● 日が暮れていく。僅かにオレンジの名残に染まる藍色の空一面。きらめく星はひとつふたつ、両の手でも足りないほど。 手を伸ばしても届かない。流れ落ちる星は遥か遠く。けれど、ほしいと手を伸ばして。 こつん、と。掌に一つ。確かめる間もなく、またひとつ、ふたつ。 濃い色の空に滲む淡い光の帯。止め処無く落ちては煌めくのは、手には取れないはずの星屑達。 目を擦っても覚めない。一夜限りの星の雨は、口に入れれば仄かに甘く溶けていった。 ● 「はい、夏休みです。夏休みよ。大事なことなので2回言いました。もう一回言っておきましょうか、夏休みです。……いやー、アークってほんといい職場よね。福利厚生の充実ってすごく大事だと思うの。ま、そう言う訳で。……今年も夏の海とか如何?」 団扇をひらひら。何時も通り、否、何時も以上に機嫌よさげな『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は、面白い話があるの、とリベリスタを手招く。 「去年は光る魚だったけど、今年はまた違う面白いものが見れるわ。……流星群が降るの。あ、もちろん普通のじゃないわよ。神秘たっぷり特別製。触れるお星さまが降ってくるのよ。 光ってるし、見た目は本当に空の星みたいなもの。でもまぁ、当然ながらアザーバイドが運んでくれた産物よ。識別名は『ホシフラシ』。気まぐれに他のチャンネルにやってきて、作りすぎちゃった『商品』をおすそ分けしてくれる可愛い子。 まぁ、その『商品』がお星さま、ってこと。彼……彼女なのかしら。わかんないけど、職業は所謂お菓子屋さん。降ってくるのは要するに、お菓子みたいなものよ」 勿論このチャンネルに影響はない。気まぐれな彼らは世界に愛される存在なのだ。ざっくりとした説明。大体わかった? と首を傾けた彼女が差し出したのは、よく見る砂糖菓子だった。 「こんな感じの、金平糖みたいなのが降ってくる。でもまぁ、本物さながらよ。光ってるし、もちろん触れる。口に入れれば甘いらしいけどまぁそれはあたしも未体験。 ……因みに、水に触れると溶けて消えちゃう。当たっても痛くない、って言うか、すごくゆっくり落ちてくるからまぁ安心して。あとはー……そうね、夜が明けると消えちゃう。 これは、まぁボトムとの相性の問題みたいね。残念だけど、今日だけの楽しみってことでよろしくね。降る場所は、一応この辺りの海岸周辺。ほかにも遊ぶ予定あるだろうし、まぁ暇な時にでも眺めに来てよ。 そういうことで。……ま、せっかくの夏休み、あんたらも楽しみなさいね」 それじゃあまた。ひらひら、と手を振って、フォーチュナの姿は外へと消えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月10日(火)23:00 |
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● 白が潮風と揺らめく。合間に覗く茨と、微かな音を立てる手首の貝殻。夏らしいそれに身を包んだ嶺の手を取って共に波打ち際を歩く義衛郎は、己の服装の情緒の無さに少しだけ笑った。休日ファッション万歳。情緒の欠片も無いけれど。 「うん、甘い。……潮騒の響きも耳に心地良い」 「波の音って、なんでこうも落ち着くのでしょうねぇ」 星を摘まんで一口。隣に居るのは恋人なのだし、これはこれで風情があるのだろうか。そんな足元を過ぎていく小さな影。スベスベマンジュウガニの甲羅にもこつん、と降る小さな星屑。つられて、今度は天を振り仰いだ。 満天。今にも降ってきそうな程の星空。あの星とこの星を繋いだら星座になるのだろうか、と目を細める嶺の横で、義衛郎が思い出すのは幼い日に見た同じ位美しい星空。手を伸ばせば届きそうなくらいの。 「“降ってきそうな星空”って、こういうの言うんだろうなあ」 「本当に降ってきそうですよねぇ。輝きが違いますもの」 都会では絶対に見られない。澄んだ星明りはけれどこの手の中にも。きらきらしたそれを口に運んだ。嗚呼、少しだけお笑いみたいだけれどそれもご愛嬌。折角なのだから、両方心行くまで楽しめばいいのだ。 煌めきが、海面に触れて溶けるように消えていく。優しい光は幻想的で。そっと伸ばした手に零れた星屑を掴んで、アリステアは可愛い、とその表情を緩める。金平糖みたい、と振り向いた先では涼もまた星空を見上げ目を細めていた。 満天の星空は手が届きそうなんて言われるけれど、まさか本当に手が届くだなんて。届く筈がないと思っていたものだったのに。掌で煌めくそれを、一粒。口へ運んだ。 「すごく甘いし。夢がある星だよね」 「うん! ……あのね、あの時泣いちゃって言えなかった事、ちゃんと言いたいなって思って」 不思議そうな色を浮かべた瞳に確りと向き合って。思い返すのはまだ記憶に新しい花降る日の事。あの日の涙は驚いたからでも悲しかったからでも無くて。ただ、嬉しかったのだ。 「わたしも、涼の事が大好きです。