●飴降り蛙、蛙降り 最初に落ちてきたのは、パステルピンクの見るからにふにふにした物体だった。 それは地上2メートルの場所に空いた穴から転がり落ちると、棚から零れた縫い包みのようにぺちょっと床の上で跳ね返る。 そのまま暫くじっとしていたかと思えば、不意に天井を向いた四本の短い足をバタつかせて、亀のように滑稽な動きでころんと反転して跳ね起きた。 蛙といえばそうなのかもしれない。 まるで綿を詰めたがま口財布のような形をしているし、ちんまりとした足の先に水掻きもなかったが、それでも何処となく蛙独特の雰囲気がある――のかもしれない。無論、見る人によってはがま口財布の方に、より近しさを感じるかもしれないが。 ともかくその、パステルピンクの蛙もどきは薄暗い倉庫の中をきょろきょろと見回すと、人が未知の領域に恐る恐る足を踏み出すように、片方の前足をそろりと伸ばして、ちょんちょん。硬くひんやりとしたコンクリートの地面を突付く。 天井が高く薄暗く、窓の向こうに青空の窺えるその場所が倉庫と呼ばれることも、それどころかそこが建物の中であるということも、異世界の蛙には分からなかった。 ただただ目をぱちくりと瞬かせ、不思議そうに辺りを見回すと、蛙にしては、というより蛙もどきにしてはちんまりとした口で「きゅー、きゅー」と甲高くか細い鳴き声をあげる。 そして。 ――ぽとん。 ぽとん、ぽとん。ぼよん、ころん。 その声を合図にしたかのように、頭上に空いた異世界への入り口から次々と――カラフルなパステルカラーの雨が、無人の倉庫へと降り注ぎ始めた。 ●ちっぽけな来訪者 「フクラガエルって知ってる?」 ブリーフィング室にて。 集うリベリスタ達を前にした『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の第一声がそれだった。 白い少女がおもむろに掌を差し出すと、指の上に3、4cmほどだろうか、一口サイズの饅頭が乗っかっている。 「大きさはこのくらい、大きいものでも精々5cm程度。水じゃなくて土に掘った穴の中で暮らす蛙で、おたまじゃくしにはならない」 唐突に始まった蛙談義に、ついていけない者が大半なのだろう。 ぽかんとした顔を見回したイヴが何故か小さく頷くと、彼らの質問を先んじるように改めて口を開く。 「降ってきたの。そんなのが、山ほど」 山ほど蛙が降ってくる光景。 そんなものは直接見たことがなかろうとも、経験を積んだリベリスタであればどういう事態かは想像に難くないのだろう。 その疑問を肯定するように、或いは未だ想像がつかないで居る者達へと説明するように、イヴが今度はしっかりと頷く。 「D・ホールが開いたの。だから、勿論だけど本物の……というか、この世界の蛙じゃない。大きさも鳴き声も良く似てるけど色はパステルカラーだし、柔らかさはマシュマロに近いらしいよ。あと、味も」 ぼそっと付け足された言葉に、うっかり耳にしてしまったらしいリベリスタが素早く顔を上げる。 その態度を前にしては誤魔化し抜く自信を失ったのか、心持ち肩を竦めた少女が色違いの双眸で何処か遠くを見詰める。視線の先を辿ったところで、そこには壁しかないのだが。 「色によって味は違うけど、基本的には普通よりちょっと甘めのマシュマロに似てるって……もっとも、流石に噛み千切る気にはなれずに一口で食べたって話だから、切断面がどうなってるのかは分からない。一般人が食べた場合は軽度の麻薬みたいな影響が出るって報告されてるけど、リベリスタが食べる分には問題ないみたい」 異世界からの未知の生物を食して感想まで報告してしまう辺り、アークの職員もピンきりだ。 遠い目をして説明していたイヴだったが、そこで「ただし」と一旦言葉を切る。 「生きてる以上は動くし、鳴くから。