿をしていた。 腐敗臭を漂わせながら、颯爽と走る馬の姿をしたそれ。 それが、男の目の前で急停止すると、甲高い鳴き声と共に二本の前足を振り上げ、そして…… ●馬の亡霊 「目標はE・アンデッドです。付近に男性が一名いますのでこれに注意しつつ、目標の撃破をお願いします」 ブリーフィングルームに、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の穏やかだが良く通る声が響く。 「それで、どんなE・アンデッドなんだ、そいつは?」 リベリスタの一人が真剣な面持ちで和泉に問う。 それに応えるように、こちらも真面目な表情をした和泉がしっかりとした口調で答える。 「形態は馬、フェーズは1です。知性はほとんどなく、異常なまでに走るということに執着しているようで、非常に足が速いです。目の前にあるものを邪魔と判断すると、破壊して突き進む傾向があります。E・アンデッドの前に出るときは、十分注意してください」 冷静な様子で言葉を紡ぐ和泉。 説明を聞くリベリスタは、緊張感こそ保っているもののE・アンデッドがフェーズ1であるということを聞いて多少は安心したのであろうか、彼らの纏う空気に余裕が見られる。 ふと、リベリスタが何かに気付いたように和泉に問いかけた。 「そういえば、近くに居る男っていうのは何なんだ? 場所は牧場なんだろう、夜中に一体何の用があるっていうんだ?」 リベリスタの疑問に答えるため、和泉は再び口を開いた。 「彼はE・アンデッドとなった馬の騎手だったようですね。その馬に非常に愛着を持っていたようで、E・アンデッドを馬の幽霊と勘違いしたらしく、その馬と一緒に命を断とうとしています。」 静かに、和泉は告げる。 「それは、自らE・アンデッドに殺されようとしているということか?」 リベリスタは、驚いたように目を見開いた。 「そうです。男性をなるべくなら近づけさせないようにしてください」 和泉がうなずく。 「分かった」 リベリスタが、心得たとうなずき返す。 「場所は開けた牧場です。平地で障害物もほとんどありませんので、奇襲などは向かないでしょう」 和泉が付け加えるように言う。 それにうなずくことで分かったと返答を返すと、リベリスタはブリーフィングルームを後にする。 己が任務を果たすために。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:紫水那都 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月25日(水)23:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●騎手 真夜中の牧場に、蹄の音が高く響く。 だが、雲が月を隠し、音の主の姿を見ることはかなわない。 蹄の音に混じって、何者かが草を踏みしめて歩く音が聞こえる。 それに気付いたのか、はたまた気付いていないのか、蹄の音は次第に足音のする方向へ近付いてきていた。 風が雲を押し流し、二つの音の主が月光に照らし出された、まさにその時。 「いけない」 その言葉と共に足音の主、騎手の前に立ちはだかったのはミカエル・ベルトラム(BNE001459)だった。 「な、何なんだ貴方は!?」 思わぬ他人の登場に、騎手はぼたぼたと涙を流しながらも狼狽して数歩後ずさる。 そこへ、 「E・アンデッド、近付いてくるよ!」 『黒刃』中山・真咲(BNE004687)の、初任務のためだろうか少々緊張の色を含んだ声が響く。暗視の能力によってクリアになった視界には、様々に方向転換しながらも騎手のいる方向へと向かってくる馬の姿が鮮明に映っていた。 月明かりのみの視界でも、くっきりと浮かび上がる競走馬の影。 その姿を見た騎手が、ふらふらと競走馬の方へ足を進める。その腕を取って騎手の動きを止めると、ミカエルは言った。 「僕は君が自ら死のうがかまわない……だがその理由が気に入らない」 静かな言葉に、騎手は激昂し声を荒げる。 