……これからもお傍に置いてください」 どうしても下がってしまう視線。少しだけ間が空いて、聞こえたのは小さな笑い声。嗚呼、本当に可愛らしい。傍においてなんて願いは嬉しいし愛おしい。けれど、少しだけ違うとも涼は思うのだ。 彼女が彼女の意思で傍に居てくれる事が、自分にとっては何より嬉しい。そう告げながら一歩だけ近付いた。 「それにさ。届かない、て思ってたキミに手が届いて。今幸せだよ」 こんな風に。甘いよ、なんて言葉と一緒に差し出される星と、間近で覗き込む優しい笑顔。一気に熱を増す頬を押さえて、反則だと呟けばまた笑う声。嗚呼、好きだなぁ、なんて。思って、溶けていく甘さを飲み込んだ。 「これも甘いけど、涼の言葉と笑顔の方が甘いよ……ね?」 その甘さは自分にだけなのが、この上ない幸せだ。 かちん、とグラスのぶつかる音。一口、グラスを傾ければ広がる豊かな香りは砂糖菓子にも似合いのブランデーのそれ。いい肴だと星を摘まむ数史に、風情がある、と伊月は笑った。 一人では呑まないと決めている自分を助けると思って。そんな誘いにぎこちなかった表情も今では随分楽しげだった。 「昔、バイクで遠出したりもしたけど、街を離れると星が本当によく見えるんだよな」 まさか実際に降るなんて思わなかったけれど。肩を竦めれば重なる笑い声。手を差し出せば淡い光が幾つも折重なる。この瞳に映る神秘全てがこんなものだったなら。滑って落ちた星は転がって、波に攫われ溶け消える。 「こういうのなら、神秘の悪戯も悪くない……そう思わないか」 「……こう言うのばっかりにできるようにするんで」 これからもお願いします。そんな声に目を細めた。嗚呼。どうか今日だけは。この時間が皆にとって良い夜であるようにと、願わずにはいられない。 砂を踏む音。共に隣を歩く狩生を見遣って、よもぎはぎこちなく、潮風に揺れる帽子を押さえる。可愛らしい白と水色。似合うと告げる声に慌てて店員に勧められたのだと告げた。 年甲斐無いとは思うけれど、自分の肌でこの雰囲気を楽しんでみたくて。纏うそれは可愛らしいけれど。思わず、その手が眉間に伸びる。 「……いや、しかし、思いの外恥ずかしい」 よくお似合いだと笑う声に、気恥ずかしげに空を見上げた。日の落ちた砂浜は散歩向きだ。嗚呼、そう言えば去年も、こうして彼と顔を合わせた。楽しい想い出だと告げれば、良い日でしたと細められる瞳。 そう言えばあの日のハンカチはまだ持っているのだろうか。問いかけ首を傾げながら、木陰の傍で足を止めた。不思議そうな瞳に此処なら誤解の心配も無いだろうからと前置いて、見せたのは酒の瓶。 「どうだい、星と一緒に一杯付き合ってくれないかい?」 「喜んで。……想い出は大事にさせて頂いていますよ」 勿論今日と言う日も。並べたグラスにころりと、煌めきが零れ落ちた。バケツと両手いっぱいの花火。しじら織りの黒甚平を着た仁彦は、紺色の縞紬浴衣姿のゆきに綺麗だよ、と表情を緩めた。零れ落ちた星を一口。甘さを楽しみながら、火をつける。爆ぜる音。鮮やかな煌めき。 空に翳せば、嗚呼。 「まるで、流星」 「ほら、ゆき見て。こっちも」 花火の奥に見える流星を追う様に動かせば、彼女は嬉しそうに微笑んでくれるから。特別好きでは無い花火だけれど、幾らでも作ろう。2人だけの流星群だ。目を細める。此処には美しく、儚いものしかなかった。 海に溶ける一夜の夢、一瞬の輝きだけを残していく火花。なんて、素敵なのか。儚いそれに憧憬を向けた。こんなに優しく潔く儚く散って行けたなら。覚える感情は美しく無くて。そうだね、と呟いた彼が如何思ったのか確かめる間も無く。 「少しだけいい?」 「お好きに為さいな」 そっと、髪に寄る頬。頬を緩ませて、そっと後ろから抱き寄せた。細い体は確かに此処にいる。何て事は無い。只少しだけ何処かに行きそうな気がしただけで。こうしたいと思っただけで。居るから、何の問題も無いのだ。 察しがいい、と小さく笑う彼女の声。何時の間にか燃え尽きた花火に、星が当たって煌めきを零す。 ● 人気のない場所に適当に腰を下ろして。掌で転がす星の煌めきを頼りに互いの顔を確かめながら、木蓮と龍治は海を眺めていた。満天の星空。零れ落ちる星を受け止める夜の海。 「海に降ってくる星って、もう一つの空みたいで素敵だよなぁ……」 「言われてみれば、そう見えなくもない」 腰を落ち着けていい景色を見るのだから、折角だ。それをつまみに飲むのも偶にはいいだろう。取り出した酒の缶。それを横目で見つつ、木蓮は僅かに首を傾けた。折角、普段見られない光景の中に居るのだから。 「勿体ないし……折角だから、たまにはな?」 「勿体無い……?」 お酒はまた後で。だって、飲まれてしまったらキス出来ない。降り頻る星を口に含んで、そうっと唇を重ねた。されるがままの龍治にも伝わる甘さ。嗚呼、甘い。もう少し、それを味わいたかった。普段なら考えられない。誰かの目に触れるかもしれない場所だ。 