●転がり落ちた遮蔽物 ――どすん と、なんとも鈍い音を立てて、その球体は転がり落ちた。そのままゴロゴロと二回転ほどして、止まる。 大きくカーブを描いた山道の二車線道路。丁度そのカーブ部分を塞ぐように転がり落ちたのは、大の大人の2、3人程度が囲った程度では追い付かないような巨大な球体――というよりも、球体に近い岩だ。 その巨大な邪魔者を吐き出した穴は、奇妙なことに崖の縁すれすれの、ガードレールのど真ん中を喰って空中にがっぽり空いている。覗き込んだところでひたすらに、どこまでも黒々とした穴は、さながら小さなブラックホールか怪物の咥内だ。 転がり落ちた岩は微動だにしない。 まるでそこにあることが当然といわんばかりに灰色の身体でどっしりと構えて、じっと空を見上げていた。――そう、『見上げて』いた。 巨体に不似合いなほどちっぽけであどけない、精々大きなボタンサイズのぽちっとした黒い両目が、夏の青空に眩しげに瞬く。 これまた不似合いなほどちんまりとしたおちょぼ口が、困ったようにへの字型を描いていた。 まるでこの現状に悩んでいるのに、どうしたらいいのか分からないとでも言わんばかりに。 どこからか飛んできた蝉が岩肌――まさに岩肌としか言い様がない――の表面にペタリと張り付いて気忙しく喚き立て始めても、山の斜面から下ってきた狸が匂いを嗅いで、顔を顰めて立ち去っても微動だにしない。いや、出来ない。 ちっぽけな黒い双眸だけが、空を見て山を見て、道路を見て穴――D・ホールを切なげに見る。 そして巨体に照らせば欠片ほどの大きさしかない口を開くと、小さく溜息を吐いた。その拍子に口の中に飛び込んできたコガネムシをもしゃもしゃやって、気に喰わなかったのかぺっと吐き出す。 吐き出されたコガネムシは怒ったように身震いすると、唾液ならぬ細かな塵を撒き散らし、玉虫色の羽を煌かせて夏の空に飛んでいった。 球状の大岩『ブロック・ブロック』には、大きな不運が二つあった。 一つには、図らずもD・ホールから別チャンネルにある『異世界』へと吐き出されてしまったこと。 そしてもう一つは――その『異世界』の重力が、ブロック・ブロックの世界よりも遥かに強いことだった。 ●望まれない遮蔽物 「どうにかして排除して下さい」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の言葉は実に簡潔だった。 まだ朝日が快晴の空を照らして間もない時間、集うリベリスタ達を見回して、和泉は更に言葉を続ける。 「方法は何でも構いません。討伐でも、D・ホールに放り込むでも良いので、とにかく山道を通常通りに通行出来る状況に戻すのが最優先です」 その後に続いた詳しい説明を要略すれば、大岩のアザーバイドによって塞がれたのは山奥にあるとある村へと続く唯一の山道であり、山道が封鎖されている限り物資を運ぶことも出来なければ、村から住人が麓の町に降りることも出来ない。 更には交通に不便な山村にありがちな例としてその村には年寄りが多く、万一何かあった時に山道が塞がれたままでは救急車も通ることが出来ないというものだった。 如何にちっぽけな、地図に載っているかどうかも怪しいような村とはいえ、一般人の生活にすぐにも支障が出かねない事案を見逃すことは出来ない、というのが和泉の言だ。 だが、そこまで説明した和泉が、不意に表情を曇らせた。 「ただ、見た目通りの大岩なので、余程の怪力か何か手段を用意しないと移動させるのは困難かもしれません。情報では重量もそれなりにあるようですし……」 そこまで説明すれば、それぞれに山場を迎えてきたリベリスタ達にも先は想像がつくというものなのだろう。 誰かが吐いた溜息に引き摺られたように、和泉の口からも小さく溜息が漏れる。 「と……とにかく、時間との勝負です。何か問題が起こる前に、早急に対処をお願いします!」 皆を鼓舞するように大きく声を張って、和泉は深く頭を下げたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月26日(月)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 見上げる瞳と、見下ろす瞳。 