……食べたいなら止めないけど、その辺りは覚悟しておいて」 白魚ならぬ、フクラガエル(もどき)の踊り食い。 味と安全の保証がされているとはいえ、実現すれば中々に衝撃的な光景かもしれない。 「それで肝心の任務だけど、降ってきた蛙を全部送還するか、討伐して欲しい。戦闘能力は皆無に等しいから怪我の心配はないだろうけど、とにかく数が多いから頑張って。――あと、さっきも言ったけど、食べたいなら食べても良いよ」 場所は此処、とモニターに場所の情報を表示しながら、イヴは思い出したようにふと顔を上げた。 「そうそう、一つだけ朗報。……この世界のフクラガエルとは餌が違うらしくて、仮に食べても虫ごと飲み込む心配はないから安心して。金平糖をあげたら喜ぶみたい」 餌付けするならそれがお勧め、と最後に告げて。 手にしたままの饅頭を傍に居たリベリスタへと押し付けると、白のフォーチュナは何事もなかったかのように、ブリーフィングルームを出ていったのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月29日(木)23:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「甘い匂ーい!」 倉庫に一歩足を踏み入れた『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)の声が屋内に響いた。 「しかしなんだな。いくら甘い香りがするとは言え、パクっと行っちゃったアーク職員もすごいな」 あひるに次いで倉庫の中に入った『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が、「むしろ前線に出るべきではないのか、その勇気は!」と至極もっともな意見を口にしながら、床の上を転がるように跳ね回っている『マシュマロガエル』に視線を向ける。 その隣では同じように周囲を見回した『千歳のギヤマン』花屋敷 留吉(BNE001325)が、鮮やかな蛙だらけの光景に目を瞬かせていた。 「……本当に、マシュマロみたい」 ぽつりと呟いたのは『Radical Heart』蘭・羽音(BNE001477)だ。リボンで飾られた幾つもの籠を脇に置いてしゃがみこみ、足元に跳ね寄ってきた小さな蛙を一匹、掌でそっと掬い上げる。 思い思いの反応の中で一歩前に出た『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、此方も自分から近付いてきた蛙を掌に乗せて、小さな来訪者に微笑を向けた。 「こんばんは、異界のお客さん。今日は大勢で遊びにきたのだな」 この場で唯一、タワー・オブ・バベルを有した少女の言葉に対し、真似をするように首――というより身体を傾けた蛙が、きゅー、とか細い鳴き声を上げる。 「なんて言ってるんだ?」 雷音の手元をひょいと覗き込んだ『選ばれしバーコードバトラー』鯨塚 モヨタ(BNE000872)が、好奇心に目を輝かせるようにして尋ねた。 いつの間にかその手には持参した金平糖の袋が握られていて、少年の手が小さな星型の砂糖をばら撒く度に、周囲の蛙が飛び跳ねている。 けれどモヨタの問いに対して、雷音はほんの少しだけ眉を寄せたかと思うと、僅かばかり首を傾げた。 「……子供」 「こども?」 鸚鵡返しに繰り返した留吉に頷いて、雷音が手の中のピンク色を見る。 「子供みたいなのだ。みんな似たような喋り方だから……」 ひょっとすると、あまり知能は高くないのかもしれない。 そう言葉を締め括った雷音が指先で蛙を撫でる。 そんな会話から幾らか離れた壁際で、露骨な嫌悪の顔を見せているのは『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)だ。 