●仁王門にて 処暑の暮れ。 節句の上では、大暑を抜けて秋分までの僅かな間である。 とかく、乱れやすい節句である。日暮れともなれば、照りつける日差しは息をひそめ、涼しき秋分の香る夜が広がりもする。蒸し暑い夏の夜が踵を返して戻ってもくる。 この日のこの暮れ時分は、雨が降っていた。 素麺のような銀線と、銀線をくっきり浮かべる紺色の闇の中。一人の背広が仁王門に駆け込んだ。 小舟町と書かれた巨大な提灯が最初に目に入る。暗がりの仁王の像は何とも恐ろしい。 周囲を見ると、背広のほかに誰もいなかった。 商店の明かりが消えれば、雑踏はすうっと引いて、すうっと消えるのは道理である。しかし、平日でも観光客でごった返す以上、もう二、三人雨やみをする者が居ても良さそうではあった。 やがて紺色は墨色へと変じていく。背広の眼前はただ暗い。 所々剥げた朱塗りの大きな円柱。どこかに鈴虫が眠たそうに鳴いてる様だが、影も形も見えない。 背広は、四、五日前に会社から暇を出されていた。 日本の新聞は、景気に関して二言目には悪い、悪い、悪いと吹聴するのが定番ではあるが、それが現実に生じた形であった。 長年、使われていた会社から暇を出され、雨やみを待っていたと云うよりも、行き所がなくて途方にくれていたと云う方が正しい。 妻子に話をしなければならないのに、切り出せない。 考えるほどに足に力が抜けていく。 背広は、まだ雨に濡れていない床に胡坐をかいた。頬杖をして切り出し方などを考える。 「――かっぱっぱ」 たちまち、背広は奇妙な声を聞いた。 何事かと周囲を見れば、なにやらもすもすと動く影を見る。背丈は丁度、立った時に腰の辺りに来る程度で、玉子のような丸々とした恰好である。 「かっぱっぱ」 ぺたぺたと水を含んだ音をして歩いてくる。頭に申し訳程度の皿がある。背中にはメロンパンの様な甲羅である。しかし丸々している。 「なんだ、ただのかっぱか」 背広は溜息を吐いた。かっぱは、自分の周囲をくるくると歩き回っているが、どうでも良い事である。 それよりも問題は明日の生活をどうするかで気が沈む。いっそ自殺してしまえば楽になれるだろうと考え始めた。 「かぱー」 かっぱからキュウリが差し出される。 「……。そういえば腹が減った」 かっぱは、差し出したキュウリとは別のキュウリを美味そうにしゃくしゃくと食っている。 背広はかっぱの姿を見て、ついつい手が伸びた。受け取って齧る。旬の濃厚な風味が広がって、特段と味噌が欲しくなる。 「……まだ元気だけは残ってるか」 「かぱー」 かっぱはうなずいてくるくると踊る。背広は立ち上がって、スラックスの砂と埃を払う。 「よし……帰るか」 何事かを決し、背広がつぶやいた僅かな間。 『びゃあ! 髪の毛をよこせええええ!!!』 たちまち、黒洞々(くろとうとう)たる天井から、しわがれた声が響き渡った。 かっぱ以外に何かがいる。天井を虫のごとく這う影がある。 影が降ってきて着地する。それは尻から蜘蛛の様に太い糸を生やしたババアと形容できようか。 背の低い、痩せこけた猿のようなババア。ババアは、ブリッジの態勢で驚くべき速さで背広に迫る。 背広は、再び死にたくなった。 ●かぱー 「ひんやりぷにぷになアザーバイドのかっぱっぱ」 「か、かっぱっぱ……ッ!?」 空調が存分に効いている筈のブリーフィングルームで、玉の様な汗が滴る。 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が告げた未来視。神秘を秘匿せんと日々戦うアークのリベリスタが出動の刻である。 「でっかい玉子みたいなシルエットのかっぱ。申し訳程度にヒレと皿と甲羅とクチバシがついてる。ぷにぷにしててひんやりしてる。あと左右にひっぱるとものすごく伸びる。