● 其れは良いも悪いも寝静まった丑三つ時の事。 とある住宅街の片隅にある寂れた霊園。さらにその片隅の一角、伸び放題になった草木の陰に隠れるようにして一基の墓石があった。 いつの世に彫られたかもわからぬ程に潰れた墓石の字に目を凝らせば、それは「霞……」と読める。 だが墓石に刻まれた名など今は問題ではない。何故なら、その墓石の側にはこの世ならざる物が放つ光があったからだ。 幽かに輝く光の球とゆらゆら漂う焔の尾を持つそれは、今も昔も変わらずに人魂と呼ばれている。 『忌々しきはあの坊主共よ。これでもかと封じ符を重ねおって……』 不意に、地の底から響くような低い声がした。それは件の人魂から聞こえた音だ。 『だが幾星霜も粘った甲斐があったというもの。符の力が弱まった今、もはや俺を縛る物はない。 しかも体が無ければ刀も振れまいとでも思ったのか、俺の刀を骨灰と共に墓穴に放り込むとはな。お陰で探す手間が省けたわ』 独り言を鼻で笑って終わらせたその人魂の下、そこには生きた男が一人倒れている。蒸し暑い夏場故か、軽装に身を包んでいた。 『肝試しなどと抜かしておったが、俺が一声脅かしてやっただけで気を失うとは……試すまでもなく、肝っ玉の小さい男だ』 人魂が倒れた男の眼前に音もなく近づく。 『まあ良い、俺が欲しいのは器。肝っ玉こそ小さいが、こやつは良い体つきをしておる』 人魂はふわりふわりと宙を舞い、いくらか勢いを付けたかと思うと音もなく男の胸へと吸い込まれていった。 虫の啼く音だけが暫く聞こえた後、地を踏みしめる音と同時に草陰にぎらりと輝くのは銀の色。次の瞬間、袈裟懸けに斬られた墓石だけが地に落ちる。周囲の草木には傷の一つも無い。 「地に足が着いている事に感謝する日が来るとはな」 のそりと現れたのは、先程まで地に伏していた男の面。しかし手には抜き身の刀が握られ、その眼は獲物を狙う狼の様に爛々と輝いている。 その輝きの色は、男の中に消えた人魂のそれとよく似ていた。 「では参ろうか。久方ぶりの人斬りだ、存分に愉しませて貰うぞ」 こうして狼は野に放たれた。残されたのは――虫の音のみ。 ● 「さて諸君、事件だ」 普段通りの黒ずくめの姿で『黒のカトブレパス』マルファス・ヤタ・バズヴカタ(nBNE000233)が話し始めた。 リベリスタ達とマルファスがいるのはいつものブリーフィングルーム。夏場ということもあり、手にした飲み物や団扇で涼を取っている者も少なくない。 「今回の敵は、分類で言えばエリューション・フォースになる。あるいは今の時期に合わせるのなら……幽霊だな」 うっすらと口元に笑みを浮かべたマルファスの物言いはどこか楽しげでもある。続けて彼は言葉を紡ぐ。 「その幽霊が何時の時代に生きていた者か詳しくは分からないが、得物が日本刀である事も踏まえると、少なくとも帯刀が許されていた時代の男性らしい。 そして男が生前最も好んでいたのが、人斬りだった」 涼を取っていた者達の手が止まる。冷房の幽かな風音が、やけに大きく響いた。 「無論当時、男を止めるために多くの人員が割かれたのだが、彼らは一時も保たずに死体へと変えられてしまった。 もしかすれば、その時既に男の剣技は人としての域を超えていたのかもしれないな」 結果として六度目の討伐、最後の一刀が漸く男の胸を深々と貫いたことで惨劇は終わりを迎える。 だがその時点で築かれた遺体の数は、千に届くほどだったという。 「斯くして男の肉体は焼かれて骨灰となり、夥しい血を吸った愛用の刀と共に地中へ。死して尚、神仏に害を及ぼすとまで言われた魂は、成仏されることなく今日まで封印されていたのだが――弱まった封印の隙を突き、男の魂が現代に蘇ってしまったというわけだ」 ブリーフィングルームのモニターに、地方都市の住宅地近辺を表す地図が映し出される。 