けれど、抵抗する気にならないのは、この美しい景色の所為か。それとも、妙に蠱惑的な木蓮の所為か。思案して、嗚呼けれどもうそれも如何でも良かった。 何れにせよ、故に。仕方が無いのだ。今はこの甘さに酔いしれればいい。それ以外の答えは必要なかった。 少しだけ冷たい海の水が身体を撫でる。今年は折角レナーテが水着姿を見せてくれたから。共に泳ぎたかったと言う快は、確りと手を引いて夜の海を泳いでいた。其処まで有難がる事でもないのに、というレナーテが何処か不安げに手に力を込める。 夜の海は、綺麗だけれど少し怖かった。飲み込まれてしまいそうとでも言えば良いのか。何も見えないからなのか。常日頃から死と隣り合わせなのに不思議な話だ。そんな彼女に少しだけ笑って、快は海を示した。 「今日は星の光の降る夜だから、海も星空を映したみたいに明るいよ」 だから大丈夫。けれどそれでも怖いのなら、自分に捕まってくれればいい。絶対に離さないから。其の儘泳いで、足が着かなくなったら彼女をそっと抱き上げた。岸は遠い。人は見えなくて。星空も海も、此処なら二人だけのもの。 そこまでしなくても大丈夫だ、とは思うけれど。レナーテは目を細める。折角だ、此の侭でも良いだろう。2人きりで、誰も居ない時くらいは。 「たまには、こういうのもいいわよね」 「ところで、水着のパレオ、取ったところは見せてくれないの?」 それこそ折角二人きりなのだし。もっともっと、彼女の綺麗な姿が見たい。そんな言葉にやはりレナーテは少しだけ笑って。伸びた手が結び目を解く気配に気付けるのは、快だけだ。 砂浜を歩く姿は偶然どちらも浴衣姿。何処か物寂しげなリリに声をかけた風斗は、他愛無い言葉を交わしながら景色を眺めていた。寄せて返す波に触れたり、星を集めたり。そんな彼女と肩を並べ、脅威を乗り越えたのだ。 だからこそこの静かな日常がある。なんてことない時間ではあるけれど、これを得るための戦いであったのならば命を懸けた甲斐もあっただろう。そんな彼の前でリリは小さく、手が届くと言う事は素敵な事だと呟く。 「届かないもの、届かなくなってしまうものはあまりに多くて――」 「……失うことは怖いけれど、だからといって手を伸ばさないのは寂しいです」 返る声。そうですね、と笑った。傍に人がいる事はとても暖かい。こんな風に優しい日々が途切れずに続く事を願っては駄目だろうか。そんなリリを見遣って、風斗は少し笑う。 「オレは、貴女の手の届く場所にいつでもいますから」 「……有難うございます」 そんな言葉が嬉しくて。思わず伸びた手の行く先は――なんて。一部始終を偵察……いや端的に言えば出歯亀しに来た明奈は、おーおーと一眼レフを覗き込む。勿論三脚と望遠もばっちりだ。何やら噂の漏れ聞こえる2人を追跡! なんて。 アイドルと言うよりパパラッチ的だが。寧ろパパラッチされるべきはアイドル明奈の気もするのだが。 「ベタベタしおって……あれで「オトモダチ」ですってェ!? アア!?」 おっと。思わず出た言葉を呑み込み静かに静かに。けれどなんと言うかこう、むかつくのだ。砂に混じった星を一掴み。散々風斗目掛けて投げつけて。はあ、と息を吐き出した。まぁ気も晴れた事だし。景色を楽しむのもいいだろう。一口、星を放り込む。 「あ、美味いなコレ……」 そんな明奈の元にも、星は絶え間なく振り続けていくのだ。 ● 「もう酔いは醒めた?」 「大丈夫、心配かけてごめんな」 二人きり。少しだけ羽目を外しすぎてしまった自分を気遣うレイチェルの声に、夜鷹は酷く落ち込んだ様子で己の手元を見詰める。彼女に心配をかけてしまった。その上、この前だって完全に護り切る事さえ出来なかったのだ。 醜く汚れた羽はけれど、彼女を守る為にあるのに。そんな彼にそっと寄添って、レイチェルは小さくごめんね、と囁いた。戦いは嫌いだと言っていたのに。そう思って、彼女もまた手を見詰める。 見ていただろう。殺して血に塗れてそれでもまだ戦いを求める自分の姿を。自分だって決して綺麗では無いのだ。純粋では無いのだ。視線が動く。見つめ合った。 「それでも、俺は……君を受け入れるよ」 「私を受け入れてくれると言うのなら、私もどんな夜鷹さんでも受け入れるよ」 優しい声。けれど、良いのかと夜鷹は迷うのだ。出来た人間じゃあない。生きる為に醜く血を這いずり血を啜って生きてきた自分を受け入れるのか。受け入れられていいのか。降り注ぐ星のように美しくあることは出来ないのに。 けれど。其れさえも。レイチェルは拒まない。そんな彼だからこそ惹かれるから。そっと、手が伸ばされる。きっと自分達は似た者同士なのだ。だから大丈夫。 「ねぇ……一緒に、いきましょう?」 「俺だけの黒猫。……好きだ。ずっと、」 俺の傍に居てくれ。囁くような声。絡めた手の中に星が零れる。受け入れるのだ。自分を。彼女を。この先を。そんな彼に微笑んで、レイチェルはそっと、その唇を寄せる。嗚呼やっとこの言葉が聞けたのだ。この言葉が、言えるのだ。 