●境界線上の不遇な話 僕は余りにも無力だった。 君が初めて世界を望んだ日も、君が世界に裏切られたと信じた日も。 君が喜びに色付いた日も、君が絶望に焦がされた日も。 僕は表情一つ変えないままで、ずっと此処に立っていた。 二度と還らない平凡で平穏な日々への弔いの歌は、君の耳にはもう届かない。 こうして紡ぐ理不尽で無意味な言葉の羅列、僕が君に捧げられる哀悼も、君に聞こえては居ないのだろう。 あの日も、今も、これからも。 僕は余りにも無力だったから。 君を救うことなんて、きっと最初から適わない相談だったのだ。 ――祈りに絶望をもって答える、こんな世界の不条理には。 だから僕は決めたんだ。 もしこの身体が動くなら、短い間だけでも動いてくれるなら、君に一つだけ弔いを捧げようって。 君の為に、とても素敵な贈り物を用意してあげる。確実に、君の元に届くように。 その為なら、 「……そんなに望みが強いなら。ボクが協力してあげようか?」 ――……その為なら。 僕は、悪魔とだって契約してやる。 ●救いを祈った絶望の話 「ありがちな話」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の語り出しは、いつものように淡々としたものだった。 「病弱で外に出たこともなく、一人無味乾燥な日々を過ごしていた少女が、窓の外を行く少年に恋をした。だけど少年は気付かずに、少女も想いを告げられないまま死んでしまう。当然だね、彼女はロマンスのヒロインでもなければ病弱なだけの普通の少女で、気を利かせた使用人が手伝ってくれるような裕福な立場じゃないんだから」 平坦な口調には感情の混じる余地すらもないかのように、イヴの声はそよとも揺らがない。 「今時、三流の映画監督だって題材にしようとはしない。……だけど、それで済まなかったのが彼女の“人形”」 それまで覚え込まされた台詞をそのまま読み上げるかのような口調だったイヴが、そこで初めて表情を動かした。 ごく微かに眉を顰めて、モニターに映像を映し出す。 「天使像『グレース』。少なくとも彼女はそう呼んでいた。嘘か本当か、人々の救いを祈る天使というテーマで、無名の作家が作った人形らしいよ」 映し出されたその姿は、古代ギリシャ人のように白い衣装を斜に羽織った人形だ。――いや、人形だということは、ぱっと見には言われなければ分からないかもしれない。 まるでごく幼い少年のように、色白の手足には継ぎ目もなく、いかにもふっくらとした頬はほんのりと紅色に染まっていた。 くるくると短い金髪が渦を巻き、伏せ気味の瞼を縁取るのは長い睫毛だ。唯一生き物らしさを感じられないのは、その下から覗く澄んだ青の瞳が、やけに無機質に見えることだろうか。 人形であるが故に当然の事実でさえ違和感に感じるほど、精巧に作られたと分かる代物だ。 「モニターだから分かり辛いけど、大きさは40cmを少し上回るくらい。材質は木材だけど、その上から特殊なソフトプラスチックで覆っている所為であんまり人形らしさはないわ」 此処で話を戻すけど、と、イヴの左右で色を違えた視線が、リベリスタ達の方へと改めて向けられる。 「原因は分からない。だけど――『グレース』は“目覚めて”しまった。ご主人様の死後、革醒という形で」 漠然とした言葉選びだったがしかし、その意味するところは一つしかない。 「万華鏡が見せた未来は、彼が亡き主人である少女の為に、彼女の恋した少年を殺すこと。……少年の魂を、主人への贈り物にするつもりみたいね」 下された任務は、事件を未然に防ぎ『グレース』を討伐することだと、白い少女は平坦に告げた。 「『グレース』は深夜二時に、少年の家のすぐ近くにある公園に現れる。その後、家の二階にある少年の部屋に侵入して殺害……それが万華鏡の予知した“未来”」 そして、決して叶えさせてはならない未来。 任務内容を告げるイヴの声が、そこでふと響きを変える。 色の異なる双眸を軽く眇めるようにして、声がほんの微かに楽しげな揺らぎを宿した。 「天使は“眠れる魂”を連れて天に昇る。――あの“置物”も、そんな話を知っているのかもね……?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月22日(木)22:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 飛び飛びの街灯が朧に路地裏を照らす。 