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シュガーポットの悪意


 冷えた紅茶も温い珈琲も飲む気にはなれなかった。
 其の侭では飲めないからと居れた砂糖だって溶け切らずに残っている。
 中で固形として残ってしまった砂糖は異物に他ならなかった。
 つまり、僕はそう言う存在である。

「――そんなこと言って、君は馬鹿なんだから」
 囁く様に告げる声を聞いていた。
 笑顔の愛らしい、優しい子だったと思う。
 まるで甘い砂糖菓子を想わせる声音で僕の名前を呼んで、馬鹿ねと囁くのだ。
 いつだってその声を聞いて居れば一人では無いと実感できる気がした。
 いつだって彼女が居れば大丈夫だとそう考えていたのに。
 
 何故だろう。指先が食い込んで、苦しげに表情を歪めているのは彼女じゃないか。
「君は馬鹿なんだから」
 もう一度囁かれる。言葉に驚いて手を離せば、両手に残る感触がやけに生々しくて吐き気がした。
「そうだよ、君が私を殺したんだ。ねえ、君が私を殺したんだよ」
 繰り返す様に、何度も何度も――


「悪夢を見ると気分は良くないわね。御機嫌よう」
『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は冷房の良く効いたブリーフィングルームで資料を捲くっている。
「さて、お願いしたい事があるのだけど、とあるアーティファクトに捕らわれた一般人を救って頂きたいの」
 微笑む世恋の表情はどこかぎこちない。瞬きを繰り返し、机の上の角砂糖を指差してにっこりと微笑んだ。
「ティーカップに紅茶を入れるでしょう。冷めた時に砂糖を入れれば底に溜まる事はないかしら? ……それって異物の様に感じるでしょう。まるでこの身体に何らかの因子を得た自分たち見たいだと、思わない?」
 何てね、とブラックジョークを零す世恋にリベリスタ達が困った様に笑う。
「私が思ってる訳じゃないわ。そう思っていた少年が居た。そして、その少年がアーティファクトに囚われている、という訳。……まあ、アーティファクトをぶっ壊せば終了なんだけど」
 宜しいかしら、と世恋は改めてリベリスタを見回した。アーティファクトを壊せば終わるならばさっさと壊せばいいと意気込むリベリスタに制止を掛ける様に手を上げる。
「はいっ! そのアーティファクトなんだけど、所有者の記憶に一番深い物を見せると言うわ。
 彼の場合ちょっと特殊。一度見た悪夢が頭から離れずにそれを繰り返して居るの。
 ……彼は仲が良かった女友達を殺す夢を見たわ。本当は殺して居ない。けれど、殺したと思いこんで罪悪感で一杯になっている」
 その夢に囚われ続ける限り彼はそのアーティファクトから出る事が出来ず、アーティファクトを壊せば彼も死んでしまうと言う。
 革醒者である物の、囚われてしまった彼は『革醒者である』ことを知らずに自分は犯罪者だと思いこんだまま夢に囚われてしまっているのだ。
「彼は悪くない。けれど、思い込みは強いわ。彼は悪いと思いこんでしまっているの。
 夢であっても、その中でアーティファクトは彼を蝕み続ける。……諸悪の根源は夢の中に行けば出逢える筈。さあ、悪い夢なら醒ましましょう――?」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年09月08日(日)23:33
こんにちは、椿です。

●成功条件
 アーティファクト『シュガーポット』から少年を救いだす

●アーティファクト『シュガーポット』
 革醒者の心の闇に反応し、『一番記憶に残る出来ごと』の中に捉え込むアーティファクト。ソレが現実に起こったと思いこみ醒めない夢に囚われ続ける事になります。
 所有者である少年『霧生』は『友人である少女を殺してしまう悪夢』に囚われ続けたままになって居ます。
 彼と手を繋ぎ「君は馬鹿なんだから」と囁く事でシュガーポットの作り出す世界に入り込む事が可能となります。
 シュガーポットの世界は明るく足場も安定して居ますが、数ターンに一度エリューションが生み出され、外敵を攻撃し続けます。
 シュガーポット内の霧生少年を説得するか、彼を戦闘不能にする事で夢から脱出することが可能。
 霧生少年はシュガーポットの効果で能力が増強し、エリューションが彼を支援します。

