●仲間外れ同士 僕は学校の三階から身を投げた。 死ぬつもりだった。もうこの世には生きていたくなかった。 学校に行くのが苦痛だった。誰も僕と目を合わせようとしない。担任の先生までもが自分のことを腫れもの扱いして僕を遠ざけた。 生まれつき病弱で顔に青い醜い大きな痣があった。 まるでお化けのようだと皆からはやし立てられた。 勉強も運動も苦手で誰よりも不器用で友達もできなかった。 自分から声をかけようにも外見から気持ち悪がられてしまう。ただ友達がほしいだけなのに学校へ行ってもいつも一人ぼっちだった。 そんな自分にも唯一の友達がいた。 飼育小屋に買われている小さな黒いアヒルの子だった。 まるで僕のようだった。他の仲間とは違ってただ一匹だけ黒い羽毛のアヒルの子はあまり他の子とは遊ばずにいつもひとりぼっちでいた。 元々飼育係の僕はいつしか休み時間の間はずっとそこにいるようになった。 黒いアヒルもなぜか僕が来ると親しげに寄り添ってきた。 仲間外れ同士なにか気が合うところがあったのかもしれない。僕は原田たちのグループから執拗な嫌がらせを受けていた。 給食の中に絵具を入れられたり、上靴や椅子に画びょうを入れられたりは日常茶飯事だった。それで済むならまだしも校庭の池にランドセルを放り投げられたりしたときは、それを拾うために全身がずぶ濡れになってしまった。 僕はその日の夕方、飼育小屋の前で泣いていた。 「おい、小杉。先公にチクったろ。お前のせいで今の時間まで説教されてたんだ」 「それは僕のせいじゃない……」 「黙れ! 口答えするとこうするぞ!」 原田は僕を蹴り飛ばすと僕のポケットから鍵を奪って強引に中に入った。 「おい、お前の大事にしているこのアヒルをぶっ殺してやる!」 「や、やめてっ!」 原田は黒いアヒルを捕まえると力いっぱい壁に叩きつけて殺してしまった。そのあと僕は散々に蹴り飛ばされて痛めつけられた。もう家に帰る元気もなかった。 それから校舎の三階に昇って身を投げて――僕は死のうとしたはずだったのに。 ●醜いアヒルの復讐 「小学校にノーフェイスの子供が現れた。彼はイジメを苦に身を投げて死のうとしたが、運よく下が花壇であったため一命を取り留めたようだ。その代わりその時のショックで彼は運命を失って神秘の力を得てしまった。小杉良太は自分を苛めていた奴らに復讐しようとしている。なんとかして彼を止めてきてほしい」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が机に両手を叩いた。ブリーフィングルームに集まったリベリスタの誰もが息を呑んだ。伸暁は真剣に前を見据えていた。 小学六年生の小杉良太がノーフェイスになって復讐しようとしている。すでに担任の松原俊樹にいじめっ子の前田進が犠牲になった。 残りのリーダーである原田大貴が人質に取られている。小杉良太は原田を殺した後は、自分を助けてくれなかったクラスメイトや学校を破壊する心算だった。 「死んだアヒルの子の巨大なE・フォースが校舎を襲っている。奴は小杉の心を察して学校を残らず全て壊す気だ。さらに死んだ奴らもE・アンデッドになって、周りの生徒たちを襲おうとしている。くれぐれも小杉良太の心情には気を付けてくれ。なんとか彼の心に訴えかけて説得しながら彼を引き付けて最後には討伐してきてほしい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月01日(日)23:32 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●偽りの言葉 放課後の小学校にはまだ残って遊んでいる子供たちが大勢いた。突然現れた大きな醜いアヒルの子を見て一目散に逃げ惑う。悲鳴とともに騒ぎが起こった。 巨大なアヒルは校舎に向かって進撃してくる。逃げ場のない子供たちはどうすることもできなくてただ叫ぶばかりだった。このままでは踏みつぶされてしまう。 「群れの中で弱い奴は虐げられる。森の獣達でもそうだったんだ。別に不自然な事じゃない。だからって虐げられる側になった方は堪んねぇよな」 夜兎守 太亮(BNE004631)は堪らずに呟いた。森を追われて出てきた自分の生い立ちと重なる部分がある。