●別離 妻が逝った。 苦しんで、苦しんで苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで、そして最期は笑って、逝った。僕と歩んだ道は素晴らしかった、と。僕と歩めた人生は楽しかった、と言い残して。 自らが犯した罪を告白した時、病に侵されたその細腕で僕の頬を弱々しく叩いてくれた妻。そしてそれでも尚、僕と共に在り、共に罪を悔い、背負ってくれた妻。 そんな妻も、もう居ない。 (ごめんよ、雪。これから僕は、行かなければならないところがあるんだ。けれど、またここに会いに来るよ。約束する) 後ろ髪を引かれる想いで、光太郎は妻の眠る地を後にした。 自分を諌め、道を正してくれた者が居る。彼女らと約束をしたのだ。必ず戻ると。罪を償うと。 決して償いきれるようなことではないのは、光太郎にも理解できていた。しかし、それでも彼は、アークへと赴いた。かつて彼が所属し、そして自らの正義の為に戦った場所へ。 ●誇り 本部に程近い、郊外の林道を歩いていた時だった。 ふと光太郎の視線の先に、小さな教会が目に入る。そこでは今まさに、新たな夫婦が誕生しようとしているところだった。 純白のドレスに身を包む新婦と、その傍らで穏やかに微笑む新郎。周囲からは祝福の声があがり、それを受ける二人の顔もまた、嬉しそうな笑みが浮かぶ。そんな二人を、懐かしそうに光太郎は思う。 雪との結婚式は、こんなに盛大ではなかった。半ば駆け落ち同然で、二人で挙げた結婚式だった。互いの友人を呼び、ささやかに行われた式典。 それでも雪は、いや二人は、この上なく幸せだった。それはきっと、新たに誕生した夫婦である二人も同じ事なのだろう。 二人が眩しく感じて、目を背けたその時。光太郎の鋭敏な感覚がアラートを発した。ただの思い過ごしであってくれれば何も問題はないのだが、嫌な予感がする。彼は、教会の裏手に広がる雑木林へと駆けた。 勘違いであってくれれば良かった。光太郎は強く思ったが、目の前に広がる光景は夢でも幻でもない。 目の前に、数体のエリューションが群れを成していたのだ。皮肉にも、花嫁のヴェールやウェディングドレスのような姿をしたそれらは、ふわふわと辺りを彷徨っている。 しかしここで手を打たねば、程なくして一般人に被害が及ぶだろう。考えるまでもない、一番先に矢面にたつのは、背後に立つ小さな教会だ。 先ほどの幸せそうな二人が、雪と過去の自分に重なる。 (僕達は充分に幸せだった。これも一つのケジメのつけ方かもしれないな) かつて、弱きを守るためにその力を振るったことを思い出す。自分の中に、まだそれを実行できる意思があることに、彼は少しだけ驚いた。 そして、彼は手にしたアーティファクトを起動する。くすんだ銀色の、ゴツゴツした枝のようなそれが、甲高い音を立て光った。同時に、一斉に光太郎を睨むエリューションの群れ。 銀色の枝に、亀裂が走った。 ●彼の成す事 「郊外にある小さな教会で、エリューションの群れが発生したわ!」 リベリスタが集められたブリーフィングルームに、息を切らせて『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)が飛び込む。 「教会ってゆーか、小さな結婚式場ね。そこの裏側に広がる雑木林で、けっこーな数のエリューションがうろうろしてるわ。まだ被害は出てないけど、間の悪いことにその式場で今まさに結婚式が行われてるのよ。うかうかしてたら、そっちに被害が出るわ! 別に結婚式が羨ましいとか思ってないわよ!」 なんだか意味の判らない言葉が付け加えられたが、逼迫した事態であるという事だ。当然、一同の顔も自然と引き締まる。 「エリューションの概要は?」 「悪趣味極まりないけど、ウェディングドレスを模したE・ゴーレムが一体。これが回復役を担うようね。あと、攻撃や回復を行わない、壁役のE・ゴーレムが複数体。主に攻撃を行うE・フォースが、色違いで複数体。割と大所帯よ。気をつけてね」 なんとも面倒な編成だ。しかし、状況はそれだけではなかった。 「ついでに、フィクサードの『鳴鍔 光太郎』ってのが戦場にいるわね。と言っても、彼はエリューションを引き付けて、被害が及ばないようにしてるみたい。 