●犬の盆踊り ドックパーク。 かつては可愛らしい犬達が可愛らしい動作を大いに振りまいていただろう場所だ。 しかし今は建物のみを残し、人や犬の気配も全く感じさせない其処はただ朽ち果てるばかりで。 西の方角へと堕ちる太陽は、きらきらと滅び行く存在を彩っている。 廃墟。朽ちる存在もまた美しさを持ち得るのだ。 「ワンワンワン!」 「キューンキューンキューン」 「くーん」 「……そう。あなた達は此処の住民ではないのね」 ————そんな滅びの美学を全力で邪魔している存在が、4体(一人に三頭?)程、広場の中心に座り込んでいた。 まず秋田犬に似ている中型犬、それを取り囲む様にチワワと狆、柴犬によく似た小型犬が状況を説明しているかの様にまくしたてている。 その手前で、しゃがみ込みながら犬耳犬尾ゴスロリ服の少女が真剣な面構えで話を聞いていた。どうやら彼等の言語が理解できるらしい。 「ワンワン」 「ヒューン」 「つまり、皆はお散歩をしていたら全然知らないところへ出て来てしまった。帰る道もわからない、歩いても歩いても同胞達と会えなくてすごく寂しい。……こういう事で合ってる?」 「ワワーン!」 それだ! と言う様に良い顔で高鳴きをあげる秋田犬(と呼ぶ事にする)の前、少女は安心した顔を見せるが、直に憂い顔に戻る。問題は未だ、解決した訳じゃないのだ。 「……お友達と会えないのは、辛いよね」 友達。その言葉を聞いた犬達は悲しそうに項垂れる。その姿を見ると少女は耐えられなくなったのか、眉をぎりりと皺寄せる。 しかし、直後にはっと目を見開く。自分の胸元に垂れ下がるペンダントトップの効力を思い出したのだ。 (そうだ、私には”これ”があったんだ……!) 「ねえ、皆。お友達、つくれるよ」 項垂れていた犬が次々に何事だと頭を上げる。 少女は何か意気込んだらしい顔つきで。ペンダントトップになっていた笛を勢いよく、吹いた。 『アオォ————————ン!!!!』 それは笛から出したとはとても思えない様な音色だったが、そんな事は直ぐに考えられない異様な状況に犬達は目を疑った。 なんと、笛を吹いている少女の背後から次々と犬達が現れたのだ! 静寂の廃墟にて突然の犬来襲に来訪者の犬達は怖じ気付き、二歩散歩と後退してしまう。が、そんな事などお構いなしに。 なんと、現れた犬達は流麗な動きで踊っているのだ! しかも目の前で怯えている犬達に、何と友好的にも踊りに誘ってくれている。 その楽しそうな動作につられ、帰路を忘れた迷い犬は次々にすくりと立ち渦中へと揉まれていったのだ。 「……みんな、嬉しそう。良かった」 犬々の狂宴から少し離れた所にて。 だいたいの原因である少女は和やかな表情で見守っている。 ちなみに、迷い犬達の在処を繋ぐディメンションホールは彼女のすぐ後ろにでかでかと存在している。しかし少女はまるで気がついていないかの様に振る舞い続けた。どうも今は帰したくないらしい。 「ワン! ワンワンワン!」 「ワワーン!!」 真っ赤に染まった空の下。ツッコミ不在の空間は延々と、誰か止めない限り其処に在り続ける。 ● 「何これ。……えーっと、何これ」 「犬よ」 「いや、それはわかってるけど」 ブリーフィングルームの一室。 リベリスタが見たものは、モニター一面ひしめき合う犬踊りと、犬耳姿の『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)だった。 「似合う?」 「あ、まあ似合うけれど……」 何時ものうさぎヘッドフォンの上に茶色の柴犬耳を乗っけていた。 どれに反応していいかわからない。そんな状態のリベリスタ達を気にしているのかしていないのか、全く表情を変えないままイヴは話し始める。いつも通り、淡々と。 「アザーバイド達が此方の世界まで迷い込んで来た。