●少女の純真 恋の炎に身を焼いた少女がいた。結ばれないと知りながら彼女は長く永く、一人想い続けた。薪のように彼女の想いは燃え上がり、体の内側から身を焼き続けた。薪は燃え尽きても彼女は燃え続け、全身が焼け爛れてもなお、想い続けた。 長い永い時の間に彼女の体はゆっくりと燃え尽きていき、それでも彼女は歩みを止める事はしなかった。恋の炎だけが、彼女を突き動かす動力源だった。 そうして彼女は、人生を、一人を追い続けて燃え尽きていった。それだけで終わる、よくある話になるはずだった。 夏の終わり、永く騒々しい夜に彼女は目を覚ます。自分の右手を見ると、よく燃えていた。腕も、体も、脚も燃えていた。ただひとつ分かることは、自分の体、その線が自分の最も美しかった頃そのものであり、体も上昇気流に乗ったように軽かった。 足元の砂を踏みしめれば、ガラスのような音がする。視線を上げると、満天の星空とその中心に輝く月。潮風に乗る塩は、彼女の近くで蛍のように燃えて、散っていく。 もう、何も覚えていない。けれどこの身を焦がす衝動だけは、今もこうして覚えている。 会いたい、あの人に。炎そのものとなった少女は、最期の時間でさえも想い人を求めてゆっくりと歩を進め始めた。 ●一人の夜に 「以上が私の見た『物』よ。ずっと恋をしている女は年を取らないって言うけれど、どうなのかしらね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が肩をすくめて言った。夏だというのに元気なんだから、と少し羨ましそうな、それでいて面倒だと言いたげに吐息を漏らす。 「目標はE・フォース、かなり強力よ。それと彼女に引きずられるように炎のE・エレメントが複数。幸い発生して間もないからまだ実害は出ていないけれど、想い人を求めて街の中に入ろうものなら火の海になるわ」 それで、とティーカップに入ったキャラメル色の液体をゆっくりと、小さな手に持った小さなスプーンでかき混ぜながら、ゆっくりと話を続ける。 「海が好きみたいなの、彼女。それも夜、だから接触に関しては現地の夜、海に行けば必ず会えるわ。灯りの心配もいらないんじゃないかしら。暦によると月は出ているし、それ以上に、彼女がキャンプファイヤーみたいに燃えているもの」 そのうち天まで焦がすかもね、と続けながらイヴはリベリスタ達をじっと見つめる。いつものように、覚悟の度合いを確かめるように。 「彼女の攻撃、取り巻きの攻撃共に受ければ燃やされるわ。特に彼女の炎は並大抵の炎じゃないから、圧倒されないように気をつけて。取り巻きはぶつかってくるだけ、なんだけど。彼女が攻撃の意思を向けた相手を集中的に狙うわ。火達磨にならないように気をつけて」 こんなところか、と一息ついてゆっくりとイヴはティーカップに口をつける。よくよく冷ましたのに熱かったのか、顔をしかめてすぐに唇を離す。 「彼女の夢を、終わらせてあげて。大丈夫、貴方達ならできるわ」 そう少しだけ優しい声色で、彼女はリベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:春野為哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月13日(金)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●美麗 夏の終わり、それも夜となれば海風の吹く海岸というのは肌寒いほどに気温が下がる。幽霊というのも、じつに似つかわしい時期である。ただ言えることは、普通幽霊は冷たいもの、ということだ。 「不謹慎だが、あれだけ壮絶に燃えていると綺麗なものだな」 「まったくだ、相手の男はどうにも果報者だねェ。話では、死ぬまで燃えてたんだろう?」 『紅蓮の意思』焔・優希(BNE002561)が潮風にその炎のような髪をなびかせながら土手に座り、その横で腕組みをした『華娑原組』華娑原・甚之助(BNE003734)が目を細めて軽く笑う。彼らの視線の先には、波打ち際をなぞるようにして、まるで砂の中にある何かを探すようにゆっくりと移動する燃え盛る少女と、人魂の姿がある。