●それは1メートル立方の仮想宇宙、その名は『幻想計』。 ある世界の話をする。 ただし別世界とか、異世界とか、裏世界だとか言い出すつもりはない。 ちゃんとこの世界での話だ。 厳密に述べるなら、ある地下倉庫に隠されたアーティファクトの話である。 縦横奥行き1メートル。美しい彫刻が刻まれたガラス箱がそのアーティファクトだ。 箱の内側には極小の宇宙があるとされ、光すら通さぬ暗闇が詰まっている。 だが本当に詰まっているのは『世界』だった。 「この箱は外世界を吸収して増大を続けております。このままではいずれこの土地……いえ、もっと大規模なものが吸収されてしまうでしょう。そうなる前に、この箱をとめなければなりません」 箱の名前は『幻想計』。運命のなりゆきを計算するという目的だけを延々と繰り返すそれは、もはや計算する化け物である。ただし内包した世界において『ある一定の条件』を満たしたときのみ、計算は止まり、箱は自壊するという。 ――これは、ひとつの世界を壊すため、『あなた』が悪となる物語である。 ●この名前の無い世界で『speraとvenia』 「スペラお兄ちゃん、今日も出かけるの?」 質素なベッドで寝ていた少女が、ゆっくりと身体を起こした。 兄と呼ばれた青年はフードパーカーに袖を通しつつ振り返る。 「今日はいい仕事を貰えたんだ。ヴェニアの薬だってすぐに買える」 青年スペラは腰ベルトにつけた携帯鞄をチェックしてから、壁にかけられた剣をとった。 革巻きの柄と合金製の刃でできた、ごくごく最低限の剣である。 決して穏やかとはいえない装備を見て、少女ヴェニアは不安げに唸った。 「危ないこと、するの」 「大丈夫だ。この辺じゃ相当腕の立つほうなんだ。エリューションくらい敵じゃない。いいか? 外は化け物が出て危ないから、絶対に出るんじゃ無いぞ」 「……うん、わかった」 あまり納得した様子ではなかったが、少女はシーツをたぐり寄せて頷いた。 「本を読んでまってるね。おとなしく、待ってる」 「いい子だ。それじゃあ行ってくる」 扉を開け、外に出る。 鍵をかけつつ、青年は外を見た。 高層マンションの12階から見える風景は、灰色にくすんでいた。 全ての建物と道路に灰が積もり、空はいつまでもどんよりと曇っている。 遠くに見える東京スカイツリー跡が、途中で折れてくずれていた。 ここはとある宇宙のとある星。 壊れた世界のどこかである。 そして、仮想世界計算アーティファクト『幻想計』の世界である。 ●勇者スペラの悲愴譚 眼鏡をかけた男性フォーチュナからの説明を要約する。 とあるアーティファクト『幻想計』を安全に破壊するため、世界へアクセスして運命を操作するという、そんな依頼の説明だ。 「要点だけ説明します。詳しいことは資料を見てください。幻想計が自壊する条件は以下の通りです」 ・勇者スペラに以下の感情を芽生えさせること 悪への強い憎しみ 深い絶望と悲しみ 正しいことをしているという絶対的な確信 ・勇者スペラに以下の実績を与えること 強大な悪の討伐 世界の仕組みを理解しないまま死亡もしくは消滅する 「そして、この世界にアクセスした皆さんができることはこちらです」 ・自らの運命の操作。 望んだ状況で望んだ運命を引き寄せられます。 ただし他人の感情まで操作できないので運命を操作したことで起きる『出来事』で結果的に変えていくしかありません。 ・自らの立場の決定。 アクセス時点で世界においてどういった立場にある人間かを選択できます。 また、この世界は『勇者スペラ』を中心に動いているため、彼と最後まで全く関わらない人間にはなれません。 「みなさんはこの世界にアクセスし、悪役や仲間となり、世界の崩壊へと導いてください。目的は以上です。やり方はお任せします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月09日(月)22:30 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●『SPERA VENIA』序 街から鳥のさえずりが聞こえなくなって何年が経つだろうか。 青年スペラはそんなことを考えながら、ガラスの反射越しに妹ヴェニアを見ていた。 ベッドで身体を起こすを妹だ。 正確に言うなら、そんな妹に薬を呑ませる白衣の子供を見ていた、のだが。 