「ご主人様の為に、かぁ……ご主人様想いのいい子だね」 「善良……かどうかは兎も角としても、誰かが悪意ない願い事をしたからといって。それが他の人に害をもたらさないとは限らない、の典型ですよね……」 強結界を展開し、害無き人々の意識からその一角を刳り貫きながら呟く『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)に、カトレア・ブルーリー(BNE004990)も小さく頷いた。 「天使は死を運ぶ、成程道理には合いますが」 空を渡る人形は、成程、天使とは言い得て妙だったろう。幼子のようにも見える白い翼の人形へと視線を留め、『月虚』東海道・葵(BNE004950)は僅かに瞼を伏せる。 「主人は少年の死を望んでいるのか、果たして……」 囁きに潜む逡巡は、しかして最後まで言葉の響きを繋がなかった。 「何をどうすれば、この恋がハッピーエンドになっていたのか。不粋な私にはわからないものですね」 此方は背後から人形達を追う中で、落ち着いた声色に落胆と嘆きにも似た色合いを仄かに織り交ぜた呟きは、低く柔らかく『御峯山』国包 畝傍(BNE004948)の唇を零れ落ちた。 「ですが、誰が悪い事でもないのでしょう。それだけは理解できます」 グレースくんも悪い訳ではない、と、そう紡ぐ言の葉に真意が宿るか否かは他者には知れまい。されど――されど。 「人形の願いはちっぽけで短絡的で、そしてどこか一途で。儚いものね」 『まつろわぬ古き民の末裔』結崎 藍那(BNE004532)にとっても、他の誰にとっても、今や人形達は憐れみを傾ける対象だろうと嘲笑の為の贄であろうと同じことだ。 「間違った願いの行き着く果てを教えましょうか。哀れな天使に」 「ええ……ありきたりな話をありきたりに終わらせるため、彼らの暴走を止めましょう。世界はただ一人の為にあるものではないのです」 僅かに置いただけの距離で足を止めれば、人形達の背は惑うように虚空を揺らいでいた。 細い路地裏に挟み止められ進退を迷う人形は、背後からの『鏡花水月フルメタルクィーン』鋼・女帝皇(BNE004530)の言葉をどう受け取ったのか。 夜の静けさを『致死性シンデレラ』更科・鎖々女(BNE004865)のランプ、畝傍の有す軽やかな羽飾りがぼうやりと照らし出す。 「私は天使様の――その純粋さを否定します」 手にしたランプの明かりを揺らし、鎖々女は一歩、人形達へと歩み寄った。 「だってあなたは天国で再会してめでたしめでたしで締め括られると信じてる」 背後では仲間達の影に隠れるようにして、カトレアが純白の加護、奇しくも眼前の人形にさえ似た、天使めいた翼を仲間達へと授けている。 「夢も命も断たれた少年は元凶の少女を憎みやしないか、そんな想い人を前に少女が何を思うかさえ想像できずに……本当に少女の為ですか?」 ――自分が救われたいが為ではないと、少女と過ごした日々に誓えますか? 言い募る鎖々女へと硝子玉の視線を向けたまま、グレースがひっそりとその高度を上げる。リベリスタ達の頭上を越えなんとした人形達を、その間際に一つの声が縫い止めた。 「美しい姿をしてらっしゃいますが、唯の死神でしょう。生を愚弄して主人の為になるとでも?」 浮かびかけた身体を止めて、グレースが葵へと視線を移す。 「莫迦らしい目的の為によくもまあ……贈り物にしては随分残念な代物でございますね」 嘲りを含んだ囁き。それだけだった。 それだけで、充分だった。 ● 地の代わりに空を疾駆しグレースを討たんと振り下ろされた刃は、その前に滑り込んできたラッパ持ちの人形を地に叩き落とした。 剣を引いた畝傍の前へと伸ばされた葵の指先、闇に溶ける程に細く、然りながら強靭な鋼の刃がもたらす幻影が、地へと叩き付けられた人形の上に踊る。けれど剣の名に由来する薔薇は咲き誇ることなく、ただ人形の肌に罅割れを走らせただけだ。途端に楽団の片割れが高々に笛を構え、勇み良い音色を路地裏に響かせる。 「くっ……」 追撃を垂んとして敵方へと踏み出しかけた藍那が咄嗟に飛び退った隙に、ラッパ持ちが再び中空へと浮かび戻った。 