人見知りな面もあって良太の気持ちはわかった。 「あまり気分のいいモノではないね。彼らの行動にしてもいささか、いじめという範疇に収めるには無理があるような気がする。まぁ、なんにせよ避難と討伐だね」 エイプリル・バリントン(BNE004611)も太亮に頷いた。思い遣りのある優しい気持ちを持って良太のことを考えると遣りきれない部分も当然ある。 「醜いアヒルの子はやがて美しい白鳥に……なぁ~んて、そんなに都合良く済むお話じゃないみたいね。ただ黙って耐え忍べば報われる、なんていうのは童話だけのお話。人間はただ飼われるだけの家畜とは違うのだから、何かしらの行動を起こさなければ何も変わる事はないのよ」 『ダンス・イン・ザ・ダーク』プリムローズ・タイラー・大御堂(BNE004662)は澄んだ青い眼を細めて強く言った。童話のように現実も上手く行くはずはなかった。 「半端にいじめなんて言葉を使うからややこしくなるんですよ。周囲の沈黙は承認と同じことです。子供だからしっかり躾ける必要がありますね」 『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)も厳しく主張する。すでに周りに害を与えている以上そこに同情の余地は微塵もない。 「俺の半分も生きてねェってのに、哀れな小僧だ。けどこの世から退場したんだ。自分の意思で、な。ここは生きてる連中の世の中だよ、お前は行くべき場所へ行け。なに、いくら恨んだっていいサ。でもどうせなら、俺を恨んでいけよ」 『華娑原組』華娑原 甚之助(BNE003734)は遠くを見つめていた。諭と同じく着物の前で腕を組みながら良太のことを思ってぼそっと呟いた。 「あらあら皆さんお優しいですの。偽りの言葉は彼の心に届くのか……。アークのリベリスタの手腕、見せて頂きますの。可哀想だとは思いますけどね。殺してしまえば憎む相手と同じになりますの。いえ、関係ない者を巻き込む分余計に性質が悪いですの」 『ミスフランケン』グラン・クロッカス(BNE004686)は今回の依頼がアークに来てからの初仕事だった。ぬいぐるみの顔袋みたいなもので頭を覆っている。 見た目は普通の可愛らしい少女だ。手には傷だらけのぬいぐるみを抱えていた。そのぬいぐるみを見ていると少し心が落ち着いてくる。 まだ慣れておらず緊張しているが精一杯皆の役に立ちたかった。 「うーん出発直前でお手伝いに着たけど、もう皆行っちゃったかな。急いで追いかけなきゃ――へーベルも苛められる子の悲しい顔は見たくないから」 『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)が来た時にはもうすでにリベリスタ達は校舎の中に突入して行くところだった。 マナサイクルで準備してその後ろから仲間の背中を追い駆けていく。 ●同じ犯罪者 「押さず慌てず、動けない人に手を貸して逃げて下さい」 諭は大声で叫んだ。ファミリアーで使役した鳥が上空を警戒する。伝えられた情報を元にして影人を操りながら子供達を安全な場所へと誘導する。 動けずに怪我を負った者は影人が背負って逃げた。 式神を放ってアヒルの子を刺激する。いきなり攻撃をされて怒りを覚えたアヒルの子が諭の方へ近づいてくる。その隙に太亮が大きく呼びかけた。 「騒いでるだけじゃ死ぬぞ。助かりたきゃあの兄ちゃんが作った隙間通って逃げろ。高学年の奴は小さいのちゃんと連れてけよ!」 腰を抜かして動けない子供に太亮は檄を飛ばす。ようやく太亮の怒鳴りを聞いてその子供はちゃんと小さい子供の手を引いて逃げ出して行った。 グランはその子供を守るように身体を張りながら最後まで安全なところへ避難する役割を自ら引き受ける。絶対に子供達を守るという信念をもって挑む。 エイプリルも陰陽の術を用いて守護結界を施して準備を整える。 「ハァイ、マイヒーロー! ヘーベルもお手伝いするね」 ようやく追いついたへーベルがピンポイントスぺシャリティを放つ。突然現れたへーベルの不意打ちを食らって松原俊樹と前田進が悲鳴をあげた。 だが、黙っているばかりではなかった。お返しに進が弓矢でへーベルを狙い撃って攻撃を仕掛けてくる。攻撃した後の隙を狙われてへーベルは後退した。 