「羽音、カエルちょっと俺怖い……あ、これあひるちゃんや。羽音とあひるちゃん似てるからな」 「似てる?」 あひるの声を聞いているのかどうか、俊介がすぐ傍の顔を覗き込む。 「すまんな、あひるちゃん――また間違えたか。あひるちゃんはこっちだったな、この羽の手触り!」 「え? どうしたのだ?」 「あ、雷音ちゃんでしたか」 今度は羽音の顔とかち合ったものの、どうやら深く考えている訳でもなければ然程気にしても居ないらしい。 やはり碌に確かめずに羽へと手を伸ばしたかと思えば、不意に翼に触れられた雷音が、状況を掴めないまま振り返る。 「いいや、雷音ちゃんマジエンジェルだから、羽の臭いもマジエンジェル」 「わわ、羽を触られるのは苦手とはしてないが、その、匂いは恥ずかしい! エンジェルの匂いってどんなのなのだ?!」 翼に顔を埋めるようにして匂いを嗅がれた雷音が、ぶわっと羽を広げて大声を上げた。 「しゅん……?」 「羽音の目線が痛いな、まあ気にせずマジエンジェル」 「そこは気にするべきだと思うのだ!」 心なしか普段より低い声で名前を呼ばれても、自重する気は起きないらしい。 相変わらず堂々と羽を嗅ぐ俊介に、嗅がれている雷音の方が些か慌てた様子で、羽音と俊介へと交互に視線を動かしている。 「広いとはいえ、此処で煙草は吸っていいもんかね。窓開けてりゃ平気か……?」 そんな混沌とした状況には目もくれず、最後に倉庫へと入った『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、至極冷静に――或いは見て見ぬ振りの大人の対応でもって、扉を閉め。 甘い匂いに満ちた倉庫は、そうして外の日常と一時的に遮断されたのだった。 ● 「ともあれ、喰わずに送還という形になってホッとしたというべきか」 周囲の状況を視界に納め、そこに猟奇的な様子が見受けられない光景を確かめて烏が独り言ちる。――若干それぞれの欲望が滲み出ている気配はあるが、今のところは一匹も食べられて居ないのだから良しとすべきだ。 手ずから与えた、小さくダイスカットしてきたスイカをもにもにと食べている……のかしゃぶっているのか、いまいち分かり辛いパステルカラーの蛙を見ながら、深く顔を隠す被り物の下で烏は僅かばかり首を捻る。 「甘いモノが好物みたいじゃあるが……肉とか食うのかな?」 取り出した干し肉を齧る一方で千切った欠片を差し出してみたものの、どうやらそちらには食指が動かないらしい。 反応を見せない蛙達にあっさりと手を引いて、代わりに霧吹きで乾いた肌に水を吹きかけてやれば、ぶるぶるっと身体を振るう姿に小さく頷いた。 「感触はマシュマロでも、マシュマロ同様濡れてぶよぶよになるって訳じゃねえのか」 因みに日本だと、蛙は一応食用だが需要は薄い。 これがフランスとかだとカエルのもも肉は高級料理なんだよな……食文化ってやつは複雑だわな。 「……以上、おじさん豆知識のコーナーでした」 「何の話ですか?」 呟きを聞き取ったのだろう、後ろからひょいと顔を覗かせたベルカが怪訝な視線を烏と蛙達の間に往復させる。 「いや、踊り食いってのは宜しくねぇよなぁと。幾らアザーバイドで食えるからとは言えな」 惚けて答え、干し肉を差し出しながら軽く肩を竦める烏に、遠慮なく肉へと手を伸ばしながらベルカは少しばかり目を細めた。 「さすがに彼らも、遠い異郷の地で捕食され果てるのは本意にあらざる所でしょうからね。……ぶっちゃけちょっと食べてみたいが!」 隠さず本音を付け加えたベルカが、蛙の代わりに受け取った干し肉へと歯を立てる。 そうしながら持ち込んでいた砂糖ベースの菓子をそれぞれに蛙達へと与えて反応を見ながら、カラフルなアザーバイド達にごく軽く目を細める。 