彼は元リベリスタで、ある事件でフィクサードとして認定されているわね。ぶっちゃけ、到着する頃には彼は虫の息だと思うわ。けど、本件において、アークは彼の安否を気にかけないわよ。フィクサードだもの」 冷淡とも取れる言葉。しかし、仕方のないことだろう。フィクサードを気にかけ、一般人に被害が及ぶようでは、本末転倒もいいところだ。 「アークとしては彼が死のうと生きようと関係ないわ。勿論、アンタ達が助けようとするのも止めはしないけど、その分キツくなるわよ。 いいこと? 切り捨てると言う事も時には大事な選択なのよ。ホラ! 判ったら出発なさい! 資料はテキトーに目を通しておいてね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月13日(金)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●彼らの成す事 目の前のモヤが、まるで握りこぶしのように固められ、そのまま光太郎の身体へ振り下ろされる。同時に、周囲を取り巻くモヤの濃度が高まり、心身を蝕み、息が詰まるような感覚が彼を襲った。 既に光太郎は満身創痍もいいところだ。意識は朦朧として、右腕は不自然に曲がっている。 (……ああ……。どうやら、ここまでか……) 死を覚悟する光太郎。このエリューションの群れが先ほどの結婚式に向かわない事を願いながら、天を仰ぎ見た。 その時。彼を庇うように一人の人影がエリューションとの間に飛び込んでくる。明らかに戦い慣れした雰囲気の戦士。同時に、彼の身を暖かい光が包み込んだ。仲間と共に戦う事から離れて久しい彼が感じる、懐かしい感覚。 「だ、誰だ……?」 驚き、周囲を見ればそこには、リベリスタがエリューションに立ち向かう形で布陣していた。こうなれば、先ほどの教会が襲われる確率はぐっと下がるだろう。 が、何故か彼らは光太郎までも庇い、助けようとしてくれていたのだ。 「貴方が光太郎さんね。アークに用があるんでしょう? 迎えに来たわよ? 勝手にね! まあ、ここはお人よし部門のあたし達に任せて下がってなさいよ」 一般人が紛れ込まぬよう周囲の空間を固めながら、イタズラっぽく笑う『重金属姫』 雲野 杏(BNE000582)。その言葉に光太郎は驚く。 「僕の事は、いいんだ……。それより、早くエリューションを」 「アークは何時だって人員不足でな。こんな所でリタイアしてもらっちゃ困るんだよ」 先ほど癒しの祈りを光太郎に届かせた『ディフェンシブハーフ』 エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が、ニヤリと笑って言う。なんとも頼りになる、見るものを安心させる笑顔だろうか。 「果敢な姿勢は立派だけど、半ばで倒れてしまっては元も子もないわ。……暫くそこで少し休んでいて。 大丈夫、貴方が守りたかった物、わたし達が確実にお届けするわ。送り先は、貴方の正義が在り付く先よ」 まだ狼狽しながら周囲を見る光太郎に、『運び屋わたこ』 綿雪・スピカ(BNE001104)も声をかける。彼女が『届ける』と言ったのなら、それはきっと完遂されるだろう。同時に稲光が迸り、エリューションの群れを焦がした。 梶原 セレナ(BNE004215)の守護の力が全員に宿る。その場にいた強い意志を持つもの全員。光太郎の身にも、その守護は宿る。 「エゴや勝手と取られても構いません。助けたいから、助けますよ?」 「経緯や理由は知っている。けれどソレは関係ない。 貴方は誰かを護ろうとした、だから俺は貴方を『仲間』として守った。貴方が護る事で救われる人がいるなら、それ以上の理由なんて不要だ。護り続ける事が一番の償いだ。 ……俺だって、アークの方針に背いた事は何度もある。アークにいるから誰かを守っているんじゃない。誰かを護りたいからアークにいる。光太郎さんと俺と何一つ、違う所なんてない」 光太郎を背に庇ったまま、『デイアフタートゥモロー』 新田・快(BNE000439)は毅然と言い放つ。自らの正義を信じて、アークの総意に背いた経歴は、確かにある。だが、快はそれを恥じたりはしない。彼は彼の信ずる道を突き進むのだ。 「……すまない。