「本当に大丈夫なんですよね、ソラ先生」 「あら、見た目が小さいからって医者の腕を舐めて貰っちゃ困るわ。それにこれでも、スペラよりずっと年上なんだから」 「どうせ無免許のくせに……」 壊れた日本に『免許のある医者』など100カラットダイヤより希少価値がある。とてもスペラに手の出せるものではない。 ソラは投薬と健康診断を終え、最後に両手を組んで天使の歌を詠唱しはじめた。 清らかな音が部屋の中に響く。 スペラは目を閉じ、これからのことを考えた。 妹の様態は良くない。 毎週こうして無免許医に診せているが、回復する見込みはなかった。 何か手が欲しい。 そのためなら……。 「おーっす、スペラ。そろそろ仕事の時間だぜ」 玄関の方から声がして、スペラは振り向いた。 ボサついた頭をゴーグルで無理矢理押さえたレザージャケットの男である。ギザついた目が狩猟犬の印象をもつことから彼はコヨーテと呼ばれている。 コヨーテは戦闘用グローブをつけたまま扉をノックしていた。 「やめてよ、扉がいたむ」 「いーだろンなこと。早く支度しろよ」 コヨーテは『待て』が嫌いだ。すぐに機嫌を悪くする。 スペラはソラに合い鍵を渡しつつ妹の面倒を頼むと、手早く家を出た。 閉まり行く扉を振り返れば、苦しそうに眠る妹の顔が見えた。 がたごとと揺れる荷馬車の上で、ひとりの女性が頭を下げた。 「あなたがスペラさんですね。よろしくお願いします」 「よろしく。青島……ええと」 「沙希です」 「沙希さん。護衛の仕事でしたね。どちらまで?」 「お薬を、少々」 にっこりと笑う沙希を前に、コヨーテがスペラの肘を小突いてきた。 「聞いて驚け。なんでもエリューションからとれる薬らしいぜ。特に革醒病に効果があるんだとよ」 「革醒病、だって?」 「お前の妹ちゃんがかかってる病気だろ。護衛ついでにハナシ聞いてみようぜ」 ニヤニヤと笑うコヨーテ。 そんな時である。 甲高いブレーキ音と共にトラックが家屋に衝突。既に歪んだガードレールを乗り越えて煙を噴いていた。 「事故か!?」 慌てて荷馬車をとめさせ、転がるように下りるスペラたち。 同じく車からは運送業者と思しき男が転がり落ちてきた。 ベースボールタイプの帽子を被った男で、ネームプレートには『郷(ゴウ)』と刻まれている。 「ちょっと、あんたリベリスタだろ! 手を貸してくれ! 襲われてるんだ!」 郷が指さす先には、改造バイクに乗った男たちの群れがあった。 彼らに傅かれるかのように姿を現わすツインテールの女。 「全員、殺して」 奇妙につかえた声で言うや否や、男たちは醜く笑いながら襲いかかってきた。 「強盗団の星川天乃か。どうするよスペラ」 「見過ごすわけにも……でも、沙希さん?」 「かまいませんよ。私もリベリスタの端くれですから、このくらい」 にっこりと笑いかけてくる沙希。 スペラは頷いて、暴漢の群れへと飛び込んでいった。 ぶつかり合う剣。 しかしスペラの戦力は決して低くは無く、男たちがみるみる切り伏せられていく。 さあ次はボスの女だ。 どこにいるのかと見回したスペラは、その光景を目撃してしまった。 沙希の首に金属ワイヤーが巻き付き、一瞬にして頭だけが転げ落ちるという、そんな有様である。 「さ……沙希、さん……?」 「こんな、ものだね。この世界の人は、もろい。引き上げる、よ」 「どういう意味だ? ……待て!」 コヨーテたちを無視してバイクで走り去っていく天乃たち。 スペラは、既に動かなくなった沙希の前に、崩れるように膝を突いたのだった。 護衛の仕事に失敗し依頼人の金品も奪い去られたとなれば、当然回れ右をして帰るべきなのだが、スペラたちは依頼通りの場所へと訪れていた。 山の中に張られた、古いサーカステントだ。 彼女の無念を晴らそう……というわけではない。 ここで買うことができるという革醒病の特効薬に興味があったのだ。 意を決してテントの幕を潜る。 すると。 「君の依頼人が死んだのは、君の実力が足りなかったからだ。けれど君のせいじゃない」 などと、急に言われた。 「スペラくんだね? ここへは護衛任務で……いや、今は薬への興味だけでやってきた。そうだね?」 「どうして僕の名前を? いや、それだけじゃない。なんで、その……目的や、過去のことを」 「知っているか、かい? 占い師だからね。情報屋だから、ともいう。寿々貴(すずき)さんって言うんだ。