「天使は魂をあの世に連れて行っちゃうかもしれないけど」 弓に矢をつがえ、鏃を人形達に向けたフュリエが密やかに呟く。 「その原因を作るのは決して神秘じゃない筈だよ!」 シンシアが続け様に次の矢をつがえて人形達を的確に狙い打つ傍ら、鏃に穿たれて生じた隙に凄まじい速度で放たれた鎖々女のバウンティショットが、戦闘の最中にありながらも明確に空を切り裂く音を伴ってグレースの衣装を道連れにした。 そのことに腹でも立てたのか、人形の双眸が硝子の中で剣呑に揺らぎ、小さな指先が翻る。――瞬間、音よりも早く走る稲光が一瞬だけ路地裏を照らし出した。 そんな最中でも己の役割を重んじ、或いは誇りさえ持つ女帝皇は、戦況如何にしても威風堂々たる態度を崩そうとはしなかった。艶やかな黒い双眸が冷静に状況を読み取ると、流れるような動きで手にした魔術書を触れ撫でる。 風圧のせいかはらりと薄いページが捲れ、神秘を纏い絡めて放たれた光弾が、一瞬の静けさを呑んで激しい閃光と共に人形達の視界を潰した。その影響を間近で受けたのは、既にその身に罅を生じさせたラッパ持ちだ。痺れたように玩具の楽器を構えることしか叶わない人形の芯を今度こそ捉え、畝傍の握る剣は容易にちっぽけな身体を断ち割った。 「誰ぞが幸せを願ったならば、誰ぞの幸せを壊すのが『君』の行いか」 影に潜み姿を隠す刃を振るい、残影を残す速度で残る二体の人形を諸共に切り裂く。 理不尽を極む世界を承知しながらも、己が己であることさえも世界が何らかの証として与えたものと、そう知り抱くが為に葵は束の間瞼を伏せた。 「恋は誰かが叶えるものではないのです。他の誰かが与えた紛い物など……侮辱でしかありません」 この場において尚静かな口振りは、悪戯にグレースを嘲弄した響きとは対照的なものだった。 「独り善がりの下らない思いの下に出された贈り物、貴方の亡き主は果たしてそれを喜ぶかしら? ――喜ぶ訳ないわ。好きな人が殺されて喜ぶ者が居るとでも思うの?」 笛を振り被る人形へと、いっそ頭上から押し潰すように炎を纏う拳を、煙管を叩き込みながら藍那の眼差しは真っ直ぐにグレースを射抜く。 「要するにはた迷惑。故にとっとと消えてしまいなさい。……いえ、貴方の亡き主の下へお行きなさい。その方がいくらか主の気も紛れるわよ」 ――対し、後方。 夜闇を駆る光、轟音、刃の切り結ぶ金属音や玩具の楽器の掻き鳴らす音色。 そうしたものが届きこそすれ、人形達の攻撃範囲からは些か退いた位置で、カトレアは仲間達の戦いを視界に収めていた。 「私は直接、エリューションやフィクサードを攻撃するのは得意じゃないけど……」 未だホーリーメイガスとして、リベリスタとして未熟だという自覚はある。 彼女の役割に求められる回復力然り、彼女自身の持続力や体力然り、それらは日々戦場に赴く者達に比べて遠く及ばないものだ。 しかし、それでも。それでも無力を嘆くのではなく、出来ることを、己の手の届く限りのことを精一杯にやり遂げたい。 十字架を握り締めて紡いだ詠唱は、癒しを纏う柔らかな風と変じて仲間達に届く。 「せめて……仲間が倒れないようにすることだけは、できるようにありたいです」 その為に、彼女はリベリスタの道を選んだのだから。 ● 「何が正しくて何が間違っているのか、それを決めるのは難しい」 加護を与える翼が広がり、朧な月の下で仄白く浮かび上がる。 「少女は哀れで少年に咎は無く、そして人形は純粋だ。アークから見れば間違っていて、正すべき存在なんだろう」 『ヴァジュランダ』ユーン・ティトル(BNE004965)の口調は単調だ。少なくとも、今はまだ。 「だが人形の立場から考えれば、一途さを責める気にはなれないな。無論しようとしてることは止めねばならないが……それはアークだから、立場の違いでぶつかるからだ」 背の高い電柱の頂きへと器用に腰掛ける闇に溶け込みそうな黒い影は、随分と小柄なものだった。少なくとも人でいうなら、男にせよ女にせよ成人程の体格はない。 「けれども死霊案内人よ――貴様は違うだろう」 電柱の上と空中と、本来であれば有り得ない位置で、高さで人の姿をした二人が向かい合う。 「他人の運命に介入しておいて高みの見物か? 貴様の行いには何の信念があった」 深く被ったフードの下で、アザーバイドの双眸は影に隠れてちらとも見えなかった。薄い唇が楽しげに、食べ掛けの板チョコレートに歯を立てる。 