●調査報告より 幻想生物の中でもひときわ強い人気と知名度を誇る『ドラゴン』だが、ドラゴンと竜は別のものであるという説もまた存在する。これはいわゆる『悪い神さまと良い神さま』を区別するためのもので、より厳密にすれば神と怪物の区別とも言えるかもしれない。 だが今回、アークのエースリベリスタたちが戦ったE・ビーストは厳密にいえば竜でもドラゴンでもなく、世界の歪みが生み出した単なるエリューションに他ならない。 蒼翼の暴風竜。 碧鱗の氷砕竜。 輝翼の太陽竜。 これらのドラゴン殺しなど所詮は気分に過ぎず、彼らが戦闘の末に回収してきた『蒼の逆鱗』や『輝く鶏冠』など所詮は珍しいだけの獣革に過ぎず、これらの物語はただのエリューション退治として収束する……かに思われた。 「沼が……消滅している……」 依頼終了後の調査に訪れていた無名のリベリスタは、ある沼跡地を見て眉を寄せた。 そもそも調査など名前だけのもので、神秘根絶主義における『誰にでもできる後片付け』でしかない。実際誰からどう命令されたわけでもなし、今回の行動事態が彼の自主的な趣味によるものだった。 要するに、名高きエースたちの戦場跡地を聖地巡礼の如く回って、ついでにゴミ拾いをして帰るという趣味である。 今回は沼地とその周辺が薙ぎ払われたということでかなり荒れていると踏んでいたのだが……現実というものはしばしば予想を裏切るものだ。 『氷砕竜』との戦闘跡地。 そこには既に水分はほとんど残っておらず、所々に残った僅かな水たまりを覗いては、干上がってひび割れた土が露出している。 一見、水たまりの多い荒れ地だ。 不気味なことに動物はろくに近づいてこず、虫ですら見当たらない。 竜の死体を埋め込んで塞いだといわれる穴だけが、ぽっかりと不気味に口を開けていた。 確かこの沼は元々は池で、ずっと昔に蛇神信仰の対象とされていた筈だが、人口減少に伴って風化しついでにどこかの土地開発のあおりを受けてほぼ埋め立てられたと聞いている。まあ、日本において池と大蛇の伝説など珍しくもなんともない。 穴を覗き込んでみる 今にも巨大な蛇が飛び出してきそうだ。怖気が走る。 あまり長居するのもよくない。さっさと帰ろうときびすを返した……まさにその時である。 背後の穴から、大量の何かがわき上がってきた。 いや、この状況で『何か』などという表現はナンセンスだ。 驚いて振り返ってみれば、空へと飛び出す蛇の群れが見え、蛇の群れはまるで水中でも泳いでいるかのように軽やかに、そして素早く中空を飛び回った。そのグロテスクな光景に思わず卒倒しそうになったが、彼も一応リベリスタである。隠していた翼を露出させて飛行開始。自動小銃を構えつつ距離をとると、それらの蛇が全て氷でできていることが分かった。 太さはまちまちで、長さはおよそ1メートル前後。それらがギラリと目らしきものを光らせ、一斉にこちらを見た。 「――っ!」 距離は充分保っている。ここから逃げつつ射撃をしかければ……という考えが、浅はかだったとすぐに気づいた。 蛇たちは自らを槍のごとくまっすぐに伸ばすと、それこそ投槍機にでも駆けられたかのように高速で飛んできたのだ。 一瞬で腕が持って行かれる。残った腕で小銃を乱射。が、蛇たちは複雑怪奇な軌道を描いてそれらをかわし、彼の腹部を貫通。更に翼と足をもぎ取ると、最後に頭部を破砕した。 沼跡地の穴からわき出した大量の化け物は、まるで最初からそう仕組まれていたかのようにある一点を目指して飛び始めた。 同時刻。ある廃村を訪れていたフリーのリベリスタは信じがたい光景を目の当たりにしていた。 村は昔『酉神さま』を奉るという奇妙な土地信仰が根付いており、毎年鶏をしめては村の祠に供えていたとされていたが、時代と共に風習は風化。神などいない現代社会に対応すべく、人々は村を捨てた……とされていたが。 「神は、いたのか……?」 中空を舞い踊る大量の鳥に、男はがたがたと震えた。 ただの鳥ではない。翼を生やした蛇のようなフォルムをしており、全身は羽毛に包まれている。そのうえ彼らに実際的な身体はなく、全て光でできていた。 それらが空を一斉に旋回し、光の渦を作っているのだ。 習慣としてエネミースキャンをしていた男は、はっとして首を振った。 「いや……神なわけがない。あれはエリューションだ。それも大量にわき出たエリューションフォース。だが、一体どれだけの感情エネルギーがあればここまで大量にわき出るというんだ? ありえない……いや、それより俺には手に負えない。ここは大きな組織に助けを求めて……!」 化け物の群れに背を向け、走り出そうとする男。 だがその身体は、巨大な光の柱によって貫かれた。 いや、正確に述べよう。無数に連なり、光の柱のようになった蛇たちによって貫かれたのだ。 彼らはもう一度空を旋回すると、はじめから決められていたかのようにある一点に向かって飛び始めた。 更に同時刻。 ピラミッドがエジプトだけのものだというのは早計だと、ある女性リベリスタは述べていた。 小規模な土地研究組織に所属する彼女は、日本に伝来した王族の伝説について深く研究していた。 そんな彼女の説をとても短く、それも乱暴に述べてしまうならば、『日本にもピラミッドがある』というものだ。 確かに日本各地で今も尚発見され続けている古墳はエジプトのピラミッドに近いものがあり、もしあれだけの石材が足りなければこうしていただろうなどという説もないでもない。 今彼女が訪れている山も、そうした日本ピラミッド説の研究対象として定めた土地の一つだった。 彼女の主張によれば、この山自体がひとつの人工物であり、内部は巧妙なダンジョンと化しているというのだ。なんとも眉唾な主張である。 