●箱舟 「アークのリベリスタが何度か関わった、フィクサードのヴァンパイア一族、蜂夜(みつや)家。その企みが、当主の蜂夜八重を捕らえたことで、全て明らかになりました」 アーク本部、ブリーフィングルーム。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の背後のモニターには、小さな斜陽のフィクサード組織の当主である、老婆の姿が映る。 「――そもそも、全てを仕組んだのは蜂夜八重でした。病気やフィクサード活動中のトラブルで立て続けに娘と孫を亡くしていた彼女は、自分の後継者を曾孫の蜂夜七三に定めた訳ですが……七三は覚醒者としての能力が高い一方で性格に難があり、当主の適正があるとは言えなかった」 和泉が手にしているのは、本部にて八重にハイリーディングや幻想殺しを使って得た情報の報告書。紙面に目を落としながら、静かな声で続ける。 「そこで八重が目を付けたのが、幼い頃に蜂夜家を出ていた七三の実兄、八二です。蜂夜家の当主は女性に限られるようなのですが、八重は幼い頃から七三が強い執心を示していた八二を連れ戻し、自分の傀儡にすることによって、間接的に七三を操り、従わせようと考えた」 ゆくゆくは二人で組織を運営する体制への展望や、七三の更に次の当主のことを考えて、直系の血を引く曾孫を手の届くところに置いておきたい、という意図もあったみたいです――そこまで語ると、和泉はリベリスタたちに向き直る。 「……けれど、八二は一般人でした。分家筋や他の組織への体面もあり、八重は何とかして八二を覚醒させ、フィクサードにしたかった。そこで八重は、覚醒者のフェイト獲得の経緯を調べ、人為的に覚醒しそうな状況を作り出そうとしたんです」 悲しみや憎しみ、強い感情の揺さぶりが契機になることが多いと踏んだフィクサード一族の当主は、八二と関わりのある周囲の一般人たちを少しずつ殺害する計画を立てた。実行役の七三に、八二が見れば七三の仕業と分かるしるし――『廿』を、死体に刻むよう指示したのも八重だという。 「自分の所為で周囲の人間が次々殺されていくのだと八二にだけ理解させ、精神的に追い詰めようと目論んだようですね」 「一般人の命を何だと思ってやがるんだ……? ろくでもない婆さんだな」 そこから先は、以前任務に携わったアークのリベリスタからの報告が詳しい。彼らの活躍により、八重の企みや七三の暴走の多くは、未然に防がれた。しかし、既に2人の一般人が命を奪われていることもまた事実だ。 「皆さんもよく御存知のように――“運命”は、誰かの努力や希望でどうにかなるものではありません。八重がアークに身柄を拘束された今、彼女の計画は実を結ばないまま潰える筈だったのですが」 和泉は、伏せていた瞳を上げる。 「“運命”の気まぐれとも言うべきでしょうか……蜂夜八二が、本当に覚醒してしまったようなんです」 ●万華鏡 わんわんと、高いダンスホールの天井に羽音が響く。 天井から吊り下がるように作られた巨大な蜂の巣、その周りを飛び交うたくさんの蜂たち。煌めくシャンデリアの灯りに照らされたその影が、舞い踊るかのようにちらちらと動き回る。 流線で植物の模様を描く、優美な寄せ木細工の床に、赤黒い血溜まり。 血に染まった肩口を押さえ膝を突く男に、ドレス姿の少女は抱きついた。 「ななみのおもいがつうじたのね、うれしい……!」 少し離れた場所には、ぐったりと倒れ伏す3人の男女。彼らは焦点の結ばぬ虚ろな瞳のまま、巨大蜂の舞い飛ぶ異様な光景にも、何の反応も見せない。 「――もう、これでいいだろう? 何処へも行かない、何でも七三の言うとおりにするから……だから、この人たちを解放してくれ」 「うふふ……いーーやっ♪」 少女は甘えるように男の肩に頬を寄せ、長い睫毛に縁取られた瞳で見上げた。 「……どうしてさっき、こんなひとたちをかばったの? ななみいがいのだれかを、だいじにしちゃいや」 蜜色の双眸には、怒りとも狂気ともつかぬ情念が宿る。 「ハニーは、ながくいえをはなれすぎて、おかしくなったんだわ。