「私の命が尽きるまで、ずっと貴方の側にいるよ。……大好きです、夜鷹さん」 重なった唇は、何時かのそれよりずっと甘かった。敷いたレジャーシートまで星空のようで。手を握り合って大好きな糾華を見遣るリンシードは、嬉しそうにその目を細めた。嗚呼。零れ落ちる星が彼女をこんなにも美しく飾ってくれるのだ。星空も綺麗で、糾華も綺麗。 「綺麗ね、星空……」 「本当に、本当に凄く綺麗です……」 そんな視線の先で、糾華は美しい贈り物にその瞳を細めていた。星の海。零れ落ちる煌めき。さらさらと落ちて来るそれに視界を奪われるのも仕方のない事だ。何て思いながら、リンシードを振り向けばばっちり重なる視線。気恥ずかしくて互いに視線を逸らした先にあったのは、きらきら光る星達。 「はい、どうぞ、お姉様」 「うん……とても甘いわ」 貴女も、と差し出される煌めき。広がる甘さに微笑んで。つられたように笑ってくれる糾華が綺麗で。嗚呼、もっと見たい、と手を伸ばしたくなってしまうのだ。まるで星のようだ。何処までも追い求めてしまいたくなる煌めき。 「もっと、お姉様の事が知りたいです……」 「ずっと傍で、見ていて欲しいわ。もっと私を知ってほしいわ。……だから」 いいのよ、と。パーカーを握る手ごと、リンシードの身体を抱きしめる。きらきら、落ちかかる星が水色の髪を滑って行く。 腕の中の温度。確かに存在するそれを、確りと抱き締めて。竜一は流れ落ちるユーヌの黒髪を梳く様に何度も、何度も撫でていた。手に感じる彼女の感触を確かめる様に。何か不安なのだろうか。それに気づいたユーヌの手がそっと、竜一の腕を抱き締め返す。 体温も鼓動も落ち着くけれど。早鐘を打つそれを気遣う様に、腕を撫でる。小さな手。嗚呼、この手がこの身体が傷つく度に竜一は不安になるのだ。敵を倒す事は出来たけれど、次の敵は未だ存在する。また彼女が怪我をするのかと思うだけで心配で。 思わずぎゅっと抱き締めて、頬を寄せた。そんな彼の腕の中で薄く目を開けて。ユーヌの手が撫でるのは、薄く残る傷跡。幾度も重ねたそれは消えずに残る。気付けば無茶をする彼を、止める言葉を自分は持たない。 けれど、心に訴えようとしてもその術を知らないのだ。ああならば。踏み込み己に傷を増やし、気付かせるしかないのだろう。互いに互いの想いに気付かない。愛し合う故の不安とすれ違い。紛らわす様に、竜一は星を舐めた。 「ユーヌたん、愛してる」 「私も愛してるぞ?」 頬をぺろり。其の儘、そっと重なる唇にユーヌが擽ったげに目を細める。口付けは甘い。不安を拭い去るように、甘いそれがもう一度重なった。 ● ゆらゆら。静かに揺れるボートの中で。星を眺める未明を眺めて、オーウェンは面白そうにその目を細める。天変地異でも起こるのだろうか。この恥ずかしがり屋の最愛の彼女が、こうして自分を誘ってくるなんて。 静かな所を選ぶ彼女らしさは健在だが。そんな考えを知ってか知らずか、未明は小さく、神秘って何でもあり過ぎだわ、と呟いた。星が手に取れるなんて。指先に触れたそれを口に運んで、あ、と視線を戻す。 「そういや、こないだの飴どうだった? 誕生日にあげたやつ」 「ん、美味しかったぞ? ……愛情を味わった気がしたな?」 毎年内容に悩み抜くからこそ、今年は苦肉の策だったのだが。わざとらしく返された恥ずかしい台詞にならいいわと視線を逸らして。沈黙。小さく息を吸って、もう一つ、と手招いた。 「ちょっと、こっち」 今日だけ特別。そんな囁きと共に、重なる唇と、そっと渡される甘さ。オーウェンの瞳が驚いた様に瞬き、けれど直ぐに優しく応じた。嗚呼。本当に天変地異でも起こるのではないだろうか。明日以降はしない、と言う彼女を確りと抱き締めて。 けれどそれでもいい、と目を伏せる。それが代償であろうと自分は喜んで受け入れるだろう。今こんなにも、幸福なのだから。 星に手を伸ばしても普通は絶対に届かない。けれど今日だけは特別で。伸ばした手が本当に星を掴めるのだ。素敵だね、と笑う瑞樹の手に煌めく色。優希にも見えるように、空に掲げた。 本当に星が金平糖になるなんて。この世の神秘は実に面白い。そんな彼の視線が此方を向いたのに気付けば、嬉しそうに笑った。 「ねえ、優希。流れ星を掴んじゃった」 「星を掴むとはお見事だな」 これだと願い事は叶え放題なのだろうか。無邪気な笑み。ああ、彼女の澄んだ心が願いをかけるのならば、天も応えてくれるだろうか。視線の先で一歩前に出た彼女が、真っ直ぐ此方を見詰める。 「星降る夜には願い事。ねぇ、優希。貴方なら何を願う?」 私は内緒。楽しげな声に、言いかけた願いを飲み込んだ。俺も秘密だ、と悪戯心を交えて笑った。掌に零れた煌めきを、そっと握り締める。願いはこの手で掴み取るものだけれど。運命の悪戯や運は存在する。 そして。自分の願い事は既にこの手にあるのだ。彼女が、幸せであるように。それが叶っているのだから、維持する努力を積み重ねればいい。そんな彼の前で、瑞樹は星を口の中へ運ぶ。