自らの死で罪を償おうなんで、とんだ傲慢だったようだ」 リベリスタの、強い意志。光太郎も昔を思い出し、力強く頷く。 ●祝福されざる結婚式 華奢な眼鏡をかちゃりとかけ、『微睡みの眠り姫』 氷雨・那雪(BNE000463)はエリューションを睨む。普段のおっとりとした彼女は姿を隠し、きりりとした面持ちだ。 「教会に惹かれたのか……純粋な想いか、嫉妬か……」 覗いたエリューションの奥底。うまくいかなかった結婚、望んでいたものとは違う生活、瓦解する家庭、崩壊する関係。それらの感情が綯い交ぜになった、昏い存在。 「なるほど……。負の感情が固まった……エリューションか……。漆黒のドレスとは、また。昔は海外では普通だったようだが……」 「狂気に嫉妬、憤怒に悲哀を従えた花嫁か。とんだ花嫁の成れの果てだ。どちらにしろ、放ってけないな」 戦場を駆ける『アリアドネの銀弾』 不動峰 杏樹(BNE000062)。手には黒兎の描かれた魔銃を従えて。一直線に、憤怒の化身へと。 しかし、それをさせじと薄暗いヴェールが立ち塞がる。元は悪魔などから身を守る為のヴェール。今となっては、それが守る存在が、悪魔にも等しい。杏樹の弾丸はヴェールを穿ち吹き飛ばすが、その奥にいる狂気の化身への打撃には至らない。 同じように、快が黄色いモヤを、エルヴィンが青いモヤを抑える為に対峙する。実体を持たない、煙のような存在のエリューション。それらが、嘲笑を浮かべたかのように見えた。 戦闘が開始された中でも、新島 桂士(BNE004677)は僅かに周囲に気を配っていた。元々アーク職員としてバックアップを行っていた彼だ。フォーチュナの事前情報を疑う訳ではないが、それでも一般人への被害は最大限に注意しているのだ。 (まあ、損な性分かもしれんが、仕方ない) 小さく苦笑。が、すぐに顔が引き締まり、目の前のエリューションを鋭く見る。まだ力を得てから日が浅い彼は、率先して攻撃をするよりも、仲間のフォローに重きを置く立ち回りを心掛けていた。 事前の打ち合わせ通り、攻撃を集中させてとにかく敵の数を減らす作戦だ。邪魔なヴェールは桂士と杏樹が可能な限り弾き、その隙に狂気を齎す黄色いモヤを蹴散らす。それを円滑に行うために、己に気合を入れなおす快。快の放つ気迫に気付き、エリューションの敵意が彼に集中する。 「誰よりも傷を負う事が、俺の役割だ」 その覚悟の強さ、尊さ。まさに、誰かを守る力と言えよう。快の思惑通り、周囲にいるモヤは彼を取り巻き、圧し掛かる。耐える快。彼を襲う憤怒も嫉妬も狂気も、強靭な意志で跳ね除ける。そんなものに侵されている場合ではない。 すぐさま閃くエルヴィンの癒しの技。同時に、足を引きずる光太郎へ声をかける。 「無理すんなルーキー! 自分の状態はわかってるな? OK、今は回復に専念してくれ!」 クイッと後方を指し、再びエリューションへと向き直るエルヴィン。『ルーキー』。その言葉に僅かに驚き、一同の後ろへと回る光太郎。ボロボロの今の身体で無理に戦闘に参加したら、それこそリベリスタ達の迷惑になるだろう。 「幸せな第一歩を、惨劇の第一歩になどさせないわ。配達開始よ」 スピカの手にした稲光が辺りを蒼く染め上げる。やはり周囲を漂うヴェールに阻まれ有効なダメージは叩き出せないが、ヴェール自体を的確に焦がした。更に那雪から伸びる気糸が的確に絡む。ギシリと、幽鬼の如きモヤを締め上げる糸。普段の彼女とはかけ離れた鋭さが、行動にも出ていた。 「悪いが、あまり時間かけてられないんだ」 美しく、しなやかな杏樹の指先。黄色いモヤへと妖しく向けられた指は、確実に彼のモノを闇へと誘う。闇に魅入られた存在は、癒しの光の恩恵を受けられまい。効果的な行動と言える。 守護と猛攻の、二つの力を付与したセレナは、次に閃光弾を取り出す。まだ敵味方が入り混じっていない、今がチャンスだろう。敵の数は多い。攪乱できれば、状況は有利になる。放られた閃光弾が、モヤを怯ませた。しかし、前情報通りに花嫁とヴェールには効果が薄いようだ。それでも、確実に有効な一手であったと言える。 再度、周囲の雑木林が蒼に染まる。今度は杏の手に稲妻が握られ、そして、雷鳴が劈く。一条の雷光は、敵を纏めて貫いた。 「鬼さん此方、神鳴る方へ♪」 まさしく神の鳴らすが如き雷鳴。