ちをすうくらいはできるでしょう? なんににんかころせば、ハニーだってなんともおもわなくなる……だってハニーには、ななみとおなじちがながれているんだもの」 頬に伸ばされた白い手をそっと振り払いながら、男は少女を見据えた。 「――もうすぐここに、“彼ら”が来る。こんなこと、いつまでも許される訳が無い」 神経を逆撫でするような蜂たちの羽音は鳴り止む気配も無く、狂想曲のようにダンスホールに響きわたる。少女は花が綻ぶように微笑んだ。 「だいじょうぶよ、ハニーはななみがまもってあげる。リベリスタをかたづけたら、どこかとおくへ、ふたりでにげましょう? ななみとハニーがいれば、みつやのちはたえないの」 少女が、放りだしてあった銀と黒のスピアに指を這わせる。床に広がった血を吸うと、スピアは怪しく、不吉に輝く。 「ハニーがみたものを、ななみにぜんぶおしえて? ――もしも、うそをついたってわかったら……そのときはそのばで、ハニーのおともだちをバラバラにきざんでやるから」 「っ……――」 「ぶとうかいをひらきましょう――リベリスタがはちたちと、しのダンスをおどるの。きっとたのしいわ」 ●再び、箱舟 性懲りも無く、フィクサードは某市にある蜂夜家本邸に、攫った3名の一般人を捕らえている。 今回の任務は、リベリスタが到着する時点でまだ生存している彼らの可能な限りの救出、大量に発生したE・ビーストの殲滅、そして蜂夜七三及び八二の撃破あるいは捕縛。 八二の能力を問うリベリスタに、和泉が困惑を覗かせつつも答える。 「本来、覚醒したてのE能力者であれば、大した脅威にはならない筈だったのですが……蜂夜八二は、よりにもよってフォーチュナだったんです」 敵にもフォーチュナが居るということは――敵は、こちらの突入のタイミングや戦力を先読みしてくる。例えば、癒やし手や敵にとって厄介なスキルの持ち主が、集中攻撃を受けることも十分予想される……ということか。リベリスタの表情も、意図せず険しくなる。 「敵は総力戦の構えで、皆さんを迎え撃つでしょう。とても、厳しい戦いになると思います……でも、一般人の命を簡単に奪おうとするフィクサードを、これ以上放置する訳にはいきません」 そういって和泉は、席に着いたリベリスタたちに深々と頭を下げた。 「よろしくお願いします――どうか皆さん、お気を付けて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥栖 京子 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月04日(金)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 広い邸内には灯りも無く、しんと静まりかえっていた。屋敷の奥へと伸びる廊下の高い天井に、“舞踏会”へ向かうリベリスタの足音だけが響く。 自分たちの姿を視るであろう予知者に向けて、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)はそっと呟いた。 「見ている事を咎めるつもりはないわ。正確に彼女に教えることもね……ただ」 少女は長い睫毛に縁取られた紅玉の瞳を伏せる。 「――彼女に伝えておいて。覚悟だけは決めなさい、と」 雪駄の音もしゃらしゃらと、『華娑原組』華娑原 甚之助(BNE003734)は歩を進める。 「虫と餓鬼相手の喧嘩じゃ、やりきれねェばっかりだぜ。とっとと終わらせて帰ろう、せめて粋に手際よく、な」 辿り着いたダンスホールの大扉を前に、『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)が千里眼で中の様子を確認する。人質の配置は予測されていたものと同様のようだ。 「こっちの技やらが読み取られるような状況か。中々厄介だな」 腰に佩いた処刑人の剣に手を掛けながら、『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)。 「小細工とか無意味だから、もうえいやーってやっつけるしかないね。