あのまま移動していけば、住宅街に向かい、辺りを火の海に沈ませることになるだろう。 「……ああ、昼間に調べたら。そういうことらしい。関東の大地震の時に生まれて、戦渦の中を生きて、八十過ぎに大往生。この辺りでは有名な美人さんで、知ってる年寄りも居たよ。ほれた男は画家さんで、それに憧れて自分も画家になったんだと」 昼間にリサーチをしていた『欺く者』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が天を仰ぎ、思い浮かべる。彼女の自画像は生涯変わらず彼と出会ったときの自分であり、彼の絵もまた当時の記憶のままに描かれていたことを。 「そこまで深い愛は尊重されて然るべき、とも思わなくもないんだが」 「悲しいことですが、永遠などあり得ないのです。ああでも――」 『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)の言葉に続けていた『痛みを分かち合う者』街多米・生佐目(BNE004013)が言葉を止める。死んでしまっては永遠に結ばれないか、とは波打ち際を歩く彼女を見ていては言うことができなかった。 「わたしは燃え上がる恋とか未経験なんだけど。迷惑かけない程度にしてみたいもんよね。ドロドロはいいけど火事はいただけない」 「大体皆考えることは同じだな。羨ましいし憧れる、けど」 セレスティア・ナウシズ(BNE004651)がぼうっと観察しながらつぶやくと、カウボーイハットを手で押さえながら『(自称)愛と自由の探求者』佐倉・吹雪(BNE003319)が笑う。けれど、こうなってしまった以上自分達は否定しなければならない。彼女がただの傷心した女の子であれば、愚痴を聞いて慰めることも出来ただろうに。 そんな話を聞きながら、自分の胸元に手を当てて『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)がぎゅっと手を握る。それでも、叶わないのは胸が痛い。しかし他のリベリスタ達同様、彼女もまた覚悟はしている。終わらせねばならない覚悟を。 そうして少し彼女を観察すると、水の傍に行きこそすれ、中に入ったりはしないということがわかった。となれば都合がいい、やろうと誰が言うでもなく各々準備を整え始め、辺りに結界が張り巡らされる。 彼女の最期の舞台の幕があがろうとしていた。 ●愛情 「明るい故に、これほど分かりやすい的は無い」 演算能力を極限まで高められたオーウェンのフラッシュバンが、的確に少女と人魂の群の真ん中に放り込まれる。一瞬の間を空けて炸裂する閃光、轟音が開幕の音頭をとる。 彼女は炎の腕でとっさに身を守り、閃光と轟音を排除したが、人魂のいくつかが困惑したようにその炎をゆらめかせる。効いているようだ。 それを皮切りに生佐目がゆらりと踊り出し、猛毒の黒死が異界の穴から噴出する。彼女達の炎の色が変色し、少なからず毒に侵された事が分かる。もがき苦しむ人魂達が、リベリスタ達を威嚇するように激しく燃え上がる。 「彼がどこに居たか、貴方はご存じないでしょうね。私だけが知っているのですから」 にやりと不敵な笑みを浮かべると、挑発の言葉を生佐目が毒のように吐く。刹那、生佐目めがけて彼女の腕が灼熱の槍と化して突き出される。マスターテレパスを使う間もなく、彼女は挑発に乗った。防御した腕が痛みを感じることすら忘れるほどの熱に生佐目は驚きながらも、表情を崩さない。 「その炎、心中に爆ぜるいい紅蓮だ。全てを燃やし、昇華させるがいい!」 炎の余波をものともしない優希が疾風迅雷と化し、懐に飛び込み片っ端から拳を振るう。人魂達がたちまちに弾け、変色した炎に更に電流が踊り、禍々しい有様の中反撃とばかりに荒れ狂う。対象は予想通り、生佐目。オーウェンと優希が二体ブロックしたが、陣の間から踊るように三体が突撃し、派手に生佐目は燃え上がる。 「大丈夫、すぐに消えるの」 アステリアの天使の息吹が即座に生佐目の傷を塞ぐ。吹き荒ぶ炎の中で、息継ぎをするような風は、アステリアの優しさとこの戦いの無情さを感じさせるものだった。 