どちらも視線は逸らさないままだったが、見上げてくる『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)のじーっと揺らがない瞳を見返す方は、心なしか戸惑ったように瞬いた。 「あ、まるまるおめめを見ている場合ではありませんでした。まおは岩様が帰るお手伝いをしに来ましたから」 はたと気付いたように言葉を零したまおが、不意にブロック・ブロックの前で身を翻す。おろおろと周囲を見回したつぶらな目は、けれど周囲の様子を把握すると、余計に戸惑いの色を深めて揺れた。 「岩、大きいね。真夏にこんな大きいの運ぶの……」 「あ。居たんだ、兄さん。熱中症にならないようにしてね」 岩と酷似する表面に触れて呟く『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)に、『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)が何処か空惚けたように言いながらも気遣いを添える。 一人二人、ではない。 わらわらと――ごろりとした体格の大きさからすれば、まさにそんな光景でもって姿を見せた異界の住人達に、ブロック・ブロックの目が心許なくきょとりと瞬いた。 「知らない場所に1人でいたら、不安ですもんね」 「安心したまえ、必ず我々が君を元の世界に送り返そう!」 呟くように言う『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)に次いで、『みんなのカイチョー』四十谷 義光(BNE004449)も言葉は通じないまでもアザーバイドへと声を掛ける。 「力仕事なら任せろでござる!」 「頼もしいのだ、虎鐵」 到着して早々に意気込む『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)に微笑んで返した『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、小さな目を忙しなく周囲に走らせるブロック・ブロックに近付いた。 新たに目の前に現れた少女の姿に、やはり情けなさを漂わせる仕草でアザーバイドが瞬く。 「今から、君をもとの世界に戻してあげるから安心するのだ。ひとりでさみしいものな。ボク達は敵じゃないぞ」 何処に耳があるのかは分からないが、どうやら音は聞き取れるらしい。 タワー・オブ・バベルによる言葉を理解してかきょとりと瞬いたブロック・ブロックのつぶらな瞳が、意思を伝えようとしているかのようにぱちぱちと何度も瞬く。 「なんて言っているのだ?」 「あー……宜しく、ってところか? 拒絶してる感じじゃねぇな」 疑問を向けられた『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が、ハイテレパスを通して読み取ったブロック・ブロックの感情に首を捻る。此方はタワー・オブ・バベルを有していない所為で今ひとつ断定の難しい判断ではあったものの、好意的かそうでないかは分かろうというものだ。 突如として現れた異なる世界の住人達に、ブロック・ブロックは今一度、きょとりと目を瞬かせた。 ● 「試しに一度、持ち上げてみたいものでござるなぁ」 「ふむ。……持ち上がるかどうか、少し試してみても良いかな?」 虎鐵の言葉に、雷音がスキルを介してブロック・ブロックに尋ねる。 「好きにしろって感じだな」 「よし! 拙者いい所を見せてやるでござるよ!」 フツが間に入っての返答に、意気込んだ虎鐵がブロック・ブロックのざらりとした表面に手をかける。 怪力自慢の両腕に、両脚にと筋肉が盛り上がり――やがてざりり、と、大岩アザーバイドの底の部分が砂と擦れる音を立て、僅かに動いた。けれどなまじ取っ掛かりに欠けた形状をしているだけに、持ち上がるまでには至らない。 「どんな様子ですか?」 「動かすだけならまだしも、持ち上げるのは少々無理があるでござるよ。……押して動かすにしても、拙者一人で時間内に運べるかどうかは怪しいものでござるな」 浮き上がりそうではあるものの、そこまで簡単なものではないと見て虎鐵が早々にブロック・ブロックから手を放す。 「ウム、それなら当初の予定通り、コロを使って動かすのが確実だな」 佐里と虎鐵の会話に頷いた義光の言葉を合図に、それぞれがアザーバイド送還へと準備を始めたのだった。 