古代の人間にそれだけの建設技術があるはずがないし、第一そんなものを作ってどうするのだ。誰もがそう思うだろう。 だが彼女は今、ひとつの確証を得たのだった。 「王はいる……地下深くに……必ず……」 人から忘れ去られ、名前すら忘却されたその山は今、山頂にぽっかりと穴が空いていた。 元々巨大な岩が頂いており、それが彼女にとって最大の研究材料だったのだが、つい先刻粉々に吹き飛んだばかりだ。 かと思えば、岩の下に存在していた穴から大量の蝶が飛び出してきたのだ。 蒼い鱗粉を纏った蝶……だが、よく見ればそれが羽のついた蛇であることがわかるだろう。 しかも、それらが全長にして1メートル近い大きさがあり、蝶の羽とは思えないような高度な空中機動で飛び交っているのだ。 これを調査したなら、きっと大きな事実が判明するに違いない。女はそう重い、目を閉じた。 閉じた目は、二度と開くことは無い。当然である。彼女は腰から下が全て消え失せていたのだ。 蝶の羽をもった蛇たちが恐るべき真空の刃を放ち、彼女を真っ二つにしたのである。 それだけでも飽き足らずか、蛇たちは女へと群がり、原型が分からなくなるまでみじん切りにしたのだった。 そして蛇たちは決められていたかのように……。 ――沼跡地、廃村跡地、無名山頂。 人々忘れられた三つの土地で今。 新たなる幻想怪物(ドラゴン)が生まれようとしていた。 ●幻想兵器『竜造機』 「日本国内には、人々に知られていないだけで多くの巨大地下空間が存在しています。発見されているだけでもそれなりに、未発見空間となれば数え切れない程でしょう。ですが今回皆さんに説明する『巨大地下空間』は発見済み空間でも未発見空間でもありません」 あるフォーチュナはそのような語りだしと共に、3Dグラフィックスで再現した地下空間をモニタに表示して見せた。 「一夜にして突如出現した、新造巨大地下空間です」 不思議なことにその地下空間は巨大な正三角形をしており、それぞれの角から地上へ通じる穴が存在していた。 穴の太さは2~5m。ランダムかつきつく蛇行している。 これだけでも充分不思議だが、地下空間の床面には、岩でできたかまくら型の建造物や塔のようなものが乱立しており、一見してそれが人工物のようにすら見えるのだ。しかし人など存在せず、存在した形跡すらないという。 「ここまで異様な空間ができたのは無論偶然ではありません。あるアーティファクトが稼働を開始したことがそもそもの原因なのです」 グラフィックスの中に四体のシンボルが新たに書き加えられる。 三つは地上へ通じる穴の出口部分に。もうひとつは巨大地下空間の中心部部にである。 「これらは全て、アーティファクト『竜造機』によって構成されたものです。しかし空間作成はあくまでオマケ。真の能力は、この世界に『ドラゴン』を新規に製造することにあります」 ドラゴンの製造。 これは言葉でいうとほど簡単なことではない。 現にこれまでアークが戦った三つの怪物『太陽、氷砕、暴風』はあくまでドラゴンじみた形状のE・ビーストであり、神話の怪物とはまるで別の存在なのだ。スケールを変えて例えるならば人間と紙人形の違いとでも言おうか。伝説性・世界性・宇宙原理性の全てにおいてまるで話になっていない。 だが今回生み出される怪物は、この世界において新たに製造された『ドラゴン』なのだ。 「今ここで述べる『ドラゴン』とは、異世界の怪物や神格を持った怪物という意味に限りなく近いものです。つまり、このアーティファクトを放置しておけば周囲の神秘を次々に回収・吸収して力を蓄え、いずれは強大な力となってしまうでしょう。そうなる前。つまり生み出された今が破壊のチャンスなのです」 このアーティファクトを破壊することこそが、本作戦の最重要目的である。 『竜造機』の効果を単純に述べるなら、神秘の吸収と製造である。 その力の一端として、穴の出口(こちらから見れば入り口にあたる)にそれぞれ『水の竜』『光の竜』『風の竜』という巨大E・フォースを製造、門番として配置している。 「このE・フォースは皆さんがかつて交戦したことのある氷砕竜、太陽竜、暴風竜と同等の能力を持った怪物です。ただしこちらもまだ製造されたばかりですので、スペックは一回り下の状態にあるでしょう」 更に情報によれば、この三体はエネルギーをそれぞれ共有しあっているらしく、三体をほぼ同時期に攻撃しなければ倒すのが困難になるとも言われている。 「まずはこの三体を撃破します。ただし三地点を順繰りに回る余裕はまずありません。距離が離れすぎていますからね。ですから三チームに分離し、それぞれの竜をほぼ同時期に撃破することになります。これなら、戦力差は以前戦ったときと同じくらいになるでしょう」 こうして三体とも撃破したらいよいよ地下空間へ侵入である。 目的は勿論『竜造機』の破壊だ。 しかし……。 「肝心の『竜造機』は、これです」 巨大地下空間にどっしりと構える巨大な怪物が描かれている。 球型の胴体が空間のほぼ中心に浮かんでおり、それぞれの方向に三つの首が伸びている。 首自体は巨大な蛇に近く、形状こそ奇抜だが見た目はドラゴンそのものであった。 これの『どの部分』がアーティファクトなのか? そう述べたリベリスタへ、フォーチュナは真顔のまま応えた。 「『全部』です。球体中枢から牙の先まで全てがひとつの『竜造機』です。これは今も成長を続け、神秘の製造も続けています。ですからこれの周囲には無数の『光の蛇、水の蛇、蝶の蛇』が飛び交っています。戦闘はかなり厳しいものとなるでしょう」 最後に状況をまとめよう。 1.三チームに分かれて『水の竜』『光の竜』『風の竜』を撃破する。 2.巨大地下空間にて『竜造機』を破壊。