「その通り、前座にはさっさと消えてもらうだけだ」 生佐目に肉薄した人魂の一つに割り込んだ涼の暗器が炎に照らされる間もなく振るわれ、人魂が悲鳴のような音を立てて燃え上がる。人魂に容赦無く、涼の追撃の刃が振るわれる。まず一つ、人魂は砂が破裂するように飛び散り、消えていった。 すぐさま、仮面をつけた甚之助が人魂の後ろに回りこみ、ナイフを一閃。その煌きに人魂が魅了されたように動きを鈍らせる。仮面の下から彼女へと視線を向ける。情熱の炎も、今は怒りが混ざっているのか渦を巻き、天を焦がさんばかり。本丸を埋めるにはまず外堀から、仮面の下で甚之助は静かに頷いた。 後衛で構えていたセレスティアは肉薄して戦う仲間を見ながら、まるで文化祭のフォークダンスのようだと感じた。実際、そんな風に踊って解決出来れば苦労はしないのだけど、と目を細めて。味方を巻き込まないように集中し、彼女を中心に動けなくなっている人魂をまとめて凍結させる一撃を見舞う。 予想通り、耐性があるわけではなく炎が苦しげに歪んだ。そのフォークダンスに水を差しているのは自分か、とセレスティアはまたそんなことを考えた。 ●調和 複横二列、リベリスタ達のとった陣形は直線攻撃を最も得手とする彼女にとって一番火力の出しにくい陣形であった。彼女自身が前進し、猛烈な炎の渦を巻き起こしても、すぐにアステリアが癒してしまう。壁を崩そうと人魂に集中攻撃をさせるものの、魅了され、麻痺され、凍結され思うように動けず、更に囮の交代要員まで出られてしまえば火力不足が際立ってくる。戦術的に見れば、先手を完全に奪われた時点で優劣は決していたと言える。 「なぁ」 吹雪が彼女に声をかける。帽子を軽く上げて、しっかりとした視線を向ける。 「お前の想いは、こんな形になるのを望んでいたのか。お前の想いは、お前だけの物だ。そうでなければ、そいつに刻み込むべきだったんだよ」 疲弊しているとはいえ健在な人魂たちを無視して、語りかける。自分がその痛みを理解できると言うように。 「わかってんだろ、絵を描いて生きてきたなら。そいつを追いかけて絵を描くような奴が、こんな風に何もかも燃やすようなのは、間違ってるってな。何より愛し続けたことしか覚えていなくて、ほかを忘れていればロスタイムでもなんでもねぇんだよ、今のお前は、元になった奴の紛い物だ」 言い切るや否や、一歩でトップスピードまで加速した吹雪の刃が彼女を捕える。不思議と柔らかく、手ごたえが無い。そのかわり、傷口から血のように炎が勢いよく噴き出す。炎の中の彼女の表情は見ることが出来ないが、吹雪には察しがついていた。 「その言葉、通じるにはもう少し頭を冷やしてもらうしかあるまい」 なだめるように優しく、残った人魂を片付けたオーウェンが吹雪に語りかける。本来どうなろうと知ったことではない依頼のはずだったが、想い人を持つ身としては少なからず感じるところがあった。故に、舞台を整えもする。 少女の顔がオーウェンの方に向く一瞬、怪盗の能力で姿を変える。彼女の生前描いていた絵に何度も登場した男の似姿。どれも顔が曖昧で、砂の中に隠れてしまっているような彼の姿。それでも一瞬、動きが止まったところを見ると効果はあったようだ。オーウェンはそれを幻だと言うように姿を戻す。 「でも紛い物でも、頭に血が上ってても、あれだけ燃え盛るのは美しくて、私は悔しく思いますね」 奈落の剣を振りかざし、生佐目は穏やかに語る。塞いだ傷口から血が出ても構わずに一撃を加える。さっきはごめんなさい、と一言加えて。わかっていたのだ、おそらく彼女自身も。自分に起きたことは奇跡でもなんでもないと。ただ運命の気まぐれが彼女にそうさせたのだと。 しかしそれでも、というように彼女は一人になっても爆炎を辺りに撒き散らす。耳をつんざくような、悲鳴にも似た音が夜の海岸を揺らし、リベリスタ達を燃やす。 「凄いな、本当にどこまでも。愛する人を焼き尽くしてしまう気なのかって思うな。でもな、それは俺の正義じゃない。押し付けさせてもらう」 一撃、涼の暗器が炎を両断し、実体の無い筈の少女の表情まで見えるほどに深々と切り裂く。