「……難しいことを言うね」 菓子を舌の上で転がしながら、死霊案内人が軽く杖を揺らす。先端にぶら下げられたランタンが幽かな軋みを上げて揺らいだ。 不愉快そうに睨め付けるユーンの視線を平然と浴びながら、更に一欠け、茶色い菓子に歯を立てる。 緩やかに立ち上がりながらも答えようとはしないアザーバイドへと、ユーンは空を踏む足に力を込めながら一層に眉を顰めた。 「そのつもりがあるか無いかは知らないが、貴様の行いは他人の運命を弄ぶ行為だ」 「運命――運命か! 君達人間は、本当にそういうのが好きだよね!」 不意に弾けた高らかな声は、紛うことなくからかいだった。笑声が弾けるのを聞くに堪えず、夜空を蹴り付けたユーンの身体が激しい移動に伴い一瞬でアザーバイドへと肉薄した。両の手に握る軽量化された槍の柄を振り下ろし、真っ直ぐにアザーバイドの身体へと突き立てられる。 だが芯を捉えたかと思しき間際、何処か場慣れした風に足場を蹴り上げたアザーバイドは、戸惑いも恐れもなくすぐ間近のビルの屋根へと飛び降りた。齧り掛けの菓子を手放さないまま、もう一方の手で槍の穂先に引き千切られたローブの裾を掴み上げる。 「酷いなぁ、ボクは喧嘩がしたい訳じゃないのに」 「喧嘩?」 無邪気なほどの呑気さで呟いた案内人に、ユーンの口調が剣呑な響きを宿した。再度全力で空を疾駆し、アザーバイド目掛けて両手の槍を振り下ろす。 「ユーンは返り討ちにあっても良い、だが貴様は安易に他人を弄べば咬み付かれる事を知れ!」 「…………」 怒声に塗れたユーンから後ろ飛びに距離を取りながらも、初めて案内人の口元から笑みが消えた。 かといって激昂するでもなくただ単純な不満を宿して、への字に口の端を下げる。ユーンの動きに合わせて彼の衣類に留められた作業灯が視界を横切ると、避けるようにフードの縁を掴んで引き下げた。 「参ったな……手を出すのは、僕の趣味じゃないんだけど」 溜息を吐いて菓子をローブの内に仕舞うと、腕に引っ掛けていたランタン付きの杖を握り直す。 「仕方ない。君がその気なら、ボクは全力で逃げさせてもらうよ」 何処までも攻撃を厭うその言葉に、更なる突撃を図ったユーンの一撃が振り下ろされた。 ● 抱く覚悟はそれぞれに形も異なろう。 「――こんなに想われてて更に好きな人GETとか妬ましいので邪魔します」 ぽろりと小さな本音を零したのは、真っ直ぐにグレースを見詰める鎖々女だ。いつしか楽団の名を冠す人形はただの玩具と相成って、罅割れ砕けて地に転がっている。 「天使様、もしも話をしましょう」 少女の来世についてです、と、さながら歌うような抑揚をつけて鎖々女が口を開いた。 「不条理に苛まれながらも天寿を全うしたのですから、頑張った彼女に神様はご褒美をくれるでしょう。少女の魂は健康な体に宿り、前世の少女を知らぬまま成長した少年と出逢い、今度こそ惹かれ合って恋に落ちるのです」 それは如何にも夢想に満たされた、甘く柔らかな恋物語の一片であったろう。 グレースは何一つとして言葉を発さず、だが、小さな身体は有り得ない、とばかりに揺れる。 その反応をこそ待ち受けていたかのように鎖々女の唇の端がきゅうっと持ち上がり、意を得たり、とばかりに愉悦にさえも濡れた笑みが少女のかんばせを彩った。 「あはぁ、有り得ないと言い切れます? いいえできる筈がない」 矢が、炎が、煌めく刃が幼子のようにも見える身を削る。その一撃一撃が当初より重みを増しているのは、レイザータクトを本分とする女帝皇の効率動作の共有が、仲間達の攻撃力を大幅に底上げしているからだろう。 硝子玉の視線を逸らさないグレースを同じように真っ向から、睨み付けるように見返しながら鎖々女は哂う。 「それが億に一つの光でも、彼女の絶望を眺める事しかできなかったあなたが希望を否定する――ましてその手で壊すなど!」 からりとした双眸は、所詮硝子によって形作られただけのものだ。如何に柔らかに見えたとて、細く幼い体躯は木偶人形としてのものだ。 双眸から涙の一滴が零れることもなければ、切り裂かれた肌から血潮が滴り落ちることもない。腕が落ち、足が欠け、焼け焦げを残す身体に生気の一欠片もありはしない。 だが、それでも――。 「……天使の役目は生から死への一方通行ではありませんよ」 不意に鎖々女の唇から零れた音は、先までの嘲弄とは真逆に静かな響きだった。 