その間『光の蛇、水の蛇、蝶の蛇』からの集団攻撃を受けることは確実。 「『竜造機』さえ破壊すれば、すべての蛇たちは消滅します。地下空間がどうなるかは分かりませんが、少なくとも生き埋めにはならないで済むでしょう」 フォーチュナは最後に資料の束を渡して頭を下げた。 「たいへん危険な任務です。どうかお気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月02日(月)23:40 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●EXTRA STAGE 日本某所に突如として三体の竜型エリューションが出現。 異変を事前に察知したアーク・リベリスタは三組のチームを組みこれを殲滅にかかった。 これはそんな彼らの戦いの記録であり、神話に語られることのない『ドラゴン退治』の物語である。 ●EXTRA-QUETZALCOATL 廃村の空を覆う光の大樹を『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)は久しぶりに見上げた。 なんとまあいつ以来だろうか。 ミリーは崩壊しかけた民家の屋根に仁王立ちすると、両腕で円を描くように身構えた。 「見ないうちにイメチェンしたの? 自慢のトサカがなくなってるわよ!」 そんな彼女に気づいたのか、羽毛の生えた蛇のようなエリューション光竜は甲高く嘶いてみせる。 嘶きに応えるかの如く無数の光が彼女へ集中。ミリーは素早く跳躍すると、両足に炎を集中させた。背後で音を立てて崩壊する家屋。 「行くわよ、鶏!」 ミリーの蹴りが光竜の喉元へと直撃。大きくバランスを崩した。 倒れないようにと足踏みする光竜だが、その足を一本の剣線が閃いた。『ふらいんぐばっふぁろ~』柳生・麗香(BNE004588)の刀である。 盛大にバランスを崩し、数軒の民家を破壊しながらごろごろと転がる光竜。 麗香は束ねた髪を左右に振ると、再び刀を構えて雑草だらけの土地を急速ターン。再び光竜を捕捉した。オッドアイの目を光らせる。 「スキャン完了。前に戦ったタイプよりも動きが鈍いです。でもスペックは高いですね」 麗香は無線越しにそう語りつつ、乱立する電柱の間をジグザグに駆け抜ける。彼女の足を止めようとした光線が次々と地面をえぐり、木製電柱をへし折っていく。 「こんな、ドラゴンを作るアーティファクトなんてねファンタジーもびっくりですね。でも粗製濫造はドラゴンの神秘性を貶めるだけですよ。撲滅してさしあげましょう!」 「そうだな……」 フリーランニングの要領で物見台へと駆け上った『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が、自分のほうへと転がってきた光竜を見下ろした。 ふう、と息を吐く。 「お前に特に恨みはない。だが越えるべき壁だ。今の俺には……丁度いい」 物見台の柵に足をかけると、腕を広げてダイブ。光線によって粉々に破壊される物見台を背に、起き上がろうとした光竜めがけて手刀を繰り出した。 再び地面に押し倒される光竜。 が、天空に広がる光の枝はそのままだ。悲鳴のように叫んだ光竜に連動して、光の雨が降り注いだ。いや、雨という表現ではこの危機的状況は伝わりにくいだろう。より現実に近づけるならばそう、雨の水分をすべて強酸に置き換えたようなものだ。 「つうっ……アリステアッ!」 「大丈夫だよ、大丈夫」 『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は小さな翼を天に広げると、天使の歌を連続発動させた。 光の雨と光の霧が互いにぶつかり合い、彼女たちの肉体を同時に破壊・再生させた。 焼けただれてピンク色の肉が露出したところへ、すぐさま皮膚を生成するようなものだ。痛みは激しいが、耐えられないものではない。 「地下空間も未知の生物もみんなみんな素敵だけど、放っておく訳にはいかないの。ごめんね」 ダメージコントロールとダメージケアは今のところ完璧だ。長期戦になれば分からないが、そもそも長引かせるつもりなどない。これはあくまで『第一作戦』。後があるのだ。 構えた手刀にフッと息を吹きかけるカルラ。 「一転攻勢。回復は後回しだ、ケリをつけるぞ」 「わかった、やってみる!」 アリステアは風の翼を鋭く広げ、光竜へと突っ込んだ。激しい渦に巻き込まれた光竜が若干浮き上がる。 民家の壁を蹴って飛びかかる麗香。屋根から飛びかかるミリー。大地を高速で走って手刀を突き込むカルラ。 三人の攻撃がほぼ同時に炸裂し、光竜は破裂。エネルギーの欠片となって周囲へ飛び散ったのだった。 ●EXTRA-CETUS 交戦経験者ばかりの光竜対策班と違って、氷竜・風竜両対策班にこれまでの竜型エリューションとの交戦経験者はいない。だからといって不手際が起こるわけでもなく、むしろアークが誇るトップクラスの実力者が集まっていた。 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)もまたその一角であり、彼(もしくは彼女)より上のクラスとなるとアークの(もしくはリベリスタ界の)看板リベリスタの域に至る。つまり守護神とかだ。 そんな中でもアラストールのレベルで既にリベリスタ界隈ではちょっと強すぎて真似できないスペックがあり、そんな連中をぶつけられた氷竜たちの心中いかばかりかという所である。 「まあ、真のドラゴンとやらに興味はありますが、名前の時点で災い以外のなにものでもないでしょうね」 「浪漫のひとつですからね。強さや恐怖の象徴になっているくらいですし、なにより格好いい!」 