●少年・霧生とエリューション
 霧生少年は中学生程度。種族はジーニアス、ジョブはクリミナルスタア。その力はシュガーポットの世界で増強され、エリューションと連携し普通に戦える程度になって居ます。
 革醒者、三高平市、アークといった知識はありません。革醒者ではありますが、本人は革醒者である自覚もなく知識も全くないと言う事です。
 幼馴染みである少女を殺す悪夢に囚われ続け、罪悪感に苦しみながらシュガーポットの甘言(外には敵ばかり)を信じ込んでいます。
 また、エリューションは回復支援、遠距離攻撃、近距離攻撃と様々な攻撃を行えるタイプが存在し、数ターンに一度沸き上がります。霧生を支援し、連携をとって攻撃を行う事を目的としており、シュガーポットから霧生が解放されない限りは沸き上がります。初期の時点で10体が存在しています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
ウーニャ・タランテラ(BNE000010)
マグメイガス
綿雪・スピカ(BNE001104)
スターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
クロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)
マグメイガス
羽柴 双葉(BNE003837)
プロアデプト
一条 佐里(BNE004113)
★MVP
スターサジタリー
風音 空太(BNE004574)
ソードミラージュ
桜庭 劫(BNE004636)


 囁かれ続ける声に怯えを孕んだのは間違いなく彼女の事を思い出したからだ。夢の中では何時だって『繰り返す』だけなのだから。怯える事を繰り返していくうちに、現実との境目が分からなくなる。悪夢の中で迷子になっていくのだろう。
「悪夢の良い所って言うのはね、夢でよかったねって言える事」
 醒めない其れに囚われて。辛くとも、夢が夢であると分かった時に『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は安心して笑えるのだろう。
 彼女の声を聞きながら、少年の指を握りしめた『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は仮面の向こうで何とも言えぬ表情を浮かべていた――様な雰囲気を醸し出す。悪夢に囚われ、恐怖し続けるのは何とも気の毒な話だと彼が溜め息交じり吐き出せば『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)はあくまで好意的に解釈しようと考えたのか緩く笑みを浮かべて優しく笑う。
「悪夢がいちばん記憶に残る出来事だなんて、よっぽどその子の事が大切なんだね」
 きっとそれ程に大事な人だから『殺してしまった』悪夢に囚われる。双葉の言葉に頷きながら救い出すんだと意思を固めた『魔砲少年』風音 空太(BNE004574)の指先がふるり、と振るえる。
 大きな瞳が不安げに揺れ動いて、そっと少年の指先を握りしめた。誰だって悪夢は嫌いだ。『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)もその気持ちは同じなのだろう。悪趣味でしかないアーティファクトを壊しに行くそれだけだ。
 ぎゅ、と握りしめる指先に力が籠る。『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)が浮かべたのは戸惑いだった。
 苦しみがどれ程の物か分からない。悲しみだってどれ位根付いているのか。それは人にはわからないことなのかもしれない。
 息を吐き出し、『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)がスピカに視線を送る。小さく握り締めた少年の指先の冷たさに佐里は眼鏡の奥で小さく瞳を細めるしかない。
 シュガーポット。砂糖が入れられたソレ。そこから救いあげて紅茶(せかい)へと投げだされた砂糖が溶けきらず底に残る事を彼は『異物』と称していた。確かにそうなのだろうかと『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は小さな息をつく。
『アーティファクト』の中へと個別に飛ばされてしまう事になるとすると不安で仕方ない。だからこそ仲間達とタイミングを合わせて入るのだと彼女は小さく息を吐く。
 仲間全員が少年の手を握ったの確認し、ゆっくりとスピカと佐里が口を開いた。