「蘇った人斬りの魂は近くを通りがかった一般人の体を乗っ取り、すぐにでも人斬りを開始する。諸君が霊園付近に到着するのは敵が肉体を手に入れ、人斬りを行うために霊園を出て徘徊を始めた後だ」 いいかね、とマルファスは言葉を置き、 「今回の敵の能力は高い。全員で一丸とならなければ、容易に斬り伏せられてしまう」 そう言い切った仮面の男の表情は、いつしか普段からは感じられない真剣なそれへと変わっている。それ程に、危険な相手なのだろう。 「ちなみに、敵に乗っ取られた一般人の体については遠慮はいらん。ダメージは全てエリューション持ちだ。故に油断もするな、容赦もするな。徹底的にやれ」 そこまで言って漸く、マルファスの口元に不敵な笑みが戻る。 「フ――、さあ、私は運命の岐路を示したぞ。あとは、君達が選び取るだけだ」 武運を祈る。そう最後に伝えて、彼はリベリスタ達を送り出したのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月04日(水)23:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 霊園に広がる黒く生い茂った木々の上から少し頭を覗かせた時計塔が、静かに時を刻んでいる。時計に内蔵された照明に照らされた文字盤が示す時刻は、午前二時半を過ぎた頃。フォーチュナが示した通りの時刻だ。 時計から視線を離した『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)がゆっくりと周囲を見渡す。 (人斬りとはまた、時代錯誤もいい所だな。生前に散々犠牲を出しておきながらまだ足りないのか) 彼の心に憎悪の火が灯る。それを現すかのようにオッドアイの双眸が淡く輝き、異能の力を発現する。夜闇も無数に広がる町並みも、彼にとって障害ではない。 (どうであれ、俺の仕事は変わらない。さっさと見つけて片付けるだけだ) その瞳がリベリスタ達から少し離れた場所にゆらりと動く姿を認めたのは間もなくの事。他に動く物が無い事から考えて、当たりと見て良いだろう。 「向こうだ」 櫻霞が端的に指し示した方向を確認してリベリスタ達は頷き合い、移動を開始する。同時に『三高平妻鏡』神谷 小夜(BNE001462)が仲間達に翼を授け、飛行の力を与えた。 「ちょっと怖い感じですけど、大丈夫、いけます」 他の者達も得手不得手こそあるものの、準備はある。各々が自身の出来うる最善を考えているのだ。 (態々餌を与えて調子付かせるのも癪だな) 犠牲を無くす為に人払いの強結界を張り、戦場での異音に耳を欹てるのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。 戦場周辺の地図を用意していた『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は、霊園から住宅地への最短経路と櫻霞が示した敵の位置を照らし合わせ、進むべき道を示していく。 途中、曲がり角では『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が進む先を検め、手振りで安全を伝えた。『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)や『足らずの』晦 烏(BNE002858)は敵に近づくにつれ、探索に集中する者達を守る為に周辺の警戒を強めていく。 そうして進むこと十数分。 「そこにいるね」 熱を感知できる瑞樹には、人間一人の熱量が曲がり角の先に居るのが分かっている。 