此処までの話だとただ元の場所へと送り帰せば良かったのだけれど……フィクサードが、状況をややこしくしたの」 モニターに楽しそうに踊る犬達を眺めるゴスロリ少女がクローズアップされる。胸元には、本来犬を呼び集める目途である犬笛が垂れ下がっているのが確認できた。 「彼女はビーストハーフのスターサジタリー、犬居縫。犬の事が大好きなんだけど、犬以外の事をあまり考えない。犬が楽しそうに、幸せそうにしているだけで良いと考えているだけのフィクサード。自身の笛型のアーティファクトには、踊る犬——E・ビーストの犬を大量発生させる効果を持つの」 踊る犬は総勢100頭程。アザーバイドを満足させるために起こした犬祭り、それは彼等の事を想っての行動とも思えるが。 「一時的には楽しくても、それがハッピーエンドとは思えない。……あの子は本当の彼等の幸せを、上手く考えられていない節がある」 イヴはリベリスタに向かい、真摯な瞳で告げる。 「だから、アザーバイド達を無事に帰してあげて。それが彼等にとって、一番のハッピーエンド」 「あ、言い忘れてたけど。E・ビーストに踊りを誘われたら、対象が何であれ踊る以外の行動が取れないの」 「えっ」 「アザーバイドは踊り慣れていないからすぐ見つかる筈。だから、がんばって」 ……それぞれの想いを胸に、イヴの援護を受けリベリスタはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:裃うさ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月13日(金)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●犬がでたでた 「…………」 沢山の人々や犬達が様々なドラマを作っただろうドッグパークも、今は夢の跡。 誰も居ない筈のその建物の入り口に立つリベリスタ一同の表情は、いささか微妙なものだった。 「ああ、これは確実に」 「……居ますわね、それも沢山」 気の抜けた様な、呆れた様な。それでも柔やかに笑みを零す『変態紳士-紳士=』廿楽・恭弥(BNE004565)に、『白月抱き微睡む白猫』二階堂・杏子(BNE000447)は溜め息混じりの笑顔を返した。 人間から奏でられるソレとは全く異なる、メロディなんてものはないただの不況和音。 球状に広がるドッグパーク構内へと足を踏む込むまでもなく、僅かだがその音は既に漏れ出ていた。 通常の光景なら和やかな……否、廃墟に100頭もの犬が詰め寄っている状況は平穏とは言い難い物件だが。発せられる声の殆どがエリューションなのだから始末に負えない。意を決すると、リベリスタは次々と廃墟の中へと足を踏み込んだ。 「わぁ、わんちゃんの声がします!」 双子の弟である杏子の真横で黒耳をぴんと立てつつ。『ODD EYE LOVERS』二階堂・櫻子(BNE000438)は嬉しそうに声を弾ませる。傍らの『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は恋人の手前、表情を崩していないが若干眉に皺が寄っている。 「……全く、随分とややこしい案件を変えてくれた物だ」 ボトム・チャンネルに迷い込んだ四頭の犬型アザーバイド。本来なら送還だけで済む筈になっていたこの事案は、一人のフィクサードによってひっ掻き回された。アザーバイドを帰したくなかった彼女が、引き留める為にE・ビーストを大発生させたのが事の顛末だ。 しかも、踊る犬。 付け加えると、目を合わせた対象をも踊らせてしまう犬である。 「全く以て面倒だ」 人間と犬が入り乱れた状態を想像し、眉間の皺が更に濃くなる。 兎も角も、廃墟とはいえこの大狂乱を放っておく事は非常にまずい。 リベリスタ達は立て付けの悪い扉を抉じ開けると、その中へと押し入るのだった。 ● 旧ドッグパーク施設内に入り、犬の声が聞こえる方角へと足を進めて一分弱。 リベリスタが目にしたものは、円状に広がる犬達だった。 しかも、綺麗に振り付けを揃えて踊っている。 まさに犬の盆踊り。 「あら、これは」 ふわりと鶯色の影を揺らし、『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)の足が止まった。 犬達の声から、仕草から、何よりその表情がこの狂騒が楽しいものだと云う事が伝わって来る。その様子に櫻子は一瞬瞳を輝かせるが、直ぐに自分達の仕事を思い出したかの様にぺたりと猫耳を垂らした。 「でもでも、こんな愛らしいわんちゃんも倒さないといけないんですよね……」 「…………正直、気が重いわ」 今回の依頼は、この中に混ざっているであろうアザーバイドの保護帰還と、その他大勢のE・ビーストの完全撃破。つまりこの楽しそうに盆踊りしている犬達の殆どを討伐しなくてはならない。 ペットとして接する事の多い犬に刃を向ける。それは『ファントムアップリカート』須賀・義衛郎(BNE000465)にとって、あまり良い気分のするものではなかったが。事を成し遂げる為にもじわり距離を進めていく。 「……何をする気?」 犬達に近づいて来る8人の影を不審に思ってか。円陣からやや後方、それまで押し黙っていた少女の声が聞こえて来る。というか多数のリベリスタ達が犬の異様な光景に目を取られていて忘れかかっていた。 返答は両手剣と、華やかな出で立ちで。『宵闇に舞う』プリムローズ・タイラー・大御堂(BNE004662)は舞踏会でダンスを申し込むかの如く、軽やかに一歩先へと足を運ぶ。 「ご一緒させて貰えるかしら? 私、踊りは得意なの」 ● 「即座にアーティファクトを放棄し、アザーバイド帰還の妨害を停止しろ。従わない場合は強制排除する」 人間達が不穏な雰囲気をちらつかせても、犬達は尚楽しそうに踊り続けていた。『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は、先日まで対峙していた『猟犬』達と思い浮かべる。彼等と比べると盆踊る犬型は幾分可愛いものに感じられるが、結局言葉が通じないとなれば大差は無いものだ、と苦笑しつつ。目先を後方に居る黒衣の少女に向けた。 「どうして? 皆喜んでいるのに」 その言葉にフィクサードの少女——犬居縫は心底不思議といった様に、小首を傾げる。 嗚呼、従わないだろうとは思っていたが。彼女はそれが悪い事だと気付いていないのだろうか。 どちらにしろ警告はした、ならば躊躇う必要は無い。自身の速度を高めると、カルラは犬達に混ざらぬ様外側から回り込むべく地面を蹴った。事の元凶へと、近付く為に。 百頭の盆踊り。大半は均整のとれたそつがない動きをしているが。よく見るとその中に点々と、微妙な動きをしている犬が存在する。 例えばあの柴犬っぽい犬。他の犬とは違い、只ひたすら直線上にジャンプしていた。 その少し隣では秋田犬が立ったり座ったりを繰り返し、狆っぽい小型犬は二足歩行のままひゅんひゅん回転している。其処からやや離れた場所で、チワワっぽい小さな犬が尻尾を振りちまちまと立ったまま歩き回っていた。 「……ふむ。どれがアザーバイドかは大体目星がついたのですが」 恭弥はその四頭の特異点を情報上の犬種であり、保護すべき存在だと推定した。だがそれが断定であるとは未だ至らない。予め確認した資料に書かれている、E・ビーストの「かっこいいぽーず」かも知れないのだ。 否。 「…………格好良い……か…………?」 一瞬リベリスタ達の中に静寂が訪れるも、取り敢えずは真偽を確かめるべく行動しなくてはならない。 恭弥は息を吸い、カッと見開き叫ぶ。 『注、目ッ!!』 「?」 