●ぼくのふね 「潜入デスよヒーロー」 ウィンク一つ、『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)が説明を始めるよと資料を並べ。 「先日、蜘蛛の糸事件の糸口――糸を掴むべく企業の末端施設に突入したわけデースが」 蜘蛛の糸事件。アーティファクトをばら撒き関わった人々を破滅に導く連続事件。企業アシカガと呼ばれる組織であること以外未だ不明の存在だが、最低限の動きにとどめ万華鏡の監視を避ける従来の企業と異なり、最近能動的にアークに関わってくる人物がいる。 細川央海。現在もっとも危険であるとされる企業のアーティファクトの性質――使用者を操り支配する感応の力を開発した兵士研究部所長にして企業の副社長だ。 「最強の兵士作りなどという計画を推進し、そのためにアークのデータを収集している節がありマスね。デ、前回ある程度の資料を手に入れたのデースが」 案の定、感応に対する対策のようなものは見つからなかった。最強の兵士作りの生命線、そう簡単には糸を掴ませるつもりはないらしい……が。 「いくつかの資料、及び企業の幹部らしき連中の行動を見返して、ある推測が成り立ちマーシた」 それは企業のやり口、口封じのことだ。 思い返せば前回の幹部2名は勿論、それまでの企業の営業たちもたびたび研究員の口封じを行っていた。かつて研究所長の細川幽子が失敗した際、資料の破棄も兼ねてその研究所を壊滅させたこともある。 しかしその割りに、細川幽子を殺せずアークの手に渡った後は特に何も問題ないかのように放置している。そして事実、細川幽子は大した情報は持っていなかった。 「このことから、研究員を始末しているのは情報の漏洩を防ぐ以外の目的があるのではないか……という推測が成り立ったわけデス」 それはなんだろう。研究員の他に企業は雇われフィクサードを使うこともあるが、こちらは口封じしようともせず放置である。彼らと研究員の差は。初めは殺そうとした細川幽子が途中でどうでもよくなった理由は。感応の力の核はなんだったか。それは―― 「強化アーティファクト。企業の製品に埋め込まれた核であり、営業や研究員など企業の人間だけの体内に直接埋め込まれてその能力を高めているものデス」 これが彼らやアーティファクトに力を与え、同時に感応の効果を及ぼしているわけだ。 現在アークが押収したものはいくつかのアーティファクトに入っていたものを除けば細川幽子のつけていたものだけ。それも、企業の手によって無理やり幽子の身体から剥がされたものだ。 営業は脱出の際に片手間に気絶した部下の処理を行っていたため、細川幽子以外に生きて捕らえた捕虜は雇われフィクサードを除けばなく、強化アーティファクトをつけたままの生きた人間を捕らえたことは未だないのだ。 「そして恐らくそれこそが理由でショう」 感応の対策に繋がる鍵。感応の分析を行う手段。それは生きたまま、体内に埋め込んだままの使用者を捕らえることなのだ。 「皆さんの目的は強化アーティファクト使用者の捕縛デス。しかし研究員のような立場の低い者は言葉一つで操られ口封じされてしまいマス。となると狙いは幹部になりマスね」 誰でもいいので1人、捕らえて連れ帰るのが目的だ。 「……だけど、どうやって企業に接触すればいい?」 その場所も規模も一切が不明の組織。リベリスタの当然の疑問に、ロイヤーが資料を手渡した。 「前回の細川央海の置き土産デースよ」 ●ぼくのすいへい 「すーいへーい、りーぃべー、ぼーくのーふぅーねー」 調子外れな歌を響かせて少年――細川央海は海を見つめていた。楽しげに笑う少年とは対照的に、すぐ近くに控える老いた男は焦り怯えるように口を開く。 「副社長、アークが来るというのに何を呑気な……」 「まだたっぷり時間はあるさ。アークから娘を取り戻すって言うのにそんな調子で大丈夫?」 振り向いた少年の侮蔑の込められた顔に唇を噛み締めて。 「あなたが自分の妻をいつまでも放っておくのでね! 隠居寸前の老人が実の娘のために一肌脱がざるを得ないですからな!」 