直ちにプリムもへーベルの応援に入る。金髪を靡かせて華麗に敵陣に切り込みながら剣を持って松原に挑みかかる。 「小杉良太がまだ人であるうちに貴方がそうして庇ってあげることができればこんな有様になることもなかったでしょうに――」 松原俊樹は竹刀を振りかぶってプリムと鍔迫り合いを演じた。力強い攻撃にプリムは一旦押されてしまって鋭い太刀で斬られてしまう。 身体に傷を負ったプリムはへーベルに回復を施して貰って立ちあがる。 「君に危害を加えていた奴らと同じことをするべきじゃない。彼らと同じ犯罪者になる必要はないよ」 エイプリルは奥に居る良太に問いかける。すぐさまフラッシュバンを放って松原や進を巻き込みながら良太にも攻撃した。 「うるさい! 僕の邪魔をする奴は皆仕返ししてやるんだ!」 リベリスタ達が校内に乱入してきて良太も慌てた。急いで敵が侵入してきたところに向かって俊足で斬り込んできた。応対に当たった甚之助が食い止める。 「ま、気持ちは解るけどよ。相手を選べや。じゃねーと、アヒルを殺したイジメッ子と同じだぜ? 何で知ってるかって? 後で教えてやるよ」 「あんたに何がわかるっていうんだ」 良太は疑いの目を甚之助に向けた。そのどこまでも暗い目は誰も信用しようとしない冷徹さを帯びていた。長い間人から馬鹿にされ続けていた。すぐに他人に言われて改心することはできない。良太はナイフを突きつけて周りにいる逃げ遅れた子供や原田を威嚇する。甚之助は子供達の前に立って庇った。 「おめェら、コイツをいじめてねェか? いじめてなくても、見て見ぬフリしてねェか? ……助かりたかったら謝った方がいいんじゃねェの」 威風を振りまきながら子供達に叫んで避難を促した。甚之助が子供達に呼びかけている間に太亮とへーベルが良太に声をかける。 「良太。あの二人を殺した時、何を思った? この状況をどう感じてる? 復讐の為、差別意識。行動原理に違いはあるけどな、今のお前、お前が憎んでるいじめっ子どもと同じ顔してんぞ。痣なんて関係なくすっげえ醜い」 「ねえ良太、大貴にはもう十分良太の怒りや悲しみが伝わってるんじゃないかな。良太が一番憎いはずの大貴を人質として生かしているのは、殺したいわけじゃなくて謝って欲しいからなのかな? ごめんなさいしたら許してあげよう?」 良太は小刻みに震えだした。動揺で手に持ったナイフが落ちそうになる。それでも良太は歯を食いしばって耐えた。このくらいの屈辱は原田たちに受けた苦しみに比べればまだましな方だ。怒った良太はナイフで斬りかかる。 甚之助がへーベルと太亮の間に割って入った。 身体を斬られながら必死になって耐えた。良太はすでに怒りを爆発させていた。さらに青痣から光線を放って甚之助を容赦なく痛めつける。 聞く耳を持たない良太に甚之助は同じくナイフで反撃を試みた。 「いや、実は原田も主犯じゃねェんだよ。だって、イジメろって命令したの俺だもん。おまえ給食に絵具入れられただろう、馬鹿だよなあ。いい味だったか、おい? それにケツに画びょう刺されたよな。あれマジでひっかかるとは、アハハハ。くそおもしれえ。おめェのツラ、ケッサクだったぜ」 まるで見てきたかのような甚之助の衝撃の言葉に今度こそ良太は言葉を失った。 ●怒りと悲しみの悪魔 「俺は今度こそ良太を守るんだ。まさか自殺しようとするなんて思ってもみなかった。このままでは教師失格だ。絶対に良太を渡さない!」 松原はプリムに金属バットで殴りかかってくる。今度は予測してすんでの所でその立ち筋を読み切って交した。その攻撃した隙を突いてプリムは舞う。 「――できればその言葉は生前の貴方から聞きたかったですね」 プリムは双剣で相手の金属バットを軽く裁いた。松原が体勢を崩して前のめりになった隙をついて剣で首筋を鋭く掻き抉った。 「ぐああああああああっ」 松原は血しぶきを撒き散らしながら地面に崩れ落ちる。進がそれを見て弓矢でつぎつぎに放って攻撃をしてきた。 「アンデッドの行動は良太が二人に抱いてるイメージの反映じゃねぇかな。前田は口達者ないじめっ子。先生は、最後の最後には自分を守ってくれる筈だって縋るような思い……だったらいじめっ子の結末もイメージ通りにしねぇとな」 太亮は進たちのことを冷静に見抜いた。