甘い、と微笑んで。 「だってね? 流れ星にお願いなんてしなくても、もう叶ってるんだもの!」 同じように星を食べた優希を見詰めて笑う。大切な人と一緒に居られますように。その願いはもう確かに叶っているのだ。共に過ごすこんな夜が、未来に続けばいい。大切な笑顔を見詰めながら優希もまた、そう願わずにはいられない。 都会から遠く離れて輝く満天の星は、ゆっくりとこの世界に幸福を届けてくれるようだった。降る星は綺麗で、吸い込まれそうで。それを嬉しそうに見上げる雷音と寄添えるのなら。虎鐵に見える世界はもっと美しく見えるのだ。 「ホシフラシは優しいんだな」 世界が優しくあればいい。こんな風に。それは報われない祈りかもしれないけれど、祈るのを止めれば願いはもうずっと叶わない。ならば祈りとはきっと、自分への誓いなのだろう。そう思わないか、と雷音が問う声に視線を落とした。 この少女をしあわせにすることが、自分の生きる意味。存在価値。その心も祈りなのだろうか。考える前で、星を一口。甘い、と小さく呟く声。 「ホシフラシはこの世界の星をこんな形で見ているのだな」 優しいホシフラシ。嬉しいな、と笑う彼女に頷いた。こんな綺麗なものを作れる人に、悪い人はいない。そう告げて、ふと。自分は如何なのだろうと思った。自分は今いい人だろうか―― 「虎鐵、あーん」 差し出される星。普段なら絶対に自分からしないそれだけれど、優しさに触れたから。この喜びのおすそ分け。そんな彼女の指先から一粒。何時もと違うそれに気恥ずかしさを覚えながら。虎鐵もまた、一粒そうっと、雷音の口へと運ぶ。 「う、うむ……ほら雷音。あーんでござる」 互いに感じる甘さは、やはりとても優しかった。 ● 二人並んで、浜辺で星鑑賞。関係は勿論誘拐犯と幼女では無くメル友らしきものなエリエリと存人は浜辺に積もり始めた星屑に視線を落とす。 天文学にも詳しいエリエリが星座を探す様に手を伸ばせば、落ちて来る甘い星。中で見るのも良いけれど、今日はきっと外の方が綺麗だっただろう。海に空の光が映り込んで、落ちて来る煌めきは蛍よりずっと数が多くてきらきらとしていて。仄明るい世界は美しい。ぽちゃん、と水面を叩いた星が、煌めきを残して溶けていく。 「砂浜に落ちたおほしさま、きらきらして、すごいです」 「水に触れたら消えるというのも少し勿体無いですけれど」 そんな囁きを聞きながら、景色を眺めるエリエリの表情は優しい、年相応の少女のそれだ。それを視界に収めながら、一口。甘い星の煌めきに、何だか不思議な生き物になった気分だと存人は呟く。 「こんな素敵なお菓子がある別世界、覗いてみたいものですね」 「そうですね、でも、この景色は、この世界だけなのです」 一杯集めたいだろうか。それともゆっくり見たいのだろうか。確かめる様な問いに、何時もなら独り占めしなくては! と言う所だけれど。こんなにも溢れているのなら、そんな必要もないだろうから。ゆっくりゆっくり、目に焼き付けたかった。 「あ、味見まだでした。あーん」 「……ああ。はい、あーん」 煌めきが口の中へと消えていく。ほんのり広がった甘さに、微笑む顔はやはり優しかった。 広げておいたシート一杯に積もった星。虫取り網(未使用消毒済み)と共に帰還した綺沙羅は満足げに頷いた。昆虫採集ならぬ星採集。甘いムードは視界の端にも収めずに只管その手は華麗に網を振るっていた。 山になったそれに、一度網を置いて。今度は硝子瓶に丁寧に詰め込んでから、一口。優しい甘さが溶けていくのを感じながら、瓶を僅かに揺らした。 「朝日が登ったら消えちゃうとか勿体ないな……どうにかして賞味期限延ばせないかな?」 魔術知識フル回転。朝日が駄目なら光を遮ればいい。星明り程度は必要なら逆プラネタリウム構造? 空気が駄目なら真空パック? 試行錯誤しつつ、また一口。 糖分補給もばっちりだ。夜は長いとその手がまた網を握った。 「やぁ、1人かね?」 声と共に伊月の横に腰を下ろせば勿論と返る声。海へ零れる星を眺めながら、朔は悪くないと呟いた。害悪でない神秘は嫌いでは無い。特に、こんな景色を見せてくれるのならば尚の事。其処まで考えて、嗚呼、と思い出した様に立ち上がった。 「この水着、どうだ? 似合うかね」 「いいんじゃねーの?」 何時も通りの返答。目を細めて、息がかかる程に顔を寄せた。僅かに見開かれる目。もう少し女性の喜ばせ方を覚えるべきだ。そんな言葉と共に肩に手を乗せ、耳元に唇を寄せた。 「私の連れ合いになってみるか? 強い男は好きだ。君にはその資格がある」 甘さを含むようなそれ。返答が紡がれる前に、小さく笑った。冗談だ。今は、だが。離れる手。立ち上がって、そう言えば彼と会う時は常に変わったものが降っているな、と小さく笑った。 「次に何か降ったらまた君に会える事を期待しよう」 「……、そう思うなら精々自分を大事にしろよ、朔」 ひらひら、と。揺れる手と共にその姿は浜辺の向こうへ消えていく。受皿代わりに差し出した手にひとつ。