眉間のしわを浮き立たせた言葉にも少年はただ笑うだけ。 「お膳立ては整えたでしょ。うちの子会社――ああ勿論カモフラージュ用の会社だけど――が取引先の会社を招いての船上パーティに彼らも誘ったんだからさ。 無関係の一般人が50人は乗ってるし、急遽の日程や場所の関係で向こうも大掛かりには動けない。罠だとわかっていようと数人で来るしかないはずさ。 幽子ちゃんを連れてくるように伝えたし、データ取りついでに娘さんを取り返してよお義父さん」 「果たして本当に連れてきますかな」 鼻を鳴らして言う老人の言葉に「たぶんね」と添えて。 「連れてこなければ入り口で問答になるし、その段階で戦闘になるのは避けたいだろうさ。一般人も多くいる場で、自分たちから武器を抜くなら話は別だけどね」 船に乗る前から騒ぎになれば潜入どころではないだろう。 「まぁ何か意表をつく手を打ってくるかもしれないけど……まぁそれならそれでいいデータだしね」 くすくす笑って手を振って。「後は任せるよ」と央海は船を降り始める。 「データ収集はやっぱり研究室からモニター越しじゃないとね」 去り行く際にすれ違う2人の幹部――津田幹雄と和田椎名に声を掛けて。 「お義父さんのことよろしくね」 それは実に――楽しげな笑顔で。 だから幹部たちは顔を見合わせあって苦笑した。 「ふん、小僧が……偉そうに!」 かつての部下にして娘婿は今や企業の副社長。面白くはないが今は娘の救出が優先だ。 「わしとて身体強化研究部所長、三淵晴信よ。かつて娘に貸し出した我が研究所の最高傑作、持ち帰り厳重に保管していたあの商品の使いどころというわけよ」 データなどどうでもいい。一般人などアークの行動を制限する道具でしかない。やつらを倒し娘を取り返すのだ。 「さあ出番だぞ……存分に歌うがよい、歌姫よ」 蒸気の噴出音と共に扉が開く。白いドレスの裾が舞った。形の良い唇が動き出す。歌うのは―― ●ぼくのリーベ 彼女は歌を歌いたかった。それだけだった。 兵器と化した彼女の歌声は人の心を掻き乱し苦しめた。それが悲しかった。 それでも歌いたかった。歌うことを止めたくなかった。 彼女は自分が死ぬことでしか歌を止められないと知っていた。自分のために歌いたかった。人のために死にたかった。 だけど彼女は死ななかった。 今彼女は再び人の前で歌を紡ぐ。滅びの音階を。破滅の旋律を。 人々の絶叫が響いている。痛みが苦しみが空間に充満し。 けれど彼女は歌を歌う。歌を止めない。紡ぐ歌に人々が1人ずつ倒れていこうと。気にかけずに。 歌姫は歌う。滅びの歌を。歌姫は歌を止めない。なぜなら―― 彼女の心はもうすでに、どこにもないのだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月14日(土)22:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●カヴァティーナ 船上に上がってすぐ掛けられた静止の声。いずれが幽子かと問う護衛に「どれでもないぞ」と否定して。 用意したスーツケースをわずかに開けて見せれば、護衛が小さく呻いた。 「確かに……連れて来ているな」 スーツケースに入っていたものはこの船に上がるためのパスポート、猿轡をかまされ簀巻きになった細川幽子だった。なまじドレスアップされてるのが余計にシュール。 高慢の塊である彼女は屈辱に涙を滲ませていたが、何処吹く風。「もう十分だろ」と『解説役』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は涼しい顔でケースを閉じた。 甲板には一般人もいる、これ以上とどまる危険は冒せない。 一方、不機嫌な顔を見せる者もいる。 (……また絡め手かよ) ツァイン・ウォーレス(BNE001520)にとって、かの企業とのやり取りは気分の良いものではない。それでもすっきりしない気分を抱えてここに来たのは、それ以上に気になるものがあったから。 心千切れ飛びなお紡ぐ、その歌を―― 「ここで引き渡してもらおうか」 先へ進もうとする一行に立ち塞がれば、竜一が1歩前に出て。 