キュウリが好き」 心の奥底から闘志のようなものが、煮えたぎって来るようであった。 「あんまり攻撃的じゃないから、キュウリあげて仲良くなってからDホールに帰してあげると良いと思う。近くにくたびれた元・サラリーマンがいるけれど、かっぱは彼に危害を及ぼす気は無いみたい」 口からせり上がって出ようとする何かを、ごくりと飲み下す。 ともかく話が分かりやすくて良い。異世界からの来訪者を帰すだけの仕事である。 なれば、即座! 立ち上がる! 「待って」 ――何事か!? 「1つ問題があって、エリューション・アンデッドが出るわ。ブリッジしながら高速で動くし、面接着みたいな動きもできるアグレッシヴなお婆さんゾンビ。異形化してて蜘蛛みたいに糸をお尻から出したり、胃液っぽいのを口から吐いてくる」 すごいババアである。 「胃液はかなり臭いとおもう」 かなり臭いらしい。 「かっぱも大した強さじゃないから、あっという間にエリューションに食べられると思う。場所は、ある有名なお寺の門。人通りはないからエリューション撃退に専念していい。Dホールは楼の上にあるから、お婆さんの面接着をかいくぐって、先にかっぱを押し込んでもいいわ」 地味に、戦場に壁や高さも加わるという事か。…… |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月10日(火)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●どうかkappappaと発音してください 月は無い。 シトシトと湿気がねばりつく墨色の闇を、未練もなく駆け抜ける人影が8つの。商店の立ち並ぶ路を真っ直ぐ通り抜けた先に、柱のごとくそびえ立つ朱色の門が、仁王門である。 「うー、頬っぺたにでっかい大人ニキビが出来てしまったぞ……痛い」 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は、足を止めて頬をぽりぽりと掻いた。 見れば、キュウリを齧っている背広がいる。近くにはかっぱっぱが踊っている。 「――しかし、またも死にそうなおっさんか」 この手の話は、はて、何度目か。 何故どいつもこいつも死に急ぐのか。往年の文豪ソウルに憑依されたブンガク=ニンジャだとでも言うのか。ベルカはニキビをいじりながら瞑想する。 「その河童は私がもらった!!」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は突然と声を張り上げた。 ベルカの瞑想は容易く破られる。背広とかっぱっぱは、ギョッと風に視線を向ける。向けた瞬息の間に、エーデルワイスは獣の如く躍り掛かった。 「かぱー!?」 「うふふふふふhhh」 まるまると、卵のように楕円形でよちよち歩くかっぱっぱの、その肌はなんともひんやりしていて、ぷにぷにしている。 「かぱー」 じたばたと抵抗するかっぱっぱを、無理矢理みょいんみょいん伸ばす。 嗚呼、入り浸っている運送会社のマスコットにでもしてやろうか。などと考えながらぷにぷにもちもちしていると。 「ひとりじめはダメなのですぅ」 『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)も一緒になってモチモチする。ぷにぷにする。 「つめたくてぷにぷにでひんやり! あつい夏にはピッタリなかっぱさんなのですぅ!」 マリルはキュウリをかっぱっぱに差し出す。 かっぱっぱは、最初こそ驚いた様子だったが、そ~っとキュウリを掴む。敵意が無い事を察してマイペースにキュウリを齧り出す。 「かぱー」 「にゅふふふ、ありがたく食べると良いのですぅ」 「今は昔の何とやらって似たような話があったなぁ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が煙草に火をつけんとする。