「!?」 「ワン!?」 「きゅーん!?」 人ならぬ者にも届く声に、瞬時四頭がびしりと動きを止めた。多分、試みは成功か。 『彼等はあの笛により召還された存在であり、貴方達の同胞ではありません。……私達は貴方達を故郷へと帰す為、此処に来たのです』 犬達は動作の止まったまま、首を傾げている。そんな彼等に状況を理解して貰う為、そして確実に渦中から退避させる為にも。恭弥はアザーバイドの視認出来る距離まで足を運ぶ。 『其処に居たままでは帰る事が出来ません。どうぞ、此方の方へ』 犬達は彼が何を行うのかよく解っていなかったが、元の世界へと帰してくれるらしい事は理解したらしく。口々に「ワン!」「ワン!」と返事をする。やはり一時的に楽しい思いをしようとも、彼等は帰りたかったのだ。 アザーバイドを避難させるべく、プリムと恭弥は犬の渦中へと割り込み安全に退出出来る様隙間を作る。 比較的彼等と至近距離に居た秋田犬と、犬だらけの中走り回っていたチワワは揉まれながらも近付く事は出来た。が、柴犬と狆。彼等は困惑した表情のまま飛び跳ねたり回ったりを繰り返している。 「踊りの誘いに、引っ掛かったのかしら……?」 「……どうやら、その様ですね」 E・ビーストの持つ、対象を踊らせる効果。タワーオブバベルで介した恭弥曰く、それはアザーバイド達も例外ではなかったらしく、踊りを知らない彼等はこの様な動きをせざるを得なかったのだ。 「……まさか、踊っている(つもりの)犬を運ぶなんて夢にも思ってなかったわ……っ!」 腕の中変な動きを繰り返す狆をプリムが、柴犬を恭弥がを抱え上げる。そのまま犬の誘いに乗らず、攻撃圏外まで運び込めばアザーバイドの退避は成功する。幸い無事な二頭も着いて来てくれているから、彼等も纏めて一緒に連れて行こう。 「そのまま後ろに下がってくださいね。皆様の世界へ帰らせて差し上げますから」 踊りが解けたのか、ぴょんと腕から飛び降りた柴犬にアガーテはふんわり微笑んだ。例え言葉が通じなくとも、この思いが彼等に伝われば良い。彼女の気持ちを汲んだのか、柴犬はワンと吠えお座りをした。 視界の向こう側で狆を降ろし、プリムや恭弥が元の渦中へと戻るのを見る。 アガーテはアザーバイド四頭の退避を確認すると、気持ちを切り替え犬の円陣へと瞳を向けた。 「さて、大掃除の時間だ」 櫻霞は2丁拳銃を手に、踊る犬達へと向ける。一斉にリベリスタ達が武器を向け出す姿を見て、若干縫の顔が強張った。 「……みんなを、消す気なの?」 縫は無の表情に僅かばかりの怒りを滲ませて。武器らしき日傘を取り出してリベリスタの方角へと向ける。 それは戦闘開始の合図。 「さあ、参りましょうか」 柔らかく微笑みつつ、杏子は縫の言葉を否定しない。 リベリスタが今成すべき事。そう、この狂宴を終わらせよう。 ● 櫻子の与えた小さな翼により軽さを得たリベリスタ達は、犬達へ攻撃すべく突入した。 まずは楽しげに踊る犬達の中、義衛郎の刃が鋭く彩る。きらりと閃く銀色は三頭の犬を瞬時に消していった。 「駄目っ、させない……っッ!!」 消えていく犬を見て縫は自身の命中力を強化させようとするも。櫻霞の弾丸が彼女の身体を強かに貫き加護を無効化させる。 「却下だ。後々面倒になる」 「余計な事を……!」 縫は怒りの籠った眼で睨み、彼の方角へと攻撃を発動させようとするも。犬達の群れから回り込んで来たカルラの突撃を受け、庇う様にその手を止めた。 縫が痺れて攻撃が出来ない以上、これで犬に攻撃を専念出来る。リベリスタ達はこれを好機と捉え次々と渦中に飛び込んでいく。 と、その前に。 「……あ」 最初に恭弥が一頭の犬と目が合った。 まずい、と思った時には既に手遅れで。手と足が思い通りの方向へ進まず、勝手な動きを始めてしまう。 つまり彼は踊っていた。盆踊っている犬達と同じ振り付けである。 