「それにしても300匹とは、とてつもない数が侵入したものだな……」 特に拘りはないのか、金平糖にも他の菓子にも飛び付く蛙もどき達を見て、ベルカはそっと息を吐き出した。 そしてその場に堂々と仁王立ちをするなり、倉庫内に好き好きに散った仲間達へと視線を走らせる。 「よって有る程度、作業に目途をつける為にも、まずは半分ほどザクッと送還してみた方がいいと――」 「ふにふにしてて、可愛いね……♪」 「俺は甘いの嫌いだし、カエルは苦手だし、神秘は嫌いだってーの」 「ふくふくふにゅふにゅでいい匂い……」 「この子はマスカット君……こっちは……ドラゴンフルーツ君だ!」 「――思ったんだが、誰も聞いてないな」 「……まぁ、何だ。半端な数を送るよりも、最後に全部数えてから送還した方が確実だわな」 他の誰にも届いていない提案に、ベルカの背後でスイカや金平糖をばら撒きながら、烏がさり気無いフォローを入れた。 ● 「こういうのも持ってきたんだけど、気に入ってくれっかな?」 金平糖の包みを置いたモヨタが、布を敷いた籠からグミやラムネの容器を取り出した。 試しに千切ったグミの欠片を差し出してみると、匂いを嗅ぐなりすぐにぱくりと咥え込む。 その隣で砕いたクッキーを与えながら、雷音が掌に掬い上げた蛙に顔を近付けた。 「君は苺、君はメロン、君は葡萄か」 「この黄色いやつはレモン、それともパイン味?」 床に座る膝の上へと這い上がってきた蛙を潰さないように手に乗せて、モヨタが顔を寄せる。 「ちょっと舐めるくらいならいいかな……」 ぼそりと呟いて舌を伸ばした瞬間、 「……はっ、ビックリさせちまったかな、ごめん!」 きゅっ、と甲高い鳴き声を上げた蛙が飛び跳ねた拍子に、モヨタの手の中から転がり落ちた。 慌てて謝る少年に対し、怒った蛙のちっぽけな足が、地団太を踏むように床を叩く。 「なんか、食った職員さんの気持ちがちょっとわかる気がするぜ……」 「気持ちは分かるが、たべるのはダメだぞ!」 「食わないって、味が気になっただけ!」 きゅーきゅーと迫力の欠片もない抗議をする口元に、金平糖を差し出して宥めながらモヨタが苦笑した。 「それなら良いのだ。……で、どっちの味だったのだ?」 「うーん……」 砂糖菓子ですぐにも機嫌を直した蛙を再び掌に乗せたモヨタが、改めて金平糖を食べる蛙を覗き込む。 「もう一回舐めたら分かるかも」 言って、ぺろり。 再び飛び跳ねて転がり落ちた黄色い蛙のきゅーきゅーという抗議の声は、他の蛙の鳴き声に紛れて、そう遠くまでは響かない。 「大好きな金平糖さんですよー、大福もありますよー」 金平糖や千切った大福を撒きながら、蛙の一匹を掌に乗せた留吉が、丸のままの大福を横に並べて満足げに鼻を蠢かした。 「こうしてみると、大きさといい見た目といいそっくり……」 丸々とした大福と、丸々とした蛙。色の違いこそあるものの、一見した雰囲気は実に良く似た組み合わせだ。 もっともパステルカラーの蛙の方は、真横にある大福に興味津々で、大き過ぎる獲物に迷わず喰らいついていたが。――とはいえ流石に大き過ぎるのか、全く噛み切れる気配のない大福をぱくりとやったまま、困ったように留吉を見上げている。 「大丈夫、ちゃんとあげるからね」 大福を小さく千切って与えながら、もそもそと餅菓子を食み始めた蛙に鼻を近付け――。 「小さくてふわふわで……思わず、ぱくっと食べちゃいそう……!」 「し、してない! こっそり匂いを嗅いでみたりなんてしないぞっ!」 「留吉? どうしたの?」 すぐ隣から聞こえた少女の声に、慌ててアザーバイドから顔を離す。 対して声の主のあひるはといえば、突如大声を上げた留吉にきょとんとしたものの、此方は躊躇うこともなく顔を近付けて匂いを嗅いでいる。 