 ――君は馬鹿なんだから。


 君は馬鹿だ。全く以っての馬鹿だ。そんな物判り切っている。貴女は殺してないのに、悪夢に囚われて、夢の中で停滞したままでいるだなんて、馬鹿でしかないじゃないか。悪夢は悪夢で終わらせよう。夢から醒ませばいい。
 霧生君と囁く声に目を開き、少年は『シュガーポット』の世界で怯えたように瞳を向けた。殺しに来たんだ、きっとそうだ、自分を殺しに来た悪魔の使者が現れたんだ。
「こんにちは、君を連れ出しに来たわ」
 にぃ、と笑ったウーニャが目の前で少年は身構える。手にした『空』の銃はシュガーポットが作り出したものだろう。シュガーポットの様――とはよく言った物だとユーディスは感心する様に周囲を見回した。
 溶けずに残ったソレを、フェイトの有無に関わらぬ『革醒者』と見るのなら確かに彼は『残り滓』なのかもしれない。けれど己をそうだと思いこむからこそ、幼馴染みの少女に告げられるのだろう。
「『君は馬鹿なんだから』」
 ユーディスの声に重なる様に何処からか響く声。ソレがシュガーポットの意思だと気付き仰ぐように見上げたウーニャの瞳が厳しくなっていく。
「黙って。霧生君をどうするつもり? 彼をあんたなんかに渡さないから」
「な、何言って……」
 敵は、自分を殺しに来たのではないと霧生が慌てたようにリベリスタを見回す。シュガーポットの生み出すエリューションは自身の魔力を活性化させるスピカや『変身』した双葉を敵とみなしたのか攻撃を喰らわせようと動きだす。
「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば! 闇を払うべく参上!」
 にぃ、と笑った双葉は霧生少年を避ける様に地面を蹴る。ワンドを振るい周囲に伸ばした黒き鎖は彼女の手首から流れる様にエリューションを捉える鎖となっていく。
 続く様に魔砲杖を握りしめた空太が「全力……全開ッ!」とやる気を入れれば降り注ぐ炎の矢がエリューションを巻き込み続ける。
「僕達の話を聞いて下さい! 話を聞かせて下さい!」
「こうやって、攻撃ばっかする『敵』に何を信じろって言うんだよ!」
 声を荒げる少年の握りしめる紛い物の銃に弾丸は入らない。シュガーポットの作りだした銃に詰められる弾丸は少年の想いだろう。討ちだされる其れがばら撒かれて行く。弾丸を避けながら処刑人の剣を握りしめた劫は青い瞳をすぅ、と細めてエリューションを狙い斬る。
「いい加減、夢から醒まさせてやる」
「夢……?」
「お前の大事な友人は生きている――そう言っても簡単には信じられないか?」
 説得として口火を切った劫の言葉に瞬いて少年が下がればエリューションが前線へと飛び出していく。仲間達を支援する様にユーディスが与えた神の加護は何よりも強い鎧となって仲間を守る事だろう。
「『彼女』を殺したそうですね、貴方は」
「ッ――!?」
 何故殺した、そう問われたって判らない。少年の瞳が見開かれ、燃える様に強い意志が其処には宿る。
 殺した、何故、僕が――
「馬鹿だから……まったくですよ」
 続ける様に佐里が一言囁いた。閃赤敷設刻印を握る左手に力が籠る。ギッ、と佐里を睨みつける霧生に彼女は小さく唇を歪めて笑った。
「あなたは殺してないのに、悪夢に囚われている。悪い事なんてしてない、彼女を苦しめてない、あなたは何も悪くない」
『彼女たちは敵だ、君が殺したんだ。君は馬鹿なんだから、君が殺したんだ』
 重ねられる言葉に混乱する少年が討ち出す弾丸が佐里の右腕を貫いても彼女は小さく笑う。本来の利き手では剣を扱わぬ彼女にとって些細なことでしかないからだろう。
「悪くない――そう言っても理解できませんか?」
 どちらを信じれば良いんだと少年は首を振る。彼を見詰めながらマイナスイオンを纏ったスピカがドルチェ・ファンタズマで雷を落とし続ける。鳴り響く演奏は彼女の想いを顕すようだった。
 自分自身が『異質』である。それは些細な悩みだとスピカは告げる。他の人とは違う、その分一寸特別だと思いこめば不安だってなくなる筈なのだから。
「どうしてそんなに苦しそうなお顔をなさってるの? ポットの底に残った砂糖は、そこだけ異質で違うもののよう……けれど、同時に甘くて周りのそれよりずぅっと優しい物よ?」
 甘く、残った物が舌先を擽る。周りの液体に同調せず、自己を保てると言うのだから、自分自身の主張につながるのではないかとスピカは少年へと声を掛け続ける。
 ふるふると首を振る彼の弾丸が彼女の頬を掠める。柔らかい少女の肌から流れる血を拭いながら、それでもと少女は声を張り上げた。
「強い意志を持って! 悪い夢を振り払える筈よ!」
「特別? 他人と違う事が怖いって、思った事はないんだ。オネーサンは強いね」
 スピカの眼が緩く開かれる、彼女に向けて放たれる弾丸が腹を掠める。避ける様に前線で小さく笑ったのはウーニャだった。
「君は彼女を殺してなんかいない。本当はそんな事する子じゃないでしょ? 一緒に外に出よう? 私達を信じて――!」
 伸ばされた手に戸惑いが少年の顔に浮かんでいく。殺してないと言われたって、この空間では殺したと囁かれ続けるのだから。
 エリューションが攻撃を繰り広げていく。九十九は銃を構えたままに仮面の向こうでゆっくりと表情を歪めていく。
「取りあえず、まず聞きたいのは貴方が殺したと言う幼馴染の少女……その子の名前を教えてくれませんかのう?」
「み、深雪……」
 突然の言葉に、少年が手を止める。だが、周囲のエリューションは止まらずに攻撃を繰り返す。盾で受けとめながら、九十九が見詰める霧生の表情には少々の迷いが生じていた。
 言葉は、魔法の様な物だ。ソレがどの様に転ぶのか、実の所は誰にも判らない事だろう。スピカの言葉に少年が返したのだって考えの違いだ。世界の綻びを受け入れられるか否か、それは人によっては違う。誰かに『敵だ』と植えこまれた相手が簡単に「じゃあ、貴方は特別だ」というのと「貴方は爪弾き」だと言うのはたいして変わりがなく感じられたのだろう。
「私は、貴方を、連れ戻したいの」
 演奏は、それでも鳴り響き続けていく。尋問の様に九十九は「さて、深雪さんは」と霧生へと続けていく。
「で、その彼女って貴方に殺されるような嫌な奴だったんですか?
 性格が悪いとか、暴力的とか、存在が許せないとかそういう感じだったんですかのう でも、そうじゃあ無いんでしょう?」
「……深雪は良い子で、素敵でッ……」
 それで、と叫ぶように言う彼を避ける様に広がり続ける弾丸。彼女の様な素敵な人を殺した事が彼にとっては最大の不幸だった。
 罪悪感が胸を締める。