ころころと笑う『残念な』山田・珍粘(BNE002078)。 「山田……いや那由多、あまり油断をするなよ」 『OME(おじさんマジ天使)』アーサー・レオンハート(BNE004077)が、やや後方で腕組みしながら浮遊しながら呟いた。 彼の言い方は、この状況に即しているかどうかでいえば……一見、そぐわないものであった。 何せ、アラストールと那由多が巨大な蛇のようなエリューション・氷竜を踏みつけにしていたのだ。 沼地にぐったりと横たわった蛇の頭部に二人そろって立っている。 「しかしぃ? あっけなかったですねえ。適当に突っ込んで殴っただけでこの程度とは」 「そういえば、ですけど」 「なにか?」 薄笑いをしながら首を傾げる那由多。 「これを殴り倒すとき、確か『やったか』って言いませんでしたか?」 「言いましたけど、なにか?」 「……多分やってないなこれは」 「あ、ですね」 アラストールと那由多は同時に身をぐっと屈めると、勢いよく跳躍。 と同時に氷竜は口をばっくりとあけ、頭上の二人を食いちぎらんと身をひねった。 ばぐんと恐ろしい音とたてて閉じられる口。タイミング良くジャンプしていた二人の真下数メートルの位置である。 無論それで諦めて帰るような敵ではない。再び口を開けて飛びかかってくる。 「ブロックを!」 「やってみるけど、無理だと思いますよ?」 同時に武器を構える二人を問答無用でかっさらいながら、氷竜はアーサーめがけて飛びかかった。 「しつこいですねっ!」 那由多は口内へ暗黒瘴気をめいっぱい放出。同時にアラストールは思い切り下あごをスタンプした。 空中でガクンとブレる氷竜。軽く身をひいたアーサーのすぐ横を、氷竜のあごが掠めていった。 「油断大敵だな。まあ、それもここまでだが」 背を向けたまま指を鳴らすとマジックアローが出現。氷竜の首に深々と突き刺さり、一瞬にしてエネルギーの欠片になるまで破砕させてしまった。 どこからともなく煙草を取り出し、指の間でスパークさせて着火するアーサー。 深く煙を吸い込んで、ため息のように吐いた。 「さて、そろそろ連絡が入る頃か」 ●EXTRA-TYPHON 木々をなぎ倒して進む巨大なエリのないエリマキトカゲを想像してほしい。それが風竜である。 そんな敵を背に猛然と森を突っ走る小さな生き物がリベリスタたちである。 「一応隠れながら走ってたつもりなんだけど、どうやって見えてるの? 蛇みたいに臭いで分かるの?」 『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は走りながら後ろを振り返った。手のひらをくりと翻し、手品のようにタロットカードを取り出す。 「とにかく全力叩き込むから、併せてもらえる?」 「構わないわよ。合図は?」 すぐ横を走っていた衣通姫・霧音(BNE004298)が鞘から数ミリだけ刀を抜いた。 「テキトー……でっ!」 「呆れた」 ウーニャと霧音は同時に跳躍、そして反転。 カードを投擲したウーニャとほぼ同時に霧音は刀を抜き放ち、風の刃を音速で放った。 それらは風竜の両目にそれぞれヒット。弦楽器をめちゃくちゃに引っ掻いたような絶叫をあげる風竜。 「守護神ちゃん、あとよろしくぅー!」 「了解した。ウーニャさん」 男が耳の通信機から手を離した。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)である。先述した、守護神の相性でおなじみの看板リベリスタである。アークでリベリスタを有名な順に並べれば五本の指にはまず入るとされる男であり、これまで数々の作戦で高い評価を得てきた実績もある。 そんな彼は今、ひときわ高い木の頂上付近に立ち、硬く身を屈めていた。 「とんでもないものが出てきたもんだ。これ以上ヤバいものが出てくる前に、ここで終わらせる!」 樹幹を強く蹴りつけ、丁度眼前にまで迫った風竜へと突撃。 中空で体勢を整えると、逆手に持ったナイフもろともおもむろに相手の胸を殴りつけた。 視界を奪われた直後のこと。風竜はそれまでなぎ倒してきた木々をベッドにして転倒。快はそのうえにバランス良く着地すると、再び拳を振り上げた。ナイフを反転。 「――そこだ!」 胸部。それも心臓付近を的確に狙ってナイフを突き立てる。 するとエネルギーが一点に収束。後にぶつかり合うようにして爆発した。 きらきらと舞い散るエネルギーの欠片を浴びながら、すとんと地面に降り立つ快。 すぐに耳に手を当てた。 「こちら風竜対応班。撃破を確認。そっちはどう?」 『光竜班撃破完了だよ』 『氷竜班同じく。最低限の休憩を挟んで突入しましょう』 「了解。また連絡する」 そこまで述べて振り返る快。 砕け散った森の残骸を踏んで霧音たちが歩いてくる。 「竜を生み出す幻想兵器か。全く馬鹿げたものがでてきたものね。竜殺しの称号なんて欲しくは無いのだけれど……」 「でも微妙にヘンだよね。こんなに派手なものが出てくるなら、いっそ人里に設置しちゃえばラクなのに。やっぱり場所が重要なのかな」 「ウーニャさん??」 顎を撫でるウーニャを見て、快が首を傾げる。 「ピラミッド説だの土地神信仰だの大蛇伝説だの、もしかしてここって龍脈地帯なんじゃないかな。こういうのって利用できたらいいんだけど。……ううん、むしろそれを利用して『竜造機』を仕掛けた誰かがいるのかも」 「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて」 「うん?」 快はどこまでも真剣な顔でウーニャを見て言った。 「なに真面目なこと言ってるの? おなかいたいの?」 直後、快は『シュゴシンッ』とか言いながら殴り倒された。 ●BONUS-1 「あなたの名前は『ベビー』よ。