「渡す約束にはなってない、さっさと通せ。でないとうちのツァインさんがぶちキレちまうぞ?」 「あの『ゴールデン・ロアー』か! くっ……」 「おいぃ! 打ち合わせでもしたのかお前ら!」 叫ぶツァインの後ろから少女が進み出る。 「エスコートなら間に合ってる。幽子がこれからホールに向かうとだけ伝えておいて。……あんたたちは副社長夫人に何かあったら責任取れるわけ?」 少女の言葉に漂う威圧感に押しのけられて。空いた道を『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は進む。周辺の感情を読み取り、不測への対処に服を着せた影人を従えて。 油断はしない。今もこちらの挙動を、薄ら笑いを浮かべて覗っている者がいるのだから。 動き出した船。巻き込まれる一般人。監視者たち。 ――このめんどくさい状況はあの時を思い出すね。 綺沙羅の目の前で扉が開く。その先にいる者も、あの時と同じ―― ホールに響き渡る歌声はどこまでも美しく、けれど各方から上がる絶叫が不協和音を織り成して。 暴れまわる者。泣き叫ぶ者。倒れ伏す者と混乱はピークに達していた。 「やることがいっぱいで大変ですねぇ。まぁ、無い知恵と足りない能力絞りますか!」 無限を表す魔本の一枚。『ピンクの変獣』シィン・アーパーウィル(BNE004479)の念が込められれば、白紙はたちまち意味を持ち力となって。 目線の先で歌を紡ぐ歌姫に、突きつけた白紙が文字を生み出す。シィンの念が、その能力を読み取って。 ホールの入り口に立つ一行に歌の効果は範囲外。けれど聞こえた歌にケースから引きずり出された幽子が高く笑った。 「アンタたちなんて狂い死ねばいいのよアハハハハ!」 ――ってーか、久しぶりに会ったですがコイツ以前と変わらず傲慢チキですか。 めんどくさげな吐息をつき『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)がうむと唸った。 「面倒な事この上ねーですね、ホント」 呟き浮かした足は座席を蹴って障害物を避ける。いつでも最短を駆け抜ける用意を見せて。 「アタシを開放した方がみのっ」 顎を掴まれれば言葉は途切れ。そのままの体勢で幽子に目もくれず『静かなる古典帝国女帝』フィオレット・フィオレティーニ(BNE002204)の目は歌姫を捉え続ける。 ――人の善意に付け込んで破滅させる。最低だわ。 アシカガだけは許さない。今は他はどうでもいい。とりあえずあの親父を殴り飛ばす! 怒りを燃やし力に変えて。悪に対する悪はここにあって意思を示す。 歌声が咆哮のように場を揺らす。その視線が重なった時、フィオレットは笑みを向けて。 「久しぶりね。リベンジマッチと行きましょうか、歌姫さん」 ――歌姫サマ。 心を失っても、その声色は輝きを忘れないのね。 私は歌声を聞いても滅びない、不滅の覚醒を誓いましょう。 腕を動かせば軋む音。鳴り響く音は刃の共鳴。『骸』黄桜 魅零(BNE003845)の静々とした声音を零した口元からきししと新たな音が漏れ、笑みが構えた大振りの太刀に照らされた。 その横で構えた刃は無数。歌声に呑まれず紡がれる唯々の声。 「糸に絡め取られ、今尚歌い続ける哀れな歌姫。 アンタがテメーの為に歌いたいのなら、イーちゃんが人の為にアンタを殺してやる。 例えアンタに人の心が既に無かったとしてもイーちゃんが覚えてる」 ――だから、アンタは此処で終われ。 ●レチタティーヴォ 「娘を連れて来てくれたようだね」 ガラス越しに階下を見渡す老人の姿。これが幽子の父、三淵晴信だろう。 「歌姫の歌声を止めさせて。でなければ混乱した私たちが幽子を殺すわよ」 魅零の言葉に頷けば、歌姫から発せられる音がふいに消え去る。 途端響いたスタンガンの音。逃げようとした幽子がその首筋の衝撃に意識を失って。 その身体をひょいと抱えて竜一が笑みを見せた。 「さて、まずは降りてきてもらおうか。顔を合わせずに交渉するのが礼儀じゃないだろ?」 その左右から突きつけられた2つの武器。