襲い掛かってきた進の攻撃を受けて傷つきながらもそれ以上は絶対に進めさせない。 「アークのリベリスタの手腕、御覧頂きますの!」 グランが遠距離から魔閃光を放って攻撃する。続いて太亮が暗黒でもって進を覆い尽くす。進は苦しみながら悲鳴をあげて倒れて動かなくなった。 『くわっくわー。こんばんはあひるさん。怒ってるの?』 へーベルはすぐにアヒルの子の元へ行って動物会話で話しかけた。突然話しかけられたアヒルの子も進撃を止めてへーベルの言葉に耳を傾ける。 『ヘーベルも牧場でアヒル隊と遊んでるけど、かわいいよね。くわっくわー。学校を壊すのは止めて欲しいな』 へーベルの問いかけにアヒルは首を振った。自分を殺した相手に復讐をするまでは絶対に止めないという。それにここで裏切ったら大好きな良太に申し訳ない。アヒルの子はそう言ってへーベルの説得にどうしても応じようとはしない。 「俺がイジメてーのはお前だけなの。解るだろ? お前だけだモンな、ひでェ目にあってたの」 甚之助の偽りの容赦のない先ほどの言葉が良太に深く突き刺さっていた。暴れ出す良太に畳みかけるように甚之助はさらに次の手段を打つ。 「こうやって原田にも言うこと聞かせたンだよ!」 甚之助は方向を変えて突然アヒルにアル・シャンパーニュで攻撃した。へーベルに足止めされていたアヒルの子は攻撃をまともに食らう。 魅了されてしまったアヒルは校舎の破壊を止めて良太に攻撃をしてきた。 「ぎゃあああああああ―――――」 良太は巨大なアヒルにそのまま踏みつぶされてしまう。その隙に甚之助は人質の原田大貴を伴ってその場から離脱した。 「良太は本当は死んじゃってて、強い怒りと悲しみに呼ばれた悪魔が憑いてる。あひるさんと一緒に天国へ行けるように祓うから、ちょっと痛いけど我慢してね」 へーベルはピンポイントスペシャリティでアヒルと良太を同時に狙う。弱っていた良太はへーベルにトドメをさされて二度と動かなくなった。 「不味いですね。外見どころか内側まで」 アヒルを砲身で殴り飛ばして吸血で体力を補充した諭は最後に言い捨てた。暴れるアヒルの子に影人が一斉に火を噴く。 「くわっくわっくわああああああ――――」 アヒルの子は断末魔を上げて地面にひれ伏してしまった。 ●飛べなかった白鳥の子 「今日のは特にくそ不味い煙だぜ。なに、恨まれンのも極道の仕事さ。カタギのお歴々とは年季が違うんでね」 甚之助は全てが終わって煙草に火を付けた。やってきたアークの後処理班に全てを任せて自分は颯爽と帰る。下駄を鳴らしながらもう後ろは振り返らない。 幸いなことに校舎や子供達への被害はほとんど防ぐことが出来ていた。早めに到着して必要な避難をしたことが結果に繋がっていた。 助け出された原田大貴はまだ怒っていた。こんなことがあったのは良太のせいだと喚き散らして言うことを聞かない。すぐ検査のためにアークが病院に運ぶことになっていたが、そこへ太亮とエイプリル、グランがやってくる。 「これはお前の行動の結果だ。良太だけのせいにすんなよ」 「なんだって?」 「君が彼らのようにアンデッドにならない事を祈るよ……始末しないといけないからね」 エイプリルは凄味を利かせて脅した。これには大貴も顔を引きつらせる。 「私はあれが罰になったとは思えませんの。しかし命を奪うのは皆様の頑張りを裏切る事になりますの。かといってアヒルがされたように壁に叩きつければ、幾ら非力といえど覚醒者、命の保障はなく……どうぞ、命は大事にしてくださいの」 グランの言葉に口を噤んだまま大貴は現場を後にした。アークの後処理によって記憶が消されてしまうかもしれないが恐怖を与えておくことは大事なことだ。 「たぶん彼は表向きには飛び降り自殺で死亡という事になるんでしょうね。たとえ貴方がここから白鳥になれたとしても、自分の意思で羽ばたこうともしなければ空を飛ぶ事は出来ないのよ」 プリムは動かなくなった良太たちを思って目を瞑った。すでに現場は陽が落ちて夜の冷たい風が吹きつけてきている。 見上げた夏の星空には飛べなかった白鳥の翼が輝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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