いい、ベビー?」 ミリーは光の蛇に指を突きつけて言った。 光の蛇といえば、過去太陽竜戦で戦ったエリューションだが、この蛇は敵対する様子は無い。 それに、頭の所に小さなトサカのようなものがくっついていた。 ミリーが本作戦に持ち込んだ『太陽竜の鶏冠』をエネルギーの雨に翳したところ、エネルギーの一部が集まってこのような形になったのだった。 「アンタが特別な一匹であるためにも、アンタのマミーを倒しに行くの。解ってるかしら?」 光の蛇あらためベビーは「きゅー」と「みゅー」の中間くらいの声を出して首をひねった。そのままぐねんと身体ごと一回転する。 「解ってないみたいね……でもいいわ。一緒に行きましょ!」 ミリーはベビーの背にぴょんと飛び乗ると、廃村にぽっかりと空いた穴への突入を始めた。 「こちらミリー、穴に入るわ。合流よろしく!」 ●酉冠村伝聞録・第棄章 むかしむかしあるところに、かみさまがいました。 ひとびとはかみさまをあがめて、いろんなおねがいをしました。 かみさまはたくさんのいいことや、わるいことや、どちらでもないことをして、ひとびとにこたえました。 しかしあるとき、かみさまはかんがえました。 じぶんがもっとたくさんいれば、ひとびとのおねがいをきいてあげられるでしょう。 かみさまは、しばらくのあいだつちのなかにこもって、あたらしいかみさまをつくることにしました。 ●DRAGON_MAKER 三角形に整った巨大地下空間の中心で、三つ首の竜が目を開けた。 『なにがしか』の襲撃を察知してから一分とすこし。彼らが地上への連絡路を通って侵入してきたことは蝶型からの報告で知っている。 一応穴を塞ぐように光型、氷型に命令してあるが、新造したばかりの竜を倒してしまうような連中を押しとどめられるものとは思えない。 かまくら型建造物や塔の中から次々と飛び出していく蛇エリューションたちを見つめていた『竜造機』は、穴の一つへと視線を移す。 そしてついに、その時を迎えた。 「地下空間へ突入します。耐衝撃態勢!」 剣と鞘を交差させ、アラストールが突入してくる。壁になっていた蛇たちは暖簾か何かのように瞬く間に蹴散らされ、エネルギーへと分散、気化してしまった。 アラストールは穴の出口から地面までの高さを目測すると、両足でブレーキをかけながら着地。後続の那由多とアーサーを振り返った。 アーサーは飛行したまま、那由多は出口から高く跳躍して塔のてっぺんへと着地した。 別の通路からミリー、麗香、カルラが飛び込み、翼の加護を受けつつ飛翔を開始。乗っていたベビーはアリステアへと密着させた。 「ナイトをお願いね、ベビー!」 独特の声をあげてアリステアの周りをぐるんと囲うように飛び始めるベビー。 彼らが同じ方向へ目をやると、そこからウーニャと霧香、そして快が飛び出してきたところのようで、それぞれ翼の加護とラグナロクを共有し合った。 「さーて、私はアリステアちゃんをいつでも庇えるように寄っておくね、あとは任せた酒屋ちゃん」 「あ、いや、実は俺……」 歯切れの悪い快。アラストールから近距離通信が入る。 「どうしました。相手の回復阻止と陣形妨害阻止のためにアッパーユアハートをかける筈でしょう。頼みますよ、アークの守護神」 「そ、それなんだけど」 快は虚空を見上げ、少しだけ泣きそうな顔をした。 「間違えてブレイクイービル積んでた……」 「シュゴシイイイイイイイイイイイイン!!」 悲鳴か罵声か、どちらともつかない声と共に大量のビーム光線が降り注いだ。 そこらじゅうから無限にわき出るエリューション光型の攻撃である。 霧音は横向きにステップを踏んで数発を回避。避けきれない分は抜刀したエネルギーで弾いた。しかしなんといっても全方位射撃である。からだごとスピンさせてビームを弾くにも限界があった。腕や足をビームが貫き数センチの穴があく。 「この程度……!」 霧音はほんの僅かに顔をしかめると、片手片足だけで器用に構えて刀を振り込んだ。 生み出された真空刃が竜造機の首根元へと直撃……したものの。まるで巨大な鉄塊でも切りつけたかのような音をたてて霧散した。 丁度近くに居た麗香が霧音へのビームを剣で弾きつつ寄ってきた。 「随分硬そうな鱗ですね?」 「いいえ。この奥義に防御は無用。間合いと硬さに関係なく相手を切り裂く技です。ただ単に硬いという問題ではないでしょうね」 そんな中、アーサーからの通信が入ってくる。 『霧音、口を封じてブレスを制限しようと思ってるならやめておけ。いわゆるドラゴンブレスは独自言語による魔法だ。こいつがどうかは知らないが、最悪脳内で描いたでも発動できるだろう。報告書では口を塞いでもブレスを撃てたという記録がある』 「なるほど。絵本のように『火を噴く怪物』ではないんですね」 『そういうことだ。まあ、舌を抜けばものが吐けないというのなら、俺たちの腕や足をもげば相手はやりたい放題という理屈にもなる。横着はしないことだ』 などと言いつつ、アーサーは天使の歌を連続発動。霧音に空いた穴を無理矢理ふさぎにかかる。 「味方のダメージが広く渡りすぎている。残念だがチェインライトニングの出番は無いぞ……ぐっ!?」 アーサーの右肩に槍と化した氷型が突き刺さった。続けて数匹の氷型を腹や胸に突き刺さり、アーサーは近くの塔に背中をぶつけ、そのまま串刺しにされた。 「まずいな。離脱を――」 肩に刺さった槍を抜こうと握り込んだその途端、アーサーの居る場所を中心に空気が突如爆発した。竜造機のブレスである。 粉々に砕け散る塔。アーサーは白目を剥いて墜落した。 「アーサーさん! わっ、うわ!」 まるで乱反射するミラーボールのごとく聖神の息吹を連射しつつ、アリステアは叫んだ。