「貴方に……貴方に俺の何が分かる!?」 ●競走馬 一方こちらは段々と近付いてくる馬に身構える者達。 一様に緊張感を保っている……かと思いきや、『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は緊張感なくだらだらとした様子で、騎手を助けたらカレーを奢ってくれないかなと考えていた。 そこへ、先程の真咲の声が響いたのだが。 「ねんのためにしておきましょう」 そう言って、『不倒の人』ルシュディー・サハル・アースィム(BNE004550)が強結界を張る。 それを合図にしたかのように、各々が競走馬を止めるために動き出した。 『薔薇の花弁を射止めし者』浅葱・琥珀(BNE004276)は、駆ける競走馬に向かって走り出すとギャロッププレイを放つ。 しかし、琥珀の身体から放たれた銀色の糸は競走馬に届くことなく地に落ちる。相手の動きが速すぎて、近付くことができないのだ。 その上、ミカエルが騎手を引きとめた事により競走馬の注意が騎手に向かず、予定と違う進路を走らせる結果となっていたのだった。 琥珀の後に『輝く蜜色の毛並』虎・牙緑(BNE002333)と『先祖返り』纏向・瑞樹(BNE004308)が続き、何とか競走馬の前に回り込もうとするものの、右へ左へと進路を変える相手に翻弄され、三人は中々競走馬に近付けないで居た。 それを見た真咲は、己の今の速度では競走馬に追い付けないと踏んで、騎手と競走馬の直線上に己の身を置くように動きながらハイスピードの能力を発動させ始めた。身体能力のギアを上げ、競走馬に対抗するためだ。 そんな中、『Le Penseur』椎名・真昼(BNE004591)は琥珀、牙緑、瑞樹の三人に後れを取らぬように、しかして思考の邪魔にならぬ速度で走りながら競走馬を観察し、その動きを先読みしようとしていた。 「右、左、右……違う、また左だ」 競走馬の首の動き、そしてこれまでの競走馬の動きから競走馬の癖を読み取り次の動作を予測する。 しかし、例え動きを予測できたとしても、追い付けるとは限らない。 先頭に立って競走馬を追っていた琥珀は、己の足だけでは追い付けないと踏んで用意してあったバイクを取りに向かった。 「牙緑、俺のバイクを出すから乗ってくれ! 競走馬を止める。瑞樹は競走馬の動きが止まったら攻撃を頼む!」 琥珀が声を上げる。 「まかせろ!」 「まかせて!」 牙緑と瑞樹が同時に返す。 「オレが競走馬の動きを予測して伝えるよ」 真昼が言えば、 「騎手さんのことは、ボクとミカエルさんにまかせて!」 と真咲が言う。 「動きさえ止めてもらえれば、ジャスティスキャノンが当てられるかもしれません」 小梢がゆるゆるとした調子で進言すれば、 「ちりょうはおまかせください」 と、少し退がった場所に控えるルシュディーが言う。 ミカエルはといえば、激昂した騎手が競走馬に近付こうとするのを傷つけずに止めるため、騎手を羽交い絞めにするようにして悪戦苦闘していた。 そんな会話のうちにも準備ができたのだろう、琥珀と牙緑を乗せたバイクがエンジン音を響かせて走り出す。 「しっかり掴まってろよ、牙緑!」 風を切って徐々にスピードを上げるバイクは、だんだんと競走馬に近付いていく。 競走馬もE・アンデッドとはいえ元々は馬、その上フェーズは1である。バイクの速度にはかなわないのだろう、徐々にその差は縮まっていく。 「左……今度は右だよ」 真昼の的確な指示もあり、ついに琥珀は競走馬とバイクを並走させることに成功した。 「今だ!」 「おう! いくぜ!」 バイクの上という不安定な足場でありながら、ハイバランサーと面接着の能力を発揮した牙緑が琥珀の合図と共に競走馬に飛び移る。 「うおおぉ! 止まれ!」 上手く競走馬に飛び移り、その背に跨ることに成功した牙緑が競走馬に付いたままだった手綱を強く引く。腐敗臭が強く鼻をつくが、そんな事には構っていられない。 