以後よろしくね」 ふわふわと喋る彼女に、スペラは気圧されつつも頷いた。 「ここまでの情報はサービスだよ。君が買いたいのはどんな情報だい? いや、むしろ薬そのものかな?」 「……く、薬です。でも、エリューションからとれるって……」 「化け物を退治して薬を作れるんだから一石二鳥だよね。でも高いよ。君の住まいを売っても足りるかな」 「……」 「でも材料を沢山調達してくれるなら、安く売ってあげられる。意味は分かるよね?」 「わ、わかります!」 スペラは顔をぱっと明るくして言った。 「それなら僕が、エリューションを殺し回ってくるよ!」 「元気がいいな、君は。こては手付金だ。継続して投与する必要があるから、一回こっきりで逃げちゃだめだよ」 薬の入った袋を投げ渡し、寿々貴はふわふわと笑う。 礼を言ってテントを飛び出していくスペラを見送って、目を瞑った。 鳥のさえずりが、遠くで聞こえた。 ●『SPERA VENIA』破 トラックがエリューションに囲まれていた。 荷台が破壊され、中身のジャンク品が地面に流れ出る。 「ああっ、苦労して集めた宝モンが!」 運転席から転げ出た郷は頭を抱えて叫んだ。 そんな彼へ襲いかかる獣型のエリューション。 振り上げられた爪が彼を引き裂かんとしたまさにその時。 「伏せていろ!」 郷のすぐ頭上を大きな剣が通り過ぎ、目の前のエリューションを真っ二つにした。 振り向く郷。 「おおっ、スペラ! すまねぇ!」 「お互い様だろ」 僅かに成長を遂げたスペラは、剣を振り回してエリューションを倒していく。 「あと一息ですよ、勇者様!」 彼に付き添っていた霧島撫那という少女がどこか嬉しげに言った。頷くスペラ。 撫那と協力し、彼らは全てのエリューションを撃破。頭を抱えて震えていた郷を引き起こしてやった。 「サンキュ。それにしても強くなったなー、お前」 「そうでもないよ」 沙希や沢山の人たちを守れなかった悲しみや、妹を救うためのエリューション退治。そんな毎日を通して、彼はみるみる実力をつけていった。同時に名声もだ。 郷は車をぐるっと点検してから顔を出してくる。 「今から帰りか? 送ってやるよ」 「それは……いや、頼むよ。ソラ先生に診せる日なんだ。待たせても悪い」 「お安いご用! ……のついでに、スクラップ積み直すの手伝ってくれるか?」 かくして、スペラたちを乗せたトラックは街へと、妹ヴェニアのもとへと走って行ったのだった。 家に帰って最初に目に付いたのは、血まみれのソラと妹ヴェニアだった。 「ソラ先生!」 「ごめん。急に敵が」 ヴェニアを守るように、しかし限界なのか床にへたりこんだソラがベランダを指さした。 ベランダの縁に腰掛けるは、なんと……星川天乃であった。 手の中で薬の袋をもてあそぶ天乃。 「俺の家に……ヴェニアに何をした!」 「見ての、通りだよ。最近、有名になったし、お金、あるかな、って」 「貴様……!」 牙をむき出しにして斬りかかるスペラ。 ベランダの縁から飛び上がって回避する天乃だが、すぐに足を掴まれて再び手すりに叩き付けられる。 「勇者様、お下がりになって!」 追撃にと剣を繰り出す撫那。 両手に二本持ちした剣は見事に敵の胸を切り裂き、天乃は血を吹き散らしながら高いベランダから落下していった。 マンションの12階である。命はあるまい。 スペラは一息ついて、ハッと顔を上げた。 「ソラ先生、妹は……!」 「大丈夫。これは私の血だよ。それより薬が一緒に落ちていったでしょ、取りに行かなきゃ」 「そ、そうですね。妹を頼みます」 「はいはい」 スペラは部屋を出ていった。 振り向くスペラ。 閉じゆく扉の向こうに見えたのは、血まみれで眠る妹ヴェニアの姿だった。 ……それが、彼女を見た最後の瞬間であった。 ●『SPERA VENIA』急 気づけばマンションが崩壊していた。 落下した天乃を追ってマンションの裏手へとやってきた直後のことである。スペラの後ろで巨大な雷が走ったかと思うと、ビルが跡形も無く崩れていったのだ。 雷の翼をはやした異形の女が、こちらをとっくりと見下ろしている。 「ヴェ、ヴェニア! ソラ先生! 撫那ぁ!」 「馬鹿っ、何やってんだ巻き込まれんぞ!」 偶然近くまで来ていたコヨーテがスペラを羽交い締めにする。 暴れるスペラをうっとりと見下ろしながら、異形の女は笑った。 「私は杏。