しんぷるいずザべすと」 そう言うのは『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)だ。仲間たちと目線を交わし、劫と小梢が両側から扉をゆっくりと開けば、薄暗い廊下に、ダンスホールからまばゆい光が溢れ出る。 聞こえてくるのは華やかな音楽ではなく、唸るかの如き吸血蜂の羽音。シャンデリアの煌めきの下に照らし出された巨大な蜂の巣、そこに纏わる蜂たち、そして淡く透けた翅で床から浮かび上がる蜜色の髪の少女。 今回の任務で倒すべき敵――蜂夜七三は、まるで待ちわびた客を歓迎するかのように黒いドレスの裾を軽く持ち上げ、微笑んだ。 『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は開かれた扉の真正面に立ち、透きとおる刀身の剣を抜く。 「ダンス……一緒に踊ってくれるんでしょう……?」 吸血蜂が一斉に巣から飛び立ち、リベリスタを迎え撃つべく七三の前に隊列を組む。 ● 幾つもの不協和音が重なる中、兵隊蜂と発熱蜂の羽音は、集音装置にも同じものとしか聞こえなかった。ずらりと並ぶ蜂を超直観も使って見渡し……交戦時の記憶と照らし合わせて、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が仲間に告げる。 「体毛の赤っぽいほうが発熱蜂だと思う! 戦うのも3度目だもん、見分けられるよ☆」 「――解った」 真っ先に動いたのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だった。入り口から向かって右側に低空飛行し視界を確保すると、部屋の中央に向けて符術を放つ。 「さて、予測済みだろう? 安心しろ、大した小細工はない。馬鹿に細工ほど無駄なことはないしな?」 擬似的に造り出された水を司る聖獣が周囲を水の“気”で制圧し、七三を護る蜂たちの攻撃力と速度を奪っていく。 続いてリンシードが、人質と最も離れたユーヌの反対側、左の壁際に移動した。七三と蜂5匹を引き付けんと、挑発の言葉を投げる。 「私の動きについてこられますか……おばさん」 実年齢25歳のフィクサードがおばさん呼ばわりを気にしたのかは定かでないが……目論見通り怒り状態になった七三は、リンシードを絶望の闇で薙ぎ払う。 「のぞみどおり、いっしょにおどってあげる……ななみをたいくつさせないでね」 玄武の範囲から外れた2匹の蜂が、続けざまに鋭い針を剥き出しながら急接近し、リンシードに襲いかかった。取り付こうとする1匹をひらりとかわすも、もう1匹の針が、ゴスロリ服から露わになった白い腕に突き刺さる。床にぼたぼたと零れる鮮血に、フィクサードは紅い唇を舐めずる。 ユーヌとリンシードの攻撃を逃れた蜂数匹は、リベリスタの予測通り――唯一の癒やし手である『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)に向かう。前衛の小梢を1匹が体当たりで吹き飛ばすと、唸りを上げながら飛びかかった数匹が、リサリサを毒の針で貫き、周囲を炎で焼いた。 「リサリサさん……!」 「っ……大丈夫です、皆様の傷を癒やす前に、ワタシが倒れる訳にはいきません!」 猛毒や火炎も、絶対者である彼女を傷つけることは出来ない。強い意志を秘めた青い瞳で前を見据え、リサリサは敵の集中攻撃を耐えた。 「八二さん、他の皆さんも、もう少しだけ待っててくださいねえ。不思議な魔法であっという間に助けちゃいますので」 部屋の隅で力なく横たわる一般人と、彼らを庇う八二を見やると、黎子は不敵に微笑んだ。運命を司るルーレットを召喚し、自身に強運を呼び込む。 糾華も同じく扉の外に控えたまま不条理なルーレットを喚び、小梢は英霊の魂を変じさせた最高の加護をその身に纏った。 「これでもう吹き飛ばされないよ」 まさに無敵要塞と化した小梢が、リサリサの前に立つ。 「敵の全部は視界に入んないか……ま、そんな都合のいいこと期待してないけどね!」 部屋中にこだまする耳障りな羽音を掻き消すように響く、ギターの音。