「魂の導き手となるならば少女の来世まで寄り添い、幸いの在る所へ導いてやればいいじゃありませんか」 想うなら永遠よりも明日を謳え。己だけが成し得る唯一の為に彼女の元へ行きなさい。 告げる言葉は穏やかに、少女は静かに微笑んだ。 「送り出し方なら私達が心得ていますよ」 それは。 それは救いにも、慰めにもなり得るものではなかっただろう。 眼前に愛しい主人の絶望を見守り、見送ることしか叶わなかった人形にとっては。 なれど、例えそうだとしても……ただ悪戯に望みを、道を、願いを断たれるだけの未来よりは、些かの慰みも得たのかもしれない。 振り下ろされる刃に木偶の身が穿たれるその間際、砕かれ行く身の幼い顔立ちに僅かな微笑みが宿る程度には、きっと。 ● 人形達の破片は、香ばしい木々の匂いを弾けさせながら、炎の中で徐々に灰へと姿を変えていく。 火葬に付される人間のような始末を望んだのは、主の下へと行けるようにとの願いを傾けた藍那の意思だ。 「人形を倒せたのはいいけど……このままじゃあの少女が浮かばれないね。せめてラブレターでもあれば、届けてあげられるんだけどな」 燃える糧を徐々に失い小さくなっていく火を見下ろして、シンシアがやるせない口振りで呟く。 「……きっとあなたならば主人を幸せにできるでしょう。わたくしのような偏屈ものと違って、幸あれ……――」 朧に幽かに消えていこうとする火の温もりから最初に顔を上げたのは、幸運の祈りを紡いだ葵だった。 路地を挟む背の低いビルを見上げると同時に、傾きつつある月明かりを背にした影が路地へと滑るように落ちてくる。 無様に地に這うこともなく、軽やかに地面に着地して見せたユーンの背からは、既に真白な加護の翼も失われていた。そうでありながら怪我らしい怪我も負ってはいない。 ユーンが地を踏むとほぼ同時、突き落としたリベリスタの様子を案じるように屋根の上からひょこりと顔を出したのは、唇の端を下げたままの小さな影だ。酷く不満げな態度はユーンと負けず劣らずの度合いかもしれない。 「なぁんだ、やっぱり終わってた」 「あなたは……」 折角楽しみにしてたのに、と至極勝手な不満を零す案内人へと、畝傍が吐息交じりの言葉を零した。 「酷いよね、その人。殴るって言いながら、実際には斬り付けてくるんだから」 ローブに覆われて、アザーバイドの目元は見えない。それでも僅かなフードの裂け目から頬へと続くラインは浅からず裂け、零れる滴を指先で拭いながら案内人が身体を起こす。 噛み付こうと口を開きかけたユーンから一歩先んじ、畝傍が少しばかり声を張った。 「あなたの狙いはなんです? 望みを叶えるというのなら、あなたを知るという私の望みを叶えてほしいものですね」 今しも屋根の向こう側へと消えようとしていたローブの動きが止まり、ほんの少し迷うように揺らいで案内人が再び眼下を覗き込む。 「狙い、かぁ……僕はいつだって、楽しい方に付くだけだよ」 「漠然としていますのね」 「それがゲームってものだろう?」 切り捨てるように冷めた言葉に、案内人が唇で弧を描いて女帝皇を見下ろした。 「最初から勝敗の決められたゲームなんて楽しくない。単に一方的な悲劇で終わる物語なんて、端から読む気がしないんだ」 「ご自分の為したことを、貴方はゲームだと仰るの?」 「ゲームを提案したのはね、きっと君達の身近にいて、君達の知らない誰かだよ。僕は気紛れに、そのひとつに乗っかっただけ」 答えにならない答えを吐いて、案内人は楽しげに笑った。 それを表情一つ変えないままに見上げていた葵が、こなれた仕草で会釈を向ける。 「ああ、またお会いしましょう、宵闇の君……次は死んで頂きたく」 葵の言葉に、アザーバイドは答えない。それすらも愉悦の一つと数えたか、緩やかに唇の端を釣り上げただけだ。 今度こそ身を翻したローブの端が空の切れ間に揺らぎ、消える。 がらん、がらんと杖にぶら下げたランタンが重苦しい音を立てて遠ざかる中――人形達の欠片を全て舐め取り呑み込んだ炎は、最後に小さく燻ぶるような音を立て、その緋色を闇に溶かしたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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