付きが悪い。どうも先端が雨に濡れてしまっているらしい。 「今昔物語集の羅城門登上層見死人盗人語だったかね。まぁ、あれの現場は羅城門。ここ、宝蔵門じゃ無いわけだがと」 何とも因果なものだと考える。考えて、煙草を胸ポケットにねじ込む。 仁王門、先の大戦で焼け落ちて、現在は宝蔵門という名が正しい。小舟町と書かれた巨大な提灯は、平然とぶら下がっている。呑気なものだ。 「かっぱっぱ……ひんやりぷにぷにですごくのびるとか、なんてアザーバイドなの」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)は嗚呼、意識が、勝手に引き寄せられる。 気が付けば、ぷにぷにと指でつっついていた。何という魔性。 申し訳程度の小さな皿は、羊羹のようにつるんと滑らかだった。これがたまらない。 無敵 九凪(BNE004618)も、烏と同じ様に耽る。 「かっぱが野球のピッチャーになるって子供向けの小説があったっけ。今は関係ないけどな」 かっぱ巻きが無性に食べたくなるような小説だった。あれは良いものだと考える。 背広の男の様子を見る。 突如として賑やかになった門の下、背広は釈然としない面もちで一同を見ている。何か言いたげで何も言葉は発していない。 彼の経緯は、イヴから聞いていて九凪も思う所があった。 「そんじゃあまあ、人助けに行きますか」 九凪は、黒と赤のカード束を構えて、"その時"に備える。 『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)は、エーデルワイスと未明、マリルの様子を眺めている。 色々やりたい放題をされているかっぱっぱであるが、別段と苦痛でも不愉快でもないのか、やはりキュウリを齧ってなすがままにされている。 「ひんやりぷにぷに……ちょっと触ってみたいね……」 遠子は一寸、我慢する。 まずはやることをやらなければと、そわそわした右手を左手で押さえる。 「背広の男の人とかっぱさんがおばあさんに食べられてしまわないように頑張るよ……」 そう、『おばあさん』。 間もなく現れる筈なのだ。今日は完全防備で来た。 むしろ、最初から"上"にいるんじゃないか。と遠子は考えて、チラっと上を見る。 「もう居ます。気を付けて」 『History of a New HAREM』雪白 桐(BNE000185)は、集音に長けたその耳で、『奴』の存在に警戒を促す。 遠子が見た刹那、桐が警戒を促した僅かな間。途端。 『びゃあ! かみのげよこぜぇえええ!!』 黒滔々たる闇から、声がした。一斉に身構える。 老婆が舞い降りる。 粗末な衣。衣の所々が擦り切れて、切れた間から老婆の枯れ木の様な四肢が垣間見える。よつんばの態勢。尻から糸。端的に表現するならば、醜悪の二文字が最も適当である。 桐は、溜息混じりに言葉を紡ぐ。 「夕暮れ時は逢魔が時。世界の境界が曖昧で色々な物が交わる時間――」 すらりと剣を抜く。 「――とは言いますけどね……このカンダタ老婆は酷くないですか?」 老婆は、よつんばから、突如ブリッジの体勢へとひっくり返る。 あんまり見たくない。かっぱっぱを見る。もちもちされている。 「あ、かっぱっぱさんはいいんです。可愛いですし愛らしいですし、夢もありますし、でも『あれ』はあんまりです」 視線に『あれ』に戻すと、ブリッジの姿勢で跳躍していた。 『ビャア!! オエエエエエエエエ!!!!』 「――っ!?」 桐の視界が黄土色に染まる。 なんてこった。 滔々たる薄闇色の門の下を、虫の様に這いずり回るカンダタ老婆の、跳躍と共にぶちまけられた吐瀉の臭気が、呑気な空気を未練もなく駆逐する。 ●ババアナイトフィーバーFooooooo!! 