蒼の雷撃が、実に杏に似合う。 その時。これまで沈黙していた黒衣の花嫁が嗤う。声など聞こえはしない。顔などありはしない。だが、それは確かに嗤っていた。 エルヴィンや快が放つ癒しの光とは明らかに別種の、禍々しく暗い光が辺りを覆う。その陰鬱な光は、しかし確実にエリューションの傷を癒していた。高い回復能力がある、という情報に間違いは無かったようだ。 攻撃の隙を伺っていた桂士が、苦々しげに花嫁を睨む。 「……厄介だな」 長期戦は避けたいところだが、なかなかそうもいかないらしい。 ●昇華 「く……!」 多くの攻撃に晒されていた快が、ついに膝をつく。怒りに身を任せることも、嫉妬に妬かれることも、狂気に沈むこともなかった。だが、彼とて限界はあるということだ。 が、彼の瞳に再び力が宿る。限界は、あるだろう。だが、限界だからと言って諦めていい筈などない。力を振り絞り、彼は立ち上がった。 「こんなところで倒れるわけには、いかないんだ……!」 その勢いのまま、彼の手にしたナイフが十字を描いた。ナイフは、神気を帯び強く輝く。闇を払い、光を導く刃。あらゆる悪を逃さず切り裂く、鋭い意志。目の前に蔓延っていた黄色いモヤが、雲散霧消する。 「さすが新田さんだな、待っててくれ!」 快の耳に届く、エルヴィンの力強い声。同時に、エルヴィンの暖かな雰囲気を表したかのような祈りが傷を癒す。その祈りは、快のみならず、他の仲間へも届いた。攻撃の多くは快が引き付けていたが、花嫁の援護により挑発から免れたモヤが他の仲間を攻撃していたのだ。 エリューションの群れも、快の手により狂気のモヤが散らされ、ヴェールも数を減らしている。だが、回復役である花嫁は未だに健在だ。今もまた、敵の傷が癒されていく。 「……面倒な相手だな」 憤怒のモヤに巻かれ、フラつく那雪。息がつまり、意識が朦朧としてくる。気力を振り絞り放つ気糸はモヤを捉えるが、同時に彼女の意識も暗転してしまう。 脱力する四肢、崩れ落ちる身体。だが、その身が倒れ臥す前に、彼女を支えたのは、彼女自身の意地と矜持、そして倒れるべき運命ではないという事実だった。フラつく頭を振り、凛とした眼差しを花嫁の一団に向ける。 「……祝福の心を持たないお前を、式へ参列させるわけにはいかないのでな」 スピカの雷撃と、セレナの光を帯びた弓。それらはヴェールによって有効打を出せない。なんとも堅牢な布陣だ。その奥では、青のモヤがほくそ笑む。 「任せてくれ!」 あのヴェールを取り除ければ。桂士が駆ける。手にした刀と拳銃に、己の気力を、渾身の気力を込め、漂うヴェールにぶつける。虎視眈々と狙っていた、絶好の機会だ。外すわけがない。ひしゃげ、吹き飛ぶヴェール。 桂士は思う。自分はまだ技量不足もいいところだろう、と。しかし、自分ができることをする為にここにいるのだ。ヴェールを弾き飛ばせば、エリューションへの有効打も望めるだろう。目の前の青いモヤの一部が、鋭い錐のように固められる。 「大丈夫か、新島さん!」 エルヴィンの声が聞こえた。彼の、心配げでもあり、励ますようでもある声が響く。 鋭く固められた悪意の棘が桂士を貫く。がくりと膝をつく桂士の身体が凍てついた。しかし、その眼差しは鋭く敵を射抜く。気高い、リベリスタとしての誇りが彼には宿っていた。 「……人命を救うのに理由を求めるぐらいなら、リベリスタに志願などしない」 嘲るように緩慢な動きで再び錐を振りかぶるエリューションを、彼は睨み続ける。リベリスタとして志願したのは、彼なりの意地があった。助けられるなら、助けたほうが後味がいい。助ける力になりたいと強く願ったのだ。眼前に迫る鋭い錐。 しかし、それは桂士に届くことはなかった。再び放たれたスピカの、青のモヤを打ち払う蒼の雷撃。そしてセレナの星の輝きを纏う数多の矢が、エリューションを散らす。 「災厄を散らす雷光、お届けしたわ」 「新島さん、お見事でした。大丈夫ですか?」 二人の声と共に、エルヴィンからも癒しの光が送られる。 「やるじゃないか」 ニカッと笑うエルヴィン。痛みに顔を歪めながら、桂士は手を上げて応えた。 杏の電光で形作られた翼が空を打つ。美しく、見るものの目を釘付けにする光の残滓。だが、当然それは美しいだけの翼ではない。 