しかし盆踊りながらも、彼の瞳は只一つの影を捉えていて。 その先には犬耳のフィクサード、縫。体はやはり思う様には動かなかったがそれでも重力に逆らうが如く、ぐぐぐと手を伸ばす。 「犬居さん! 一緒に踊りましょう!」 無表情の少女が僅か、面食らった様に瞳を見開く。そしてみるみるうちに眉間に皺が入り、ギャグ顔になった彼女はぽつり呟き首を振る。 「……犬になって、出直して」 「だがそれがいいッ!! 僕はデレる女の子も好きですがデレない女の子も好きなんですッ!」 差し伸べる手先がぷるぷると震えてくるが、それでも気力で押さえ付けた。犬居縫、推定年齢十代前半。廿楽恭弥24歳、見境無しである。 このままでは本当に人間と犬の盆踊り大会が繰り広げられてしまう。そうなってしまっては面白い状況ではあるが、示しが中々着かなくて困るのだ。 「迅速に、事を進めなくてはな」 静かに呟くと犬の渦へ、櫻霞が蜂の巣の如く弾丸を降らせる。その上を覆い被さる様に、アガーテの放つ炎の海が踊る犬へと覆い被さった。 大した防御力を持たない犬達にそれを避ける事は難しかった様で。瞬く間に多数、雨が地面を穿つ様に消え去っていった。全体攻撃怖い。 痺れの解けた縫が犬笛を吹くも、大量に消えた犬達を補うにはまだ足りない。 彼女の焦燥感を促すかの如く、杏子の黒き瘴気が犬達を襲い呑み込む。 リベリスタ達によって大半の数を消失したE・ビーストだが、それでも縫が呼び出した者も含めて現在の数は30幾らである。 数を減らした犬達は陽気に踊りつつもリベリスタに向かって誘いに近付いて来る。彼等なりに抵抗の手段と思っているのだろうか。 否。多分、何も考えていない。 「……クソ、やられた」 「勝手に踊らされるのも、中々の屈辱ですね……!」 ばちこーんと瞬くウィンクを一身に受け、義衛郎と杏子が踊り出す。犬達に混じり盆踊りを始める3人の美男美女(男)の図に、櫻子の尻尾はすっかり逆毛立ち。 「ふ、ふわぁあ! 今治しにゃうぅぅっ!!」 夏の終わりの夕暮れ時に、涼やかな風が駆け巡る。癒しの効力を持つそれは杏子と義衛郎、恭弥を包み込み、踊りから解放させた。 こうしてリベリスタの状況は元に戻る。しかしかつてのE・ビーストの総数は元には戻らないだろう。このまま力で攻め込んで、且つ縫の持つアーティファクトを破壊する事は十分に可能である。 (不思議、ですわね) 焼き払うべく炎を放ちながらアガーテは一人、思う。 武器を手に持たずに生きて来た彼女が、今こうして戦場に立っている。そんな事、この世界に来る少し前まで思いもよらなかった。そして、その状況に自身が慣れ始めているという事もだ。あんなに怖かったのに、震えていたのに。 「どうして。どうして、こんな事をするの」 だから碧眼の先で、悲しげに耳を垂らす少女に。敢えてアガーテは言葉を投げかけるのだ。 「……罪な事をなさいますのね、犬居さまは」 「えっ……?」 彼女が僅かばかり、驚く顔が見えた。アガーテには問い詰めると云った思いは無い。只、思った事を伝えようとしているだけだ。 「あなたが呼び出される事がなかったならば、こうして攻撃する事もありませんのに」 「……っ!」 縫の顔が更に歪む。 「……でもっ、私は。みんなに楽しんでもらおうと」 「攻撃される痛み、貴方も知っている筈です」 その間にも犬が一頭、また一頭と消えていく。それを見て縫は悲しめば良いのか、自身の所為でそうなった事を悔やむべきなのかわからない様子で。その心は確実に、揺れ始めている。 「彼等と話した君なら、元の世界に戻りたいと理解出来た筈だ」 揺れ動く心の上、更に義衛郎の言葉が伸し掛かる。 「違う、わかってたけれど。帰るまでの時間、遊んで欲しかっただけで」 「……犬居さん、楽しさは安心には変えられません。祭りはお終いにしましょう」 恭弥の柔らかい言葉と共に。