「やっぱり甘い匂いがするね。君はモモ君かな?」 小さな掌にちんまりと納まっているピンク色に微笑みかけたあひるが、マシュマロの詰まった袋を取り出した。 甘い匂いに惹かれたのか、そわそわし始めたピンク色に笑って、少女の指が柔らかな菓子を蛙の前に置く。 「このマシュマロもモモ味なのよ。お口に合うかな……?」 「……聞くまでもないって感じだね」 迷うことなく咥え付いたピンクの蛙に、留吉が若干呆れたような、けれど楽しげに揺らめかせた声で小さく笑った。 けれどあひるの方はといえば、傍らの留吉の言葉に反応するよりも、 「マ、マシュマロがマシュマロを食べてる! 可愛い……! まふまふだ!」 顔を輝かせて興奮したように声を弾ませている。 「うん、マシュマロがマシュマロを――ん? マシュマロ?」 そんなあひるにつられたようににこにこと頷いた留吉が、その先で首を傾げたものの。 「美味しいかな? ふふ、喜んでる……気がする」 満足げにマシュマロと格闘する蛙を撫でる少女の横顔を見て、やはり和やかに微笑んだのだった。 ● 羽音から受け取った籠に足元を跳ね回る蛙を放り込みながら、俊介は隠すこともせずに溜息を吐いた。 「はいはい、さっさと帰ってくれ。……あ、おい、羽音」 床に座って掬い上げた蛙の感触を楽しむ羽音に、軽く眉を顰めてその傍らに屈み込む。 「そいつらに餌あげてどうすんだよ。――舐めるんじゃないぞ」 「駄目……?」 「駄目。地面這っていた奴を舐めるとか、どんなばい菌が着いているか考えたくも無いんだぜ」 今度はあからさまに顔を顰める俊介に目を細めるようにして笑った羽音が、両手に掬ったオレンジの蛙を観察するように、少し顔を近付ける。 「でも、ちょっと安心。蛙っぽくなくて、逆に食欲湧かないかな」 「……そんなもんか」 漠然とした返答をした俊介が、傍の蛙を黙って見下ろした。 「こっちの子はオレンジ味っぽい。こっちは……マスカットかな?」 「オレンジ味、って。まさか食べ――」 「た、食べてないよ……色と匂い、かな」 片手の上にオレンジ色と緑色、二色の蛙を並べて指先で撫でる。 そうしながらちらりと視線を動かした羽音が、数匹ばかり蛙を掬い上げて、掌のものと一緒に俊介の肩にそっと乗せた。 「おい、コラ、俺の肩にのっけてんじゃねえ」 肩に乗せられた小さなアザーバイド達に、秀介が眉間に刻んだ皺を少し深めて抗議の文句を漏らす。けれど。 「……ふふっ、可愛い」 「………………」 綻ぶように笑った羽音の手がオレンジ色の蛙に触れたかと思えば、次にはそのまま俊介の頭を優しく撫でた。 果たしてその所為か、それとも表情を和ませて微笑む羽音を見れば振り落とす気にはなれなかったのか。 嫌いと明言して憚らない蛙の存在に、やはりあからさまな溜息こそ吐いたものの、俊介が乱暴とはいえない手付きで自身の肩へと手を伸ばす。 「気持ち悪いから降りてくれ、食われたくなきゃさっさと帰……、…………」 「しゅん……?」 不意に沈黙した俊介に、羽音が不思議そうに顔を覗き込んだ。 その金色をした双眸から逃れるように幾らか視線を背けた俊介の指が、握り潰さないように加減してオレンジ色を摘み上げる。 「…………あ、案外ふにふにしてんだな。なんだよ、気持ちいじゃねえか」 可愛く見えて来た、という呟きまでも拾い上げた羽音の目が、ゆうるりと瞬いて。 蛙をむにむにと握る俊介の姿に、優しく表情を解させると、取り出した和菓子を俊介の肩に居座ったままの蛙に与えると、そのままの動きで。 「はい、しゅんも。あーん……?」 微笑と共に差し出された菓子と羽音の顔を見比べた俊介が軽く目を伏せた。 手にしていた蛙を下ろすと、指先で羽音の唇に触れる。 「しゅん?」 「悪いけど、いらねーよ。