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ミゼリコルデの祝福を

●繰り返された悪夢
 沢山の細かな氷を湛えたアイスコーヒーが紙コップから零れ落ちたとき、男は己が指の震えを自覚した。
 彼が相手に『急ぎ』の要件を伝えたのは、つい先刻のことだ。
「どうかしているな」
 苦笑一つ漏らして、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はブリーフィングルームの壁にもたれた。
 空調がさらさらと髪を撫で付ける。
「いつもクールな伸暁さんが、どうしたってんだ」
 彼は他人事のように呟いた。

 今、強力なエリューションを相手に苦戦しているリベリスタの一隊が居る。
 八名共、アークに所属してからの暦は浅く、力量も未熟だ。
 なにせまだ三度目の依頼だった。
 だが、その中に一際煌く少女が居た。
 青二才の癖に、リベリスタの鏡のような少女だった。
 やるべきことを成し遂げる意思がある。仕事をしっかりと理解している。
 とても、深く――
 だから、多少の不安はあったが、やれると思った。
 なにより彼女等自身が志願したのだ。やってもらわなければ困る。

 そうは思っていたものの、結局伸暁は急遽二隊目のリベリスタ達を送り出すことになった。
 彼が二度目の未来を――先に送り出したリベリスタ達の全滅を予言したからだ。
 だから新しい八名が召集された。ただ、それだけのことだ。
 彼等が上手くやれば十六名が無事に帰還出来ると、そう思っていた。

 信じていた。

 三度目の悪夢を見せられるまでは――

●消え往く命の灯火に
 激しい戦いの音が、鍾乳洞に木魂する。
 八名のリベリスタ達が、髑髏のようなエリューションと交戦しているのだった。
 戦いに赴く直前に、彼等は伸暁から増援の知らせを受けていた。だがリベリスタの一人が功を焦ったのだ。
 若く未熟な上に血気盛んな少年だった。
 彼の単独行動が引き金となり、リベリスタ達はなし崩しの戦闘に苦戦を強いられることとなった。
 敵は強く、一人また一人と、若きリベリスタが打ち倒されていく。
 最後に残ったのはリーダーを務める少女と、その妹だった。

「もう一度ッ! 行くよッ!」
 仲間の無事を信じて、リーダーの少女――『音速の舞姫』朝倉サキが叫ぶ。
 既に八人中六名の仲間達が、地に伏している。
 彼等が事切れていることを彼女はまだ知らない。
 勝利を信じて、知らぬままに細剣を振り続ける。
 駆け出しではあったが、自慢のソニックエッジは多くのリベリスタに引けを取るものではなかった。
「後ろは任せてッ!」
 頼もしい妹である『神秘の癒し手』朝倉ミナが、残り少ない力で回復の祈りを捧げる。

 サキが放つ走る剣光は真空を巻き起こし、宙に舞う虚ろな顎を確かに捉えた。
 すさまじい怨嗟の叫びを撒き散らし、巨大な髑髏がのたうつ。
 しかしその時、怪物の口腔から放たれた強烈な力がサキとミナに直撃した。
 強烈な痛打に薄れ行く意識の中で、二人は運命を燃やした。
「絶対にッ――勝つッ!!」
 少女は震える足を闘志で従え、声高に叫んだ。
 立つこともままならぬ深い傷を負い、なお立てるのは運命の加護か。
 胸を突かれたはずである。それは致命傷だったはずである。
 彼女等は、愛する世界の救い手を信じた。

 だが、なんということだろう。
 この瞬間、この戦いの中で、彼女等は初めて絶望することとなった。
 彼女等は世界の寵愛を、運命を燃やし尽くしてしまったのだった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:pipi  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年07月25日(月)23:29
 いやー、連日あっついですねえ。
 pipiです。
 こんなときは山奥の鍾乳洞なんかでひんやりと涼んでみませんか?><

●伸暁からの連絡
 リベリスタ達は、エリューションの撃破と、戦友の救助を目指してブリーフィングルームを飛び出しました。
 そんな戦地に向かうリベリスタ達に伸暁から連絡が入りました。

 それは依頼内容の大きな変更を意味するものでした。

●伸暁からもたらされた『新しい』目標
『エリューション・フォース』ダークブランドの撃破
『ノーフェイス』朝倉サキの撃破
『ノーフェイス』朝倉ミナの撃破

●戦場
 二度目の依頼を聞いた後、リベリスタ達が急ぐのであれば、OPの直後に戦場へと到着します。
 高さ三メートル、広さは三十メートル程の鍾乳洞です。
 薄ら明るく、戦闘には差し支えありません。