神様よ」 顔を引きつらせるスペラに、満身創痍のソラを投げてよこす。 慌ててキャッチするスペラ。 「疑ってるの? 本当よ。『それ』をやったのも私、『これ』をやったのも私、それに……」 ソラと、崩壊したマンションをそれぞれ指さしたあと、杏は両腕を広げて『世界』を指した。 「『こんなふうに』したのも、私」 「どういう意味だコラ……」 拳を握って唸るコヨーテ。 慌てて駆け寄ってきた郷が、息を切らして見上げる。 杏は薄ら笑いを浮かべて言った。 「革醒病も、エリューションも、私が蒔いたって言ってんのよ。アナタみたいのが出てくるのが面白くって」 「ンな、理由のために……!」 今にも喉元へ食らいつきそうなコヨーテ。そうしている間にもそこらじゅうからエリューションが沸きだし、彼らを取り囲んでいった。 だがスペラは……スペラはそれどことではない。 「妹さんが心配って顔よね。大丈夫、ちゃんと生きてるわ。アタシと遊んでくれたら返してあげる」 「なんだって?」 「返すだけじゃ一方的よね。じゃあもう病気に苦しまないようにしてあげるっていうのはどう?」 「そんなこと……」 病気を治すということか? いや、できるかもしれない。この病を蒔いたのが彼女だというのなら。 「もし遊んでくれなかったら、すねて『首から上だけ』返しちゃうかも」 杏はそこまで言うと、彼方へと飛び去っていく。 「ピンク髪の子に地図を『入れて』おいたから。ちゃんと取り出していくのよ」 地図? ついてこいとでも言うのか。 だが、今はエリューションに囲まれている。 コヨーテや郷、目を覚ましたソラたちが戦っている。 これを何とかしなければ……そう思う暇も無く、明後日の方向からうなり声と共にピンク髪の女が飛びかかってきた。 目を血走らせ、ギザついた二本の剣を叩き付けてくる。 反射的に振り返り、受け止めるスペラ。そして目を剥いた。 「お前は……撫那?」 裏切り? そんな筈は無い。 「なにも知らずに死ぬのが幸せですわ勇者様。わたくしも、あなたも!」 「何言ってるんだ、撫那!」 滅茶苦茶に剣を振り回す撫那。スペラはそれをなんとかしのぎながら首を振った。 腹からうなりを上げる郷。 「クソッ! 全部仕組まれたことだったんだ! スペラ、俺は確信したぜ。あの元凶をとっちめて、俺たちの世界も、ヴェニアちゃんも取り返すんだ! そうだろうスペラ!」 「俺は……俺は……でも!」 「バーッカ野郎。いいから行けよ、ホラ」 コヨーテが、人型エリューションの顔面を握りつぶしながら言った。 「ここはもってやっから」 「でもっ」 「オレは負けねェよ。だがどうしても連れていきてェんなら、コイツを代わりにな」 首に巻いた赤いマフラーを投げてよこす。スペラはそれを掴んで、杏の飛び去った方向へと走り始めた。 行く手を塞ごうとしたエリューションを蹴り飛ばすコヨーテ。 彼は走り去るスペラに背を向けると、にやりと笑って足下のエリューションを踏みつぶした。 更に後続から来る鳥形エリューションの眼球に両手を突っ込んで固定し、地面に叩き付けて潰す。 「エリューションは粗方片付いたか。すっと次は……?」 途端、腹から剣が突き出る。背中から撫那によって貫かれたのだ。 「……あァ、そういやオマエ、忘れてたわ」 血を吐き捨て、よたよたと歩く。 振り向き、目を炎のように光らせた。 人間とは思えぬ咆哮と共に、撫那の頭を拳でぶち抜く。 飛び散る内容物を身体に浴びながら、コヨーテはその場に倒れた。 倒れて、死んだ。 犬のように、死んだ。 町外れを走るトラック。 元は大都市だったと聞くが、今や廃墟とそれを住処にする貧民だらけになっていた。 そのずっと先に巨大な劇場がひとつだけぽつんと建っている。 「見ろ、コヨーテがとってきた地図の通りだ」 劇場の前に車をとめ、郷はまぶしげに目を細めた。 助手席から下りるスペラとソラ。 「先生まで来ることなかったのに……」 「いいの。ヴェニアのこと、私だって気にしてるんだから」 それ以上は言うなという目でスペラをにらむソラ。 スペラは頷いて、劇場の扉を開いた。 ひび割れたタイル床を歩いて行けば、コンサートホールへとたどり着く。 最低限のライトしかついていないからか、とても暗い。 そんな中に杏は居た。 「ようこそ、よく来たわね」 「ヴェニアはどこだ! ヴェニアを返せ!」 叫び立てるスペラの声が劇場に響く。 