● 「お暇を頂きに参りました」 「はぁ?」 クーラーの効いたアーク本部の一室、『親衛隊』を討ち果たし平和を取り戻した、暑い午後の会話であった。思いもかけない『風に乗って』ゼフィ・ティエラス (nBNE000260) の言葉に、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は転けそうになる。 たしかに、極東を襲う大きな波は去った。しかし、近々波乱が予想される時期にボトムを去るほど、この少女は不義理だったろうか。 「無事に三ツ池公園の穴が使用できるようになったので、ラ・ル・カーナの様子を見に行こうと思うんです。たしか故郷に戻る時、日本ではこう言うんですよね?」 「あぁ、そういう……」 ゼフィの言葉に納得の表情を浮かべる守生。彼女はややボトムの常識に疎いところがある。それを鑑みれば、十分有り得る間違いか。 三ッ池公園が『親衛隊』の手から解放されて数日が経った。それまでは、フュリエ達も故郷に帰る手段を奪われていたのだ。如何にボトムのために戦う勇気を持っていたとしても、不安だったのには間違いない。守生は納得すると、いつもの苦虫を噛み潰したような顔に苦笑いを浮かべる。「笑顔」まで作らない所が、この少年の少年たる所以か。 「ま、そういうことだったら、のんびりしてくるといいんじゃないか。幸い、『今』はまだゆっくりできる時間があるからな」 「えぇ、それなのですが、モリゾーさんもラ・ル・カーナに来てはどうでしょうか?」 ラ・ル・カーナはボトムの(と言うか日本の)夏に比べると、遥かに穏やかな気候をしている。避暑に訪れる場所として、そう悪くないだろう。ゼフィとしては出来れば、他のリベリスタ達も誘いたい所なのだという。 ラ・ル・カーナには難儀な思い出のある守生であるが、そうした誘いを無碍には出来ない程度には社交性を身に付けてはいる。それに、件の思い出の話さえ無ければ、ゼフィの提案も悪いものではない。 また、ラ・ル・カーナには「忘却の石」と呼ばれる神秘存在がある。いま、フュリエ達も集めてくれてはいるが、いささか手が足りていないというのもある。人手が欲しい、というのもあろう。 「分かったよ、それで誰に声を掛けたんだ?」 「えっと……そこなんですが……」 もじもじし出すゼフィの様子に守生はため息をつくと、全てを察した。 「分かった。俺がアークの事務に連絡入れればいいんだな?」 ゼフィは必要以上の笑顔を作り、コクリと頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月10日(火)23:09 |
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● 「初ラ・ル・カーナ!」 大きく腕を広げて太亮は深呼吸する。 胸いっぱいに緑を受けた風を吸い込む。森で暮らしてきた彼にとっては親しみのある、そして懐かしい味だ。 ここは異世界ラ・ル・カーナ。何処までも続く緑に包まれた世界。そして、かつて完全世界と呼ばれ、一度は滅亡の危機に瀕しながらも戦いの果てに平和を取り戻した世界だ。 リベリスタ達は、神秘をリセットする不思議な力を持つ「忘却の石」を手に入れるためにやって来た。とは言え、すっかり平和になったこの世界。アークへ出向しているフュリエにしてみれば里帰り。当のリベリスタにしても、ちょっと遅めの夏休みのような日だ。 「楽しい一日になると良いな!」 太亮は笑顔で森に向かって駆け出していった。 ● かくして、「忘却の石」探しが始まった。 もちろん、作業に当たるのはリベリスタ達だけではない。現地にいるフュリエ達もその一員だ。そして、そんな女だらけの姦しい集団へクレイグは臆する事無く向かっていく。 「そこの美しいお嬢さん、ちょっといいかな? 髪がサラサラですごくきれいだね。