時を刻む速度で犬達を一層する義衛郎の刃は、縫にまで届いた。その攻撃は彼女の胸に光る犬笛を僅かに擦り、思わずぎゅっと握り締めるが。 「要するに、貴方のエゴでこの事を起こしたという訳ですね」 杏子の闇が、数匹の犬と共に縫を穿つ。ぐらりとバランスを崩しそうになるが、それでも意地で立ち続ける様を見ながら思う。 (……まあ、私にはそれが悪意が善意かなどどうでも良いのですが) 杏子はフィクサードという人種を嫌う。だから攻撃する手には、容赦が無いのだ。 そして華麗に舞うプリムの両手剣により、遂に最後の犬が霧と消える。 「お前は結局、犬の事なんて考えてはいなかったんだ」 縫は最後の足掻きに犬笛を吹こうと取り出したが、カルラの一撃で取り落としてしまう。 拾おうとするも、犬笛には紐から先が消失しており。周辺は銀色の輝きで満ちていた。 ● すっかりと太陽の姿が見えなくなった後。リベリスタ達はアザーバイドの四頭をディメンションホール前まで連れて来ていた。 行儀よくお座りをした秋田犬を、アガーテが優しく撫でる。秋田犬は気持ち良さそうに頭を彼女へと預けた。その様子に自分も自分もと、チワワや柴犬達が集まって来る。 「……あっ! いけませんわ、順番でないと」 アガーテはそんな彼等に困った様子を見せるが、悪い気ではないらしく順番毎に小型犬を撫でていた。 「あのわんちゃん達も触りたかったですね……」 狆のふわふわの毛を堪能しつつ。櫻子は寂しそうに、疲れた表情で地面に座り込む櫻霞へと問いかけた。あれがエリューションでなければ、思いっきり遊ぶ事も可能だった筈なのに。 その言葉を聞き。リベリスタ達がアザーバイドと触れ合っている位置とやや離れている場所にて、叱られた犬の様な表情で佇んでいた。 「犬居さんも、どうぞ此方へ」 申し訳なさそうに尻尾と耳を垂らした縫へと、恭弥はアザーバイドの側へ招き入れる。 「……ごめんね、皆」 小走りで走り寄り。アガーテや櫻子に撫でられて毛並みの良くなったチワワの前でしゃがみ込み、縫はぽつりと謝る。この緊張感の無い犬達は特に嫌な事をされた等思っていなかった様だったが、それでも心に痞えていたのだろう。 「大丈夫、貴方の気持ちは素敵な物なのだから」 彼女がアザーバイドと出逢った時の憂いた表情は、偽りではない筈だと、恭弥は思う。だから、縫の頭をやわりと撫でた。その優しさがくすぐったい様な、だけど嫌とは決して思わなくて。 「……ありがとう。そして、ごめんなさい」 そう言うと、縫はディメンションホールから真逆の方向へと駆け出した。 この先、彼女は何処へ向かうのかはわからないが。今回の件を悔やむ彼女なら、少しは変われるだろう。 縫が去った広場にて。 恭弥の通訳を介し、アザーバイド達は此方へ来た経緯を話した。 どうやら彼等は仲良しの四人(頭)組だったらしく、何処へ行くのも一緒だったらしい。今回ボトム・チャンネルを訪れた理由も、見慣れない入り口を発見し探検のつもりで入り込んだというものだったそうだ。 此処は凄く不思議な場所だったけど、それでも帰りたかった、帰り道を案内してくれてとても嬉しいと言う旨も語ってくれた。 「どうぞ、ご無事で」 元の世界で楽しく過ごす彼等を思い、アガーテが最後に皆を一撫でする。アザーバイド達はお礼を言う様に吠えると、元在る場所へと帰っていった。 ディメンションホールの出口が閉まると、もう迷う事が無い様にとカルラが破壊。 仕事を終えたリベリスタ達は、アークに報告しつつそれぞれの足で帰途へと向かう。 こうして狂乱に満ちた長い夕刻が、漸く終わりを告げたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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