「そろそろ幕引きよ」 魅力的な微笑を浮かべ、さらに翼が羽ばたかれる。ちらちらと電光が踊り、ふわりと風が舞う。 その優しげな風が、突如として荒れ狂った。魔力を帯びた烈風の渦。渦の中心には、残った狂気の化身と、数枚のヴェール。圧倒的な暴風が叩きつけられ、瞬時にヴェールを切り裂き、モヤが吹き払われる。 その暴風もすぐに収まり、まるで台風が過ぎ去ったような晴れやかで気持ちの良い空気が満ちた。 「こんなもんかしらね」 暴風の主が、悪戯っぽく笑う。 ぽつんと、黒衣の花嫁が一人佇む。もう、彼女の為に参列した負の化身も、彼女を覆うヴェールも、残されてはいない。 「もう一度、やり直してみないか?」 そんな花嫁に、杏樹は優しげな声音で声をかけた。これまでの鋭い眼差しとは一転した、慈愛の瞳。 「うちは寂れた教会だけど、式は上げられる場所だ。お前と一緒に幸せを掴む人もきっといる。だから、もう一度。幸せを望んでみる気はないか?」 その言葉に嘘はない。やり直せるならば、何か方法があるのならば、幸せを掴んでもらいたい。幸せの象徴たる花嫁。これも使命であるかとも思う。自らが自らに課す使命。 だが、杏樹の気持ちは花嫁に届きはしなかった。音にならない悲鳴をあげ、漆黒の花嫁は杏樹へと一直線に向かう。切り裂く爪も、刺し穿つ牙も持ちはしない。それでも花嫁は、杏樹に掴みかからんと駆けた。 僅かに杏樹の顔が翳る。 「全ての子羊と狩人に安息と安寧を。Amen」 魔銃から放たれる弾丸は、違わず花嫁の胸を貫いた。闇が、青空に溶け消える。 ●戻るべき場所 遠くから、幸せそうな笑い声が聞こえる。恐らく、先ほど結婚式をしていた一団の笑い声だろう。 花嫁が倒れたあとも周囲に気を配っていた桂士だが、他にエリューションもなく、撃ちもらしたエリューションもいないようだ。そこで、やっと肩の力を抜く。 「……大丈夫なようだ。任務完了だな」 エルヴィンと快、スピカが傷の手当をしているが、それぞれが傷を負っている。そんな傷だらけの顔が、光太郎に向けられた。 「犯した罪は消えないけど、生きてればやり直しできる。こうして私達が間に合ったのも何かの縁だろう。懺悔なら帰ったらいくらでも聞いてやる。 奪った分だけ救う生き方もある。奥さんに恥じない生き方を探すといい」 先ほど花嫁に向けたものと同じように、優しさに満ちた視線を向ける杏樹。やり直すことができる。そのことから目を背けていたのは、自らの弱さからか。光太郎は思う。 「わたしは、貴方の過去の事件は知らない。それでもここに来て、降りかかる闇に立ち向かった貴方は、あの人の為に正義を全うした……わたしはそう信じてる」 スピカの真っ直ぐな瞳。忘れかけていた、戦う理由を少しだけ思い出せるような気がする。 「助けられる命助けないのは寝覚めが悪いしね」 「人の命は数で比べるものではありませんが、人を殺めてしまったのなら、それより多くの人を助けるのがケジメでは? その力があるなら、特に」 力のあり方を示す杏とセレナ。そうだ、その通りだ。そんな簡単な考え方さえも思いつかなかった。 「おかえり、リベリスタ」 「お疲れさん。これからよろしくな」 「……ただでさえ、立場は違えど後味が悪い任務は何度も見てきたからな。後味を良くするチャンスがあれば、多少分が悪くてもそれに賭けたい」 快とエルヴィン、桂士が肩を叩く。傷だらけの笑顔と、暖かな掌。 「アークに向かうのなら、一緒に、ご同行するわよ……? 私の名前、那雪っていうの…同じ、雪の字の縁……。代わりに……見届ける、の……」 那雪が、その名の通りの白く清らかな手を差し伸べる。その少女の優しげな雰囲気は、確かに妻と似ているものを感じた。その手に乗せられた優しさを、想いを、光太郎はじっと見つめる。 「お手をどうぞ……? あら、これだと、逆かしら……?」 手を差し伸べるリベリスタ達の顔は、誇らしげで自信に満ちていた。自分もいつか、そんな顔を取り戻し、妻の墓前に立てるだろうか。いや、立ってみせる。強く決意し、光太郎は差し伸べられた手を取った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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