それよりも、俺はこっちがいいな……」 「はいはい、子供は向こうで遊んでな」 「あッ、いいところで!」 「もうちょっとだったのに……」 上からぐいっと押さえられた頭を強制的にあらぬ方に向けられて、ベルカとあひるの声が重なった。 色恋沙汰に興味があるのか、それとも単に仲睦まじさに関心があるのかはさておいて、被り物の下で心持ち烏は肩を竦める。 「あぁ今回、あれだ。おじさん保護者役かと、今更ながら気がついた」 「同士晦! 私は子供ではないからして――」 「だったら空気読もうぜ、空気」 あひると一緒くたに子供扱いされた所為か、不満も露なベルカの抗議を軽くいなした烏の溜息が、窓からの日差しも暮れ始めた倉庫の中で、伸びる影に紛れるように小さく溶けたのだった。 ● 陽は落ち沈み、世界は一様に夜を迎える。 灯りのない倉庫の中を、モヨタの発光が、あひるや留吉の持参したランプだけがゆらゆらとした光で照らす。 「こっちにおいで、そろそろおうちに帰ろう」 「お菓子はこっちだよー。みんなおうちに、帰らなきゃね」 あひるや留吉が素手や菓子で釣って、蛙達を籠に移していけば、その隙間に残った菓子や果物を詰めて、順次D・ホールの向こう側へと運ばれていく。 「ばいばい、元気でね……。もう……食いしん坊さんがいる世界に来ては、いけないよ」 「食いしん坊はお前だ羽音。もう落ちてくんなよ、次は還れねえかもしれねーからな」 あひるによる翼の加護を受けた羽音が、籠をホールの向こう側へと押し出す。それに口を挟んだ俊介の言葉は一概に呆れたともいえないものだ。 「さて、これで全部だろうか?」 「倉庫の隅に跳ねてたのは全て回収した筈だがな」 すっかり暗くなって視界の利かない倉庫の中、ベルカと烏が蛙の収まった籠をランプの近くに置く。暗視のスキルと暗視スコープを活用しての最後の見回りだ。 「298、299――300、と。うん、これで全部だな!」 一匹ずつ声に出していた数えていたモヨタが太鼓判を押す。 「どんな世界から来たのかとか、お菓子は美味しかったかとか聞いてみたかったんだけどな」 「出身地の話はともかく、お菓子の方は充分満喫したんじゃないか?」 今も籠の中で金平糖を食む淡い青色を指先でぷにぷにしながら、ベルカがモヨタに意見を返す。 「ちょこっとだけで良いのでペロッと舐めてみたいなー」 「あ、俺舐めた。甘かったぞ!」 「やっぱり甘いのか!?」 心なしか自慢げなモヨタとそれに返すベルカのすぐ傍で、雷音がそれぞれ籠に詰め込まれた異世界の住人達を見回した。 籠の一つへと顔を寄せると、髪を括るリボンを外して結わえ付ける。 「この籠はぜひ君達のベッドとして使ってくれ。――そしてこれは、今日の思い出の証に。またあえるといいな!」 「あひるの、とっておきのキャンディもおすそ分け。バイバイ、あひるたちと遊んだこと、忘れないでねっ」 籠の隅に包みを収めて、あひるが指先で蛙を撫でる。撫でられた蛙はといえば、満足げにきゅっと短く鳴くと、自分から頭を擦り付けていた。 「さてと、それじゃ返しちまうか」 それぞれに別れを告げたのを見計らった烏が、長身を生かして最後の籠を難なくホールに押し込める。 そのままD・ホールへと翳した掌は、世界の綻びを跡形もなく縫い合わせ――やがて彼らの目の前で、異世界への出入り口は音もなく塞がれた。 日差しと共に肌寒さが迫る、そんな夏の終わりの一夜。 開いた窓の向こうから涼しげに虫の声が響く中、甘い香りを残滓に漂わせた世界は、あるべき姿へと戻っていく。 …………まるで、何事もなかったかのように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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