煌めくそれは話によれば甘いらしい。拓真の手で転がるそれを見遣って、真似る様に差し出された手にもひとつ。仄かな青白いそれを、悠月は興味深げに見つめた。 「これだけ星が落ちて来るのなら、願い事の一つや二つは叶うかも知れないな」 流星とは違うかもしれないけれど。少し笑って、そっと星を撫でる。神頼みに頼る心算は無い。この手が出来得る最大限の努力こそが、己の願いを叶えてくれるものだと信じているから。けれど。こんなにも穏やかな日常の中なら。 「悠月は、何か願い事らしい願いはあるのか?」 無いなら内で彼女らしいのかもしれないが。そんな問いに、僅かに首を傾ける。流れ星に願い事。それ自体が儀式なのだから見立てを変えれば成り立つ――だなんて思案と共に、少しだけ考えて。 けれど願い事は出て来ない。自分の力では無く。願う、こと。 「……難しいですね。拓真さんは何かあるのですか?」 「そうだな。せめて、祖父の齢以上は生きねばならんかな、と最近思うんだ」 まだまだ遠い話だ。目を細めて、また少しだけ笑った。もう一つ。星にかけるのではないけれど。願い事にも似た思いは此処にある。そっと、手を伸ばして細い背を引き寄せた。 「その時は、隣に居てくれるか?」 自分より低い声。馴染んだ体温。嗚呼。自分にも彼と同じ願い事があったと、悠月は視線を上げる。漆黒の瞳と見つめ合って、微笑んだ。まだまだ長い時の間も。その先も。そして。 「――その時に、あなたの隣に居られますように」 ● 「空が、キラキラで綺麗ね……」 そう思わないか、と尋ねる声に狩生は小さくそうですねと返す。綺麗で、けれど手を伸ばすのは躊躇われる。一晩限りではあるけれど一度手が届かないものに届いてしまったりしたら。 もう一度、なんて我儘が出てしまいそうで。隣を見遣れば、狩生もまた手を伸ばさぬ儘空を見ていた。こうしてのんびり眺めるのもいい。そんな声を聞きながら、じっと見つめれば傾く首。 叶わないことに手を伸ばすのは諦めたけれど、ひとつだけ。目標が出来たのだ。そう告げた。 「それが、叶ったら……おめでとうって、言ってくれる……?」 「ええ、君の努力の結果ならば勿論」 無理はせずに、と薄く笑う唇。那雪の手にひとつ星が当たって落ちていく。腰を下ろした堤防にも星は降り積もっていた。偶然見かけた悠里の隣で(勿論not浮気)、シュスタイナは興味深げにその手に取った煌めきを悠里の髪へと振りかける。 「設楽さんは、恋人さんのどこが好きなの?」 「ん~、カルナのどこが好き、かー」 擽ったげに笑う彼に素敵な恋人がいる事は知っている。思い悩むような表情の後に、出てきたのは聖女みたいな人だと思っていたんだと言う、懐かしむような声だった。出会いは昨日の様でもう随分前で。 遠い存在に思えた彼女と時間を重ねていく内に普通の女の子なのだと知って。そうして、好きになったのだ。目を細めて、愛おしげに笑った。 「月並みだけど、今は全部好きだよ」 優しい所も、実は頑固な所も、料理がちょっとアレな所も。全部含めて。話す様子は穏やかで、幸福そうで。シュスタイナはつられて少しだけ笑う。嗚呼、わかる。本当に彼女が大切なのだと。 こんな姿を可愛い、だなんて言ったら怒られてしまうのだろうか。気恥ずかしい、と笑う彼に首を傾ける。 「シュスカちゃんもいつかそういう相手に出会えるよ、君も素敵な女の子だからね」 「私にもそんな人……ねぇ。そのうち現れたらいいわね」 何時の日か。こんな風に自分の事を話してくれる人に巡り合えたらいい。想いを馳せる様に空を見上げた。 綺麗だった。嗚呼、来訪者もそう思って、こんな雨を作ったのだろうか。掌の一粒を口に含んで、夏栖斗はその表情を綻ばせる。嗚呼、彼女もきっと喜ぶだろう。素直に教えてくれるかはわからないけれど―― 「お前も食べてみろよ」 「……後ろに誰か居たかな?」 誰もいないと分かっていた。けれど、一瞬。本当に一瞬だけ彼女が見えた気がして。けれど違うのだと自嘲した。独り言を聞かれて恥ずかしいと笑う彼の手の中から一つ。星を奪って食べて。しのぎは自分には見えないけれど、と呟いた。 「キミにはまだ『居る』んでしょ? これほどキミらしい事は無いと思うけどな」 「やっぱり寂しいよ」 如何していいか分からなかった。自分は彼女の面影をしのぎに求めているような狡い奴で。今だってもしかしたらを捨てられない。狡い。でも、それでも。過ごしたかったのだ。夏を。また、彼女と一緒に。 割り切れやしない。仇をとっても全て終わっても割り切れない。拳を握る彼の寂しさは、当たり前と言うべきものだった。嗚呼。これが分かるのも、受け継いだ意志故だろうか。 「後ろには居ないよ。そっちだよ、あの子が居るのは」 指差す。ずっと先。其処で彼女はきっと怒っているのだ。――貴方は目まで腐ってしまったの? それとも、私が眩し過ぎて見てられないのかしら、なんて。彼は追いかけるだろうか。追いかけたいのだろうか。 分からないけれど。しのぎは思うのだ。