 辺りには六体の死体が転がっています。
 つい先ほどまでは、命ある駆け出しのリベリスタ達でした。

 二体のノーフェイスが、エリューション・フォースと交戦しています。
 戦況はノーフェイス達が圧倒的に劣勢です。

●敵能力詳細
◆ダークブランド
 青黒いエネルギーを纏う、二メートル程の頭蓋骨のようなエリューションです。
 フェーズは2ですが、3に近づこうとしています。
 宙を舞いながら、エネルギーを刃や力に変えて攻撃します。
 八名のリベリスタを壊滅させるほどの強力な固体です。
 ただし、激戦の中でそれなりの手傷を負っています。
・ブラックブレイド:神近複、出血、麻痺、致命
・昏き閃光:神遠範、毒、猛毒
・デス・アンリミテッド:神遠範、大ダメージ

◆朝倉サキ
 フェーズ1のノーフェイスです。
 十五歳の少女でした。
 先刻までアークに所属する2レベルのソードミラージュでした。
 責任感が強く、世界を守ることに人一倍の熱意がありました。
 彼女はフェイトの喪失と、ノーフェイス化を自覚しています。
 リベリスタ達には、友好かつ協力的な態度で接します。

◆朝倉ミナ
 フェーズ1のノーフェイスです。
 十二歳の少女でした。
 先刻までアークに所属する2レベルのホーリーメイガスでした。
 戦いは好みませんが、姉サキを献身的に支えていました。
 彼女はフェイトの喪失と、ノーフェイス化を自覚しています。
 リベリスタ達のことは信頼しています。
 しかしノーフェイス化の自覚はあるものの、直ちに受け入れることが出来ません。
 取り乱す可能性もあるでしょう。


●その他
 たった今ノーフェイスとなった二名は無念の想いをかみ締めながら、エリューション・フォースとの戦いを続けるでしょう。
 あるいはリベリスタ達の行動次第で、別の行動をとるかもしれません。
 また、彼女等とは既知の仲であっても、未知であっても構いません。
 詳細な関係は皆さんにお任せします。

●STコメント
 皆さんは彼女等に、どんな結末を与えますか?
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ホーリーメイガス
シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)
プロアデプト
★MVP
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
クロスイージス
レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
デュランダル
マリー・ゴールド(BNE002518)
覇界闘士
石黒 鋼児(BNE002630)


 洞窟を照らす、ぼやけた明かりを放つ物の正体は分からない。
 この日、八名の駆け出しリベリスタ達がエリューションフォースと交戦していた。
 敵は識別名ダークブランド。フェーズ3に届こうかという強力な固体である。事実、八名中六名は既に打ち倒されていた。
 戦場に残されたのは『音速の舞姫』朝倉サキ、そして『神秘の癒し手』朝倉ミナの姉妹だけだった。
 だが、それだけならば望みが絶たれたわけではない。はずである。
「加勢する」
 張り詰めた少女の声が洞窟に響き渡った。直後、薄ら寒い鍾乳洞が振動する。
 圧力さえ感じる闘気を放ったのは声の主、『グリーンハート』マリー・ゴールド(BNE002518)だ。
 マリーはそのまま抜き身の巨大な刃を振りかざし、エリューションフォース――ダークブランドへと駆け出す。
 彼女の後からリベリスタ達が、次々と鍾乳洞に踏み込んで行く。
 彼女等こそ助太刀として派遣された第二陣リベリスタ達であった。
 サキ、ミナの両名にとっては、その全員が名と顔を知るリベリスタ達である。
 このまま第二陣の彼等と、先の少女二名が勝利を収めれば、十六名は無事に帰還出来るはずであった。
 しかし運命の皮肉か悲劇か。第一陣の六名はリベリスタ達が到着する前に、既に死亡していた。

「奴はフェーズ3に進みかけています。一刻も早い撃破を!」
 サキの横を駆け抜ける『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の表情は読み取れない。
 それはほんの先ほどまでリベリスタだった姉妹に、仲間の死を悟らせぬための掛け声である。
(今日は俺にとって初めての依頼で、初めてのマジ喧嘩なんだ。
 バケモンぶっ倒して、仲間助けて、帰るだけ――。そう、思ってたんだ)
 眉間に皺を寄せた『黒鋼』石黒 鋼児(BNE002630)が、拳を握り締める。
(それが何だよ。助ける仲間もぶっ殺せ、だぁ? 笑えねぇ冗談だ。わけ、わかんねぇよ……)
 握り込まれた掌に、爪が食い込む。
 満身創痍ながらも闘志衰えぬ姉妹は、これまでの激戦で運命を燃やし尽くしてしまっていたのだった。
 今や彼女等はノーフェイス、狩るべき対象となってしまっている。