花をさしたら似合いそうだが、きみの美しい髪色ではどの花も地味に見えてしまうかな……」 歯が成層圏まで飛んでいきそうな台詞で語りかけるクレイグ。言われるフュリエもまんざらではなさそうだ。どう見てもナンパだが、本人曰く情報収集とのこと。彼なりに真面目にやっているつもりらしい。 フュリエと連携して「忘却の石」を探している訳だが、やはり本来希少なものなので、中々出てこない。だからこそ、クレイグも熱心に探そうとする訳だが……結果としてこうなってしまう訳だ。 「なかなか見つからないなぁ……」 先に調査に向かっていたフュリエと連携を取りながらマラファルは丘で捜索を続けるも、存外に成果は上がらない。それでも、キリエを始めとして、リベリスタ達は丁寧に探していく。 「そろそろ休憩しましょう。朝から歩きっぱなしですし、休まず探していたら効率悪いでしょうし」 丘の上を探す一向を佐里が呼び止める。 その手には大きな水筒があった。 リベリスタ達は受け取ると、良く冷えたスポーツドリンクで喉を潤す。ラ・ル・カーナは穏やかな気候であるものの、やはりずっと歩き続ければ疲れもするし喉も乾く。 「さて、もうひと踏ん張り。時間の許す限り、石探しを続けましょう……あら? これは……?」 立ち上がろうとした佐里が手にした石。 それは紛れも無く、「忘却の石」であった。 一方、森ではと言うとチャノの案内の下、リベリスタ達の探索は順調に行われていた。 先頭を行く彼女に、石を見つけた仲間達の喜びの感情が流れ込んでくる。すると自然、足取りも軽くなるというものだ。フィアキィも嬉しそうに飛んでいる。 「力仕事は任せて貰っていいよ」 後ろでリアカーを引っ張るのは疾風だ。ボトム・チャンネルのヒーローたる彼も、手に握る武器をスコップに変え、「忘却の石」捜索に集中している。規則性でも見つけることが出来れば、随分と楽になるだろうし。 一報、疾風のお陰で荷物の軽いチャノは、適当に拾った石をエプロンに付いた大きなポケットに詰めていく。花や木の実も一緒だ。 『親衛隊』とかのせいでここへの通り道が塞がれて、とても不安だった。だけど、もう大丈夫! 伸びゆく緑の息吹が心地良い。 だから、草木に元気良く問い掛ける。 ね、石はどこにあるかな? 知らない? 「この前はお疲れ様だよ。怪我とかしてない? 大丈夫?」 「はい、お陰様で……」 ロアンとゼフィは連れ立って森の中を歩いていた。土地勘の無いロアンの道案内という形だ。先日行われた『親衛隊』との決戦において同じ作戦に従事した縁もある。 そして、疲れてきたので一休みしようかという時だった。もう1人、戦場を同じくしていた男が現れる。 「あ、ゼフィさん! 私に会いに来てくれたんですね!」 「え!? えっと……」 「ははっ、冗談ですよ、冗談。その困った顔が見たくて!」 「えぇっ!?」 爽やかな笑顔と共にゼフィをからかいに現れたのは恭弥だった。彼女が助けを求める先にいるロアンも笑うだけで、助け舟を出す気は無いらしい。 「さて、私の好奇心が森の奥へと囁いているので、名残惜しいですが私はこれにて。地球は忙しかったでしょう。この機会にゼフィさんもゆっくりと羽を伸ばしてくださいね」 「あ……はい。ありがとう……ございます」 「それでは」 恭弥は紳士の名にふさわしい優雅な礼をすると、森の奥へ去って行く。意外な姿に目をぱちくりするゼフィ。そんな彼女へ、ロアンは魔法瓶に入れていたコーヒーを差し出す。 「コーヒーって飲んだ事あるかな? 大丈夫、飲み物だよ」 おずおずと受け取るゼフィ。 初めて向けにミルクと砂糖は多目。疲れも吹っ飛ぶ代物だ。 「美味しいです、この飲み物……」 「ボトムには、まだまだ美味しい物が沢山あるよ。僕、料理は結構得意なんだ。良かったら今度、何か御馳走させてよ」 ロアンの言葉に、ゼフィは笑顔で答えた。 森の中で「忘却の石」を掘り起こした快は、満足げな表情を浮かべると、肩にかけていたタオルで汗を拭う。小さい頃にはこうやって、カブトムシの幼虫なんかを掘り起こしたものだ。