「時に……君はあのゲームの魔物にソックリでいささか、内心興奮冷めやらぬ訳であるが……やはり……土属性とかなんだろうか?!」 「そのネタは通じるのか? ほら、きょとんとしてるじゃねえか」 アークから借りてきた鉄パイプや地面に油を垂らしながら、ブロック・ブロックを見上げて疑問を投げかける義光の言葉に、フツが首を捻ってから口を挟む。どちらかといえば聞き慣れない異国の言葉こそ通じていないのだろうが、どちらも気にした様子はない。 「最近、君みたいなアザーバイドの帰還のお手伝いをしているのだ」 一方で鉄パイプに油を塗り広げながら、雷音がブロック・ブロックへと話しかけていた。 周囲の状況が気になるのか、動けないままで目だけをきょろきょろと動かしていたアザーバイドはこれ幸いと、理解出来る言葉で話しかけてくれた雷音に視線を落ち着ける。 同じ頃、並べられていくパイプ製のコロの列に新たな一本を並べながら、佐里が感嘆したように呟いていた。 「昔の人って、これでピラミッド作っちゃったんですよね……すごいなぁ」 「ピラミッド作る人の気持ちが、まおはちょっとだけ分かったかもしれないって思いました」 そんな会話がなされる横で、時計を確認した義光が大声を張り上げる。 「今回は、特に時間がシビアであるからしてェ! 10分ごとに皆へ口頭にて報告いたそうッ!」 「そのテンションで、ですか?」 「影時。そういうこと言わない」 義光の熱気に溢れた言葉に、対照的なクールさで影時が口を挟む。それを兄である真昼がやはり冷静に諌めながらも、地面に鉄パイプを並べる手を止めて、いつものように腕に巻き付く白蛇へと眼帯越しの視線を向ける。 「白夜ごめん、ちょっと君重いから影時の方に行ってて」 ちろりと舌を出し入れした白蛇が、小さな目でじっと真昼を見たかと思えば、大人しく地面へと主人の身体を伝い下りる。臍を曲げた訳ではないだろうが、主人から邪険にされて些か拗ねた様子はあるかもしれない。 一方の影時はといえば、寄ってきた兄の愛蛇を抱き上げるなり、途端に相好を崩した。 「チチチ、可愛いねお前は。ちょっとまってね、今お仕事しているでちゅから。もうちょっとまちゅでちゅよー、ちちち」 まさしく少女が動物を愛でる態度そのままといった様子で白夜を撫でる横顔には、先程までの毒舌や無愛想さの影も形もない。 朝早くから忙しない蝉の声を背景に、着々と準備は進んでいく。 転がすようにコロの上へと持ち上げられたブロック・ブロックが、地面から引き離された所為か鉄パイプの不安定さの所為か、実に心許なげに目を瞬かせた。 「これならなんとかなりそうでござるな」 地面とパイプを濡らす油のお陰か、或いは完全ではないにしろ、球体に近い形状の為か。 腕力だけで動かすことを試みた時よりもスムーズにコロの上を滑るブロック・ブロックを押さえて虎鐵が言う。 「あとは転がり落ちないように気を付けておく程度か?」 「崖の方には車を停めておいたが、注意は欠かせんなッ!」 フツの言葉に応じるように、義光が崖の際に停めた四輪駆動車を示す。大岩の重量を支えきれるかどうかは危ぶまれるところではあるものの、万一の転落防止策だ。 「全員で押すのは無理がありますし、交替しながら運びましょうか」 「賛成なのだ。コロを動かす役目は、手の空いた人がやることにしよう」 影時の言葉に雷音が賛成を示す横で、まおの年相応に小さな手がぺたりとブロック・ブロックの岩肌に触れる。 「まおは、岩様のおめめがコロに当たらないように気をつけます」 「そうですね、やっぱり当たったら痛いでしょうし。このまま運ぶ分には、きっと大丈夫だとは思いますけど」 頷いた佐里が、幾らか上の方にある小さな目を見上げて推測を交え。 「時間もそれほど猶予はない。早速始めようッ!」 義光の大喝――ではなく気合の入った一声を合図に、アザーバイドの運搬作業は始められた。 ● 良く晴れ渡った空の下を、ごろりごろりと運ばれていくだけの状況にやるせなさでも感じているのか、時折小さな口が零す溜息に、細かな塵が混じって舞い上がる。 いかに大岩の姿をしているとはいえ、それでも直径は精々が三メートルほどしかない。 流石に全員で押していく訳にもいかず、時折の交替も行われながら、特に腕力に自信のある男手が主になって大岩をコロで転がしている若干原始的ともいえる光景は、何も知らない者が見ればまさしくピラミッドでも作るべくといった滑稽味を感じたかもしれない。 