「せっかちは嫌われるわよ。新しく作った怪物と遊んでみせてよ。その後にしましょ」 スポットライトが下り、観客席の一つからゆらりと怪物が姿を現わした。 怪物。そう呼ぶほか無い姿だ。奇妙な色の肉塊を滅茶苦茶に積み重ねたような生き物が、もごもごと蠢きながらスペラへと近づいてくる。 吐き気を……しかしそれ以上の怒りを感じながらスペラは怪物を切り捨てた。 抵抗らしい抵抗はない。 「ご自慢の怪物は殺したぞ。次はどうして欲しい。お前を殺して欲しいか!」 怪物を足で踏みつけにし、剣を構え直すスペラ。 だが足下の感触に違和感があることに気づいた。 視線をやる。 「え?」 猿ぐつわをした妹ヴェニアが、身体を真っ二つにされて転がっていた。 それを今、スペラは踏みつけにしていたのだ。 「あ、あ……ああああああああああ!」 背後のソラが頭を抱えて悲鳴をあげた。 「あなた、なんてヴェニアを」 「ち、違」 「人殺し! 来ないで!」 ソラはわめき散らしながら逃げ去っていく。 呆然とするスペラに、杏の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 「ぎゃははははは! いまどんな気持ちぃ? 守りたかった妹ちゃんを自分で殺しちゃって絶望しちゃった? アタシに逆らおうなんて調子にのっちゃってさ、まだ気づいてないの?」 「貴様……貴様だけは……」 「アンタもアタシも、同類になろうとしてんのよ! そんなことにも気づかないでさ!」 スペラは、砕けんばかりに歯を食いしばった。 剣を握り。 血の涙を流し。 妹の血肉で汚れた顔をぬぐい。 咆哮した。 「殺してやるううううううううううううううううううううううううあああああああああああ!」 ●『SPERA VENIA』闇 コンサートホールの真ん中に横たわる杏。 腹に刺さった剣が、まるで墓標のように突き立っていた。 ホールは既に炎に包まれ、がらがらと崩れ始めている。 炎上し、潰れ行くホールから一人、満身創痍で出てくるスペラ。 彼を出迎えたのは、沢山の市民たちだった。 巨悪を打ち倒した勇者の凱旋か? 開放された市民たちからの祝福か? 嗚呼、然様な世界ならば幸せだったろうに。 スペラへ最初に投げかけられたのは、石と腐った卵だった。 「あいつよ! あいつがヴェニアを殺したの! 私の目の前で……この、人殺し!」 誰だ? 胡乱な意識の中で目を細めると、石を持ったソラが自分を指さして叫んでいた。 次々と投げられる石。 斧や剣を持った人々が群がり、悪魔の最後だと言って自らを切り刻んでいくのが分かった。 分かったが……。 もう、どうでもよかった。 暫くなぶられた後に残ったのは、五体もろくに動かぬスペラただ一人だった。 「あれだけ嬲られても、まだ生きているんだ。すごいね、キミは」 すぐそばにかがみ込む寿々貴。 いつからそこに? わからない。 もうなにも。 「失ったものは……喪ったものは大きかったね。でも君は、世界を救ったんだよ。おめでとう。祝杯を、あげようね」 寿々貴は安い酒を直接口に含むと、スペラに唇を重ねてやった。 喉を通っていく酒の熱。 やがて意識は遠のき。 そして勇者スペラは。 死んでいった。 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016) 『箱舟まぐみら水着部隊!』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329) 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582) 『まごころ宅急便』安西 郷(BNE002360) 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936) 『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561) 『悪木盗泉』霧島・撫那(BNE003666) 『氷の仮面』青島 沙希(BNE004419) そして世界は救われた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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