好みのタイプだったからという問題ではない。味方の危機だからだ。 快のラグナロクが効いているおかげで燃料切れの心配は薄いし、回復量も安定している。だが蛇型の一斉攻撃と竜造機の単体ブレスをまとめて食らったら回復する暇すらなく身体をへし折られる。 しかも意地の悪いことに回復役から潰しているときた。 それはアリステアとて例外では無い。 今も全方位からビームが降り注いでいる。 「ベビーちゃん、おねがい!」 「ミッ!」 ベビーこと光の蛇はアリステアの周囲を螺旋状に高速飛行すると、飛んでくるビームを全て自分の身体で受け止めてくれた。が、そこへ氷の槍が突き刺さる。 首に刺さった氷で軌道を無理矢理反らされるベビー。追撃として打ち込まれた無数の槍によってベビーは突き飛ばされ、アリステアから大きく引きはがされてしまった。 「ベビーちゃ――」 「アリステアちゃん、伏せてて!」 ウーニャがタロットカードを天高く放り投げると、赤い月へと変化。大量のエネルギーをまき散らし、蛇の群れを無理矢理に薙ぎ払っていく。 アーサー含め、皆に付与されている反射属性のおかげで攻撃をうければ受けるだけ被害を返すことが出来る。そこに加えてバッドムーンフォークロアを叩き込んでいるので、一撃一掃とはいかずともそれなりに数を減らせてはいた。うまく一掃できないのは蝶型がいちいち回復を挟んでくるからだ。このせいで三割くらいが生き残るので地味に鬱陶しい。そのうえ蛇はなかなかの速度で無限沸きするので手の休まる暇が無かった。燃料切れが起きづらいのがせめてもの救いである。 「ベビーちゃん、もう少しだけ頑張ってて。氷のやつらはできるだけ遠ざけるから!」 とは言ったものの、ウーニャとて他人を庇う余裕は無い。先程から右へ撥ねられ左へ撥ねられ、そのたびに建造物に身体を叩き付けられていたからだ。 「まるでピンボールゲームの球になった気分だわ。ペッ、小石が口に入ったっ」 「あーもー、厄介だったら!」 鎌倉型建造物の屋根をぴょんぴょんと飛び渡っていたミリーは、途中で襲いかかってきた槍を空中側転で回避し、ビームを蹴りではね除け、着地と同時に火龍を召喚、竜造機へと発射する。 蛇たちの間を縫って飛んだ火龍は竜造機の首ひとつへと巻き付き、しめあげるような焦げ後をつけた。だが被害はそれだけである。回復に密着の必要がないからか、蝶型は基本竜造機から距離を置いており、光型や氷型も別に近くにいる必要はなしと軽く距離を置いていた。 彼らにとって不自由があるとすれば、蛇が密集したところへ範囲ブレスを叩き込むと巻き込んでしまうことだが……。 「アリステアさん、そこっ――来ます!」 先程から敵のパターンをうかがっていた麗香が声を上げた。 右へ左へぼこぼこと飛ばされ、岩の塔の根元へと叩き付けられていたアリステア。 そんな彼女の周囲から蛇がザッと引いたのである。それはつまり、竜造機のブレスに巻き込まれないための予備動作なのだ。 いかにも攻撃されることが分かるが。分かったからといって、どうするというのか。 「ひっ!」 反射的に身体を丸めるアリステア。次の瞬間空間がまるごと爆発し、岩の塔ががらがらと崩れ落ちる。 「嫌みな攻撃ばかりしやがる……!」 自らに突っ込んできた氷の槍を拳で打ち砕き、カルラは竜造機へと飛び立った。 迎え撃つかのようなビームの群れ。 螺旋に似た乱数軌道でぐるぐると攻撃をかわし、回避しきれないぶんはできるだけ腕でうけた。眼鏡のフレームにビームがかすり、バキンとレンズにひびが入る。 歯を食いしばって射程圏内に飛び込み、竜造機の首を殴りつける。衝撃に押されたのかそれとも逃がすためなのか、竜造機はぐるんと身体自体を回転、すぐ脇にあった首でもってカルラに噛みついてきた。 このサイズ差で『噛みつく』というのは、大型犬が鼠か何かを食いちぎる様にあたる。まともにくらえば身体が原型を保ってくれないだろう。 両足と腕をそれぞれ上顎下顎に突っ張るカルラ。 内側に何があるのかさっぱり分からない闇が、喉の奥に続いている。 「おっと、これはヤバいな……」 「カルラさんを離せ、竜造機!」 付近の塔から飛び立った快が、ナイフをぎらりと光らせて突撃する。 が、その腕をビームと氷の槍が上下左右より貫通。方向を派手に狂わされた快はきりもみしながら竜造機のやや上へと放り出された。 更にぐるんと回る竜造機。カルラを咥えている首とはまた別の首が快へと食らいついた。反撃とばかりにリーガルブレードを叩き込む。上あごへと突き刺さるナイフ。代わりに快の身体に鋭い牙が何本も突き刺さった。 「快殿までっ! ……かくなる上は!」 竜造機の真上。地下空間の天井あたりに両足をつけたアラストールは、剣を突き出した体勢で垂直降下をしかけた。 そんなアラストールを撥ね飛ばそうと狙う氷蛇たちだが、那由多の暗黒瘴気に巻き込まれて次々に消滅。 竜造機の球体ボディへと剣を突き立て……たと思われたその時、縦90度に回転した竜造機が、口をばっくりと開けてアラストールを迎え入れた。 剣の如くまっすぐな突撃姿勢である。アラストールはまるで蛇に呑まれた小動物のように喉の奥へと転がり落ちていった。 「アッ、アラストールさん? え、ええっ……食べられたんですか?」 顔を引きつらせる那由多。ぴょんぴょんとバックステップをかけながら氷の槍を回避しつつ、黒死病を発射。竜造機へ連続で叩き込む。 このままではまずい。それだけはハッキリとわかる。 状況を打開する手立てがあるとすればそれは恐らく……。 「今助けに参ります。こらえて!」 建造物の間を縫うように駆ける麗香。 大きく飛翔し、一番近い快へと手を伸ばす。 振り向き、手を伸ばしてくる快。 二人の手はがっしりと握られた。 握られたが。 