「ここで……雷音に……いい所を……見せないと……ダメなのでござる!」 「……無理をし過ぎるなだぞ、虎鐵」 意気込みも強く力む虎鐵に声を掛けつつも、雷音が通り過ぎたコロを前方へと移動させる。 「ブロックさんの世界は、どんな感じなんでしょう?」 同じようにコロを移動させながら、佐里が思い付いたように口を開いた。 「確かに。ブロックの世界のこととか聞きたいネ」 佐里の疑問に同調するように、「短い付き合いだろうが」と言いながらも、一旦運び手から離れたフツが同じ疑問を口にする。 「どんな世界かはボクも気になるのだ。……ところでフツ、どうして携帯を取り出しているのだ?」 「折角だから、記念写真。送還は間に合いそうだろ?」 「フム……余裕があるとは言えんが、このペースなら問題なかろう」 時計を確認した義光が頷けば、フツがすぐにシャッターを切って携帯をしまう。 怪訝な表情を苦笑へと変えた雷音が佐里達の疑問を伝えれば、ブロック・ブロックの目が輝いた。運ばれるだけのやるせなさも勿論ながら、どうやら一切動けない所為でつまらなかったらしい。 フツがハイテレパスで受け取った情報を雷音へと伝えれば、タワー・オブ・バベルで翻訳した少女が口を開く。 「ブロックの世界は、いろんな姿の住人がいるみたいだな。ブロックは転がったり……飛び跳ねたり? 出来たらしいのだぞ」 何しろ間に人を挟んだ、伝言ゲームを経たような通訳だ。 確実性に不安があるのか、それとも大岩が飛び跳ねる光景に疑問を抱いたのか、途中に疑問符を浮かべながらも雷音が訳す。 「転がったり飛び跳ねたり……」 異界での光景を想像したのだろう、コロを動かす手を止めたまおがぽつりと呟いた。 「あまり……というより、全然想像出来ませんね」 「少なくとも今の、この状態見る限りじゃな」 苦笑する佐里に続いて、運搬の列に戻ったフツが拳で軽くブロック・ブロックを叩く。 「この世界のことも教えてあげたいですね。季節的には、やっぱり海やプールの話かな」 「涼しい話がいいですよね」と、夏の空を見上げながら佐里が呟く。 そうして紡がれる水辺の話や、夏祭りや花火大会の話を、にこにこしながら雷音が訳してブロック・ブロックへと伝える。 恐らくどれも縁のない世界なのだろうことは、言葉こそ発さないまでも、不思議そうな瞬きでそれと知れただろうか。 暑気を払い楽しむ祭りの風景も、夜空を彩る花々の光景も、人の気配に欠けた山中では想像し辛いものだ。 それでも興味深げに、話に聞く鮮やかな火の花を探るように空を見上げるつぶらな瞳へと、佐里が表情を和ませる。 「海やお祭りはブロックさんには厳しいかもしれませんけど、花火は見せてあげたいなぁ点手もう少し時間があったらよかったんですけど」 「でも、それで帰れなくなったら大変だとまおは思いました……」 零された小さな呟きを、そしてそれに加わる声をまるで理解したかのように、佐里とまおを見下ろしたブロック・ブロックはゆっくりと瞬いてちっぽけな口の両端を引く。今この時を楽しむように――笑うように。 ● D・ホールのすぐ目の前。 あと一押しで住み慣れた世界へと戻れる丁度その場所で移動――というより運搬を止められたブロック・ブロックが、すぐ側のホールの存在に気付いて小さな目を輝かせる。 「はは、そんなに興奮すんなって」 通訳を介さねば言葉は理解出来ないにせよ、歓喜を悟ることは難しいことではない。 笑うフツに身体を叩かれても気にした様子はなく、つぶらな目が地を空を、山をホールを辿るようにくるりと回る。 そんなブロック・ブロックの前に立った影時が、見ようによっては微笑を浮かべているようにも見える至極仄かな表情を浮かべる。 「ブロックさん、よかったですね。もし僕1人の依頼だったら速攻で破壊していましたよ」 異界の言葉は分からない。 にも拘らず、少女の言葉に不穏さでも感じ取ったのか或いは微笑に薄ら寒さでも覚えたのか、ブロック・ブロックの身体が小さく震えた。 「無事にお家に帰れたら二度と此方には来ないで下さいね、ええ、とてつもなく良い迷惑ですので。次来たら破壊しますので、そのつもりで」 「影時……。いや、二度と来ないでほしいっていうのは賛成だけど」 傍からは淡々とした口調での死刑宣告に、真昼の口許が微かに引き攣る。 異界の来訪者はといえば通訳を望むようにつぶらな瞳を雷音へと向けたものの、視線を向けられた少女の方は通訳する代わりに曖昧に微笑んだだけだ。 