リベリスタ達は霊園からさほど離れていない場所にある、新興住宅地の敷地内に居た。十分とは言えないが周囲には電灯が等間隔で並び立ち、展示場として開放されている家も見受けられる。 「間違いないな」 何より、千里眼を持つ櫻霞にはすでに敵の姿がはっきりと見えている。見た目は確かに青年の姿だが、その体から溢れる剣呑な雰囲気は只者ではない事を彼に感じさせていた。 行くか。そう仲間達に確認しようとしたその時、敵に動きがあった。 こちらに気付いたわけではない。しかし敵は霊園側に背を向け、住宅地のさらに中心部へと歩みを進めようとしている。 「追――」 追うぞ、と伝える為に櫻霞は仲間達に振り返る。だが、時を同じくして動いた者がいた。 急ぐでもなく、急かされたわけでもなく。通りすがりのように歩み出たのは。 それは、櫻霞の隣で敵の様子を確認していた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)だった。 物陰から動いた彼の姿は、敵から見て既に完全に露わになっている。その上で、快は言葉を作った。 「霞何某! 俺達と立ち会え! それともお前は弱者を斬って悦に入るだけの臆病者か!」 静まりかえった深夜の住宅地に声が通ると同時に、敵の動きが止まる。 微かな反響の後に、敵の男が人形のように頭だけを動かし、快を見た。 「俺を、呼んだか?」 敵の全身が完全に快の方へと向き直る。他のリベリスタ達も、その時にはすでに敵の前に歩み出て自身の位置に付いていた。だがそれを見ても、敵の様子にさほどの変化は見られない。 「……八人か。殺して山を作るには少し足りぬな」 「何百年経とうが執着する辺り、好き者だな」 ユーヌが無感情な表情で告げる言葉に、男が口元に笑みを浮かべる。 「之ばかりは死んでも止められぬ。生まれついての性質というヤツだ」 男が背後に回した手に、抜き身の凶器が握られる。 「人斬りだろうと知った事か、エリューションは逃がさない。何事もなく離れられると思ったら大間違いだ」 櫻霞の手にも二丁の得物が握られる。互いに、手に馴染む感触がそこにある。 「面白いことを言う。まるで、俺が恐れているかのような言い草だ」 空に月はない。電灯だけが、作られた光をこの場にいる者達に送っている。男の得物が鋭い輝きを放った。 「自分達が居る限り、好き勝手が出来るとは思わない事だ。任務を開始する」 言葉と共に、ウラジミールと快が一歩前に出る。 「ああ、待ち焦がれていた――数百年もだ。とっとと始めよう」 男の踏み込みに石畳の地面が軋み、散る。夜の凪の中に強引に風を生みながら、男の姿はウラジミールと快に肉薄し、 「夏の夜は短いぞ」 激突の音が、戦場の静寂を打ち破った。 ● 人斬りの男は手にした一刀の切っ先を上に向け、垂直に立てた構えで飛び込んできた。前進しつつ刃に勢いを乗せ、そのまま相手を砕く構えだ。 だが、リベリスタ達も易々と打ち破られるつもりはない。前に出ていたウラジミールと快が、男の突撃に真正面からぶつかった。ウラジミールのグローブが、快のシールドが、魔力の火花を散らす。 「簡単には抜かせぬよ」 踏ん張りが解けぬようにウラジミールが呼吸を整える。見た目だけは青年のそれだが、男の気迫は歴戦の戦士のものだ。気を抜けば、命までもが抜かれてしまう。 次いで、快が男に問うた。 「新田快だ。さあ、俺は名乗ったぜ?」 「霞、源十郎だ」 快の問いに男は、源十郎は言い淀む事なく答える。だがそれで状況が好転する訳では無い。 ただ殺す者と、抑え、護る者。一つに集中するが故に、源十郎の勢いは二人を凌駕しようとしていた。 だから、二人の後方、ほど近くにいたユーヌはその勢いを殺そうとした。 