「ぁ――」 麗香の目の前で竜造機の口は閉じられ、快の腕だけがぽつんとその場に残っていた。 残留したと思しき血液がどばどばと腕の切れ目から流れ落ちる。 「あ、ああああああああ!!」 「何やってる麗香、下が――!」 声を上げようとしたカルラだが、竜造機の首ごと地面の岩に叩き込まれる。まともな人間なら今頃ミンチになっている頃だ。 現に、ぐにゃりとへし折れた彼の眼鏡だけがくるくると飛んできて、ミリーの足下に転がった。 「カルラ……? え、嘘でしょ?」 その頭上では、これ以上刺す場所が無いほどに氷蛇が突き刺さったベビーがへろへろと飛び、やがて力尽きてミリーの前に墜落した。 竜造機の恐るべき破壊力の前に次々と倒れていくリベリスタたち。 この物語は彼らの敗北によって閉じてしまうのか。 人造の伝説に蹂躙され、世界に新たな災厄が生まれてしまうのか。 それとも……。 ●DRAGON_MAKER-COUNTER_ATTACK 中空にランダムに散らばった大量の蛇が、全く同じ方向を向いてまっすぐ身を伸ばした。 その直後、蛇たちは大量のビームや槍となって放たれる。 雨よりも早く、雨よりも激しく地面を蹂躙する攻撃の中、那由多とミリーは互いにジグザグな軌道を描いて駆け抜けた。 ミリーの召喚した火龍が竜造機へと突撃。そのすぐ後に那由多の生み出したディメンションホールが竜造機の身体を削った。 だがそのすぐ後に蝶型がきらきらとした鱗粉をふりかけ、竜造機の損傷箇所をたちまち修復していく。 「これじゃあキリがないわ」 「逃げようにも、ちょっと場所が悪いですねえ」 冷や汗を浮かべるミリー。一方で引きつった笑みを浮かべる那由多。 そんな二人の足下が突如として爆発。竜造機のブレスが叩き込まれたのだ。 建造物はおろか地面ごと吹き飛ばされる二人。 そんな様子を横目に、ウーニャはカードを胸に当てつつ建造物の後ろへと回り込んだ。 「紅蓮の月光よ、邪悪なる竜脈を断て――」 数秒で穴あきチーズへと変わる建造物。 横っ飛びに追撃をかわして走る。 「地中を這う蛇。天かかる月を恐れよ。大地の力を、焼き尽くせ!」 カードを投擲。赤い月へと変じたカードから大量のエネルギーが発射された。 ばらばらに砕けて消える蛇の群れ。だが残った群れが一斉にウーニャへと飛び込んできた。 一発を半身になって回避。もう一発をのけぞって回避。てんてんとステップを踏んで体勢をととのえた、その直後に胸をビームが貫通した。 「ぁぅ……?」 ぐらりと傾くウーニャの身体。 それを片腕でささえ、霧音は襲い来る蛇を切り捨てる。 「しっかりして下さい。致命傷は……避けていますよね?」 ウーニャは応えない。 彼女たちを追い越して、剣を振り上げた麗香が飛び立った。 「こんな安かろう悪かろうのドラゴンには反対なのです! ドラゴンといえばラスボスなんですから、こんな、こんなァ……!」 表情こそまともだが、目のずっと奥で激情を燃やし、麗香は飛びかかる。 だがそんな麗香に、そして霧音に、大量のビームと槍が降り注いだ。 悲鳴すらかき消えるほどの破砕音を響かせ、受け身をとる暇も無く振り回される。 いよいよここまでか。 岩の山に向かって吹き飛ばされ、トマトペーストになるまであと数秒という段になった霧音は自嘲気味に笑った。 と、その時である。 「まだ諦めるには早いぞ、少女」 後方の岩山がいきなり吹き飛んだ。 中から、全身を血まみれにしたアーサーが飛び出し、霧音をキャッチ。 彼女を抱きかかえたまま煙草を加えると、ギリギリの所でビームを回避。かすった時についた火で紫煙をくゆらせた。 葉を見せて笑い、どっしりと両足で着地。 「まだ巻き返せる。まだ終わってはいない。それがどういう意味か、わかるな?」 霧音はハッとして顔を上げた。この言葉は自分にかけられているものではない。もっと遠く。今まさに倒れ伏している誰かに向けての言葉だ。 アーサーは血がしみこんで赤くなった両目を強く開くと、天使の歌を発動させた。咆哮と共に。 「アリステアァァァァァァァ!」 岩の塊が積まれた山の下。 僅かな隙間から覗く光に、紫色の目が開いた。 「分かってる、分かってるよ……おじさま!」 巻き起こった竜巻で岩が吹き飛ばされていく。 両腕を広げ、清らかに舞い上がったアリステアは、大きく息を吸い込んだ。 地面にぺったりと横たわったベビーの姿が目に入る。 「ありがとう、ごめんね……わるいことしないなら、世界が傷つかないなら、そのままにできたのに……ごめんね、ありがとう」 胸をいっぱいにして、アリステアは全力で聖神の息吹を展開した。 昆虫標本のように岩壁に縫い付けられたウーニャが、岩でぺしゃんこになった足を引きずった那由多が、壮絶に笑って腕を突き上げた。 バッドムーンフォークロアと暗黒が混じり合い、彼女たちに追撃をしかけようとした蛇たちが瞬く間に一掃される。 「わかるわ。今はツキが来てる――!」 「流れが来てる――!」 中空を渦巻く闇の瘴気を再び腕に巻き付けて、那由多とウーニャは竜造機へと攻撃を集中させた。 「ここが本番、正念場。ちゃんと生きててくださいね、『みなさん』?」 次の瞬間、竜造機の球体ボディの内側から一本の腕が生えた。 いや、内側から何者かが突き破ったのだ。 それが何だか直感でわかったミリーは、歪んだ眼鏡を握りしめ、力なくぶら下がった腕を庇いもせず、思い切り投擲してやった。 「カルラ、お返しするのだわ!」 同時に召喚される火龍が竜造機へ直撃。球体ボディを内側から破砕しながら、カルラがその身を表わした。 飛んできた眼鏡をキャッチすると、バイト代が全部ローンに消えた大学生のような顔をした。 「あーあー、死ぬかと思った。