あの頃に、大人の自分がこんなことをしているなど、想像もしていなかった。 思えばこの異世界にやって来て、良いことも悪いことも、色々あったものだ。 「モリゾーが無茶やらかしてから、もう一年経つんだなあ」 ● 「変わったなラ・ル・カーナ……小川なんてあったっけか?」 橋頭堡の外に広がる景色を眺めて、火車は首を捻る。 「確かに、ずいぶん緑が増えましたねえ」 崩界によってラ・ル・カーナは、荒野に浸蝕されていた。おそらくはこれが本来の姿、いや新たに新生した姿ということだ。 火車に答えた黎子もついつい物思いに耽ってしまう。2人が出会ったのはラ・ル・カーナであり、そう言う意味では感慨深い土地だ。その一方で、思い出したくない思い出もある場所だ。 「さて、飯作るんなら簡易かまども必須だな! 適当にでかい石持って行かんと!」 そして、いつまでもそうしているのもどうかと思ったのだろう。火車は腰を上げると、竈を作りに向かう。 「かまどですかー。作ったことはないですが……忘却の石は良いんですか?」 「…は? 忘却の石とか別にかまどに使ってからで良くね?」 「いや、それを持って帰るのがそもそもの目的で……焼ける程度なら別にいいんですかね……?」 火車なら「忘却の石」を竈に使いかねない。黎子はそう思った。 そしてモリゾー、もとい守生はラ・ル・カーナ橋頭堡に設置された竈を前にして、いつものように声を上げていた。 「ひっそりと作り始めた覚えも無ければ、隅っこの竈も使ってねぇ!」 「いやいや、そう言わずに。ご一緒します、いえ、させてください!」 正しくはカレーを作ろうとして、光介の手伝いから逃げようとしていた訳だが。 「ほら、もりぞーさんを心から慕う会【M-KSK】が、ここに!」 「カレー! 私もカレー食べたいです! 【M-KSK】(もりぞーさんのカレーは死ぬほど辛い)に参加します!」 「激辛マニアみたいな設定の持ち合わせもねぇ! あと、勝手な会を作るな!」 それまでは快適な気候に永住を決意しそうだったユウも、騒ぎを聞きつけてやって来た。そうなると、なし崩し的にみんなでカレーを作る流れになってしまうものだ。根本的に守生は押しに弱いし。何のかんのと言いながら、リベリスタ達のことは好きなのである。 「ふぉっふぉっふぉ、かれーをてつだうとみせかけてつまみぐいするっ! これぞせくしーにょていミーノのかんぺきな、さくせんっ」 みんなが野菜を切り始めた所へ、こっそりと参加するミーノ。狙うは出来上がったカレーただ1つ! しかし、計算外だったのは玉ねぎの攻撃力。 玉ねぎを切り慣れていない彼女の目からはぼろぼろと涙がこぼれてしまう。そこへやって来たのは、カレーに甘味を加えるべく、ラ・ル・カーナの果物を手に戻って来たシエルだ。 ミーノはじっと待つ作戦にすぐさま変更し、炒められていく食材の香りを楽しむ作業に移る。 そして、鍋に火を掛けようとした時、シエルが叫んだ。 「あ! カレーをぐつぐつ煮込む為に皆様と一緒に作った即席のかまど……これ忘却の石混じってますよ……もりぞー様、やりました!」 「そんなご都合あってたまるかー!」 ま、たまにはこういうこともあるもんなのである。 あちらこちらでカレーが鍋にかけられ始めた頃、シュスタイナは興味津々といった様子で周りの様子を眺めている。 「飯盒って、こうやって使うんだ……」 「結構うきうきするよね、こういうの」 そんなシュスタイナに、悠里は飯盒の具合を確かめながら笑いかける。料理の出来上がりを待つまでの時間は、ある意味一番楽しい時間だ。心躍らせる歓談の時間なのだから。 悠里に料理上手を褒められ、シュスタイナは照れ臭そうに笑う。 そして、飯盒のご飯が炊きあがる。 誰もが待ち望む瞬間。 味見がてらご飯を口に運ぶシュスタイナ。 「……! おいしい……!」 珍しく顔をほころばせてしまう。お焦げなんて初めてだったから。 「こういうのは初めてかな? はは、そんなに美味しそうに食べて貰えると嬉しいよ」 さて、次はカレーのショータイム。 