「こわいのですぅ! トラウマになるですぅ! かっぱが危険がぴんちですぅ!」 『ビャアアアアアアアアア!!』 夏から秋へと遷ろう時分に響く、マリルの悲鳴。老婆の声。 老婆は中を駆ける様に、人型のスーパーボールの如く跳ね回る。 「私が見ている前で一般人を殺させるものか!」 ベルカは神秘の閃光弾を投擲する。白い鋼の色の如き閃光が老婆の付近で炸裂する。 「そこで何をしている! 云わずともこれだがな!」 『びゃあ!』 老婆の落下。 死期が近い昆虫の様に、仰向けとなって宙に手足を泳がせ、もがく有様の何とも気色悪い事か。 「そこの御仁、名はなんと? 名乗る余裕が無いなら、作戦終了までは塵芥辰之進(仮)とでもさせて頂こう」 背広は、頓狂な声を上げてベルカに応答する。 黄土色の汁をのっけから喰らって、少々げっそりしていた桐であったが。 「怖いとか思う前に、異界や妖怪への夢を返せと蹲って地面殴りたくなっちゃうレベルです!」 ジャガーノートを用いて振り払う。吹っ切れたともいえるか。振り払って背広へと駆ける。 「あれの相手は他の方に任せて、安全なとこまでにげましょう」 かっぱっぱには、エーデルワイスとマリルが張り付いている。心配なさそうだ。 転がっていた老婆の尻から再び糸が射出された。 糸は壁を穿たず、エーデルワイスとベルカ、未明に直接へばりつく。 「あ……、すごく嫌な予感」 「これはひどい三択……!」 未明が呟く。エーデルワイスも"三択"を察する。 「ニキビ痛い」 悪い予感は当たった。糸が巻き戻る。老婆のヒップが弾丸の様に眼前に飛び出してくる。 『びゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!! Foooooooo!!』 三択。ヒップは未明へと注がれる。 「――~~ッ! それは絶対嫌!」 未明はデッドオアアライブの為に溜めていた力でヒップを弾き飛ばす。 中空に弾いたにも関わらず、老婆はくるんと態勢を立て直し、平然とよつんばで着地する。 未明は、かっぱっぱに頬ずりしたいと考えていた。いたが、ヒップに頬ずりをする羽目になりそうだった。実に危なかった。 エーデルワイスは、こういう時『大体自分に降り注ぐ』ものだと考えて身構えていたが、奇跡的に助かった事に安堵する。横にかっぱっぱがいる。つっつく。癒される。 「うふふふふふ、待っててね、必ずお持ち帰りしてあげるから」 「かぱー?」 エーデルワイスは九凪と同じ黒と赤のカード束を構える。 「今日の獲物はクソババァ……この世の何よりも醜く惨たらしくぶち殺しましょう」 黒と赤のカードが散って、滔々たる闇から鎖が生じる。老婆の首を締め上げる。 続いて、更に同じカードが舞う。 黒装束の道化の絵札と、赤装束の道化の絵札。 「一般人もそうだが、害のないやつを殺されると目覚めが悪いからな」 九凪が放った道化の絵札が、老婆を嘲笑う様に舞って刺さる。自身の攻撃が突き刺さる所まで見届けて、九凪は桐と背広を尻目に見据える。あとはかっぱっぱを守るのみだ。 かっぱっぱを守る事。 ここで、全体にきらきらと加護が施され、場の全員は身体に浮遊感を覚える。 「かっぱと遊びたい人もいるみたいですから、とにかく逃げ回るですぅ!」 「かぱー?」 マリルは、容易く動けなくなった老婆を確認し、うんとこしょとかっぱっぱを抱っこする。中空へと逃れる。 「ええと、『剥ぎとられる』を使われる前に終わらせたいね。何となく……」 遠子が不吉を口にしながら演算する。 戦況。麻痺は十分。練り上げた気糸を、網状のトラップネストではなく、真っ直ぐに整える。 束縛されながらも、ダイナミックな動きをする老婆であったが、軌道は糸が示してくれる。 「ピンポイント」 遠子の気糸は真っ直ぐと伸びて、老婆の口中に突き刺さる。