手綱を引かれた競走馬が甲高いいななきを上げて棹立ちになり、乗っているものを振り落とそうとする。己の能力を最大限に発揮し振り落とされまいとする牙緑だが、腐肉から剥がれ落ちようとする競走馬の皮膚に足を滑らせ、競争馬の背から落ちかかった、その時だった。 「やっぱり、そこに来たね」 真昼の声と共に、競走馬の動きが止まった。 見れば、銀に輝く巨大なクモの巣状の糸が競走馬の後足を捕らえていた。真昼の放ったトラップネストだ。馬の動きを読みながら、どこに来るのか計算していたのだろう。 それでもなお動きを止めようとせず、もがくように前足をばたつかせ拘束から逃れようとする競走馬。その前足に、輝く糸が巻き付き縛り上げる。糸の先をたどれば、瑞樹の両腕へとつながっていた。 「これで、ジャスティスキャノンが当てられます」 構えを取る小梢。 「後は、倒すだけだな」 いつの間にかバイクを止めた琥珀が歩み寄る。 「いただきます」 小さく呟いた真咲に、 「落ちるかと思ったぜ」 牙緑が苦笑して競走馬から飛び降りる。 皆が攻撃態勢に入ったかと思われた、その時だった。 「ちょっと待って!」 瑞樹の声が響いた。 ●騎手の想い 「放してくれ! 俺は、俺は……」 ミカエルに羽交い絞めにされてなお、騎手は競走馬のもとへ必死に向かおうとしていた。 「あいつは、俺を迎えに来たんだ。俺が一緒に行けば、きっとあいつも止まる! だから、だからどうか行かせてくれ!」 涙でゆがんだ騎手の視界に、競走馬が映る。美しかった毛並は今や見る影もなく、体中が腐肉と化して腐臭を漂わせるその姿が。 ミカエルは、己が為すべき役目を果たすため、こちらも必死になって騎手を押し止めていた。リベリスタである己が本気でかかれば、騎手の動きを止めることは容易い。しかし、それでは騎手を傷付けてしまいかねない。 そうして、悪戦苦闘している時だった。 「俺のせいであいつは死んでしまったんだ! だから、俺もあいつと一緒に!」 「何から何まで自分のせいだなんて、思い上がりもはなはだしいな」 騎手の声に応えるように、小梢の声が届いた。 いつの間にかこちらへ移動してきていたらしい小梢が、ぼんやりとした視線で騎手を見つめている。 その瞳に気圧されたのか、それともその言葉に何か思うところがあったのか、騎手の動きが止まる。 「だいじななかまをうしなってかなしいのは、ぼくたちにもわかります。ですが、いまのままなくなると、アナタをダイジにおもっているヒトもおなじようにかなしむはずです」 少し離れたところにいたルシュディーも騎手をなだめるように言う。 その言葉を聞いて、騎手の瞳からこぼれる涙の量が増したように見えた。 「でも、でも俺は、あいつを死なせてしまった。だから、あいつは俺を恨んでるはずなんだ! 一番の責任は、俺にある!」 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、絞り出すように騎手が言う。 それを打ち消すように、穏やかな声音で真咲が言った。 「それは、違うと思う」 はっとして、騎手が真咲を見る。 「ねえ、貴方はあの馬の騎手だったんだよね? あの馬さ、別にあなたに対して復讐しようとか、そんなくだらない事は考えてないと思うんだけどな」 騎手の視線が、再び競走馬に向く。その瞳には、まるでバイクと競争するかのように疾走する競走馬の姿が映っていた。 「……アイツは、ただ走りたかっただけなんじゃないかな?」 その真咲の言葉を聞いた途端、騎手の体が崩れ落ちた。 「自ら作った罪悪感に追われる今の君の命に、死してなお走り続ける彼の死を贖う価値があるのか……今一度考えているといい」 やれやれといった様子で騎手から腕を離したミカエルが、淡々とした調子で言う。 騎手の脳裏には、競走馬と過ごしたたくさんの思い出が過っていた。初めてのレース。順位が良かった時、悪かった時。共に重ねた練習の日々。一人と一頭、否、二人で笑い合ったたくさんの日々がよみがえる。 「あ……うあ、あ……」 うめくような声が、騎手の口からこぼれた。