出来栄えは如何なものだろうか? ● 森の中をかき分け進む優希の前で、ふと景色が開けた。 先に見えたのは、小さな川の流れだった。聞こえてくるのは穏やかなせせらぎの声。かつてラ・ル・カーナを訪れた時には、決して見ることが出来なかった景色である。 「……ラ・ル・カーナは美しい場所だな」 自分達の戦いでこの世界に戻ったものの姿を目にした優希は、改めて小川にて「忘却の石」捜索に取りかかった。 「わーい! ゼフィたんをぐっしょり濡らせちゃうぞー! ひゃっほー!」 「わ、冷たいです! 濡れちゃいます!」 「体冷えたら抱きしめあって温まればいいさ、げへげへ」 とまぁ、シリアスの直後に台無しに出来るのが結城竜一の結城竜一たる所以である。まぁ、この男の持ち味な訳でもあるし。 見れば、川辺で水と戯れるリベリスタ達の姿は、チラホラと見受けられるものだった。 「まおは気持ちいいです。まおは楽しいです。石も探せてヘンリエッタ様とひんやりできますから」 年相応の無邪気な表情を見せ、水の上を歩くまお。その姿にヘンリエッタの顔にも自然と笑顔が浮かぶ。先ほどまでは真面目な顔で石探しに取り組んでいたが、つられて水遊びに興じてしまう。 それも悪くない、とヘンリエッタは思う。 「あなたがラ・ル・カーナをもっと好きになってくれたなら、それが一番の収穫だよ」 森の中から出てきたあひると壱也もまた、小川に駆けて行ったリベリスタだった。ラ・ル・カーナが如何に穏やかな気候とは言え、森の中を歩けば暑くなってくるし、疲れも溜まる。そこへ冷たい清水の音は暴力とすら言える。 「少しなら、遊んでいってもいいよね……! 入ろう!」 最初は躊躇いがちだったが、もう我慢は出来ない。あひるは靴を脱ぐと、冷たい水に足を浸す。疲れが一気に癒されていく。 と、その時だった。 ぱしゃっとあひるに冷たい水がかけられる。 「えへへーっ」 水をかけたのは壱也だ。悪戯っぽい笑顔を浮かべ、浅瀬で思いっきり足バシャバシャしている。 「やったなぁ……! おかえし! えいえいっ」 たちまち始まる合戦。 その向こうでは、リンシードとユーヌが水切りをして遊んでいた。元々、小川の中に忘却の石が無いかを探していたのだが、気付けばこんなことになっていたのである。それぞれに違った意味で氷のような印象を与えるが、年相応の面もある……ということなのだろう。 「結構飛ぶな」 「おー……結構跳ねましたね……私も負けられません……!」 次第にコツもつかめてきた2人。本来の目的も忘れて、より多く跳ねさせることを目指して水切りを始める。 その途中で、ふとユーヌがリンシードを止める。 「おや、ストップ」 「どうしました、ユーヌさん……妨害ですか……!? あ……これ忘却の石っぽいですね……? ナイスジョブです、ユーヌさん」 よく見ると、リンシードの手に握られているのは「忘却の石」だった。割と沢山の石を掴んできたのだ。何処でぶつかっても不思議ではない。 「良いお土産出来たな? おねーさまへの」 ようやく、2人の表情に満足げなものが浮かんだ。 ずぶ濡れになったゼフィが着替えを終えて、再度森へ向かおうとしていると、そこへ夏栖斗が声を掛けてくる。 「この前は三高平の学園祭だったけど、久しぶりの故郷はどう?」 「そうですね、落ち着くというのはあるかも知れません。ほんの少し、戻らなかっただけなのに」 奪われていた「穴」を取り戻せたのも大きいのかも知れない。 そして、それ以上にボトムへ来たフュリエ達にとっては激動の時期だったはずだ。 「それじゃあ良かったら、森を案内がてら、探すの手伝ってもらっていい? こういうのはやっぱ慣れているゼフィに力を貸してもらった方が助かるしね」 頷くゼフィは真剣にどこか遠くを見ている夏栖斗の瞳に気付いた。彼の目には、来たるべき「リミット」が見えているのだろう。 シャッ 喜平の投げた石が水の上を跳ねて行く。 