 ――君は馬鹿なんだから。

「彼女の傍に居る安らぎがあった――それでも一人だと思っていたのでしょう?
 だから言われるのです。『君は馬鹿なんだから』と。そんなだから、こうして罪悪感に囚われて『不自然さ』に何一つ気付かない、気付けない」
 ユーディスの言葉に少年の手が止まる。それでも攻撃を続けるエリューションは彼女の槍が突き刺した。一歩引きさがる彼女の前に笑みを浮かべた双葉がくるりと回りロッドを振るう。
「異物だろうとも君は此処に居るんだよ。その力は彼女を守る事が出来る素敵な力なんだから!」
「でも、彼女は……っ」
「君の大事な子は、周りを敵としか見れないようなひどい子だったの?
 君が大事にするぐらいだもの。違うよね? きっと素敵な子だった。違うの?」
 違わないと少年が口をパクパクと動かした。双葉が後人押しだと展開させる炎。紅蓮の花が咲き乱れる中を佐里は手を伸ばして小さく笑う。
「あなたが悪いな、心から悪いことをしたと思っているなら、それは償えばいいんです。
 その心の痛みは、大切な人を苦しめたと思っているからでしょう? それだけ大切な人だから、それだけ苦しんでいる」
 その言葉にふ、と顔を上げた霧生は「彼女は」と小さく問うた。死んだのか、生きたのか、それが段々と分からなくなってくる。
 償うと言うならば、彼女は死んでしまったのか。手を止める霧生に佐里は柔らかく笑った。
「だから、心の底から償いましょう。自分に何が出来るか考えましょう?
 1人じゃ思いつかないなら、私達と一緒に考えましょう? ――自分に出来る精一杯を。
 それが、大切な人に何かをしてあげるために、何よりも大切な気持ちのはずです」
「これが本当であって欲しいのか? 違うよな、なら来いよ! 現実にしろ夢にしろ……彼女が生きてるならお前には最上だろう」