その瞳には、牙緑を乗せてなお疾走する競走馬の姿が映っていて。それが更に騎手の感情を揺さぶって、彼は涙が止まらなかった。我を忘れて泣きじゃくる騎手。 そんな時だった。 甲高いいななきと共に、競走馬が棹立ちになる。前後の脚はからめとられ、リベリスタ達が競走馬を倒そうと身構えている。 それを見た騎手は、はっと我を取り戻した。 自分は、彼――競走馬――に何も伝えていない。謝罪も感謝も、なに一つ。 瑞樹の声が響いたのは、そんな時だった。 「ちょっと待って!」 アクセスファンタズムを介しても届いたその声は、その場にいた全員の動きを止めるのに十分だった。 「ちょっとだけで良いんだ、時間をもらえないかな? ……騎手さん、この子、貴方の愛馬だったんだよね? 泣いてばかりじゃ何も伝えられない。後悔や未練があるなら、この子に伝えたいことがあるなら、今のうちしかないよ!」 その言葉に、騎手のうるんだ瞳が競走馬に向けられる。 座り込んだまま涙声で、しかし精一杯に騎手は叫んだ。 「ごめん! ごめんよ!! 俺は……俺はお前を死なせてしまった。本当に悪かったと思ってる! そして、ありがとう。俺はお前と走れて幸せだった! でも、俺はお前と一緒に行けない! その代わり、約束する。もう絶対に、お前のような思いを他の馬にはさせない! 絶対に……」 後は嗚咽となり、言葉は続かなかった。 泣きじゃくる騎手の背に、ミカエルが手を置く。 もう気は済んだだろうと踏んだルシュディーが、一つうなずいて瑞樹に合図を送る。 「みんな、時間をくれてありがとう」 瑞樹がそう言ったのを合図に、小梢がジャスティスキャノンの構えを取る。 「せめて安らかに眠ってくださいねー」 ゆるゆるとした調子で言うと、十字に輝く光が走り、競走馬を撃ち抜く。 バランスを崩す競走馬に、一筋の影が躍りかかった。その影は、見る間に競走馬を細切れにしていく。 「ごちそうさまでした」 影の正体――真咲が小さく呟く。ハイスピードで高められた動きが、競走馬をただの腐肉の塊へと変えていた。 ●終演 「ありがとう……ございました」 一か所に集まったリベリスタたちに、騎手が深々と頭を下げる。その瞳からはもう涙は流れていなかったが、赤く充血した両目がその涙の量を物語っていた。 「貴方たちのおかげで、あいつに謝罪と感謝を伝えることができました。あいつも、無事に逝けたと思います。本当にありがとうございました」 顔を上げた騎手は少し悲しそうに、しかししっかりと笑みを浮かべてリベリスタたちを見つめる。 「こ……これからも、精進したまえよ」 騎手に礼を言われて恥ずかしいのか、そっぽを向いたミカエルが照れ臭げに言う。 「あいつが安らかに眠れるように、俺たちも祈ってるよ」 「ああ、もちろんだぜ」 琥珀と牙緑が言う。 「気持ち、伝えられて良かったね」 「これからも頑張ってね!」 真咲と瑞樹が、笑顔を浮かべる。 「あなたのアイボウも、あなたをタイセツにオモうヒトも、かなしまずにすんでヨかった」 ルシュディーが優しげにそう言う。 和やかな雰囲気の中で、皆が笑いあっている、その時だった。 「もし良かったら、カレー奢ってください」 のんびりと、しかし、しごく真面目な調子で小梢が言った。 皆が呆気にとられる。 「……は……えっと……?」 騎手が素っ頓狂な声を上げる。 「よ、よし! みんな、帰ろうぜ!」 牙緑が言い、小梢以外の皆が歩き出した。 「君も、帰るよ」 そう言った真昼が小梢を掴んで引きずりながら歩き出す。 小梢は、最後までカレー、カレーと騒ぎながら引きずられていった。 「彼らは……一体…………? もしかして、徐霊師なんだろうか?」 後には一人、リベリスタたちの正体について思い悩む騎手だけが残されたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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