「……すげえじゃん。水より重いのに、あんな綺麗に遠くまで飛ぶモンなんだな!」 「嘗ては『第二小のモーセ』とまで渾名されたのは伊達じゃないってことだ」 例によって小川で休憩組に仲間入りしたカップルは、仲睦まじく遊んでいた。 年下の恋人、プレインフェザーが素直な称賛の声を上げると、喜平は軽くポーズを決めてみたりする。こういうのは勢いが大事なんである。 「『第二小のモーセ』とは、随分すげえあだ名だな。あたしも一生に1回くらい成功させてみてえし……ね、どう投げりゃ良いのか、教えてよ」 「任せておきな。こう握ってだな……」 プレインフェザーの手を取って、喜平は投げ方を指南する。思わずギリギリまで近づいてしまった距離に、彼女の胸は勝手に高鳴る。 そして、プレインフェザーの想いを乗せて、石は水面へ向かって飛んで行った。 「いやぁ、フュリエは可愛い娘や美人さんばかりだからな探索も楽しいってモンだ。探索、探索ぅ!」 村のフュリエと一緒に、隆明は元気よく「忘却の石」探しをしていた。美人がそばにいると、男の行動力は最低でも2倍以上になるものだ(経験則)。 「済まないな、オレ達の為に手伝って貰って」 「大丈夫ですから、気にしないで下さい」 福松もまた、フュリエ達の指揮を執って「忘却の石」捜索を行っていた。幼いながらも暗黒街の盟主にふさわしい姿だ。 「適当に見つかって来たし、小川にでも行くか? 水浴びとかしたら気持ちいいじゃん?」 「目の保養したいだけじゃないのか?」 微妙に下心の透けて見える顔で隆明が提案すると、福松が突っ込む。 隆明はバツが悪そうに他の言い訳をひねり出そうとするが、とっさに良いのは出てこない。だから開き直る。 「うん、言い訳はしねぇよ、目の保養! 仮にきゃっきゃうふふ出来れば、俺のやる気は有頂天! バロックナイツとだって戦えらぁ!」 熱弁を振るう隆明が気付く頃には、福松とフュリエ達は橋頭堡へ戻ろうとしていた。慌てて追いかける隆明を尻目に福松はフュリエを相手にしていた。 「これが終わったら橋頭堡でカレーでも食べるか」 「カレーって何ですか?」 「俺達の世界の食べ物だ、美味いぞ。他にも何か知りたいことがあれば聞いてくれ」 余裕を見せる福松。 そこに1人のフュリエが、何かを思い出して質問する。 「それじゃあぁ、聞きたいんですけどぉ、女装って何ですかぁ?」 「知らんな」 ● 「キャンプといえば! バーベキューだって習いました! 日本で! 要するにジンギスカンしちゃいます!」 故郷帰りのフュリエ、リンディルは力強く宣言した。ボトムへ降りたフュリエは様々な変化に触れたが、これ程アクティブなものも珍しい。北は北海道、南は四国まで制覇済みなのだ。 「薪拾ってきましたよ……随分と、これは……」 薪拾いがてらの石拾いから戻って来た桐は絶句する。キロ単位で肉と野菜が並び、道具も本場から借りてきたというかなり上等な代物だったからだ。 リンディルの気合に桐はほうっと唸る。 「なんか何時も奢ってる気がするので、たまには食べさせてもらうのです。期待出来そうですね」 リンディルは満面の笑みとサムズアップを返した。 2人がかりで用意したテントを背に、鷲祐と七もまた食事の準備に勤しんでいた。 鮮やかな手つきの鷲祐に、七は無邪気に喜んでみせる。そして、友人と料理を作ると、普段の料理についての話題に花が咲くものだ。 「うちの肉じゃがは少し甘めなんだけど良いかなあ?」 「甘いのは大歓迎だ。美味い肉じゃがを頼むぞ。俺はよく食うからな」 「司馬さん、たくさん食べるんだねぇ……男の子はそうじゃなくっちゃ」 なんとなく親近感を感じる鷲祐。 そうこうしている内に、焼いていた肉も良い具合に焼けてきた。 「ナナ、味見してみてくれ。っと、眼鏡が曇ってるぞ」 「ゴメンゴメン、眼鏡ないと何も見えないんだよねえ」 鷲祐の指摘に眼鏡の曇りを拭き取ろうとする七。 ぽそっと、鷲祐が呟く。 