フィオレットと魅零がそれぞれの得物を幽子に向けて。 「要求が飲めないのであればこいつの頭、潰しちゃってもいいよね?」 釈放には値するだけの対価が必要だ。フィオレットのその生まれからそこに躊躇は存在しない。 「本気だよ、別に貴方が下に来なくても打つ手はあるの」 大太刀を突き付けて魅零は笑う。遊びましょと口ずさみ。 「奴らの目的は明白。相手などなさらぬよう」 護衛の1人、津田幹雄の静かな言葉。 「連中割と本気でどうでもいいと思ってるようですし。娘さんさくっとやられちゃっても不思議じゃないですし?」 階下の感情を読み取った和田椎名が楽しげに振り返り――ため息を吐いた。 晴信の強い感情を読み取れば、そこにあるのはたった一つ。 ――自己保身。 (娘と自分を天秤に掛けるつもりはさらさらないみたいですし) この老人が事を面白くすることはないだろう。老人の小心さを見限って、椎名は階下に視線を戻す。 面白ければそれでいい。そうしてくれるのは、階下にいる彼らだろう―― 「交渉の必要はない! ゆけ最高傑作!」 晴信の声は掻き消える。再び紡がれる歌姫の滅びの歌が響き渡ったなら、ホールを再び絶叫が支配して。 けれどその数は先ほどより圧倒的に少ない。ほうと幹雄が感心の声を上げ。 幽子に注目を集めている間に迅速に動いた者たちがいる。綺沙羅の的確な指示のもと、ツァインが神秘を発現させながら走り避難を呼びかける。結界が外の者が不用意に近づくのを牽制し、動ける者を素早く避難させ。 座席を蹴って最短を駆ければ、唯々が動けない者を次々に抱えて投げ飛ばす。それを中継点で受け取って、『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)がひゃはっと笑いながら後方へと連れて行った。 (人道的っぽいとこを三淵に見せ見せ☆) それぞれの思わくを重ねて、リベリスタの連携が命を運ぶ。 「無駄な被害は出させねぇぜ」 「あいつらの思い通りにはさせねーですし?」 「不確定要素は潰すべき」 歌の届かない入り口付近まで綺沙羅と影人が引っ張れば、その被害を最小限に抑えて。 「皆、情が深いね」 歌姫を牽制していた魅零が笑う。ガラス越しに監視者たちに視線を投げかけて。 「フィクサードが見境無いのはいつもの事。一般人の保険が通用すると思わない事ね」 「それは誤解だな」 きょとんとした魅零に頭上から幹雄が続ける。 「企業は無能力者に価値を見出さない。命は対等ではない。故に人質などという、命を計るような考えは持たんさ」 企業は一般人を巻き込むことも平気で行ってきたが、命の利用ではなく、ただ具象を彩る要素の一つでしかなかった。 「今回も、君たちの動きを計り採点するための環境の一種、それだけだ」 民衆は臆病で、危機に敏感だ。危険に晒された恐怖からひとたび我を忘れれば、何をしでかすかわからない。 激しい命のやり取りの中でそういう要素を見逃せば。ぎりぎりの死線の中で不意の妨害を受ければ。歌姫の前にリベリスタが沈む可能性もあっただろう。 「思わくはそれぞれだろうが、要素を潰したという点で評価に値する」 もっとも、最大の採点はこの先だ。歌姫との戦い、じっくり見させてもらおうか。 動き出した歌姫が、その嘆きがリベリスタに襲い掛かれば。空間を震わす歪みそのものを切り裂き蹴り抜いて唯々が飛び掛る。 「さあイーちゃんが相手してあげますし」 唯々が歌姫の足を止め釘付けにすれば、ちょうどホールに艦内アナウンスが鳴り響く。綺沙羅の提案で艦内の機器に介入したフィオレットが避難を呼びかけて。 迅速な対応が戦場を戦いやすい場へと変えていた。最早対策の必要な一般人は存在せず―― 掲げた盾は護る意思。聖戦の誓いが仲間を支え背を押す勇気となる。 「観客はちょいと少ないが、オンステージといきますかぁ!」 ツァインの咆哮こそ戦いの鐘。 ――もしもし聞こえるですかー? その声に気付いて晴信は周囲を見渡した。護衛たちは気付いてはいないようだ。 ――今現在貴方の娘さんはこちらに無事に保護されているわけですが、本当にそちらに返しちゃってもいいのでしょうかね? 