十二分な手ごたえを覚えて、気糸を握りしめる。 老婆は、尻の糸をびたんびたんと四方の地面に叩きつけながら暴れる。 絞首の鎖を放ったエーデルワイスも、力を注ぐ様に拳を握る。 「ようし、そのまま抑えていてくれ、烏頭森君」 烏がゆったりとした動作で、右掌を閉じて開く。次の瞬間には銃声。銃口から既に硝煙が昇っている早撃ちの極みにて、老婆の頭部を貫く。 『オエエエエエエッッ!!!』 老婆は、白濁色の目をむき出しに見開く。ボトボトと喉の奥から得体のしれないものを吐き出す。吐き出してさっぱりした顔を浮かべる。 「気をつけろ。追い詰められた下人の如く、このババア、何するかわからん!」 ベルカが警戒の言葉と共に、防衛の布陣を走らせる。 『びゃあ! かみのげよこすダァァァ!』 エーデルワイスは、鎖の束縛が千切れるのを感じた。 遠子は、ピンポイントの気糸が引っ張られる感覚の次に、糸が途切れる手ごたえを覚えた。 老婆の衣が突如、爆ぜる。 ●かっぱ門 老婆の尻から生じている糸が、とかく厄介なのである。 壁に撃ち込んで巻き戻す。巻き戻した勢いで老婆は壁へと張り付く。張り付いたかと思えば、また対面の壁へと移動する。 前後左右、そして高さである。ジグザグの軌道を描く有様から、もし頭上を取られたら。天空から黄土色の汁をぶっかける攻撃も想像に難くない。 おまけに全裸である。全裸になって更にアクティブになっている。なんてこった。 「ていうか脱いだ? 本当に脱いだ!? 何で!? 別に下人とかいないし……いや脱がしてくれる人がいないからこそ?」 未明は、わけがわからない、と錯乱しそうになった思考を正して、得物を大きく振りかぶる。 上に行くのは、マリルの翼の加護がある。あとは当てるだけだが、老婆は素早い。 「ガイドします」 遠子が気糸を飛ばし、飛び回る老婆の軌道を示す。気糸が老婆に突き刺さる。未明は遠子の気糸を追いかける様に。そして。 「デッドオアアライブ」 『びゃあ!』 ドンピシャで老婆に一刀を見舞う。容易に回復などさせない傷をつける。 着衣が無くなった老婆は、活力の反面、大層脆い。 「しぶといな」 九凪が、右手を左肩前に構え、左から右へ、大きく振りぬく。黒と赤の道化の札が再び老婆を嘲笑う様に舞い、不吉を占う。 「頼む」 「攻撃! 一斉攻撃! 釈迦の糸を断ち切るが如くだ!」 ベルカが手刀を振り下ろす。攻勢の布陣が、追い風の如く走り抜ける。 並々ならぬ傷を受けた老婆は、途端、楼へと糸を伸ばし、跳躍する。 「ダメ♪ 死ね」 エーデルワイスは、物質透過にて楼をショートカットし、老婆の前へと立ち塞がる。昇ってきた老婆の顔を踏みつける。 「かぱー」 「破滅のオランジュミストなのですぅ!」 マリルは、片腕にかっぱっぱを抱えながら、器用にみかんの皮を取り出す。汁を絞り出して、老婆の目に叩きつける。 「目に汁が入ってのたうちまわるが良いですぅ!」 「地獄へ落ちろ♪」 快哉のマリル。 快哉のエーデルワイス。 エーデルワイスは、老婆の糸を切断する。老婆は目を押さえて落下する。 落下する老婆に合わせるかの如く、闇を切って飛び出す影がひとつ。 「見たくもない光景を無かった事にしてしまいましょう……」 背広の避難を終えた桐の合流。黄土色のあれをぶっかけられた恨みも辛みも込め。九凪の放った不吉も載って、振り抜く白い鋼の色の一閃が。 『ビャア! かみのげよこせえええええ!!!』 全裸の老婆を、血味噌に変えた。 : : : 墨色に染まった滔々たる夜の中を、静けさが再び戻ってきた後の、荘厳たる阿吽が見下ろす、門の下である。 「かぱー」 かっぱっぱである。 座ってキュウリを食っている。 「もう大丈夫なのですぅ。きゅうり沢山あるですからたっぷりたべるといいですぅ」 プニる度に笑いが止まらないといった様子のマリルは、べったりとかっぱっぱをかっぱっぱする。 