「Dホールへ押し込む際には一層緊張感を持ち……慎重に! ……せーの! ……でいいか?」 「それで良いと思うよ。タイミングを合わせないと、万が一ってこともあるかもしれないから」 義光の言葉に頷いた真昼が、フードを深く被り直して白夜と戯れる妹を見る。 「どうかしたのですか?」 「影時の方がオレよりずっと力が強い事が衝撃で……いや、知ってたんだけどね」 真昼の視線の先を辿ったまおが尋ねる。 それに対し曖昧に漠然とした苦笑で返す真昼へと、少し考え込むように口を噤んでいたまおが、大きな目をゆるりと瞬かせた。 「得意不得意というものがあるのです。人それぞれだとまおは思いました」 「うん……。まぁ、それでもプライドが少しはあるから。精一杯喰らいついて全力出すよ」 小首を傾げるまおの言葉に微笑して真昼が頷くところへ、雷音が何処からかポラロイド式のカメラを取り出して仲間達に声を掛ける。 「ブロックが帰る前に皆で写真を撮りたいのだ。彼にもいいおみやげになるだろう?」 「手がないのにどうやって見るのか分かりませんけどね」 影時が現実的な面で突っ込みを入れたものの、否定する意図ではないらしい。 時々撮影者が入れ替わりながら人数分のシャッターが切られ、カメラから吐き出された写真の一枚を、翼を羽ばたかせた雷音がブロック・ブロックの口に咥えさせる。 きょとりと瞬いたつぶらな瞳は、それでも何処か嬉しげに、与えられた写真をしっかりと咥えた。 「重力の差に気をつけるのだぞ、大きな岩の君よ!」 ブロック・ブロックに最後の一押しを加えるべく、岩肌に手を置いた義光が声を掛ける。 「これで帰れますよ……ちょっと、名残惜しいですけど」 名残を惜しむ佐里の言葉に送られて、タイミングを合わせて最後のコロを押し出されたアザーバイドの身体がぐらりと揺れたかと思うと、そのままD・ホールへと転がり落ちた。最後に瞬いた小さな目の抱く感情ごと、異なる世界へと還っていく。 「岩様のふわふわな世界がまおは気になりますが、さよならです」 大きな目を瞬かせたまおが告げた言葉を最後に、少女の掌がホールへと翳されて。 ――世界の綻びを繕って、異界の扉は閉ざされた。 異世界との接点の名残も残さずに、平穏な夏の朝が山に蘇る。 残されたのは地面に散らばるコロに崖の際の四輪駆動車――異世界の住人が此処に迷い込んでいたという、そんな痕跡の数々だ。 「さあ後片付けだッ! 綺麗に使って綺麗に戻す! ソレがアーク!」 「えっ……ちょっと休むとかいう選択肢はないんですか……!?」 然程の疲労も感じられない義光の大声に、慣れない肉体労働で疲労困憊といった体の真昼が僅かに口調を乱す。 「でも、確かに放っておく訳にはいきませんよね」 「地面の油も、他の車が滑ったら大変だとまおは考えます」 周囲の様子を眺めて佐里が苦笑を食み、頷いたまおが散らばったコロを集め始める。 「あれ、もしかして兄さんと一緒に依頼やったの初めてかな?」 「そうだったかな……」 足元のコロを拾い上げた影時の言葉に、未だ疲労の方が強いらしく真昼の返答には覇気がない。 それを気にした様子もなく次のコロを拾いながら、影時は少しだけ唇の端を持ち上げる。 「めでたいね、今夜は御赤飯にしようか。もちろん、作るのは兄さんだけどね」 拗ねているのか、それとも単に居心地がいいのか。 未だ妹の腕に絡んだまま戻って来ようとしない白夜を撫でて、返答を諦めた真昼の唇から嘆息が零れた。 夏の空に、蝉の声が響き渡る。 「片付けるってよ、鬼蔭。何してんだ?」 「……なに、大したことではないでござるよ」 メールの送信ボタンを押して、フツの疑問を軽く流した虎鐵が携帯をしまう。 その視線の先で同じように携帯を開いていた雷音が、はにかむように微笑む様子を視界に捉えて口許を緩める。 向けられた穏やかな微笑には気付かないのか、携帯とカメラを片付けた雷音は、凍らせて持ってきていたドリンクを仲間達へと配り始めた。 季節はまだ、暑い夏。 蝉の声は山間を響き、早朝の細やかな騒動も呑み込んで、今日も暑気の到来を予言している。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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