「ふっ、なんだ、素顔も可愛いじゃないか」 「……って、なに恥ずかしいこと言ってるの……!」 竈を前に風斗とリリは2人して頭を抱えていた。 元々、野外経験が多い訳では無く、飯盒での美味しいご飯の炊き方に悩んでいたのだ。 「ええと、確か『はじめちょろちょろなかぱっぱ』だったっけ?」 「ちょろちょろは、響きからしてきっと水の事ですよね。でも……『ぱっぱ』?」 炊き方のコツを聞いたものの、その意味は暗号めいており、分からない。 その時、風斗の頭に閃くものがあった。 「そう、水だ! ちょろちょろと少しずつ水を垂らして、水蒸気によって米を蒸す……ぱっぱ、とは水蒸気のことだ!」 「そうです、そうに違いありません!」 答えが分かったのならしめたもの。 後は作ってしまうだけだ。 「さあ米よ、美味しく炊きあがれ!!」 ちなみに、『はじめちょろちょろ』とは『最初は弱火』を、『なかぱっぱ』とは『中ごろは強火で』という意味を指す言葉だそうな。 風斗とリリが後で叱られながら教わった豆知識だから間違いない。 橋頭堡でキャンプパーティーの料理を取り仕切っていた富江は、全体が一段落したのでようやく一息つくと、辺りを見渡す。 「これが『らるかーな』ってところなんだね。初めてだけどなんていうか……穏やかだねぇ。でも……」 妹の記憶がそう感じさせるのだろうか。何故か、この世界は哀しく見える。 だが、そこで自分の顔を叩いて、気合を入れ直す。今の自分の仕事はそれじゃない。 「そこの耳の長い子! こっちの料理ってのはどんなものなんだい? そしてこっちの食材で何かおいしいものをアタシにも作らせておくれよっ。腕によりをふるうからねっ!!」 そして、料理で異文化交流をしているのは、セレスティアも同じこと。 彼女が橋頭堡に持ち込んだのは、即席のジントニック。適当に料理をつまみながら一杯やっている彼女の姿からは、「異世界の妖精フュリエ」らしい神秘性は微塵も感じられない。 でも、それも悪くないもんだ。 「欲しい人がいたらどうぞー。20歳以上の人だけだけどね!」 ● 今回の一件の中、雷慈慟はキャンプパーティーに参加することも無く、「忘却の石」捜索に参加することも無く、ラ・ル・カーナの調査に専念していた。結果言えることとして、フュリエは既に味方として疑うべくもない。 だからこそ、次の段階に至る必要があると結論付けた。 そのためには、フュリエの協力が不可欠である。 「どうか……しましたか?」 「コレはゼフィ嬢、良い所に」 タイムリーに現れたフュリエの少女ゼフィに、雷慈慟は「次の段階」に行くための協力を要請した。 「どうだろう1つ、子を宿しては貰えないだろうか」 「え」 ゼフィの頭の中は真っ白になった。 かんっ かんっ 森の中に乾いた音が響き渡る。時折、拍手の音も混ざっている。 見ると巨漢の青年、ランディが運動がてら石(と言うか岩)を割っている。拍手はそれを見ているニニギアが、あまりに綺麗に割れる石に送ったものだ。 その時、ふとランディの手が止まる。ボトムではあまり見ない、輝く石を見つけたからだ。 「へえ、宝石か何かの原石か?」 「え、なに、なにか出てきたの? わぁぁ、きれい! なにこれ、宝石の原石だったのかしら? ……まってまってランディ、そっちは割っちゃダメな石ー!!!」 「ダメか? 割ったら何か面白い事あるかも知れんぜ?」 今度割ろうとしたのは「忘却の石」。細かく砕かれては、使えるものも使えなくなってしまう。悪びれる様子もないランディを、「め!」と軽くゲンコツで叱るニニギア。しかし、すぐに笑顔に戻り、立ち上がる。そろそろ予定していたピクニックの時間だ。 楽しそうに駆け出す最愛の恋人の背を眺めながら、ランディはゆっくりと立ち上がり、誰ともに無く呟いた。 「……忘却の石か。忘れるって事が本当に良い事なのかね」 叶うなら美しさも醜さも、忘れたくは無いのだ。 「いやはや……一時はどうなるかと思ったでござるが無事奪還できてなによりでござる」 作業ズボンにタンクトップという格好で、虎鐵はペットボトルの水を飲み干す。