 ――君は馬鹿なんだから。

 生きてて欲しいと願った以上、彼女がそこにいるならば、自分は生きるしかないと知っていた。
 涙を浮かべる様に空太は真っ直ぐに攻撃を繰り広げていく。怖いのなら、自分が手を取るから。自分が頑張るだけじゃ世界は変わらないから。
「キミがこの悪夢に打ち勝たないといけないんです。幻の作り出す甘言に負けないでください!
 僕達を、そして君自身を信じて下さい。ココを抜け出せば、いつもの変わらないキミの友人と会えるから!」
 何時もの変わらない友人たちの姿が、瞼の奥で浮かんで消える。君は馬鹿なんだからと囁かれる声が怖くて、何よりも辛くって。
 長い髪を靡かせて『騎士』は護るために一歩踏み出す。その思いは、貫く槍よりも強い物だから。『護る』為の力ならば、それを振るわない訳がない。
「『彼女』は生きています。貴方の夢の外で。そしてこう思っている事でしょう……
 それがなんだというのか、と。この夢から出て、彼女と向き合いなさい」
「向き合うったって……どうすれば」
 少年にユーディスは優しい言葉を掛けやしない。優しいリベリスタの中でユーディスは唯、淡々と言葉を重ねていった。
 佐里の優しい言葉の上に重ねるのは、ユーディスの騎士としての想いだろうか。ウーニャが懸命に解す心に添えられたのは、神秘に踏み込んでしまった彼がこれから進むべき道を照らす為の準備であろうか。
「その為に――貴方を連れ戻しに来ました」
 手をとって、一緒に進めばいい。エリューションの中を潜り抜けてウーニャが小さく笑う。
 繰り返す言葉は、何時だって優しかった。大丈夫だと囁く空太の声に佐里は続ける様に「大丈夫」と重ねていく。
 空太に取って、魔法(ちから)は大事な思いを作り出すものだったから。
「大丈夫、と心の中で唱えてください、声に出して唱えてください。
 キミもキミの友人も大丈夫。怖がらなくても大丈夫。キミが得た力は友人を苦しめるためのものじゃなく友人を護ることが出来るようになる力だから、だから――大丈夫だから!」
 何度も何度も重ねる言葉に少年が踏み込んだその銃弾を体で受け止めて劫は笑う。
「神にでも悪魔にでもしがみ付いてみろよ。この状況を変えたいと願え。
 案外、救われるかも知れないぜ? お前さ、男だろ、覚悟決めろよ」
「――でも」
 ふるふると首を振る少年の不安を感じってか、ウーニャはゆっくりと歩いていく。甘い毒が灼かれていく。
 瞳を細めて彼女は何時もの様な柔らかな笑みを浮かべて、両手を広げた。弾丸が、ウーニャの腹を裂いていく。彼女に庇われるスピカの瞳が揺れる。
「この世界の『異物』は貴方だけじゃないよ。私達も仲間なの。大丈夫、世界はあなたを愛してるよ」
 愛された結果が『私達』だから。スピカがぎゅ、と握りしめるヴァイオリン。鳴らす演奏はあくまでその意志を伝える様なものだった。
 九十九は良い目覚めを与えるのだと仲間達とは違ったアプローチをしかけていた。それは彼が正当であると説くのではない、彼女その物が『殺される人間』ではないと少年に確認したのだ。
「彼女は、貴方に殺されるような酷い人間じゃあない。それを信じてみる気はありませんかな」
 でも、と泣きだす少年にシュガーポットの声は届かない。攻撃を続けるうちに傷だらけになった彼を見詰めて、ユーディスは小さく微笑んで見せる。
 ほら、現実に戻ろうと伸ばされる手。
 空太の瞳が優しく笑う。夢は夢だから。醒めない夢なんてきっとないのだから。
 ――『君は馬鹿なんだから』と今日会った事を笑い話にできるように。
 傷だらけの少年の瞳からぽたり、と落ちる雫に空太は優しく笑みを浮かべる。握りしめた掌は暖かく、そして少しばかり震えていた。