音の主は『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)だ。 「とりあえずチェインライトニング! 略してとりチェ!」 杏の背に、荒れ狂う電気が翼を形づくり――雷撃の奔流が蜂の多くを呑み込む。 「精一杯、サポートさせて頂きます……!」 リサリサから放たれた柔らかな光が仲間を包み小さな翼を授けると、加護を得た甚之助はホール左側に移動し、周囲の蜂たちに荒れ狂う大蛇の如くドロップキックを見舞った。七三を引き付けるリンシードの負担を軽減するため、彼女に向かう蜂から片づけようという計らいだ。 甚之助の攻撃に一部の蜂は身動きも取れない中、玄武の力に制圧された蜂たちが一斉にリンシードとリサリサに襲いかかるが……無力化された攻撃は、脅威にはなり得ない。 待機していた終と劫が扉から飛び込み、終の造り出した氷刃の霧が連続して蜂の一群を切り刻んだ。氷の檻に囚われた蜂が精巧な彫像のように並ぶ。 劫は全身の反応速度を高めると、戦場と化したダンスホールを見渡し、独りごちる。 「今のところはこっちが優勢のようだが、さて、どちらの作戦が上を行くか……。生憎と、負ける心算は無いがね」 ● 劫が杏の盾となり、リンシードは再度七三と蜂5匹を狙って挑発した。しかし今回は別の蜂が庇いに入り、七三を引き付けるには至らない。 ユーヌもまた、高度を調整し狙いを定めると、人質へ続く移動経路を塞ぐ蜂を挑発する。 「相も変わらずお脳がお花畑だな。逃げる気なら悠長に待ち構えず、一目散に地の果てまで逃避行すればいいものを……まぁ、楽で良いが」 ユーヌの冷笑的な言葉を意に介する風もなく、自らを庇う蜂の背後で少女は嗤う。 「だって、それだとおもしろくないでしょう? ななみもこのこたちも、あたたかくてあまい、ちがだいすきなの」 戦闘狂、いや快楽殺人者と言うべきか。目の前のフィクサードが他者を殺傷することを何とも思わない――むしろ楽しむ部類の人間であることを、ユーヌは淡々と認識し、言い捨てる。 「……馬鹿の上に変態は救いようがないな」 怒りに駆られた内、鈍化の影響を受けない数匹がリンシードとユーヌを襲う。回避の高い二人は全ての攻撃を受けることは無いが、少しずつ確実に傷は増えていく。それでも表情一つ変えることなく、ユーヌは頬に付いた血を拭った。 仲間に1ターン遅れ、最後に突入したのは糾華だった。小さな翼でふわり舞うように飛行すると、揚羽蝶の形状の投刃を弾幕のように見舞う。 「ご機嫌如何かしら? わがままな蜂の女王様」 防御力を無視した連撃が降りそそぎ、腹部や翅に投刃の刺さった蜂たちが悶えるように身じろぐ。 「貴女を狩りに来たわ。蜂を落とす蝶というのも乙なものよね?」 ――ギチギチ、ギチギチギチギチ。 周囲から顎を鳴らす警戒音が響きだしたかと思うと、1匹の蜂がユーヌの肩にがっちりと組み付き――そのまま爆発した。 「……っ!」 爆炎が上がり、ばらばらになった蜂の脚や頭が床に四散する。 「深手を負った奴はやられる前にさっさと自爆するって訳か……けっ、大した鉄砲玉だぜ」 悪態をつきながら、甚之助が近くの蜂に暴れ大蛇を叩き込む。 黎子が放った漆黒のカードが華麗なまでの鋭さと正確さで蜂たちに突き刺さり、1匹の発熱蜂が仰向けになったまま動かなくなる。 「うふふふふふふ……もっとよ、もっと、おどりましょう?」 天井近い高所まで浮かび上がりリベリスタ全員を見下ろす七三の姿が、シャンデリアを背に、影のように黒く揺らめいた。手にしたスピアを振るえば、無限の悪意を秘めた一撃が光を喰らい尽くす闇となり、リベリスタを貪欲に呑み込む。 「……なるほど、そういう作戦ですか」 じっとりと絡みつくような凶運に柳眉をひそめ、黎子は呟いた。 10人の仲間の内、敵にダメージを与えているのは半数の5人。クリティカルからの連撃を得意とする黎子と糾華のファンブルの確立を格段に増やし、戦闘を長引かせる目論見なのだろう。 リサリサが高位存在の力を具現化させ、聖なる息吹に変えて仲間全員の傷と状態異常を優しく癒やしていく。