丘の一帯を掘り起し、一仕事を終えた所だ。フィジカル66は伊達じゃない。汗は止まらないが、こういうのは嫌いではないのだ。周りのフュリエには、思わず拍手を送る者もいる。 今日一日フュリエと一緒に動いていた琥珀も、彼女らが距離を詰めたいと願っているのを感じていた。自分は参加こそしなかったが、あの大きな戦い。救いの手を差し伸べてくれたアークに、彼女らは感謝しているのだ。 「こんなもんか」 発見した「忘却の石」を大事にポーチへと仕舞い込む。 これを無くすわけには行かない。受け取ったのは、「忘却の石」だけではないから。 「忘却の石も分けてくれて有難う、感謝してる! もっと強くなって、頑張るから何かあったらいってくれなっ!」 森の中で見つけた「忘却の石」を荷車に乗せ、義衛郎はようやく一息つく。 そろそろいい時間だ。 「手伝ってくれてありがとうね。ボトムに来る事があれば、今日のお礼に何かご馳走するよ」 今日一日、自分が出来るのは肉体労働ばかりで、細かい仕事は任せる形になってしまったのだ。何かしらのお礼をしたいと思うのは当然のことだろう。 「有難う、今日は助かった。……まあ、そのお礼といっちゃなんだけど」 そう言っておずおずとクッキーを差し出したのは劫だ。 「そんな……無理しなくても」 「疲れた体には甘い物が良いって言うからさ」 劫はラ・ル・カーナに来るのは初めてだ。フュリエともそれ程交友がある訳でも無い。ただ、なんとなくあった方が良いような気がしたのだ。 初めて来たけど、知っているというのは妙な感覚だ。しかし、助かっている部分も多いのを、今日は感じさせられた。 「あら? こんな所にいたの? そろそろ、橋頭堡じゃ料理の準備も終わっているはずよ?」 「えぇ、ちょっと……」 霧音が橋頭堡に戻ろうとした所で、ボトムで現在生活しているゼフィを含めたフュリエ達の姿を見かけたのだ。 何をしているのかと覗いてみると、その場所からはかつて世界樹の生えていた一帯が良く見える。 「久しぶりにラ・ル・カーナの風が恋しくなって。これが望郷の念と言うものなのでしょうか?」 「私たちの世界も元の姿に戻ろうとしているのですね。緑の嬉しそうな声が聞こえますわ」 シェラザードの長い髪が風に揺れる。リイフィアはとても嬉しそうに、くるくる回っている。 「そうそう、ラ・ル・カーナは私の庭のようなもの。ここの景色は中々お勧めですわ」 その言葉に霧音も納得する。やはり、故郷へ帰る術を奪われて、彼女らも不安だったのだろう。そして、「里帰り」を果たし、故郷の空気を感じていたかったのだ。 「ここで世界樹様と戦ったんだよね」 「えぇ、そして、緑も戻ってきているんですね」 シンシアの言葉に、この中でも最年長のファウナが頷く。かつての境界を越えて再生する緑には、彼女も驚きを隠せない。そして何より、風が変わっていることを確かに感じていた。 だからこそ、この先にどのような変化があるのか、見届けたい。 「こんな綺麗な森も蘇りつつあるのね。空気も澄んでて癒されるわ……素敵な世界ね」 「はい……失われそうになったからこそ、改めてそう思います……」 フュリエ達の言葉に頷く霧音。ゼフィも言葉を少なくして、景色を眺めていた。 そこで、霧音は唐突に手を叩く。 「さ、それじゃあそろそろ橋頭堡に戻りましょう? 出来た料理を先に食べられちゃうわ」 その言葉に、フュリエ達も思い出したように動き始める。 やっぱり、フュリエと言ってもボトムの住人とそれ程の差は無いのだ。 一足飛びに人が分かり合えるはずは無い。だけれど、隣人としてこれからも良い関係を持っていきたい。霧音はそう思った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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