すぐに追いかける事も無い、と。 「らしくないよな、でも――」 「ちょっと位休んでも、怒られないよ」 きっとね。そんな声を聞きながら、落ちていく星を見上げた。嗚呼。好きだったのだ。好きなのだ。本当に。誰よりも、何よりも。きっと、一生懸命に護っている、世界なんかよりもずっと。小さく囁いた名前が潮風に攫われる。 恋の始まりは覚えているのに。恋の終わらせ方は分からなかった。否。分かりたくなかったのだろうか。一人きり。海を見詰める壱也はそっと、溜息に似た吐息を漏らした。 四ヶ月。一言残して消えた背中は、自分の中で大きくなり過ぎていて。自分を構成する世界に、心に、穴が開いた様だった。悲しくて寂しくて涙は拭っても止まらなくて泣くなと拭ってくれる手は無くてそれでも掴めないと分かっている手を、探して。 けれど。もうそれもお終いだ。紅のリボンを解いた。忘れられない。無かった事に出来ない。だから全部、確り仕舞って。少しだけ震えた手を伸ばす。ふわり、と風に舞い上がる紅。追いかけたくなってでも手を握った。 違えた道を歩く為だ。止まった時間を進める為だ。もう、泣かない為だ。去年寄添った温度は無いから。背筋を伸ばした。前を見た。 「ありがとう、さようなら、――大好きでした」 言えなかった言葉を風に乗せた。じわりと滲む綺麗な世界。ころころ、掌に零れ落ちたものをひとつ、口に入れた。甘くてしょっぱいそれを飲み込んで。少女は少しだけ大人になるのだろう。 潮風が肌を撫でる。零れ落ちる星が髪を滑り落ちるのを感じながら、エレオノーラは小さく子供の頃の事を覚えているかと、狩生に問うた。少しだけ、と返る声に微笑んで。自分はだいたい覚えていると短く告げた。 忘れたい事ばかりだ。星を見た日。実はあの頃も砂糖みたいなんてあまり思ってなくて。 「見捨てられたくなくて、そんな事ばかり言ってた」 平気だったのだ。自分を騙す位。他人なら尚の事。重ねた嘘は結局自分に帰って来て、今があって。けれど嗚呼。目を伏せる。夢みたい、と呟いた。あの日の自分に教えてやりたかった。それは嘘じゃないのだと。ちゃんと、本当になるのだと。 口に入れた星は甘い。溜息が漏れた。いいのだろうか。大事にしたい世界があって、大切な友人が隣に居て、幼い頃の嘘が本当になって。こんなにも幸せで、いいのだろうか。少しだけ冷たい風を感じて隣を見上げた。 「さ、帰りましょ」 「ええ。……そう言えば、水着もお似合いでした」 手でも繋ぐ? と笑えばはい喜んでと取られる片手。以前を思い出して小さく笑って、少しだけ痛む目の奥に、小さく息を吐き出した。 「……いけない」 泣いてしまいそう。言葉は飲み込む。世界は幸福だった。隣を歩く彼が何も言わずにぎこちなく、繋いだ手に力を込めるのを感じて。其の儘ゆっくり、煌めきの中を歩いて行く。 ● 今年は流星群。きちんと掴めるだろうかと空を見上げたけれど、どうやら杞憂だったらしい。一粒星を掴んだプレインフェザーの前で、颯爽と喜平の手が空へ伸びる。無駄に格好良い(当社比)動きで捕まえたそれをそっと大事なお姫様にお裾分けして、ゆっくりと浜辺を歩いた。 「今年も一緒に居られて良かった、……流石に今回はちょっと本気で焦った、かな」 居なくなってしまうのではないかと、思う事だってあるのだ。本物だよな、と確かめるように手を伸ばし触れる。温度がある。其処に居る。それを感じる少女を見詰めながら、喜平は小さく願い事か、と呟いた。 流星があるのならば願えばいいのだが、こうして平穏な時間を共にできる以上の何か欲しいもの等あるのだろうか。そんな彼の傍で、ぎこちなく、プレインフェザーはその手を引く。 「ずっと考えてた事があって。今更って感じだけど……これからは名前で、呼ぼうと思って」 喜平、と小さく呼んで。其の儘染まる頬。嗚呼、彼女の提案とはこのことだったらしい。勿論大概の願い事提案ごとなら迅速丁寧確実に対処するつもりだったが――これは。 「慣れるためにも これからもっと沢山、大好きな人の名前を呼びたい」 続く声。嗚呼。名を呼べば彼は遠くに行かないだろうか。もし遠くに行ってしまっても、この声はちゃんと届くだろうか。抱き続ける不安。それごと抱き締める様に、喜平は少女を抱きしめ笑う。 「よしこい……一生掛かっても叶えてみせる!!」 菓子より尚甘い彼女の願い事を、余す事無く堪能出来るように。確りと耳を寄せて。寄添う影から聞こえるのは笑い声だけだった。 はしゃいだ後はデザートと言う事で。星を摘まみながら海を眺める火車を見遣りながら、黎子は懐かしむ様に目を細める。もう一年だ。そう呟けば火車の視線が此方を向く。その瞳も雰囲気も、随分と変わったものだ、とまじまじ見詰めた。 「あの時ぁオレもー……どした?」 「ああ、いえ。宮部乃宮さんが随分優しくなってくれたと思いまして」 遊びにも誘ってくれるようになった。そんな声に火車が首を捻る。誘わなければ押しかけて来るのだから誘った方がましだ。何て声に、もしかして、と眉を寄せた。