表情は伺えない。ただ炎に包まれていない顔は整った目鼻立ちをしており、ああ本当に、生前はどこまでも彼のために美しくあろうとしたのだな、と感じさせた。 アステリアもその表情を見て、胸を痛めた。できることなら本当に、彼に一目会わせてあげたいと願わざるを得ない。そう感じさせるほど悲しく、悟りきった表情。それでもなお、魂の一片まで燃やそうとする姿を振り切るように、アステリアは切り札としてとっておいたデウス・エクス・マキナを使う。 彼女の炎は最早リベリスタ達を燃やし尽くすことは出来まい、と確信させるほどに消火し、傷を癒していく。癒しの終わった後の間が、妙に長く感じられる。 見れば、全てを黒く焼き尽くす熱情の炎は、今や儚く燃え尽きる寸前であった。それでもまだ、とその熱を歩に込めて、砂を軋ませ進もうとする。 「なぁ、もういいだろ」 仮面を外した甚之助が足元もおぼつかない彼女に後ろから抱きついた。意識の範疇を外れていたのか、彼女の炎が瞬間的に強く噴き出す。甚之助の腕を、顔を、身体を焼く。それでも構わず、甚之助は想いをこめて優しく、力いっぱい抱きしめる。戦いの音が止み、波の音と星の瞬きと、それに添えられた彼女の炎ばかりが目に付く。 「何て言うかな、私はロマンチストじゃないんだけど。あんたに地上は、こんなところで燻るのは似合ってないよ。いっそ星になってしまえ。そのほうが、似合ってる」 セレスティアが頬をかきながら、そんなことを彼女に語りかける。ゆっくりと視線を空に上げると、彼女もまた、それに合わせて顎を上げ、顔を空に向ける。恋愛の経験も知識もない自分に、共感してくれたのだろうか。 「安心しろ、お前は俺の中に刻まれた。紛い物でもお前のやったことは無駄じゃない。もし俺たちが彼に会ったら、必ず伝える。会いたがっていたと」 そう言って優希の一撃が、彼女を抱いている甚之助に目配せをしてから迷いなく叩き込まれる。最期の瞬間、炎の中で彼女の唇は二度三度、何かを伝えようと動いたけれど誰もそれを理解することは出来なかった。ただ彼女の体は、幾万もの炎に燃えたコスモスの花弁のように飛び散り、跡形もなく消えていった。 後に残ったのは、波打ち際の彼女の足跡と、月が映るほど穏やかな海であった。 ●真心 「あっちぃ、いい女だったけど本当に惚れると火傷しちまったよ」 「無理するからですヨ。んで、彼のことも調べてたんでしょう?」 甚之助が真っ赤になっている部分に息を吹きかけるのを見て、生佐目が肩をすくめる。そのままオーウェンに疑問を投げかける。彼女が最後まで描き続けた彼のことを。 「死んでるみたいだよ、とっくの昔に。話によると彼女が出会ったときが十ちょっとで、その時で見た目二十中頃だった。となると今頃生きてても百を越えてるし……生きていない理由を挙げるとキリがないよ」 ため息をつきながらオーウェンは覚えていることを話す。更に付け加えるなら、彼は当時活動家だったとくれば、死んでいないほうが不思議なくらいだ。 「その彼氏も相当燃えてたんだな。誰かを好きになって、間違いを正さずに居られなくて、好きなことをやりたくてたまらなかったんだ」 吹雪が話を聞きながら、テトラポットに座ってポツリとつぶやく。その語調は身に覚えがあるのか無いのか、どうにもあいまいなものだった。その横でセレスティナもぼうっと座って海を眺めていた。その視線の先には、海と空と、それより手前に涼とアリステアの姿があった。 アリステアは祈るように海を見ていて。涼は肩が触れない程度に傍で立っていた。何となく、誰もが幸せになれたらいいのにとか、そんなことを祈っているのではないかと感じてしまい、自分にむずがゆくなって、セレスティアは思わずくしゃみを一つした。 肌寒い潮風が秋の訪れを告げる。空は流れ星一つ流すことなく、いつも通り輝いている。その夜、リベリスタ達は誰が言うでもなく、しばらく海岸から離れなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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