「乾いて飢えて果てろ」 源十郎の足元に水溜まりのような影が生じ、這い上がり、男を覆い尽くそうとする。 「手緩い!」 だが一喝と共に源十郎が踏み込んだ足が影を踏みつけ、霧散させた。僅かに届かない。 「なら、これはどうだい」 フツが緋色の長槍を短めに持ち、その穂先で宙に印を結ぶ。描かれたいくつもの呪印は過たずに源十郎の元へと飛び、手足と体に封縛の印を刻んだ。 「ぬ、っ……!」 大きく、男の体が揺れる。それは強引に身動きを封じられたが故に、体に内包していた推進力が男の体へ反動として返ったためだ。 「大人しくしときなよ――ほうら、お次が来るぜ」 言ったフツの言葉通りにそれが来る。フツに並び立つ瑞樹の腕に絡み付く影の蛇が、源十郎に向かって音もなく飛び出した。それは間もなく極細の気糸となり、刀の付け根を穿つ。 刀に傷は入らないが、打たれることの少ない場所に衝撃が走った為か源十郎の構えが浅く崩れた。 「貴様!」 男が思わず瑞樹に怒りの視線を向けたその時、その懐に飛び込んできた物がある。 烏が投げ入れた閃光弾。闇を切り裂くように、それが炸裂した。 「人斬りの亡霊なぁ。甦ったのは現代というのは不幸なんだろうな」 光の収まりを待たずに烏が男に問い掛ける。男は、呪縛と閃光の衝撃でまともに動く事が出来ない。だから烏は続けた。 「今が未だ刀の時代であったならば、兎も角な」 「不幸とは思っておらぬ。感情を碌に発散できず、人が己が内に泥を溜め込んでいるこの時代も面白い」 源十郎の眼は死んでいない。身動きの取れないこの状況も、どこか楽しんでいる節がある。 「ねえ、生き返ってまでやりたかったことが人斬りなの? 地獄で鬼を斬ってやろう! とかぐらいは言えなかったのかな。ちっちゃい人だね、貴方」 瑞樹の辛辣な言葉にも、男は歪んだ笑みで返す。 「女子が言ってくれるな。俺とて行けたのなら神だろうと鬼だろうと斬っていた。文句なら現世に俺の魂を縛り付けた坊主共に言う事だ」 一息を吐く。 「さあ、まだまだこれからだ。俺を縛り付けて満足か? 殺しに来たのだろう、俺を……!」 「当たり前の事を聞くな」 ユーヌが動く。先程は通らなかった影が今度こそ源十郎の体を覆い、男が内包している呪いを一気に活性化させた。 「む……!」 男の体が強く震える。しかし血走ったその眼の焦点がぶれなかったのは、ウラジミールと快の接近があったためだ。互いの武器が、異様の輝きを纏う。 咄嗟に源十郎の刀が守りの形に構えられ、三人の武器が交錯する。鋭い音が鳴り、だが競り勝ったのはリベリスタ側だ。源十郎の両脇腹を滑るように薙いだ。 その動きに続くように、瑞樹は前衛の二人を自分と敵の間に置いた位置取りで動いていた。それは前衛の影に隠れているわけではなく、役割を考えての事だ。 「傍迷惑な黄泉がえりは、地の底に送り届けなきゃ」 そう言い放つ瑞樹の背後には赤い月が浮かび上がっている。そしてそれは、呪力の渦を巻き起こし、源十郎を翻弄した。 二歩、三歩。渦を刀で振り払いつつも男は思わず後退する。 「良い位置だ。少しばかり診させて貰おう」 その様子を面の奥にある烏の瞳が追い掛け、精査する。間もなく、烏の脳裏に浮かび上がったのは源十郎が得意とする技の一つ、"袈裟斬り"の能力だ。 「ふむ、なるほど……」 情報は、伝達によりすぐさまリベリスタ達の知るところとなる。 「さて、やろうか……刀一つで何処までやれるか、精々見せて貰おう」 「ち、俺の技を覗き見たか!」 憎々し気に顔を歪ませる源十郎だが、その身は未だ幾重にも縛られたままだ。そこへ容赦なく、櫻霞の精密射撃が突き刺さる。 その後も、リベリスタ達の猛攻は源十郎を捉え続けた。彼らの放つ異常効果は、初手を誤れば反撃は必須だが、決まれば絶大な効果を発揮する。