「……そうか、助けられたのか」 背広も座ってキュウリ食ってる。 「味噌もあるぞ」 ベルカが差し出した味噌を、恐る恐るとつけて食う背広であるが、何が起こっていたのか解しかねている様は、終始変わらずであった。 「疲れた背広に生きる気力を、優しいかっぱに異郷の味を!」 うんうんと頷き、背広の背をぱしぱしと叩く。 背広は大きく溜息をつき、顎を動かす。対して桐が、彼の肩に手を置いた。 「貴方の人生の全てを知ってる訳じゃありませんから、今の境遇に関してなんら私はいえませんが……」 避難を促していた桐の声に、背広は顔を上げる。 「どん底から這い上がれ出したと思えばいいんじゃないでしょうか。人生下がる時もあれば当然あがる時もある。そんなものでしょう?」 背広は耽るように頬杖をつく。 「そうです。きっと、悪い事ばかりじゃ無いと思います……」 遠子も、励ましの言葉を精一杯贈る。 背広は、事情もとことんと見透かされている事に、驚愕の表情を浮かべる。 「ご家族も、きっと一緒にこれからの事を考えてくれると思う……だって、家族だもん。かっぱさんもそう思うよね……?」 「かぱー。しゃくしゃく」 「俺はさ、自分から辞めたことがあるからあんまりえらそうなことは言えないんだけどさ……」 九凪も、かけてやりたかった言葉を今、静けさのなかでかける。 「気を取り直してがんばってみないか? 景気は悪いかもしれねぇけどさ、必要としてくれる会社が絶対あるって」 背広はしばし頭を垂れる。しばしの後に頭を起こして声を絞り出す。 「不思議な体験だな。今日は何とも、何もかも……そうか。そうだよな」 「まあ、おじさんで良ければ相談に乗ってやる」 烏が、背広の足元にカップ酒が置く。 「会社都合なら失業手当もでる。職を辞したらまず職安でだなと、なむ語り伝えたるとやってやつだ」 胡麻油や辣油と塩麹で揉んだキュウリのお摘みを手に。 「さぁカッパさん、カッパさん。美味しい胡瓜は此処ですよ、甘くておいしいよー♪」 エーデルワイスが、蜂蜜をつけたキュウリを片手に、もう片手には麻袋を用意して謀る。 「さぁ、カッパさん。胡瓜を食べて、フェイトを得るのです。そうすれば煩い所から文句は言われない……」 「かぱー」 よちよちやってきたかっぱっぱであるが。未明がダッシュでかっぱっぱに抱き着く。 「かっぱ巻き食べる? 普通にキュウリ食べる? 美味しい? もちもちしていい?」 未明は問いかけながらも、既にかっぱっぱをもちもちしていた。 「かぱー」 事後だが、合意とみる。 「駄目、手でやるだけじゃもう我慢できない。頬ずりだ、頬ずりするしかない」 ぷにぷにとひんやりしている、かっぱっぱの触感は、ねっとりと染み渡る湿気を吹き飛ばすかのように、何とも爽やかで、なんとも心持ちがよい。これがたまらない。 「やあん! ぷにぷに」 「ちょ、かっぱっぱ誘拐させろ」 エーデルワイスは、未明ごと麻袋を被せようとした所で、マリルがひょいっとかっぱっぱを奪い取る。悪賢きは、鼠である。 「もっと遊びたいですけれど、かっぱはこっちの世界にいてはいけないのですぅ」 「かぱー」 存分にぷにぷにを堪能し、かっぱっぱをゲートに還す。 遠子が抱っこして、ゲートの向こう側へ。 かっぱっぱは、短い手をふりふりする。手を振りかえす。 エーデルワイスは口惜しそうに眺め中、皆でかっぱっぱを見送る。 施されるブレイクゲート。 「そういえばおっさんはどこにいったですぅ?」 かっぱっぱを見送る間、いつの間にか背広の姿が無い。 覗き出てきた月。 雨は止んでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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