 ――報われないな。

 だからリベリスタ達は、死に行く者に余計な荷物は不要だと考えた。
 敵の元へ走り抜けるうさぎにとって、姉妹の姉サキの横顔は見知ったものである。
 同じ依頼こそ行ったことはないが、互いに言葉をかわしたこともあった。
「これで勝てるッ!」
 リベリスタ達の声を聞いたサキが叫び、手にした細剣で髑髏の怪物に斬り込む。
 それとほぼ同時に、ダークブランドの背面に回りこんだうさぎの強烈な一撃が頭蓋を捉えた。
 今、その狩るべき対象(ノーフェイス)と、轡を並べて戦っているのだ。
 青黒い光が飛び散り、怪物は怨念を撒き散らすように顎を鳴らす。
「お待たせ致しました」
 その背を後押しするように続くのは、深い安心感を与える声だった。
「では反撃と、勝利を始めましょう」
 黒衣の男――『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が嗤う。
 既に集中を極限まで高める術を身に纏うイスカリオテは絶妙な距離をとり、敵を見据えた。
「随分暴れてくれたな……」
『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が双剣を構えて吐き捨てた。
「この代償、高くつくぞ」
 拓真の闘気が爆発的に膨れ上がった。
(朝倉ミナ……同じく『癒し手』と名乗る縁もあり存じておりますが……)
『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)が、己が神秘の力を活性化させる術を身に纏う。
「シエル先輩、みんなのフォローをお願いしますっ!」
 高名な癒し手の術を感じ取ったミナが、咄嗟に嘆願する。
「お味方全員が私の天使の歌の範囲内……」
 シエルは彼女等に会う前から既に決めていた言葉で答えた。
「ミナ様はお姉様と前衛の皆様のフォロー、お願いできますか?」
「はいっ!!」
 深い信頼に裏打ちされた素直な返答に、俯いたシエルの唇が震える。
 素直だからこそ、信頼を感じるからこそ、その返答に彼女の胸は凍てついた。

 戦闘が始まった。
「死体や骨は素直に――」
 敵眼前に踊り込む『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)の拳が炎を吹き上げる。
 当たればどこでもいいと、激しい勢いで振り上げた拳が唸りをあげる。
「――死んでろよ!」
 その拳は、宙に浮かぶ巨大な髑髏の眉間を着実に捉えた。頭蓋が燃え上がる。
 リベリスタ達が、そのまま次々と攻撃を仕掛けてゆく。
(とにかく悩んだって何も変わらねぇんだ)
 この戦いは鋼児にとって初陣だった。逞しい脚が風を斬り裂き唸りをあげる。
 鋭い切っ先は髑髏の顎を僅かにかすめ、青黒い炎を散らす。
 立ちふさがる生者達に髑髏が戦慄く。その鬼哭の怨嗟は黒い刃となり、火車、鋼児、サキを強かに貫いた。
 まだ倒れるには程遠い傷だが、身体は痺れ、赤い血がとめどなく流れる。