情けない所を見せすぎているからこその対応なのだろうか。 「……宮部乃宮さんって私のことどう思ってます? いや変な意味でなく。客観的に私ってどうなのかと」 「あ? 出会いたての頃ぁそりゃ~随分イラちってたモンで。ふざけるわ誤魔化すわ――」 淡々と続く罵声や非難。思い返す。けれど、まぁ。色々と聞いた昨今では色々と複雑な所もありつつ。ああけれど、この気持ちは何と形容するのが正しいのだろうか。 「大事……? いや……うーん、好きだな。ボンヤリだが……」 「ん……そうですか。今が良いなら悪い気は……しませんねえ」 照れ隠しに星ひとつ摘まみ。おいしい、と呟く顔を見詰めた。思い返す、表情。彼女の声。如何したって忘れられない愛しいひとと同じ顔。幾度となく影を追ってしまうのだ。その顔だから、自分の好意は生まれているのか。 この感情の出所が判らない。複雑すぎる心中に、僅かに毒づいた。どうなんだ、と呟いても答えはない。代わりに、機嫌よさげな黎子が此方を向いて笑うだけだった。 女性を誘う事。誘われる事。どういう事かと問われれば雷慈慟にはいまいち分からないものだった。恋愛や友情も同じだ。仲間意識は強い方である筈なのだが。僅かに首を捻る彼の様子にミサは少しだけ笑う。 感情は理屈では無いから。理解するものでは無く、そのうちふと湧き出す事もあるであろうものだ。そんな彼女に向き直って。 「紗倉御婦人には良く連れ立って貰い、感謝している」 「私の方こそいつもお付き合い頂いて感謝してるわよ」 新鮮な反応を見るのは微笑ましくて癒される。そんな声を聞きながら、雷慈慟はまた首を傾ける。情報を得たからこそ、誘ってみたのだが。何をすればいいのか。思い当たる事は無いに等しい。ならば、と手に取った星をミサへと差し出した。 夜の海は、少し怖くもあるけれど、光で彩られた光景は素直に綺麗だ。互いに一口。ふわり、と広がる甘さ。 「甘い……それにしても幻想的な風情だ」 「幻想的……ええ、雰囲気あるわよね」 その言葉に、嗚呼、と頷く。これこそ以前言われた雰囲気と言うものか。思い立って何時ものように自分の子を、と誘えば、困った様にミサが笑う。自分にも言うのね、と囁いた彼女は一粒、星を口に含んだ。 「酒呑さんの事は好ましくは思っているけれど……今子供が出来るのは避けたいわね」 何時かは分からないけれどもしも欲しくなった時は。そんな言葉に頷いた。望まれぬ子は自分も望まないから。 「ではその時は是非」 ころり、と零れた星をまた一口、口に含んで溶かしていく。 何時もの様に手を繋いで歩く砂浜は煌めきに満ちていた。片手に同じ煌めきを持って、ミカサは響希を見遣る。星は食べたのかと問えば頷く彼女に、面白がるように目を細めた。 「何色でもいいから食べさせてよ」 「……はいどーぞ」 生憎手は塞がっていると言えば口に入れられる白いそれ。広がる甘さと驚きに思わずぎこちない礼を告げれば何それ、と可笑しそうに響希が笑う。足を止めて、その髪を撫でた。僅かに傾げられる首。そっと、顔を寄せる。 「遅くなったけど、誕生日おめでとう」 そっと重ねる唇。この先もずっとなんて言うのは容易くて、けれどそれでも次の夏もこうして共に居られたらいい。嬉しそうに笑う彼女が水を克服出来たかも確かめねばとからかえば、もう、と肩を叩かれて。 少しだけ笑って、目を細めた。嗚呼こんなにも綺麗な想い出が、酷い夢を見続ける彼女の安らぎになればいい。 視界いっぱいきらきら。空も地上も星空沢山。折角なのだ、沢山沢山集めて一緒に食べてしまおうとあひるはフツの手を引く。消えちゃうだなんて勿体無い。海に落ちる星もみんなみんな捕まえよう。 「フツも、沢山あつめてっ! 走るよーっ!」 「うははは、大漁だー!」 上着広げて走り回って。上着一杯集めたら、其の儘座って一口。溶ける甘さに頬を押さえて、あひるの指先がもう一粒、淡い水色の光を摘まんだ。運ぶのは勿論、フツの口。 「優しい甘さで、美味しいね。フツも、走って疲れたでしょ? はい、あーんして」 「疲れも取れてく気がするなァ。あひるに食べさせてもらってるからかもしれないけどな、ウヒヒ」 飴のようでけれど知らない甘さ。不思議な事に食べ飽きる事も無くて。綺麗だな、と笑い合った。きっと、こんな色の星もこの世界にはあるんだろう。幾ら自分達でも宇宙に行く事は出来ないけれど、こうしていれば。 「宇宙旅行してるようなもんだよな。ほら、あーん」 一粒一粒、味わって。嗚呼、このまま夜明けまで。僅かに白み始めた空に気付けば、そっと、隠す様に星を手で包んだ。素敵な一夜は終わってしまうけれど。想い出の煌めきは消えないから。こうして二人で過ごせてよかったと、寄添い合う影は離れない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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