自分にだけ聞こえる声。明確に自分に話しかける声。階下を見渡せばその視線が交差する。 ――娘さんはきっと用済みですよ? 恐らく、貴方も。 目を見開く。すぐに副社長の顔が思い浮かんだ。 ――こっちに来るなら、二人とも命は保障できますよー? 冷や汗を浮かべる晴信を怪訝な目で見ていたが……幹雄はすぐに戦場へと目線を戻した。感情を読み取れる椎名はすでに晴信に興味も持たず―― 故に効果は上々。心に楔を打ちこんで、シィンはにいっとほくそ笑む。 ●アリア 「やりたい事が出来たからって、幸せとは限んねーんだよなぁ……あんたを見てると、ホントそう思うよ」 空色の翼が未来を描く。それを奪われた歌姫に手向けるように、とらの翼が切り裂く力となって歌姫を穿つ。 「同意は出来ない。が、理解はするよ」 悲しみに満ちた歌が響く。唯々が力の抜ける感覚を理解しながら、何を気にすることがあろうかと天を駆ける。 意思持つ蛇髪が唯々を捉えんと迫り来る――それを全てかわしきって。やれることはいくらでもある。攻撃を誘えば仲間を自由に動かして。 「イーちゃんが相手するって言ったですし」 嘆きが後方の仲間を押し包む。その被害は霧散した影人が引き受けて。 綺沙羅の指先が指し示す。勝利までの道筋を。 歌声が確かにリベリスタの力を削ぐ。同時に、ツァインの聖句が仲間の力を増幅させる。 「これで終わりにしてみせるから。嘆きなんかじゃなくて、アンタの歌聞かせてくれよ」 弱体化した仲間をツァインの神秘が浄化する。それでも歌は無意味にならない。逆に、紡がれた悲しみがツァインの力を奮い起こして。 「まだまだぁ! アンコォォールッ!」 仲間の混乱が振り払われれば、シィンが開いた魔本の1ページが爆炎を生む。 「歌姫さん。貴方の歌、こういう形以外で聴きたかったですよ」 「好きなだけ歌を聞いてあげる。歌え、歌えよ、死するまで――満足できたら、眠りなさい」 魅零の声が重なって――不滅の覚悟が悲しみの歌姫の身体を押し包む腕となり。 フィオレットの歌がホールに響く。悲しみの旋律を塗り替えて。歌の効果は彼女には及ばず、その声が途切れることはない。 彼女もまた歌姫。紡ぐ想いが仲間の力へと変わり。 心無き歌姫はそれでも滅びを歌う――声が、止まった。 「心がなくても、想いはあったよ」 綺沙羅が胸元に強化アーティファクトを握り締めて。 「何故だ! 最強の戦闘兵器だぞ!」 誰かの叫びに笑みを返す。歌の力は竜一には及ばない、けれど届いていないわけじゃない。その悲しみを。 「この子の悲しみは、俺がここで終わりにしてやるさ」 全力中の全力。全ての力の集結にして――終結。 断末魔はない。ただ小さな音を残して。 「生まれ変わったらステージで会いましょう」 フィオレットの願いが潮風に溶けていく。 ●アジリタ 「馬鹿な……わしの最高傑作が」 「手の内を知れば対策は万全か。その判断も、そしてそれが出来る実力も本物だな」 呆然とする晴信とは対称的に、幹雄が満足げに頷く。必要なデータは取れた。十分な成果だ。 「じゃあ最後のお仕事こなして帰るとするですし」 頷きあう護衛たち。その手の中で鈍い光が閃いて―― ――見えぬ壁に遮られた。 「なんですし!?」 焦り叫ぶは護衛ばかりではない。陣地に取り込まれた彼らの正面、突如1人取り残された晴信ががちがちと歯をかち鳴らした。 自身に届けられた先の声が残した『用済み』の言葉が重くのしかかり。 まだ間に合う。まだ逃げれる。這い蹲るように外へと飛び出して。 シィンの情報を受け最高のタイミングを見極めて。 構築した陣地が晴信を孤立させれば、同時にその安全をも保障する。晴信を切り捨てるつもりだったろう護衛を切り離して、次の手を打つべく綺沙羅が全体に目をやった。 奥へと走る半数、その逆方向へ全速で飛ぶのがとらだ。晴信確保のそのために! だがこのタイミングでフィクサードたちが入り口に結集していた。事が終わった以上、幹部を逃がすのも彼らの仕事だ。 「おまいら気に入らねー☆」 不平不満を隠さないとらの言の意味。