社長、眼鏡代経費で落としてくれっかなあ」 直後、竜造機の首の一つが輪切りになって落ちる。バランスを崩して傾く竜造機。その断面から、アラストールが深く息を吐きながら身を乗り出してきた。 「お口添えしましょうか? そうでなくても、きっと『アークの守護神』が奢ってくれますよ」 「はいはい奢ります! なんでも奢りますよもう!」 同じくのっそりと外へ這い出てくる快。 再び口内に戻そうと思ったのか、別の首が快たちに食らいつこうとした……が。 「エエエエイッ!」 カウンター気味に繰り出された麗香の剣が、開いた顎にそって長い裂け目を切り開いた。 またもバランスを崩した竜造機は自ら岩の建造物に頭を突っ込んだ。 そんな様子を横目に、そそっと快へ駆け寄る麗香。 「あの、快君これ……」 気まずそうに差し出された自分の腕を見て、快はとりあえず受け取り、自らの腕に押し当てた。自らの運命を犠牲にして接続。血色の悪くなった腕をぐーぱーして、具合を確かめてみる。 「ありがとう、麗香さん。お酒とか好き? お詫びに何か……」 「あのう、それより後ろ」 指をさす麗香。 そのさきでは、残り一本の首が今まさに食らいつこうとしていた所だった。 だった。過去形である。 現在はどうかと言えば、すっぱりと切り取られた下あごが回転しながら飛び上がり、上あごだけになった首が背中を向けたままの快によって受け止められていた。今し方つけなおした腕でだ。 「頑丈ですね、守護神」 「まあその、おかげさまで。そっちもいい切れ味だね」 「どういたしまして」 つい今し方竜造機の下あごを切り飛ばした霧音が、刀を鞘に収めて肩をすくめた。 「エネルギーの循環バランスが崩れればこのざまですか。他愛の無い」 再び抜刀の構えをとる。 「竜も、竜を生み出すものも、全て切り伏せてみせる。その意志こそが私の刃」 前に踏み出した足をにじり、腰をぐっとひねる。 「竜殺しの勇名はいらねど、竜を斬る刃とはなりましょう」 ひねりきった腰を一気に振り戻し、音速を超えて抜刀。 「奥義――櫻嵐・十三式」 それだけで、竜造機の球体ボディにばっくりと真っ二つに割れた。 いや、切り裂かれたのだ。 轟音を立てて落下する竜造機。 「やっ……おおっと危ない」 両手で口を塞ぐ那由多。 その直後、激しい地響きが彼女たちを襲った。連動して次々落下してくる岩。 「まずいな、地下空間が崩れるぞ」 「ほらっ、逃げて逃げて!」 最後に天使の歌を発動させて那由多たちの怪我をめりめり修復させると、アーサーは出口へ向かって飛び立った。一方でアリステアは翼の加護を発動、足をもつれさせた那由多を引っ張って一緒に飛び出した。 一度振り返るミリー。 崩れゆく地下空間のなかで、ベビーの亡骸がうまってゆく。 思えばあの子は力尽きても消滅しなかった。 もしかしたらあの子は、ミリーたちとの戦いの中で新たな幻想生物としてこの世界に誕生していたのではないだろうか。 「……またね、ベビー!」 ミリーは短い間に感じたぬくもりと声だけを胸に秘め、出口へと駆けだした。 しばし後。 すっかり乾いた沼地から勢いよく飛び出したカルラが、何回転かしてから地面に着地した。 一足遅れて快と、彼に庇われた麗香が飛び出してくる。 かなりギリギリだったのか、ほとんど地面をこするような形での脱出だった。 先に脱出していたであろうアラストールが、ぱしぱしと小石を払って立ち上がる。 「これで全員ですか?」 「ええ、恐らく」 しゃんとした佇まいで応える霧音。今までの戦闘などまるでなかったかのようである。 ウーニャは今し方埋まったばかりの穴を振り返って、ぽりぽりと頭をかいた。 「うわあ……これ、ガチな消滅だわ」 「それはまた、どうして?」 快から微妙に距離をとりつつ問いかけてくる麗香。 ウーニャは快の肩をポンポン叩いてやりつつ、ある地点を指さした。 「地下の3Dマップを暗記してたから分かったんだけど、私たちが出てくるときにあの地下空間、崩落してたわよね」 「ああ、確かに」 「だったらその分表の地面もへこんでる筈じゃない? この穴、そんなに深くなかったはずよ」 首を傾げるアラストール。 「言われてみれば……。しかし、地盤沈下というのは後から来ることもあるんでしたよね」 「地盤ゆるゆるの沼地跡で?」 「……ああ」 つまり、地下空間は『最初から何も無かったかのように』消滅したのだ。 今同じ場所を掘り返しても、何百年も蓄積した正常な地層が出てくるだけだろう。 足下を見やる霧音。 「それに関して言えば、私が真っ二つに切り裂いた竜造機も中身が『詰まって』いましたよ」 「ん? でも俺、内側から破って出てきたぞ」 歪んだ眼鏡をどうにか元に戻せないかぐにゃぐにゃやりつつカルラが顔を上げた。 「内側の『どこ』を破りました?」 「……ええと、どこだったか。真っ暗だったしな」 薄笑いを浮かべる那由多。 「あくまで推測ですけれど、カルラさんとアラストールさん、あと守護神さん。下手したら神秘エネルギーに分解されて吸収されるところだったんじゃないですか?」 「うわ、嫌だなあ……守護神やアラストールたちを取り込んだ怪物なんて……」 二重の意味で嫌だなあと、アリステアは呟いた。 もう一度へこむ守護神。 そんな中で、ミリーはぎゅっと目を瞑った。 まぶたの裏に、光が焼き付いて見える。 「ベビー……」 それが唯一の、形見であるかのように。 今日、この世から一つの幻想が消えた。 あとに残ったのは、人々に語られることの無い『ドラゴン退治』の物語のみである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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