 気付けば辺りはシュガーポットの作りだした特殊空間では無かった。普通の部屋に革醒者達は八人、霧生を取り囲むように立っていた。
 少年の手には最早シュガーポットの作りだした紛い物の銃は無い。シュガーポットその物に剣を突き立てた劫が目をそらした先にはぼんやりと座り込む霧生が存在している。
 掌がかた、と振るえるのを見詰めて佐里はしゃがみこみ少年の顔を覗き込んだ。
「苦しかったら、泣いていいんです」
 差し出されたハンカチが目尻からじわじわと濡らしていく。笑みを浮かべる少年の背を撫でで佐里は大丈夫だと囁きかける。
 彼が泣くならハンカチを差し出してその涙を拭えばいい。彼が笑うなら、微笑めばいい。
 そうして痛みを全て共有すればいい。一人だと思い込んだ『馬鹿』な少年にそうやって声をかけてあげればいい。
 佐里が囁けば少年は小さく頷く。此処からどうすればいいのか、そっと声をかけるウーニャは彼の背を撫で付ける。
「彼女に会いに行こうか。姿を遠目に見るだけでも安心できるかも。これで本当の悪夢は終わり」
 ね、と差し出された手に怖いと首を振る。悪夢を終わらせる為に、本当にその悪夢から覚めたと確認するために必要だからとウーニャが念を押せば続く様に佐里が小さく微笑んだ。
「いえ、見に行きましょう? 夢と現実の区別がついたとしても、それでも凄く大事な事だと思うんです」
「取り敢えず彼女の所に言って無事を確認してくると良いですぞ。夢だったと判りますから」
 佐里と九十九の声に少年は小さく頷いた。会いに行こう、彼女に。優しい声で、柔らかい笑顔を浮かべる彼女に。
 彼女は生きていて、この話をしたら『君は馬鹿だね』と笑ってくれるだろう。 
「ああ、後、好きならさっさと告白しなさい」
「え!?」
 九十九の言葉に慌てる少年の背中を見詰めて双葉は小さく溜め息をついた。
 きっと彼は今から、選択を強いられるのだろう。アーク、リベリスタ、革醒者。その事実を知った彼がどんな道を進むか。
 ソレは分からないけれど、と一つ伸びをして、眠たげに目を擦った空太に小さく笑いかける。
「さ、帰ろ?」
 そこに残った砂糖は何時だって『異物』であろうけれど、それは一つの粒だけでは無い。沢山の物が集まって形作られて行く。
 これから進む少年が晒されるであろう悪意の事を思うたびにユーディスは複雑な気持ちになって目を伏せる。
 けれど、きっとわかる日が来るだろうから――
「君は、馬鹿なんだから……」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。心情依頼なのでした。
 言葉は魔法の様で、其れがどの様に発揮されるかはロケーション、その人物により様々であるかと思われます。
 皆さんの『言葉の魔法』は少年に届いた事でしょう。
 MVPはその中でも素敵な魔法を使われた貴方に。必死さが伝わってまいりました。

 ご参加有難うございました。また、別のお話しでお会いできる事をお祈りして。