 だが。


「さて、これで三手目です」
 迸る神気覚めやらぬ洞窟内で、カソックの男が静かに呟く。
 予測していたとは言え強烈な一撃であった。だが後方から響くどこまでも怜悧な男の言葉に安堵したのは姉妹だけではないだろう。
(すげぇな)
 鋼児が拳を握り締める。
 身の痺れを振り払い、致命傷を従えた火車が、なおも後方に回り込むうさぎと共に髑髏を挟撃する。
 二名の一撃によって巨大な両頬骨に大きな亀裂が走る。青黒い瘴気を覆い隠すように、業火が踊った。
「一気にたたみ掛けるぞ」
 サキの斬撃と比較して、いささか強烈すぎる二撃を浴びて揺らめく髑髏の鼻骨に、稲妻を纏うマリーの巨大な刃が真正面から叩き込まれた。
(ああ、すごいな)
 激しい振動と共に、砕けた骨片が雷光に反射する。
 だが、強烈な斬撃を受けてなお、髑髏は止まらない。
 虚空の口腔から放たれた至近の閃光が、火車、マリー、拓真、鋼児、サキの身体を包み込んだ。
 歴戦のリベリスタ達の中で、動けぬ身体をさらに蝕まれて、鋼児は臍を噛む思いで髑髏を睨んでいた。
 その身を貫かれんばかりの鋭い眼光を、あざ笑うかのように髑髏が舞った。
「負けられないッ!」
 こいつにだけは。拓真が歯を食いしばる。
(戦友の命を、多くの未来を刈り取った、こいつだけには……!)
 続く言葉は心中に留めた。仲間の死を悟らせぬ意思はリベリスタ達が共に抱くものだ。
「この程度なら、まだ死なない」
 瘴気に蝕まれた手の平で、キャップを押さえてマリーが呟く。
 まだ、血みどろにすらなっていないのならば、戦いが始まっているとすら言えない。
(あの時は偉大な先輩、今回は見知った後輩)
 その大きな胸板の前に割り込んで『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)が二枚の大盾を構える。
(……なんとも気が滅入る話ね)
 脳裏によぎる言葉を飲み込むように、放たれた闘気がマリー、拓真、鋼児、サキを蝕む瘴気と痺れを打ち払った。
「癒しますっ」
 直後に響くシエルとミナ、『癒し手』の声が重なる。一つは大きく、もう一つは小さな光がサキを含むリベリスタ達を包み込んだ。
 このときミナが癒したのは、鋼児一人である。
「皆は、どうですか?」
 ゆえに、この問いだった。
「何とも言えません……」
 嘘ではない。だが返答したシエルは俯いたまま、その表情は読み取れない。
「心配ですが今は戦闘中……集中しましょう?」
「はいっ!」
 小さな、ほんの小さな氷片を孕むシエルの悲哀に、ミナが気づくことはなかった。
 彼女の真意を知る者にとって、同じ思いを抱くリベリスタ達にとってそれは痛ましすぎる光景だった。

(怒りは腹に溜めろ――)
 唇を噛み締める拓真が駆ける。
(冷静さを失うな)
 二振りの閃光が眼前に迫る鍾乳石を切り払い、髑髏の眼前に迫る拓真が再び剣を振り上げる。
「俺の全力だ」
 駆ける勢いのままに叩き込まれた渾身の双刃が、髑髏の額に深い十字を刻み込む。
「受け取れ!」
 猛烈な勢いで吹き飛んだ巨大な髑髏に、鍾乳石が砕け散る。
 リベリスタの猛攻は止まらない。
 骸が放つ黒き刃を再び受けながらも、レナーテの癒しと、己が闘志でその身を従え、猛烈な打撃を加え続けて行った。
 マリーの大剣が雷と共に唸りをあげる。底知れぬ巨大な眼窩に深々と突き立つ無骨な刃に頬骨が爆ぜる。大気が振動する。
 拓真の剣が割れた顎を吹き飛ばし、後ろから叩き込まれるうさぎが放つ拳刃の突撃が、巨大な頭蓋に無数の亀裂を走らせる。
「言うほどのこともねぇな」
 火車が大地を蹴る。
「帰れや――」
 がっしりと組まれた両の拳は怒りの炎を纏い、眼下に見据える巨大な髑髏に振り下ろされる。
「――居るべき所に、なあッ!」
 怒れる徒手の鉄槌は、亀裂が走る怪物の頭蓋に大穴をこじ開けた。

 続くのは、五手目――黒衣の男が、半歩前へと踏み出す。
「御覧なさい、駆け出しのお嬢さん方……」
 その瞬間。男――イスカリオテの指先から、赤々と輝く砂の嵐が吹き荒れる。
「これが、地獄です」
 イスカリオテが暴き出した神秘の秘儀により吹き荒れる魔性の灼砂が、髑髏の左半面を崩壊させて激しく炎上する。
 眼前の奥技に二人の少女は言葉も出ない。そのあまりの苛烈さはこの戦いへの勝利の確信と――そしてこれから来るであろう自分達の宿命を予言していた。