リサリサの神聖術と自動回復があるにしても……攻撃の機会を削がれることは明らかであり、またEPが尽きてしまう事態も有り得る。 「そう簡単にはいかないってことね。いいわ、とにかく蜂から潰していくわよ!」 杏の羽ばたきに合わせて電気の翼が出現すると同時に、闇を切り裂く雷撃が部屋中に炸裂し、正面に居た蜂2匹が床に黒焦げとなって転がった。小梢がリサリサを背に庇い、未だ玄武招来の影響が残る蜂の襲撃を弾き返す。 移動経路の蜂をユーヌが引き付けている今、再度待機していた終が人質と八二の傍へ回り込み、敵から庇う形で布陣した。 「終くん――」 「……絶対助けるから。だからね、諦めないで」 天井から不気味に吊り下がった蜂の巣が、みちみちと異音を立て始め……巣穴を覆っていた蓋を破って、羽化したての新たな蜂が現れる。 ● 杏に襲いかかろうとする蜂を、劫が食い止めた。蜂は劫の身体に脚を絡めると、そのまま爆発炎上する。 「そう簡単に倒れてやる訳にはいかないんでね。格好悪かろうがギリギリまで、何度でも足掻かせて貰う……!」 劫は運命を燃やして立ち上がり、身体が吹き飛んで尚、自分にしがみついたままでいる蜂の脚を振り払った。戦闘開始から数分。ダンスホールの壮麗な寄せ木細工の床には、巨大蜂の死骸――もげた頭部や裂けた腹部が無残に転がり、噎せ返るような血の匂いと、生き物の焼け焦げる匂いで満ちている。 七三がリンシードに接近し羽交い締めにするや否や、その皮膚に鋭い牙を立てる。 「――!」 「ほんとうはね、ななみ、もっとちいさいこどもがすきなの……にくもやわらかいし、なきさけぶとおもしろいから。でも、あなたのちもなかなかおいしいわ」 口元から鮮血を滴らせ、妖しく微笑むフィクサード。 「ちっ……イカれてやがるぜ」 自らの痛みと傷を断罪の力にして、甚之助がショットガンで発熱蜂を撃ち落とす。 戦況に変化が現れたのは、蛹からの増援が出尽くした後、蜂の総数が13匹を切ってからのことだった。全ての蜂がユーヌとリンシードの挑発に引き付けられると、庇う者のいなくなった七三にダメージが入るようになったのだ。しかし長引く戦闘の中、現在耐久力に十分な余裕があるのは仲間に庇われている杏とリサリサ、圧倒的な防御力を誇る小梢くらいで、他のメンバーは皆一様に傷が深い。 懸命に戦線を支えるリサリサが清らかな微風を喚び、最も負傷度の高いリンシードを癒やす。 「もう大丈夫よ、庇ってくれてアリガトね」 轟く雷撃で3匹の蜂を落とすと、杏は劫に向かって告げた。残る敵は七三と蜂3匹。リベリスタたちは少しずつ人質のいる方へ陣形を移動させている。 「これは幻の壁ですが――二人を永遠に遮る壁です」 黎子の超幻影で生まれた大きな壁が、人質と八二の姿を覆い隠す。 兄の姿を隠されたことに怒りも露わな七三に、終は転移の如き速さで接敵し、至近距離から速度を強烈に奪う一撃を見舞った。 「……大切な人を傷つけても何とも思わない君じゃ、誰も護れないよ」 ユーヌは血で濡れた制服や手袋が肌に張り付くのも煩わしげに、符術で影人を作り出す。多くの敵を引き付け続けた彼女も、既に運命を燃やしている。 「見捨て見放され何も無い――不運だな?」 落ち着きを失い兄を探す七三に一瞥をくれる。様子がおかしい……そろそろ頃合いか。 「ろくでもない老人の妄執から生まれた、このろくでもない顛末――行きましょうリンシード。終わらせましょう、妄執の連鎖を」 「はい、糾華お姉様……!」 ゴスロリ服を纏った人形のような少女たちが頷き合う。 リンシードは七三の抑えに付き、挑発を続ける。 「貴女のわがままなんて通りませんし、通しません。貴女のような人が日常を壊すんです……だから、ここで斬り捨てます」 蜂がリンシードの腹部に毒針を突き刺すが、深手を負いながらも少女の瞳は揺るぎない。じっと七三を見据えたまま、迫り来るもう1匹の攻撃をかわす。 「死ぬのは貴女だけです、私は生きて糾華お姉様と“ずーっと一緒”です」 「妹の1匹や2匹、うまく操縦してほしいモンだぜ、あんちゃんよ。タマついてんだろ?」 焼け爛れた腕で乱れた髪を掻き上げ、煽るような言葉を投げたのは甚之助。 