次々と積み重なる呪いに、泥沼に足を取られたかのように源十郎は身動きが取れなくなっていた。 だが、運命は誰にとっても平等に流転するものだ。リベリスタ達の積み上げた物が、崩れるときが来た。 「オ――!!」 咆哮と共に、源十郎を縛っていた様々な力が一度に弾ける。一度、首を鳴らした男は、 「さて、次は俺の番というわけだ。いいな?」 右手に持つ殺刃を片翼のように翻し、源十郎が駆けた。 ● 耳を貫く激突音が響く。リベリスタと霞源十郎の戦場を囲うように建つ家々は、すでに様々な攻防を夜の黒に染まったその窓に映していた。 「保たせます!」 小夜が暗視ゴーグル越しに見た仲間達へ、夜風とは異なる下方気流が流れ込む。それは傷や穢れを祓う癒しの息吹だ。 「助かった、これでまた行ける!」 「倒れる人が出ないよう最善を尽くすのが私のお仕事、ですから」 小夜の微笑と頷きを視界の端で得た快が、視線を眼前へ集中させる。動きさえ止まっているものの、戦闘は続いている。 読み合いだ。自分も、隣にいるウラジミールも、後方の仲間達も、行動の瞬間を読もうとしている。 これまでに幾度も激突があった。傷つけ、傷つけられ、攻撃が砕き、回復が護った。前の戦いの傷が癒えてない身だが、自分もまだ地に足を着けている。だが、次だ。 次の激突が決まり手となる。だから、地に足を着けて、征く。 「これで仕舞いだ、小僧共!」 動きを見せたリベリスタ達に源十郎が応える。殺意の刃を天に翳す、その動作で男の体が瞬時に分身を作りだした。そして、それらは一斉にリベリスタ達へと走り出す。無論、その手には凶器がある。 「これが噂の分身かい……!」 「本体と分身の区別は、ちょっと難しそうだね」 「こっち! こっちにも来ますよ!」 フツをはじめ、瑞樹や小夜が敵の動きに身構え、備える。分身の数は本体込みでちょうど五体だ。 「あれは読めなかったのか、晦」 「生憎ってとこだな。でも、おじさんも頑張ってるんだぜ?」 ユーヌの言葉にいつも通り紫煙を燻らせながら烏が応じる。圧を持った敵の動きに、吐いた煙が大きく揺らいだ。 「そうら――来るぜ」 最後の激突が始まった。 ウラジミールと快が、体ごと刃を打ち込んできた二人の源十郎をそれぞれ抑える。 「……っ!」 しかし焦りに似た快の息遣いが聞こえた。抑えたのではない、抑えられたのだ。 それを証拠に前衛二人の脇を、三人の源十郎が駆け抜けていく。その一人がリベリスタ達の射線を避けるように大きく弧を描き、回復役の小夜を狙った。だが、 「予想は、してきたんだ」 小夜に背を向けて、白色の短刀を構えた瑞樹が立ちはだかった。左斜め上段から振り下ろされる袈裟斬りに、 「その技は知ってるよ!」 自分の得物が短刀故に、まともに打ち合う事はしない。短刀を逆手に持ち、刃の腹、その斜面を滑らせるように斬撃を逃がす。思ったより踏み込まれた為に刀の切っ先が肩から二の腕を裂くが、構うことはない。 「っ!」 刀と刀が離れる瞬間の削音と共に、源十郎の分身が消える。どうやら一度攻撃を済ませば分身は消えてしまうようだ。 「新田殿!」 「応!」 拮抗を終わらせるために、ウラジミールと快が動く。各々の得物を源十郎の刀に押しつけたまま腕を伸ばす。その状態から、自分の得物へと思い切り体を打ち付けた。 鈍い音と共に分身が拮抗から弾かれて剥がれ、そのまま立ち消える。 「あと二つ!」 「となれば、どっちかってことだな」 フツとユーヌの前に迫る二人の源十郎。そのどちらかが本体ということになる。 「ま、試すしかねえよな、っと!」 横薙ぎに振るわれた刃をうまくかわしたフツが、十分にしならせた長槍の中程を源十郎の胴に食い込ませるようにして打ち付け、弾く。すると、手応えの消失と共に男の姿が掻き消えた。 