「……良く考えろよ、石黒鋼児」
 激戦の中で口をついた言葉は、発した当人にのみ響いていた。

 俺の身体がデカイのは何のためだ。

 ――俺の拳が硬いのは何のためだ。

 ―――俺が運命に愛されたのは何のためだ。

 己も敵も、既に満身創痍である。だが頭蓋はその身の過半を失いながらも、未だ動きを止めることはない。
 不可思議な力に未だ支えられて髑髏が舞い踊る。
(今はぶっ飛ばす事だけを考えろッ!)
 上顎だけとなった口腔に、これまでになく禍々しい力が満ちていく。
「させねぇよ!」
 迷いは振り切った。怒れる拳は暴風となり、髑髏の巨大な眉間にリベリスタの証を刻み込む。
「足手まといには、なれねえッ!」
 叩き込まれた鉄拳に鋼児は更なる力を混める。その意地は忌まわしき骸を粉々に打ち砕いた。


 思わず勝利の歓声をあげる姉妹を尻目に、レナーテがゆっくりと歩き出す。その足取りは重い。
 リベリスタ達の残るターゲットは二体のノーフェイスである。
 その歩みはノーフェイス達から後衛を守るため、そして逃げ道を防ぐためだった。
(サキさん、熱意と芯の通った強い方だ)
 眉一つ動かさぬまま、うさぎが拳刃を握り締める。
(それを……救助から撃破に変更……そう、ですか)
「さて、次は貴女達の番だ。武器を取りなさい」
 毅然たる宣言に、姉妹の笑みが硬直した。
 振り返れば、そこには黒衣の男が魔道書を広げている。
 白い手袋に覆われた指先から垣間見えるのは禍々しい蛇の紋様だ。
「エリューションは倒さなければならない。
 そしてあなた達はノーフェイス……あとは、判るよね」
 レナーテが言葉を続ける。
「――ッ」
 言葉を失ったミナを片手で制して、サキがぼそりと呟く。
「そう、ですよね……」
 正眼に構えようとする細剣の切っ先は揺れ動き、定まらない。
 躊躇っているのは明らかだった。
(あの人は私何かよりずっとリベリスタだ。意思も、理解も)
 うさぎは想う。自分ならこんなにも協力的でいられるだろうか、と。
「貴女達の働きを、私達は良く知っています。世界の敵と戦い祝福を失った」
 朗々と響く深い声に姉妹が僅かに顔をあげる。その視線の先にはカソックの男が目を細めていた。
「ですが、私達はそれを憐れまない。何故だか分かりますか」
「なぜ、ですか」
「私達は、仲間だからです」
 ミナの唇が震える。
「私達は仲間。対等だ」
 サキが生唾を飲み込む。生臭い鉄の味がした。
「なら分かりますね」
 構わず続く神父の言葉に、サキの剣先が止まった。
 蛇の底知れぬ真意を悟ることなく、その手向けは幼い少女の心を確かに捉えた。
(覚悟は出来ている、か。結構なモンだ)
 口元に滲む血を手の甲で拭い、火車が構える。その視線は震えるもう一人の少女に走る。
(ミナの方は……まあしょうがねえか)
 思えば妹は十二歳という年齢である。覚悟を求めるのも酷な話であった。
「何時だって私達は自分の未来を戦って勝ち取って来た。今回も変わりません」
 イスカリオテの言葉を受けてサキが走る。
「……全力で来い、お前達の軌跡を俺に見せてくれ」
 細い剣光が正面に立つ拓真の眼前を走り抜ける。僅かに身を退いた彼に降りかかる二撃目を、逆手の長剣が打ち払う。
 そして走り出す間際に拓真が放った強烈な斬撃にサキが吹き飛んだ。その守りは、あまりに脆い。
 受けてやっても良かったと、僅かに思った。だが、これでいい。
 手加減など、非礼でしかないのだから。
 拓真はそのままの速度で駆け抜け、第二の斬撃を蒼白の面持ちで立ち尽くすミナに放つ。
「――なんでッ!」
 叩きつけられたミナの悲痛な叫びが洞窟に木魂した。
「俺はこれからも戦い続ける」
 拓真が叫ぶ。
「お前達の守りたかった物は……必ず守り抜くと誓うッ!」
 少女が俯く。
「世界の寵愛だの、運命に愛されるだの。何か勘違いしてるんじゃねえか?」
 口をついてしまった。仕方が無いとは思っていたのに。
「運命ってのは敵でも味方でもない、ただの結果だ」
 火車が声を張り上げた。
「自身以外の運命に勝つ。自身を喰おうする運命を逆に喰い尽す。それだけだろ!?」
 火車が飛び出す。
「お前達が居た事 戦った事、望んだ事、この先全部、オレ等が背負ってやる」
 炎を纏った拳が唸りを上げる。
「解ってんだろ?」
 彼女等を倒さねば、彼女等が生き延びれば、彼女等が望み、勝ち取ってきた全ては破滅に向かう。
 だから――
「討たねばならない」
 精一杯の敬意を込めてマリーが大剣を振りかぶる。仲間の死も悟らせたくはない。だから全力で討つ。
 高く掲げられた大剣が落雷のように振り下ろされた。
 どちらもエゴだと思っている。忌み言とて身に受ける気だった。
 火車とマリー、それぞれの一撃を受けたミナの口元が濡れる。その血はリベリスタ達と同じ色だった。
 人であれば、リベリスタであった頃の彼女であれば、これで終りだろう。
 だが、それでも人ならざる力でミナは立ち上がる。立ち上がってしまった。
(……切り替えましょう。泣くのも喚くのも、終わった後です)
 うさぎの拳を彩る刃が走り、少女の胸に吸い込まれた。
 再び沈むミナを横目に、吹き飛ばされたサキも再び立ち上がる。
「生きたかったら、倒してみなさいッ!」
 レナーテの宣言に、唇を結んだサキが走る。
「それで宜しい」
 黒衣の男が銀髪をたなびかせ、生きるために振り上げられた剣から音速の刃が迸る。
「例え運命がそれを許さずとも。ならば私が赦そう」
 レナーテの巨大な双盾に火花が走り、激しく打ち震えた直後。洞窟が光に埋もれた。
 神なる光と、続けざまに放たれる地獄の嵐は少女達の身をずたずたに引き裂く。
「サキちゃんも妹さんも、守るべきものは守った」
 灼熱の砂嵐に倒れたサキの耳元で、レナーテが呟く。
「後の事は、私達が引き継ぐから……リベリスタとしての使命も、他の6人の事も、ね」
 彼女の言葉に、涙に濡れる瞳を閉じてサキが微笑む。
 鋼児が歯を食いしばる。
 余人には青筋を立てているようにしか見えないかもしれないが。だが、確かに彼は敬意の念感じていた。
 運命を燃やし尽くすまで戦いきったノーフェイスに対してではない。
 世界を守るために戦ってきたリベリスタに対してでもない。
 それは運命を受け入れ、戦う事を決意した一人の女性に対してのものだった・
「残す言葉があるのなら……届ける」
 立ち尽くしたまま俯くマリーから放たれた小さな言葉。
「――ね、がい、します」
 ノーフェイスが遺した最後の返答は、物理現象としての波長ならば誰の耳にも聞き取れなかったはずである。
「ありがとう」
 マリーの視界が歪む。見つめる先に横たわるサキの姿は滲んでいた。