「ついでにアンタも助けてあげるわよ。脅されてフィクサードなんてやるもんじゃないわよ」 超幻影の壁の後ろでは、劫・甚之助・杏・ユーヌの影人が一般人と八二を背に庇っていた。 「七三はどうなっても構わないわね? アタシたちはあーいうフィクサードをとっちめる仕事をしてるからね」 一瞬の躊躇いの後、八二は感情を殺した声で杏の問いに答えた。 「……俺からも、お願いします。あの子を……止めてください」 「八二さんだったかしら……彼のこと、好きなのかしら?」 七三に対峙する糾華も、深い傷を負っている。血の気の失せた顔色はいつも以上に白い。 「そうよ、ななみはハニーのことをあいしているから、ハニーのために、おともだちをいっぱいころしてあげようとおもったの」 何事も無いかのように話す七三を、一瞬のうちに五重の残像が取り囲んだ。 「――違うでしょう。お兄さんはそんなことを望んでいた? 彼の気持ち、精神なんて全く無視をして、彼と何を通じ合おうとしているの?」 5人の糾華が放つ揚羽蝶の投刃が、七三を容赦なく刺し貫く。 「何も理解していないのに、通じた気になって、それを信じている……結局貴女は同じなのよ。妄執だけの世界に生きた八重という老婆と」 何とも通じ合えず、落ちると良いわ――その言葉と共に再度現れた残像が、七三を追い詰め切り刻んだ。 「そろそろお終いにしませんか、七三さん! 蜂夜の血がどうとかクイーンがどうとか、自分以外のせいにするのを!」 黎子が七三の背後から密着するほど近付き、静かに告げる。 「八二さんがいなくなったのも、あんな目で貴女を見たのも、ここに私たちがいるのも……全て、貴女のせいですよ」 辺りを漂う魔力のダイスが、標的に七三を選んだ。防御力を無視した爆発の連続が七三の皮膚を抉り、赤い花が咲くように血飛沫が散る。 「っ……いや! いや!」 怯えて狂乱する子供のように、七三はきょろきょろと目を動かし、兄を探す。 「いやあああああああ! しぬのはいや、たすけておにいさま、おにいさまあああ!!」 透きとおる翅で浮かび上がり、もはや見境を無くした少女は、小さなディメンションホールを開いた。リベリスタと蜂たち、視界を遮る壁の向こうの一般人、そして兄――全てに向けて、無差別に襲いかかる異界の疫病。 「ななみをひとりにしないで、ひとりはいや!! だから、だから、おにいさまも――しんじゃえ!!!!」 死毒が辺りを覆い尽くし、ぼとりと蜂が床に落ちる。黎子と糾華も膝を付く中……一般人を庇いきった劫はにやりと笑んだ。 「悪いけど、勝たせて貰うぜ」 「――蜂夜の繁栄だとか女王候補だとか、そんなものが全てじゃないんだよ」 終が魔力の翼で宙を駆け、七三にナイフを突き立てる。 「たすけ……て――」 仰け反るように一度痙攣すると、力を失った少女の身体は床に墜落し……そのまま動かなくなった。 床に降り立った終が七三の手から離れた禍々しい破界器を破壊すれば、残っていた蜂は赤黒い影のようになって消えていく。 「七三……!」 顔を蒼白にして壁の奥から現れた八二に、隻眼の青年は普段どおりの笑みを向けた。 「大丈夫。怪我はしてるけど、生きてるよ」 長かった戦いが終わり、甚之助は早速キセルを取り出してふかし始める。 「一度アークに顔出しな。身の振り方はその時決めたらいい」 「何だったらアンタも来ない? うちはいつでも人手不足なの。……ああ、そういえばアンタ、アタシたちの所属もアークのことも、知らないんだったっけ?」 あっけらかんと話すのは杏。 催眠状態でぐったりとしているものの、彼らの背後で、一般人3人は確かに生きて呼吸をしている。 「全部終わったら、Secret Gardenでみんなとお茶したいな☆」 終が命を守れたことに安堵の表情を浮かべると、八二もほっとしたように息を吐き――リベリスタたちに、深々と頭を下げたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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