大した実力はなくとも入り口が封鎖されれば1人で突破はできない。時間の経過は晴信の脱出を意味して―― 目の前でフィクサードが吹き飛んだ。剣を振り払い、集団に対峙する男が1人。 「無粋な横槍入れんな、退け」 悲しい命が最期に輝きを刻んだ時間。高揚も感傷も――捧げる祈りも。誰かに邪魔などされたくはない。 ツァインが進めばフィクサードは退く。数の差など、何の意味があろうか。その気迫の前で! 「手の内なんざ見せてやるからよ……かかってこい!」 その隙間を縫うようにとらが飛び出す。慌てて阻止せんとするフィクサードの手を、黒い影が阻害して。 影人を操り援護した綺沙羅が目で合図する。それを受けてにんまりと。 「とらに☆おまかせ」 空色の翼をはためかせてとらがゆく! 「どーするですし?」 「どうするも何も……三淵を殺す手段はもうない」 ならばと続く言葉は刃の閃きに掻き消えて。 魔本が生み出す降り注ぐ魔弾を幹雄はなんとか切り裂きしのぐも、椎名の身体は捉えられ薙ぎ飛ばされる。 2人を引き離せばこちらのもの。笑みを見せて続けて白紙に魔力を注ぐシィンを背に、壁を蹴り天井を蹴り瞬く間に距離を詰めた狼の牙! 「――っとぉ! 危ないですしですし」 「ですしおすし? てーか、イーちゃんと微妙にキャラ被ってるじゃねーですかやだー!」 椎名を相手に刃を逆手に構えた唯々が切り込む。その自由な躍動が宙を舞い、尻尾をはたはた揺り動かして。 大振りの刃が先まで首のあった位置を通過すれば、その左右で相次ぐ閃光が剣戟の音を生み。 二振りのナイフを竜一の二剣が弾けば、魅零の大業物が幹雄の身体を二つに切り裂かんと必殺の曲線を描く。 「勢い任せの大振りも、ノればこれほどの力か。匂いは少々……いや、これはこれで」 「うっざいわね、あんたは黙ってなさい!」 戦意の差は歴然。晴信を始末して帰るだけだった護衛に魅零たちの勢いは止められない。 防戦一方。歌姫戦の疲労があればこそ付け入る隙もあろうが―― 思考を遮る一撃が幹雄を壁に叩きつける。追撃に備え身を伏せるが迫るものはなく――竜一が剣を振り払った。 「別にお前たちの捕縛が目的じゃない」 竜一の言外に臭わせた言葉に苦笑して。続ければ痛み分けでは済まないだろうことは互いにわかっているのだ。 「今帰るなら見逃すし、命まで取らないわ。残るというなら、お前等の命をジャノサイドしちゃうゾ☆」 「帰るならさっさと帰ってくれねーですかね? イーちゃんこれ以上の面倒とかマジ勘弁」 魅零、唯々の言葉に逆らう利はない。幹雄、椎名とも得物をしまい背を向けて――振り返る。 「ずいぶん兵士らしかったじゃないかヒーロー」 「ま、俺はヒーローじゃなくて、ダークヒーローなんで!」 ニカッと歯を見せる竜一に、楽しげに笑みを返して。 「ヒャッハー☆とらちゃんに近接出来るとか、幸せモンだなアンタ!」 「ええい離さんか!」 ぎりぎりのタイミング。シィンと綺沙羅が推し測り、ツァインの援護があってこその捕獲。 「まあ娘さんと一緒に、アークに保護されるようなもんだよ☆」 がっくりとうなだれた晴信を掴み、とらは翼を動かして安全な場所へと。 その姿を遠目に、フィオレットが船内に残る端末を抜いた。収集した情報は次へと繋がるだろう。 企業を潰す、そのために。 「今はとりあえず、あの親父を殴り飛ばす」 手をわきわき動かしてフィオレットはとらを迎えに行った。 ●ストレッタ 全ての様子を見終わって、少年は楽しげに息を吐いた。 強化アーティファクトを通してのモニター行為は企業が今までもやってきたことだ。 「陣地の結界、ね。いいねぇアレ」 少し考えて――社長に報告することにする。 勿体無い気もするが最強の兵士作りも大詰め。人任せできるところはしなきゃあ。 「次が決戦、かな」 楽しげに、楽しげに。細川央海は研究を進める。 最後の舞台を整えるために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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