「センパイ……」
「はい」
 彼女が膝をついたのは、『癒し手』の最後の言葉を聞くためだった。
 例えそれが怨嗟であったとしても、全て心に刻み込むつもりである。
「……イー、だ、ばか」
「ごめんなさい……」
 そのままの姿勢でシエルが俯く。謝る事しか出来なかった。
 だが。
「マジメ、なんですね。先輩」
 ミナが力なく笑い、その瞬間。引きつる痛みに相貌が歪む。
 咄嗟にシエルの身が癒しの力を纏いかける。
 だがその対象ははノーフェイスである。癒すことなど出来ない。
 だから彼女は神秘の力を解いて、後輩の少女をそっと抱きしめた。
 あふれ出す血に、あまりに冷えた手足に、抱きしめられた胸の鼓動も小さくなってゆく。
「後は任されました。安心して、御眠りなさい」
 ゆっくりと噛み含めるように語りかけるイスカリオテの声に、抱かれる少女は二度と覚め得ぬ眠りに落ちた。
 その姿を見つめ続けるうさぎから、小さな言の葉が零れ落ちる。
「約束を」
 今日の出来事を悲しまず、嘆かず。平素の通り通り眉一つ動かさないと。
 それはこの先、己が最後の最後まで、リベリスタであるために。
 だから、泣くのも喚くのも無しだ。
 うさぎは、かすかに、ほんの僅かに歯を食いしばった。
 誰にも、己にも見えぬように。吐いた嘘を本当にするために。

 今日此処で起きた事は、一生忘れない、と。それは誰の言葉だったか。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
すばらしいプレイングの数々でした。
MVPは大変迷いましたが、今回はこの方にお送りさせて頂きます。

字数を大幅に超過してしまいましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。