「愚鈍だな、当たりだ」 上段に振りかぶった源十郎の胸に、滑るように懐に潜り込んだユーヌの銃口が突き付けられる。そのまま、引き金を引いた。源十郎の体が掻き消えず、低く宙に浮いた。 「ぐが、っ!!」 5メートル程を吹き飛んだその体に傷はない。だが、青年の姿をした人斬りの様子からは明らかに疲弊が見て取れる。 「これで貴様の隠し札がまた一つ解ったわけだ」 「ぬかすな!」 源十郎が踏み込みからの横一文字を放つ。前衛二人を巻き込む規模のそれは、しかし快がウラジミールを庇うことで一点に集中した。 「ただ殺しを求める刃に、これ以上誰も奪わせたりはしない!」 「一手に引き受けるか、ならば貴様から先に潰す!」 続けざまに、刀の連突きが快を襲う。守りは固めているが、真正面から受ける切っ先の連撃が着実に快の体力を削っていく。だが、そこに介入する者がいた。ウラジミールだ。 「苦し紛れの攻撃など」 大男の巨腕をさらに大きく見せるハンドグローブが連撃のただ中へ強引に突き込まれ、そして、 「自分には通じない」 白刃を、掴み取った。ウラジミールはその手を離すことなく掴み取った刀ごと自身へ源十郎を引き寄せ、 「大技ではないがきっちりとやらせて貰おう」 掴んだ手とは逆の手で、輝きの一撃を大きく打ち込む。 石畳の地面を源十郎が転がる。しかしさらに続けて、二色の光が攻撃を終えたウラジミールを追い抜くように飛び出した。 「ここまでだ。さっさと沈め」 櫻霞の針穴通し。彼の二丁拳銃が放った二つの弾丸が金と紅の二重螺旋を描き、ウラジミールと同じ攻撃箇所へ真っ直ぐ突き刺さる。 「もう少しです!」 清浄な微風を生み出しつつ、懇願するように小夜が叫ぶ。 ユーヌが、フツが、瑞樹が。再び種々の呪いで源十郎を封じ込める。攻撃の手段を失った人斬りは、それでも尚吼えた。 「る、ぉおおおお……!!」 眼は赤く輝き、口からは怒りの熱を吐く。だがリベリスタ達が引くことはない。 「畳みかける!」 誰が叫んだか。その言葉通りに、弾が空を裂いて舞い、光刃が闇夜に幾度も煌めいた。 そして最後の瞬間。源十郎の気迫が縛を食い千切り、再び確かに攻めの力を取り戻す。だが、 「種子島の伝来から470年、人を殺すには技術も力量も覚悟もいらず、ただ引き金を引けば人が殺せる時代となった」 語る烏が手にしたのは贈り物の改造銃。師が教え子に解くように、源十郎の前に立つ。 「甦らずな、人斬りだと世を騒がせていた時代で生を終えていた方がな。 ――きっと幸せだったんじゃねぇかねぇ」 烏の一弾が、源十郎の眉間を捉える。正偽の程はわからねど、その一撃は、確かに決着という名の解を示したのだった。 ● 「諸共地獄に送ってやる、次はあの世で鬼とでも戯れるんだな」 櫻霞の放った銃声と共に、遺された源十郎の刀は役目を終え、砕けた。戦いの最中では幾度となくリベリスタ達を苦しめたその得物も、今となっては過去の脅威を語るための道具でしかない。 破壊された刀は烏の意見もあり、フツによって供養されることとなった。 「霊園の方もオレが後始末しておこう。静かに休んでるところで、お騒がせしちまったことを謝らねえとな」 掃除もやっておかねえとなあ、と計画を練るフツの隣では源十郎の器となっていた青年の様子を見る瑞樹の姿がある。情報通り、外傷はないようだ。今は意識を失っているが、直に目を覚ますだろう。 夏の夜は短い。 僅かに冷たさを含んだ夜風で戦いの熱を冷ましつつ、うっすらと明けていく夜の中、リベリスタ達は帰路についたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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